第三回死刑廃止世界大会 報告
藤田真利子(英仏翻訳家)
2月1日からの3日間、パリで第三回死刑廃止世界大会が開かれた。2001年第一回ストラスブール、2004年第二回モントリオールに続いて、世界から死刑をなくすことを目的として世界からNGO、弁護士、政治家などが集まった。
冒頭、フランス大統領からのメッセージは、盛大な拍手で迎えられた。フランスの憲法には、「何人たりとも決して死刑にはならない」という条項が書き加えられることになる。その法律が大会の前前日に国民議会(下院)を通過し、翌週には上院を通過、2月末には憲法が改正されるという誇らしげな宣言だったのである。これを外務大臣が代読した。さらに、ドイツのメルケル首相からのメッセージ、EU議会と評議会の代表者の演説があり、全世界から死刑をなくそうというヨーロッパの固い決意が感じ取れた。基調報告では、フィリピンをはじめ、第二回大会以来死刑を廃止した国の名があげられた一方で、サダム・フセインの処刑、そしてクリスマスに行われた日本の大量処刑が非難された。
わたしは第一回の世界大会にも参加したが、毎回驚くのは、政府、欧州などの公的な後押しがあることだった。今回も会場になったパリ市南部にある国際大学都市(シテ・ユニヴェルシテール)が全面的に協力してくれたし、いろいろな国の留学生会館(スイス、カナダ、ベルギー、ドイツ、スペイン、レバノン)が協力して分散会の会場を提供していた。同じく政府が憲法を変えると言い出すにしても、日本とフランスのこの違いはなんだろうと、ひたすら羨望の念を禁じえない。まあ、うらやんでいるだけでは前進しないので、気を取り直して勉強することにしよう。今回はアムネスティからのひとり代表団としての派遣である。
第一回大会では、世界死刑廃止同盟が作られ、第二回では地域のネットワークと戦略が作られ、第三回の今回は、イスラム世界にも死刑廃止をということでモロッコの死刑廃止運動に声援を送り、また、北京オリンピックをいい機会に、中国にどのように圧力をかけていくかという戦略を練ることにもなった。
日本から招待されて参加した田鎖弁護士は、ADPAN(死刑廃止アジアネットワーク)と弁護士の分散会で日本の状況を訴えた。ADPANでは、日本の死刑の密行性について語り、死刑に立ち向かう弁護士のセッションでは、日本が死刑廃止に逆行していることについて話をした。刑事訴訟法の改訂があり、被害者遺族の声が直接法廷に入り込むようになった。その影響もあって、過去十年で死刑判決は2倍、終身刑判決はほぼ5倍になっている。田鎖弁護士は、弁護士としてのこれからの課題を3点挙げた。まず、死刑事件を担当する弁護士への支援を強めること、これは日弁連が取り組み始めた。次に証拠に基づいた冷静な議論をリードし、厳罰化が被害者の救済につながるかのような議論を打ち消していく必要がある。また、司法制度の見直しも必要だ。こうした弁護士の努力に対し、市民運動の側はどのように協力していけばいいのか、また、運動をどのように組み立てていけばいいのか、課題は大きい。日本で初めて再審無罪を勝ち取った元死刑囚の免田さんは、証言の夕べで34年間の死刑囚としての経験を訴え、3日土曜日のデモではECPM(主催団体)のミシェル・トーブやバダンテールさんと共に先頭に立ち、81歳の高齢にもかかわらず全行程を歩きとおし、ポンピドゥセンター前でのダイインにも参加した。
二日目午前のセッションは、田鎖さんと手分けして別の分散会に出ることにした。わたしがでたのは「刑期と代替刑」について。セッションの時間は、続けて出席することを想定していないようで、たとえば1時から3時、3時から5時などと設定されている。しかも会場が広いからあっちだのこっちだのと走り回る羽目になった。このセッションでは、カナダからの発言が印象に残った。「死刑を廃止するのに高い代償を払ってしまった」という、保安期間(仮釈放の可能性がない)の下限を25年としてしまったので、無期刑の平均が15年以下から28年と大幅に増加してしまったと言うのである。これから廃止する国はわたしたちの教訓を学んでほしいという発言だった。
今回参加しての収穫は、「死刑は野蛮である」というバダンテールさんの言葉がようやく納得できたということである。わたしたちは死刑のある国にいる。死刑は刑罰として存在し、わたしたち死刑廃止運動に携わる人たちは、どうしてそれを廃止しなくてはならないのかという理由を挙げなくてはならない。刑期と代替刑のセッションでは、終身刑の非人間性について語る人が多かったのだが、そのなかで、ピエール・トゥルニエという弁護士が、「死刑を廃止するときに代替刑についての議論を拒否しなくてはならない」と言うわけである。この議論は、バダンテールさんもずっとそう主張していた。「とにかく、無条件に」死刑を廃止しなくてはならないのだという。日本のような国で死刑廃止の運動をしていれば、そうは言っても現実的には……と思わざるを得ない。だが、その同じ講演者が、「死刑は効果的かどうかという議論は拒否すべきである」と言い、「拷問は効果的かどうかという議論をするだろうか?」と問いかけたとき、「死刑は野蛮だ」とか、「無条件で廃止するべきだ」という議論が初めて胸に落ちたのである。わたしはアムネスティの一員として、拷問は人間性を侮辱するものだと思い、他国でそのようなことが行われていれば手紙を出してやめるように促している。死刑は非人道的だと考えていたのは確かだが、目の前にいる死刑囚や、次々と下される死刑判決、かたくなな法務省の態度などに目を奪われ、また、存置論者からの議論に応えているうちに、根本的なところを忘れていたような気がする。死刑廃止を主張するのに、じつは、理由は要らないのだった。ただ、講演のあとで話をしたら、トゥルニエさんも、あれはあくまでも信念としてはということで、現実的には段階を踏んでやらなきゃならないこともあるでしょうねと言っていた。
今年の焦点になっていた北アフリカや中東、とくにイランの例や、中国の死刑の実情を聞くと、日本のわたしたちはまだ恵まれた状況にいる(つまり、表現の自由が「まだ」存在する)のがわかる。また、ADPANでの発言を聞いて、同じような文化的背景を持つアジアの国との連携を強めていく必要性を感じた。
最終日はバスティーユのオペラ座で閉会式をしたあと、パリの街をデモ行進した。バスティーユからレピュブリック広場、そこからさらにポンピドゥセンター前まで長い行程である。ダイインで見上げた空は、とうていパリの冬の空とは思えない青さだった。
最後に、大会後の宣言をご紹介しておこう。
まず、第二回世界大会以来、ギリシャ、キルギスタン、リベリア、メキシコ、フィリピン、セネガルが死刑を廃止し、全世界死刑廃止への歩みは前進していることが確認された。ただ、中国、イラン、サウジアラビア、アメリカ、ベトナムなどまだ大量に死刑を執行している国が残っていること、そして、死刑制度を再導入しようというペルーの動きを強く非難した。また、死刑廃止の過程で、被害者の要求と刑事司法政策、刑務所制度全般についての検討を忘れてはならないと宣言している。そして、五つのことを勧告している。
ひとつは、すべての国に対して死刑を廃止し、世界と地域の死刑廃止条約、とくに国連社会権規約第二選択議定書(死刑廃止条約)を批准することを求めている。
第二は、2006年12月の国連総会声明に従って、世界中の国が即座に死刑執行を停止するようにと呼びかけている。そして、国連総会で、・死刑廃止に向けて死刑執行の停止、現存する死刑判決の減刑を求め、・死刑は基本的人権と自由の侵害であることを確認し、・国連と加盟国、国際的地域的機関が人員と資源を投資してこの死刑執行停止実現を支援する、という決議を採択できるように努力してほしいと加盟各国に呼びかけ、市民に対しては聖エジディオ共同体が開始し世界死刑廃止同盟が支援する死刑執行停止の請願に署名するよう求めている。
第三は、北アフリカと中東の大会参加と国内地域での同盟結成の努力を歓迎し、とくに、モロッコ、レバノン、ヨルダンの動きに声援を送っている。
第四は、2008年には北京オリンピック、2010年には上海万国博覧会を開催する中国政府に対し、段階的死刑廃止を視野に入れて即座の執行停止を求める。とりわけ、経済事犯や麻薬事犯といった非暴力犯罪を死刑対象からはずすように求めている。中国は2007年1月から、すべての死刑判決を最高裁でもう一度審理することになった。そこで、中国政府に対して、死刑行政の秘密主義をなくすように呼びかけている。
最後に、ストラスブールの第一回世界大会以来、死刑廃止運動が数と多様性を増したことを歓迎し、NGO、弁護士会、労働組合、政府に対して、世界死刑廃止同盟に加わってみんなで死刑を廃止しようと呼びかけている。10月10日の死刑廃止デーは、2007年は中国のオリンピックに焦点を当て、2008年は死刑廃止教育がテーマとなる。死刑廃止活動家にはこの死刑廃止デーへの参加を、世界各都市には11月30日の「生命の都市」への参加を、そして世界中の国会議員には死刑廃止への投票を呼びかけて終わっている。
|
|
|