2002年11月19日(火)15:30〜17:00に、衆議院第1議員会館第2会議室にて、死刑廃止を推進する議員連盟の勉強会、「冤罪の恐怖〜袴田事件から」が開催された。

死刑囚袴田巌氏の姉・袴田秀子氏、袴田事件弁護団の西嶋勝彦弁護士、秋山賢三弁護士から、袴田事件の説明、袴田氏の現状や裁判の見通しなどを伺った。
金田誠一議員(民主)、栗原博久議員(自民)、柏村武昭議員(自民)、佐藤静雄議員(自民)、中川智子議員(社民)、江田五月議員(民主)、大島令子議員(社民)が出席。司会は保坂展人議員(社民)が務めた。
■開会に先立ち、袴田事件の報道として1992年5月に放映されたニュース番組を編集したビデオを上映。事件の経緯や、証拠とされるものの不合理性を検証する実験など、わかりやすく整理されており、これを見ただけでも裁判にかなり疑問を感じた。
■ビデオ上映に続き、所用で欠席の亀井静香会長に代わって副会長の金田誠一議員から、「亀井会長は、死刑には犯罪の抑止効果がない、かりに抑止効果があったとしても、冤罪というものが必ずつきまとう、冤罪は、本人にとってみれば、とりかえしのつかない100%の誤りで、そういう冤罪の危険を伴う死刑制度によって社会秩序を維持しようということには自分は同意できない、と常におっしゃっている。今日、まさに冤罪を象徴する袴田事件の話をうかがえることは、死刑廃止に向けて意義深いことと思う」と開会の挨拶があり、メインプログラムに移った。
■西嶋勝彦弁護士(袴田事件弁護団事務局長)の挨拶(要旨)

(94年に静岡地裁が再審請求を棄却し、)東京高裁に即時抗告がかかってから、すでに8年近く経っております。
我々からみれば一見して明白な冤罪事件。それにもかかわらず、一審から最高裁まで何人の裁判官がこれを是認したかわかりませんが、なんとしてもこれをくつがえしたい。
新証拠もたくさん用意しましたが、新証拠を待つまでもなく、確定判決自体の中に冤罪である要素がちりばめられていると考えています。くわしい内容はあとで秋山弁護士から。
日本ではこれまでに死刑再審で4つの事件が再審無罪となりました。イギリスなどであれば、なぜその誤判が起きたのかということについて調査委員会等を作って、次の司法改革につなげていく努力がなされるところです。
いま日本でも司法改革が進んでいますが、これを論ぜずしてなんで司法改革かと言いたい。これを国会の場で、あるいはどこかで、ぜひ取り上げていただき、死刑廃止と同時に、冤罪防止のためにも、この4つの事件の原因究明にも、ぜひ尽力いただきたい。
■袴田秀子氏(袴田巌氏の姉)からの報告(要旨)

(弟は)初めは「眠れない」と言いました。「左隣の囚人が水道の水を出す、右側の囚人が壁をドンドン叩く、真ん中に入っていて眠れない」と。
また、「電気を出す」とも。「かゆみの電波とか痛みの電波とか、いろいろな電波を出す」と。
それまで普通に来ていた手紙が、おかしなことを書いてくるようになり、赤いボールペンで左側からひらがなばかり書いてきたり、わけがわからないことを書いてきて、手紙がこなくなったので「なんで手紙出さないの」ときくと、「手紙を出さないほうがよいと言った」と言うのです。
平成11年の2月10日に面会できたのですが、「元気?」と言うと、「おう、元気だよ」とは答えましたが、「この頃何やっているの?」ときいたら、黙っていて、突然に「俺が誰だか、わかっているのか」と言うので、「袴田巌でしょ」と言ったら、「俺は違うわ」と言って面会所から出ていってしまったのです。残って待っていましたが戻ってこなくて、それっきりで帰ってきました。
今日も拘置所に行ってきたのですが、「自分は袴田巌ではない」と言っているらしく、結局面会できませんでした。「とりとめのない変なことばかり言って、だめですね」ということでした。
平成11年2月に面会してから20回、現状はそのような状況です。
■秋山賢三弁護士の講演(要旨)
秋山弁護士は元判事。「徳島ラジオ商殺し事件」の第6次再審請求に対し、再審開始決定を出した。
袴田事件は私からすれば明白な誤判であります。
なぜそのような誤りが起こったのかといえば、裁判官が自白調書を信用しすぎたことにつきると思います。袴田さんは法廷では「自分はやっていない」と主張したのですが、捜査段階で作られた検察官調書を裁判官が信用し、いろいろな矛盾している証拠が他にたくさんあるにもかかわらず、端的にそれを有罪の方向で割り切ってしまったわけです。
調書は起訴前・起訴後で合計45通作成されました。裁判所は、そのうちの44通は採用しなかったのですが、なぜか1通の検事調書だけを採用し、袴田さんに死刑判決が下ったのです。
判決の中で、捜査がひどいとか、二度とこのような捜査を繰り返してはならないとか、いっぱい書いてある。一日に16時間も取り調べ室でがんがんしぼり、トイレは取り調べ室の「おまる」で、衆人環視のなかでさせるという人間としての虐待。また、水を飲ますと白状しないというので、水を飲まさないという拷問もしています。
警察の報告書には、証拠もないのに早い段階で「犯人は袴田に決まっているのだ。……絶対に間違いはないと決意をもってせまらないと白状しないのだ」という記述も見られます。
こういう誤った捜査で自白調書が作成されるという現状であるわけです。
自白調書がとられると、その翌日には検察庁の次席検事、あるいは県警の刑事部長クラスが記者会見して、「袴田巌はついに自白しました」と。テレビで放映されると、「ああ、ついに自白したのか。悪いやつだ」ということで、これで事件も終わったのだと。
しかし、そういう嘘の自白をさせられた人は、「裁判所へ行けばわかってくれる。警察や検事はだめだけど、日本には裁判というものが残っている」という形で裁判をむかえる。で、「自白調書はむりやり出されたので任意性がない」と言っても、日本の裁判官は捜査段階の調書を信用し、有罪にする。これが袴田事件の基本的構造です。
この事件が冤罪であるという証拠は、ごく簡単なことです。
袴田さんは4人の被害者を殺したとされていますが、4人で合計40個以上の傷を、彼一人で、一つの凶器で殺害したと認定しています。刃物で格闘した場合、どんな強い人間でも、自分のほうも少しは怪我するはずです。しかも4対1ですが、袴田さんには、格闘による傷が何一つない。これは、絶対にあり得ないことです。
さらに、凶器とされた「くり小刀」は、刃渡り12センチのつばもない小刀なのです。そもそも4人もの人間をそのような脆弱な凶器で殺傷したと認定できるのか、という問題があります。これも、日本の裁判官は、調書にそれが書いてある、ということで信用してしまう。
自白調書の問題と、今の認定された事実と他の客観的証拠との矛盾。裁判官は、自白調書の記載を信用する方向で有罪が確定してしまった。それが袴田事件の骨格です。詳細は、10月に出した著書『裁判官はなぜ誤るのか』(岩波新書)の中で書きました。
死刑廃止の理念のもとに集まっていらっしゃる国会議員の方々には、かねがね敬意を表しております。フランスのバタンデール法務大臣などのように、死刑廃止こそは、どうしても政治家にしかできない仕事です。
肉親を殺害された遺族の方々が死刑廃止等に対してアレルギーがあるのはもっともだと思います。しかし、周囲の人間は、無抵抗の人間を国家の名において虐殺することが許されるのかどうかという問題がある。つまり、人が人を殺すことは許されないと親が子どもに教えていくのなら、国家が無抵抗の人間を目の前で殺害していくというこの儀式は、ぜひとも廃止の方向で進んでほしい。もうすでに、ヨーロッパにおいては死刑はすべて廃止され、米国も全部の州が死刑を行っているわけではありません。
袴田事件は死刑判決なので、絶対に再審によって救済しないといけないと思っています。
私は、来年(2003年)必ず再審開始の方向で、裁判所が判断すると確信しております。しかも、それが単に袴田さん一人のことにかかわらず、日本における死刑執行の現実と、存置の残酷さを日本国民全体が考える大きな機会になり、この国がもうひとつグレードアップしていくよいチャンスであると思います。

■秋山弁護士の講演に続いて司会の保坂議員より、必ず無罪になると信じて手紙を書いて来ていた袴田氏の手紙の内容が90年ごろからおかしくなり、いまでは手紙が来るような状態ではないこと、会いに行っても「袴田巌という人はいない」と面会拒否すること、再審が始まったとしても弁護士と打ち合わせもできないような状況で拘留しておくこと自体違法ではないかと法務省矯正局と話したこと、証拠とされるズボンが袴田氏の体型にまったく合っていないこと(味噌樽の中で縮んだためだとされた)も再審の条件にかなうこと、などの説明があり、質疑討論に移った。
■質疑討論

質疑討論では、出席議員からそれぞれ熱心な質問、発言があった。以下は、そのなかから一部を抜粋したものである。
大島議員
私は、1989年に再審が開始されて出てきた島田事件の赤堀さんをずっと応援してきたのですが、島田事件の再審決定の時の高裁というのはどんな状況だったのでしょうか。
秋山弁護士
島田事件は、一審の静岡地裁の再審請求棄却に対する即時抗告で、東京高裁が原決定を破棄しました。このときの裁判長は、かつて自ら志願して、拘置所で囚人たる待遇がどのようなものかを経験したこともある、良心的かつ有能な裁判長です。私は、その東京高裁の英知が、一人の死刑囚を救ったと思っています。
いま袴田事件が係属している東京高裁刑事第二部の裁判長は、最高裁調査官時代にやはり非常にすぐれた裁判をした人です。新潟のひき逃げ事件で、一審、二審とも有罪で最高裁が無罪という事件ですが、普通は差し戻すところ、自ら判断して無罪にした。
ほかにもきちんとした事実認定の裁判経歴を持っておりますので、もちろん楽観はしていませんが、あの人ならばきちんと読んでくれれば、この事件は必ず無罪になると確信しています。
柏村議員
この間のオーストラリアから帰ってきた人たちの件(注:1992年、オーストラリアのメルボルン空港で日本人旅行者のスーツケースからヘロインが見つかり、裁判で有罪判決を受け服役していた日本人5名のうち、仮釈放の要件を満たした男性3名と女性1名が2002年11月に帰国した。いわゆる「メルボルン事件」)でも、日本国民の大半は彼らはやっていないのだろうと思っていて、彼らは無罪だ無罪だと言いながら、10年も。
どうしてこんなことになってしまうのかなと、何か向こうに罪はないのかと考えたり、人が人を裁くこと難しさを思います。いつのまにか通訳がだめだったからどうのこうのとなって。
袴田さんの事件もそうですよね。いつのまにか、警察が音頭をとって、彼が犯人だと決め付けて、マスコミをあおって、いつのまにか悪いやつだいうことになってしまって、動機もない。まったく、今の捜査から比べると幼稚な捜査をしてますね。メンツでそうなってしまったと僕は思うのですけれど。
再審になってほしいと思っています。これが我々の死刑廃止の一番の精神だと思う。これでもし、再審になって無罪になったら、これこそ死刑廃止の原点ですね。本当に人が人を裁けるのか、人が合法的に法律によって命を奪ってよいのかということになりますね。
お姉さんの話を今聞きましたら、袴田さんは、おそらくもう、精神的に完全に侵されてますね。35年間獄中につながれていれば、誰だってこうなってしまう。大変な罪を官憲は犯したと言っていいでしょうね。
彼は「袴田巌」という名前を捨てたいわけです。死刑になってしまうのだから。そういう意味でよくわかりますね。だからなんとしてでも、これをもう少し国民の皆さんにアピールして、いかにひどいものかということを皆さんに知ってもらって、死刑廃止ということに結び付けていきたいと思います。
中川議員
今の袴田さんの病状は? 治療はどうおこなわれているか、教えていただきたい。
秋山弁護士
袴田さんが精神的におかしくなった理由は、やはり死刑執行の恐怖、日夜連続して何十年という、そこの点じゃないかという気がします。
彼が書いた肉親宛の手紙を分析したのですが、最初の1、2年は非常にのびのびと穏やかで、なにも疑わない、裁判所を信じきっているわけです。やっていない人はそうなのです。「やっていないのだから、有罪なんかなりっこない。ばかな検事や警察がそうしているだけで、裁判官は全部わかってくれている」と。
それが、一審の判決以降、がたっと違ってくる。文字が違ってくるのです。これ自体が、彼が無実である如実な証拠なのです。だんだん、かな釘流のすごい字を書くようになり、哲学者の書くような思弁的なすごい文章になってくる。そういう中で、ついに、バランスがとれなくなるというところです。
日本の法務省は、拘置所に国会議員でさえ立ち入らさない。国会議員の先生方が拘置所をきちっと視察、あるいは問題が起きた時に、国政調査委員会の中で全部調べ上げることができるシステムになっていないと思うのです。
死刑囚のきちっとした治療、あるいは、矯正、治療という方向へのいろんな措置がなされていないのではないか。日本の国会がコントロールできない所は、日本の国民のコントロールが及ばない所ということで、問題がある状況です。
西嶋弁護士
今、法務省と日弁連が、受刑者の処遇をめぐって、もう3年にわたって勉強会を続けております。ゆくゆくは監獄法の改正に結び付けていきたいということで3年前に始めたのですが、法務省は、予算や職員の不足、秩序が保てない、あるいは、国民世論が納得しないとか、いろいろな抗弁をもうけて改革に意欲をみせません。
とりわけ、手紙や面会といった外部交通について、日本は極端に制限がある。諸外国ではわりに自由に外部と接触し、外部と関係を保ちながら、社会復帰をはかる。死刑囚の場合も最後だということで、自由に未決なみに面会を認めている。日本では法務省の通達で、「未決なみに」という監獄法の規定を昭和38年頃から無視してしまっている。
名古屋刑務所でいま問題になっているように、秩序優先で処遇をはかるのは間違っていると法務省側にせまっているのですが、なかなか聞いてもらえません。少なくとも、中で何が行なわれているかが外部にわかる、外部の人間が自由に、中からの不満を吸い上げるためのシステムを作るという意味で、いま国会にかかっている例の人権擁護法案などとんでもないと、第三者機関を作ることが大事だと、毎回の法務省との勉強会で主張しているところです。
保坂議員
3年前にやっと面会できたとき、袴田さんは1分半で面会所から出て行ってしまい、その後、20回行っても会えないわけです。しかし、そのことについて法務省矯正局は、まあ、なんともないのだという見方なのです。めしも食べている、運動もしているし、別に手がかかるわけではないしと。でも、異常でしょ、出てこないのだから、ということを突きつけているのですが。一言でいえば、「異常な状態が固定的に日常化した」と。そういう状態で、治療という治療は受けていないわけです。
支援者の平野雄三氏
東京拘置所での治療は、東京拘置所の中にいる、医師の資格を持っている方かどうかわかりませんが、その方が薬の投与だとかをやっているという程度です。
10年ほど前に、八王子の医療刑務所でいいから移管をして治療をしてほしいと、人身保護請求で裁判をしましたが、負けました。その裁判のときに東京拘置所側から出てきた資料で、袴田さんが、拘置所で支給された食事に毒が入っているのではないかと、全部、水で洗ったなどということもわかるようになったのです。
ぼくらはそういうことも含めて、病気なのだからと。東京拘置所側はそれを認めません。認めないし、東京拘置所の治療で十分だと。
佐藤議員
日本では、死刑廃止にはなかなかみんな抵抗がある。しかし、この冤罪というのが入ってくると、意外に賛成者が出てくるのではないか。
死刑廃止議員連盟の活動も、これまでどちらかというと野党の人たちが中心だったが、亀井先生が会長なのだから、これはやはり、自民党とか与党がもっと中心になって、冤罪あたりから入って、与党もやるべきです。
中川議員
神戸のほうでも山田さん(注:甲山事件の山田悦子さん)の問題があって。彼女の話を何度も聞きに行ったのですが、ものすごい自白のさせられ方をするのですね。眠らせないで、何かほかの質問の時に「はい」って答えたら「自白した」というふうに彼女の場合はもっていかれた。佐藤先生がおっしゃったように、冤罪の問題というのをクローズアップしていって、死刑のところにつなげていきたい。