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多良間・水納日記

 


99/4/29〜5/9の旅の記録です。

4/29
4時40分出発。こういうときはきちんと起きられるのが不思議。
昨夜は準備に2時近くまでかかった。NHKで深夜に沢木耕太郎番組をやっていたのを、ついつい見続けてしまったためだ。睡眠時間2時間。でもすがすがしい朝である。もう、空が白み始めている。

横須賀線登り始発列車。上りの始発列車に乗るのは初めて。
横浜で京浜急行に乗り換える。接続が悪く20分以上待たされる。京浜急行で行くならば2番列車でも同じであることが判明。でもどうせ夏以降千葉に転勤なのでどうでもいいことではある。

鎌田乗り換え羽田空港着6時10分。羽田発宮古直行便は窓側の席を確保する。今回の券を取るときに第一希望にしていて取れなかった石垣便にはなぜか空席有りの表示。これに乗れれば2時間ほど早く多良間に到着できたのに残念だ。変更してもいいのだけれど、面倒だし、第一、石垣便は6時半出発で、もう搭乗手続きは終わっている。それに、ゲートには長蛇の列。列に並ぶのが嫌でぶらぶらしていたけれど、どんどん列は長くなる一方なのであきらめて並ぶ。10分ほどで通過できたが、除塵スプレーを没収されてしまった。悔しいから帰るまで空港預かりにしてもらう。

サンドイッチとキリンビールで朝食。すぐに搭乗となる。バスに乗って、宮古直行便はJTAだから一番遠い駐機場まで連れていかれる。途中、ポケモンのイラストが書かれた機体があって、子どもたちの親が一斉に指差している。でも子どもたちは眠そうだ。そういえばぼくだって眠い。うとうとしているうちに機体までやって来た。

飛行機は定時を少し過ぎて羽田を飛び立った。
上空に上がるとビールの販売をしてくれる。JTAだからオリオンビールである。早速一つ購入。コーラルウェイを読みながら飲む。なんだか薄くて物足りない。心は何日か前から多良間に飛んではいるけれど、体はまだトウキョウなんだろう。

トウキョウな体のまま、宮古空港に到着。空港ビルは新しくなっていた。前の変な形の空港ビルは滑走路の向かい側にぽつんと残っている。

今回の旅のはじめ3日間は島旅MLのオフ会で、多良間から船をチャーターして11人で人口6人の島、水納島に行くことになっている。現地集合現地解散だけど、これから乗る宮古から多良間の便にはその11人のうち6人が乗ることになっている。

きつね……ぼく。
池田さん……浦安。飲まない限りはあまり感情を表に出さない。
伊藤さん……東神奈川。島旅MLではなく(現在はML会員)、沖縄FC由来の美青年。
コサカさん……今は沖縄。1年半ごとに居を替え続ける謎の男。
加代子さん……名古屋。やはり沖縄FC人(現在はML会員)。美人だけどちょっとそそっかしい。
うちはたさん……大阪吹田。ダイバーのMLもやっているデジカメ使い。

ちなみにそのほかは、

唯さん……浦安。もう一人の幹事。沖縄FCも兼務の兼業翻訳家。波照間通。
せんべえさん……とうとう沖縄に移住してきた陽気な年齢不詳男。
トヨダさん……大阪。仮の姿は出来たてほやほやの公務員。本性は野人。
D介さん……神奈川厚木。謎のしっぽ男。バイオと携帯を駆使するモバイラー。
小西さん……京都。カメラ評論家にして螺旋階段マニアの廃屋おたく。

が、今回の旅のメンバーである。(変な人ばっか)

 昼ご飯は羽田からの便も実は一緒だった池田さん、羽田発6時30分那覇乗り継ぎの伊藤さん、伊藤さんとともに那覇から飛んできたコサカさんとともに食堂に行き、宮古そばを食べる。宮古そばは具が麺に隠れているという噂だけれど、ここのは隠れていなかった。ガセネタだろうか。それともインチキそばなのか。(帰りに同じ店で八重山そばを食べたら、今度は具が麺に隠れていた。どうも横着をしたかなんかなのかもしれない)

 琉球エアーコミューターの19人のりは相変わらずの小ささだ。めでたく6人全員揃って、腰をかがめて乗り込む。多良間までは20分余り。ひょいと飛び上がって、ちょっと飛んだら水納島が見えてきた。多良間島も見える。あっという間に降下して12時半、多良間島に到着した。

 あんまりにも早すぎて実感が沸かないけれど、降りたらここは間違いなく多良間島で、荷物が軽トラックのお尻に乗せられてやってくる。荷物を受け取って、平屋の空港の建物の前にとまっている色褪せたマイクロバスに乗り込む。別に案内もないけれど、これが集落まで行くバスらしい。多良間の空は晴れていて、ほんわかと雲が浮かんでいる。

 バスは時速15キロぐらいの時代を超越したスピードで平坦な島を走っていく。運転手のおじさんは知り合いらしい客とぺちゃくちゃしゃべっている。ときどきバスがとまって客をおろす。我々のグループはちとせ旅館の前で降ろしてもらった。

 千歳旅館前で全員集合。前泊港に宮国さんの船を出迎えに行く。しばらく待っているとそれらしき船が近づいてきた。皆さん手に手にカメラを取り出す。どうも今回の旅人にはカメラ使いが多いらしい。

 荷物を船に乗せ、多良間島の中心、Aコープに買い物に行く。今回の行き先の水納島には宿はあるけれど、自炊である。材料を調達していかないと、飢えてしまう。とくにアルコールの欠乏はけんか殴り合い決闘殺し合い戦争などのもとになるから注意しなければならない。ぼくはビールは一人一日あたりお昼に1リットル夜に2リットル、泡盛は一人一晩2合ぐらいはないと不安だと思ったのだけれど、これで計算すると、ビールは350ミリリットル缶24本入りが9ケース、泡盛は1升びん5本になってしまい予算オーバーである。仕方がないのでビールは3ケース、泡盛は1本だけにした。各自持参の酒もあるだろうし、実際ぼくだってこの旅のためにわざわざ青ケ島から取り寄せた青酎を1本準備してある。ちなみに蛇足だけれど、御蔵島のお水、新島の塩辛、三宅島の飛び魚のくさやなんかも準備してきた。そんなわけで買い物も無事終了して港に戻り乗船、出航と相成った。

 船は荒波を乗り越え乗り越え、大揺れに揺れながら水納を目指す。せんべえさんは早くもダウン。目をつぶってうつむいて、必死に我慢しているようだ。ぼくは最後尾に座って揺れを楽しんだけれど、ズボンのお尻が海水で濡れてしまった。

 到着。上陸してコテージを目指す。早速加代子さんや小西さんは撮影に余念がない。ぼくもカメラを取り出したいところだけれど、とりあえずはビールを冷蔵庫にいれるという大任があるのでそちらに集中することにする。見てみれば意外と立派なコンクリート建てのコテージで、蛇口も2系統あって飲み水用と洗い物用にわかれている。お湯がでるシャワーもある。至れり尽くせりの施設でとりあえずは安心。ビールもめでたく冷蔵庫に収まった。

 とりあえず夕食準備まで自由行動。ぼくはぶらぶら西の港や東の浜に行ってみる。水納島はすごい島で、島のほとんど全周が白砂の砂浜である。トヨダさんがそんな浜の片隅で蟹を取ったりしていた。この蟹は味噌汁の実になる運命にある。

 夕食準備。ご飯を炊いて、バーベキュー用の炭火を起こす。トヨダ氏特製蟹の味噌汁を作って、あとは外でバーベキュー。とにかくいろいろ焼いていく。肉に野菜に宮国さんの差し入れのお魚。焼きながらどんどん食べていく。ビールも飲む。一段落したところで中に入って自己紹介タイム。場所柄、オトーリ形式にて執り行う。

 だんだんと夜もふけていき、青酎同士のトヨダ野人のオカリナが水納島の夜に響く。
4/30
 水納島二日目。起きた順に適当に朝食を食べる。

 薄日が差す中を島の北のほうに歩く。途中、木々がこんもりとした中を道が通る場所があって面白い。途中で加代子さんと一緒になり、さらに北を目指す。縦横に適当に道がついていて、何だか自由奔放でいい。

 昼は適当に帰ってきて適当に食べる。ぼくはビールと唯さん特製インスタントラーメン。

 午後、曇り。西の港の近くに泳ぎにいく。寒い。魚はたくさんいる。

 夕方、コテージの周りを徘徊する。廃屋があって、トヨダ研究員が「中に酒がありますよ」と報告する。加代子さんがカメラでスナップする。そして小西カメラマンはとうとう廃屋に恋をしてしまう。「ああもうぼくはこの家に特別な思い込みがあります。まあ、なんというか、これが恋というものでしょうか。それとも愛というものでしょうか」などと言っている。どうも本気らしい。小西さんの歳は知らないけれど、相当な年上女房になるだろうと思う。

 夕食は昨日より簡単にありあわせのいろいろなものを炒めた豆腐なしチャンプルー、宮国さん差し入れのお魚を焼いたり味噌汁にしたりしていただく。この味噌汁はうまい。

 食後、宮国さん宅にみんなでお邪魔する。当然のようにお酒がでて、オトーリが回りはじめる。でも、きょうはもう飲み疲れた方が多いので、途中でやめになる。なにせ宮国さん御一家をいれると16人である。ひとり17杯飲む計算になる。さすがに飲み過ぎだし、そんなに飲んだら限りあるお酒の枯渇を心配しなければならない。

 トヨダさん主宰のオカリナ教室に弟子入りし、ぼくも下手なオカリナを吹きはじめて場はふにゃふにゃしはじめ、あんまり遅くまでいても宮国さんに迷惑なので、コテージに引きあげる。夜も更けて、女性陣は寝るので男部屋にまたまた引きあげる。そうして夜は泡盛とともに更けていく。ぼくが寝たあとどうなったのかは知らない。
5/1
 今日は朝から小雨。朝ごはんは残り物。部屋の片付け、昼ご飯の準備。合間合間にビールも飲む。なぜかぼくの予想に反してビールは大幅にだぶついていて、20本も余っている。まあ足りないよりは平和にことが済んで、めでたしめでたしではある。しかし泡盛も余っている。これらの資源は有効活用を図るため、多良間に持って帰ることとする。

 道で女性に出会う。2カ月前に水納に越してきた。宮国5兄弟四男の嫁となるべくやってきた。典型的なヤマト嫁。夢が覚めて現実となってみるといろいろあるだろうけれど、うまくやっていってほしいと願うばかりである。

 昼、残り物を組み合わせてちょこちょこ食べる。雨は上がっている。2時、港に移動。船に乗り込む。入れ違いに7人のグループが水納入りする。7人でビールひとケースしか持ってきていない。「足りますかねえ」というと、「2泊に伸びたら足りないかも知れない」と、的確な分析である。寒いのでビールのはけが悪いことは計算に折り込み済みらしい。しかしどうも明日は台風2号崩れで荒れもようになりそうである。彼らは宮国さんに明日は船が出せないかも知れないと、脅かされているらしい。

 船は盛大に飛沫を上げながら多良間を目指す。空は相変わらずの曇天である。

 多良間の宿に荷物を置いて、とりあえずは水納の会の終了を宣言。今日の飛行機で出る方々をバスに送り込んでから、多良間居残り隊で穴を見に行く。穴、というのは水場であって、要は鍾乳洞のようなものである。入り口の周りはさんごの石垣が巡らされていて、拝所もついている。アマガーは集落の真ん中にあって、というよりはアマガーを中心に集落が形成されたに違いないけれど、まあそういうわけで宿からすぐのところにある。ペン型のちゃちな懐中電灯を手に降りていく。暗くて狭くて急坂で、それでも奥のほうには穴の高さの高くなっているところがある。5メートルぐらいはあるだろうか。さらに奥にいくとそのどん詰まりに水がたまっていた。もう使われていないからだろう、水がたまってはいたけれど、砂や泥もたまっている。一度外にでてから、今度は三脚とカメラを持ち込んで、入り口付近の写真を一枚だけ撮った。

 穴はまだいくつかあるらしい。もう一つのシュガーガーという穴に行く。こちらは穴が二つあって、片方が人間用、もう一つは牛用らしい。牛用のほうに入る。あっさりと奥まで行けてしまう。そんなに深い穴ではない。それに広い。牛用だから当たり前だ。水も奥のほうにいくらかたまっている。すぐに出て、人間用に入る。こちらも広い穴で、奥は水場が二つに分かれている。水浴び用の穴らしいので、男用と女用だろうか。

 さて、多良間居残り組のうち二人はキャンパーである。宿の前に廃屋があって、この宿のオバアの許可を得てその中にキャンプを張る。雨も降らず日も照らず、快適そうなキャンプサイトだ。

 旅館組は大量の晩ご飯。一部はキャンプ組にお裾分けする。

 夜、キャンプ組旅館組ともう一人、一人旅の女性、靖子さんとともに水納島の残り酒で飲み会となる。彼女はだいぶん進んだ沖縄病・離島病患者とお見受けした。当然島旅メーリングリストへ勧誘する。このメンバーでぼくの部屋で夜遅くまで飲み、いつになくまじめな自己紹介をして、散会。就寝。
5/2
 今日も曇り。そしてときどき小雨。

 午前中、靖子さんを含めた何人かで穴に撮影に行く。シュガーガーのほうである。今度は満潮過ぎだったためか、水が多い。ちゃんと水浴び用の水で(足だけだけれど)水浴びをした。

 トヨダさんをバスに見送り、小雨の中を散歩。昼ご飯はAコープのパンとつまみとビールで済ませ、午後からは自転車を借りる。各自めいめいいろいろ好き勝手に走る。ぼくは第3と第4の穴を発見。第3の穴はフシャトゥガー。縦穴式で、中に降りていくとちゃんと水がたまっている。いままでの穴は暑かったけれど、ここはひんやりと気持ちいい。ただし金網に囲まれていて、扉にカギはかかっていないのだけれど、穴の中に整備された拝所もあるし、なんとなく長居は遠慮しなければならない雰囲気である。だからいい加減で切り上げた。第4の穴はナガシガー。金網で厳重に囲われていて、扉にはカギもかかっていて中はうかがい知ることすら出来ない。説明を見ると、どうも第3の穴と同じような構造らしい。

 穴巡りから帰ってくる途中、空港行きのバス(というよりは、飛行場行きの乗り合い自動車といった感じだが)にであう。まだ時間には早いような気がするけれど、どうもわれらが「ちとせ旅館」に向かっているらしい。まだそのバスにのる予定の3人は自転車で徘徊中のはずである。バスはなんと予定時刻の15分も前にちとせ旅館前に横付けになった。

 運転手は民謡をうなりながらのんびりと待っている。

 乗る予定だった人たちは時間に正確だからちゃんとバスは定時に発車した。
5/3
 今日も曇りときどき雨。

 集落とそのまわりを撮影しながら自転車で走り回る。

 昼まえ、島旅ML居残り組ラス前のウチハタさんが島をでる。ダイビングサービスの車で空港に見送りに行くついでに島巡りをする。

 八重山遠見台のところで自転車乗りの旅行者と出会う。仲田さんという。小柄の男性。ぼくと同い歳。キャンプをしているらしい。夜の再開を約してすぐに別れる。八重山遠見台展望台に登る。ふるさと創生一億円で建てたんだそうだ。多良間のぐるり一周が見渡せて絶景だけれど、肝心の八重山諸島はもやの向こうにとけ込んで見えない。

 何だか気持ち良さそうなビーチ、そしてシャコ貝の養殖などを見せていただく。シャコ貝の養殖はなかなか息の長い仕事のようだった。

 Aコープの弁当で昼ご飯。午後は島を、宿を基点に反時計回りに回る。途中、同じ宿に泊まっている外人二世と日本人女性(夫婦ではないらしい)が釣りの準備をしていた。しばらく立ち話をしているうちにぼくも釣ってみることになり、ルアーつきの竿を借りて海に入る。ちょうど干潮である。膝下ぐらいのところをリーフの際まで歩いていって、深くなっているところにルアーを投げ込む。ルアー釣りははじめてである。こんなので釣れるのかと不思議になるような釣りだ。果たして釣れない。ぼくが下手だからかも知れないけれど。

 潮が満ちてきたので海から上がる。自転車でさらに外周道路を走っていく。途中から内側に折れて、島のほとんどを占める牧場・畑が続くエリアを走り回る。

 夜、晩ご飯のあと、自転車に乗って靖子さんとともに仲田さんに会いに行く。テントは宿から自転車で10分ほどのところにあった。近くに東屋風の休憩所があるけれど、休憩所で飲んでいるとすぐに島民が集まってきて、エンドレスになるらしい。べつにぼくはエンドレスになることになんの抵抗もないし、できればそう願いたいところだけれど、キャンパーは明日の朝の船で多良間を出るらしい。まあとにかくそういうわけで浜に降りる。浜につまみとビールと泡盛と水とローソクを並べ、さあ飲みはじめようとしたら雨が降ってきた。仕方がないので休憩所に引き揚げる。

 仲田さんは今まで何度か長い旅をしていて、インドなどの話をしてくれる。大変そうだけれど、ぜひインドは行ってみたいものだ。
5/4
 朝から雨。小止みになるまで又寝をする。

 実は昨夜は仲田さんのほかにもう一人キャンパーがいた。疲れて風邪気味だから、というよりも多分飲み会が苦手なのだろう、顔すら見なかったのだけれど、仲田さんともども今日の朝の船で島を出るというので、雨がやんだ隙を見計らって船の出る普天間港まで自転車で駆けつける。

 港には船がとまっていた。キャンパーはまだ来ていない。使われていない待合室の入り口の階段に座って、到着を待つ。程なくバイクに乗って仲田さんが、そしてすぐに自転車に乗ってもう一人が現れた。ちょっとだけ話をして、彼らはこれから伊良部島にいくことが判明。ぼくも行こうと思っている。そういうと、また会おうと言ってくれた。キャンプ予定の場所を聞く。伊良部島では実は会社の同期のおじいさんにおばあさんと会おうと思っている。だから行こうと思うのだけれど、このままだと伊良部には最大2泊しかできない計算である。それに宮古島にも泊まって大神島にも渡ってみたい。まあ、そのときの気分で決めようと思う。

 雨が激しくなってきて、二人は船に乗っていった。ぼくは船員に頼まれてロープをはずす作業を手伝うために持ち場に着いている。雨が降って、寒い。

 時間になり、ぼくのはずしたロープを巻き上げて、船は出航して行った。

 雨はどんどん激しくなるので、諦めて濡れながら宿に戻る。途中一面平坦な道が続くあたりで、とうとう稲光がした。これはやばい。全速力で集落を目指す。できるだけ電柱や木々の斜め下を選んで走る。濡れるのはどうでもいいけれど、こんなところで雷様に黒焦げにされてはかなわない。来るときはゆっくり走って30分ほどかかった道のりを、15分フラットで走り通してなんとか宿に到着した。

 午後、昼寝を終えると雨は上がっていた。でも非常にあやしげな空模様である。警戒して遠くには行かないことにして集落の中を徘徊する。果たしてぽつぽつ来たかと思うとあっという間にバケツをひっくり返したような雨になった。宿まではすぐだけれど、その間にまた濡れてしまう。宿に戻ってみると靖子さんはどこかに行っているらしく靴がない。この雨の中、どうしているんだろうと心配になった。

 雨が上がって今度は大丈夫そうである。靖子さんの行ったのはきっと昨日見せてもらったビーチに違いないと見当をつけ、自転車で出発する。宿から見ると島のちょうど反対側である。行ってみると果たして自転車が置いてあった。その横に並べて自転車を置いてビーチに降りていく。岸からそう遠くないところに靖子さんはいた。大雨のとき濡れなかったかどうか聞く。大丈夫だったらしい。ちょうど別の海岸の東屋で雨宿りをしたという。安心して別れる。

 そこから外周道路をさらに反時計回りに進んでいく。道の真ん中に山羊の群れがいる。写真を撮ろうとしたけれど、雨も降ってきた。あわてて自転車を飛ばして、空港の建物に逃げ込む。

 雨が小降りになって、集落のほうに走っていく。途中、今度は牛が3匹道の真ん中にいた。間を何とかすり抜けて、集落に戻ってきた。

 今夜は永田さんの多良間最後の夜。飲もうかとすこしだけ誘ったけれど疲れたからいいと言う。一人寂しく水納の残り酒を飲んで、そうして夜は更けていく。
5/5
 何だか毎日天気を書くのが気が引けるほどだけれど、今日もやっぱり曇っている。

 朝、島の中央の一面の平らな畑や牧場の中を自転車で走り回る。そのまま空港まで行く。今日の昼の宮古行き一便で靖子さんや、一緒に釣りをした外人二世とその連れの女性、そしてやはり同じ宿に泊まっている宮古からきた御一家4人が多良間を出る。だから見送りをするのだけれど、飛行機は1時間ほど遅れているという。なんとものんびりとした話である。まあしかたがないので待つ。

 飛行機は結局50分ほど遅れて離陸していった。あと、もう観光客はぼく一人である。

 今日は船が入港する予定になっている。だから普天間港に船を見に行く。しかし一向に船は来ない。港の岸壁には島の人たちが釣りに来ていて車が何台か止めてある。他には誰もいない。欠航だという掲示も放送もなかったけれど、どうも今日は欠航らしい。

 集落に戻って昼食。いつも購入していたAコープの弁当が今日はお休み。仕方がなくビールとパンで済ます。いまいち物足りないのでミキを飲む。ずしりとお腹に溜まるいい飲み物である。

 時計回りに海岸沿いの一周道路をまた港の方に向かう。途中に山羊の子どもがたくさん入っている檻があって、中で盛んにかわいい啼き声がしている。親山羊の啼き方は、めへへへへへ、だけれど、子山羊は、めえーーー、である。もっと幼い子どもは、みぇー、と啼く。ぼくも啼き真似をする。でへへへへへへ。山羊たちは驚いて一目散に檻の奥の方に逃げてしまう。

 もう一度普天間港にやってきた。やっぱり船はいない。

 また、八重山遠見台に行く。今日ももやっていて八重山(石垣島)は見えない。八重山遠見台の中の階段は二重螺旋である。途中に色ガラスがはめ込まれていたりして、なんだかおしゃれである。一番てっぺんにはなぜか鐘がぶら下がっている。とりあえず一回それを鳴らして宿に戻る。

 宿に戻ってだらだらしているうちに夕飯になる。今日はカレーライスだ。めずらしく質素である。でも量は非常に多く、別に魚のフライやらサラダやら刺身やら出てくる。刺身とカレーライスという組み合わせはなかなかないような気がする。

 お腹が一杯になったからお酒も飲まずにすぐに寝てしまう。
5/6
 昨日はやたらに早く寝てしまったので4時に目を覚ます。外はまだ真っ暗だ。ちょっと外に出てみる。月夜だ。月が雲間から道を照らしている。半月である。

 雲が流れて月が隠れた。そしてまた出てくる。部屋に戻って三脚とカメラを持ち出し、自転車で八重山遠見台に行く。

 真っ暗な中、八重山遠見台の展望台に登り、一番上のテラスに三脚を据える。風が強くて長時間露出はぶれそうである。まあ仕方がないので何枚か月夜の多良間島を撮る。露出時間約10分。風が吹いて何かが振動するらしく、蜂の羽音のような音が気になる。突然止んだり、また鳴り始めたりする。下の森は暗く静まり返っている。暗い中にとけ込むように墓があって、多良間のご先祖様が眠っている。背中がなんだか寒い気がする。風が強いせいだけだろうか。羽音のような音が一瞬高くなって、そして止まった。静寂。

 カタン、と、音がする。カメラのシャッターが閉じた音だと理解するのに一呼吸の間があった。

 何枚目かの夜景を撮っていると、鶏が鳴く声がした。それを合図にさまざまな鳥が歌い出す。間もなく東の空が心持ち明るくなった。羽音のような音も気にならなくなった。海の向こうに水納島灯台が光る。遠くには石垣島の灯台も光っている。そう言えば多良間島には灯台がない。たしかに多良間に灯台がなくても水納にあれば事足りるのだろうけれど、なんだか不思議な感じもする。

 水平線の向こうにはいくつもの雲があって、それがだんだんオレンジ色を帯び始める。空は藍色から青に変わり、だんだんまぶしくなってくる。もはや三脚がなくても撮れる明るさだ。太陽が雲間から顔を出すのを見届けて、宿に帰る。

 ちょっと又寝をして、朝ご飯。すばらしい天気なので日焼け止めを薄く塗って、写真を撮りに出かける。あちこちのヤギがお食事時間らしく、自転車や軽トラックに草を満載してオジイがあちこち走る。食事にありついたヤギはこちらが多少近づいても知らぬ振りである。

 島の中央部の広々とした畑と放牧場を走り回り、そのうち手や額が陽に焙られて突っ張ってきたので集落に戻る。今日はこの島に来て初めての平日。学校から授業の先生の声が聞こえる。郵便局に行って切手やはがきを買い、役場に行ってパンフレットをもらう。Aコープで弁当とミキとビールを買って宿に戻る。

 早めの昼ご飯。12時半には今日こそ船が来るはずである。明日の船があるかどうかの確認に、是非とも港に行かねばならない。電話で聞けばいいようなものだけど、そんな効率重視の方法は気に入らない。

 空はすこし雲が出てきて、陽は薄雲の向こうから照っている。日焼け止めを塗り直して、港に行く。港には人影がない。もう入港予定時刻10分前である。今日も来ないらしい。諦めて帰ろうとすると汽笛が鳴った。防波堤の影から船がヌッと顔を出す。港の片隅に停めてあった車から、作業服の男性が出てきて、岸壁に立つ。

 船の上から船員が手を振っている。こちらも振る。何日か前、出航の時ロープをはずすのを手伝ってくれと言ってきた船員のようである。今回は別にぼくが手伝うまでもなく、着岸。
「このあいだはありがとう」
「あ、いえいえ、どういたしまして」
「一人乗ってるよ」
「あ、そうですか」
「自転車乗りで三線抱えてるよ」

「ところでこの船、多良間出航は明日ですよね」
「そうだよ。乗るのか」
「はい」
「どこまで行くんだ」
「宮古から伊良部にでも行くか、それとも……」
「伊良部か。伊良部ならな、ここに電話しろよ。島を案内してくれるよ」
「ありがとうございます」

 明日、船が出る。今日は多良間最終日になった。

 船に乗ってきた男性は、千代はじめさん。世界一周への旅に出たところらしい。出発して半年。予定は5年。陸上は自転車を漕いで行くつもりだという。彼と自転車を並べて集落に向かう。役場やAコープ、郵便局などを案内して、八重山遠見台へ。今日2回目である。展望台に登る。うっすらと石垣島も見える。6日目にして始めてである。

 島を一周するという彼と別れて宿に戻る。何枚か手紙を書いて、郵便局に出しに行く。今日は天気がまずまずだったからビールを買って帰る。ふた缶飲んでもういちどAコープに行く。この島の名物、「ぱなぱんびん」と「うーやきがあす」を買うためである。「ぱなぱんびん」も嫌いではないが「うーやきがあす」はうまい。ただしビールのツマミにはならない。泡盛のツマミにはなる。合計10袋ほど購入。これで今回の旅のおみやげもばっちりである。

 晩ご飯、そして夜。千代はじめさんはキャンパーなので、例によって宿の前の廃屋の中にキャンプを張る。宿のオバアが許可してくれたのだ。しかし、しばらくして、
「あの人(キャンパー)、あなたの友達?」
「いえ、まあ、そんなところです」
「今日の船で来たんだよね。前から知ってたの」
「いえ、港で知り合ったんです」
「あそこでキャンプしていいって言っちゃったけど、お父さんが、なんであんなところに人を泊めるかって、言うんだよね」
「ああ」
「あの人いつまで泊まるの」
「三泊ほどするって言ってましたけど」
「そう、困ったねえ。あなたは明日の船でしょ」
「そうです」
「……」
「わかりました。じゃあ、迷惑かけるのも悪いんで、公園のキャンプ場に移るように言いましょうか」
「ああ、今日はいいんだよ。だけど明日からはね……」
「分かりました。伝えておきますね」

 夜、千代さんを部屋に招き入れ、水納島の残り酒の最後の瓶を飲み尽くす。すまんけど、明日からキャンプ場に行って欲しいと言ったら、それなら明日の船で宮古に戻るという。まあ確かに明日は雨の予報である。こんな島で雨の中、集落から離れたキャンプ場でキャンプしてたって、つまらないだろう。

 多良間最後の夜はだんだん更けていく。酒はなくなり、千代さんは廃屋に戻っていった。
5/7
 朝から雨。

 部屋を片づけ、朝食を食べる。廃屋のキャンプサイトに行くと千代さんが独学だという三線を披露してくれた。別にうまいわけでもないけれど、歌い方が妙に線が細くて不思議な感覚である。一人拍手をする。

 雨が止んで、自転車を返しに行く。貸し自転車屋さんは新しい設計や写真などの事務所である。最新式のコンピューターが並んでいて、机の上には多良間島○○区土地改良工事計画図、などというようなものが広げてあったりする。ネーネーが二人働いていて、アイスコーヒーをご馳走してくれる。
「いつからなんですか」
「多良間に来たのは、4月の29日ですね」
「えっ」
「あ、でも、最初の2泊は水納島に行ってきたんです」
あきれたのか二人のネーネーは向こうの方に行って、ひそひそなんかしゃべっている。しばらくするとご主人が現れた。ご主人の車で宿に戻り、ついでに荷物を取って船まで送ってもらう。

 濡れた岸壁にタラップが下ろされて、船は多良間島普天間港を出航する。乗客はぼくと千代さんの他、あと一人だけである。ぼく以外はすぐに眠ってしまった。ぼくは船の手すりにもたれて、もやの向こうに消えゆく多良間島を眺めている。

 なんだか、今回の旅はもう終わりである、という気がしてきた。伊良部に行くのはまたの機会にしよう。あとは宮古島でリハビリをして、明後日の飛行機で東京に帰るのみである。
5/8
 宮古島宿泊は「ゆくい」。前日四時まで飲んでたから起床は11時。朝ご飯を食べて、天気もなぜかいいので大神島に行って来る。ここでまた千代さんに会う。3時間程度の滞在だったけど、けっこう楽しめた。ただ、もう少しゆっくり来たいところではある。
5/9
 一日中、雨。旅の記録を整理しながら過ごす。夕方、「ゆくい」代表、るみネェの車で雨の宮古島一周ドライブ。そのまま空港へ。飛行機は揺れた。夜11時過ぎ、帰宅。

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