第2章 峠 (6)
長衛門の申出た首級交換の儀は、その日のうちに御裁可が下り、味方のあげた十三の首級を熊井城に持ち帰ることになった。数の上では村井・塩尻勢の討たれた数首が二十を越えていて小笠原方の敗北である。
長衛門は、交換使者の役を作兵衛父子に依頼すると同時に、蓬堂の憲定のもとへも使いを走らせた。憲定はその日のうちに熊井城を訪れて交換のための注文をつけた。
「御首級補償を米にて賄いとうぞんずる。十三首分に対し、二百石をご用意下さりませ」 商のような条件提示に長衛門は快く応じた。この戦は誰のためのものでもない。自分たちの領地奪還のためになされたことで、もと岡屋郷の者以外の戦死者に対しては、どんなことをしても報いてやらねばならなかった。討たれた者の大半は熊井城の者だったが、それ以外は塩尻郷と吉田郷の城攻めに渡河した者たちで、退却の際の川岸と、勝弦峠の坂道での激戦によるものだった。
長衛門は、自分の代わりにゆく作兵衛父子と憲定の打ち合わせを傍で聴きながら、心の底から感謝した。
(戦で誰れより辛いは、この父子じゃというに、長子を殺した岡屋へゆかねばならぬ。それを愚痴ひとつこぼさぬわい)
領境に生きる牧人の哀しみをそんなところに見て、熱くなった目頭を押えて席を立つのだった。
三人は、占部たちの用意した馬車に忙しく乗り込み、郷民の目を避けて走った。
岡屋郷への入口である峠の『三本松』の下で、口利きをした修験坊が待っているという。作兵衛らは、まずそこへ行って、この橋渡しのために占部に残りの五百文の賄賂を支払わねばならない。
馭者の占部が言った。
「作兵衛様、首級交換の交渉は、下諏訪の慈雲寺にて行われると聞きやしたが……」
「どこなりと、修験坊の誘うところへやりさっしゃい!」
そのたびに変転する修験坊の情報に苛立った作兵衛は、どこまでが本当なのか其方のことに信を失いかけていた。
つい数日前に先鋒隊として攻め込んだ敵地に、今度は交換役として乗り込んでゆく。尋常な神経では、とても勤まるものではない。同乗する憲定の請け負いがあったればこそ便乗したものだった。
不安になった作兵衛は、憲定に訊ねた。
「ご坊は、岡屋との好誼をどこで持たれた?」
憲定は自信ありげに応じた。
「尾尻城代花岡藤兵衛様の奥方は、拙僧どもの念仏講のご信徒にござりまする。その縁をつたれば、交渉ごとゆえ、何とかなると思うておりまする」
それを聴いて、尾尻城攻めのおりに合戦口上を代読した、あの花岡藤介の母者なのではないかと脳裏をよぎった。
この岡屋の地にも念仏講がはやり出して数ヶ所にお堂ができ、庶民は魂のよりどころを求めて念仏三昧になっている。宗派宗門にはこだわらず、観音・弥陀・薬師と諸仏の安置された御堂を歩き回り、現世での苦しみを救ってくれるものなら何にでも縋った。
世に殺戮がくり返され命が虫けらのように奪われると、極楽往生を願って阿弥陀仏への念仏をとなえ、疫病が出ればお薬師への百万編念仏をとなえた。菩提寺をもてぬ供僧たちは、時々の民心の求めに応じて御堂に諸仏を安置して安心立命を説き、末寺建立を目指して尽力を惜しまなかった。
憲定は陰欝とした父子に、人の世を諭して御仏の輪廻を説いた。
「人の一生は、短きものにござる。身は阿弥陀様から預かった仮の宿。生きとし生けるものは、いつか骸となって土に還り、魂は極楽浄土に導かれましょう。人は時を経て、再びこの世に生まれ変わって、命は光明赫奕として躍動致しまする」
来世までも一巡してきたような、自信に満ちた口調だった。
五郎太は、荷台に積まれた首桶に目を漂わせて無表情に言った。
「ご坊、極楽浄土にゆきとうても、ゆけぬ悪の輩はなんとする」
「そんなことはござらん。念仏を唱えれば生きとし生けるものすべてを、阿弥陀様はお救いたもうでありましょう」
五郎太は鼻でせせら笑って、
「なんと都合の良き教えかな……。それでは世に善行をなす必要などないではないか!」
と、激した声で言い返した。
憲定は、そんな五郎太をジッと見据えて静かに諭した。
「この世の善行と悪行を、どうやって分別できよう。おのれは善行をなしているつもりでも、足下に蟻を踏み潰しているやもしれぬ。おのが悪行と思うても、人助けになることもありまする。人智をもって善悪を観念するは、御仏の道にはござらぬ」
そこまで論されて、作兵衛はゆっくりと憲定へ顔を向けた。
「ご坊のいわれる御説、ごもっともにござる。われらは善光寺様を信心する牧人にござるが、いったいそれは何宗にござろう?」
憲定は僧衣の袖をヒラリと返すと、手に掛けた黒数珠をはさんで合掌し、
「厭離穢土欣求大宝、親鸞ご聖人様のお説きになった、浄土真宗にござりまする」
と、凛とした声で言い放った。
浄土真宗は法然の浄土宗に端を発し、浄土三部経をよりどころに、阿弥陀仏の救いによって往生成仏を遂げようとする親鸞の唱導した他力本願の庶民宗派である。
誰でも、
――なもあみだぶつ――
と心に念ずれば、極楽浄土にゆけるという仏恩報謝の思想であって、どんな悪人でも信心を持てば、たちどころに救われるのだという。
だから、僧侶の肉食妻帯も可だと言った。
(馬鹿な!)
と、五郎太は思った。
この生臭坊主は、人の苦しみにかこつけて言いたい放題のことを言っている。首級交換の見切りがついたら、御拝領の国光でためし切りに成敗してくれようと害心がわいた。
三本松で落ち合うはずの修験坊の姿がなく、一刻待ってもあらわれない。
「どうさっしゃった!」
作兵衛は痺れをきらせて占部を叱った。
「したら、下諏訪の慈雲寺へ行ってみるずらか?」
慄いた顔になって、逃げの方便を放った。
「あいや、契りをたがえる修験坊の言に誠がみえませぬ。尾尻城を訪ねましょうぞ」
憲定が断固として言い切った。
五郎太のいうべきことを、今日は供僧に奪われている。話すことの悉くを、おのれと同じように断定する言い草に意地悪く逆った。
「修験坊には、五百文の賄賂を渡してあるゆえ、まずは慈雲寺にゆきましょうぞ」
作兵衛は、しばらく考えて、
「そうさっしゃい!」
と、浮かぬ顔で仕切った。
馬車はゴトゴトと首桶を揺らして、鎌倉道を下社春宮の方角へくだった。砥橋を渡る頃になると、宿場の衆が馬車のまわりに集まってきた。
「もどし首じゃぞ」
小声で口々に囁いている。
慈雲寺は金刺満貞開基の禅寺で、数代前の興春の頃は近くに居館もあって、春宮秋宮の御射山祭には市がたって活況を呈したらしい。今は居館も春宮の社殿もなく、古木の樫が空地にぽつねんと立っているだけだった。
作兵衛ら一行は、山門を潜って玄関に立った。
「お頼い申す!」
「どうれ」
青々と剃髪した小坊主が、こましゃくれた顔を出して用向きを訊いた。
「筑摩の熊井城から参った浅田作兵衛にござる。先日の尾尻城合戦の御首級交換に参った」
(はて?)
小坊主は、首をかしげるばかりで埒があかない。
「岡屋の修験坊から下話しがあった筈じゃが……」
五郎太も言葉を添えたが要領を得なかった。そのうち用向きの重大なことに気づいて、あわてて奥へ引っ込んだ。
しばらくすると、今度は方丈があらわれて言った。
「当山では、そのご用あつかいかねる」
剣もほろろな返答だった。その筈である。ここは金刺家縁の菩提寺だけに、今は上諏訪領となって住するだけでも針の筵だった。
そのことに気づいた憲定が、方丈の気持ちをほぐすように説明した。
「拙僧は、東山峰の雨乞堂守の憲定と申す。尾尻城代の奥方様は、拙僧どもの古くからのご信徒、そのよしみで御首級交換に参り申した」
そこまで言うと、頑なだった方丈の顔が俄にゆるんだ。
「それはご苦労にござる。今、使いを走らせるによって、しばしご休息くだされ」
ねぎらいの言葉をはいて、作兵衛らを本堂に案内した。
尾尻城代奥方は、諏訪社の五官祝の社務をこなす『雅楽』という祠職の家の生まれで里が近くだった。慈雲寺としては諏訪頼満の信望をもつ尾尻城代奥方の口利きで、首級交換にひと役買えば近郷への聞こえもよい。門前には首級交換の使者がきたことを聞きつけ、遺族や縁者が黒山の人だかりとなっていた。
その群れをかき分けて、花岡藤兵衛父子が汗を拭きながらやってきた。
「お暑い中を、お役目ご苦労にござる」
藤兵衛の方から、一行に慇懃に頭をさげた。
本来なら攻撃を仕掛けた村井方が謝意を示して交渉に入るところだが、藤兵衛は金刺氏の怨恨を慮り、それより何より、母子ともに帰依する念仏講主の憲定が使者としてきた以上、ことを揉むわけにはいかなかった。
作兵衛も、物腰のやわらかい対応に語気をゆるめて言った。
「こたびの合戦、われらに遺恨あって参陣したものにはござらぬが、領境に生きるわれらが定め、戦わざるを得なんだ。ともに落命したる武士の供養をいたしたく、まかり越してござる」
藤兵衛は、しばし黙想すると、
「つつしんで……」
と、御首級交換の儀を請けた。
憲定は交渉の成ったことを見届けると、小坊主の出した麦茶を啜って、双璧の詰めきれない話題へと転じていった。
「数首にござるが、筑摩が二十一首であるところ、岡屋は十三首に相違ござるまいか?」
二人は互いの目を睨んだまま頷き合った。
憲定は藤兵衛に向かって言った。
「供養料として米二百石を持参しましたが、これでいかがでござろう」
小笠原方が補償を支払うということは、合戦は岡屋方の勝ちを意味した。命を賭けてなされた後始末には、厳然とした慰謝が求められた。
藤兵衛も、この時ばかりは真顔となって、
「承知!」
と、鋭く語尾を切った。
双方の首桶に納められた頭仏は、慈雲寺の本堂に運び込まれて遺族縁者の対面となった。慟哭のなかでの合同葬は、作兵衛らには耐え難い御座所だった。
藤兵衛は二人を伴って別室へひいて、首級交換の重責を果し終えた二人を接待した。
「憲定殿のご縁で、戦始末をとどこおりなく進めることができ、肩の荷がおりました」
安堵の色を浮かべ、首の汗を拭いながら酒をすすめた。
だが向い合う父子は、気を緩めるどころか増々顔を硬直させ、今にも噛みつきそうな形相だった。
(ん?)
その気迫に藤兵衛らが身構えると、作兵衛は血を吐くように声を絞り出した。
「八月二十日の、おてまえ方の高ぼっち見廻り隊は、どこの里の者にござろうや!」
藤兵衛には、その詰問の意味が解せず、
「それがどうかしたのでござろうか……」
と、聴き返した。
五郎太は、父の迂遠な言い回しに我慢できなくなって口をはさんだ。
「わが兄者が岡屋の見回り隊に、さる二十日辰の刻(午前十時)に刺殺され申した。戦にあらず遺恨にござる!」
「それは……」
と、藤兵衛は返す言葉につまった。
傍に侍していた藤介が、困り果てた父に代わって言った。
「その吟味、後日拙者が行いまする」
澄んだ声だった。それまで一度も口を利かなかったが、合戦のおりの口上も、この場の間合いも五郎太と同い年の花岡の総領は、末の頼もしき若者だった。
作兵衛父子は、藤介の目をジッと見すえて、
「お願い申す!」
と、声を揃えて頭をさげた。
西に傾いた陽は、東山峰から高ぼっち高原の稜線をくっきりと分けている。戦の最中には見えぬ景色である。
『峠』は人生に似ていて、そこを境に明暗を分けた。出陣した作兵衛らが生き残り、平和裡に農耕に勤しんでいた作左がこの世を去った。
作兵衛は峠を越えて来る時、憲定が語った言葉を思い出していた。
――人は時を経て、再びこの世に生まれ変って、命は光明赫奕として躍動する――
馬車の手綱をとる五郎太に問いかけた。
「わぬしは、憲定殿のいう人が生まれ変わることが、信じられぬようじゃな」
五郎太も、憤然とした態度で言い返した。
「あのご坊、ともに帰ってきたならば、山中で佩刀の錆にしてくれようと思うておりました」
親子であっても、説法のとらえどころがこれ程に違っている。それをすり合わそうとは思わなかったが、おのが感じたままの気持ちだけは伝えておこうと思った。
「ひょっとして、作左はまた生まれ変って来るやもしれぬな……」
その言葉は、長子を支えに生きてきた父の叫びでもある。そうあって欲しいと願う気持ちが、憲定の言った輪廻転生を受け入れていた。
(このお父上までが……)
五郎太には憲定の毒舌が、今更のように憎々しく思い出されてならなかった。
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