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20020803:eight-hundred and sixth day
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出国36日目。写真は最後の朝のNab Cottage。
Because I got up at 06:45 in this morning, I could go to my last walk.The weather was not so good(same as every morning in the Lake District),but I enjoyed it.I left Nab Cottage at 09:15 by taxi with the students who were leaving together and going to Liverpool.I thought over my days at Nab Cottage in the train to Manchester Airport.Fortunately I could arrive at Gorteborg in Sweden without any trouble, although I felt quite tired.
ほぼ1日かけてスウェーデンまで移動する日。Nab Cottageでは本当に楽しく有意義な時間を過ごしたので、別れをつげなくてはならないのは正直つらいけど、またきっと帰ってこられることを信じて出発した。寝不足だったために飛行機の機内ではほとんど寝て過ごし、熟睡している間にGorteborg Airport(イェーテボリ空港)に到着。5週間前にManchester Airportにて入国した際には厳しい審査があったものの今回はCopenhagen Airport(コペンハーゲン空港)にて簡単なpassport checkがあっただけで、英国出国の際にもスウェーデン入国の際にも何も審査がなかったのが意外であった。
Gorteborg Universityが提供してくれる予定のstudent flatが0828まで使用できないので、当面は母の知人のおうちにhomestayすることになっている。Gorteborg Airportまで迎えにきていただいたので何も困らずに、彼女のおうちまで到着することができた。車中では日本語で色々と話していたが、彼女のご主人はスウェーデン人のためおうちのなかでは英語かスウェーデン語を主に使うことになる。2人とも分かりやすく英語を話してくれるので、私にもほとんど理解できるのが嬉しい。気を抜かずに、せっかく身につけた英語力を低下させないように精進する予定なのだ。
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20020802:eight-hundred and fifth day
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出国35日目。写真は"plov"というロシア料理。
Because Tim and Liz said they would see my dialy, I decided to try to write some sentences in English from today.So please let me know if you find any mistake in my English. Anyway this picture is Russian food called "plov".It was made of carrots, onions, beef, rice, coriander and cumin seeds and so I felt it similared to Paella. I enjoyed it very much and after dinner we had a cocktail party at top barn where you could see in the picture of 20020714.
今日は私にとってはNab Cottageでの最後の夜となる。恒例のpartyは今夜はcocktail partyとのことで、各自お金を少しずつ出して集めたお金でbarが用意された。Nab Cottageにある衣装のなかからあらかじめ選んだdressに身をつつみ、お酒をたしなみつつ、おしゃべりやdanceを楽しんだ。日本にいるときは全くdanceなどしたことがなかったのに、5週目ともなると楽しめるようになるから不思議だ(笑)
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20020801:eight-hundred and fourth day
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出国34日目。写真はNab Cottageの窓辺で佇む猫。
いよいよ8月に入り、私の英国生活も残すところあと2日半となった。写真を掲載していることもありこの頁が重たいのは、56kbpsで接続している自分自身が一番よく知っているのだけど、過去ログとして整理している時間がないので、とりあえず英国滞在中はこのまま続けることにする。また数日前にTimにこのサイトを見せる機会があり、日本語なのでもちろん内容は分からないけど、写真を見て喜んでいた。Nab Cottageへの滞在を希望する日本人に教えたいというので、後日urlを知らせることになった。当初の予定では月ごとに区切る計画だったけど、そのような事情もあるので、英国滞在分とスウェーデン滞在分は分けておいた方が良いかなと思っている。
今日は授業でpresentationを行うことになっており、topicは自由だったので、兄の結婚式のときの写真を用いて日本の結婚式について発表を行った。人生において結婚式が重要な儀式であることには世界中変わりはないので、予想通りみんな興味深く聞いてくれ嬉しかった。結婚の儀式自体について取り上げるとまた宗教の問題に触れてしまうので、主には披露宴について取り上げたのだけど、終了後の質疑応答で"I can understand wedding parties in Japan, but how about ceremonies?"という当然の質問を受けてしまい、結局説明を行う羽目になった。苦笑しながら、ホテルに教会があることやクリスチャンではないのに教会で式を挙げることや神道や仏教ではないのに神式や仏式で式を挙げるヒトもいることなどを説明すると、クラスにいた1名の日本人以外の生徒は目を丸くしていた。最初に質問をしたフランス人の女のコはなかなか理解が出来ない様子だったので、"日本ではまず子供が生まれると神社に行き......クリスチャン以外はお葬式は神式か仏式で行う"という日本人の一生における儀式と宗教との関係を順を追って説明したところ、いかに様々な文化が取り入れられているかをようやく理解してもらえたようである。とはいえ他の国の人々にとってはそれがどんなに奇妙に響くかも今ではよく理解できるので、きっと日本というのは不思議な国だという印象を与えてしまったのではないかと危惧している。
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20020731:eight-hundred and third day
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出国33日目。写真はKendal(ケンダル)で見かけた教会。
カナダの乗馬クラブで働いていた経験のある兄夫婦から"是非本場英国での乗馬を体験してくるように"と薦められていたので、他の希望者とともにTimに申し込んでおいたところ、本日実現することになった。先週末に"今週は後悔のないように目一杯過ごす"と決意していたので、普段に増して盛沢山の週となっている。
他に日本人と香港人とメキシコ人の女のコと計4名でバスを利用して、Windermereの"Lakeland Equestraian"という乗馬クラブへ向かう。受付を済ませるとすぐに帽子と靴を渡され、装着後待機。ちなみに費用は1時間18pounds(約3,600円)で相場を知らないので高いのか安いかは分からない。しばらくすると馬が連れてこられて、他の英国人の参加者も含めて体型と馬の大きさのバランスを考えながら、配分を決めている様子であった。馬に乗るのは初めてだったので乗る前は多少の不安があったが、騎乗した後は馬の背中から見る高い視点からの光景に感動して不安は飛んでいってしまった。綱の持ち方の説明だけ受けただけで、止め方や始め方などの方法に関する説明は一切ないまま、一列になって歩き出してしまった。先頭と最後は職員が担当しているうえに、馬自身が非常によく訓練されているので、何も指示をしなくても先頭が止まれば次々止まり、先頭が動き出せば次々動き出すという具合であった。牧場のなかだけを歩くのかと思っていたら、すぐに外の道に出てしまい湖水地方の光景を楽しみながら馬に乗ってpicnicの運びとなった。おそらく私道だと思うのだけど、舗装された道をひたすらにのんびりと隊列を組んで歩いていくだけなので、何も考えずに馬に揺られながらのんびりとした時間を過ごす。途中で車が来た場合には、必ずエンジンを止めて待っていて隊列が通過するのを待っていてくれるのが印象的であった。馬のなかには道端の草を食べるために寄り道してしまうやんちゃな馬もいたが、私が乗ったPixyという名前の馬は非常におとなしく、ひたすら静かに歩いていくだけだったので、私は綱をゆるやかに持っているだけだった。正直なところ、少々大変だったのは降りるときくらいで、あとは全く何も問題のないままに乗馬初体験は無事に終了。ただしもちろんお尻が少々痛くなったのは言うまでもない。
今回は1時間のお散歩で満足だったが、騎乗して見る光景の気持ちよさを知ったので、できれば日本に帰ってから綱の扱い方などを一度a習ってみたいものだと思う。
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20020730:eight-hundred and second day
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出国32日目。写真はArthur Ransomeが使用していたタイプライター。
Kendal(ケンダル)にある"Museum of Lakeland Life"という博物館にはArthur Ransomeの書斎が復元されていると知ったので、是非行ってみたくてTimに生き方を尋ねたところ"バスでも行けるけど不便だから、小旅行を計画してあげる"とのことで、今日の午後に実現の運びとなる。参加した生徒のうちほとんどは少し離れたところにある"Sizergh Castle and Garden"に行くことを希望し、残りの数人は買物を希望したので、英国にて初めての全く自由な観光をすることができた。1人で歩き出した瞬間に非常に大きな解放感を感じ、それほど意識していないまでも誰かとともにいる時にはかなり気を遣っていることを自覚した。
英国の街では中心部に必ずTourist Infomation Centreがあるのがとても便利で、観光客や旅行客にはとても心強い。日本にももちろん観光案内所はあるけれど、どこの街にもあるわけではないし、英国のようには組織的になっていないような気がする。英国と日本とを比べると、例えば公共交通機関や郵便などは日本の方が優れていると思うけど、少なくともTourist Infomation Centreと道路の分かりやすさに関しては英国の方が優れていると思う。New CastleやChesterに行ったときも必ずまず最初にTurist Infomation Centreを訪ねたので、今回も一人で訪ねて無料の地図を貰って行動することにした。
"Museum of Lakeland Life"は表道路から少し奥に入った公園の脇にあるので、近くに来ていることは確かなのだけどどこが入り口なのかが分からず地図と見比べてきょろきょろしていたら、公園の木の下で雨宿りをしていた老婦人が声をかけてくれたので教えてもらい、無事に到着。
"Museum of Lakeland Life"はその名前のとおりに湖水地方の生活や産業の歴史に関する展示をしており、いわば郷土博物館みたいなところである。有名なデパートである"Mark and Spenser"の発祥となった何でも1penceで購入できる屋台なども見ることができて、なかなか興味深かった。ちなみにChesterでは1pound shopを見かけたので、英国での物価の上昇も理解することができる(笑)
雨降りの平日だったためか他に1組の老夫婦が見学していただけだったので、Arthur Ransomeの書斎においてある全ての品々をじっくりと見て想いに耽り、また全ての説明も読むことができた。展示物のなかには、Arthur Ransome自筆のWindermere Lakeの地図などもあり、自分が訪れたことのある地名がたくさんあったのでとてもとても幸せな気持ちになった。ずっと以前から英国に行くなら是非"ツバメ号とアマゾン号"シリーズ(Ransome Saga)の舞台に行ってみたいと思っていて、それが湖水地方であるとは知らずにNab Cottageを申し込み、出国の数日前にそのことに気がついたときには言葉に出来ないほど嬉しかったし、こうして最後の週に彼の持ち物を間近に見ることができ、"ツバメ号とアマゾン号"を書いたタイプライターまで見ることができたのは、まさしく夢のひとつが実現したような感じである。
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20020729:eight-hundred and first day
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出国31日目。写真はNab Cottageに戻ってきた私の部屋。
一昨日の夜に再びNab Cottageの部屋に戻ってくることを知らされ、昨日引っ越してきた。徒歩15分とはいえ歩いて帰るなら暗くなる前には帰らなくてはならないし、車で送ってもらうなら相手の都合を考えなくてはならず、正直にいって住まいが離れていることは少々負担となっていたし、毎週金曜日のpartyも盛り上がっている最中に帰らなくてはならなかったので寂しい思いをしていた。同じ住まいに住んでいた隣室の女性はそのままそこに残るので本当に申し訳ないと思うけれど、最後の1週間をNab Cottageで気兼ねなく生活できるのは素晴らしいことで、伸びやかな気持ちになる。
週末にはまた生徒の入れ替わりがあり、親切にしてくれたドイツ人の女性や仲良しのイタリア人の女のコたちが去っていってしまったのでとても寂しく感じている。今週の編成は、スイス人が2名、スペイン2名とメキシコ、香港、ベルギー、フランス、イタリア、コロンビア、ドイツ、ロシアから各1名ずつで、日本人が5名で最多となっている。いつの間にやら3番目に長く滞在していることになっているので、時間の経過の早さに改めて気づかされる。
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20020728:eight-hundredth day
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出国30日目。写真はLake Windermere(ウィンダミア湖)の光景。
20020716に書いたように、Lake Windermereは私の大好きな"ツバメ号とアマゾン号"シリーズ(Ransome Saga)の舞台となった湖であるが、今日は念願だったLake Windermere Cruseに日本人2名と香港人、メキシコ人の友人達と出かけた。ちなみにその香港人の友人いわく香港の人たちは自己紹介するときには必ず"Chinese"でなく"Hong Kong"と言うのだそうだ。もしNab Cottageに中国本土から来た生徒がいたら面白い議論になっただろうなと思う。
大きなフェリーに乗ってAmbleside(アンブルサイド)-Bowness(ボウネス)間のLake Windermere半周往復の旅に出かけたが、ぼ〜っと湖を眺めながら、"Arthur Ransomeも同じ光景を見たのだなあ"と思ったり、"このあたりがあの場面の舞台かもしれない"などと思いを馳せることができたのは、まさしく至福の時間であった。
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20020727:seven-hundred and ninety-nineth day
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出国29日目。写真はWater Tower@Chester(チェスター)。
今日は朝からChesterへの小旅行へ出かける。本当はEdinburgh(エジンバラ)へ行ってみたくてTimに頼んであったのだけど叶わずに残念。来週の土曜日にはNab Cottageと英国を去らなくてはならないので、次に英国に来るときの楽しみにしておく。
Chesterは非常に大きな商業及び観光都市で、天気に恵まれたこともあり沢山の観光客がいた。すっかり田舎生活に慣れてしまったので、大都市の混雑に少々げんなりしてしまった。丁度saleの時期なので買物好きにはたまらないのかもしれないけど、買物をする気持ちはまったくなかったので、スイス人2人、フランス人1人、ベルギー人1人の生徒たちと一緒にのんびりと観光をすることにした。まずは最大の観光名所であるChester Cathedral(チェスター大聖堂)に行く。博物館のようになっていて大聖堂の歴史がわかるのは面白かったけれど、完全に観光地化されていて、教会の荘厳さが失われていたのが残念であった。Chesterの街の中心部の外側は高さ3mくらいの城壁が一周しており、その上が歩道になっているのだけど、次にそこに行くことになった。途中には3つの塔があり、写真のWater Towerはその1つである。寝不足だったこともあり、強い日差しの下で1時間半以上歩くのはなかなか疲れたけれど、それでもChesterの概要を見学できたのは楽しかった。他のグループでもたくさん歩いたようで、帰りのバスでは全員熟睡であった。
夕食を食べ終わった頃、一緒の住まいの隣室に住んでいる日本人の元教師の女性がNab Cottageに来るときに知り合ったManchester(マンチェスター)在住の若い夫婦とその友人とのドライブから帰ってきたので、紹介を受ける。その女性から"とっても親切にしてもらったのよ〜"と話は聞いていたのだけど、実際に会ってみて文字通りの"親切で感じの良い人々"であることを知る。若い夫婦のダンナさまの方はManchesterの大学院で異文化教育について専攻中、運転をしていたその友人の方はかの有名なElectoric Artsでartistをされているとのことで、本当は研究のお話やgame製作のお話をもっと聞きたかったのだけど、時間がなくて立ち話しかできずに残念。Nab Cottageに来て多くの国の人々ばかりでなく海外で活躍する(もしくは活躍するために英語を学んでいる)日本人と知り合えることは、今後のスウェーデン滞在において大きな励みになると感じている。
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20020726:seven-hundred and ninety-eighth day
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出国28日目。写真はNab Cottageの前の道路。
村や街のの中にはもちろん信号があるけれど、少しでも外れると信号が全くなくなるので、車は結構な速度で走っている。しかもカーブが多くて見通しが悪いため、道路を渡るときには最新の注意が必要である。写真のようにNab Cottageのすぐ前もカーブであり、しかも歩道は写真左側のRydal Water側にしかないので、特に交通量の増える週末には道を渡るのに数分待つことも多々ある。
今日は午後からお天気が非常に良くなって太陽がさんさんと降り注いでいたので、昼食は庭のベンチに用意された。東京は猛暑のようだが、湖水地方にいると太陽の光は非常に貴重なので、湖に水泳に出かけたり、山歩きに行ったり、各々の方法で日光を満喫する半日となった。イタリア人とスペイン人の女のコたちは、バスタオルを庭に敷き、ラテン系の音楽を大音量でかけて、タンクトップに短パンという姿で日光浴を楽しんでいたので、まるでビーチにいるような錯覚を起こしたのであった。私は少し離れたベンチで"the Hobbit"を読んでいたのだけど、しばらく後には彼女達は短パンのみの姿でうつぶせになっていたので思わず吃驚。下着を外に干すことすら抵抗のある日本人には到底真似は出来ないけど、彼女達にとってみれば私が何故驚くのかが理解できないのであり、説明にまた一苦労だった。
夕食は2回目の日本食でカレーを作った。ルーが不足してあまり辛くなかったけれど、それが幸いとなり大変に好評を博した。メキシコ人の女のコだけは"もっと辛いのが欲しい"といったので、ルーに添付されていたチリペッパーを渡したら大量にかけて喜んでいた。固形のカレールーは日本では一般的だけど、海外では知られていないため料理中に台所を通りかかったヒトが全員"Is it chocolate?"と尋ねていき、中には止めるまもなく口に運んでしまったchoco-holicもいた(笑)
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20020725:seven-hundred and ninety-seventh day
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出国27日目。写真は霧に覆われるNab Cottageの裏山(?)。
ちなみに霧を意味する英語は"fog"だとばかり思っていたら、"fog"は街中での霧のことで、山や草原での霧は"mist"なのだそうだ。全く関係ないけど、"mist"と聞くとその昔購入して結局一度も遊ばなかったPC用のgameのことを必ず思い出してしまうのである。数ヶ月前に購入した"sim city3000"も数日遊んだだけでそのままになってしまったし、結局gamer体質ではないということなのだろう。"sim city3000"は遊んでいて楽しいので持ってこようか悩んだのだけど、おそらくそんな余裕の時間などないままに終わるのだろうとあきらめたのであった。
今日の午後は発音のwork shopの第3回目があり参加した。毎週末生徒の入れ替わりがあるので、全てを通して参加できたのは私と他に数人の生徒だけであり、個人的には非常に良い時期に行ってくれて助かった。主には発音記号の読み方について習ったのだけど、日本人も含めてほとんどの生徒が発音記号を見ることすら初めてだったのに比べて、私は高校時代に習ったことがあったのでその分は楽であるが、母音についてはジェスチャーとともに教えてくれて、そのジェスチャーとともに発音すれば正確に発音できるので、本当に有意義なwork shop
であった。
発音記号を見て、その単語だけを口にするときには正確に発音できても、通常の会話ではなかなかそれができないのは、きっと注意力が足りないということなのだろうということに遅ればせながら気がついたので、今後は意識的に口を動かそうと決意したのであった。
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20020724:seven-hundred and ninety-sixth day
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出国26日目。写真は湖水地方のどこでも見かける雁。
昨夜はKeswick(ケズウィック)にある"Theatre by the lake"という劇場にArthur Millerが脚本を書いた"All My Sons"というお芝居を観に行った。私は寡聞にして知らなかったが、かなり有名な作品のようで数多くの賞を受賞しているとのことである。アメリカの家庭を舞台に、父と息子との関係を中心に進んでいく内容は、夫婦、恋人、隣人、友人などの様々な人間関係のあり方と"責任"というものについて考えさせられるものであった。
役者さんははっきり台詞を発音してくれるの予想よりも聞き取りやすかったが、映画とは違って背景が変わらないので、登場しない人間関係やその背景を会話の内容のみにて理解しなくてはならないのが、少々難点であった。それでも小説や映画や劇など"物語"には慣れていることもあり、展開や人間関係を想像することができたのが救いであった。後から確認したところ、ほとんどの人間関係や流れは理解できていたのでとても嬉しく感じた。
Keswickからの帰り道で車を運転していたTimがCastlerigg Stone Circle(カッスルリッジ・ストーン・サークル)に寄ってくれた。これはStonehenge(ストーンヘンジ)と同様に先史時代の遺跡で、Stonehengeは大規模だけど有名な観光地でいつも混雑しているのに比べて、Castlerigg Stone Circleは誰もいない平原でゆっくり鑑賞することができると聞いていたので、是非行ってみたいと思っていた場所のひとつである。昨夜は丁度満月で、古代遺跡の真ん中に立って、山を背景に最初雲に隠れていた大きな月が徐々に昇ってくる様子を見るのは非常に神秘的で貴重な体験であった。Castlerigg Stone Circleの真ん中に20人くらいの生徒(全員女性)が手をつないで円をつくり、ずっと月を眺めていた。途中でTimが中央に座って瞑想を始めた時に、Tim夫人のLizが"きっとCastlerigg Stone Circleを造った人々もこうして男性を選んだに違いない"とつぶやいたので全員が静かに笑った。
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20020723:seven-hundred and ninety-fifth day
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出国25日目。写真はsitting room@Nab Cottage。
写真の部屋は玄関の脇にあり、談話室のような感じで使われている。現在の住まいは徒歩15分くらい離れているので、私は時折この部屋で昼寝をしたり、またしばしばmailや手紙を書くときに使用する。写真の左端に少しだけ映っているように大きな暖炉があり、冬にはきっと火が灯されるのだと思う。
中級クラスに移動して文法的にも難しい内容になってきた。今日習ったのは未来完了で"By the time I'm 100 years old, I'll have had 1000 friends."など。未来完了などの文法自体は日本で学んでいても、実際にどのような場面や状況で用いられるのかが感覚として理解できていないので難しい。例えば未来の表現として現在進行形が多用されることなど、Nab Cottageにきて初めて知った。また最近は慣れてきて瞬間的に理解できるようになったが、"present simple(現在形)""present continuous(現在進行形)""present perfect(現在完了形)"等の文法自体を表現する英語が耳慣れなくて大変だった。
ただし相変わらず最も難しいのは発音と抑揚で、例えば上記の例文の場合"..., I'll have..."の部分は"I love"のように聞こえるし、そのように言うつもりで発音する方が上手くいく。特に音楽的感覚に乏しい私の場合は抑揚のつけ方が下手なことが目下の最大の悩みであり、例えば文書を読んで内容を他者に伝える授業のときなど"伝わるように"と意識して力が入るために全ての語をはっきりと発音してしまうのだけど、"全部に同じ力を入れるのではなくて、重要な箇所だけに力を入れるように"とすぐに注意を受けてしまうのだ。
音楽的感覚に優れていて英語と同様の語順で話すスペイン人にとっては抑揚は問題ではないのだが、スペイン語には"ch"の発音がないので非常に難しい様子である。あるスペイン人の友人にとって"I watched TV."は"I washed TV."になってしまい、"I can't,I can't."と嘆いていた。他にもどこかの言語には"b"音がないようで、全て"v"音になってしまうので注意を受けていた。欧米圏の生徒は文法はともかく会話は流暢にこなしているように思えていたので、これらのことは実に新鮮な驚きであった。
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20020722:seven-hundred and ninety-fourth day
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出国24日目。写真は"Rydal Mount"の庭の小道。
気がつけば3週間が過ぎて行き、今日から私の英国生活も4週目に入る。昨夜夕食の後で今日から中級クラスに移ることを聞かされたので、授業についていかれるかどうか心配していた。ところが前の初級クラスから私ともう1人スペイン人の友人が移動してきたので、中級クラスの授業内容を先週までより少し簡単にしてくれたので不安は杞憂に終わり助かった。今日の授業の内容は電話の受け答えだったが、role-playingを重視するこの学校の授業方法は非常に実践的で私は気に入っている。
帰りがけにイタリア人の友人と話しながら、どういう契機か日本人は"hug&kiss"を一般的にはしないという話題になり、彼女がそれを信じられないくて納得してもらうまでに非常に時間がかかった。"もしあなたが東京に遊びに来て、駅で私があなたにhugをしたら、周囲のヒトは一斉に振り返るよ"と話しても"why, why??"とまったく理解できない様子であった。イタリア人に限らず、欧米、特にラテン系の人々は特に友達に会ったときや別れるときには必ず"hug&kiss"をするので、これを受け入れられない日本人も多いと聞く。それはまさしく文化格差なので、私にとっては他人との接触を嫌う日本人が多くいることと、それを信じられないイタリア人がいること自体が非常に面白いと感じられる。そのような"違い"がたくさんある一方で、共通な面もまたたくさん発見できて、そのたびにこのような貴重な体験をできることを感謝している。
先週あたりから寝る前だけでなく朝会ったときやちょっとした親切をしたときなど"hug&kiss"をする機会が増えているような気がするのだけど、それは彼女たちの習慣に私が慣れてきたせいだと思うので、受け入れない限りは受け入れてもらえないという摂理なのだろう。対応方法を知るまでは困っていたけど、慣れてきてしまえば、親しい友人たちと触れ合うことは、それはそれでより親しくなるためになかなか良い習慣だと思えるようになるから人間の適応力は偉大だ。
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20020721:seven-hundred and ninety-third day
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出国23日目。写真はNab Cottageの裏山(?)で見かけた滝。
午前中に現在の住まいから徒歩数分の"Rydal Mount"と呼ばれるWilliam Wordsworthの住んでいた家に出かける。観光地に行く気はあまりなかったのだけど、ほんの目と鼻の先の近所にあるので行ってみることにしたのだった。その家はWordsworthの持ち物ではなく借りていたらしいのだけど、後に曾孫が買い戻して当時のままに公開されている。もともとは16世紀に建てられた農家であり、増改築を重ねているが、驚くべきことは現在も住まいとして使用されていることである。つまり建物の一部は博物館のようになっていて、一部は"private"と表示されて立入禁止になっているのである。日本ではおよそ考えられないような気がする。
寡聞にして私はWordsworthの詩を読んだことがないのだけど、彼の書斎から見える光景や広大なお庭の様子から彼が心底自然を愛したヒトであることは察することが出来た。きっと作品も自然に対する気持ちにあふれているのだと思う。
お昼近くになってからNab Cottageに行き、午後はのんびり過ごすつもりが、ひょんなことから毎週日曜恒例の山歩きのアクティビティに参加することになる。前夜降った雨の影響もあり、道はぬかるんでいるところが多く、さらに美しく見える山々も実際は牛や羊の落し物(!!)だらけなので注意して歩かないと大変なことになる。結構急な坂道や半ば沼みたいな箇所や時には柵を乗り越えたりしながら歩いているときには苦労するし、"来なければ良かった"と後悔すらするけれど、辿り着いた土地から見える光景は本当に信じられないほど美しいので、結局は"来て良かった"と思うのだ。東京にいるときには1時間以上歩くことなど考えられないけれど、ここだと2〜3時間は歩けるのが我ながら不思議である。
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20020720:seven-hundred and ninety-second day
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出国22日目。写真はCarlisle Cathedral(カーライル大聖堂)の天井。
今日は昼食後にGrasemere(グラスミア)の"rushbearing"というお祭りに行く。非常に伝統のあるお祭りで起源は数世紀前にさかのぼる。村の聖人のsaint.Oswaldを讃えるお祭りなのだけど、rushと呼ばれる草で作った飾り("rushbearing")を持って村のなかをパレードし、最後に教会に供えて礼拝が行われる。Nab Cottageでも希望者がrushbearingを作ったので、ただパレードを見学するだけでなく一員として周ることができた上に、礼拝にまで参加することができた。
Grasemereの教会はとても小さく簡素だったが、いかにも田舎の村の教会という素朴な感じがとても良かった。ごく普通の教会の日常的な礼拝に参加できたことはとても興味深かったし、人々の日常生活を垣間見た気持ちがした。終わってから小学校の庭でお茶を飲みながら、周囲の友人から散々聞かれたのは"What's your religion?"ということで、何と説明していいものやら一瞬悩んだ後に、数ヶ月前にDILAの授業で習った返答の仕方を思い出して、"I have no religion, but I'm spiritual."というと一部の人々は納得してくれた。残りの一部の人々は"spiritual"というコトバを知らなかったので、説明するのにまた一苦労だった。本当は幼稚園と中学校及び高校、さらに現在在籍中の大学院はキリスト教系なので礼拝や賛美歌、聖歌には慣れているのだけど、それらの学校の宗派はおそらく違う上に、信者ではないのにそのような学校に通っていたことについて理解が得られるような説明ができないだろうと予測したので、そのことについて口に出すのはやめた。このようなときには自分に会話力がないことが心底悔しくなる。
Grasemereから帰った直後に、今度はCarlisle(カーライル)へ向かう。Carlisle Cathedralで行われるAfrican Sanctasを聴きにいくために出かけたのだけど、それがCarlisleで一週間開催されている音楽祭の一環であることが行ってから分かった。African Sanctasというのは、少なくとも私が理解したところによると、Neville Creedという指揮者がアフリカを旅したときに現地の歌の基調が古い賛美歌の基調と非常に似ていることに気づき、それらを複合した音楽のことらしい。実際には彼が収集して録音したCDと同時に聖歌隊が歌うという形式で行われて、それ自体はなかなか面白かったのだけど、座っていたのが教会の通路で暖房機器が何もないので非常に寒かったのと、流暢な英語で行われた説明が長くて期待していたほどコーラスを聴くことができなかったのが残念だった。
日本にいるときですら教会に入ることなど滅多にないのに、1日に2つの教会に行ったのはとても貴重な体験であった。おそらく今後もないと思う。Carlisle Cathedralは15世紀に作られた歴史的な建造物でとても美しかった。写真は私の席から見えた天井であるが、青い地の部分は宇宙を表している。豪華で歴史のありそうなステンドグラスもあって見応えは十分だったけど、なぜか私にはGrasemereの小さな教会の方がまた来てみたいと感じられたのだ。
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20020719:seven-hundred and ninety-first day
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出国21日目。写真は21時の空。
20020705でも書いたように毎週金曜日の夕食はは同じ国の出身の生徒が自国の料理を作る日で、今日はスペイン人組によるパエリア。Nab Cottageの食事は多国籍料理店のようで普段も決して不味くはなくどちらかというと美味しいけど、お米の食事のときはやはり嬉しいので幸せなひとときであった。
週末の夕食の後は大抵パーティになる。先週はサルサ教室からの流れでラテン系の音楽が主だったけど、今日はTimの選択で英国テクノ系音楽が主にかかっていた。丁度10年くらい前に聴いていた808statesやprodigyの曲に英国の湖水地方の田舎で再会することになろうとは全く予想もしていなかったけれども、考えてみればこちらが本場なのであった。sub-cultureに興味を持っていた頃ですら、ただ音楽を聴くだけで踊ることとは無縁だったのに10年後に英国人やスペイン人、イタリア人、スイス人、ドイツ人とともにダンスパーティを毎週開くことになろうとは吃驚。音楽的感覚が欠如しているのは周知の通りなので、最初は"dance"と聞いていただけで逃げていたけど、音楽に併せて好きに身体を動かしていれば良いだけと分かってからは、だいぶ気が楽になった。今日などは2週間前に"I don't like dancing."と言ったのをイタリア人の友人にからかわれる始末である。とはいえ朝の6時まで踊り続けるラテン系の人々にはついていけないので、早々に退散しているのが常なのだ。
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20020718:seven-hundred and ninetieth day
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出国20日目。写真は湖水地方に典型的な石造りで煙突のある家。
先週末から親しくなった友人たちが寝る前に抱きしめて頬をあわせる欧米風のおやすみの挨拶をしてくれるようになった。当初はどう返していいのやら分からなかったので、一番仲良しのオーストリア人の友人に尋ねたところ"オーストリアでは両頬+1回で計3回をするけど、2回の国もあるし、1回の国もあるので一概には言えない"と教えてくれた。とりあえず3回しておけば、無難なようなのでそうすることにしている。ちなみに頬にキスする方法もあるが、頬を合わせてキスの音だけ立てる方法が一般的なようである。
英国に来て最も難しいのはこのような習慣について対応していくことで、国や言語は異なれども欧米の国には同じような習慣があり、彼らにとっては当たり前のことが、日本人の我々にとっては当たり前ではないことがほとんどである。それらの習慣については知識として覚えて身につけていくしかないのだけど、日本にいるときに読んだ本に書いてあった"食事のときに塩などを取って欲しいときには自分で手を伸ばさずに(たとえ相手が話中であっても)声をかけて取ってもらうこと"というマナーは、少なくとも気楽な食事の場では当てはまらない。国籍や年齢に関わらず平気で手を伸ばしたり、時には席を立って取っているので、知識は一概には適用されないので本当に難しい。
ただこちらで生活を始めて本当に楽なのは、"コトバをコトバの通りにとって良い"ということである。例えば何かに誘われたときに、日本だと相手は本心から誘ってくれているのかどうかを考えなくてはならないし、断りたくても断ったら失礼になるのでは、などと考えなくてはならない。一方、こちらでは誘いたくない場合には絶対に誘わないので、誘われた場合には常に本心から誘ってくれていることになる。断る場合にも、"Thank you. But I'm afraid ..."と素直に行きたくないことを伝えればよいだけなので、変な気を遣わずに済む。最初の1週間はそれでも癖が抜けなくて気疲れをしていたが、2週目からは慣れてきたので自分のペースで動けるようになり、昔から"マイペースだよね"と言われる機会が多い自分にとっては非常に快適である。
とはいえこちらの習慣に適応しすぎてしまって、日本に帰国したときに適応できなくなったらどうしようかと内心今から心配している。
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20020717:seven-hundred and eighty-nineth day
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出国19日目。写真はNab Cottageの裏山(?)で見かけた小屋。
今日は昼食の後スウェーデン語の訳に取り組む。週に1度はかならず訳をしようと決めているのだけど英語と混同してしまってなかなか難しい。複数の言語を同時に取得するのは非常に困難なことだと身に染みている。スウェーデン語のテキストをオーストリア人の友人に見せたら"ドイツ語と英語の中間のようだ"と私と同じ意見であった。オーストリアではドイツ語が公用語なので容易に読めるかと思いきや、そうでもなかったのが意外であった。
例えばスイスではフランス語とドイツ語とイタリア語が使われているとのことだし、ベルギーではフランス語とフラムという特殊な言語が使われているとのことである。これらの国では地域によって使われている言語が異なるため、例えばスイスで役所に資料を請求するとどの言語を希望するのか尋ねられるそうである。そのため公務員や教師などは複数の言語を取得する必要が生じる。加えて英語は事実上の世界共通語のため、彼らは英語も学ばなくてはならないため、必然的に高階層は2ヶ国語、3ヶ国語を話せるのである。どこの国から来た生徒かは忘れてしまったけれど、誰かから"日本の第2言語は何?"と聞かれて、"日本には第2言語はない"と話したら、相手は非常に驚き、驚かれたことにこちらは驚いてしまったのだ。
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20020716:seven-hundred and eighty-eighth day
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出国18日目。写真はLake Windermere(ウィンダミア湖)の光景。
Lake WindermereはArthur Ransomeの書いた"ツバメ号とアマゾン号"シリーズ(Ransome Saga)の舞台となった湖である。幼い頃の三大愛読書の1つであった"ツバメ号とアマゾン号"の舞台に1度は行ってみたいと思っていたので、湖水地方がまさしくその舞台だと気がついたときには天にも昇る心地であった。日本では(否世界でもおそらく)、湖水地方は"ピーターラビット"の舞台として最も知られているし、こちらでもArthur Ransomeのことを尋ねても知っているヒトは驚くほど少ない。それでも私にとってはWilliam WordsworthやBeatrix Potterより
Arthur Ransomeが生まれ育ち、彼の物語の舞台になっているということの方がずっと重要なのである。
帆を降ろしているので分かりづらいかもしれないが、写真のようにLake Windermereには帆船がたくさん走っており、まさしく"ツバメ号とアマゾン号"の世界。当初はゆかりの地などを探して訪れようかと思っていたけど、Lake Windermereの周辺は物語で描かれているままの光景なので、そんな必要はないかなとも思っている。"ピーターラビット"も昔は大好きだったので、Beatrix Potterの家のあるHill Topに行ってみたいと思っていたけど、日本人で一杯の予感がするし、Nab Cottageの周辺がそのまま"ピーターラビット"の世界なのであえて訪れることなどないのだ。
今回の滞在は単なる旅行ではないので、正直に言って大変なコトやつらいコトも山ほどあるのだけど、それでもこんなに恵まれた環境で5週間を過ごせるというだけで幸せだと思う。
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20020715:seven-hundred and eighty-seventh day
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出国17日目。写真はAmbleside(アンブルサイド)のglass museumの中の工房。
今日から3週目の始まり。合計5週間の滞在なので丁度折り返しになるが、英語の進歩があまり感じられないは困ったものだ。それでも自分の出来ることと出来ないことの見極めがついて、課題が明らかになっただけでも来た甲斐はあったと思っている。直接スウェーデンに行っていたら、現在よりももっと大変な状況になっていたのは明白なので、助言してくれたTomoko Hansson氏には大感謝なのだ。
週末に5人が去っていき、6人の新生徒を迎えたのでクラス替えが行われた。私のクラスからはスペイン人の女のコが抜けて、スイス人とオーストリア人の新生徒が加わった。私は現在のTimの授業がとても気に入っているので、正直に言って文法的内容には少々物足りないのだけど、このままTimのクラスで続けられることを望んでいる。第3週目のNab Cottage全体の構成は、スペイン人3人、オーストリア人3人、ポーランド人3人、スイス人2人、日本人4人とドイツ人、メキシコ人、中国人、コロンビア人、ブラジル人、ロシア人、イタリア人、フランス人が各1名ずつとなった。第2週目の構成と比較していただくと変動が分かると思う。
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20020714:seven-hundred and eighty-sixth day
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出国16日目。写真はtop barn@Nab Cottage。
写真の部屋はかなり広く、最も多目的に使用されており、通常は私のクラスの教室であり、日曜日の夕食の場であり、パーティの会場であり、マッサージ&ヨガの場であり、その他色々な場に変身する。反対側にはソファがあり、ソファの下には毛布がしまわれているので、時には私の昼寝の場にもなる。光が射している方向には大きな窓があり、庭と裏の牧場を見ることができるので非常に気持ちよく勉強ができるが、暖房設備が写真のストーブしかないために、雨が降る日にはかなり寒い。半袖の上にコールテンの長袖をきてさらにフリースを着てもまだ寒いことがある。東京は蒸し暑いと聞いているので非常に申し訳ない気持ちになるけど、こちらでは風邪をひかないように十二分に気をつける必要がある。
昨夜が遅かったためにみんな疲れ気味で、私自身も疲れていたのでどこにも出かけずにおとなしく過ごす。仲良くしていた日本人の男のコと女のコが去っていってしまったので、とても寂しい。男のコの方は欧州各国巡りの旅に出かけたので、もしかするとスウェーデンで再会できるかもしれないのが楽しみ。とはいえ、お互いに会おうと思ってさえいれば、誰とでもどこにいても会うことができるのだと思う。
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20020713:seven-hundred and eighty-fifth day
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出国15日目。写真はBeamish Museum(ビーミッシュ博物館)の中を走る蒸気機関車。
毎週土曜日は小旅行が企画されて希望者は参加できる。今週はNew castle(ニューキャッスル)とその近くにあるBeamish Museumが予定されていたので、早起きして貸切バスにて8時にNab Cottageを出発した。途中で事故渋滞を迂回せざるを得なかったこともあり、2時間以上かかったが無事にNew castleの街に到着。ここは工業都市でかなり大きい。St.James Parkというサッカー場もあった。2時間の自由時間を与えられたので、早速Turist Infomation Centreで入手した地図を片手に観光を開始する。
私はオーストリア人、ベルギー人、日本人の友人とともに計4人で行動していたのだけど、まずは目に付いた"Laing Art Galiery and Museum"という博物館に入ることになった。驚いたことに入場料は無料。New castle近辺の歴史を人形と模型と遺物を上手く展示して、非常に分かりやすく説明している。活版印刷(?)を始めたヒトについての説明があり、非常に興味深かったのだけど、時間に余裕がなかったのでじっくり説明を読むことができなかったのが残念だった。
その後で行ったのは、多分New castleでは最も有名な場所である"St.Nicholas Cathedoral"である。外観は古い建物になぜか金ぴかの新しい時計が取り付けられてあり、非常に奇妙な印象を抱いたけど、内部には13世紀からの古い像や記念碑、ステンドグラスなどがあり、とてもとても見応えがあり、見学することができて良かったと思った。オーストリア人の友人が探して渡してくれた日本語のパンフレットの説明と見比べていたら、結構時間がかかってしまい、ついには他の友人に"早く早く"と手招きをされてしまった。
さらに歩いて行くと、"black gate"という昔の関門と"castle keep"という城跡に出会った。ベルギー人の友人は自然や歴史的遺物が好きらしく、最初に行った博物館で城跡があるのを知ると行きたがっていたのだけど、"castle keep"を見るなり"I don't like it.I don't like this town."と不快さを顕にした。というのは"castle keep"のすぐ隣には大きな中央駅があり、"castle keep"を眺めていると背後を急行列車が走っていくという状態だったのだ。
New castleは、要するに歴史と新しさが同居している街であり、それ故に何となく不調和な印象を感じてしまうのだと思う。とはいえそれはもしかしたら私が田舎の風景を見慣れてしまったからなのかもしれない。きっと今、新宿の街を歩いたら、ヒトの多さに眩暈がしてしまうことだろう。
バスに戻り約30分のドライブの後、Beamish Museumに到着。ここは交通の便が悪いためかガイドブックには載っていないためか、日本人を見かけなかったが、ヴィクトリア時代の小さな村をそのまま野外博物館として保存しており、職員が当時の服装をして説明をしているという極めて珍しい博物館である。園内はかなり広いため路面電車が走っており、まずは全員で1周してみることになった。お天気も良く、2階建の路面電車は非常に快適で、そのままずっとぐるぐるしていても構わないくらいの気持ちよさであった。2周目は各自好きなところで下車し、私はスイス人とオーストリア人の友人とともに行動していた。
私たちが最初に行ったのは、当時の農家でなかでは手作りパンを試食することが出来た。材料の何が違うのかはよく分からないのだけど、とてももっちりしていて歯ごたえがある。Nab Cottageで食べているのも手作りパンなので非常に似ているが、味はもちろんNab Cottageの方が良い。庭からは蒸気機関車の駅が見えたので、次はそこに行ってみることにする。蒸気機関車の駅は簡単な博物館のようになっており、部品や歴史の説明が書いてあったが見ている余裕はなかったので、試乗してみることにする。写真の汽車に乗ったのだけど、走り出してしばらくするとover heatで止まってしまい、必死に職員の人たちが水をかけて冷ましていた。英国の電車はよく遅刻するので有名であり、実際に私が来るときにも1時間以上途中で止まったので、"それも伝統なのだなあ"と思わず思ってしまった。とはいえ、蒸気機関車を動かすのは随分な重労働であり、働いていた人々はさぞや大変だろうと思った。
その後は当時の歯科医の家と雑貨屋さん、銀行等を見学し、帰りの時間を迎えた。英語でぺらぺら〜と説明されたのを私が理解できた範囲では、当時の歯科医は麻酔に笑いガスの一種を使用していたらしく、操作ミス等で結構な人数が亡くなったらしい。
再び2時間のドライブのあと、Nab Cottageに帰還。夕食の後は、サルサ教室&ダンスパーティ。Nab Cottageにはたくさんのドレスや仮想用の衣装があり、昨夜のうちに選んでおいた黒のシンプルなドレスに着替えて、でも足元はスニーカーという笑える組み合わせで参加。ダンスのステップを習うのはおそらく初めてのことで、もともと運動神経のあまりよくない私にはとてもとても難しく、ダンスというのが重労働であることを知った。イタリア人やスペイン人などラテン系の人々はもともとの血が違うのだと思うけど、男女を問わずとても格好よく踊っていて見惚れてしまった。私は飲まなかったけど、アルコールの消費が進むにつれて、どんどん混乱を増していきステップなどかまわずにただ音楽にあわせて身体を動かしていればよいだけになっていったので、私でも楽しむことが出来た。英国に来てサルサを学ぶことになろうとは思わなかったけれど、音楽にあわせて身体を動かすのがダンスならばそれほど嫌いではない
私の長い1日は25時ごろオーナー夫人のLizに車で送ってもらって終わったけれど、結局パーティは朝方まで続いたとのコトであった。
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20020712:seven-hundred and eighty-fourth day
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出国14日目。写真はAmbleside(アンブルサイド)の街並み。
今週末は大量の宿題が出たので、午後からはまずは文法的な問題から取り組む。ヨーロッパのヒトはどうやらあまり英語の文法を習わないらしく苦手の模様。一方日本人である私は文法は一応きっちり学んでいるし、穴埋め問題などにも慣れているので、一緒に勉強していると同じクラスの友達から質問を受けることになるのだけど、英語の文法について英語で説明するのはなかなか至難の業であり、無事に納得してもらったときには大いにほっとした。なかなか大変だけど、これもまた良い勉強になる。
夕方から日本人の友人とオーストリア人の友人とともにAmblesideの町まで歩いていく。Nab Cottageでの生活はあまりお金を消費しないので、成田空港で両替して以来初めて少しだけお金をおろす。海外に長期滞在する場合、日本の口座の預金を直接現地通貨で引き出せるCity Bankのカードは非常に便利で、こちらで出会った日本人は全員使用しているくらいなのだ。
まだたった半月足らずの経験とはいえ、今後留学や長期海外滞在をするヒトのために有益と思われるコトに気づいているので、そのような情報を集めたpageを作りたいと思いつつも、何しろ時間がない。スイス人の友人も"I have no time to do what I want to do."と言っていたので、みんな気持ちは同じらしい。先週はやたらに時間が長く感じられたが、2週目の今週はあっという間に過ぎていってしまった。
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20020711:seven-hundred and eighty-third day
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出国13日目。写真はLake Grasmere(グラスミア湖)で見かけた水鳥。
朝は雨が降っていたが、日中からは見事に晴れた。雨続きだった先週からは信じられないほど太陽を見る日が続いている。晴れた日の湖水地方は本当に奇跡のように美しい。いくら眺めていても飽きない。
"Lake Grasmereにボートを漕ぎに行くから一緒に行かないか"と誘われ、"ボートは乗りたいけど漕ぎたくはないなあ"と思いつつ行くことにする。1時間くらい歩いて、そのボート乗り場に到着するも、すぐに使えるボートが1台しかなく4人しか乗れないことが判明。その場にいたのは合計9人(内訳はアメリカ人の女性先生1名+イタリア人の17歳少年2人+スイス人の年配の女性1名+オーストリア人の女性1名+日本人4名)で、二転三転した挙句、アメリカ人の先生とイタリア人の17歳少年2人とオーストリア人の女性が先に乗り、あとから他の生徒が別のボートに乗ることになった。
残った生徒でボート乗り場にある湖のすぐ脇のカフェの庭でお茶をしているうちに、順番が回ってきたのだけど、その場にいた全員が"漕ぎたくはない"と思っていたので、結局ボートは乗らないでお茶だけを楽しむことにした。お天気と景色は申し分ないし、戸外でお茶をしながら英語でおしゃべりをするのは非常に優雅で楽しい時間だった。1時間くらいを湖畔で過ごし、ボート組が戻ってきてしばらくしてから帰路についた。
ところが夕食のあと、突然エネルギー切れのような状態で調子が悪くなり、早々に退散。夜はプロの歌い手さんが来て歌を聴かせてくれるうえに、練習もしてくれるとのことだったので参加したかったのだが叶わずに残念。とはいえ健康には何モノも代えられないのだ。
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20020710:seven-hundred and eighty-second day
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出国12日目。写真は久しぶりの好天に恵まれたNab Cottageの近辺。
今日は夕食のあと、日本人の友達に誘われてAmbleside(アンブルサイド)の映画館まで"Minority Report"を見に行く。自転車で行ったのだけど、mountain bikeは初体験だったので、最初は慣れずに戸惑う。しかも英国では自転車は歩道ではなく車道を走らねばならず、Nab Cottageの近辺では信号がないので車はかなりの速度で走っているため、結構恐い。転倒だけはしないようにと気をつけて走る。
映画館に到着したのは開演10分後だったが、本編開始には間に合い一安心。物語がそれなりに複雑なので、当初は理解できずに困ったが、進むにつれて題名の意味や伏線が理解できた。英語の字幕すらないので会話の詳細はほとんど把握できなかったが、それでも映像があるので物語の内容はほとんど理解できて楽しむことができた。映画はたとえ会話の内容を一言も理解できなくても、楽しめるのが素晴らしい点だと思う。
映画の内容に関して書くとネタバレになってしまうので書けないのが残念だけど、物語の細部にはご都合主義的な点がいくつか感じられたことと映像が結構ありがちだったことを差し引いても、なかなか楽しめる映画だったと思う。SFやサイバーバンクや電脳世界が好きなヒトにはお薦め。個人的には登場する小物で実現したら欲しいなと思うようなモノがいくつかあった。
ちなみにP.K.Dickの作品が原作であることをエンディングで知ったのだけど、どの作品なのか見当がつかない。Dickの作品はほとんど全て読破したはずなので少々悔しいが、きっと"模造記憶"と映画"JM"の関係のように原作というよりもは原案のような使われ方をしたのではないかと推測している。
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20020709:seven-hundred and eighty-first day
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出国11日目。写真はNab Cottageの近くの洞窟。
湖水地方のほとんど全ての家や塀は石で出来ている。写真の洞窟はその石を掘り出すためにダイナマイトを使って作られたもの。中はとても広くて以前訪れたことのある秋吉台の鍾乳洞を思い出した。
今日は授業はwritingを行った。まず"自分が小道を歩いている場面を想像して、その小道の様子を描写しなさい"という課題を与えられた。そこで私が書いたのは、"道がぬかるんでいて歩くのに苦闘しているが、鳥のさえずりや風の音が聞こえて、遠くには羊の群れが見えているのでとても幸せに感じている"という内容。
次の課題は"その小道に小さな枝が落ちていたとして、どうするかを描写しなさい"というもの。そこで私は"それは70cmくらいの茶色の枝で、私は拾って杖に使うことに決めた"という内容を書いた。
さらに3番目の課題は"角を回ったら目の前に大きな木が道を塞いで倒れていた、そのときどんなことを考えるかを描写しなさい"というので、私は"その木は自分にとっての問題だと感じたので、そのことから自分の人生における問題を思い出した。それは職場の上司と昨日小さな諍いを起こしたことだ。そこでその大きな木を乗り越えられれば、自分はその上司との問題も解決できるように感じた。15分間格闘して、ようやくその木を乗り越えられた"という内容を書いた。
さらに4番目の課題は"突然、目の前に熊が現れた。さてどうするかを描写しなさい"というものだった。私は歌を歌って熊と仲良くなった内容を書こうかどうしようか悩んだ末に現実味がないので、"その熊はとても大きく、私は熊に殺されると思った。逃げようかと悩んだが、手に持っていた枝で戦うことを決心し、熊に向き合った。どんどん近づいてきたとき、銃の音が聞こえ、熊は逃げていった。私には銃を打った男性は見えなかったが、心の中で感謝した"という内容を書いた。
最後の課題は"さらに小道を進むと目の前に壁が現れた、さてどうするか、また壁の向こう側に何が見えるかを描写しなさい"という課題で、"その壁はとても高く長かったので戻ろうかどうしようか悩んだ末に、登ることを決意した。何度も何度も落ちてあきらめようかと思ったが、挑戦を続けた。そしてとうとう最後に頂上まで登ることに成功し、そして壁の向こう側には美しい庭が見えたのでとても驚いた"という内容を書いた。
みんなが全ての内容を書き終わったあとで、先生のTimが種明かしを行った。まず"path(小道)"は自分の"現実の人生"を暗示しているとのこと。次に"a piece of wood(小枝)"は"人生における小さな問題"を暗示しており、"a tree(木)"は"人生における大きな問題"を、さらに"a bear(熊)"は"異性"を、最後に"a wall(壁)"は"死"を暗示しているとのことだった。その後、それぞれにお互いの文章からお互いの深層心理を分析しあったのだけど、他はともかく熊はどうしても恐いイメージがつきまとうので異性に対する対応としては分析が難しく、私自身も熊に関してだけは自分に対する分析について納得できなかった。
さてみなさんならどう描写する??
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20020708:seven-hundred and eightieth day
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出国10日目。写真はAmblesideで見つけた風見鶏。
2週目に入り流れに慣れてきたのでだいぶ楽になってきた。こういうときが怪我などをしやすいので、十二分に気をつけて過ごしたい。今週末と来週末には現在仲良くしているヒトたちが居なくなってしまうので、今週が一番楽しい週ではないかと思っている。
週末にかなり生徒の入れ替わりがあったので、第2週目はスペイン人が3人、イタリア人が3人、ポーランド人が3人、フランス人が1人、ドイツ人が1人、オーストリア人が1人、ベルギー人が1人、スイス人が1人、日本人が私を含めて5人になった。人数が増えたので、クラスが1つ増えて3クラスになった。私のクラスはオーナーが担当することになったので嬉しい。
やはり母国語が同じか似ているヒト同士で親しくなる傾向が強いので、ロマン系とアングロサクソン系で何となく分かれていくのが面白い。スペイン人とイタリア人はそれぞれ母国語同士で話していても十分理解しあえているし、もちろんオーストリア人とドイツ人も多少違いがあってもドイツ語なので問題なく通じあえている。離れてみると日本語というのが非常に特殊なコトバであることに改めて気がつく。
ところで外国で生活していくときに母国語で通じる相手というのは非常に貴重である。最初は予想以上に日本人が多かったので驚いたけど、実際には英語の表現が分からないコトバがあったときや生活上で分からないコトがあるとき、些細なことだけど誰かに話したいことがあるときなどには随分と救われている。たとえ英語で話すにしても、日本人同士だと非常に理解が容易だからだ。これについて4月から滞在している日本人の男のコは"おそらく思考の論理や語彙力や発音などが近いからだろう"と分析していたが、私もその通りだと思う。
ちなみに日本語が何系の言語なのかをご存知の方がいらしたら、是非ご一報を。
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20020707:seven-hundred and seventy-ninteenth day
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出国9日目。写真は新しい私の住まい。
今まではNab Cottageのなかのツインの部屋を1人で使うという恵まれた環境だったのだけど、夏の繁忙期を迎えて1人部屋希望者は他の建物に移らなくてはならない。shared roomならば同じ建物に残れたのでオーナー夫人のLizから相談を受けたのだけど、寝る寸前の時間くらいは自由に過ごしたいので引っ越しをすることになった。
新しい住まいはNab Cottageから徒歩で15分くらい離れたところにある老(?)夫婦の住まうとても小さくて可愛いおうちである。ただお部屋も小さくて可愛いので写真のベッドで部屋がほとんど一杯になっており、かろうじて小さな引き出しが置いてある。トランクを置く台すらないので、仕方がないのでドアの開く空間を一部犠牲にして何とか使えるように横置きにし収めた。そんなわけで住環境は正直なところ劣化したけれど基本的には寝るだけなので、まあ十分なのだろう。
今日はオーナーのTimの誕生日だったので、夕食のあとはパーティ。生徒たちからは各々の母国語でお祝いのコトバを書いたcardとEdinburgh(エジンバラ)へ行った生徒が購入してきたウィスキー(スコッチ?)である。母国語で書いたcardは私たち自身も楽しめて、さらに勉強になり非常に良い企画だった。もちろんTimも喜んでくれて、めでたしめでたし。
ちなみにtopの写真をRydal Waterのモノに更新。時間があったらtopの写真の過去ログページもまとめておきたいものなのだけど。PCを使うよりは、みんなと話すことの方が必要なコトなので、最低限のmailと更新だけしかできないのが悲しい。
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20020706:seven-hundred and seventy-eighteenth day
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出国8日目。写真はKeswickの郵便局兼PC屋の店先。
毎週土曜日と日曜日はお休みなので、終日自由時間。半分以上の生徒がEdinburgh(エジンバラ)への1泊旅行へ行ってしまったので、学校全体が静かになった。残りの生徒の一部でKeswick(ケジック)の町へ行く。私の目的は英国用のモデムコネクタだったので、再び探し回る羽目になるかと思っていたところ、郵便局の2階がPC屋になっていてすぐに見つけることが出来た。PC屋といっても、日本のヨドバシカメラなどの感じではなくて、小さくて小奇麗なインターネットカフェにケースがいくつかと電源とケーブルがおいてあるだけ。無事に変換コネクタを買ってほっとしたのだけど、帰ってきて使用しようとしたら語学学校の口が特殊なのかうまく合わず残念。明日引っ越すことになっているので、新しい住まいで試してみようと思う。
質問をいただくことの多い"どこの国から生徒が来ているか"ということだけど、1週間単位で入れ替わるのでその時々の状況によって異なる。とりあえず第1週目はスペイン人が2人、イタリア人が4人、フランス人が1人、ドイツ人が1人、オーストリア人が1人、ベルギー人が1人、日本人が私を含めて6人だった。今週末には3人が抜けて、6人の新生徒を迎えるらしいので結構な人数になる。
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20020705:seven-hundred and seventy-seventeenth day
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出国7日目。写真はNab Cottageの近くにいた羊の親子。
今朝は目を覚まして、カーテンを開けたら目の前に牛がいて吃驚。
授業のあとAmbleside(アンブルサイド)の町まで出かける。最も近い町なのだけど、道が2本しかなくとても小さい。FDのメディアが欲しくて出かけたのだけど、最初郵便局に行って"Do you have a floppy disk?"と聞くと"No."と言われる。ちなみにこちらの郵便局には必ず小さなお店が併設されていて、絵葉書やカレンダーのみならず文房具から食品、お土産まで売っている。郵便局で電化製品屋さんの場所を聞き、探し当てたあと同じ質問をするとやはり"No."と言われる。"Do you know where can I buy it?"と尋ねると"In Ambleside, you cannot."と言われて愕然とする。次に図書館を見つけたので尋ねると、"あるとするならばレンタルビデオだろう"という返事。そこでレンタルビデオ屋を探し当て、尋ねるとやはり"No."という返事。今度は"あるとするならば本屋だ"と言われ、藁にすがる思いで本屋に行き尋ねると"Yes.How many?"と聞かれ、カウンターの下から出してくれた。そしてそのとき同行してくれていたイタリア人の女性が勝ち誇った。何故なら探し始めたときに、彼女が"本屋にあるのでは?"と言ってくれて、一度は探しに来たもののそのときは店内を見回して本ばかりだったので、店員さんに質問することなく立ち去ってしまったからだ。ここで得た教訓は英国の少なくとも湖水地方のお店は店内にない商品も扱っている場合のもあるということだ。おそらくどんな田舎にでもコンビニがあり、FDが手に入る日本とは異なり、たった1枚を手に入れるために宝探しをしている思いだった。
FDを購入した後、本屋の店内を見ていて大好きなJ.R.R Tolkien"The hobbit"を発見したので購入。映画の影響もあり"指輪物語"の方が有名だけど、実際のところ私は"指輪物語"の前章にあたる"ホビットの冒険"の方が好きなのだ。語学学校にも副読本がたくさんあり自由に読めるけど、どうせなら好きな作品を原書で読むほうが楽しいだろうと思う。
徒歩で1時間かけて帰ってきた後、料理をする。毎週金曜日の夕食は同じ国から来ている生徒が協同で全員分の料理を作ることになっている。日本人で一番年配の女性が今週で帰ってしまうので、彼女の指揮のもとちらし寿司と唐揚と豚汁を作ったのだ。なかには厳格なベジタリアンと魚は大丈夫なベジタリアンがいるので、彼らの分を分けて作ったり、日本人生徒のなかでもそれぞれの家庭で身に着けた料理習慣が違ったり、それなりに大変な協同作業ではあったが久しぶりに料理をすることができて楽しかった。ちらし寿司は見た目も美しくて好評だったし、普段の食事が野菜中心なので唐揚は非常に喜ばれたが、豚汁は味噌の味に慣れていないのか結構残しているヒトが多かった。
ちなみに英国の食事は不味いといわれているけど、幸いなことにNab Cottageで働いているworkerたちのなかにはスペイン人とタイ人とクロアチア人がいるので、まるで多国籍料理屋さんのように日替わりで色々な料理を食べられる。特にタイ人がいるのは我々日本人にとっては非常に救われることで、味付けは違っても焼きそばや炒飯などさえも食べられるのだ。特に私はあまり好き嫌いもないし、食べ物に対する適応力は比較的高いようで、毎日美味しい食生活を送っている。
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20020704:seven-hundred and seventy-sixteenth day
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出国6日目。写真はNab Cottageの前の湖。
昨日に引き続き、今日もオーナーの授業。今日は現在完了形と現在完了進行形を使った会話について習う。日本の学校では文法を重視することが、たびたび批判されるけど、ここに至って私はそのことに感謝するようになった。なぜなら今日の内容をもしここで初めて聞いたのだとしたら、決して理解することはできなかったと思うからだ。もちろん日本の学校教育における英語教育のあり方には改善の余地が大いにあると思うけど、それでも実際に英語を使うときには文法はとても重要になる。発音と時制の一致にだけ気をつけて話すようにすると、それだけで意思疎通の可能性はぐっと開けるように感じている。
ただなぜHe is sleeping in bed.の場合にはin bedに定冠詞はいらないのに、He is sleeping in the car.の場合には定冠詞が必要になるのかが理解できない。質問しても"理屈はない"といわれてしまったので覚えるしかないのだろうけど、それでもその基準が何なのかを知りたいものだ。
私は自分のPCとworld passport netのtoll-free numberを利用して接続しているのだけど、ここには1台だけ共通のインターネット接続用PCがあり、生徒が交代で使用している。お昼の後、オーストリア人の女性が"2〜3日前に使おうと思ったけれど使えなかった"というので見に行くことにした。実際のところ、到着初日にどこかに接続できる場所はないかと探して、そのPCの裏を調べたときにモデムのケーブルが非常に抜けやすい状態になっているのに気がついていたので、すぐに原因は解決した。ちなみに英国のモデムケーブルのコネクタの大きさは日本の規格より大きく、lanケーブルのコネクタのサイズと同じである。私はコネクタの変換アダプタを持ってこなかったので普通の接続口では使えない。当初使っていいといわれた事務所の接続口を見たときには絶望的な気持ちになったが、幸いなことに事務所にあるfaxが東芝製だったので何とか接続している。とはいえ常時接続の快適な環境に慣れてしまっているので、ダイアルアップ接続はなかなかつらいものがある。スウェーデンに移動して住まいが落ち着いたら、何とか快適な環境を手に入れたいものである。
件のオーストリアの女性とは到着日が同じ日だったことやクラスが一緒のこと、さらに彼女は公務員なので仕事も何となく近いような気がすることなどもあり、親近感を感じていて機会を見ては色々なことについて話をする。お昼を食べていたら歯が再び痛み出してきたので、"日本でこの間治療したばかりの歯が少し痛むのだけど、英国で治療すると高いので治ってほしいなあ"という話したことから日本の社会保険の話や英のnational health serviceの話になり、さらにオーストリアの制度の話になった。私が理解したところによると、オーストリアでは(少なくとも歯科診療に関しては)social insuranceのための負担はなくてsocial financeという制度になっているのだそうだ。そして"新しい歯を作るときには高額の自己負担が必要になるけれど、一般の歯科診療はサインひとつで負担はない"という。もしこの理解が正しいとすると、入れ歯をつくるときには高額の負担が必要になるということになるので、これは歯を大切にするための動機として位置づけられているのかもしれない。
自国の社会保障システムや社会システム、文化について話をし、他国の状況を理解するのは非常に難しいことだけど、それは言うまでもなく非常に興味深いことでもある。ちなみにオーストリアの賃金、少なくとも彼女のは大体日本での私の常勤時代の額と同じ程度だったが、年間の休暇は週末を除いて5週間あり、これは日本とは大きく違う点である。その5週間の休暇のうちの一部を使って彼女は英国に語学を学びにきているのであり、一緒に学んでいる日本人の仲間とともに日本は"会社や職種によって異なるけれど大体1週間から10日間くらいだ"と状況を説明したところ、"信じられない…"と驚いていた。
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20020703:seven-hundred and seventy-fifteenth day
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出国5日目。写真はNab Cottageの入り口。
いつもの先生が体調が悪いとのことで、オーナー自らの授業を受ける。ちなみに生徒は2クラスに分かれており、それぞれ約8人ずつ学んでいる。オーナーの授業は非常にユニークで、授業中は笑いが絶えなかった。私にとって幸いだったのは、DILAでネイティブの先生から授業を受けていたことで、例えば授業中に生徒に求められる課題を表すときの言い回しなどに慣れていたことだ。そのために先生の指示を比較的容易に理解することができるのは、自分自身にとって本当に救われる点である。
今日の午後のアクティビティはマッサージで夜はヨガだった。オーナーは気孔やツボや瞑想などに非常に詳しく、さらにリラックスした方が英語の上達が早いと考えているので、マッサージやヨガや瞑想をアクティビティに取り入れているようである。ただこちらで紹介されているのは「マッサージ」なので、日本の指圧とはかなり異なるのが興味深い。
夜のアクティビティはヨガだったが、これも日本人が想像するのとは異なり、柔軟体操のようなモノだった。身体の硬い私に「ヨガ」なん
てできるのだろうかと不安に思って参加したが、実際にはどうやら西洋人の方が硬い様子でついていくことができたので助かったのだ。
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20020702:seven-hundred and seventy-fourteenth day
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出国4日目。写真は現在滞在中のNab Cottageの建物。
授業は動詞の過去形の変化とその発音について。頭では理解していても、それを実際に口に出すのは難しい。何故か時々スウェーデン語の動詞が浮かんできてしまい、さらに混乱する。気負いと見栄っ張りの気持ちが働いて上手く発音しようとすればするほど、思ったように発音できなくなるので、情けなくなる。知識ばかりあって頭でっかちで実践が伴わないのは、まるで社会福祉の領域の自分と同じようで情けなさに拍車がかかってしまう。でもPCでも社会福祉でも本を読んで理論を理解することから得ることより、実際に自分でPCに触ったりお年寄りやその家族と話して得るものの方が大きいことを思い出したので、とにかくスウェーデンにいく前に耳慣れ口慣れしていくことだけを目標にすることに定めることにした。
それでもやはり通じないことが多いと落ち込むし、昨夜のパブではそれなりに言いたいことが伝えられたのになあと思うと、落ち込みの泥沼にはまりそうになる。ところが昨夜のことを思い出していて、当初はお酒を飲むと多分英語が出てこなくなると思ったのに、実際は普段よりもスムーズに言葉が出てきたように感じたことを思い出したときに、お酒を少し飲んだときには拙いながらも何とか意思の疎通ができる発音ができて、授業中は難しいということは、つまり自分はリラックスしたときの方が上手く話せるということを意味しているのだろうという結論に至った。そしてそのことに気がついたら、つまり上手く話すために必要なことが分かったので、とても気持ちが軽くなったのだ。
多分、万が一今回の留学で他に得るモノが何もなくても、少なくとも自分の感情の扱い方についてだけは得るものがあること実感している。そしてそれが何よりも私に必要なことだと思う。
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20020701:seven-hundred and seventy-thirteenth day
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出国3日目。写真は現在滞在中の私の部屋@Nab Cottageでツインだが1人用である。
今日から授業開始。文法的には決して難しいことを行うわけではなく、DILAの授業の方が数倍濃い内容を行っていた。だけど日本で英語を習うのと異なり、発音をきちんとしないと通じないし、相手に分かってもらえないので非常に難しい。緊張すればするほど、下手な英語になってしまって、通じないことが多くなり、さらに緊張するという悪循環に陥ってしまう。語学学校での授業はともかく、Goteborg Universityでの授業を考えると泣きたくなるほど不安になる。
授業は午前中だけで午後は何かのアクティビティか、何もない場合には自由時間になる。昨日の私のように毎週日曜日に新しい生徒が到着するので、毎週月曜日の午後はミーティングがあり、エクササイズを行いながらお互いの自己紹介をしたり、ゲームをする。この語学学校は"リラックスしているときに、最も英語が身につく"という信念のもとに運営されているので、このミーティングもそのために行われていると思う。実際に、私自身もこのミーティングの後は午前中の緊張感が取れて、"まだ一日目なのだからゆっくりやっていこう"と考えられるようになった。
月曜日の夜のアクティビティは近所の町のパブまで歩いて出かけることで、当初は行かないつもりだったのだけど、到着したときから降り続いていた雨が止んだので、周辺を歩いてみたくなりついて行くことにする。日本にいるときには机の前に座っていることが多いので、1時間以上も歩くのはずいぶんと久しぶり。途中で虹を見たり、道路に羊の親子が出てきて走り去って行ったり、歩行者用の道では牛の群れに出くわしたりと、非常に楽しい散歩になった。ちなみに羊も牛も馬も野生ではなく、そこら中に広大な牧場があるためだ。歩きながら一緒に学んでいる日本人の女性と話していたら、彼女が私の地元の非常に近所に住んでいることが判明し大いに盛り上がる。行きの飛行機での一件といい、世界は狭いというべきか。
当初はお酒は飲まないつもりだったのだけどパブに到着したときには非常に喉が渇いてしまったので、日本人の男のコに薦められたシャンティというビールをレモネードで割った軽い飲み物を飲む。これは非常に飲みやすくて美味しかった。
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20020630:seven-hundred and seventy-twelveth day
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出国2日目。写真は世界の車窓から@マンチェスター・ピカデリー駅(Manchester Piccadilly)の近くにて。
案ずるより産むが易しとはよく言ったもので、特に何の問題も起こらずに3時間近く列車の旅を終え、湖水地方にあるNab Cottageという語学学校に到着する。
今日から20020803までの5週間はここに滞在して、英語の勉強をすることになる。この学校はとある一家が経営しており、生徒たちはその家族や先生と一緒に暮らしながら、日中は授業を受けるという形式。想像では規模も小さく家庭的な感じだろうと思っていたけど、それは正解だった。
ウィンダミア駅(Windermere)から乗ったタクシーを降りた瞬間に庭にいた女性から歓待を受け、建物のなかに連れて行かれたあとは"My name is...Nice to meet you!!"の嵐。誰が先生で誰が生徒なのかもよく分からないままに挨拶をする。建物も歴史があるにも関わらず、非常にきれいで清潔である。ただひとつの誤算といえば、インターネットへの接続環境が乏しいこと。当初は自分の vaioからは接続できないかと思ってかなり落胆した。
国籍としての今週の最大多数は日本人だけど、集団としてはラテン系が最も多く、イタリアやスペインなどから数人ずつ来ている。しかし彼らのなかには英語が非常にうまく、"何で語学学校にまで来たのだろう"と悩んでしまうようなヒトもいる。
そうそう。心配していた"湖水地方=箱根"説の件は、確かに夏の混雑期には多少そんな雰囲気もあるのかもしれないという兆候は感じられたけど、私の滞在しているのはもっと奥地のRydal Waterと呼ばれる湖の側なので非常に静かで観光客はほとんどいない。あえて日本で似ているところとすれば、蓼科高原の奥の方ではないだろうか。丁度気温やお天気の様子も蓼科の夏によく似ている。
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20020629:seven-hundred and seventy-eleventh day
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出発の日。写真はコペンハーゲン着陸直前の窓の外。
早起きして成田空港第2ターミナルへと
向かう。家族と
お茶をした後、
見送りを受けながら、出国。そして搭乗
。SK984便のエコノミー席は今まで乗ったことのある国際線のなかで最も広くて、さらに専用モニタで映画やゲームが楽しめたので非常に快適。どのくらい広いかというと、2人がけの席で隣のヒトに立ってもらわずに窓側から通路に移動できるくらい。おかげで10数時間のフライトもそれほど気疲れせずに過ごすことができた。もしかしたらあれがSASのエクストラエコノミー席というのだったのかなとも思うけど、予約したのは確かに単なるエコノミーだったので、きっと機種が新しかったのだろう。
隣席の方はドイツ系の医療機器の代理店に勤めていてドイツに語学研修に行くという男性。年齢は同じくらい。会社のお金で語学を習えて、しかもお給料も出るのだそうだ。機内食を黙々と食べるのはつまらないので、そんな話を少しだけしていたら、途中で彼の住まいが私の卒業大学の近所であることが判明し、途端にローカルな話で盛り上がる。なんとも奇遇な縁であった。
右の写真を撮った直後に、スウェーデンのマルメとデンマークのコペンハーゲンをつなぐ大橋が見えてきて、嬉しくなる。ところがcyber-shotのバッテリが丁度なくなってしまい、撮影できずに涙をのむ。遠浅に見える海にまっすぐに伸びる大きな橋。伝わるヒトにだけ伝わる書き方をしてしまえば、"シムシティ"でまっすぐにひいた橋そのもの。橋と並行して飛んでいるので窓に額をくっつけてずっと見ていたら、急に海の途中で島に上がり、そのまま立ち消えてしまっているので吃驚。"完成したのではなかったかしら"と思いながらよく見たら、その人工島からデンマーク側へはトンネルになっているのだった。車で走っているヒトや鉄道に乗っているヒトにはどのように見えるのだろう。機会があったら是非体験してみたいものである。
離陸と着陸が遅れたためにコペンハーゲンからマンチェスターへの乗換時間が30分を切っていて、内心焦りまくるも、着いてみたら隣が出発ゲートだったので何の問題もなく搭乗に間に合う。並んでいるときに英国人で東京帰りの紳士に"どこにいくのか?"などと話しかけられ、"ウィンダミアだ"と答えると"いいところだよ。田舎好きなヒトは絶対に気に入る美しいところだ。日本で言うなら、箱根に似ているかな。もちろん同じではないけれど、大きな湖のあるところなどがね"と教えてもらう。
DILAの英会話のクラスが一緒だったヒトから"ウィンダミア湖は芦ノ湖に似ている"とも言われたので、"本当に箱根みたいなのかしら"と少々不安が心の隅をよぎるけど、明日になればこの目で確かめられることなので、乞うご期待。
マンチェスターまでの機中では隣席のアフリカンな感じの2歳の女のコのやんちゃっぷりに多少辟易するものはあったけど、片言の英語で小さなコとそのお母さんと少しだけ会話をするのは楽しい経験だった。空港では入国審査が予想通り厳しくて、スウェーデンのことも含めて5分くらい色々と質問を受けたような気がする。とても神経を使う疲れたひとときになった。
空港から空中通路でつながっている"Radisson SAS Hotel Manchester Airport"へ重い荷物と格闘しながら行き、チェックイン。空中通路の途中にあった鉄道の駅へ行き、"Young
Person's Railcard"を作成する。これは25歳以下の若者か学生を対象とした1年間有効の割引証でありとあらゆる鉄道の料金が3分の1になるという優れもの。私は数日前に国際学生証を作成しておいたので、これを利用することができた。作成時には3cm×3cmの写真と18ポンドが必要になるけど、鉄道駅のチケット売り場ですぐに作ってくれた。ついでに時刻表をもらって時間を確認してから、明日の移動用のチケットを購入する。インターネットで調べた時間と変更がなくて、ほっと一安心。
ところで留学中の主機であるVAIO PCG-VX7/BDのHDDが作業中ずっと音を立てているのだけど、大丈夫なのか非常に不安。まだ保証期間内とはいえ、
ここでおかしくなられるのだけは勘弁していただきたいものなのだ。
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