死刑廃止ニュース
死刑に関する事件と世界的な廃止への動きの概要
2001年12月
AI Index: ACT 53/001/2002
死刑廃止への動き
アメリカ合衆国――死刑が容疑者の引渡を妨げる
2001年 9月11日のニューヨークおよびワシントンD.C.での同時多発テロの後に、アメリカ合衆国政府は、これらおよび他の犯罪に対応するための国際協力を求めた。世界中の様々な国が、この「テロリズムに対する戦争」の支持および協力を約した。しかし、死刑廃止国が増加するなかで、合衆国が法律上の死刑の執行に頼り続けることは、法の実現について国際協力を得るのに障害となるであろう。
近年、前例のない数の政府が、すくなくともまず死刑を求刑または適用しないという保障が得られないかぎりは、死刑存置国への犯罪人の引渡を拒否している。
拘束力はないが、国際的に承認されている原則は、基本的人権の重大な侵害に直面するおそれがある場合には、個人を他国に引き渡すことを禁じている。国際刑事裁判所である旧ユーゴ国際刑事法廷、ルワンダ国際刑事法廷の双方とも、最も重大な犯罪である大量殺人および戦時犯罪を告発するために設置されたものであるが、死刑を認めていない。
これに反して、合衆国は、死刑の執行停止または廃止のどちらともに同意することを拒み続けている。実際にも、11月13日に、ブッシュ大統領は、国際テロリズムに関与した疑いのある合衆国市民以外の者に対しても、秘密裡に軍事行動をとることができ、 3分の 2以上の多数決で死刑判決を科す権力を有する特別軍事委員会によって、裁判を行うとする軍命令に署名した。この判決については、他の裁判所に上訴することはできない。
今や死刑廃止が前提条件となっている欧州審議会の43の加盟国でも、 9月11日の同時多発テロに関連して、多数の容疑者が拘束されている。スペインにおいては、11月に、アルカイダのテロ組織に係わっていると思われる 8人の男が、合衆国での同時多発テロに係わった容疑で告発されて拘束された。しかし、伝えられるところでは、スペインの司法当局は、死刑または特別軍事委員会による裁判に直面するおそれがあるかぎり、合衆国へ引渡すことはできないと、合衆国に対して通告したということである。
フランスにおいては、Marylise Lebranchu法務大臣が、12月13日に、フランス・ラジオで、「フランスの領事の保護を受けられる者は誰も処刑されることはない」と述べた。 8月以来バージニア州で拘束されているフランス国民のZacarias Moussaouiは、 9月11日の同時多発テロに係わったとして告発された最初の人である。
合衆国で裁判を受けさせるための容疑者の引渡について、欧州諸国からの協力を得るために、12月にアシュクロフト司法長官が欧州を訪問した際に、これに関連した容疑者を拘束しているドイツ、イタリアおよび連合王国の政府高官は、死刑を科せられる可能性のある者を引渡すことはできないと通告した。
パキスタン――少年の死刑を減刑
12月10日に、パキスタンのムジャラフ大統領は、すべての少年死刑囚の刑を終身刑に減刑すると公言した。およそ 100人の少年犯罪者に影響が及ぶこの決定は、イスラマバードにおいて、アムネスティ・インターナショナルの新事務総長アイリーン・カーンとの会談の際になされたものである。命令は官報で公告され、12月13日に法的効力を持った法として施行された。
2000年 7月に、ムシャラフ大統領は、少年に対する死刑を禁ずる少年司法制度法を公布したが、この法は、その日より前に判決を受けた少年犯罪者の生命を救うようには遡及しなかった。新しい命令は、今や、彼らの死刑判決を減刑する。
ある若者には、大統領命令は遅すぎた。Ali Sherは、1993年にわずか13歳の時に犯した殺人罪のかどで11月 3日に処刑された。彼が年少であったことと、Ali Sherが住んでいた独立行政部族地区においては当時死刑を適用することができなかったという弁護士の主張は、ペシャワール高等裁判所およびパキスタン最高裁判所の双方で却下された。減刑の請願も、大統領によって却下された。報告によると、拘禁中に家族から見放されたAli Sherを、今は絞首刑に処せられた刑務所の囚人仲間が慰めようとした感動的な場面があったという。
ロシア――死刑廃止に向けての動向
ロシア下院 (ドゥーマ) の右派勢力同盟 (SPS)の議員グループが、刑法から死刑を廃止し、終身刑に代替させようとしている。
12月10日に開催される会議に出席して死刑が廃止されるまでの過程を伝えるために、アムネスティ・インターナショナルと共に、アメリカの死刑廃止論者が、右派勢力同盟 (SPS)のPavel Krasheninnikov議員が主導する議会立法委員会によって招かれた。
ロシアは、1997年以降死刑の執行停止を続けているが、これは、連邦中で陪審制が利用できるようになるまで、裁判所は死刑判決を下してはならないとした憲法裁判所の判決によるところが大きい (死刑廃止ニュース1999年 3月号参照) 。連邦中のすべての地域に陪審制を導入することを定める刑事訴訟法案は、死刑の執行停止を解除することができるように2002年末までに、完成させることになるであろう。
死刑廃止論者のなかには、12月10日の Ekho Moskvyラジオでのインタビューの際に、「死の報いとしての死――これは、すでに 7年もたっているチェチェン共和国にみられるように、何も実際的な結果をもたらしていない」と言ったロシアの人権オンブズマンであるOleg Mironovが含まれていた。彼は、無実の者を処刑する可能性があるということは、国家が殺人を支持しているに等しいとも述べた。
ロシアのプーチン大統領も、この国における死刑の再導入に反対するとした (死刑廃止ニュース2001年 9月号) 。
12月に開催されたモスクワ国際人権映画祭の際に、国際的に称賛された映画「デッドマン・ウォーキング」のモスクワにおける上映が大成功をおさめるように、アメリカ合衆国から死刑廃止論者が招待された。この映画の原作本を書いたヘレン・プレジャン女史、ルイジアナ州の死刑囚専門弁護士のDenise Le Boeuf 、オクラホマ連邦ビル爆破事件で娘を亡くした父親で、今は積極的に死刑廃止活動をしていることを全国のテレビで報じられた Bud Welchは、記者会見を開き、大統領恩赦委員会の委員と会談した。
韓国――死刑廃止法案
10月30日に、死刑廃止法案が 155人の議員によって国会に提出された。この法案が法となるには、司法委員会における承認と、国会における 273議員の過半数の賛成が必要である。
死刑廃止の最初の試みは、1999年に、死刑廃止を求める法案に98議員が署名したことであった。しかし、会期末までにそれを検討することはできなかった。
1999年の法案の提案者の一人である金大中大統領は、死刑廃止を公言しているキム・スファン枢機卿と同様に、死刑廃止論者である。韓国においては、51人の死刑囚がいるが、金大中大統領が1998年に就任して以来、死刑の執行はなされていない。
欧州審議会――新しい議定書を起草
1994年に、欧州審議会議員会議は、欧州人権条約の追加議定書を求める勧告1246(1994)を採択した。この追加議定書は、いかなる状況においても、死刑を全面的に廃止すること定めるものであった。現在は、まだ、当事国であっても、戦時または差し迫った戦争の脅威がある場合には、死刑を適用することが可能である。
この勧告を履行する第13議定書の起草は、10月にストラスブールで開催された人権の開発のための専門家委員会と、11月にストラスブールで開催された人権に関する運営委員会において承認された。この問題を議論する会議の開催が、2002年初めに予定されている。
中国――政治的処刑が続く
10月に、中国西部にある新疆ウイグル自治区(XUAR)のホタンで、ウイグルの少数派民族のMetrozi Mettohtiが、公判大会で死刑判決を宣告された直後に処刑されたということである。彼は、「武器窃盗」および「国家破壊活動」で有罪となった。新疆ウイグル自治区(XUAR)は、中国において、過去数年にわたり、政治的理由によって死刑宣告および処刑が行われている唯一の地域である。
9月11日のアメリカ合衆国の同時多発テロの後、国家によって「分離主義者」または「テロリスト」とされた人々に対する処刑の新しい波が生じている。中国政府が国内の「テロリズム」の取締について国際的な支援を求めたこと、「テロリズム」犯罪に死刑を適用するとした刑法改正を2001年12月に速やかに導入したことによって、新疆ウイグル自治区(XUAR)において、ムスリム少数派グループへの抑圧が増大するおそれがある。
中国当局は、「テロリズム」と「分離主義」を区別しない (死刑廃止ニュース1999年 3月号参照) 。分離主義には、穏やかな抵抗または異議にすぎない広い範囲の活動を含めていると思われる。政府の管轄外でイスラム教の説教または教育をすることも、破壊活動と考えられている。
短 報
中国――12月31日の中国の新華社通信の報じるところでは、海南省のタバコ専売公社の前社長のChen Luorongが、横領および収賄のかどで、死刑判決を受けたということである。
イラク――11月に、イラクの最高機関である革命指導評議会は、売春、同性愛、近親姦および強姦について死刑を規定する命令を発した。また、この命令は、売春目的での施設提供は斬刑に処すことも定めている。
イラン――11月17日の日刊紙Kayhanの報じるところでは、イランの南西部にあるアズナ出身のRamin Chaharlangは、絞首台で絞首刑に処せられる数分前に、被害者の家族で77歳の Said Hatamiが恩赦を許したので、死を免れたということである。
タジキスタン――12月20、21日の 2日間、首都ドゥシャンベで、死刑に関する会議が開催された。SOROS 基金および欧州安全保障協力機構(OSCE)の後援を受けた会議には、死刑の「賛否両論」を論じるために、隣国のロシア、ウクライナおよびイランの代表者も参加した。
タジキスタンでは、2001年におよそ 100人が処刑されたということが、会議の際に公表された。
アメリカ合衆国――アメリカ合衆国における処刑は、継続して前年より減少した。記録によると、85人の処刑があった2000年に13パーセント、66人の処刑があった2001年に22パーセントの減少がみられる。1999年は、98人の処刑があった。
減少傾向になった理由として、法廷においてDNA鑑定の結果を用いることを認める簡単な規則ができたこと、裁判所が精神障害者に対して死刑判決を下さない場合が多くなったこと、死刑の適用の公正さをとりまく重大な問題について認識するようになったことが挙げられる。
連邦最高裁判所が処刑の再開を認めた1976年以降、2001年の 5人も含めて98人の無実の人が死刑囚監房から釈放された。
ABC放送の最近の世論調査によると、アメリカ合衆国民の51パーセントが、死刑の一時執行停止に賛成しているということである。
ニューメキシコ州――11月 6日に、サンタフェ近くの刑務所で、1960年以来初めての死刑が執行された。1986年に殺人罪で有罪判決を受けた Terry Clarkは、自己の希望で致死薬注射によって処刑された。
ペンシルベニア州――12月18日に、ペンシルベニア州地方判事のWilliam Yohnは、1982年の原審の判決言渡手続段階での誤りに言及して、ムミア・アブ=ジャマールの死刑判決を覆した。有罪判決自体を支持し、判決を上訴することを認めた判事は、新しい量刑に関する審問のために当事者に 180日を与えた。
ジャーナリストで、作家で、かつてはブラック・パンサーのメンバーであったムミア・アブ=ジャマールは、1981年の警察官殺害で有罪判決を受けた。1995年および1999年の 2回の死刑執行命令書は、裁判所によって停止された。
ムミア・アブ=ジャマールは、自分の無実と、1982年の裁判が不公正であったことを一貫して主張している。彼の主張は、世界中の政治指導者および運動家からの支持を集めた (死刑廃止ニュース1995年 9月号参照) 。
テキサス州――10月22日に、1985年の17歳の時に殺人罪を犯したGerald Mitchell が処刑された。処刑される前の最後の言葉の中で、彼は、殺人を悔いて「命を奪って申し訳ありませんでした・・・神様お許し下さい」と言った。
Gerald Mitchellは、残りの世界中の少年死刑囚を合わせた数よりも、多くの少年を処刑している合衆国において、1977年以降に処刑された18人目の少年犯罪者である。
ジンバブエ――10月 9日に、ハラーレで、殺人罪で有罪判決を受けた 3人の男が絞首刑に処せられた。この処刑は、1998年 4月以降初めて行われたものである。
国際条約
ユーゴスラビアが、2001年 9月 6日に、欧州人権条約第六議定書を批准し、批准国は全部で46カ国になった。チリが、2001年11月15日に、死刑廃止に向けての市民的および政治的権利に関する 国際規約の第二選択議定書に署名し、議定書に署名はしたが批准していない国は7カ国となった。 チリは、2001年10月 9日に、死刑廃止に関する米州人権条約議定書に署名し、議定書に署名はしたが批准していない唯一の国となった。
死刑廃止国リスト (2001年12月現在)
| すべての犯罪につき死刑廃止国 | 75カ国 |
| 通常犯罪につき死刑廃止国 | 14カ国 |
| 事実上の死刑廃止国 | 20カ国 |
| 死刑存置国 | 86カ国 |