9. 番外編(その2)
年末も年末、海へ行ったのだ
1998年も暮れようかとしている12月27日日曜日、アホメンバー4人は白浜にいた。朝4時起床、車で白浜まで行く。まず探さねばならないのは魚屋だ。今回の目的は現地で新鮮な魚介類を仕入れ、それをすぐさま頂いちゃおうというものなのだ。早速魚屋を見つけておっちゃんと話をし、「ナベしたいんやけど...」ということでオススメの魚などを見つくろってもらった。結局、魚(ハゲ)とサザエを買って海岸へ。
鍋と七輪は持参。野菜もこのときは価格が高騰していたので持参。安くあげるため、買ったのは魚類とユズぽんと固形燃料少々だ。お金はほとんどかかっていない。

白浜周辺で適当な岩場を見つけて薪を拾う。道からはかなり離れていて急な坂をひたすらくだらなければならなかったがその分喧噪から離れた広々とした場所を見つけることができた。周辺には枯れ木が多くあり、意外と良い薪がたくさんとれる。ナベには十分だ。
火をおこす。七輪では鍋をぐつぐつ。隣ではご飯を炊く。これは雑炊用だ。薪がたっぷりあったので火力も十分、予想以上に早く食べ頃がやってきた。
ふたを開ける。白い湯気と共に海の香りがふわっと鼻をくすぐる。腹が非常に減っていたので、ハフハフいいながらハゲナベを食べる。白身の魚がまっことうまい。野菜もたっぷり入っており、栄養も満点だ。年末というのに比較的温暖な日で風も弱かったので外でナベをするのには最高の天気であった。あっという間にナベはぐんぐん減っていく。残りの汁にご飯を加え、雑炊にする。あまりのうまさにサラサラと胃に収まっていく。

横では同時進行でサザエの壺焼きが始まる。網の上でサザエたちがじゅうじゅういい始める。ショーユをたらーっとたらすとジュワっと音がして香ばしいにおいがあたりに広がる。中の汁をこぼさないようにしながらやけどしないように軍手でサザエを手に取り、楊枝でサザエの身をつつく。思わず涙がでる。それはまるで口の中で母なる海が大いなる喜びをもって胃の底へと沈んでいくようであった。あとに飲む汁は格別。一心不乱になって食べまくったのでした。
食べたあとは岩場で昼寝。そよ風が頬をくすぐりながら通り過ぎていく。自由でいいなあと感じる瞬間だ。1時間ほど爆睡して寒さで目を覚ます。寒くなり、日も傾いてきたので撤収。草原の湯と呼ばれる温泉へいく。ここは広い露天風呂があり、おすすめは梅樽にお湯を満たした梅樽風呂だ。入るときザザーっと湯が梅樽からあふれるので非常に贅沢な気分になれる。森林の中にある露天風呂という感じで、鳥のさえずりが耳に心地よい。木々の揺れる音もまた一興である。一つ気にかかったのは数ヶ月前に来たときより値段が上がっていたこと。800円はちょっと高いなあ。
和歌山の有名ラーメンを食べる
とりあえず温泉でリラックスをし、和歌山市へ移動する。ここでちまたで有名な中華そば屋(和歌山ではラーメンと呼ばず「中華そば」とよぶそうだ)「井出商店」へ。前テレビで「和歌山市田中町5丁目」と言っていたのをなんとなく記憶していた。地図で見て「たぶんいけるやろ」で行ったら簡単に見つかる。運良くほとんど並ぶことなく中に入ることができた。
確かにそばとチャーシューはうまい。しかし、評判になるほどスープがいいとはあまり思えなかった。豚骨と醤油のミックスだがとてもあっさり。ダシはとてもよくきいていておいしいけどなんか物足りなさを感じさせるものがあった。よく言われることだが、有名になると「味が落ちる」というのはホントなんだろうか?
こうしてちょっと不満を残しつつ、「いやそれにしてもナベとサザエの壺焼きはうまかったなあ」とみんな首を縦に振りながら和歌山をあとにしたのでした。
とあるアウトドアショップでその計画は持ち上がった...
ある枚方市内のアウトドアショップにふらりと立ち寄ったことがあった。ふと壁の方を見やるとナニヤラ地図のようなものと文章が貼りつけてある。ナニナニ?旧福知山線廃線跡を歩く?「廃線跡」という響きが良いではないか。しかも道中には電灯もない真っ暗のトンネルや武庫川をこえる鉄橋があり、全部歩けるのだそうだ。これは行かねばなるまい。早速メンバーに打診をしてみた。
「いいねえ。いこいこー!!」予想通りの答えだ。確信を深めた私たちは善は急げ(?)と実行に移った。
実行日は1999年3月18日
決行の日は3月18日と決まり、当日を迎えた。メンバーは4人。いつもの車でドタドタ行くのとは違い、荷物を減らすためにおにぎりを握り、野菜を切ってビニール袋に入れて準備し、肉や芋をもって出発する。ハイキングなので荷物は少なくしなければならないのだ。しかしアドベンチャー茶道部の悲しい性か弁当を持っていくという発想はなかった。あくまでも基本は現地で作るのだ。JR宝塚線「武田尾」の駅付近に車を止め、電車に乗る。電車で出発地まで行き、ゴールは武田尾という設定だ。
現在、JR宝塚線はその武庫川渓谷沿いの旧線ではなく、そのほとんどの区間をトンネルで通過してしまう。昔はくねくねと川沿いを車体をきしませながら武田尾の方へと走っていったのだ。現在、西宮名塩という駅が途中にでき、線路も武庫川渓谷から少し離れた区間を走っている。
宝塚の次の「生瀬(なまぜ)」駅で下車。さあ、出発。旧線に入るにはしばらく国道沿いを歩かなくてはならない。大型のトラックがうなりをあげてすぐそばを通過する。交通量はかなり多い。空気も非常に悪く、少しゲンナリしてしまった。しかし15分も歩くと渓谷沿いに廃線跡が見えてきたのだった。
枕木がそのまま残っている。信号の跡や遺物がところどころに見受けられる。想像力をかき立てられた。出発が少々遅かったので腹が減っている。歩き始めてすぐではあるが昼食にすることにした。適当な場所を求めてしばらく歩く。廃線は武庫川を見下ろす格好で走っている。みると河原に降りるためのハシゴがあるではないか。「これはこれは」といいつつハシゴを下る。バーベキューをするのにちょうどいい河原がそこにはあった。

火をおこす。アミを持っていたので肉を焼いてバーベキューしつつ焼き芋も同時進行。締めはギョーザを焼いて食べる。荷物を減らすとかいいながら食料が多すぎてもっていった土佐ブンタンはさすがに食べれなかった。食べ終わったら休みもそこそこで撤収。体調が悪いのが一名いたのであまり無理はできなかったのだが。それにしても天気が良かったので非常に気持ちが良く、春がいよいよ本格的に到来、いや、もう夏が来るんちゃうかー!?という感じがするほどだった。
のんびりとバカ話をしながらしばらく歩くとトンネルが見えてきた。入り口には「トンネル内照明なし」と書いてある。あらかじめ用意してきたヘッドライトを装着し、なかに入る。外の気温とは明らかに違い、ひんやりとしている。足元には枕木がつづいているので注意して歩かないとつまづいてしまう。最初のうちは「いくら照明なしって言っても見えるってー」とかいい加減なことを言っていたのだが、ホントに真っ暗。最初のうちは入り口付近から入る明かりで見えていたがトンネルがカーブするとやがて見えなくなり、文字通り真っ暗闇に。ヘッドライトがなければかなり厳しいところであった。ヘッドライトが照らし出す先を見つめながらコツコツと歩く。ヘッドライトの光がなんと頼もしく見えたことか。トンネルは数カ所あり、長いのになると抜けるのに10分前後かかる。僕の心の中は「たのしー!!」と踊っていた。なかなか楽しいひとときであった。
下をゴーゴーと流れる武庫川を足元の隙間から眺めながら鉄橋を渡る。枕木も最初は足に引っかかっていやだったが慣れるとリズムが取れて歩きやすい。
生瀬から歩くこと約3時間(バーベキュータイム除く)、武田尾に到着。ここには温泉がある。知らなかったが、温泉の入浴は3時まで。しかし僕らの到着は6時。「あれまー」と言いつつそれでも...と思い、一件の温泉旅館に顔を出す。なんと入浴OK!おそらく客もいなくてひまなので、6時に到着した僕らを入浴させてくれたんでしょう。ありがとう。
汗を流し、さっぱりしたところで武田尾を後にする。この線は歩くの簡単だし、とてもおすすめできるところであった。本屋にも「鉄道廃線あとを歩く」や、「関西ハイキング」などの本によく取り上げられている。話によると、いずれダムに沈んでしまうとかで(真偽のほどは不明)早く歩いておいた方がいいかもしれませんねぇ。