坂上香さん講演会 
    MVFR第1回全国大会に参加して 
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1.はじめに / 2.セレモニー / 3.全体会 / 4.分科会 / 5.まとめ / 6.質疑応答



5.まとめ −大会全体を通して感じたこと−

大会全体を通して感じたことというのは、死刑というのは被害者を分断させてしまう制度ではないか、ということ。

そもそもMVFRをつくった人が、被害者を分断させてしまう制度だからやめさせようと思って始めたわけです。しかし、その彼女が、この25周年のパーティーで、「その差はどんどん開いている、縮まるどころか逆の方向に行っているように感じている」と、絶望的なことを言っていました。

あと、時間の大切さということも感じましたね。参加者の多くが、事件から6〜7年経過しているんですね。または10年とか、16年とか。20年近くたってから参加している人もいます。

それから、「安全な場」の必要性。
さきほどスピーチの話をしましたが、だれも批判しない、そして受けとめてくれるという、そういう被害者が感情を吐き出せるような場、べつにそれはスピーチじゃなくても、カウンセリングでもいいと思うし、自助グループでもいいと思うのですが、そういう場がやっぱりものすごく必要なんだな、と。
今回の大会ではメディアの取材は全体会だけで、あとはカメラは入れないとか、フラッシュも絶対だめとか、すごくそういうところ気を遣ってやっていました。

それから、ここに来ている人たちというのはMVFRだけじゃなくて他にもそれぞれ癒しの場を持っている。自助グループにはいっていたり、カウンセリングを受けていたり。心のケアを受けられるような場をそれぞれが持っている。
やっぱり「変化」を生み出すためにも、そういう場が――声を封じ込めるのではなくて受けとめる場が必要なんだということ、それが日本にはまだまだないなということを、またあらためて感じました。

あともうひとつ感じたのは、被害者が憎しみとか怒りを感じるのは当然だと思うのですが、でも、それにずーっと何年もしがみつかず、その先に行けるための支援とか工夫っていうのがものすごく必要なんだろうなと。

さっきお話ししたリストラティブ・ジャスティスというのは、そのためのひとつの方法にしか過ぎない。それだけじゃないと思うんですね。日本では騒がれだすとそれだけにワーッと集まってしまうので、それしかないというふうに見られてしまいがちですが、リストラティブ・ジャスティスも、あるひとつのかたちなんじゃないかな、と思いました。

あとは、さまざまな分野との連携。立場を超えてどうやってつながっていけるか。
たとえば、この大会の中には、自助グループ的な、当事者だけの会、それも被害者遺族だけとか、死刑囚の家族だけのグループとか、そういうのもあるんですね。で、それも必要だと思うんですね。
でも、当事者だけの会であれば、私のような者は参加できないわけです。そういう当事者でない者も参加できるような場もあるし、メンタルヘルスの専門家とか、臨床心理士の会とか、ソーシャルワーカーだとか、専門家のテーマとか分野によってもグループがあったり分科会があったりして工夫がされてる。
そういうのをいろんなレベルで作っている。そうすると、立場を超えてどうやってつながっていけるか、それから、当事者・非当事者の壁をどうやって超えられるか、超えられないものもあるけれども、それはどうやって近づいていけるのか、そういうことをもっと探って行ける可能性が生まれるんだろうな、と思いました。

ただ、絶望的に聞こえるかもしれませんが、やっぱり、こういう試みと「死刑制度を廃止する」ということはなかなかイコールにはいかないんだな、ということも感じました。
これをやった次の日にマクベイの死刑の執行があったわけで、それに対してもMVFRはいろんな意見を述べてきたし、この期間中もブッシュ大統領に対して手紙を書いて、みんなでサインをして送ったりもしたんですけど、それを止めることはできなかった。
そういう意味で、いくらこういうことをやっても、それとはまた違うレベルで何かもっとやらなければ、制度の廃止までにはなかなかつながらないんだろうなっていう厳しい現実も見ました。

以上です。

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