2002年1月28日(月)、砂防会館において、12月27日の執行に抗議する集会
「誰のための死刑執行か −被害者遺族が語る死刑執行−」が開催された。
(主催:死刑廃止を推進する議員連盟、死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90)
80名収容の会議室には約100人の人が集まり、熱気に包まれた。
発言をした議員の他にも、会場には、死刑廃止議員連盟副会長の
金田誠一議員、事務局次長の
山花郁夫議員、
山口わか子議員の姿も見えた。議員の代理人、議員秘書も多く参加した。

会場には長谷川死刑囚の描いた絵が貼られた。
自画像(左上)を指して、「彼にとてもよく似ている」と説明する原田正治氏。
原田氏には長谷川死刑囚から何枚も絵が送られてきた。
「限られた時間、限られた空間、黒のボールペン1本…非常に制約の多い中で、彼らは毎日毎日、謝罪の意を込めてこういう絵や手紙を書く。彼らが贖罪をしているということは認めるべきだと思う」と原田氏は言う。
当日の発言者の発言概要は以下のとおりである。(発言順)
なお、司会進行はアムネスティ・インターナショナル日本の石川職員が務めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
菊池さよ子氏(死刑廃止の会)

東京拘置所で執行された朝倉死刑囚について。
朝倉死刑囚は1983年6月に、不動産取引のもつれから東京練馬区の一家5人を殺害、世間でも大変騒がれた事件を引き起こした。彼のしたことは許しがたい犯罪には違いないが、時代背景として、彼が当時のバブルに踊らされ、追いつめられたという状況があった。
どんな凶悪な犯罪にも、時代状況やそれを取り巻く背景というものがある。それは政治の問題でもある。そういう状況を変えていくことなしに、結果としての行為だけを死刑というかたちで罰することが解決になるのか。
保坂展人議員(死刑廃止議員連盟事務局長)

この間の法務省との交渉の経過について。
法務省が死刑関連の書類を、ここ10年のものを除いて処分していたことが明らかになった。12月20日には、多数の議員の参加を得て、そのことを質す院内集会をおこなった。
12月27日に執行があり、すぐに法務大臣に面会するために連絡を取ったが、当日はスケジュールが合わず後日ということになり、緊急に法務省の事務次官に抗議の申し入れをした。
議連としては、この問題を「いのちの根源にかかわる問題」として幅広い国民的な議論を呼びかけていきたい、そして、国会議員として与野党の分け隔てなく議論できる準備をしていきたいと相談をしている。
先週はイタリアのエンマ・ボニーノ議員が世界の死刑制度についての調査の一環で来日し、法務省・但木事務次官と面談したが、死刑囚との面接は許可されなかった。
拘置所長と交渉したが、「死刑囚に会わせることはできない。死刑囚のいない、同じタイプの房なら見せられる」と言われた。
死刑制度を論ずるにも、情報公開の部分でこういう壁がある。われわれ国会議員にも見せてもらえないというのは世界にもほとんど例がないそうである。
昨年は韓国で死刑廃止法案が提出された。この動きを受けて、議連事務局としては、立法面での勉強会も重ねて行く準備をおこないつつある。
亀井静香議員(死刑廃止議員連盟会長)

今年に入ってから森山法務大臣に面会し、「あなた自身が最終的な判断をしたのだから、あなた自身が執行の現場に立ち会うべきだ」と強く抗議した。
議員立法というかたちで死刑を廃止したいと考えている。可決するために現在98名の議連の人数をもっと増やしていきたい。
自分が会長になってから自民党から20人ほど議連に入れた。中には「死刑賛成」という人もいるが(笑)、「とにかく入ってから勉強しろ」ということで。
いままでの惰性に流れた固定観念で「死刑制度は存続すべきだ」みたいな空気がある。自民党の国会議員にも、また、党派を超えて、さらに呼びかけていきたいと思っている。
政治家になる前の警察時代から死刑には反対であった。国家権力が人の命を大事にしない、自然環境を大事にしないという国家は健全ではない。
私は、国家というのは「戦争をしない」努力をすることが、国家として一番大切なことだと思っている。そうであるならば、個人の生命を尊重するということでなければならない。
被害者の感情を尊重すべきだという議論もあるが、そういう気持ちを克服していかなければ本当の人類の幸せというものを勝ち取って行くことはできないと思う。
そして、冤罪の危険性。私は警察にいたが、自分自身、誤逮捕の危険性に直面したことが何回もある。「人間のやることだから、それは間違いはある。1億何千分の1くらい仕方ない」と言う人がいるが、社会的には「誤差」であっても、本人にとっては100分の100。そういうことを国家権力が絶対にやってはならない。
制度があるから執行をする、ということであれば、こういう制度を廃止して、そのなかで犯罪人をどう処遇していくか考えていくべきだ。
ぜひ、今日お集まりのみなさんがわれわれと一緒になって、この活動を、力強く徹底的に展開していただきたい。
原田正治氏

昨年4月、当時の高村法務大臣に「執行をしないでほしい」という上申書を提出した。
今回の執行には大変ショックを受けている。執行されて「癒された」という気持ちはなにひとつない。「生きて償ってほしい」とずっと言い続けて来た。その彼が執行された。被害者の声はまったく取り上げられていないというのが現状で、被害者の気持ちを踏みにじるものだ。
執行に際して、つねに「被害者感情」という言葉が使われるが、それを言うのであれば、今回の執行にはなんら被害者感情は反映されていない。私は、「被害者の声を封じ込めようとしたもの」であると理解している。
森山法務大臣も「国民感情」とおっしゃったが、第三者だからこそ言えることだ。当事者にしてみれば全然違う。今回の執行に関して、「被害者感情」、「国民感情」という言葉は使わないでいただきたい。
死刑確定後、3回ほど面会が許可されたが、その後は認められなくなった。なぜ、被害者と加害者が向き会って話をしてはいけないのか。
決して許すことなどできないが、彼らが贖罪をしているということは認めるべきだと思っている。彼らと面会をし、話をすることによって道が開ける。彼らのことも聞けるし、私たちの気持ちも彼らに訴えることができる。そういう場がいちばん大事。それを国の力で、被害者の声も聞かずに、なぜ国がそれを制限するのか。面会できる権利はあるはず。本当に怒りを覚えている。
今回の執行で自分の気持ちが一気に吹き出た気がする。強く抗議していきたいと思っている。
死刑の問題、被害者の問題、接見の問題について、いろんな層の人たちとお話しをさせていただき、いろんな人たちのお知恵をお借りして、さらに突き詰めて考えていきたい、そんな思いでいっぱい。これからも名古屋で、大島議員のお力をお借りして、いろんなかたちでこの問題について展開していきたいと考えている。
大島令子議員

(大島令子議員からは、通夜の席で議員自らが撮影したという、生々しいロープの跡のある長谷川死刑囚の首の部分の写真が見せられた。処刑から29時間後の写真とのこと。)
高村前法務大臣は、「被害者遺族の方が執行をやめてほしいというのは、執行するかしないかの判断材料にする」と言ってくださった。私は、高村さんのその判断は次の法務大臣に受け継がれると信じていた。
12月26日、名古屋拘置所長に「明日、27日に面会したい」と電話を入れた。「明日は出張で会えない」と言われ、1月15日に面会の約束をした。まさか、アポイントメントを取るための電話を入れた翌日に処刑されるなどとは思ってもみなかった。
長谷川死刑囚の実姉の協力を得て、遺体を引き取り、教会で通夜、葬儀をおこなった。通夜のとき親族の了解をもらい、首の部分を写真撮影。他に体のどこにも傷がないのに首にだけ傷があるのを見て、写真を撮りながら泣いてしまった。
後方からひっそりと写真を撮らせてもらったわけだが、やっぱり死刑廃止を言うならば、こういう勇気も必要だと思った。
また、絞首刑の場合、まぶたをめくると溢血痕が出ると聞いていたのでこれも調べてみた。医者でないので溢血痕かどうかはわからなかったが……。
次に、舌がどうなっているか見ようとしたが、硬直していて口を開けることができなかった。無理をすれば開けられたのかもしれないが、それはしなかった。
教会には自立した元ホームレスの人たちが大勢来てくれていて、告別式は50人くらいの人に見送られた。その元ホームレスの人たちと一緒に棺を担いだが、棺はとても軽かった。
1月15日、名古屋拘置所長に面会。約1時間。原田さん、Nさんと一緒に行ったが、自分と秘書の2人しか入れてもらえない約束で、原田さん、Nさんはやはり入れなかった。
拘置所長との面会では、
・昨年4月4日に高村前法務大臣が言った、「被害者遺族の方が執行をやめてほしいというのは判断の材料となる」というのは、その日のうちに名古屋拘置所にも情報が来て、承知していた。
・ 「ではなぜ、長谷川死刑囚の処刑をしたのか?」については、「拘置所は"預かる施設"であって、自分が誰を処刑するかなどということは決められない」との返答だった。
・ 手順は、執行のときに所長として判を押す、そして執行には携わらないけれども終わったあとに確認のために遺体に対面し、そのあと、執行が終わったという判を押して、その日のうちに法務省に書類を上げた。そのあと午後から出張に出た。
以上のことを確認した。
今回、自分は大変生々しい現場に立ち会ったわけだが、国会議員になったことでこういうことができた。「死刑廃止を国会の中で議論」ということであれば、やはり死刑廃止の活動をする人を選挙で応援してほしい。自分自身が国会議員になるまでは、拘置所に行くことなど、べつの議員さんに頼んで、その人の日程の都合でしか動けなかった。自分がなれば自分の気持ちで活動ができる。
長谷川死刑囚の最期については、(名古屋拘置所の)総務部長の話によれば、「終始落ち着いて刑に服した。立派だった」とのことだった。
当日参加できなかった
稲垣清弁護士(長谷川死刑囚の上告審を担当)からはコメントが寄せられた。ポイント部分を引用する。
「長谷川さんから依頼を受けて、3度目の恩赦出願の準備をしておりました。(中略)長谷川さんからは恩赦出願の委任状が私に送付されていること、私が手紙で準備状況を伝えていることから、まもなく恩赦出願がなされることを名古屋拘置所は知っていたことになります」

この部分につき、司会進行の
アムネスティ・石川職員から、「このように、死刑囚の恩赦出願の権利をも踏み潰しながら執行がされているということについては国際社会からも非難が出ている、ということも頭に入れておいてほしい」との解説があった。
次に、昨年死刑廃止特別法案が国会に提出され、現在それについて議論がされている韓国の死刑廃止の動きについて、朴秉植氏より報告があった。
朴秉植(パクビョンシク)氏(韓国・龍仁大学校教授)

韓国では最近死刑廃止運動が活発になって、国会に死刑廃止法案が提出され、おそらく通過するだろうと言われているが、反面、昨年11月に「テロ防止法案」という法案が提出されて、その中で首魁については死刑を規定している。一方で死刑を廃止しようと言いながら、一方でまた新しい死刑を持ってくる。
韓国では、1948年に政府が樹立されてから902人が執行された。その40%以上が国家保安法、反共産党法で処刑されている。韓国の死刑というものは政治を抜きにして語れない。朴大統領の時代には、民主闘争運動をして8人が死刑の宣告を受け、翌日、宣告から20時間たたないうちに執行されてしまった。そういう歴史を持つ国。
では、民主政権になったという金泳三大統領はどうかといえば、その前の軍事政権の盧泰愚大統領のときよりも多く執行してしまった。
その後、金大中大統領が就任。金大中政権では執行が1件もない。そのこと自体は高く評価したい。ただ、期待が大き過ぎるのかもしれないが、少し受け身なのではないかという感じがする。いろんな場で、自分が元死刑囚だということはよく語るが、「死刑制度そのものがどんなに悪いか」ということについては一度も表明したことがない。もう少し積極的に発言してほしいと思っているのだが、残念ながら彼はいま「死に体」状態。死刑廃止運動にとって彼が象徴的な存在であることは事実なのに、もう力がなくなってしまった。
韓国の世論は45.3%が死刑廃止に賛成。10年前に比べると2〜3倍に増えている。存置は54.3%。
国会議員の56%にあたる154名が廃止の署名をして、昨年11月30日に死刑廃止法案を提出したが、韓国の法案審議のメカニズムとして、全体会の前に「法制司法委員会」というところで審議をしなければならない。不幸なことに法制司法委員会のメンバー15人のうち、死刑廃止に賛成は5人で、10人は反対している。ただ、世論の半分近くが死刑廃止になって、彼らも最近言葉遣いが非常に慎重になっている。
きのう韓国の議員のHPをのぞいてみたら、一般の人からの投稿で、死刑廃止派の議員に対して、「人気とりのためにこんなバカらしいことをしないでほしい」というのがあった。「韓国では死刑廃止を言うと人気を得る」という言い方である。自分の実感としてはそんなことはないと思うが、存置の側の人からすれば、もう韓国ではそのように言われるまでになっているということ。
昨年、第2回死刑廃止アジアフォーラムで、日本からも多くの人にソウルに来ていただいた。デモ行進もしたが、韓国の死刑廃止運動というのは、じつは市民がいない。宗教界の指導者ばかりである。いま、韓国の死刑廃止運動は「幹は太いが根がない」状態。根っこを作って太い幹と一緒にすれば、おそらく、近いうちに韓国では死刑が廃止されるだろう。
菊田幸一氏(明治大学教授)

2004年の米国の大統領選挙を前に、第2回死刑廃止世界会議をワシントンで開催することに決まった。
田鎖麻衣子弁護士(フォーラム90)

「欧州評議会法律問題および人権に関する委員会」から死刑問題のエキスパートが日本・米国を訪れて、セミナーを開くということが決定している。過去に、ウクライナ等で大変成功をおさめた実績のあるセミナーである。
日本では4月におこなわれる。死刑廃止議員連盟と協力し、法務大臣、検事総長なども含めてのセミナーを持ちたい。