アムネスティ死刑廃止学習会
「死刑と誤判」 報告


アムネスティ死刑廃止ネットワーク東京では2004年6月12日、島谷直子さん(フォーラム90、再審事件交流会メンバー)を講師に招き、「死刑と誤判」についての学習会を行なった。



以下に島谷さんの話を報告する。



■ はじめに (司会 石川顕)
アムネスティ死刑廃止ネットワークセンター東京主催、死刑廃止勉強会を始 めます。昨年10月に菊池さよ子さんを呼んで勉強会をしました。それに続くと いうかたちです。

今回は島谷直子さんにお願いして、死刑囚の方々の個別ケース等をいろいろ 分析してそこから見えてくるものを勉強したいと思っています。日弁連も人権 擁護大会の中で死刑制度を初めて取り上げることになりました。その中にイノ セントプロジェクトのようなものがあります。

死刑囚の個別ケースの中で冤罪が含まれていないかとか、きちんとした弁護 活動が行なわれていたのかとか、捜査活動方法に問題なかったのか、というよ うないろんなことを調べていく中で、死刑制度がいかに危ういものの上で成り 立っているのかが見えてくるのではないか、と考えています。

アメリカのイリノイ州のライアン前知事が行なった死刑囚への減刑はみなさ んご存知の方が多いと思いますが、その根拠としては死刑囚の中に無実の人が いた、冤罪がたくさん含まれていたのだということがあります。そういったも のを暴き出したのがイノセントプロジェクトというものでした。シカゴの法学 部の学生たちが死刑囚の裁判をもう一度詳しく調べあげた結果、冤罪があった というものです。そういったものが日本でも少し動いているのかなと思いま す。本日は島谷さんの話をお伺いする中で、日本における死刑制度に、ふつう は凶悪な犯罪を犯したのだから死刑になるのだと思いがちですが、そう簡単に断じていいのかどうか、そういうことが見えてくるのではないか と思い、本日の企画となりました。


■ 島谷直子さんの話
1、自分のこと 

狭山事件という冤罪事件があります。1963年5月1日、埼玉県狭山市 で、高校1年生のYさんが行方不明になり、3日後に遺体で発見されました。犯 人として捕まったのは被差別部落の青年で、その当時24歳だった石川一雄さ んです。この事件は一審が死刑で、高裁で無期懲役となり、最高裁で無期懲役 が確定しました。現在、2度目の再審請求中です。いまから23年前に、狭山 事件の再審弁護団の事務局に専従の事務局員として入りました。裁判所へ提出 する書類を作成したり、新証拠を準備したりという活動が、私の仕事です。こ の事務局へ入ったことをきっかけに、日本の裁判制度とか、日本で冤罪事件が なぜこんなにも多いのか、ということの勉強を始めました。

その後免田栄さんが、再審で無罪になり、初めて死刑台からの生還を果たし たわけですが、免田さんと出会うことをきっかけとして、死刑の問題を考える ようになりました。死刑のことを考える中ではっきり気がついたのは、冤罪事 件であれば無実を争っているので、確定までの裁判が長くなる傾向があるわけ です。ところが、いわゆる有実死刑囚という、実際に犯行を犯してしまってい る人たちの裁判は、冤罪事件以上に、裁判という名に値しない裁判が行なわれ ているということでした。とても杜撰な裁判が行われている。

狭山事件の活動をしながら、「無実の人々を救おう! 連絡協議会」という かたちで、いくつかの冤罪事件の救援会が集まり、個別の支援運動をやってい くのと同時に、共同行動ということで、ビラまきなどを月1回、首都圏でやっ ていました。死刑事件も入っていましたが、有期刑・無期刑の冤罪事件もあり ました。自白問題研究会とか、鑑定問題研究会とか、それぞれの経験を共有し あうことによって、それぞれの裁判が進展していくというようなかたちの情報 交換ということも当時やっていました。そのなかで無罪を勝ち取ることのでき た事件が、甲山事件、島田事件、総監公舎事件、土田・日石・ピース缶事件、 松戸OL殺人事件などです。けれども狭山事件は再審を開始されていません し、丸正事件は犯人とされた李得賢さんと鈴木一男さんは2人とも亡くなっ て、再審を追求できないままに終わってしまいました。

先ほども言いましたが、有実死刑囚の裁判がいかに酷いかということに気が ついたのです。例えば4件の殺人事件で死刑とされているけれども、そのうち の2件はやっていないというような「部分冤罪」の人とか、強盗殺人で死刑と なっているけれども、実際は覚醒剤をやっていて電話を借りにいって騒がれて しまって、自分を防衛するために日常的に持っていた刃物で刺してしまった、 その後に物を盗った。この事件は「殺人」と「窃盗」ということになるべきな のですが、「強盗殺人」にされてしまいました。

誤った裁判、これは「冤罪」という言い方とは別に、「誤判」といえます。 こういった裁判が日本にはたくさんあることに気がつきました。そこで、「無 実の人々」だけではなく「有実の人々」も含めて、「再審事件交流会」という かたちで活動しようということになりました。
→ 「2、冤罪と思われる死刑囚の分析」 へ

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