1. 四万十川進出大感激 アーンド カツオに舌鼓
あれはGW前のことだった...
某旅行会社につとめていたあるとき、「四万十川を見にいかなあかんな」という話しが突然出てきた。漠然と行きたいと思っていた我々は「いかねばなるまい」ということで早速メンバーを集めた。GWということもあり、あつまったのは4人。私、おさる、まるこ、SKもっちゃんの4人で行くことが決定した。(平成11年現在、うち3人がすでにその会社を退職している)
車でいざ出発!

1998年5月2日土曜日、仕事が終わったところで深夜集合し、進路を高知へ向ける。暗闇のハイウェイをひた走り、瀬戸大橋にさしかかる頃にはうっすらと明るくなってくる。与島PAで休憩をとり、寝ぼけマナコで朝食をとる。さらに車を南へと走らせ、高知市に到着。駐車場を探しているとな、なんと県外車用の無料駐車場が用意されているではないか!!「高知っていいところだよー」と皆感動しつつふと通りを見るとぎっしりと市がたっているではないか。これはこれはと揉み手をしつつ足早に市へ向かう。高知では日曜朝市というのは有名なんだそうな。よく分からん骨董品からあやしげな食べ
物飲み物までありとあらゆるものが並んでいる。くいしんぼうな我々一行は喜々として珍しいものを手にとっては口にする。ユズジュースは100円でなかなかの味。暑い高知の気候にぴったりののみものという印象を強くしたのである。結局おはぎやまんじゅう、土佐文旦まで手に入れ、高知城にものぼり(バカと煙はなんとやら...というわけで)一行は高知を後にしたのである。
宿はきちんと予約していきましょう
車にさらに揺られること数時間、休憩もはさみながら四万十川上流へ。そこで朝仕
入れた食料を食べる。(あっ、もちろん昼食はすでに食べた後です)。上流で軽く遊んだ後、宿を探さねばなるまい、という話になった。日はどんどん暮れていき、気持ちは焦る。河口の中村市で宿をとろうと電話を入れるがどこもGWのせいで満室。これは野宿かー?と本気で心配しだした頃、電話帳片っ端電話作戦が功を奏し、足摺岬に近い土佐清水市で一件なんとか部屋を空けてくれるという。「ハッピー」という宿であったがまさに私たちの気持ちをハッピーにさせてくれた宿であった。藁にもすがる思いでその民宿にお世話になり、野宿からは何とか解放されたのであった。
ほっとすると人間やっぱりお腹がすいてくる。夜も遅かったので一行は周辺の店を探した。すると「味処ふかみ」という一件寿司屋らしき店がやっているではないか。さっそく中に入り、注文する。うみゃー!!!舌の上でやさしくくずれるシャリと申し分ない新鮮さのネタが絶妙にからみ合い、溶けていく。さらに「やっぱり土佐といえばカツオでしょー!」という安易な考えで注文をする。もうこの味についてはなにも言葉が見つからない。夜だったので「うぉぃしーー(美味しーー)!」と叫べなかったのが残念であった。是非カツオを食べてみることをおすすめする。すばらしい味であった。

5月4日朝、足摺岬へ向かう。記念写真などとりつつまだ物足りないと言うことでもう一度四万十川へ向かう。雄大な流れ、のどかな風景。沈下橋の近くで車を止め、しばし水遊びに興じる。なにがあるわけではない。あるのはおだやかな川の流れだけである。川で童心にかえって遊び、疲れた頃、もう夕方近くになっていた。名残惜しくはあったが、帰らなくてはならない。後ろ髪引かれつつ四万十川を後にする。宇和島から松山方面へ向かう。夕日の美しさは一瞬言葉を忘れてしまうほどだった。
渋滞のため松山に予想以上に遅くついてしまい、温泉はあきらめる。近くのファミリーレストランで夕食をとる。やたらとのばしてものを言う人がでてきて、「おーまたせーしーましたー。やーきにくじゅーうじゅーうでーごーざいます。てーっぱんがーあーつくなっておーりますのでごちゅーいーくださーい...」カッコつけてるのか地なのか、一同笑って味がよく分からないまま夕食をとったのでした。
こうして、またまた闇夜の高速をひたはしり、大阪へ着いたのは5月5日の早朝であったとさ。ちゃんちゃん。