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伊島日記
四国地方の最東端です。小さな島なのに湿原があったり、集落の海よりには古い石積みの堤防が残っていたり、ほのぼのとした小さなダムのまわりの純日本風の景観、とても感じのいい校舎の中学校、伊島固有種のユリ「ささゆり」、そして頭上にはトンビが優雅に円を描いている。実にすばらしい島です。
SHIMADAS情報では、周囲9.5km、人口237人、産業は漁74%、来島者3000人/年。
伊島には二つの属島があります。一番四国本土に近いのは棚子島。そして棚子島と伊島の間の小さな島が前島。島と島の間は幅の狭い水路で隔てられています。
棚子島も前島も無人島ですが、前島は伊島に橋で繋がっていて、倉庫や港があります。子どもの遊び場となる原っぱもあります。島の間の狭い水路は結構流れが速く、橋の上は子どもたちの絶好の釣りスポット。
伊島は漁業の島です。
ぼくが持っている離島統計年報はちょっと古くて93年版なのですが、そのデータによれば、世帯数98に対して、漁船の数105隻、しかし車輌保有台数0台。漁船は少し減っているようにも見えましたが、自動車はいまでも島に、(たぶん)1台+α、しかないようでした。(連絡船が小さいことと道が整備されていないことが原因でしょうけど。……連絡船は美島丸19トン)
11/21 急行銀河で高鼾、新大阪で快速に乗り換えて舞子で明石海峡大橋のバスに乗り換える。バスの車内で食べる朝食は、舞子駅の売店で購入の蛸壺型陶器に入った駅弁「ひっぱりダコ」とビール。淡路島の景色を子守歌にして、夢うつつのうちに大鳴門橋に大毛島も通り過ぎ、あっという間に徳島着。再びJRに乗り換え、1時間で阿波橘駅にひとり降り立った。
このひなびた駅から、伊島に渡る船の出る答島港への道はだいたいの見当はついているけれど、D介さんに「判りにくいよ」と脅かされていたので、ちょうど目の前で停まった軽自動車のおばさん二人組に訊く。
「伊島に渡る港はどこですか」「伊島に行くの?」「はい」「じゃ、乗りな」後部席においてあった荷物を片寄せて、乗り込む。
「毎日、伊島に荷物は届けるけんど、行ったことはないねぇ」「ほんと」「島には何もないらしいよ」「水にもときどき困るって言ってたなぁ」「水もあんまり美味しくないらしくて、島に帰る人が水を持って帰ったり」「ときどき欠航もするな」「風が強い時ね」
二人で世間話をしているのか、ぼくに話しかけているのか、判らないけれど、とりあえず相槌を打ちながら訊いているうちに、あっという間に港まで連れてこられた。おばさん二人組はちょうど伊島の連絡船に荷物を届けに行くところだったらしい。船は「美島丸」。小さい。19トンだ。後の甲板に申し訳なさそうに小さなクレーンが付いている。
天気快晴、海上ちょっと靄っているけれど、気持ちのいい船旅日和だ。19トンの船の屋上に行く階段があったので一番てっぺんに上がって大きく息を吸い込む。ここで海風を浴びながらの航海はさぞ気持ちいいことだろう、と期待は膨らむ。
しかし、出発時間になると「降りて下さいね」と言われてしまった。残念。こうなると、ビールが欲しいところだけれど、こんな小さな船に自販機のあるはずもなく、もう出航時間。買いに行く暇もない。残念だがシラフで船旅となる。
答島港から蒲生田岬まで累々とした山並みは美しい。手前にはいくつか島も浮かんでいる。蒲生田岬を右に見送り、外海に出ると、進行方向にいくつもの山の重なりに見える伊島が近づいてきた
ベタ凪で、船はほとんど揺れずに伊島に着いた。
一緒に下船したおばさんに、宿の位置を訊く。宿は2軒とも、港から見える位置にある。
「どちらの宿にするのか迷ったんですが」「入船さんの方が古いですよ」「電話番号が上に書いてありました」「古いから。あと、入船さんの方が静かだね」「なるほど。ちょっと奥まったところにありますものね」「どっちも値段は違わないと思うけど」
今回ぼくは入船旅館に泊まる。特に情報がない場合は紹介されている順番に連絡するのがいい、とぼくは考えている。その方が古くから旅館をやっている場合が多く、場合によってはご主人がその地域の名士だったりして、いろいろな話が聞ける機会が多いからだ。
ただ、今回は宿についていえば、2軒は大差ないようだった。ある同宿者は言っていた。「2軒とも、一人で切り盛りしているからね。サービスはいまいちだ」宿に荷物を置いて、集落を徘徊する。
宿にお昼ご飯は頼んでいない。店で何か買って食べる予定だった。
でも、今日は漁協売店は「店休日」。仕方がないので昨日の「アイランダー1999」でいくつかの島のブースで貰った蜜柑を食べる。旨い。橋を渡って前島に渡る。前島の一番奥の堤防の上に腰掛けて、オカリナの修行をする。周りに人はいない。風は集落の方から吹いてくるからこのオカリナの音は風に乗って海に広がっていく。だんだんと薄雲が広がってきた。オカリナをポケットに入れ、橋を渡り集落に戻る。入り組んだ路地と防風の新旧の石垣が印象的な集落だ。
今度は車道経由で地蔵峠へ。車道といってもごく細い砂利道だ。ごつごつと岩が露出している。
学校の前を通る。小学校は普通のコンクリート造だが、中学校校舎はすばらしい。
SHIMADASには「ペンション風」と書いてあったけれど、田舎の落ち着いた宿風、と言った感じで、格子戸風の入り口とか、三角屋根とか、落ち着いたいい建物だ。まわりには誰もいない。オカリナを一曲。
山にはいる。あちこちに「ささゆり」移植の看板がある。中学生が山のあちこちに移植しているようだ。これは文句なくすばらしい教育だ。「ささゆり」を媒体として故郷の山に愛着も芽生える。
いま、島々の裏山は荒れ放題の島が多い。島民の生活から切り離された裏山は、すぐに誰も踏み込めなくなる。それではイカンと行政は立派な林道を山の隅々に引っ張り回す。工事関係者だけが山にはいることになる。山の自然は衰え、広い道路はダンプカーに占拠され、普通の島民は山に入れないのだ。
ところがこの島はどうだろう。車を入れようと思えば辛うじて何とか通れるぐらいの道が地蔵峠手前のダムまで続いている。でも車道はそれだけだ。それ以外の道は島民の信仰と教育の道だ。島の一番奥には観音様があり、そこまで三十三番、と言われる石仏が並んでいて、毎日のように何人もの島民が歩いているようだ。
今時こんなに人と裏山が近い島はないのではないだろうか。一つ目のダムのちょっとだけ上流には水源がある。山からこんこんと水が湧き出している。
島の南側の崖に登る遊歩道があった。しかし、崖の上まではそれははっきりと続いていたのだが、島民に意味のない崖を巡る部分の道は、背の低い木々に覆われてしまって通ることができない。
気持ちのいい道づたいに歩く。音は小鳥の鳴き声と自分の靴音。紅葉は終わっているけれど、黄葉がきれいだ。ゆっくり歩き、地蔵峠着。ここは三辻になっていて、集落から来た道は湿原や観音様に行く道とのろし山に登る道に分かれる。地蔵様と、三十三番の石仏の一番と二番がある。手作りのベンチもある。木々に覆われていて、木漏れ日と通り抜ける風が気持ちいい。
オカリナ日和である。オカリナの修行をする。さて、今日はのろし山に登る。
本当は伊島は一泊で切り上げて、明日は別の島に行こうと思っていたのだが、考えが変わった。休みは明後日までしかないけれど、明後日のぎりぎりまでこの島でのんびりしようと心に決めた。そう決めると心がなおノンビリとしてくる。
地蔵峠から集落に直接向かうのどかな山道を、ゆっくり歩いていくと、ちょっと傾斜が緩くなった道ばたに格好の四角い石がひとつあった。座って休むのにちょうどいい大きさだ。
場所もちょうど地蔵峠と集落の真ん中あたり。背後は斜面。木々の間から集落や中学校の屋根が見える。早速腰を下ろし、オカリナを吹く。伸びをして、大きく息を吸い込む。腰を支点にして左右に体をひねる。
それにしても気持ちのいい休憩所だ。写真を撮っておこうと思って、立ち上がり、よく見てみると石の斜め上に小さな手作りの看板がある。
手書きで「やすみば」と書いてある。そう言えば、道の途中にもいくつか手書きの看板があった。右から左に、「る至に台灯び及んさんおんか」 (観音様及び灯台に至る)
「る入に右は台灯と山しろの」 (のろし山と灯台は右に入る)などと書いてある。どれもお世辞にもうまい文字とは言えないけれど、「手作りホスピタリティ」とでも言うのだろうか。なんだか心が本当にほのぼのしてくる。
オカリナを吹いていたら、小学生が二人、偵察にやってきた。ぼくの姿を認めると笑いながら走って逃げていった。
宿に帰る。
連休の中日だというのに、今日の入船旅館の泊まり客はぼく一人である。
大広間の真ん中に一人座って晩ご飯を食べた。
11/22 10時頃まで宿でだらだら過ごし、「る至に台灯び及んさんおんか」の観音 様に行くことにした。
「やすみば」を、その誘惑に後ろ髪を引かれる思いで休む ことなく通り過ぎ、地蔵峠で小休止。今朝の船で来たという観光客らしき二人組 が追い抜いて行った。
ここから観音様までは三十三番、と言われる石仏が山のあちこちにあるという。 地蔵峠にもお地蔵様(?)の他に一番さんと二番さんが建てられている。 一礼してからぼくも初めて島の「裏側」に足を踏み入れる。 下り坂を行くとすぐに道は二つに分かれ、分かれ道には古い石の道しるべが建っ ている。
三十三番は右に曲がる。 気持ちのいい山道沿いに、ひとつひとつ清掃の行き届いた六畳間ほどの広場があ り、それぞれの広場の一番奥に石仏が建っている。ひとつひとつ番号を確認し、 黙礼して通り過ぎる。 道は島の南側に連なる山の稜線づたいに続く。
ときどき北側に湿原が見え隠れす る。湿原は黄金色に輝いている。その上を一羽のトンビがやはり円を描いて飛ん でいる。
観音堂には11時半についた。宿にお昼ご飯を頼んでいるから急いで帰らなくては ならない。帰りはまっすぐ湿原に降りて湿原を横切って地蔵峠に向かう。地蔵峠 で追い抜かれた二人組にまた会った。今日の夕方の船で帰るのだという。湿原の 植物の調査に来たのだそうだ。 「もう、植物は終わってしまってるね。ちょっと遅すぎたよ」 それでも秋の黄金色の湿原も美しい。風が吹くと黄金色がさわさわさわと揺れる。カレーライスを食べ、午後は昼寝をした。夕方になってから、「奥の上」に登る。
「やすみば」付近の裏山のことで、危なっかしい急斜面の道沿いに、山のてっぺ んまで小さな畑が開かれている。 自給自足用の畑だ。
どこからか、農作業をしているらしいおばさん二人のしゃべ り声が聞こえるけれど、道は激しく入り組んでいて、結局そこにはたどり着けな かった。その日は宿には釣り客の団体が入り、一人旅の釣り客もいて、晩ご飯は混乱して いた。ぼくのテーブルには味噌汁が来ないかわりにメインの焼き魚が二つ来た。
夜、雨が降り出した。明日の天気予報も雨。
テレビを見ながら時間をつぶし、朝寝坊でもするとしよう。
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