☆ブエノス・ディーアス!ヨーロッパ☆
 
訪問都市:イギリス(ロンドン)・ポルトガル(リスボン・カスカイス・シントラ)・スペイン(マドリッド・グラナダ・マラガ・バルセロナ)

旅行の準備
 今回は「金をとことんつかわず行ってみよう」。8月末、某旅行会社を退職した私はそう考えた。いや、退職前からその計画のため、ちゃくちゃくと準備は進められていたのである。まず航空券の問題。これは既に解決していた。実は数年前から密かに(?)ワールドパークス(KLMオランダ航空とノースウエスト航空のフリークエント・フライヤーズ・プログラム)で6万マイルちょっとためていた。そこで、日本←→ヨーロッパの往復航空券は無料になった。10月1日以降の出発であれば無料航空券がもらえるマイルはちょうど6万マイルだったのだ。次に宿の問題。いつもYH(ユース・ホステル)を利用しているが、もっと安くならないか?まあこればっかりは行ってみないとわからないのであまり考えなかったが、ロンドンに私の退職した某旅行社のロンドン支店勤務、T田氏がいる。ひさびさに会いたかったのとちゃっかりしてるのとでロンドン滞在は彼の家に居候させていただくことにした。そして移動の足となる鉄道。退職寸前にエージェント割引をきかせて格安のユーレイルパスを密かに購入しておいた。今回の予算は15日間ですべてコミコミ15万円以内である。それは見事に成功した...

10月1日(木) 
 朝起床予定時刻より1時間寝坊する。ゲゲッッ!!あわてて着替え、15分で家を飛び出す。なんでこうなるの?どうにか間に合い、関西空港より10:30発KLMオランダ航空、KL868便にて出発する。
 同日夕方アムステルダム着。寒い!Tシャツで来たのが失敗した。上着類はすべて預けた荷物の中である。今日の最終目的地であるロンドンまでその荷物は出てこない。しんじられへん...ふるえつつ乗り継いでロンドンへ。ロンドン着後、すぐに上着を着る。助かったー!
 ロンドン・ヒースロー空港より地下鉄で市内へ向かう。T田氏に地下鉄の駅で合流する。久々に会った彼は仕事が大変なのか、やせてしまっていた。しかしさすがに生活しているだけあって、街に詳しい!中華街で飯を食い、彼のフラットへ向かう。

10月2日(金)
 朝食を食べ、T田宅を出る。T田氏は仕事のため、会社へ。僕は地下鉄を使い、一人市内観光をする。バッキンガム宮殿、ロンドン塔等一応メジャーな部分を押さえる。バッキンガム宮殿では衛兵交代式を見る。思ったよりつまらない。しかしロンドンって空気が悪いねー。鼻をかむと真っ黒になる。うがいをすると黒い水になってでてくる。オドロキであった。
 夕方、ロンドン支店のSドロさんたちにつれられ、郊外のひなびた街へ。無人駅を降り、暗い道を歩くこと15分、体育館のようなところへ。そこでは地方興行中(?)のボクシングの試合が行われていた。彼らと一緒にボクシングの試合を見る。いかにも素人っぽい人たちが戦っていたがなかなか楽しい。なによりも田舎の感じがまことによろしい。
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10月3日(土) 
 T田氏、風邪気味で昼まで寝ている。昼過ぎロンドン支店に行き、リスボン行きのチケットを購
クリックすると拡大します入。(タップ・ポルトガル航空)。その後、一緒に市内のマーケット等を冷やかす。普通観光で来ていたらあまり行かないと思われるので貴重な体験。

10月4日(日) 
 大英博物館に行く。のち、地下鉄でヒースロー空港へ。2人で滑走路横の展望台で小雨降る中飛行機の離発着を写真に撮る。なにもロンドンまで来て飛行機の写真とらなくても...と思うかもしれないがこれがまた楽しいひとときだった。

10月5日(月) 
 朝早くヒースロー空港に行き、タップ航空でリスボンへ。リスボンの町がやがて見えてくる。上空をかすめるように飛び、無事着陸。ロンドンと比べてはるかに暖かい。Tシャツでブルブルしていたのがうそのようだ。YH(ユースホステル)に荷物を置いた後、市内を徒歩で歩く。土地勘がまだつかめていないのでとりあえず周辺をひたすら歩く。朝早くロンドンを出たので時間がたっぷりあり、市内をかなりまわることができた。とりあえずポルトガル語を知らないので覚えながら歩く。昔の建物が非常に多く残っており、高台から見るとすばらしい景色である。夕方、地下鉄に乗ったがとても危険なにおいがした。貴重品に気をつけつつYHまで帰る。さすがに疲労困憊で寝る。
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10月6日(火) 
 列車でカスカイス(リスボンの西)へ。地獄の口という海岸が異様な形をして岩がぽっかりと穴のあいているところにいく。地図で見ると近そうだったが以外と遠い。その後バスでユーラシア大陸最西端のロカ岬へ。ロカ岬の断崖絶壁の上に立つと風が強い。展望台を乗り越え、さらに絶壁ぎりぎりのところで大西洋を眺める。向こうは大西洋なのだ。旅情に浸る。そしてちゃっかり最西端到達証明書を作ってもらう。さらにバスでシントラへ。山の上にムーアの城跡というポルトガル版万里の長城みたいなものがあり、喜んで上ってくる。駅前から歩き始めたが以外と遠い。2時間ほど歩き、頂上へ。風がまた強く、体温を奪われる。ただし景色は絶景。シントラは海岸から離れているが、海岸まで見ることができた。長城を歩き尽くし、日も傾いてきたのでリスボンに帰る。さすがに歩き疲れてヘトヘトであった。
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10月7日(水) 
 コインブラに日帰りでいこうと思い、国鉄の駅まで地下鉄まで行った。しかし時計が5分遅れていて列車に乗り遅れる。それならばちょうど開かれているらしい万博に行こうと思い、正面ゲートまで行ってみた。しかし前日で終わったらしい。それならばとポルトガル市内をもっと細かく見ようとするが、風邪を引いてしまったらしく歩くのがしんどい。それでもだいたい市内は見たかな?と思い、リスボンをあとにすることにした。夜22:00発の夜行に乗ってマドリッドへ。

10月8日(木) 
クリックすると拡大します 朝、マドリッド着。列車で一緒になったイスラエル人、リランと友達になり、さらに駅の両替所で日本人のKさんと友達になる。リランがいいYHを知っているというのでついていく。それにしてもユースホステルが遠い。あるいてもあるいてもつかない。それでもやっと到着。1泊750円ぐらいとのこと。安い!。3人で市内観光をする。どうも3人の息が合わず、合わせるのに苦労する。プラド美術館などを見たあと、各々で観光することに決め、3人バラバラに観光。夕方待ち合わせをして3人でパエリアを食う。体調がさらに悪くなる。宿で3人少しもめる。寒い.....。体調が悪いので話しも途中で「悪いけど...」と言って眠りにつく。

10月9日(金) 
クリックすると拡大しますクリックすると拡大します 朝起きるとリランはすでに観光に行っていなかった。昨日のことがうまく伝わらなかったのだろうか、心配になる。しかもマドリッドにどうも興味がもてなかったので今日発つ決意をした。さよならをいえなかったのが残念だ。でもメールアドレスを教えてもらっていたので後日メールで話ができた。残ったKさんと2人でセゴビア(マドリッドの北)へ列車で向かう。水道橋やアルカーサル(白雪姫のモデルになった城)などを見る。マドリッドよりはるかに良いところではないか。中世の趣がまだ残っており、歩いていて楽しい。体調もましなようだ。一日セゴビアで遊び、再びマドリッドへ。翌日日本に帰国するKさんに別れを告げ、マドリッド・チャマルティン駅へ向かう。そこまで行くため地下鉄に乗るが、なかなか電車がこない。夜行列車の出発時間が迫る。やっと来た地下鉄に乗り込み、チャマルティン駅へ向かう。ここであろうことか考え事をしていて一つ手前の駅で降りてしまい、絶句。夜行列車出発15分前。エスカレーターをのぼっているときにそのことに気づき、ホームへ引き返すが地下鉄は行ってしまったあとである。次の地下鉄を待つが、全然来る気配がない。10分前、決断をして地上へ出て、バックパックを背負ったまま(ペットボトル1.5リットル+ペットボトル500ミリリットル入り!!)約1kmを全力疾走。汗だくになり、息も絶え絶えになりながら駅まで走る。神様ー!!!23:00、駅に着くと、列車はまだとまっていた!!全力で飛び乗ると列車が動きだし、セーフ!。あと15秒遅かったらもうだめだっただろう。肩で息をしつつ狭い通路を自分の部屋(簡易寝台)のある車両へと移動する。バックパックが鉛のようだ。体もぶっこわれそうである。ゼエゼエいいつつ、ホッとしたのか眠りにつく。

10月10日(土) 
クリックすると拡大しますクリックすると拡大します あさグラナダ着。基本でしょ!ということでアルハンブラ宮殿に行く。人がやけにならんでるなあと思うと、なんと予約が必要とのこと。某旅行会社の時はいい加減なこと言ってたが予約が必要なんて知らなかった。午後からの予約がなんとかとれ、かなりの時間をかけて宮殿内を見て回る。しかしそのほかに見るところが市内になく、最初はグラナダで泊まる予定だったが変更し、バスでマラガへ向かう。この強行軍があとで重大な結果を引き起こす...
 夜、マラガに到着。安宿を探し、近くで夕食など食べてから寝る。深夜、急に腹痛がして眠れなくなる。腹をこわした痛さではなかったが、とりあえずトイレに行く。部屋を出たところでめまいがして気を失い、倒れる。顔面を強打し、眼鏡が吹っ飛ぶ。フロントのおじさんに起こされ、トイレへ這っていく。全身がふるえるような悪寒とひどい下痢。1時間後、ようやく落ち着き寝る。体験したことのないひどい状態であった。

10月11日(日) 
 ジブラルタル(英国領)へ行こうと思ったが、体調の事を考え、一日ひたすら寝る。体調はかなり良くなってきた感じだが大事をとって寝る。寝る。寝る。夕方頃復活し、飯を食って寝る。

10月12日(月) 
クリックすると拡大しますクリックすると拡大します バスでネルハ(マラガの東)へ行く。ネルハの洞窟という鍾乳洞を見る。この鍾乳洞では年に1回、中でコンサートが開かれるのだそうな。鍾乳洞の中に舞台や観客席があり、びっくり。洞窟を見たあと、ヨーロッパのバルコニーと呼ばれる海岸へ。景色はあいかわらず美しい。ゆっくり食事をして海を見ながらボーッとし、マラガへ帰る。マラガ市内を軽く観光したが、何もない。20:25発の夜行に乗ってバルセロナへ向かった。

10月13日(火) 
 朝バルセロナ着。安宿を探し、荷物を置く。とりあえずまずはガウディの建築巡りをする。聖家族教会(サクラダ・ファミリア)では全ての塔をくまなく見て堪能。なんとなく迷路みたいな感じがしていろいろな階段をおりたりのぼったり動き回る。塔と塔の間に橋(アーチ)があり、ふきっさらしだったので高いところの好きな僕でも結構怖かった。聖家族協会は外側しかできていなくて中身が無く、そりゃあと100年かかるか200年かかるかわからんわと納得する。その後モンジュイックの丘でバルセロナの街を眺めつつ、しばらくの間ボーっとしている。町並みの中にあれだけ大きかった聖家族協会がポツンと小さく見える。
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10月14日(水) 
クリックすると拡大しますクリックすると拡大します 美術館、博物館関連を見てグエル公園へ行くべく地下鉄に乗る。地下鉄を降りてエスカレーターを上っていると、降りる間際に前のやつが突然ペンを落とした振りしてしゃがむ。前をブロックされ、直感的にやばい!と感じ、クレジットカード等が入っていた右後ろポケットを押さえる。なんと、うしろのやつがぶつかる振りして必死にポケットに手を入れようとしてくる。前の男の左が少しあいたので、何とか脱出。二人組の男は次のカモをねらってか階段でまた下へ降りていった。おそろしいおそろしい。
 夜、ライトアップされたサクラダ・ファミリアなどを見に行く。昼間もすごいが、ライトアップされた聖家族協会もすごい。口をぽかーんと開けてしばらく見入る。ガウディの建物は夜でもすごくきれいだ。その後宿の近くの繁華街、ランブラス通りへ。大道芸をやっていたので見入る。ふと、背負っていたナップサックがさわられる感じがして後ろを向くと、すぐ後ろに男が。左腕にトレーナーを掛け、その隙間から右手をだしてあわてて引っ込めるのが見えた。ナップサックにはこんな事もあろうかと通りに来る前に鍵を付けていたのでなにも被害なし。男をにらみつつ、宿へ。一日に2回もスリに会い、何も被害はなかったが背筋が寒くなった。

10月15日(木) 
 朝、列車でバルセロナ空港へ行き、KLMオランダ航空で帰国の途につく。ただチケットなのに、なんとバルセロナ−アムステルダム間ビジネスクラス!やったー!その後のエコノミーの席の狭く、窮屈だったこと。腰がいたくてたまらなかった。それにしてもいつ乗ってもKLMはサービスがいい。何度も乗りたくなる航空会社だ...といろいろかんがえているうちに飛行機は関西空港へと近づいていくのであった。

10月16日(金) 
 朝、関空着。4階(国際線出発)で働いている知人にあいさつしようと1階からのぼっていくと、前勤めていた棒旅行会社ののメンバーがいる。なんと、これから台風直撃中の台湾へ行くとのこと。昼前の時点で1時間出発がディレイしていたが、あとで話を聞くと台北経由香港が香港経由台北になり、12時間もかかったそうな。台湾に行くのに12時間かけていくって、最悪...ヨーロッパに余裕でつけるっちゅうに!

−完−

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