死刑廃止ニュース
死刑に関する事件と世界的な廃止への動きの概要
2001年 6月
AI Index: ACT 53/003/2001
死刑廃止への動き
欧州審議会が日本およびアメリカ合衆国に死刑の執行停止を求める
6月25日に、欧州審議会議員会議は、日本およびアメリカ合衆国に対して、即時に死刑の執行を停止し、死刑囚の処遇を改善し、この 2国が死刑廃止に向けて必要な措置を講じるように求める票決をした。
6月25日に採択された1253決議(2001年) のなかで、議員会議は、2003年 1月までにこの決議の履行について進展がないならば、日本およびアメリカ合衆国のオブザーバーの地位の継続に異議を唱えることも決定した。
この決議は、死刑の適用は「欧州人権条約第 3条の意味する拷問または非人道的な若しくは品位を傷つける刑罰に該当する」ともしている。
議員会議は、欧州審議会に加盟する43カ国の議員から構成され、主要な人権に関する欧州の政府間組織である。欧州審議会のオブザーバーの地位を有する国は、カナダ、メキシコ、バチカン、日本およびアメリカ合衆国である。日本およびアメリカ合衆国は、1996年にオブザーバーの地位を与えられた。
議員会議は、今年の初めに日本およびアメリカ合衆国へ派遣された委員会実情調査団をもとに、会議の法務および人権委員会のために準備された、リヒテンシュタインの議員Renate Wohlwend の報告に基づいて行動した (決議および報告は www.coe.intで見ることができる) 。
その報告書は、日本における死刑に関して、処刑の密行主義、過酷な拘禁状態、拷問および自白の強要の申立てを特に懸念事項として引用している。
アメリカ合衆国については、報告書は、少年犯罪者および精神障害者または精神遅滞者の処刑、死刑の適用における人種的および経済的な差別、死刑囚監房の過酷な拘禁状態を強調している。
法務および人権委員会の委員長Gunnar Janssonは 2月に日本を訪れた。彼は、東京拘置所を訪問し、法務大臣、他の政府要員、法律家および死刑廃止議員連盟のメンバーと会った。また、彼は、無罪放免になるまでに、あわせて55年間死刑囚として過ごした元死刑囚にも会った。
Renate Wohlwendは、 3〜 4月にアメリカ合衆国を訪れ、死刑囚監房はないものの 2カ所の刑務所を参観し、政府役人や研究者だけでなく 2人の元死刑囚にも会った。
議員会議は、かつて、ウクライナ、ロシアおよびその他の欧州連合加盟国が、死刑を廃止するよう支援して強い働きかけを行った (死刑廃止ニュース1999年 3月号参照) 。
チリ――死刑廃止
5月28日に、チリのラゴス大統領は、通常犯罪に対する死刑を廃止し、終身刑に代替する法に署名した。法 19734号は 6月 5日に官報で公布された。死刑は、戦時の犯罪を定める軍事刑法には規定されたままである。
死刑廃止に向けた決定的な歩みは、 Juan Hamilton上院議員が死刑廃止法案を提出した2000年 8月に始まった。この法案は、2000年12月に上院で可決され、2001年 4月に下院を66対37で通過した。新法のもとでは、最も凶悪な犯罪を犯した者は、最低40年服役しなくてはならない。
死刑は、19世紀から規定されていたが、めったに執行されることはなかった。
1985年の強姦殺人を犯した2 人の警察官の処刑が最後の処刑である。それ以来、上訴で破棄されなかったすべての死刑判決は、大統領命令によって終身刑に減刑されていた。
アイルランド――死刑に関する国民投票
6月 7日に、アイルランドの有権者は、憲法からすべての死刑関係事項を削除し、上下院が「死刑条項を定める法」を制定できないようにする憲法修正21におきかえる法案に投票した。その結果は、憲法から死刑を削除するのに賛成が62パーセント、反対が37パーセントであった。
死刑は、1990年に刑法から削除されている。アイルランドにおいて、最後に処刑が行われたのは1954年である。
アメリカ合衆国――スペイン人の死刑囚が無罪放免される
フロリダ州で 3年の間死刑囚であったスペイン人が、再審によって無罪であることが明
らかになった。
現在30歳の Joaquin Jose Martinezは、1995年に犯した殺人で1997年に死刑判決を受けたが、この判決は、フロリダ州最高裁判所で訴訟手続違反により昨年 (2000年) 破棄された。第一審で採用された、Martinezに罪があることを示す供述であると申立てられたテープは、聞き取れないため再審において認めらないと判示された。ところが、新しい陪審員は、聞き取れないテープの写しが、殺人が行われた時の警察署の証拠室の管理人であり、この事件について 1万ドルの懸賞金を申し出ている被害者の父親によって用意されたという証拠を審理した。
再審が結審した 6月 5日に、陪審員は、彼についての証拠は不十分であるとして、全員一致で Joaquin Jose Martinezを無罪放免とした。スペインのアスナール首相は、評決を歓迎して、「このスペイン人の無罪が明らかになったことを喜ばしく思う。私は常に死刑に反対してきたし、これからも常にそうである」と述べた。
この事件は、 Joaquin Jose Martinezの家族が世論を動員して、弁護人を雇うための資金を集めたスペインにおいて、重大な関心事となっていた。 3万人が署名した請願書が、フロリダ州の知事および地方検事に送られ、スペインのカルロス国王およびローマ法王ヨハネ・パウロU世の双方からも、減刑の要請がなされていた。
Joaquin Jose Martinezのスペインへの帰国は、合衆国のブッシュ大統領の最初の欧州訪問と同時であり、彼は、スペインの首都マドリードでの死刑反対抗議によって迎えられた。
Joaquin Jose Martinezは、1973年以降に無実の罪が晴れた、フロリダ州では21人目、アメリカ合衆国では96人目の死刑囚である。フロリダ州においては、 5人の死刑囚が処刑されるたびに、 2人の別の死刑囚が無罪放免となっている。
フロリダ州には、殺人を犯した別の 2人のスペイン人の死刑囚がいる。Pablo Ibarの家族は、 Joaquin Jose Martinezと同じ弁護士に依頼し、Julio Moraは精神疾患に悩まされている。
アメリカ合衆国――38年ぶりの連邦での処刑
6月11日に、インディアナ州テレ・ホートで、1995年のオクラホマ・シティの連邦ビルの爆破によって多くの子どもを含む 168人を殺害したティモシー・マクベイが致死薬注射によって処刑された。
ティモシー・マクベイの事件が世界中のメディアの注目を浴びていたので、 6月19日に同じ刑務所で行われたメキシコ系アメリカ人の Juan Raul Garzaの処刑は、裁判時に提出された証拠に重大な懸念と、連邦の死刑判決の際には人種的および地理的な不均衡があったにもかかわらず、ほとんど報じられなかった。
Juan Raul Garzaは、大麻取引の途中で 3人の男性を殺害して、1993年にテキサス州で死刑判決を受けていた。
中国――処刑の増加
4月11日に北京で犯罪を撲滅するための国家的な「厳打」キャンペーンが宣言され、この日だけでも89人が処刑された。先の犯罪取締りによって、死刑囚が劇的に増加し、多数の誤判の疑いが生じた。
キャンペーンの開始から 300人以上が死刑判決を受け、今年のこれまでに1000人以上が処刑されている。この処刑の増加は、 4月にジュネーブで開催された国連人権委員会でなされた人権に関する議論の際に、中国政府が再び妨害をしたのと時を同じくしている。
アムネスティ・インターナショナルは、1990年代の中国において、すくなくとも27,599の死刑判決と18,194の処刑を記録している。中国における死刑判決および処刑が公式にはわずかしか記録されていないとしても、この限られた記録に基づく数字は、残りの世界の国々をあわせた数字よりも、まだはるかに多い。
死刑廃止世界会議――第 1回死刑廃止世界会議が 6月21〜23日にフランスのストラスブ
ールで開催された。「皆で一緒に死刑に反対する会(Ensemble contre la peine de mort)」が発起人となり、欧州審議会が後援し、欧州議会やフランス議会の議員、多数の非政府組織の構成員だけでなくアメリカ合衆国および日本の元死刑囚も出席した。
全世界における死刑廃止を目的とする世界的な死刑執行停止の要請に、15人の議会議長らが署名した。
国連――国連人権委員会の第57会期が 4月にジュネーブで開催された。欧州連合は、昨年採択されたのと同様に、世界的に死刑の執行を停止し、死刑事件における国際的な保護条項を厳守することを求める死刑に関する決議を再び上程した (死刑廃止ニュース2000年 6月号参照) 。今年の決議には、すべての死刑存置国は「いかなる精神障害者にも死刑を適用せず、または死刑を執行しない」とする項や、死刑に関する 5年毎の報告書に、「犯行時18歳未満の少年に対する死刑の適用に特に注意を払いながら」、毎年の補遺を事務総長が委員会に提出することを求める項が含まれている。
4月25日に、この決議は、賛成27、反対18、棄権 7、欠席 1で採択された。
短 報
バングラデシュ――3年半以上の中断の後に処刑が再開され、2月と 3月に 2人の男性が絞首刑に処せられた。 2月15日に、ダッカ中央刑務所で 2人の子どもを含む 4人を殺害して有罪判決を受けたFiroze Miaが絞首刑に処せられた。3月 1日には、自分の妻を殺害したMotaleb Hawladerが、バリサルの Jessore刑務所で絞首刑に処せられた。
コンゴ民主共和国――4月27日に、ムバンダカの軍裁判所で死刑判決を受けた17歳の少年兵 Nanasi Kisalaは、首都キンシャサの死刑囚監房を有する中央刑務所に移送された。彼と共に拘禁されていた別の 5人の少年兵は、死刑判決を終身刑に減刑された。
インド――5月10日に、最高裁判所は、1990年にアッサムで犯した殺人で有罪判決を受けたRam Deo Chauhaの死刑判決についての再審請求を却下した。Ram Deo Chauhaは、1992年の犯行時、15歳であったという確実な証拠があったが、この事件は少年法廷で審理されなかった。インドの少年法によると、犯行時16歳未満の少年には、死刑を科すことはできず、少年法廷において審理を行わなくてはならない。それにもかかわらず、最高裁判所は、昨年 (2000年) の上訴を却下して、「上訴人が事件発生時に若かったという理由だけに基づいてより軽い刑を判決するように、それを軽減事由として考慮することはできない」とした。
インドネシア――5月19日に、西ティモールの都市クパンで、共に34歳の Gerson Pandieと Fredik Soruが銃殺刑執行隊によって処刑されたが、これは 6年ぶりに行われたものであった。彼らは、1989年に犯した殺人で死刑判決を受けていた。
イラン――5月29日に、イラン西部の刑務所で、18歳の Mehrdad Yousefiが絞首刑に処せられた。イランの国営通信IRNAによると、彼は、2年前の16歳の時に男性を刺殺して、有罪判決を受けたということである。
同時期に14人の少年犯罪者を処刑したアメリカに次いで、イランは、1990年以降、犯行時18歳未満の者を少なくとも 7人処刑している。少年犯罪者の処刑は、国際的な人権準則において禁じられている。
シンガポール――シンガポール社会の意外な動向を表す結果として、非政府組織Think Centreによる最新のインターネット投票では、シンガポールの 1,135人の投票者のうち68.5パーセントが死刑の反対を支持した。シンガポールは、世界的に人口当たりの処刑率が最も高く、過去10年間に人口 320万人のうち 340人を処刑した。ほとんんどが薬物事犯であった。死刑は、殺人罪、反逆罪、薬物取引、小火器使用犯罪について絶対的である。
アメリカ合衆国――6月27日に、初めて、オランダのハーグの国際司法裁判所(ICJ) は、その仮の命令は国家に拘束力があり、1999年 3月にアリゾナ州で処刑されたドイツ人Walter LaGrandについて、処刑延期の裁判所命令を無視したアメリカ合衆国は不法であるとする判決を下した。彼の兄弟の Karl LaGrandjは、1999年 2月に処刑されている (死刑廃止ニュース1999年 3月号参照) 。
また、国際司法裁判所(ICJ) は、KarlとWalterの LaGrand兄弟が1982年に逮捕された後、合衆国が1969年に批准した領事関係に関するウィーン条約で要請されている領事の援助を受ける権利について彼らに知らせなかったことは、国際法違反であるとの判決も下した。合衆国は、国際司法裁判所(ICJ) にこの事件を提訴したドイツに謝罪した。
国際条約
ボスニア・ヘルツェコビナが2001年 3月16日に、死刑廃止に向けての市民的および政治的権利に関する国際規約の第二選択議定書を批准し、批准国は全部で45カ国になった。
死刑廃止国リスト (2001年 6月現在)
| すべての犯罪につき死刑廃止国 | 75カ国 |
| 通常犯罪につき死刑廃止国 | 14カ国 |
| 事実上の死刑廃止国 | 20カ国 |
| 死刑存置国 | 86カ国 |