7.
明石海峡大橋開通記念!
淡路島突撃キャンプ
雨降りの中でキャンプはスタートした
1998年9月19日、予定より40分遅れでぴぐ、しんや、シャトルの3名は枚方を出発した(いつものことである)。天気は雨。あいにくの天気だ。台風が近づいているらしく、風が強い。しかしそんなことにはめげない。途中、新大阪であっこをひろい、西宮であいあい、きょうこ、まるこをひろい、阪神高速神戸線にのる。土曜のためか道は比較的空いていた。垂水のジャンクションから明石海峡大橋への道に入る。依然雨は降っている。トンネルへ。このトンネルをぬければ明石海峡大橋だ。開通して間もないので胸が躍る。トンネルをぬけると...なんと雨があがる。???。
なぜ?そこには青空がありました。青空の下で橋を駆け抜ける。爽快である。希望を胸に抱きつつ淡路サービスエリアへ。土曜日のせいかむちゃくちゃ混んでいる。なんとか車を止め、写真撮影。
高速をおり、海岸沿いの道を走る。右手には青い海が広がり、景色はなかなかのものだ。途中のスーパーで材料を仕入れる。ここでぴぐの車は田栗の車にフェイントをかける。カーチェイスが始まった。ぐんぐん田栗の車を引き離し、途中で木の陰に隠れる。またあるときは止まるふりをして急発進し、田栗を引き離す。危険きわまりない車たちであった。前後を走っていたみなさん、ごめんなさい。やがて車は慶野松原付近へやってきた。キャンプ地をきちんと決めてこなかったので、適当に探していたがやっと良さそうな場所が見つかり、そこへ荷物を下ろす。
五色浜の先です。そこには美しい松林と静かな海岸が。
慶野松原で早速テント設営に入る。あっれー??雨が降ってきた。風もびゅうびゅうふいてくる。空は荒れ模様。突然の強い風雨にさらされ、テントがとばされそうになる。雨に濡れながらも何とかテント設営をこなす。テント設営が終わるとなぜか雨もやみ(なんで?)、昼食の支度が始まった。
火をおこし、カレーをつくる。時間がどんどん遅れていたので昼食(?)ができた頃には既に午後4:00。腹ぺこ状態は極限に達していたのでした。
昼食前に祝電を披露
食事前にかちょうよりいただいた祝電を披露する。しかしみんなとにかく腹が減っていて、まじめに聞いていない。それより早く食わせろ!という空気が支配的だった。朝5時に起きてればそりゃ腹も減るだろう。
かちょうからの祝電(全文)
祝メールだっちゅうの。
今東の都で大爆発しているギャグで幕を開けましたが,これを聞いてそちらでは田粟を中心に非難轟々だと思います。兎に角,淡路島突撃キャンプ
98秋 〜Rマニアを目指して〜のノープランキャンプの開催おめでとうございます。雲一つない晴天がこのキャンプを祝福してくれているように,私も心より祝福しています。(あーめんどくせー)
私はみなさんの遙東で,ボーッとしているでしょう。渋谷のハチ公とモアイ像を間違え,三茶でお茶し,新宿のマツキヨで歯ブラシを買い,経堂で迷子になり,上北沢で立ち読みし,成城で散歩。このように私はすでに東京人。淡路島のことはよく分かりませんが,その島のどこにいるのでしょうか。北淡町?洲本?五色町?と冗談をいいつつ本当はすごくうらやましく思っています。各学年が勢揃いし学祭局の面子がほとんどをしめ・・あのなつかしい学祭キャンプなどを思い出します。同時に楽しかった思い出,悲しかった思い出,つらかった思い出,その他いろいろな思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡りました。そろそろネタも尽きてきたし,あいあいも怒っていると思うのでこの辺で祝辞を終わらせていただきます。くれぐれもこれを火をおこすのに使わないで下さい。
98年9月19日(土)
あっこと同期で田粟のよき先輩 佐藤 弘明
注:田粟:田栗のまちがいではなく、意図的なもの 雲一つない晴天:実際は雨でした...
学祭局:大学時代のクラブにあった、大学祭の実行をを担当する部署
あとで祝電はご希望通り火をおこすのに使われた。昼食(?)後は、皆思い思いにつりをしたり、フリスビーしたりして過ごす。バタバタしていたので、ホッとする瞬間だ。電話をしたらマサが京都から突然来るというので、夕食は彼が来てからということに決まる。到着予定は夜10時すぎである。一人で突然くるんだから大したものである。一同「来る」と聞いてドヨメキが起こる。時間が空いたので花火大会が始まる。実は京都の問屋に行って7000円分買っていたので、これでもか!というくらいの量があったのだ。季節はずれの美しい花火が海岸を明るく照らし出し、夏の終わりを彩るのには最適であった。花火大会が終わると、夕げの支度。マサも到着し、焼き肉をしたりタンドリーチキンなどをスモークしたり、魚介類たっぷりの味噌汁を作ったりと、大変充実したメニューに舌鼓を打つ。タンドリーチキンはぴぐのオリジナルで、あらかじめチキンをヨーグルトにつけておき、カレーパウダーをまぶして火で焼いた。本当のタンドリーチキンの製法とはだいぶちがったが、それでも味はなかなかのものであった。11時頃になって合計9人でわいわいと夕食を食べる。ヘッドライトの明かりと焚いている火が頼りだったのでかなり暗い中での食事だったが、存分に堪能した。
食事が終わると砂浜にビニールシートを敷き、寝そべる。空は星も降るような満点の星。大阪ではとても見れないたくさんの星を見上げ、流れ星も何回か見ることができた。そうこうしているうちに一人、また一人と眠りに入り、夜は更けていった....。
シートの上で寝てしまい、朝までくるまっていたものも約一名いた。寒かったろうに...。
朝6時ぴぐは朝食用のつりに、私はパンを焼くため、生地をこね始める。実はアウトドアでのパンづくりは初めてなのだが、なんとかいけるやろ..といういつもの強引さではじめてしまったのだ。1時間後、ほぼみんなが起き、朝食を食べはじめる。初めて作った割にはなかなかおいしいパンが焼け、よい朝食だった。ぴぐ製作のゆで卵の薫製は美味で奥ゆかしい味でございました。朝食後は天気も良かったので海で遊び、太陽がギラギラ照りつける中、砂浜で野球をしたり寝転がったりと思い思いに過ごす。いったい昨日の天気はなんだったの?と言いたくなるくらいのいい天気。人生とは皮肉なものである。
昼食を作るつもりだっただが、つかれていたのか作る元気を皆なくし、いつの間にか撤収になる。大量の荷物を車に積み込み、慶野松原をあとにする。しかしなんか物足りないということで淡路島の温泉に行こうということに発作的に決まる。地図上に書いてある温泉マークの場所に行ったつもりだったのだが場所がよくわからず、結局行けずじまい。ちょっとがっかりなのでした。もともとかなりアバウトな地図だったのが災いしたか?
結局昼食も食べず温泉にもはいれず明石まで渡ってしまい、そこで昼食(4時頃)。煙臭い集団がファミリーレストランを陣取る。そのままなんとなしに解散となり、順次解散していく。ちょっと詰めの甘いキャンプだったかもしれない。