2008年2月1日の死刑執行に抗議する集会
2008年2月11日、日本キリスト教会館において2月1日の死刑執行に抗議する集会がおこなわれた。(主催:死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90、アムネスティ・インターナショナル、「死刑を止めよう」宗教者ネットワーク)

以下に、当日の安田好弘弁護士と岩井信弁護士の発言から要旨を報告する。
安田好弘弁護士
松原正彦さん(大阪拘置所)は昨年の10月に第二次再審請求が却下されて、さらに第三次再審請求の準備の過程の中で死刑が執行された。名古圭志さん(福岡拘置所)については、一審で確定、控訴審あるいは最高裁の判断を受ける機会がないままの死刑確定そして執行ということで、大いに問題があるケースだと思う。持田孝さん(東京拘置所)は被害者一人に対する事件。1999年5月23日の一審判決では無期判決だった。それに対して一年もしないうちに控訴審が一審の無期を逆転させて死刑にした(2000年2月28日)。従来の死刑の量刑の基準からすれば、被害者一人に関する殺人事件に関しては死刑はほぼ適用されない、特別の例外が無い限り死刑は適用されないケースだったが、いわゆる逆恨み殺人事件と言われており、制裁的、もっと言ってしまえば政策的な死刑判決だったのではないか。
昨年の12月7日の三名の死刑執行から、2カ月たたない執行だった。これだけ短期間に執行したケースというのは過去30年ない。
実は今回は、前日である1月31日夜、「明日、つまり2月1日に三名に対する死刑執行がある、そのうち一人は東京拘置所である」という情報が入ってきた。この情報は死刑廃止議員連盟の保坂展人議員にも入り、議員連盟が法務大臣に対して2月1日深夜、死刑執行の中止緊急要請ということをした。
当日朝は、7時にフォーラムやアムネスティのメンバーが十数名集まって、東京拘置所の前で死刑執行中止の申し入れをする、あるいは監視をするという行動をとった。従来ならば私どもが現場に出かけていって監視活動、要請活動をした場合には執行されなかった。しかし、今回、法務省は、いかに事前に漏れようとも、またいかに現場に抗議する人たちが現れようとも、死刑を断固として執行するという強い姿勢だった。
法務省は午前11時半から記者会見して今回の死刑執行を公表し、この人たちは何をやったかといういわゆる犯科帳を公表した。この記者会見で情報の漏れが指摘された。これに対して法務大臣は「情報の漏れに関しては厳重に対処する」と言明、法務省記者クラブ全体の雰囲気もまた、「このように情報の管理がしっかりしていないと公務の執行が妨害される。だからもっと情報をしっかり管理せよ。今回の情報漏れは問題だ」というものだったそうで、議員連盟が前日に死刑執行中止を求める声明文を発表したと報道した朝日新聞の記事についても、「このような記事を掲載すること自体が問題だ」という視点での批判がされたということである。
私たちは午後1時半から抗議の記者会見をしたが、記者会見も朝の監視活動も、どちらも記者やテレビカメラが入っていたにもかかわらず、ほとんど報道されることはなかった。法務省がやろうとしている死刑執行のベタ記事化が着々と成功している。
午後4時から参議院の予算委員会で福島みずほ議員が質問。鳩山法相は、「死刑は日本の国内問題であり国際的な決議や動向は関係ない」という従来の論理に加えて、「日本は命を大切にする国なんだ。だから命に関する犯罪には厳しく対処する」という新しい論理を持ち出し、死刑積極主義を打ち出した。
法務省は、1カ月に一度は執行したい、死刑が確定した場合には原則として6カ月以内に死刑を執行するという法律の規定にできるだけ近づけていきたい、と言っている。こういう連続する死刑執行、ベルトコンベア式の死刑執行が、もうすでに言葉通りに実現されている。今回の情報漏れというのは、内部告発――現場の人たちの痛切な悲鳴・痛切な抗議がこのような形で間接的に情報として漏れてきたというふうに考えるべきだろうし、こういうことを強制させられる人たちの問題も視野に入れて私たちは考えていかなければならないだろう。
このように完全に死刑大量時代に踏み込んでいく中で、私たちはどういう形でものごとを考えていけばいいか。やはり現在の状況を踏まえる必要がある。
第一に、死刑を支持する世論が8割を超える圧倒的多数であること。
それから実は裁判所が死刑の乱用に大きく乗り出しているということ。昨年は地裁、高裁、最高裁で過去最大の47人が死刑の宣告を受けている。十年前、1997年は地裁、高裁、最高裁で死刑判決を受けた人は9人だった。この10年間で5倍に拡大している。裁判所は従来は死刑に対して、永山判決などに見られるように「やむをえないときに死刑があるのだ」という形で抑制的だったのが、完全に方向転換して死刑に積極的に乗り出してきた。この前の光市事件の最高裁判決に見られるとおり、原則として死刑、よほどの理由が無い限り死刑を回避できないという判断に乗り出してきたということ。
それからさらに今後、被害者の訴訟手続き参加が行われて、被害者による求刑が行われようとしている。
そういう状況の中で来年の5月までには裁判員を含めた多数決によって死刑を決めるという裁判員制度が始まろうとしている。
さらに、マスメディアの状況として、マスメディアに従来あった、犯罪を犯した側、刑罰を受ける側からの報道は完全に消えてしまった。被害者の憎しみと悲しみと怒りに溢れる被害者側からの報道が氾濫し、その結果、世の中は報復感情が圧倒的に支配している。
こうした状況を踏まえると、私たちの運動は死刑を執行する側をターゲットにしたものだけではなくて、死刑判決を出させない、つまり裁判所をターゲットに置いた運動も同時に必要になってくるのではないかと思う。
昨年は最高裁で18人の死刑が確定しており、一年に1人や2人だった永山判決のころに比べると最高裁は18倍も死刑判決を増やしてきている。裁判所に死刑判決を出させない、とりわけ裁判員制度が導入され、被害者訴訟参加手続き制度の下で死刑を拡大させないための制度設計が必要であると私は思っている。
過去の世論調査を見ると、いつの世論調査においても、終身刑などを創設して死刑廃止を求めるという声は一定の優位的な数字を持っている。30〜40%の人が条件付きな死刑廃止。この人たちが裁判員になったときに、今の状況の中で死刑を回避してくれるかどうか。確実に死刑回避の評決を入れてもらうには、この人たちが死刑を回避するに足る受け皿を用意しなければならないのではないか。たとえば終身刑の創設。議論のあるところだと思うが、死刑と無期との間ではあまりに格差が大きすぎる。
もうひとつは死刑判決の全員一致制、いわゆる死刑判決の慎重法案、あるいは抑制法案を考えていく必要があるのではないか。現在、死刑判決は裁判官の多数決で出されているが、裁判員制度においても多数決でやろうとしている。多数決で死刑に賛成しなかったけれども負けてしまった人には秘密保持義務が課せられていて、これを犯すと6カ月以下の懲役に科せられる。つまり、自分はこの人は無罪、あるいは無期だと言ったが有罪あるいは死刑になってしまった、自分の不本意な判決になってしまった場合でも、一生それを心の中にしまっておかなければならない。家族や友人の間でも喋ることは無い。この前の袴田事件の裁判官のように、いわゆる「ロバの耳」状態に置かれて何年も苦しみ続けることになる。
こういう状態を防止するためには、やはり全員一致制を強く打ち出していくしかないだろう。
さらに弁護人の立場からすれば、もし全員一致制が確保できるとすれば、9人の裁判官と裁判員のうちの1人でも説得することができれば死刑を回避することができる。今日の機会にぜひ、「ロバの耳防止法案」ないしは死刑判決抑制法案、あるいは慎重法案について考えていただければと思う。
岩井信弁護士
最近の死刑の判決数は激増している。1990〜97年の8年間の地裁の死刑判決は33件だった。ところが、2000年から2007年まで同じ8年間をとると109件になる。1990年代は33件のものが、2000年代になると109件、3倍以上になっている。90〜97年の高裁の判決数は24件。2000年代には103件になる。高裁レベルだけで見ると、4倍以上になっている。最高裁の判決も同じように90年代を見ると33件、2000年代を見ると66件。2倍になっている。
では背景として、社会的にいわゆる「凶悪な」犯罪というのは増えているのか。犯罪白書を見ても殺人の認知件数というのは、過去ずっと横ばい状態だということは法務省も認めている。またこの殺人というのは殺人未遂も含めていて、必ずしもすべてが殺された被害者の方が存在する事件ではない。では殺された被害者の方がいる事件というのを比較すると、これも厚生省のデータやその他のいろいろなデータを見ても全くの横ばい、もしくは見方によっては、年数の取り方によってはむしろ減っている。強盗殺人に関しても減っているというデータがある。
死刑判決数が激増しているが、そうした激増を支えている社会的な事情は一切ないと。いったいこれは何を意味しているのか。これは今まで死刑が適用されていなかった事件に死刑が適用されていると見るのが自然である。
今回、持田さんという方が執行された。被害者1名の殺人事件で、一審は東京地裁で無期懲役判決。この無期懲役を出した東京地裁の山室恵裁判長というのは、特に弁護士から見ると非常に厳しい判決を書く、そういう裁判官としても知られている。その山室恵裁判長が東京地裁では無期懲役の判決を出している。それがひっくり返って死刑判決になっている。要するに、今までは死刑にならなかったものが死刑になっている。今回の執行のうちの一人がこうした事例であるということは、まさに近年の死刑の拡大現象をそのまま表していることでもある。なぜこの無期懲役の判決が裏返って死刑にならなければならないのか。
もうひとつ、今回の執行の中で大きな問題として考えなければならないのは、名古さん、控訴を取り下げて死刑が確定している。実は最近、こうした控訴の取り下げという現象が増えている。いったいなぜ取り下げの数が増えてきているのか。
国際社会から日本の死刑制度について様々な批判、勧告を受けているが、そのうちのひとつは日本において死刑事件に関して必要的な上訴の制度がないという批判。必要的な上訴というのは、死刑判決を受けた場合には、本人が控訴するかしないかとは別に自動的に上級の裁判所に事件が回り、別の裁判体がきちんと再審理しなければならない、そういうことを自動的に定めるという制度。
国連はさまざまな形で死刑制度について提案してきた。当初は死刑を抑制し、そしてそれを廃止に持っていく。世界人権宣言(1948年)の中では死刑廃止は真っ向からは謳われていなかった。ただ、生命に対する権利とか、拷問の禁止とか、そういう条文があった。
それを条約化したのが1966年の国際人権規約。この国際人権規約では、条約の中で死刑を適用する犯罪を減らすことや、恩赦や再審などのさまざまな権利なども定めて死刑を制限していく。その流れが最終的に1989年の国連の死刑廃止条約採択になる。
これと別のレベルで、国の集まりである国連が、すぐに廃止にできないにしても、廃止に向けたさまざまな手続きをとろうじゃないか、ということが進んでいく。それがたとえば死刑に直面する者の権利保障という形で、さまざまなガイドラインが国連のさまざまな委員会で採択されていく。
最初に大きなかたちで私たちが注目したのは1984年の国連の経済社会理事会というところで採択された「死刑に直面する者にたいする権利保障」というもの。これはその後1989年には国連総会でも決議されていくが、その中には「死刑の判決を受けた者は上級の裁判権を有する裁判所へ上訴する権利を有し、またそのような上訴が義務的となることを確保するための措置がとられなければならない」という文章が入っていた。この国連の経済社会理事会には日本も入っており、日本は自ら、自らの制度と反する宣言に直面していた。
そして、昨年2007年5月21日の拷問禁止委員会の最終見解。日本は拷問等禁止条約の批准国であり、日本国内における拷問に関して報告が義務づけられているが、その報告書を審議した拷問禁止委員会の日本政府に対する最終見解のなかで次のように言われている。
拷問禁止委員会は死刑確定者の法的保障措置の享受に対して課された制限、とりわけ以下の点に関して深刻な懸念を有する。
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再審請求中であっても弁護人と秘密接見をすることが不可能である点を含めて、弁護人との秘密交通に関して死刑確定者に対して課せられた制限、秘密交通の代替手段の欠如、及び確定判決後の国選弁護人へのアクセスの欠如
- 死刑事件における必要的上訴制度の欠如
- 再審手続きないし恩赦の申請が刑の執行停止事由ではないという事実
- 精神障害の可能性がある死刑確定者を識別するための審査の仕組みが存在しないこと
- 過去30年間において死刑が減刑された事例が存在しないという事実
「すべての死刑事件において上訴権は必要的とされるべきである」。まさにこれを去年の5月21日に言われたばかりだった。言われた直後に、典型的な事例である今回の執行が起きてしまったということ。
なぜこの必要的な上訴制度が必要か。これはまさに裁判においては誤りが常にあるということ。アメリカのコロンビア大学のある調査では、1973年から1995年までの5760件の死刑の追跡調査をしたところ、そのうちの68%もの事件がその州の裁判所の上訴審やもしくは連邦裁判所によって、誤りがあったということで破棄されているというデータがあるそうである。
まさに日本では本人の意思にかかわらず、やはり誤りがないのかどうかをもう一度チェックする必要的な上訴制度というものが定められなければならないわけのだが、現実はさきほどの鳩山法務大臣の発言に象徴的な、むしろ積極的に死刑を維持していく、拡大していく方向になっている。
また、この問題を考えるにあたってもうひとつ、たとえば今度の持田さんの事件で言えば、一審が無期判決、それに対して二審が死刑に、より重くなっている。
じつは無期判決に対する検察官上訴というのはある時期までは限りなく例外的なことだった。永山則夫さんの事件で、検察は1983年の東京高裁の無期判決に対して量刑不当を理由に死刑判決を求めて上告をした。それ以降、1997年まで実に14年間、一回も無期判決に対しては上告をしていなかった。その1997年にはなにが起こったかというと、一気に一年間に5件もの上告というのをし始めた。
当時の検察官のコメントが当時の共同通信に流れており、そこでは「最近の死刑に対する抑制傾向に対して、死刑を回避する流れが強まっているということに対する危機感から、一挙に5件も上告した」と。いわば死刑の量刑基準を自ら作り出そうとして、事件を選んで上告している。日本の裁判が何か真実を探し出し、その真実が法律に基づいて淡々と判決が出ているのではなく、こういう検察官の恣意的な意思に基づいてなされている。
この1997年というのがどういう年かというと、地裁の死刑判決数が96年で1件になっている。次の年が3件。その後は一挙に98年―7件、99年−8件、00年―14件、01年―10件、02年―18件、03年―13件、04年―14件……と二桁の年に突入していく。
1995年にはいわゆるオウム事件があった。しかしオウム事件とは関連のない事件においては死刑判決が言い渡される事件は、今から思えば本当に抑制的だったと言える。それに対して検察官が一気に無期に対して上告をするというのが続いた。
普通、量刑不当というのは検察官のほうでも刑事訴訟法でもあまり上告の理由にはならないとされていて、弁護人が「著しく正義に反する、量刑不当だ」というふうに求めて上告しても、それは上告理由に当たらないとして、むしろいつも「そんなおかしな上告はするな」と言っているのは検察官だった。その検察官が上告理由にしてきた。
そのうちの1件が破棄されて、無期だった判決が死刑になった。5件のうち1件がひっくり返ったが、それ以外の4件は無期が維持された。
これだけ見ると維持されたからいいじゃないかと思うかもしれないが、しかしその中には実は被害者1名の事件があった。そしてその事件の無期判決は維持されたが、最高裁の判決がその中でわざわざ、「殺害された被害者が1人の事例でも、諸般の事情を考慮して極刑がやむをえない場合がある」と明言した。
こうした言葉が最高裁の判決に出ることによって、一気に2000年代の死刑の激増現象に入っていく。
ちなみにこの検察官が不服に思って上訴をするということが法律的にも許されていると言われているし、実際にもやっている。検察官が起訴をした場合、一審の有罪率は99.9%。では控訴審で検察官が控訴した場合、このときは最近のデータでは70〜80%が判決がひっくり返る。被告人が控訴した場合にはだいたい10〜15%と言われている。
日本国憲法の39条には「同一の犯罪について重ねて刑事上の責任は問われない」という言葉がある。一審で無期になって死刑が回避されたのに、二審で再び死刑になるというのはこの日本国憲法に違反するのではないか。
一番典型的な事例が名張毒ぶどう酒事件。まさにあの事件では一審は無罪だった。その無罪に対して検察官上訴がなされ、死刑になってしまった。無罪に対する検察官上訴というのは、英米法の国では二重の危険に反して許されないとされている。
この「二重の危険」という言葉、これは一度無罪にされた者が二度と、もしくは二重に、そうした生命、身体が拘束されたり死刑になったりする危険は受けないという原則。
日本国憲法は英語で書かれたものがまずあるのだが、英語では「double jeopardy」、まさに「二重の危険」の用語がそのまま使われている。名張毒ぶどう酒事件でもこの「二重の危険」が争われたが、日本では、一審・二審・最高裁はひとつの手続きであり、二重の危険に反しないとされた。
死刑ではない判決が一度でも言い渡されたことの意味を考えてみたい。それは極めて重い事実である。永山判決の最高裁の判決の前に、東京高裁が無期懲役を言い渡した。裁判長の名前をとってよく船田判決と言われるが、この船田判決が無期にしたひとつの理由が、「ある被告事件について死刑を選択すべきか否かの判断に際し、これを審理する裁判所のいかんによって結論を異にすることは、判決を受ける被告人にとって耐え難いことであろう」と。その上で、「ある被告事件につき、死刑を選択する場合があるとすれば、その事件についてはいかなる裁判所がその任務にあたっても死刑を選択したであろう程度の情状がある場合に限定せらるべきものと考える。立法論として、死刑の宣告には裁判官全員一致の意見によるべきものとすべき意見があるけれども、その精神は現行法の運用にあっても考慮に値するものと考えるのである」
さきほどの安田さんの話の最後でも全員一致の問題が出てきたが、船田判決は、死刑を存置している日本の制度の中で仮に言い渡すにしても、それは誰が見ても死刑を言い渡すべき事件に限られるべきである、そうするとこの永山判決では死刑を言い渡すことはできないと言っている。私がさきほど、「死刑でない判決が言い渡された意味は重い」と言ったのはまさに同じような意味で、一回でも死刑でない判決が言い渡された以上、命を奪われないという裁判がそこでおりたのだから、それをもってそれ以上検察官が死刑を求めて上訴するというのは、やはり認められるべきではないと思う。最高裁は船田判決を破棄、差し戻しして最終的には死刑になったが、その破棄した最高裁も、この主旨については基本的には認めている。
そうした中で考えると、今の日本の制度というのは一度無期になっても、検察官は繰り返し死刑を求めて最後まで上訴できる。また、本人がそうした現状に嫌になって自ら取り下げた場合でも、一件落着として終わってしまう。それがこうした死刑の拡大現象を支えている現実だと思う。
特に私が危惧するのは、なぜ取り下げをする人が今増えてきているのかということ。もはや死刑囚はそうした裁判というのに耐えられなくなってきている。社会のさまざまなメディアのバッシングを受ける、そういう中で「もういい」といわば自暴自棄になっている。それが果たして本当によく言われる責任をとることになっているのか。むしろ責任をとらない形なのではないか。やはり徹底的に真実にくらいついて、それが判決の中で、裁判手続きの最後まで争われるべきで、それが必要的上訴が社会の知恵として、国際社会が生んできたものだと思うが、そうしたものを自らが取り下げてしまう。そして取り下げるように今の社会が作用してしまっている。そういう現実があるように思われる。
いまアメリカで大統領選がおこなわれているが、ニューズウィークに、オバマ氏がイリノイ州の上院議員だったときに、イリノイ州の死刑に関する法案のとりまとめをして、当時の議論が非常に分かれた中で死刑に関する抑制法案を通したということが書かれていた。
死刑を言い渡すときには、今までは「合理的な疑いを差し挟まないまで検察官は犯罪を立証しなければならない」というのが通常の刑事裁判。「合理的な疑い」という言葉がよく言われていた。この法案では、「いかなる疑いも差し挟む余地のないほど、検察官は犯罪を立証しなければ死刑を求めることはできない」となっているそうである。
世界ではさまざまな形で知恵を出し合って、死刑をなくす、もしくは抑制するいろいろな動きがある。「いかなる疑いも超えて」というのは「いかなる裁判所がその任務にあたっても、死刑を言い渡すべきものに限るべきだ」という、現行法の中でのたとえば船田判決の主旨にもつながるものだと思う。
私たちの運動体は、死刑廃止から死刑判決を抑制する法案まで、さまざまなバリエーションを持ちながら、それが最後に豊かに大きな方向性においては一致する、そういう形で動いていきたいと思う。
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