|
第3章 諏訪 (3)
年明け早々、藤兵衛父子は薄氷の張った湖水を眺め、諏訪頼満謁見のために鎌倉道を南へくだった。湖岸の東西をぬける道は、かつて源頼朝が善光寺復興のおりに通った道で、青柳でひとつになって甲斐へぬけている。
諏訪の中心は、上社大祝の居城である
干沢城と安国寺の間に広がる『大町』で、諏訪湖に流れ込む上川の東に、茅野方面に向かって上原町・十日町・五日町と町裾を広げていて、惣領家はそれを東から見おろす金比羅山に『上原城』を構えている。
御城下は水郷の里だけあって町を包むように環濠がめぐらされ、町割は千鹿頭小路・播磨小路・鍛冶小路・遊女小路・大町通りと小字のついた路地がきられ、どこか京の風情を漂わせた。
「ここは、いつ来ても心が騒ぐわい」
藤兵衛は軒を連ねる市に目を奪われ、何度も足をとめた。特に、造り酒屋の前に来ると、鼻孔を広げて動かなくなった。
「お父上、帰りにたんと頂きましょうず」
藤介は誘惑に負けそうになる父の袖を引いて、やっと上原城に登る屋敷通りへ辿り着いた。
領主の頼満は、藤兵衛父子の訪問を嬉んで、愛孫の頼重にも謁見させた。
「花岡の司よ。頼重の手足となって、忠勤してくりゃれ」
まだ、あどけなさを残した頼重を、片時も傍から離したくないらしく、何度も頬づりをした。
藤兵衛が、高ぼっちの領境で起きた事件の処理について御裁可を仰ぐと、
「府中小笠原には事なきよう、地頭の有賀備後守と謀らって、よしなにさっしゃい」
と、岡屋衆に全幅の信頼を寄せての一任であった。
藤介が二人の会話から感じたことは、ご領主は湖水から北の地には関心が薄いようで、しきりと南の甲斐との一戦を話題にした。
「甲斐の餒虎は、性懲りもなく昌春を擁して青柳まで入りおったが、諏訪大明神の神通力がまだわからぬらしい。この頼重が元服したら、ともに甲斐に攻め入って、足腰のたたぬようにしてくれようぞ」
息巻きながらも、目を細めて頼重をみては笑った。
二人は、上機嫌で語る頼満の武田攻略計画を聴きながら、新年の諏訪惣領家の繁栄と、継嗣頼重の成長を心から祈って慶賀を述べた。
頼満の治世は諏訪氏中興の祖といわれ、この時代の最高の為政者だった。御歳五十歳の円熟期にあって、嫡男頼隆もよく父を補佐して磐石の体制をかためている。が、その頼隆は享禄三年、三十路半ばにして俄かに神罰にあたって逝去することになる。慶賀の席にも顔をみせず話題にものぼらぬ不自然さは、諏訪家の薄気味悪い術数を匂わせていた。
上原城を辞した藤兵衛父子の思いは、自分たちが牧人の血をひく金刺の残党でありながらも、正室のお兼が五官祝の血類であり、何より諏訪内紛のおりに、大祝継満の陰謀に加担しなかった実績を買われて岡屋郷に定着できている。
この安堵感が、藤兵衛をして酔わせた。上諏訪の町衆は、鼻頭を赤くして手を波のようにただよわせて舞っている小男が、湖西の尾尻城代だとは誰も気づかなかった。
水濠の楽土は、氷の張る真冬でも御神酒が入ると皆が唄って踊り出す。年中神事に明けくれる祭礼の町は、まして正月ともなれば二十日過ぎまで様々な祭事が組まれて、町中が酒びたしとなった。藤兵衛には、この饐えた文化の香りがなんともいえぬ解放感だった。
「藤介、われもそろそろ女を知らぬとならんな」
酔った養父は酒の勢いを借りて、普段口にしたことのない無恥な言葉をはいた。
播磨小路をゆるゆるとくだって万丈川を渡ると、遊女屋が軒をつらねていて、二人は路地角の『常音屋』という置き屋に吸いこまれるように入った。
数人の遊女がパラパラっと玄関にあらわれ、若い藤介を見て釘づけとなった。
「おいおい、客は二人じゃぞ!」
藤兵衛は酔った目を漂わせて、突っ立っている遊女たちを眺めて剥れた。女たちも商売がら、この客がどんな身分の者かを察したらしく、奥の女将を呼んでぞろぞろと群れて客間へと入った。
「お大尽、お好きな相手をお選びくだしゃりませ」
藤兵衛がまず、肉づきの良い色白の遊女を選んだ。藤介が、末座に縮こまっている前髪を垂らした小娘を指すと、
「あの娘は、まだ客取りを致したことがござりませぬゆえ……」
と、女将はこまり顔をつくった。
青い男女は、ままごとの様に漆盆にのせられた酒器をはさんで向い合った。娘は客を持てなす術を知らず、しきりと愛想笑いをしたが、それがいかにもわざとらしく貧相である。「よしなさい」
藤介は渋い顔をして咎めると、娘はどうしてよいか分からず、横に敷かれた蒲団に入ったり出たりする。
「よしなさい!」
と、ふたたび強い口調で叱った。求めることは、幼い娘を相手に少年にもどることである。
藤介には友というものがなく、物心のついた頃に花岡の家に引き取られ、ずっと独りっ子で育てられてきた。養父母の藤兵衛とお兼が語り合う相手で、童子から少年時代を経ずして大人へと成長した。少女が何を考えているのか生な会話を交わして、できるなら内に秘めている幼少の頃の記憶をたどって、いっしょに泣いて貰えたらと思っていた。
娘は、しもやけの足を抱えて、
「さむい」
と、身を震わせた。
藤介は傍の蒲団を引き寄せ、娘の頭からすっぽりと被せ、自分は火鉢を引いて手をかざした。
「どこの生まれじゃ?」
優しく訊いてやったが返答の間が長く、次の言葉を待つのに苛立った。
「佐久……」
小さな声だった。
佐久のどこだとは、もう訊かなかった。
遊女たちは、身を売っても心を売りはしないと思った。
「佐久は、ここよりも寒かろうて」
遠くを望むようにして訊くと、娘はコックリと頷いてから、
「でも、春の牧はここよりもきれい」
と、思い出したように言った。藤介も生まれが牧の出身なだけに、その言いっぷりを捨ておけなかった。
「いや、湖北の岡屋牧の牧草がいちばんぞ」
と、言い返した。
娘はムッとした表情をしたが、しばらくして顔を見合わせてにっこりと笑った。藤介の目の中に、自分の内側にあるものを見たようである。あとは堰切って佐久郡のことを語り出した。
「千曲川は、あたいの里からはじまっておる。うらには大深山があって、むかしは海だったそうじゃ」
娘の目が輝き、藤介もそれに負けずに語った。
「われも天竜川の源頭ぞ。われらは、牧も川も海もよく似ておるな。あははは……」
笑い声は、遊女屋の隅々にまで響きわたった。
蒲団に潜って女体に重っていた藤兵衛は、その声で我に返って、亀のように頭をつき出し、
「はて、あの娘は笑うほどに愛いのかいな?」
と、首をひねった。
娘の名は、『すて』といった。
――いらない――という意味らしい。
「あたいの兄弟は十人だよ。家が貧しく御飯が食べられんで、ここへ六つで売られて来たんよ」
娘は、そう言って両の手を藤介の前にかざした。それは皸だらけで、割れ目に飯粒をねり込み、布が貼られている。体に似合わぬ大きな手は、それまでの生きざまを如実に語っていた。
藤介は、そうしたすての生立ちを知るほどに哀れが募って、おのれの緞帳をあげたい衝動に駆られた。だが慎重に、もうひとつ質してからにしようと思い止めた。
「そちの信心はなんじゃ?」
藤介は鳶色の目をすえて質した。千曲川の源流であれば、当然諏訪大明神か善光寺如来と相場は決まっている。ところが娘の返事は意外なものだった。
「一遍御上人様の、おどり念仏」
佐久は一遍上人の踊り念仏の発祥地だという。そんな信仰が、山深い佐久の里に残されていたことが驚きだった。
「そのおどり念仏なるものは、いかなるものじゃ?」
身を乗り出して訊ねた。
すては蒲団から這い出すと、手足を舞わし足を踏み鳴らして踊ってみせた。その拍子は、生母に連れられて北の善光寺を参拝したおり、極楽往生を願う門徒衆が境内を踊りまわっていた念仏踊りであった。更にすては息を弾ませながら、一遍の信条だといって空也上人の詞を諳んじてみせた。
心に所縁なく、日暮るに随って止まる
身に所住なく、夜暁くるに随って去る
忍辱の衣厚くして、杖木瓦石に痛まず
慈悲の室深くして、罵詈誹謗を聞かず
口に任せて三昧を称すれば、市中これ道場
声に順って仏見れ、息精即ち念珠となる
夜々仏の来迎をまち、朝々最後の近づくを喜ぶ
三業を天運に任せ、四儀を菩提に譲る
藤介の目からポロリと泪がこぼれた。それは殺された母が、かつて子守唄のように口ずさんでくれたものだった。
(われは、何と愚かな悲しみを懐いていたものか。この遊女は過去にこだわらず、その日その時を精一杯生きることが御仏の道と思っている)
娘から亡くなった母の心情を論されて、泪を流しながら笑った。笑って娘がやったように手足を舞わして踊り出した。
秘めごとをする遊女屋で、大声で念仏をとなえて床がぬけるほどに足を踏み鳴らした。隣室の客たちは何事がおきたのかと、部屋から出てきて怪訝な顔で囁きあっている。
藤兵衛も、それが藤介の部屋であることを知って、恐る恐る入口の杉戸を引いてみた。二人が何かに取り憑かれたように、手足を舞わして踊り狂っている。
(はて、藤介めは、この娘に懸想しおったかいな)
と、ここへ連れてきたことを後悔しはじめた。
TOPへ 前項へ 次項へ
|