☆ボンジュール!ヨーロッパ編☆ (全2ページ)
訪問都市:オランダ(アムステルダム)・ベルギー(ブリュッセル)・フランス(パリ)・スイス(ジュネーブ・インターラーケン・グリンデルワルト・ツェルマット・サンモリッツ・マイエンフェルト・チューリヒ・ルツェルン)・リヒテンシュタイン候国
注:写真の日付が文章の日付と違っているときがありますが、日本時間の日付のまま変えなかったので時間がずれている場合があります。
スイスに行きたい!!!
1995年夏のことだ。無性にスイスに行きたかった。見渡す限りの大自然、美しいアルプスの山々。ガイドブックを読み、スイスへの思いはさらに強まる。気がついた時には後に就職することになる某旅行会社のカウンターにいた。出発まで2ヶ月を切っていたこともあり、返事はキャンセル待ち。あとで知ったのだが、出発しようとしていた日は一年でも一番値段の高い日だったのだ(旅行会社の人、おしえてくれよ〜)。しかも盆の出発でめちゃくちゃ混んでいる日だった。安い航空券で行くアテがはずれ、がっくりと肩を落とす。しかしいまさら後には引けない。無理をしてとりあえずキャンセル待ちをかける。
数日後、チューリヒ・ジュネーブまではとれないが、アムステルダムまでなら席が取れたという返事をもらい、どうにか出発することができるようになった。仕方がない。アムステルダムから列車でスイスに移動してスイスをメインでまわろう。でも...考えようによっては他の国もみれるから..ま、いっかー。と柔軟に考えを変え、アムステルダムから入国し、陸を移動してスイスに入ることにした。
8月 6日(日)
朝5:45、目覚ましと共に起きる。急いで支度をし、戸締まりなどを確認して駅へ。電車に乗って関西空港へ行く。KLMオランダ航空KL868便は朝のすがすがしい空気を切り裂きながら一路オランダへと飛び立った。このKLM、後にもお世話になることになるのだが、サービスがとてもよろしい。ヨーロッパ系の中でも特にお気に入りの航空会社になった。数時間のフライトを経て、機体は徐々に高度を下げやがてアムステルダム・スキポール空港に着陸した。
スキポールからアムステルダム中央駅へは国鉄一本で行くことができる。中央駅に降り立った頃には日も暮れていた。宿をまったくとっていなかったのでまずはユースホステル(YH)に行ってみる。しかし夏場のため非常に混んでいていくつかまわったがNG!!仕方なく安ホテルを探し、そこに落ち着く。
8月 7日(月)

ホテルを早々にチェックアウトし、YHへ向かう。とりあえず宿は確保できた。さて、観光しよう。...というわけで中央駅前のV.V.V.(観光案内所)へ。ここでお目当ての自転車ツアーに参加する。黄色い自転車に乗り、市内をチャリチャリこいでいく。ガイドさんがアムステルダムの歴史や名所を解説してくれる。英語がまだ聞き慣れていないのでなんとなくしか分からなかったが....。4時間に渡り裏道のようなところを走り抜け、爽快であった。
その後、アンネ・フランクの家に行く。アンネの日記は読んだことがなかったがいろいろな話は聞いている。外見は普通の家だったが中には隠し扉があり、隠れ家での生活はさぞ大変だったろうなと感じた。
8月 8日(火)

アムステルダムからIC(InterCity=特急?)に乗ってブリュッセルに向かう。ホントはオランダもベルギーもまわりたいところがたくさんあったのだが、今回は誰がなんと言おうとスイスである。スイス以外はメジャーなところだけに絞った。ブリュッセル中央駅からYHを目指す。しかし...ついてない。また満室。個人経営のYHがあると聞き、そこへ行く。すこし遠い場所だったが泊まれると聞いて一安心。朝早く出たので観光にはまだ時間はたっぷりあった。
サン・ミッシェル大聖堂やグラン・プラスなどのメジャーと思われる観光地をまわる。メゾン・デュ・ロワ(Maison
du Roi)では鬼のようにたくさん陳列された小便小僧たちを見た。なぜか日本のだけ他の国の2倍ぐらいの大きさで、しかもヨロイを着ていた。
その他美術館や公園をまわり、ブリュッセルの一日は過ぎてゆく。オランダに比べ、物価が安いのがナニヨリであった。
8月 9日(水)

再び列車に乗りブリュッセル中央駅からパリへ向かう。宿はパリ北駅のインフォメーションで安いYHを聞き、そこへ行く。パリといえばセーヌ川!ということでふらふらとセーヌ川沿いを歩く。ノートルダム寺院を見学後、そこらへんにいた絵描きのおっちゃんに絵を描いてもらう。しっかりと値切り倒し、かなり安い値段で描いてもらった。街歩きをしてモンマルトルの丘にのぼり、パリの街をながめる。町並みをみながらその向こうのスイスに心はいっていたのかもしれない。
エッフェル塔下での優雅な食事
8月10日(木)

高速郊外地下鉄(RER)でベルサイユへ向かう。駅をでてから人の流れにのり、門の前に来る。向こうから一人の男がやってきて「エクスキューズミー」と僕に話しかける。どうみても日本人に思えたので「日本の方ですか?」と声をかける。あとで考えると不思議な会話ではあったが、それから一緒にパリを観光しようということになった。彼はM君といって横浜からきた同い年の人だった。ベルサイユ宮殿を一緒にまわる。想像以上の広さでまさにオドロキであった。
M君は既にパリの街歩きをしていたようだったので、同じところに何回も行かせて悪いな..と思いつついろいろと案内してもらう。ルーブル美術館はもうスケールがでかい。さっとまわっただけでも3時間以上かかってしまった。心のキャンパスに名画を刻み込み、写真も撮る。あの有名なモナリザでもみんなが写真を撮っているのに驚いた。ルーブルをでてあのシャンゼリゼを凱旋門に向かって歩く。くやしいがなぜか「おおシャンゼリゼ」が口から出てきてしまう。見た目ではルーブルから近そうだったのに、凱旋門までかなり歩かなくてはならなかった。

その後、リュクサンブール公園へ。道を歩いていたらどうもすぐ後ろに人の気配がする。不審に思って振り向くと真後ろに黒メガネの男がリュックに手を伸ばしているではないか。(大したものはいってないのに...)。ただ、いままでスリに狙われたという経験がなかったのでかなりのショックであった。男はその後、急反転して人混みの中に消えていった。
八百屋らしき店で果物やパン・チーズを買う。これは夕食だ。Mくんとライトアップされたエッフェル塔を見に行く。なぜかエッフェル塔に昇りたいという気がおきず、エッフェル塔下の芝生の上で寝ころびながらライトアップされた塔を眺める。腹が減ったのでチーズをパンにはさみ、食べる。質素ではあるがとても豪華な気分になったのはその場所のせいだろうか?芝生の上では2時間ほどいたように記憶している。とても落ち着く場所であった。
場所を少し移動して塔を眺め、カフェをのむ。ひたすら歩いたので足が疲れていたが贅沢な一日を過ごせた気分であった。
8月11日(金)
パリ・リヨン駅からずっと乗ってみたかったTGVでいよいよスイス・ジュネーブへ向かう。ジュネーブの街はいかにも観光都市という感じでナニヤラ高級感がある。ちょっと場違いかも...と思いながら街を歩く。YHで夕食をとっていると、ルーマニア人の父子にスパゲティを分けてもらう。ここのところ金の節約のためパンとチーズ、果物という生活がずっと続いていた。久々に食べたスパゲティは胃に沁みた。一応言い訳をしておくと、ヨーロッパのチーズはうまい。しかも種類がたくさんあるので、いろいろなものを試していた。昔トムとジェリーという漫画があったが、あれにでてくる穴あきチーズがすごく食いたかった。(ギャートルズのマンモスの肉が食いたいようなものだね)。こっちに来て念願がかなったのである。部屋でN君という東大生(同い年)に会い、仲良くなる。
船、行ってしまったのね〜
8月12日(土)

ジュネーブから列車に乗り、N君とローザンヌに向かう。ここから船に乗ってシヨン城を見に行く。(別に船に乗らなくてもいけるのだが...)。シヨン状はレ・マン湖畔に落ち着いたたたずまいを見せていた。なんとなく忍者屋敷inスイスという感じでついはしゃいでしまう。N君と別れ、一人僕は再び船に乗り、ローザンヌの対岸にあるかの有名なエビアンへ向かう。ユーレイルパスで無料で乗れた。船が岸にちかづくとペットボトルなどでおなじみのあのマークが僕を迎えてくれた。ここでの目的はただ一つ。水を汲むことである。泉へ行って飲んでみる、冷たい。が、こんなものか?せっかくなのでペットボトルにいれて持って帰ったが、やはり売られている水の方が美味しい。
18:55エビアン発ローザンヌ行きの船に乗るべく港へ向かう。ここで大失敗。な
ぜかはよくわからなかったのだが、乗船待ちをしていると船は客を乗せずに出ていってしまった。タイムテーブルにはちゃんと書いてあるのに...。理由がよくわからないまま次の船を待つ。21:30、ようやく次の船が到着し、ローザンヌに戻ることができた。真っ暗で人気のない道をYHへと歩く。淋しい夜であった。
8月13日(日)
この日はスイス3大急行の一つ、パノラマ急行に乗る。ローザンヌから同じくレ・マン湖沿いのモントルーにいく。ここからパノラマ急行はでているのだ。なかでもクリスタル・パノラマ急行というのが特に人気が高いというのでそれをちゃっかり狙った。
予約でなんと前から2番目の席がとれ、全面はワイドビューでアルプスの風景が楽しめる。やったー!!ウキウキ気分で列車は「こんなところふつう電車のぼるか?というような急勾配をのぼっていく。よく見るとレールにはラックレールといって真ん中に歯車用のレールがあり、列車に着いている歯車とそのレールをかみ合わせながら急勾配区間をのぼっていくのであった。たしかにふつう無理だわな〜と思う角度でのぼっていった。
まるで別世界のような美しい山の中を列車は走る。文字で表すのは到底できない。口をあんぐりあけたまま列車は終点ツヴァイジンメンに到着した。ここは特に何もないところなので、列車を乗り換える。直通でなぜか行ってくれないのだ。列車は軽快なスピードで山を勢いよく下る。左手に湖が見えてくるとまもなくグリンデルワルトやユングフラウヨッホの麓の街であるインターラーケン・ヴェスト(西駅)に到着した。
YHに荷物を置き、時間も15時を過ぎていたのでとりあえずトゥーン湖の船に乗ってみる。ユーレイルパスを持っていたので無料だ。インターラーケン(Interlaken)はその名の通り、トゥーン湖とブリエンツ湖の二つの湖にはさまれた美しい小さな街である。トゥーン湖は乳白色の水で湖上にはうっすらと霧がかかり、神秘的な雰囲気である。船はやがて対岸に着き、僕はそこから列車で再びインターラーケン・ヴェストに戻った。
夜、アメリカ人たちが夜遅くまで外・部屋の中で騒ぎ、よく眠れない。しずかにしとくれよ。まったく。