鵜飼 哲さん
一橋大学教授
「死の文化」の彼岸を目指して
私たちが生まれ、育ち、生活する社会は、犯罪のない社会ではありません。そして、
その犯罪のなかには、残念ながら、殺人も含まれます。最近では簡単に人を殺すよう
になった――そういう指摘を新聞や他のメディアで耳にするようになったのは三〇年ほ
ど前、私がまだ中学生の頃でした。その前はどうだったのか、調べてみなければわか
りませんが、いつもそう言われていたのではなかったか、という疑問を私は持ってい
ます。
それとは反対に、私には最近の傾向と思えることは、凶悪犯罪と呼ばれる事件が起き
た直後の世論調査で、死刑に賛成と答える人がとても増えたことです。そのようなニ
ュースに接すると、私はめまいを覚えます。というのも、簡単に人を殺すことと、簡
単に死刑に賛成することが、結局のところ同じ時代の流れに属しているような、同じ
無思慮、同じ反射反応から出ているような印象を受けるからです。
殺人事件の報道に接したとき、私の頭に最初に浮かぶ考えは、人を殺してしまったこ
の人は、なぜ殺さずに済ますことができなかったのか、言い換えれば、なぜ殺すこと
ができたのか、ということです。一件の殺人を可能にする条件は、人を殺してしまっ
た彼あるいは彼女のなかにだけあるのではありません。私たちの社会のなかに、「死
の文化」と呼ぶべきものが確かに存在します。そのような「文化」が、ある日、ある
人に、人を殺すようささやき、その決心を支え、その手順を示し、そして殺した後に
は、行為を正当化するさまざまな口実を提供するのです。
そして、この同じ「死の文化」に支えられることなくしては、死刑制度もまた存続で
きないと私は思います。なぜなら、この制度がある限り、私たちの社会のある人が、
人を殺すことを命じ、あるいはその命令を受け入れ、その決心を支え、その手順を考
案し、そして殺した後に、行為を正当化するさまざまな口実を必要とし続けるからで
す。また、この制度の是非を問われる市民も、賛成と答えるためには、やはり同様の
文化を必要とするからです。
しかし、文化である限り、それは普遍的なもの、したがって当たり前のものではあり
ません。地域により、時代により、それは変化します。日本の平安時代には、ほぼ四
百年の間、処刑に関する記録がありません。おそらく仏教の影響でしょう、いずれに
せよこの国は、当時、この点について、明らかに別の文化を持っていたようです。し
かし、仏教は、その後、武士の台頭とともに、死刑や戦争を支える文化をも生みだし
ました。そのほか、さまざまな文化的な要素のために、戦争で死ぬ人がいなくなった
現在でも、自然死ではない仕方で、また単なる事故ではない仕方で、私たちの社会で
人は死に続けており、その一方で、それを自然なことと思わせる力が働いています。
その力が、命の大切さを唱えるあらゆる言葉を空語にし、死刑を支えているのです。
私たちの社会は、なぜ人を殺さずに済ますことができないのでしょう。言い換えれば、
なぜ人を殺すことができるのでしょう。私たちの日常の意識にとっては死そのものが
触れたくない事柄であり、まして「死の文化」をそれとして意識することは困難です。
しかし、かつて人を殺さずに済ますことのできた私たちの社会には、きっと、「死の
文化」の彼岸に通じる道も潜んでいるはずです。死刑を廃止することは、そのような
道を、私たち一人一人のなかに、この社会の人と人の関係のなかに、一緒に探しにい
こうと約束することにほかなりません。
カンボジアは、アジアの国で初めて、仏教の名において死刑を廃止しました。韓国や
台湾でも、死刑の廃止は実現に向かっています。同じ文化圏に属する日本に、死刑な
しに済ますことができないはずはありません。死刑を廃止する可能性、私たちが死刑
のない社会に生きる可能性を、そろそろ本気で考えてみませんか。