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第3章 諏訪 (1)
湖水の空で、弧を描いている鳶が鳴いた。
花岡藤兵衛父子と憲定は、空の孤客を見あげて、知らぬ間に過ぎゆく時の移ろいを思った。
「あれは、今年の若鳥にござりましょう?」
藤介が、誰とはなしに訊いた空には、下諏訪の町の湯煙りが登っていた。
「旦過湯にて汚垢を流してゆこうぞ」
藤兵衛は、憲定の垢脂の染みた墨衣に目を落して言った。
憲定も、おのが袖裏の臭いを嗅いで、戯け顔をつくって、
「然ん候」
と、笑って応えた。
この下諏訪の地は、下社春宮の門前町として栄えているが、もうひとつは湧き湯にあった。ここは中山道と鎌倉道の接点に位置していて、各地からの湯治客を集める宿場町としての活況を呈している。
町は、春宮・秋宮の祭事で運行されていて市も立った。社殿が焼かれ、上諏訪の地となってからは往時の繁栄はなかったが、それでも、この湯だけは衰えなかった。
湯場は三湯に分かれていた。宿通りの中心には『錦之湯』があって、これは神氏一族のもので、武士は『小湯』、庶民は慈雲寺が雲水のために建てた『旦過湯』を利用した。
三人は物もいわず、湧き湯に口まで浸って目を瞑った。湯の安楽は、人に生まれたことの喜びを真に味合わせてくれる。憲定の脳裏には、蓬堂での日常の苦闘が走馬燈のようにめぐって、終りのない修業に身を置く、おのれの境涯の凄ましさを思った。
それにしても気持ちが良い。湯に、三人の我慢くらべのような溜息がもれた。若い藤介が耐えきれなくなって立ちあがると、桃色に染めあがった肌には、女体のような生々しさが漂って、憲定は男のそれにすらドキリと時めいた。
「憲定様、汚垢をこすって進ぜましょう」
屈託のない藤介は、藁だわしの垢擦りを持って憲定の背にまわった。湯場の者たちは裸になれていて、どぎまぎしている憲定を馴れた手つきでゴシゴシとこすりはじめた。人からそうして貰うのが初めてのことで、気持ちがよいことを素直にあらわせない。
湯船の中から、二人のやり取りを見ていた藤兵衛は、憲定の照れ臭さそうな態度に、
「藤介、ほどにしなされや」
と、そのあつかましさをなじった。
憲定は、人の世とは面白いものだと思った。おのが父母は越後の新井の地に健在だが、この父子のような肌の触れ合いはなかった。
だが仲の良い親子も、人の羨むほどに順風な生き様ではない。藤兵衛夫婦には長いこと子が授からず、御料人はありとあらゆる手段を講じた後、憲定の蓬堂にたどり着いた。毎月十四日に行われる百万遍念仏講の法会に、うしろの方で身を隠すようにして加わった。
憲定の講話が終ると、参会者全員が円座を組んで大数珠を持ち、
――南無阿弥陀仏――
を一回唱える毎に、それぞれが珠を一つずつ送る。十人で百回唱えると千個の珠が動いて一千遍の念仏となる。これを何百回も重ねて百万遍とする祈りである。念仏を続けるうちに祈願を成就する者も出るが、たとえ成就できなくとも、百万遍の祈りが達成できた暁には、善光寺に御礼参りにのぼった。この祈りには夢があって、最後には必ず善光寺の阿弥陀如来を参詣して、それを楽しみに銭をためるお講でもあった。
花岡の御料人は数年間それを続けたが、とうとう諦めて藤兵衛の遠縁にあたる岡屋牧の戦災孤児だった藤介を養子に迎えた。
その藤介が、湯からあがって涼をとる憲定に言った。
「筑摩の浅田作兵衛殿の長子作左殿が、尾尻城戦のおりに高ぼっちの領境にて殺害されたそうにござりまする。拙者が、殺害者の吟味を致すことになり申した。憲定様のお知恵を拝借しとうござりまする」
「うむ……」
憲定は、この厄介な役目を、若い藤介がなぜ請けねばならぬのか、竹簀に寝転んで涼をとる藤兵衛をみて思うのだった。
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