イタリアの島に手ぶらで行く方法
イタリアンロストバゲージに関する考察
1.
暁ちゃんとの結婚一周年の夏休み、イタリアの島に行くことにした。もちろん暁ちゃんを連れて行く。
はじめてのイタリアの旅。暁ちゃんの希望は、イタリアのおいしいものを食べたい買いたい、そしてあんまりイナカばかりじゃなくてヨーロッパのトカイも歩いてジェラートを食べたい、とのこと。
イタリアでおいしいところといえばシチリアでしょう。そしてイタリアで活気がある町ならナポリでしょう。じつはね、そのシチリアとナポリとの間にはエオリエ諸島という火山列島があって、火山の英語、ボルケーノの語源のブルカーノ島とか、ストロンボリ型火山、といわれる語源のストロンボリ島とかがあるんだよ。
そんなわけでエオリエ諸島に行くことにした。まずは成田からバンコク、ローマで乗り継いで、シチリアのパレルモまで行く。なんでそんなややこしいことになったかというと、ただ単純に安い航空券を買ったのだ。お盆のハイシーズンに安くヨーロッパに行くのは楽ではないのである。でもこれが今回のまちがいの始まりだった。
安売りの券はタイ国際航空指定でローマまでなので、ローマではいったん荷物を受け取ることになっていた。ローマ着は早朝。そこでいきなり問題は露呈した。今回の預け荷物は二人で一つだけである。灰色のスーツケース。ぼくらは航空会社のゴールドメンバーなので、荷物には赤いタグが付けられる。これは優先のしるし。だから荷物は初めに出る、はずなんだけれど、なかなか出てこない。赤いタグが付いた荷物がいくつか出た後、一般の荷物になった。ベルトコンベアの上をいろんな色の荷物が次々に流れていく。何周もして、受け取り手がいないらしい荷物もある。でも受け取り手が首を長くして待っている赤いタグの付いた灰色のスーツケースは出てこない。荷物を受け取った客がどんどんいなくなり、そしてとうとう、ターンテーブルは止まってしまった。あたりがしーんと静かになった。
仕方がない。バゲージサービスにいく。担当はきれいなオネーサンだけれど、なんだか事務的で親しみのもてない感じ。
われわれのたいせつなスーツケースが待てど暮らせど出てこないのでアル。ドウシテクレルノカ。
あと15分待って見て頂戴。そういうことはここではママあるノヨ。シンパイスルナ。仕方がないので15分待つ。腕時計を見た。いま7時30分だから、7時45分までだ。
待っているうちにまわりに次のフライトのお客さんが集まり始め、ベルトコンベアをその人たちの荷物が流れていく。これはもう、我々のものが出てくる雰囲気ではない。
ヤハリ出てこないデハナイカ。我々はホトホト困っているアルヨ。
それは気の毒なことでアル。スーツケースは見つけ次第取り寄せて、滞在先まで配達するヨ。明日に届ける。シンパイスルナ。旅程表を渡し、その情報を打ち込んで貰う。明日に本当に届けられるならば明後日以降の情報はいらないはずだけれど、何せここはイタリアだから安心ならない。全旅程と、日本の住所を伝えた。
この情報はコンピュータに打ち込めば、全世界の空港で出てくる持ち主不明鞄と5日間にわたって照合してくれる。シンパイスルナ。担当者オネーサンは自信ありげだ。シンパイスルナも三度目ではどうも信頼性に欠けるけれど、仕方がないので引き上げることにした。
荷物の通関、セキュリティーチェックなどに必要なこともあるからと、ひとつしか持ってきていないスーツケースの鍵まで取られ、背中の軽いザックはさらに軽くなった気分。中は、カメラ二つと、オカリナ二つ、それから旅程表のコピーに、さっき貰ったロストバゲージ証明書。
シチリアのパレルモに行く飛行機のカウンターで手続きしたら、預ける荷物はあるのか、と聞かれたので、そんなものはない、と答えた。
係官は怪訝な顔をした。
2.
パレルモはなかなか結構の整った町だ。まずはここで二泊してスーツケースを待つ。
海を埋め立てて作られた海岸の新しい道をのぞいて、旧市街の道はずいぶんと狭い。でもその道に沿って古い大きな建物が間隔なくずらりと並んでいる。
建物は新旧どれも、何百年にわたって同じ職人が建てたんじゃないかと思うほど似ている。インターネットを通じて予約した三ツ星ホテルは、そんな建物の一部を改装して作られた小さなホテルだった。看板が出ている入口のインターホンで名前を告げると、木の大扉に切られた小さな扉の鍵が開く。中に入るとそこは真ん中に吹き抜けのあるらせん状に登る階段のあるホールになっていて、でもその壮大だったはずの吹き抜けに無骨な黒い鋼材が縦横に組まれて、まんなかに無理矢理エレベーターが作られている。エレベーターの釦を押すとガツンと大きな音がホールに響き、ギーギーゴーゴーという音とともに上からエレベーターの本体が近づいてくる。
本体は木製。観音開きの扉がついていて、それが一定速度で下りてくる。通り過ぎるのかと言うような速さ。そしてなにか突っかい棒にでもぶち当たるように、大音響とともに突然止まり、そして静かになる。
ギシギシ言う鉄格子の引き戸を手で開け、本体の観音開きの木の扉を内側に向けて開け、中に入ったらそれを外側から順番に閉める。行き先階の釦を押せばガツン、ゴーゴーと音を響かせながら動き出す。ここはありがたいことに朝11時からチェックインが可能である。チェックインをして、部屋に荷物を置いた。ま、荷物なんて置かなくてもいいくらい少ないけれど。
24時間以上風呂に入っていないので、本当はシャワーを今すぐ浴びたいのだけれど、着替えがないからそれは叶わず。宿の人に事情を説明して、スーツケースが届いたら受け取っておいてくれと頼む。そして、日用品の買える店とお奨めのトラットリアを教えて貰った。町に出て、まずは近くの店でTシャツなどを購入。
次にトラットリアでビールとピザで昼食。海のピザ、というピザ。生地の上にトマトソースとムール貝、イカ、タコ、アサリ、小エビなどが載っている。チーズはなし。シンプルでとても旨い。チーズなしでも良いと言うことが初めてわかった。
すこし落ち着いたのでこんどはちょっと遠出。洋服の露天商が並ぶ市場を通り抜け、町一番のデパートへ。靴下や暁ちゃんの化粧品をゲット。
港近くのスーパーマーケットでひげそりをゲット。時差のせいで半分眠りながら宿に帰った。
ようやくシャワーにありついた。シャワーのついでに宿の石鹸で、着てきた服を洗って干した。明日スーツケースが届かなければ、またこの服を明日は着なければならない。
宿の石鹸が悪いのか、水が悪いのか、洗濯物はなんだか変な香りがした。
3.
翌朝、起きてホテルの屋上のテラスにゆく。ぐるりと観葉植物の鉢が並び、テーブルには布製の陽よけのアンブレラが差されている。ここで朝ごはん。メニューはイタリアの朝の定番、カプチーノと甘いクロワッサン。なんだか朝から口が甘ったくなるけれど、思ったほど違和感はない。
食べ終わって、駅の近くの食料品の市場に行く。今回の旅でもっとも行きたかったところの一つだ。とても活気があって、見ているだけで楽しい。端から端まで二往復。バールに入り、エスプレッソを飲む。シチリアの塩と、瓶詰めのアンチョビを購入。こんどはぜひ自炊のできる宿に泊まって、海の幸やらトマトやらを買って帰って食べたいね、ということで暁ちゃんと意見の一致を見た。
駅に行き、明日の乗車券を購入して帰ってきた。宿に荷物を置いて、再度外出。まずは昨日行ったスーパーマーケットへ。
でも、閉まっている。
昨日バスで通ったとき、港の周りにもすてきな店がいっぱいあったから、そこにも行ってみる。
でも、ぜんぶ閉まっている。
道ばたに一軒だけあいていた店で、生ジュースを飲む。
気を取り直して港の近くのもう一つの市場へ。
やはり、ぜんぶ閉まっている。
とうとう、イタリアは全土的にきっぱりとバカンスになったらしい。今週はバカンスの最盛期。泥棒も休暇を取ると言われている、かどうかはしらないけれど、これではきっと雑踏をねらうスリ氏たちは休むしかないだろう。路地裏に、奇跡的に開いているトラットリアを見つけて入る。
アンティパスト(前菜)は、迷っていると厨房の奥に招き入れられ、並んでいるものからチョイス(というか、ほとんど全部をちょっとずつ)。茄子の揚げたの焼いたの炒めたの、カジキの焼いたの、小鰺の揚げたの、パプリカとマッシュルームを炒めたの。
そして、ムール貝がたくさん、メインはいかすみパスタ。日本で食べるそれと違って、なんだか非常に日常的な味だった。うまい。これなら毎日でも食べられる。
サーブしてくれる男の子がよく頑張っていろいろ聞いてくれたので、ご褒美に50セントのチップをあげた。
宿に帰る。少しだけ期待したけれど、しかしスーツケースは来ていない。
宿のスタッフが、ローマ空港に電話してくれた。話し中、つながって留守電。親切にも留守電にメッセージを残してくれた。セニョーリ、シブヤアツシ氏のスーツケースがまだ届かない。至急連絡されたし、と。疲れたのでベットに横になる。届かないスーツケース問題について考える。
今日、スーツケースは届かない、ということと、今日が日曜日で、あしたが祝日で、イタリアは全土的にきっぱりとバカンスに入り、明日は我々は不便な離島に向かってしまう、ということとを真剣に考えあわせてみると、これは、きっとスーツケース受け取り問題の長期化を意味しているような気がする。
偶然カバンに入っていた歯磨き粉付き歯磨きで今朝は歯が磨けたけれど、これはもう使いたくない。宿の石鹸は変な臭いがする。これはどうしても石鹸と、歯磨き粉と、歯ブラシが必要である。
そうだ。朝、行った市場の周りにはささやかな店が開いていた。もう夕方5時だから、開いてないかもしれないけれど、いますぐ行ってみよう。
宿を飛び出して、駅近くの市場の方に歩いていく。近づくに従って喧噪、……はなくて、店もちっとも開いていない。シャッターの前で道ばたに犬が寝ているだけ。
あてもなく、店を探して町を歩く。気ばかり焦り、早足になる。
せっかく来たイタリアで、石鹸も、歯磨きもない生活を送らねばならないのはかなしい。つらい旅なんてしたくない。日程を早めて、もう、帰ってしまった方がいいかも、などと考えてみる。時々、黒人が集まっている路地がある。べつに人種差別をするわけではないのだけれど、白人も多いこの町で、黒人ばかりたくさんいるのはちょっと怖い。
そんな一画に、玄関先で黒人が何人か談笑している家がある。一般の民家と同じような建物だけど、よく見てみればどうも小さな店のようだ。中を覗いてみれば水や食材を売っている。日用品はなさそうだけれど入ってみた。
中は結構広い。奥に別室のような部分がある。そこに日用品も売っていた。
歯磨き粉や歯ブラシも発見。石鹸もある。
これでこれから人間として旅ができる。
店はちょうど閉店準備を始めたところだった。滑り込みセーフだ。なんだ意外と今回の旅はついているのかもしれない。果たして、夜、近所のピッツェリアに入ってみたら、魚介入りリゾットがめっぽううまい。最初で悪運をすべて使ってしまったから、これからはきっといいことばかりが起こる。
飯粒に芯が結構残っていて、でもそれが癖になる。日本に帰ったらふにゃふにゃリゾットが食えなくなってしまうのではないかと思う。
食べているうちに口が疲れてきた。口が鍛えられる感じだ。高校の頃に、腹が減って下宿先の米びつから米をくすねて、生米かじったのを思い出す。
他にピザなど食べ、ワインも飲んだ。これで、帰ってスーツケースが届いていれば、言うこと無し。しかし、宿に帰ってみるとスーツケースは届いていなかった。
フロントに状況を聞いた。
至急連絡されたしの留守電はの返事は、その日にはついに来なかったとのこと。イタリア全土、バカンスだから、仕方がないのかもしれない。スーツケースの回送も少し遅れているのだろう。
4.
今日はいよいよエオリエ諸島のリパーリ島に行く。朝、張り切って、早く起きて、屋上のテラスへ。古い町並みの、教会か何かの等のてっぺんに朝日が差して、黄金に輝いている。
朝は今日も甘いクロワッサンとカプチーノ。
電車の時間まで余裕はないのですぐにチェックアウト。旅の移動というと、荷物の詰め替えがやっかいなものであるが、今回荷物という荷物はないから悔しいくらい全く時間はかからない。すぐに準備完了。困ったことだ。
駅へは徒歩5分ほど。ほんとは8時25分発に乗るつもりだったけれど、今日はバカンス特別ダイヤらしく時刻は変更。駅の表示板の出発時は刻8時40分になっている。走り出したのは8時45分。イタリアにしてはなかなか正確といえるはずだ。
シチリアの北岸の町を縫いながら、ずっと海沿いを行く。保線状態はあまりよくない。左右に揺れながらゴロゴロと走る。サボテンの花が満開だ。サボテンにこんなにたくさん花が咲くとは知らなかった。ミラッツォ駅は郊外に移転したばかりのようで、真新しい高架のきれいな駅だった。駅前も広々ときれいだけれど何もなく、ただ、日が照っている。
タクシーの誘いを無視して駅の売店で簡単にお昼ご飯。
パイナップルジュース、チーズ入りパニーニとアランチーニ。アランチーニは具入りの揚げおにぎりみたいなもので、シチリア名物だけれど、ここのものはあんまりおいしくはなかった。駅から港まではバスで10分。港にもただ、日が照っている。とてつもなく暑い。ちょっと歩いただけで汗が滲み出る。
出航までちょっと時間があるので、近所のバールでジェラートを食べる。
ジェラートを舐めながら、暁ちゃんとどうしてもスーツケースの話になる。
出発まであと20分はありそうだから、パレルモのホテルに電話してみたらどうだろう、暁ちゃんが提案する。座っているすぐとなりに電話機はあるけれど、テレホンカード専用。ここではカードは売っていない。どこで売っているのかと問えば、タバッキに行けという。タバッキはすぐそばにあるかもしれないけれど、いまは1時40分、たいていの店は1時か1時半から昼休みである。それも今日は祝日である。あいていない確率は限りなく高い。
炎天下でなさそうな開いてるタバッキ探して歩くのはイヤだ。それに、いま電話をして状況が多少わかる可能性もあるかもしれないけれど、今日スーツケースはたぶん来ないという状況に変化があるとは思えない。ぼくとしてはどちらかといえば日本語でフォローしてくれるトラブルアシスタンスにかけるのがよいと思っている。かけられる連絡先は二つ持ってきてある。でもそれはきっと状況の説明などで時間がかかるから、ホテルに着いてから落ち着いて電話したい。不確実な状況ばかりで歯がゆいばかりなのだけれど、こればかりは仕方がないと思う。だから、暁ちゃんに、ここでは動かないで、リパーリ島についてから部屋から電話するよ、と言ったけれど、そんなこと言われてもわからない、動けるだけ動くべきじゃないの、と言う。
これから、通じない英語や片言もしゃべれないイタリア語で、日本語でさえ解決が難しい問題に対面するのは、考えただけでもとても疲れる。電話で接する範囲に「悪い」人間はきっと一人もいないのに、その相手に向かって不平を言うだけでもストレスだ。でも、暁ちゃんも同じようにいらいらしているのだろう。
みんな悪くないのは分かっているんだけどね。こういうときにすぐに気分が切り替えられないのはぼくの悪い癖だ。黙ったまま船乗り場で出航を待つ。船は15分ほど遅れてやってきた。船は高速船。揺られながら、ブルカーノ島を経由し、リパーリ島の港まで1時間かからなかった。海の色はきれいだけれど、なんだかそれもじゃまに感じる。
ホテルは港のすぐ近くだった。場所はすぐに分かった。
狭い部屋に少ない荷物を置き、ベッドに横になった。
スケッチブックを広げ、そこにこれからしなければいけないことをリストアップした。いざ、作戦開始。
まず、パレルモのホテルに電話する。今朝、チェックアウトしたものですが、その後の状況いかが?
特に何もない。スーツケースも届かないし電話もない。次に、ローマの空港に電話。留守番電話だった。お電話ありがとうございます。ご用件のある方はお名前と電話番号をお知らせください。可能になり次第すぐに折り返し電話します。
そういうけれど今までの経験からして、きっとかならず、「可能になり次第」などという状況になったりはしない。きっと何千件の案件が留守電に蓄え続けられている。航空券を購入したHISに、日本語対応のトラブル対応ダイヤルがある。だからそこに電話してみる。こちらでもローマ空港にかけてみます、とのこと。
いったん電話を切って連絡を待つことにした。でも20分待っても連絡なし。クレジットカードのゴールドカード付帯保険についても問い合わせする。手荷物遅延に関しては保証はないとのこと。
いよいよ不愉快である。仕事の関係で全日空、ANAの利用が多く、ぼくはそののゴールド会員になっている。今回の旅にANAは関係ないのだけれど、そんな場合でもサポートデスクが対応してくれる決まりになっている。
ANAのサポートデスクにも電話した。丁寧な対応で、ホテルにチャージがかかるといけないので、とかけ直してくれる。5分経っても電話がない場合は電話か交換に何らかの問題が生じたということですのでまたかけ直してください、という何とも丁寧な対応。
かけ直してくれた電話で話をした。こちらも先方でローマ空港に連絡してくれることになった。考えてみればスーツケースの中にも一枚カードが入っていた。これは暁ちゃんに電話してもらう。
使われてはいないとのこと。
これは快挙だ。おかげで、スーツケースが盗まれてカードが使われてしまって、という状況になっていないことだけははっきりとした。すこし気分が明るくなる。そうこうしているうちにANAから電話。なかなかかからないです。もうしばらくトライしてみます。
よろしくおねがいします、と言うしかない。こちらからももういちどローマ空港に電話。もちろん留守番電話で、無駄とわかりながらメッセージを残した。
これはもちろん無駄になった。HISから連絡がないので、また掛けてみる。今度の担当者はロストバゲージの応対はしないという。規定ですから、という。先ほどの担当者と話がしたい、と言うと、別件応対中とのこと。
経緯が知りたいというと、はじめて調べてくれた。数度ローマの空港に電話したけれど、留守番電話になるため対応はしていないとのこと。また、ANAサポートデスクから連絡があった。
偶然ローマの空港とつながったらしい。我々のスーツケースは昨日にはパレルモ空港に到着していて、今日か、あしたの午前にはリパリに着くと言っているらしい。
それはめでたい、それなら大丈夫かもしれない。電話を掛け続けている間に、暁ちゃんが洗濯をすませておいてくれた。ベランダの手すりに掛けたTシャツに、シチリアの日差しがあたってきらきらしている。
ようやく、解放された気になって町をぶらぶら散策する。
町の店はほとんど開いている。リゾートの店は休まないらしい。それはそうだ。バカンスが稼ぎ時なのだろう。晩御飯は近くのリストランテへ。
ズッキーニのグリル、トマピーの肉詰めみたいなもの、チーズ揚げ、肉団子揚げ、くたくたに炒めた野菜。そしてエオリエ風鶏肉煮。これは甘く煮込んだ骨付きの肉だ。
白と赤のワインを飲んだ。白はあまりおいしくないローカルワイン、赤はサリナという名で、これは上等だった。
帰って寝ることにした。スーツケースは来ていない。でも明日は来る。水着も入っている。天気予報は連日晴れだ。
あしたはスーツケース来たら水着出して海に行こう、と暁ちゃんに提案する。
やっと、なんだか楽しくなってきた。
5.
夜、スーツケースの夢を見た。うなされて起きてみると雨だった。大雨。
ちょっと不安になる。
またうとうとして、目を覚ますと、晴れている。さっきのは夢だったのか。
でも、道は濡れている。受付のおじさんに事情を話し、荷物の受け取りを頼んだ。
水着が着くまで午前中はショッピングだ。近くの店で一番上等のドライトマトも買った。とてもうまそうな色だ。
海辺までショッピングしつつ歩くと暑くなったから、港に面した店でビールを飲む。うまい。さっき買ったドライトマトを少しだけこっそり袋から出してツマミとする。信じられない旨さだ。
港の周りに旅行会社がたくさんあって、それぞれシュノーケルツアーとか、チャーター船による島一周、とか、隣のブルカーノ島(火山=ボルケーノの語源の島だ)へのデイトリップ、活火山ストロンボリ(これもストロンボリ型火山、の語源の島だ)に夜間登山して流れ出る溶岩を眺めよう企画、とかの募集をしている。
水着が届いたらどれかに乗ろうか、などと考える。宿の近くの持ち帰りのピザ屋さんでピザを買う。ついでにビールも買う。瓶ビールだけど、手で開けられるように栓抜きでちょっとだけふたを曲げて渡してくれる。これで手で開けられる。なかなか親切だ。
さあ、宿に帰って乾杯だ。スーツケースとのご対面だ。宿に帰る。
でも受付のおじさんの顔は冴えない。ホテルの廊下はいちだんと暗い。あろうことか、スーツケースはまだ届いていない。
ベッドに腰掛けて黙ってピザを食べた。味はよくわからない。ビールも無味。ANAサポートデスクに連絡した。ローマ空港に問い合わせてくれることになった。
こちらからもローマの空港に電話を掛け続ける。
留守番電話にまた、伝言を残す。無駄であるのは経験が証明している。でも、残さずにはいられない。
ANAからも連絡が入った。電話はつながらないです。何度掛けてもだめです。ちょっと時間をあけてまたトライしますとのこと。その後も電話を掛け続けた。ホテルの部屋の電話にリダイヤルボタンがあってよかった、などと考えてみたりもするけれど、でもちっとも嬉しくない。
虚しくなるくらいかけ続けたら、とうとう、出た。今までの癖で電話を切りそうになって、あわてて受話器を持ち直した。
プロント!(もしもし)
ハロー、こちらはこれこれかくかくしかじか。
英語も、あやしげだけれど通じる。よかった。電話が通じただけでこんなにほっとしたことはこれまでになかったような気がする。でも、これからが正念場だ。あなた方のせいでダビンチ空港にて受け取ることができなかったバゲージが、その後も届かずホトホト困惑している。
わかった。それはご不便をおかけして遺憾だ。
おととい電話した。あなたは昨日か今朝、ここにバゲージを届けると言った。あなたは、私のバゲージ、届けなければならない。今すぐだ。
いまロストバゲージの履歴をコンピューターで見てみる。……パレルモ空港にあると書いてある。安心されたし。
安心? あなたのコトバおかしい。二日前、あなた言った。バゲージはすでにパレルモ空港に着いたと。なぜ、まだそこにあるのか。
まだパレルモ空港に置いてあると言うことだ。
それは、おかしい話だ。我々の予定は伝えてある。あなたはホテルまで届けてくれると言っていた。いますぐ、ここまで運び今日中に届けてくれ。我々は明日ナポリに移動する予定でアル。
それは不可能だ。配達はできない。あなたは今、パレルモ空港に取りに来れるか?
こちらからパレルモ空港に行くことは不可能だ。だいいち、あなたが前に言ったことと違ってイル。あなたにはバゲージを届ける義務がある。なぜ、我々のバゲージは二日間もパレルモ空港に置かれたままなのか。
パレルモ空港に置いたままになっているかどうかはここでは分からない。
なぜ分からないのか。あなたは先ほど、パレルモ空港にあると言った。
いや、パソコンの画面にそう書いてあるだけだ。時々間違いがある。
ではすぐにパレルモ空港に確認を取ればよいではないか。確認を取ってくれ。
管轄が違う。アリタリア航空に委託しているからだ。アリタリア航空に連絡書を回すことならできる。
それは是非お願いしたいが、不足だ。いますぐ連絡を取ってくれ。
無理だ。
無理ではないはずだ。
無理だ。電話番号は分かるから、そちらから電話してみてくれ。番号を言ったあと、電話は一方的に切られてしまった。
電話番号のメモを見ながら、考えた。
これで連絡先が一つ増えた。馬鹿みたいに同じ番号にかけ続けて、たまに繋がったら留守電で、そのたびに電話代を取られるのはもうごめんだから、すこし希望がもてる気もする。でも、交渉をするのに、ぼくのつたない英語では非常に疲れるし、相手もだんだんと不機嫌になるだろう。
ANAには申し訳ないが、またANAに電話することにした。フリーコールだし。もしもし、シブヤですが。
あ、すみません、こちらからはまだ一度もローマの空港に繋がらないのです。
そうですか。じつは、こちらからも連絡していたのですが、とうとう連絡が付きました。
それはよかったですね。どう言っていましたか?
それが、状況はよくないです。まだ、パレルモにあるそうなのですが、かくかくしかじかで、荷物が本当にパレルモにあるのかも、疑われる状況です。パレルモ空港に電話をかけてみていただけないだろうか。電話番号は……。
わかりました。それはたいへんですね。かけてみます。結果が分かったらまた連絡します。しばらくしてANAから連絡があった。
パレルモ空港の番号、違ってましたけど、代表電話に電話番号を聞いて、何とか連絡が付きました。でも、ロストバゲージ担当の部署には英語しゃべれる人がいないようで、人の声はするのですが、エイゴワカリマスカ、と聞くと、すぐに電話が切れてしまうのです。
御社にイタリア語の分かるかたはいないのですか?
すみません。こちらサポートセンターはイタリアでなく、イギリスにありますもので、イタリア人のスタッフはおりません。あ、イタリア語のしゃべれる者なら一人おります。でも、一人しかおりませんで、先ほど帰ってしまいまして、いまはいないのです。
そうですか。是非イタリア語での問い合わせをお願いしたいですが、その方はいつ、出社されますか?
明日から休暇になっていまして……。
そうですか。
こちらも、バカンスでして……。
6.
電話を切って、暁ちゃんと相談する。
今日はもう、きっと、スーツケースが着く見込みはないようだ。
なんとか荷物を受け取るためには、どうもこっちが動かなければならない。
あさって昼にナポリに移動したら、別行動して、ぼくはナポリの空港に移動できるようにしよう。
空港間での荷物の移動はできるみたいだから、これからホテルのホテルマン氏にチップをたくさん握らせて、パレルモ空港に連絡をとってもらうよ。そして、荷物をこのホテルに回送するのをやめて、ナポリの空港に送ってもらう。
明日の夕方にはナポリの空港でスーツケースが受け取るはずだよ。名案のように思えた。
今までの経緯を事細かに英語でメモ用紙に箇条書きにした。
バゲージの伝票番号は何々、いままでの電話の対応、われわれがいかに困っているかも書いた。ホテルの受付に行くと、気のよさそうに兄さんが応対してくれた。ほんとにいい人で、心から同情してくれる。それはこまったことだ。ぼくで力になれることなら協力しよう。
早速パレルモの空港に電話してくれる。
プロント、なんとかかんとか、セニョーリ、シブヤ、なんとかかんとか、シ、シ、なんとかかんとか。
だんだん兄さんの語気が強くなってきた。まずい雰囲気だ。
やがて、兄さんは電話を切り、両手の手のひらで、もうお手上げ、の合図をした。
ミスター、シブヤ。荷物があるかどうかは確認できなかった。申し訳ない。
あなたは悪くない。しかし、どうしたわけだ。
アリタリア航空のバゲージサービスだから、タイ航空の荷物は管轄外だと言っている。
そんなはずはない。ローマ空港のアリタリア航空バゲージセンターでこの書類をもらってきたのだ。
それも伝えた。でも、わからないものはわからない、と言っていた。リストはないのか、と聞いたら、ある、というけれど、調べてくれようともしないのだ。本当に困ったやつだ。ちょっとローマ空港に電話してみる。
よろしく頼む。でも、なかなか繋がらないのだ。
わかった。何度か試してみる。もう、夕方の6時である。繋がるはずがないとは思いながら、何度もリダイアルしてくれた。でも、電話は繋がらず。
お兄さんはさらにインターネットで調べて、別の番号にもかけてくれた。本当によくしてくれる。今度は繋がった。けれど、門前払い。
兄さんはまた、両手の手のひらで、もうお手上げ、の合図をした。ありがとう。タップリ、チップを渡した。
暗い廊下を歩いて、部屋に戻る。暁ちゃんは洗濯を済ませてくれていた。
洗濯ありがとう。でも荷物はだめだあ、暁ちゃん。
そうなんだあ。
そうなんだよ。気分転換に、服を買いに出かけた。
ここは観光地だから店が開いている。でも、明日ナポリに行ったら、きっとバカンス最盛期で、きっと店は開いていない。
いまは二着のTシャツを交互に洗濯しているけれど、あした以降はB&Bに泊まる予定で、ひょっとするとお風呂は共同かもしれない。ものが干せる場所もないかもしれない。
あした以降人間並みに生きていくためには、Tシャツと下着が必要だった。ずいぶんと時間をかけて安い服をいくつも買い、晩ご飯を食べることにした。
晩ご飯はすぐ近くのファーストフードのようなレストラン。スパゲッティとポテトフライ。食べながら、スーツケース問題について語り合った。
今晩これからANAに電話して、どうするのが最善か相談しよう。場合によっては日本にいるぼくの両親や、こういう交渉の得意そうな友人にも動いてもらうしかないかもしれない。イタリアで電話してるだけでは埒があかないことはよくわかった。
明日から泊まるナポリのB&Bは、ネット上の評判では英語はほとんどだめらしい。だから今後は宿の助力は期待できない。それに、きっと部屋に電話もない。電話しまくる手も使えない。
だからあしたは、予定通りナポリに行って、何も進展がなければぼくはローマのタイ航空オフィスに行くよ。片道1時間半だから、きっと夜にはナポリに戻れる。
暁ちゃんは素直に聞いてくれる。 それがありがたい。それでもほんの少しだけ期待しながら宿に戻ってきた。でもやっぱり、スーツケースは届いてなかった。疲れて、もうすぐに寝たい気分だ。ちょっとだけ休憩、といって30分、ベッドに横になって休憩。
暁ちゃんも横で、横になっている。ねむたくはならないので、とうとう決心して、電話の準備をした。
メモ帳に、課題と方策を箇条書きにした。まるで仕事の世界だ。日本で仕事をしている自分が重なる。どんどんと箇条書きが増えていく。ちょっとカッコイイ、かな? てきぱき仕事を片付けるビジネスマン。次々に電話をすませていく……つもりだけど。でもここはイタリア。電話は繋がらない。繋がれば留守番電話。折り返し電話は必ずかかってこない。
あかんやんか。ANAに電話した。例によって折り返し電話をかけてもらう。
ちっとも埒があかないので、別の方法を試したい。いままで、こういうケースでは、どうやって解決したかが知りたい。
こういうケースはまれにはあるのですが、なかなか方法がないのが実情です。
たとえば、日本のタイ航空のオフィスに電話をかけてもらう、というのはどうだろう。
それはほとんど意味がないです。タイ航空の日本オフィスにも、とくにローマ空港へのホットラインはないと思います。我々ANAの場合もそうです。
タイ航空のタイ本国の本社ならどうだろうか。
同じだと思いますが、連絡書を回してもらうなら、本国の本社の方が早いかもしれない。
両方をためてみたいのだが。
わかりました。ちょっと電話番号と営業時間を調べてみます。……日本はだめですね。いまは営業時間外で、夜間連絡先はありません。
そうですか。タイ本国はどうですか?
電話番号に、夜間連絡先もあります。番号お伝えしましょうか?
いえ、できれば、かけていただきたいのですが。
三者会談のような形で、通訳もできますが。
それでお願いします。
少々お待ちください。……すみません。かけてみたのですが、タイ語しかわからないようで、英語は通じないようです。
そうですか。ではローマのタイ航空オフィスはどうですか?
ここも、夜間は対応していないようです。長々と電話した。結局二時間近く。箇条書きにした方法はほとんど意味がないことが分かった。知人に日本で動いてもらっても、迷惑と心配をかけるばかりであまり益がないと言うこともよくわかった。
荷物の遅延に伴う損害賠償に関しては、各社とも内規で多少の補償はあるようだが、あまり満足する結果にはなりそうにないらしい。でも、それだけは帰ったらきちんと請求しよう。そう決心した。結局、明日の朝、3カ所に連絡を入れていただくことになった。
タイ航空の本国本社、ローマ支店、そして日本の支店。
それぞれから、荷物をちゃんとナポリに回送するように言ってもらうのだ。そしてぼくはその結果を聞いて、ナポリに行くか、ローマのタイ航空オフィスに行くかを決める。
何しろバカンスのまん中だから、これも気休めにしかならないだろう。もう、あまり期待はしないでおこう。
電話を切った。暁ちゃんが、おつかれさま、って言ってくれた。
午前1時だった。あしたは早い。寝ることにした。
7.
さすがに昨日は疲れてぐっすりだったのか、スーツケースの夢は見なかった。
いよいよ今日はナポリに行く。
朝、荷物をまとめながら、昨晩考えたやるべきことを復習する。ナポリ着は午後1時。まずは予約した宿を探し、宿に荷物を置いて、次に公衆電話を探す。いくつか電話をする。きっと進展はないだろうからこんどはナポリ・セントラーレ駅に行って、ローマ・テルミニ駅まで1時間半。営業時間内にローマのタイ航空オフィスを探し出して交渉をしなければならない。
いままで交渉した経緯と、関係の書類を、ザックの一番取り出しやすいポケットに入れた。きのう買っておいたテレホンカードも財布に入れる。
着替えなどをいろいろ購入したせいで、ザックはぱんぱんだ。ほかに、店でもらったポリ袋も駆使して荷物を詰めた。
朝ご飯の準備を待ちながら、チェックアウトをする。
電話代がすごいですよ、と、受付の兄さんが気の毒そうに言う。
しかたがない。あとでこれもタイ航空に請求しよう。兄さんがちょうど電話代の計算をしているとき、フロントデスクの横の電話が鳴った。
プロント、なんとかかんとか、なんとかかんとか、セニョリ、シブヤ? なんとかかんとか、パレルモ?
兄さんは狼狽しているようだ。こちらが不思議そうな顔をしたのが見えたのだろう。電話を保留にして説明してくれた。
いま、ミスターシブヤの荷物を、パレルモで船に乗せたと言っている。12時過ぎにここにつくらしい。
それは困る。われわれはこれからナポリに行く船に乗る。もうあと30分で出航だ。ナポリ行き高速船は一日一便。この便を逃すと我々はナポリに行けなくなる。
それはわかっている。でももう荷物は船に乗ってしまった。リパーリ着はお昼になる。もう観念した。ナポリ行きの高速船には乗らず、スーツケースを待つことにするしかない。この受け取りのチャンスを逃すと、ナポリのような大都市でうまく受け取れる確率は限りなく低い気がする。そして受け取りのためにまたいろいろ気を回さねばならない。
暁ちゃん、船は乗らないことにしよう、と提案した。わかった、と返答。これで方針は決定した。
予定を変更してしまって、早くスーツケースを受け取ってしまおう。バカンスのまん中だけれど、宿や交通機関はなんとかなるに違いない。しかしこれは痛い出費だ。
買った乗船券は払い戻しも変更もできない決まりだ。損害額二人あわせて3万円。
そしてもうもう、今日中にナポリに行けないのは確実なので、ナポリの宿に一泊ぶんキャンセルの連絡をした。これも当日キャンセルなのでキャンセル料は100%で損害額1万円。
これから宿や交通機関を変更したりするのに、また出費がかさむかもしれない。
スーツケースが出てきたら祝杯もあげなきゃ行けない気もする。
損害額は全部タイ航空に請求しよう。そう心に決めた。まずは今夜の宿を決めなければならない。
いまチェックアウトしたホテルに今夜の部屋の空きがあるか、聞いてみる。ホテルマン氏は申し訳なさそうに首を振る。
インフォーメーションに行って、リパーリの宿の空きを聞いてみた。五万円の宿ならキャンセルが出て、一室用意できるとのこと。新婚旅行じゃないのだし、それは困る。完全に予算オーバーだ。他にはないのか。
ない。午後になればキャンセルが出るかもしれない。
しかしバカンスのまん中のリゾートで、手頃な値段の空き部屋がそうやすやすと出そうな気がしない。今日の午後、リパーリを出ることを考えた方がいいかもしれない。
ふたたびインフォーメーションで聞いてみると、今晩はナポリ行きの夜行の船が出るという。渡りに船とはこのことだ。夜行の船でナポリに行くことにした。
船会社に行くと、陽気なにいさんがサムライか、と聞く。そうだ、と答えたら、二人用の客室を売ってくれた。
これで今夜の宿問題とナポリへの交通手段問題がいっぺんに解決した。あとはスーツケース問題の解決が、船に乗ってやってくるのを待つばかりだ。しかしホテルに戻り、スーツケース受け取り方法について確かめてみると、実はこれがまた難題であることが明らかになった。
スーツケースは誰かが持ってくるわけではなく、ただ単に船に乗せてあるだけらしい。船員はきっとイタリア語しか解さない。港にはひっきりなしに船が出入りしている。どれも同じような形の高速船だ。さらにスーツケースの乗っている船の行き先はこの島ではなく、さらにそのあといくつもの島を巡ってゆく長距離航路である。したがって気づかず船をやり過ごしてしまうと、スーツケースは延々と旅を続けてゆくことになる。まずはホテルの受付嬢にチップを握らせて、船員宛のイタリア語の手紙を書いてもらった。セニョーリ、シブヤ氏の荷物をこの日本人に渡してほしい。荷物は灰色のスーツケースで、ローマ空港からパレルモ空港を経由して送られてくるものであり、云々。
これで船さえわかればこれを見せれば何とかなりそうだけれど、船が見つけられる気がしない。
ちょうどホテルのオーナーか支配人らしきおじさんが通りかかったので相談してみる。結局親切にも、スーツケースの乗った船が現れる時間になるとホテルの運転手をやってるお兄さんが同行してくれることになった。
ほんとうにホテルの方々はよくしてくれる。これでようやくなんだか大丈夫な気がしてきた。
なんだかいろいろ起こって疲れたから、スーツケースが来るまではホテルのロビーで待つことにした。時間になって、運転手氏とともに港に向かう。
運転手氏がごったがえす船会社の事務所に乗り込んで、船はどれかを聞きに行ってくれる。
長蛇の列を横目に、ずんずん窓口まで進んでいき、窓口横のドアを開けて何やらどなる。窓口氏は手振りでいま忙しいから、と素っ気ない。運転手氏はそれでもしつこく聞き続ける。閉められないように左足をドアにはさんでいる。やっと窓口氏が答えてくれた。それを通訳して教えてくれる。到着は一時間遅れとのこと。
ここはイタリアだから、一時間遅れは、まだましな方だろう。
ホテルに戻り、さらに待つ。一時半、ふたたび運転手氏と桟橋へ。つぎつぎに様々な港からの高速船がやってくる。
それにまざってとうとうスーツケースを載せた船がやってくる。
パレルモからの長距離高速船は、果たせるかな他の高速船と同じ顔をしていて、この船がパレルモ発か?と、大声で怒鳴ってくれる運転手なしにはきっと見つけられなかった。
タラップがかけられ、お客さんが下りはじめた。
運転手氏は出口の船員と交渉し、ぼくを船内に入れるように取りはからってくれた。
下船客の列も終わってないけれど、遠慮していると船が出航してしまうかもしれない、早く入れ、と運転手氏が言うので、押し寄せる人波に逆らってタラップを上がり、船内にはいる。
客室の片隅にスーツケースを発見した。あった、あった。心配していたスーツケースの鍵も、スーツケースの外側に貼り付けられた封筒に入っていた。よかったけれど、なんと不用心なことだろう。
すぐにそれを引きずって、下船客に混ざって下船。とくに名前も聞かれなかったし、荷物の受け取りのサインもしなかった。人混みのなかから運転手氏を探しだし、ありがとう。おかげで受け取ることが出来たよ、と言って、タップリの二倍くらい、チップを握らせ、握手を求めた。
分厚い手だった。ホテルに戻ったら、ソファで暁ちゃんが待ちくたびれていた。
ロビーの片隅で、スーツケースを開けて中身を確認した。ホテルの従業員が不安そうにそれを見守っている。スーツケースの中は異常なし。本当によかった。
なんだか、全身から力が抜けていく。スーツケースを閉じて、ホテルのロビーの片隅に置かせてもらう。
まだ昼間だけれど、リストランテに入って、ワインで祝杯としよう。
宿を出て、店を物色することにした。リパーリの街にはメインの港が二つある。一つは定期航路用、もう一つはチャーター船やプライベート船用である。二つの港を結ぶ道がメインストリートで、両側にはブランドもののショップやみやげ物屋、トラットリアやリストランテが軒を連ねている。
宿は定期航路用の港のすぐ近く。宿を出て、観光客があふれるメインストリートをショーウィンドウ冷やかしながらぶらぶら歩いてもう一つの港までやってきた。空は快晴。海はちょっと緑がかって見えるふしぎな青色。海の底の色が違うのか、それとも空の色が違うのか。
港には船がひしめき合っている。いや、港どころかはるか沖合まで、事故が起こらぬのが不思議なくらいたくさんの船が浮かんでいる。きっとイタリア中の金持ちが船を出して集結している。ぴかぴかの船が多い。
接岸できない船も多く、そういう船からどうやって下船するのかと思って見ていたら、男が水着になってドボンと飛び込んで岸壁まで泳いできた。
なるほど。港に面したとっても雰囲気のよいリストランテを発見。暁ちゃんと顔を見合わせ、うなずく。
店は港の一部を区切っただけの屋外で、テーブルの上にアンブレラが差してある。港の潮風を感じながらメニューを見る。
まずはお奨めを聞いて、パレルモの近くの酒造所のワインを頼む。辛口で、なかなかうまい。
ラビオリのクリームソース。バジルが効いていてこれまたうまい。
パンが山盛り運ばれてくる。もちもちしていくつも食べられる。
メインは鯛のアクアパッツァ。まずは厨房から生の鯛が出てきて、これでよいかと聞いてくる。よい、と答えるとしばらくして、丁寧にふたり分に取り分けて出てきた。素材の味が生きている。さすが島の魚だ。
ワインがなくなってしまったので、ローカルワインを注文し、となりの客が頼んでていかにもうまそうだったイカリングも注文する。店からは最後に甘いお酒のサービスがあった。ビスケット浸して食べる。やっぱりうまい。
ずっとサーブしてくれたかっこいいウェイターと記念撮影。暁ちゃんはスケッチブックにウェイターの似顔絵を描いている。なかなか似てて楽しい。イタリアの島に来てやっぱりよかったなあ、としみじみ感じた。
さいごにお金の話など
日本に帰ってから、タイ航空に電話した。用件はもちろん補償の要求である。
はじめ、規定で一人あたり百ドルしか補償できないのです、と言われたけれど、こちらから明細と事の次第を事細かにFAXした結果、領収書のある分に関しては結局補償してもらえることになった。二人で約8万円。
もちろん、真っ昼間の祝杯ワインの請求はしなかったけれど。
完