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20021130:nine-hundred and eighth day

出国155日目。写真は雪降る"Västra Begraveningsplatsen"の光景。

This picture is "Västra Bergraveningsplatsen(the west burial park)" in snowing. Today, I got up late and went to shopping. I need to buy a text for next course, that is Nigel Gilbert"Reserching social life"(1993, Sage publication). However, "Akademibokhandeln", where we can buy course texts, has been closed already. I forgot "the weekend rule", that means "Shops was closed very early in weekend."

昨日降り続いていた雨が深夜に雪に変わり、正午近くに目が覚めたら外は雪景色だった。スウェーデンに長く住んでいる方たちからは"曇りと雨が続くよりも、さらに寒くなっても雪の方が明るいから嬉しい"という話を度々聞いていたけれど、確かにその通りだと思う。ただし、期間限定短期滞在者の私が雪を好む理由はもうひとつあり、"どうせなら雪が沢山積もっているなかで生活してみたい"という大変に身勝手な理由である。Stockholmは連日降雪のようだけど、Göteborgはやはり暖かいのだろう。

来週明けからすぐに次のコースである"Social Work Research and Research Method"が始まるので、テキストを買いに出かけた。ところがすでにVasagatanにある"Akademibokhandeln"は営業を終了していた。16:00までは開いているだろうと思っていたのに、週末は14:00までだったのだ。仕方がないので、他の用を済ませることにし、VasagatanからKungsports-avenynに抜ける。目抜き通りのavenynを歩くのは随分と久しぶりのことだ。細かい雪が降る冷たい空気のなかを歩くのは気持ちが良い。

久しぶりの散歩を満喫しつつ、Vallgatanにある"science fiction bokhandeln"に行く。欲しいモノはなくて残念。代わりに、"Pulp Fiction"のDVDを購入。音声は英語で字幕は英語、スウェーデン語、ノルウェー語、デンマーク語、フィンランド語。北欧向けの製品なのだろう。そのまま歩き続けて、Nordstan内の"Akademibokhandeln"に寄り、テキストを探すも当然のことながら置いていない。書店のなかを散策していると、"DVD REA"のpopを目にする。"rea"はセールの意味なので、ついつい近づいて物色してしまう。"Leon"のDVDがかなり安くなっていたので、購入決定。こちらは英語音声に、字幕が英語、スウェーデン語、ノルウェー語、デンマーク語、フィンランド語、アイスランド語、ギリシャ語。どちらも好きな映画なので散財は構わないのだけど、この2本における英語表現はあまり美しくないこと確実なので英語の勉強には少々不向きだろう。次回は"Roman Holiday"でも買うことにしよう(笑)

ところで最近はamazon.co.jpで買い物をすることが多いので、amazonアソシエイトを開始。amazonアソシエイトはそのヒトのサイトに貼られたリンクを通してamazon.co.jpに入り購入された場合に、その売り上げに応じてそのヒトに対しamazon.co.jpで使用できるクーポン券などが送られる仕組み。今日以降は、日記内の書籍に関するamazon.co.jpへのリンクも全て自分のアソシエイト経由にするつもり。基本的には自分で購入するときに自分に還元する目的で設置したのだけど、もし貧乏留学生の書籍代に貢献して下さる方がいらしたら、トップページの左下のamazonのロゴをクリックしてamazon.co.jpを使用してくだされば、感謝。早速試して下さる方はコチラまでどうぞ。

photo of 20021130
20021129:nine-hundred and eighth day

出国154日目。写真はGöteborgのとある建物のベランダに飾られたサンタクロース。

This picture is a Father Christmas on the balcony of a building in Göteborg. Last night, I went to bed at 5:00am and I got up 8:00 in this morning. At last, I finished writing my paper at 11:00 and we had presentations in the class in this after noon. Then, the examination of "Welfare System" have finished anyway.

昨夜(?)は5:00amに就寝し、8:00amに起床。参考資料一覧を整備し、11:00amに印刷終了。午後に発表を行い、今回のコースである"Welfare System"の試験は全て終了。今回の発表方式は少し変わっていて、自分のレポートではなくて友達のレポートについて行う。"馴れ合いではなく、批判的に"と指示されたので、当初は難しいと感じたけれど、終わってみれば相互理解のために非常に良い方式であった。自分の相手のレポートはもちろんのこと、他の発表を聞いていても、執筆者以外の視点を通過しているから要点が絞られるため分かりやすいのだ。しかもスウェーデン人が書いたインドの福祉制度に関するレポートをパキスタン人が発表するのを聞くことができる機会など、"International Master Course"ならではのこと。この点においても非常に貴重な勉強ができている。

20021119に書いたように、今回の試験でEsping-Andersenの福祉国家類型論を論じるに当たり、私はスウェーデンを舞台に選んだのだ。担当の教授は"スウェーデン万歳"というか"Sweden go!go!"なので、"スウェーデン=典型的社会民主主義型福祉国家(理想的福祉国家)"の視点でまとめる予定だった。けれども老齢年金制度[参考:pdf]について調べていくうちに、1999年に行われて2001年から段階的に導入されている改正の方向は、必ずしもEsping-Andersenの社会民主主義類型の特徴に当てはまらないことが明らかになってしまった。例えば、居住3年以上で受給資格がもらえて居住40年が満額の対象になり、過去の稼働所得と年金報酬が関係しない基礎年金が廃止されて、元々から所得比例型の2階部分と合体された上で、年金報酬が完全に所得比例型に変更され、しかも計算の対象が生涯所得となった点からは、社会民主主義類型の特徴が進められたと言うのは非常に難しい。この改正点は、男性と女性、ホワイトワーカーとブルーワーカー、フルタイム雇用とパートタイム雇用、生粋のスウェーデン人と外国生まれの市民などにおける格差を広げることになる。もちろん受給資格が、職業別などの設定ではなく"市民権(居住)"である点は"社会民主主義類型"の特徴を維持しているけれども。

Esping-Andersen自身も"Welfare States in Transition"(1996, UNERISD)において、"変化せざるをえない福祉国家"について述べているし、スウェーデン型福祉国家における"変更/変質"についての実証的研究は多くある。そこでレポートでは、そのような文脈を前提に、社会民主主義類型の特徴と移行期であることの特徴という2つの視点から"スウェーデンという福祉国家"について述べることにしたのだった。最終的には"変更/変質"について強調される場合や過去の全盛期と比較する場合には、確かに"移行"や"危機"と言うことが可能かもしれない。しかし例えば他の国々との比較などからは、現在でも最も先進的な社会民主主義類型の福祉国家であると言えるだろう。将来については、もっと"変質"が進むのか、もしくはさらに多様性に対応できるような柔軟な社会民主主義型福祉国家として発展していくのか、それは現時点では分からないだろう、というような見解を結論にした。

実際のところ、物事万事について共通だと思うけど、スウェーデンの現状をどう見るかについては視点によるし、将来どうなるかなどということは誰にも分からない。個人的にはもちろんこのままスウェーデンが先進的福祉国家として、従って社会民主主義型として発展することを期待するけれど、より客観的な結論としては妥当だと思う。

ところが、"スウェーデン万歳"の教授には"スウェーデン=理想的福祉国家"的見解を多少なりとも批判したことが、やはりあまり好ましくなかった様子で私のレポートに対する友人の発表の際にもらったコメントは厳しいものだった。あう。不合格つまり再提出になるかな?

photo of 20021129
20021128:nine-hundred and seventh day

出国153日目。写真はGöteborgのとある通りの光景。

This picture is taken on the road in Göteborg. Today, I stayed in my flat the whole day and struggled to write the examination paper, again. I must complete it by the next noon.

再び、終日在宅にてレポートと格闘。昨日は8:30から開始して、今朝の8:30まで24時間連続稼動。10:00就寝。今日は15:00に起床、12時間稼動。日中も薄暗いこともあり、日にちの間隔がなくなっていく。明日の午後に全員の発表があり、その際に提出することになっているので、何とか完成させなくてはならない。残るは参考資料一覧の作成。ようやくここまで辿り着いた。明日の夜には、どれほどの解放感が待っていることだろう(笑)

photo of 20021128
20021127:nine-hundred and sixth day

出国152日目。写真は雨にぬれる"Hagakyrkan"の様子。

This picture is the "Hagakyrkan(the church of Haga)" in the rain. Today, I stayed in my flat the whole day and struggled to write the examination paper, again. In this afternoon, I got e-mail from Ichiro, who is one of my friends in Nab Cottage.

再び、終日在宅にてレポートと格闘。レポートに含めなければいけない3つの課題に対して、当初は各々個別にまとめていたために、1本のレポートとして繋げることに苦労する。

普段は料理をするのも美味しいものを食べることも大好きだけど、こういうときは料理をするのはおろか、食べることすらも面倒になる。日本のコンビニエンスストアが少々懐かしくなった瞬間。

photo of 20021127
20021126:nine-hundred and fifth day

出国151日目。写真はMalmö市内で最も古い薬局"Apoteket Lejonet"の入り口。

This picture is "Apoteket Lejonet(the Lion pharmacy)" that is the oldest pharmacy in Malmö. Last night, I went to bed at 5:00 in this morning and got up at 8:00 in order to go to school. I did not sleep during the class, but I would like to sleep right now.

今日は午前中に授業があったので、睡眠3時間で無理やり起床し登校。授業の内容は、Diane Sainsbury"Gender, equality and welfare states"(1996, Campridge university press)を中心に"ジェンダー(性差)と福祉国家"について。途中で教授が"例えば、自分が雇用主で同時に2人の求職者がやって来て、2人とも30代前半で同様の教育程度と能力を持っていて、さらに両方ともごく最近に結婚したばかりだとする。片方が男性で、他方が女性だった場合、そこで男性を採用するのは差別にあたるのかどうか?"という問題を提起し、"何故なら、結婚したばかりの女性は出産を近い将来に迎える可能性が高く、男性は少なくとも出産で数ヶ月休暇をとる可能性はないから、自分の会社の利益を考えたら、それは当然のことではないのか?"と続けた。社会学部における授業なので、ここで教授はジェンダーは生物学的要因から生じるのか、それとも社会的要因からかという話題に展開していったのだけど、このテーマは20020909に提出した"Academic Writing"の試験レポートの課題だったので、教室中でそのときのことを思い出している雰囲気が漂っていた。日本にいたときは女性がジェンダー問題を取り上げるとどうしてもフェミニスト的な視点になってしまうような気がして、あまり関心を持っていなかったのだけど、スウェーデンにきて授業の中でごく当たり前に取り上げられているうちに、また特に今回のコースを通じて福祉国家におけるジェンダー問題の重要性について認識が深まるにつれて少しずつ興味が生まれてきている。

スウェーデンでは政策における男女間の差別は"児童手当(barnbidrag; child allowance)" だけが自動的に母親に付与されることを除き、ほぼ全て解消されたが、現実にはまだ残っている例として、造船業などの男性優位の業種では例えばより能力の高い女性が求人に応募してきても男性を雇用する選別性が働いているということがあげられた。ここで"女性優位の業種における、その逆の作用は働いているのか?"という質問が出た。この質問に対しては"あるとは思うけれど、男性優位の場合に対して少ないと思う"と教授は答えた。その後で話題に出るかと思っていたら出なかったので、授業の終わりに"スウェーデンにおいて男性の助産婦さんはいるのか?"という質問をした。しばらく悩んだ後、教授は"自分の知る限りではないと思う。その質問は色々なことを考えさせられるね。まさか日本にはいるのかい?"と逆に質問されてしまったので、"現在制度化されているかは自信がないけど、資格制度に男性を含めようという議論はある"と回答し、教室内にどよめきが生じる。だけどおそらく教授が"いない"と言ったのは、現実的にいないという意味だったと思うので、資格制度における性別条項の問題と並列では語れないと思う。

授業終了後、雑談のなかで"もし男性の助産婦さんがいたらどのように呼ぶか?"という話題になり、誰かが"midhusband!!"と言ったところで教室中爆笑。英語では助産婦さんのことは"midwife"というので(笑)

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20021125:nine-hundred and fourth day

出国150日目。写真はMalmöのとある通りの風景。

This picture is taken on the street in Malmö. Today, I stayed in my flat the whole day and struggled to write the examination paper, again. I hope the goal is coming soon.

引き続き、終日在宅にてレポートと格闘。さすがに追い込みが効いてきて、16時間連続で集中作業。苦闘の甲斐あってか、多少なりとも福祉国家スウェーデンの全体像が見えてきたように思う。Bo Gustafsson"Foundation of the Swedish model" (1995, in "Nordic journal of politicial"22)を読んだところ、頭の中が少し整理された。今回のレポートで労働政策を初めて考察の対象に入れたことで、経済学の知識のなさ故に理解不能の点が多かったのだけど、少なくとも高齢者福祉サービスだけを見ていたときよりもは視野が広がったのではないかと感じている。希望的観測??

photo of 20021125
20021124:nine-hundred and third day

出国149日目。写真はMalmöのとある劇場。

This picture is the theater in Malmö. Today, I stayed in my flat the whole day and struggled to write the examination paper, again. I am feeling exhausted.

引き続き、終日在宅にてレポートと格闘。ほぼ完全に3日間、一歩も部屋を出ていない不健康な生活。斜め向かいの部屋に住んでいる一番仲良しのフィリピン人の友人が、資料を借りに夕方来訪。彼女は自国のことを取り上げているのだけど、やはり苦戦している模様。しばらく談笑して、お互いを慰めあい励ましあって、再びお互いの部屋へ。果たして締切に間に合うのだろうか?

メールにて、先日来勝手に"労働市場活性化政策"などと訳していた"active labour market policy"の定訳が"積極的労働市場政策"であり、スウェーデン語では"aktiv arbetsmarknadspolitiken"であると教えていただく。多謝。その後、目を通していた篠田武司編著"スウェーデンの労働と産業 転換期の模索"(2001,学文社)でも"積極労働市場政策"と訳されているし、きちんと日本語の文献も読まないといけないな…。しかも今頃になってこの本が今回のレポートに非常に関係していることに気がついても、もはや遅いし…。やれやれ。ちなみに昨日分までの誤訳は後日修正予定。

photo of 20021124
20021123:nine-hundred and second day

出国148日目。写真は"Malmöhus(マルメ城)" 。

This picture is "Malmöhus(the castel of Malmö)". Today, I stayed in my flat the whole day and struggled to write the examination paper, again.

引き続き、終日在宅にてレポートと格闘。20021120に書いたようにスウェーデン型福祉国家において完全雇用を原則とする労働政策は重要な意義を持っている。前述の通り、スウェーデンにおける労働政策の中心となっているのは、"積極的労働市場政策(aktiv arbetsmarknadspolitiken; active labour market policy)"であるために、スウェーデンの福祉国家制度について扱う今回のレポートではこの政策について取り上げることが必須となる。そこで労働市場政策の実行において全面的な責任を負っている労働市場庁(Arbetsmarknadsstyrelsen;National Labour Market Boad)"のサイトに掲載されている資料を基に書いていくのだけど、実態が分からないからなかなか難しい。

文献資料を読んでいるときは幸せだけど、書くときは逃げ腰ということは、別に勉強が好きなのではなくて、単に読書が好きということではないかと思ったりしている今日この頃。

photo of 20021123
20021122:nine-hundred and first day

出国147日目。写真はMalmöの日暮れ。

This picture is the sunset in Malmö. Today, I stayed in my flat the whole day and struggled to write the examination paper. When I went to but a pack of milk, it was very cold and snowing a little.

終日在宅にてレポートと格闘。昨日早めに寝たのに、目覚めたときの爽快感がない。原因を考えていて、朝なのに夕方のように暗い天候のせいではとないかと気づいた。もともと夜更かし傾向があるので、夜が長い分には構わないのだけど、確かに8:00過ぎに日が昇り、16:00には日が沈んでしまう短い日中と、さらに日中でもどんよりと雲が重く垂れ込めているので、なんだか体内時計がおかしくなっていく感じ。中国人の同級生は、11時間寝てもまだ眠いと言っている。とはいえ私の場合は、自分自身の不規則な生活が最大の原因かな(笑)

日本で聞かれるスウェーデンに対する典型的な批判のひとつに"税金が高いから、才能のあるヒトや金持ちは他の国に逃げていくではないか"というのがある。このことについて先日Stockholmに行ったときに話していて"それはどちらかというと秋から冬の厳しい気候のせいではないか"という意見を聞いた。確かに私は期間限定だから、このどんよりさも寒さも楽しめるけど、例えば夏の短い年はもっと辛いだろうし、お金があれば年中青い空のもと陽光がふりそそぐところに住みたいと思うのは当然のことだろう。それはこの気候の下で生活しなければ理解できなかったことだ。私の明治学院大学院での指導教授は"生活すること自体が勉強だから"と送り出してくれたのだけど、最近そのコトバを噛締めている。

photo of 20021122
20021121:nine-hundredth day

出国146日目。写真はMalmö中央駅の裏にある灯台。

This picture is the lighthouse in Malmö. In this morning, I have started writing the examination paper. Then, I find that the biggest problem for me is my poor English...

今日は授業が午後からだったので、午前中にいよいよレポートを書き始めた。資料も沢山あるし、構成もほぼ決まっているので、あとは書き進めていくだけ…のはずだけど、自分の頭にある内容をどうすれば適切な英語で表現できるのかが最大の問題。最近しばらく忘れていた語学に関する劣等感が再び襲来してきている。

移動時に読んでいた内橋克人編"誰のための改革か"(2002,岩波書店)と息抜用に読んでいた山形浩生"コンピュータのきもち"(2002,アスキー)[web版]の双方を本日読了。山形浩生氏の"尊大"な態度と口語体の文体は嫌いなヒトも多いと聞くし、正直なところたま〜に気になるときもあるけど、個人的にはいっそ清々しくて痛快。氏の文章を読んでいると"難しいことを分かりやすく書くこと"の重要性を改めて認識するけど、その文章が読者(私)にとって分かりやすく感じるのは、書き手の波長というか例示などが私の波長や興味関心と合うからなのだろう。とするならば、できるだけ多くの読者に対して分かりやすい文章を書くというのはどういうことなのだろう、などと考えてしまう。

この本の内容は"コンピュータ初心者向けに、単にコンピュータのちまちました使い方を指導するだけじゃなくて、もっと大きなコンピュータの概念みたいなものをわかってもらえる"ための種々様々な話題。社会福祉施設で日々パソコンと苦闘している方々が読んだら少しはパソコンに触るのが楽になるのではないかと思うけど、だけどやはりこの本は多少なりともパソコンを含むコンピュータに興味や関心を持つヒトを対象としたモノで、全くの初心者やパソコンアレルギーを持っているヒトには向かないなあと感じてしまう。とはいえ、どのような領域でも"知識"や"教養"なんてモノはそれに対して全く興味のないヒトには何も意味を持たないのだから、これは当然のことなのだ。つまり社会経済学に興味のなかった昨年の私は先日購入したNeil J. Smelser and Richard Swedberg ed."The Hand Book of Economic Sociology" (1994, Prinston University Press)を買おうとは思わなかったし、音楽に関する興味関心が低下している現在は椎名林檎の新曲がDVDで発売されると聞いてもすぐに予約しようとは思わない。

"コンピュータのきもち"の巻末に番外編として著作権に関する章があり、"著作権を尊重しすぎるのは将来における創造を抑制するので本来の趣旨に反することになる"というような主旨が書かれいる。私がここでこのように氏の著作物に対する感想を書いていられるのは、"コンピュータのきもち"という元ネタがあるからだし、確かに"何もないところからはなんかものは作れない"のだけど、う〜ん、氏が提示しているフリーソフトやリナックス型の創造モデルが万能なのかという点にも疑問を感じてしまうのだ。これは理論的にというより感情的に、写真家の父を持つ立場からすれば、父の写真に写った車の持ち主やメーカーから著作権(?)を主張されるのような著作権強化の方向も嫌だけど、一切の著作権が認められなくなって自由に出版物に複写掲載されてしまうのも、父がプロである故に、嫌だと思う。私自身がこのサイトに(c)をつけているのは、"自分で書いた文章については責任を持つよ(だから批判も意見も受けるよん"という意思表示のつもり。

この著作権問題については考えが全くまとまらないので、皆さんのご意見を是非

photo of 20021121
20021120:eight-hundred and ninety-ninth day

出国145日目。写真はMalmöのとある建物の一画。

This picture is taken in a house in Malmö. In this afternoon, I was glad to see our professor again in the class. Because he changed the deadline for the examination paper to next Friday from next Monday, we feel so relieved.

ようやく教授が復帰し、授業が再開したので嬉しい。しかもレポートの最終提出日が20021125から20021129に変更になったので、教室中が大喜び。とはいえ7000語の英文レポートを書くのはかなりの重荷。文献を読んでいる方が楽なので、つい逃げてしまうのだけど、そろそろ書き出さなくては間に合わなくなる。しかも今回は自分で自分のレポートを発表するのではなく、友達同士で交換し他人のを発表するので、発表が行われる20021129により以前に友達に渡さなくてはならない。

今日の授業では予定通り、Esping-Andersenの福祉国家3類型における"自由主義(liberal)"モデルの代表であるアメリカに焦点が当てられた。アメリカでは"働くための福祉(welfare to work)"といわれ、要するに"働くもの食うべからず"の原理が中心となっている。ところが対極にあるはずのスウェーデンでも"働けるヒトは全て働かせる"という原則がある。この点は共通しているのだなあと先週から思っていたのだけど、質問をする前に教授が言及してくれた。つまり"完全雇用を志向するのは同じだが、方向が異なる"と。

スウェーデン型の福祉国家を維持していくためには、当然のことながら財源となる税金を確保しなくてはならない。そしてそのためには労働力人口を最大にしておくことが必要になる。"自分で稼いで自分の生活を維持しているヒトが多い"ということは一方で、福祉サービスの利用者を減らし、歳出を抑えることになる。現在のスウェーデンにおいて福祉国家の"危機"と呼ばれるモノは、端的に言って失業率の増大によりこの逆方向への流れが生じているからである。失業率の増大はスウェーデンのみならず、アメリカ以外のほとんど全ての先進国で生じている現象なので、この状態だけを見て"だからスウェーデンの高福祉高負担福祉国家はダメじゃん"というのはあまりに短絡的だろう。 さらに"疾病手当などの社会保障が手厚いからサボるヒトが多い"という論理については、そういう事実は多少あるかもしれないけど、比較研究によるとその因果関係は少ないとJohn D. Stephens"The scandinavian welfare states: Achievements, Crisis, and Prospects" in Gøsta Esping-Andersen ed."Welfare States in Transition"(1996, UNERISD)には書かれている。

話題をアメリカとスウェーデンの相違点に戻すと、スウェーデンでは"働けるヒトは全て働かせる"という目的のために"積極的労働市場政策(aktiv arbetsmarknadspolitiken; active labour market policy)"がとられている。これは"国民の可能性を人的資源に変えていく"政策であり、スウェーデンで成人教育/生涯教育が充実している理由である。つまり福祉国家の維持のために不可欠な完全雇用をできるだけ実現するために、"教育"を通じて労働市場で必要とされている人材を育成しているのである。スウェーデンの教育が完全に税金によって賄われており、授業料などが課されない理由もここにある。"教育"を社会開発の一環として位置付け、"教育"を受けた存在をを社会的資源とみなす考え方を理解したとき、目から鱗が落ちた。おそらくこの方針は、際立った産業もなく貧しい農業国だったスウェーデンが、唯一"豊か"になる道として生み出されたのだろうと思う。

一方のアメリカでは、可能な限り低所得層への社会保障の給付額を減らし、社会サービス利用の基準を厳しくすることにより、就業の必要性を生み出している。教授によると、アメリカでは棒で叩くことで馬を働かせており、スウェーデンでは餌の人参を増やすことによって、英国では最初人参を与えてダメならすぐに棒に切り替える、という違いだということである。

photo of 20021120
20021119:eight-hundred and ninety-eighth day

出国144日目。写真はMalmöで滞在したホテルの窓から見える光景。

This picture is taken from the window of the room in the hotel where we were staying in Malmö. Today, we had no class. However, we have to write the examination paper by next Monday and so I studied the whole day in my flat. Now, I read John D. Stephens"The scandinavian welfare states: Achievements, Crisis, and Prospects" in Gøsta Esping-Andersen ed."Welfare States in Transition"(1996, UNERISD).

今日は授業がない日だったので、終日在宅にてJohn D. Stephens"The scandinavian welfare states: Achievements, Crisis, and Prospects" in Gøsta Esping-Andersen ed."Welfare States in Transition"(1996, UNERISD)を読む。20021111に書いたように、今回のレポートでスウェーデンと日本とどちらをとりあげるか悩んでいたのだけど、結局スウェーデンを扱うことにした。スウェーデンという福祉国家について、今回のコースで沢山の知識を得たので、自分なりに整理をして身につけたいという積極的な理由と、日本のことに関する資料を今から集めて理解して英語で表現するには時間的に厳しいという消極的な理由。日本のことを書く場合には多少誤魔化してもばれないだろうという利点(?)と、教授はもちろんのこと同級生たちもスウェーデンに関する知識は豊富に学んでおり、また他にもスウェーデンを取り上げる同級生が数人いるという不利点(?)からは、果たして選択したのが楽な道だったのか、それとも厳しい道だったのかのかは分からないのだ(笑)

photo of 20021119
20021118:eight-hundred and ninety-seventh day

出国143日目。写真はKøbenhavn中央駅の光景。

This picture is taken in the central station of København(Copenhagen) in Denmark. In this morning, the man who would repair all hinges of doors in our house knocked on my door. After 30 minutes, he finished it. When I wanted to go out in this afternoon, I found that I could not open the locked door with my key from inside. I felt very upset, of cause. At last, I called SGS, the owner of this house, and a man came to help me.

昨夜寝るのが遅くなったので惰眠を貪っていたときに、ノックの音が聞こえて慌てて起きた。8月に入居以来、度々建物監査が入っては修理が行われており、未だに完成していないらしいこのアパートは、今日もまた防音のためにドアの蝶番を変更することになっていた。30分くらいで終了し、施工業者の職人さん(?)は次の部屋へと移って行った。来週の月曜日に試験としてのレポート提出を控えているので、工事の騒音のなか部屋に篭って勉強に勤しむ。

夕方、少し出かけようと思い、いつものように鍵を回す。あれ?途中までは回るのに、開かない。何度試しても開かない。なんで?気持ちは徐々に焦り始める。5分くらい、ドアを押したり引いたりしながら鍵と格闘するも開かない。仕方がないので、事務所が開いていることを祈りつつ、管理会社であるSGSに電話をかける。部屋に電話を引いておいて、良かった。

幸いなことにSGSにはまだヒトがいて、事情を話すと施工業者に連絡をとってくれた。折り返しの電話を待つ時間が長い。30分後、今朝の修理を担当した男性の同僚が到着。窓から私の鍵を渡し、外側から開けてもらい外界へ。一安心。英国出身というその陽気なおじさんはおしゃべりしつつ、ドアを調整してくれた。やれやれ。

結局このアパートのドアは、鍵のかかった状態から少しでも動いた"半ロック(?)"の状態になると二重目の鍵がかかる機構を持っており、この仕組みは以前は外側からしか効かなかったのに、今回蝶番を変えて密着率を上げたためにさらに厳格になり、内側からもその状態になりやすくなってしまったということが原因。もしかしたら、もっとゆっくり落ち着いて開ける努力をしたのであれば、自力で開けられたのかも知れないけれど、それにしても自室から出られなくなるというのは非常なる恐怖だった。

SGSからの折り返しの連絡を待っている間に考えていたのは、"自由に外出できない"ということは"施設"の必須要素かどうかということ。程度の差こそあれ、集中的に対象層を"管理/対応"するというのが"施設"の本質であるならば、結果的には、その対象の自由を制限することも"施設"の必須要素になるのかもしれない。この要素が最も明確に現れているのは"監獄"という"施設"なのだと思うけど、では入居型の高齢者福祉施設、例えば特別養護老人ホームなどはどうなのだろう?

おそらく多くの特別養護老人ホームでは、例えば車椅子を利用していてもひとりでの外出が可能な場合は自由に外出することができ、痴呆症状などの理由によりひとりでの外出が危険なお年寄りが外出しようとした場合には、誰かが付き添うか途中で引き止めるかをしているのだと思う。これは、後者の利用者の自由を制限していることになるのだろうか?

この問題は、外出だけでなく抑制や飲酒、喫煙など様々な局面に通じていると思うのだけど、社会福祉施設の第一義的な目的が"利用者の生命の安全をまもること"であるならば、その安全が脅かされると"判断"される場合には、やはりその行動を制限せざるを得ないのだろうと思う。言うまでもなく過剰な制限や一律的な制限は問題外だとしても、明らかにひとりで外出したら事故にあうだろうと予測されるお年寄りを、"本人が外出しようとしているから"という理由で、その"自由"を尊重し、何も対応しないのならば、その利用者さんがそこで生活をしている理由が、そこに職員がいる理由がなくなってしまう。もちろん、そのようなときにいつでもさりげなく一緒に出かけることのできるだけの職員の手の余裕があるのが一番良いと思うし、もしくはそこで事故が起こって最悪亡くなられたとしても、それでも本人の意思を尊重するというだけの社会的合意が成立してるのなら状況は異なるけれども。

ただ最大の問題となるのは、例えば"重度痴呆症を持つ利用者の単独外出"は"生命の危険が大"だとしても、"床擦れのある利用者の喫煙"はどの程度の"生命の危険"なのかという、"安全/危険"の"判断"を、どのように誰が行うのか、その基準は何かということだ。

特別養護老人ホームなどの入居型社会福祉施設において"利用者の生命の安全をまもるためのある程度の行動制限"が"必須要件"だとするならば、逆に言えば、24時間職員がいて"専門職の判断"によるそのような対応ができることが、入居型社会福祉施設の本質的機能なのだ。ところが現実には、特別養護老人ホームの利用者さんはそのような本質的機能が必要なヒトばかりではない。これは本人の心身の状況だけではなく、住宅事情や家族の事情などによって"在宅生活の限界"となり"入居せざるを得ない"利用者さんが多いためであり、つまり在宅サービスが十分でないために、そのような事情が生じているのである。家族の有無や収入の多寡に関わらず可能な限りの間は在宅生活を継続可能にするような在宅サービスが住環境も含めて整備されるのであれば、そのときに初めて入居型高齢者福祉施設は本来的機能を十分に発揮できるようになるのではないだろうか。在宅サービスの不備を"施設"が補完している現状からは程遠いし、介護保険制度が家族の手を前提としている限り、さらに付け加えれば収入保障不在のままに応益負担を強いる限り、施設の補完的機能は終わらないどころか、一層大きくなっていくのではないだろうか。

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20021117:eight-hundred and ninety-seventh day

出国142日目。写真は"Øresundsbron(オアスン橋)"からの光景。

This picture is taken on "Øresundsbron(Øresund bridge)" between Malmö in Sweden and København(Copenhagen) in Denmark. In this afternoon, my Japanese friends would take the train to Hamburg in Germany via København. I was interensted in that bridge and so I went to København with them. After 2 hours staying there, the time when we had to say "good bye" came. We felt very sad and miss each other. In this evening, I came back Göteborg alone.

"Øresundsbron"は2000年7月に完成したMalmöとKøbenhavnを繋ぐスウェーデンとデンマークの国境の橋である。 日本を出国した20020629に海の真中を真直ぐに走るこの大きな橋を機内から見て、"車で走っているヒトや鉄道に乗っているヒトにはどのように見えるのだろう"と感じた疑問を確かめるために通ってみることにした。KøbenhavnとはCopenhagen(コペンハーゲン)のデンマーク語表記なのだけど、さらにスウェーデン語ではKöpenhamnになる。Malmöの中央駅で入手した時刻表にはデンマーク語表記で書いてあり、スウェーデン語表記までは分かっていたけどデンマーク語表記は知らなかったので、本当にそれが"コペンハーゲン"のことなのかどうか確認するまで不安だった。しかも同行している知人は"コペンハーゲン"で列車を乗り換え、ドイツのHamburg経由でスイスのZurichまで移動するので、万が一にも駅を間違えたら次の列車に乗り遅れてしまう。ところが当の知人本人は、"大丈夫よ。コペンハーゲンに決まっているわよ"と不安の欠片もない様子。人生経験の差というべきか、器の違いというべきか(笑)

"国境を越える"といってもMalmöとKøbenhavnの間はローカル線扱いで、20分間隔で列車が出ており、自由席。昨日のうちに購入しておいた切符を持って、すんなり乗り込む。Malmö市内を縦断し、時刻表には掲載されていない小さな駅にも止まって、短いトンネルをくぐった後、いきなり橋に出た。吃驚。写真の通りの雨混じりのお天気で、視界は決して良くはなかったけれど、それでも両側に水平線が見える光景はなかなか圧巻。しかも長い。

景色を堪能していると、デンマーク側の陸地が見えてきて上陸(?)となる。機内から見ていたときに、デンマーク側ではトンネルになっているのを知ったので、どんな風に橋がトンネルに変わっていくのか、潜水艦ではないのだから考えてみればあり得ないことけど"窓から喫水線が見えたりするのかな"などと楽しみにしていた。でも実際は島の上でトンネルに入っていってしまうので、何も特別なことなどなかった。もちろん海底トンネルから景色が見えることもなかった。少々残念。

しかしパスポートチェックも何もなしに列車に乗ったまま"国境"を超えるというのは何だか不思議な体験だ。もちろん"Scengen Agreement(シェンゲン協定)"(抄:pdf)のためだということは理解しているけど。こういう状態だから、ノルウェー人はスウェーデンに、スウェーデン人はデンマークにアルコールを買いに行くなど、税率の低い国に買い物に出かけたり、国境を越えて通勤したりということが可能になるのだということを実感した。まさしくEurope Unionという仕組みはヒトとモノとカネの流通のための交通整理を行っているのだ。

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20021116:eight-hundred and ninety-sixth day

出国141日目。写真はMalmöの市庁舎の建物。

This picture is the city hall in Malmö. Today, we walked around Malmö city centre. There are lots of old and histrical buildings, and so we could enjoy seeing them. It was windy and a little cold, and then one of my friend has caught a cold.

今日は少しだけ市内観光に出かけた。同行しているごく親しい知人夫妻も私自身も目一杯観光をするのは好きではないので、古い建物を眺めながら、のんびりと歩く。Malmöに限らず、GöteborgでもStockholmでも他のヨーロッパの都市でも思うことだけど、本当に歴史のありそうな古い建物が"遺跡"にならずに現役で利用されていることにいつも感心する。そしてそれらの建物からはその街の生きた歴史が感じられるのだ。Malmöはデンマーク領に属していた歴史のせいか、大陸に近いせいなのか、GöteborgでもStockholmとは街並の印象が少し違うように思う。建築的な知識が薄いので適切な表現が浮かばないけど、何と言うのか建物が"重い"ような印象。日本の都市が多少の地域性はあるものの、どこも同じようなのっぺらぼうのコンクリートの建物に溢れていることを思うと、もちろん"石の文化"と"木の文化"という違いはあるのだろけれど、それ以上に歴史の継続性に対する意識も異なるのではないだろうかなどと考えてしまう。先日来、遺跡などを見る機会が多いためか、日本の現代建築で100年以上残るモノ、100年後に素晴らしいと思われるモノはどれだけあるのだろう、などと思いをめぐらせてしまう。

駅の裏の港へ行き、知人が写真を撮影していたら釣の準備をしていた男性が話しかけてくる。"どこから来たのか?"などと質問してきたのでおしゃべりしていると、"自分の住所を教えるから写真を撮って送ってくれ"と頼まれる。非常に訛の強いスウェーデン語混じりの英語だったのでどこの国のヒトだろうと思っていたら、Macedonia(マケドニア)からだということだった。お話好きのその男性と別れを告げた後、Malmöのお城を見に行くことになり、てくてく歩いていく。

Malmöも含まれるスウェーデン南部のSkåneと呼ばれる地域は古城で有名なので、現在は美術館になっているというMalmöのお城はどのようになっているのだろうと楽しみにしながら到着すると、外から見た限りではお堀の側の一画だけがもともとの城砦で、残りの部分は後から再建された新しい建物のようだったので、拍子抜け。周囲の美しい公園や美術館を見ている時間的/体力的余裕がなかったので、次に来るときにはゆっくりと見学したいと思う。

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20021115:eight-hundred and ninety-fifth day

出国140日目。写真は世界の車窓から@Göteborg-Malmö編。

This picture is taken from the special express from Göteborg to Malmö. Our class must have begun at 8:00 in this morning, so I got up very early and went to the class. When I talked with my friends at 8:15, the department secretary came and told us that the professor was still ill and we had no class today. Needless to say, we complained that the professor should have told us before, but it was not her sake, of cause. In this afternoon, my Japanese friends and I took the train to Malmö. We will stay in Malmö untill Sunday.

今日の授業は8:00開始の予定だったので、いつもよりかなり早起きして登校した。教室の前で同級生たちとおしゃべりをしていたところ、8:15に教務担当の先生が来て"申し訳ないけれど、今日も休講"と告げた。がっくし。しかも月曜日に予定されていた特別講義も中止になってしまったので、次の授業は水曜日。あらかじめ分かっていれば週末の予定はもう少し違ったものにできたのにと思うと少々残念。考えても仕方がないので、同級生たちと少しおしゃべりとした後、日本から来ている知人との待ち合わせ場所へと向かう。

合流後、Göteborgの中央駅へ行き、"X2000"という特急に乗る。切符を取るのが昨日になったため、一般車両に空席はなくペット同伴用の車両。周りには犬がたくさん。大きな黒い犬が多かったけど、一言も吠えたりせずにおとなしい。数時間後スウェーデン第3の都市、Malmöに到着。列車の旅は飛行機に比べたら時間はかかるけど、刻々と変化する車窓からの風景を楽しむことができるので、時間は気にならず大好き。初めて訪れるMalmöの街は、Göteborgよりも小さいけれど、やはり歴史を感じさせる古い建物が多く、街のなかを運河(?)が走っており、なかなか落ち着ける雰囲気である。明日、街を歩くのが楽しみなのである。

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20021114:eight-hundred and ninety-fourth day

出国139日目。写真はGöteborgのとある建物から見た"Göta Älv(イェータ運河)"。

This picture is "Göta Älv(Göta Canal)" taken from a hotel in Göteborg. When I went to the class room in this after noon, there was a notice on the door, which said that the lecture had been canseled. Then, I could spend all day with my Japanese friends.

今日の午前中は知人と行動を共にし、午後は授業に出席しようと教室に行ったら、"本日休講"の知らせがドアに張ってある。念のために、その掲示を行った教務担当の先生のところに行き確認すると、"担当の教授から具合が悪いと連絡があった。明日の授業については追って連絡する"という。授業の続きが聞けないのは残念だけど、体調が悪いのでは仕方が無い。

夕方から、日本から来た知人夫妻との共通の知り合いであるスウェーデン人一家のおうちに行く。6歳と4歳の男のコと2歳の女のコが広い家のなかを駆け巡るにぎやかな家庭。街を歩いていても思うことだけど、スウェーデン(ヨーロッパ?)の子どもたちは本当にのびのびと育っている。日本で出会う小さな子どもたちにはこのような"のびのびさ"は見かけないような気がするのだけど、これは文化の違いなのだろうか?それとも人口密度や家の広さの違いのため?

その6歳の男のコは"0学年"と呼ばれる就学前教育に通っているのだそうだけれど、彼のクラスには10人しか生徒がおらず、他にもう1つ11人のクラスがあり、その21人に対して先生が3人いるという。教室での授業があるのは毎日3時間だけで、後は雨の日も雪の日も近くの森などの屋外での遊びが中心なのだそうだ。以前から不思議に思っていることだけど、日本では少子化少子化というのに、そして教師志望者は多いのに、何故思い切った少人数学級化は進まないのだろうか?それとも私が知らないだけで、進んでいるのかな??

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20021113:eight-hundred and ninety-third day

出国138日目。写真はGöteborgのとある通りの風景。

This picture is taken on the street in Göteborg. Last night, I met my friedns from Japan at the airport and I took them to my flat and school in this morning. While I had the class in this afternoon, they visited to the museums.

今日の午前中は知人と行動を共にし、午後は授業に出席。先週は"平等/不平等"や"再配分"、"保険"などの福祉国家を理解するための概念を学んだが、今日の授業からいよいよEsping-Andersenの"福祉国家3類型論"に入る。Esping-Andersenは、"個人(と家族)が市場に依存せずに、どれだけ所得を確保し消費ができるか"ということを意味する"脱商品化(decommodification)"と"社会階層化(stratification)"という指標を用いて、福祉国家の種類を、アメリカに代表される"自由主義(liberal)"と、ドイツに代表される"保守主義(conservative)"と、スウェーデンに代表される"社会民主主義(social-democratic)"の3つに整理したのだけど、その内容についての簡単な説明が行われた。さらに、歴史的な背景として、Esping-Andersenが基本としているTitmussの3類型論("residual"/""inductrial achievement performance"/"institution redistribute")及びさらに以前のWilensky and Labauxの2類型論("residual"/"institutional")についても取り上げられた。

担当の教授は、"今から自分は社会民主党の大使になる"と名言しないときでも、Esping-Andersen自身と同様に"社会民主主義型福祉国家"が最も良いと考えていることを隠そうともせず、アメリカなどの"自由主義型福祉国家"についてはかなり厳しく批判を展開している。教授がそのような批判を述べている間に、アメリカの社会福祉に興味があるスウェーデン人の同級生などが顔をしかめているのが非常に面白い。できれば近日中に彼女自身が"自由主義型福祉国家"をどのように考えているのか、どの点において教授に不賛成なのかを詳しく聞きたいと思っている。

明日の授業では"自由主義型福祉国家"自体が取り上げられる予定なので、どのような議論が展開するのかを楽しみにしているのである(笑)

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20021112:eight-hundred and ninety-second day

出国137日目。写真はGöteborgのとある通りの風景。

This picture is taken on the street in Göteborg. Last night, it was the second time to have snow here. However, there are not so mach as the last time on 20021018, and so it may be gone soon.

昨夜雪が降ったために、今朝起きたら外が白かった。雪が積もるのは今年2回目だけど、前回ほどは多くないので、きっとすぐに融けてしまう。まだまだ-5℃程度なので、きっともっと寒くなるに違いない。寒がりにも関わらず暑いより寒い方が好きなので、"寒い寒い"と言いつつも楽しんでいる。ちなみに日照時間も格段に短くなっており、最近では16:30には暗くなる。このために疲労感を感じるヒトや眠気を強く感じるヒトもいるそうだけど、今のところは全く気にならない。夜更かし癖も役に立つことがあるのだなと変なところで感心しているのだ(笑)

日本からごく親しい知人夫妻が数時間後にGöteborg空港であるLandvetter airportに到着する予定になっているので、迎えに行くつもり。当初はそんなつもりはなかったのだけど、浴槽のあるホテルに泊まるというので我慢できなくなり、便乗することにした。季節外れなので宿泊料も安いし、たまにはささやかな贅沢。"入浴"という習慣は、もしかしたら私のなかの最も"日本人"的な部分なのかもしれない。

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20021111:eight-hundred and ninety-first day

出国136日目。写真は夕闇のなかで照らされる"Hagakyrkan"の姿。

This picture is "Hagakyrkan(Haga church)" in this evening. Today, we had no class. I studied by myself. finished to read Wil Arts and John Gelissen"Three worlds of welfare capitalism or more? A state-of-the-art report"(2002, in "Journal of European social policy"12(2)) and another short literature.

今日は授業が無かったので、自宅で昨日の続きの勉強を行う。一段落した後で、社会学部付属の図書館へ行き、今回のコースの試験用レポートのための資料収集に勤しむ。Esping-Andersen自身が"日本"という福祉国家の類型について述べた論文を無事に入手することができたので嬉しい。読まねば。

今回のコースの試験は、"どこか1つの福祉国家を定め、それがEsping-Andersenの3類型のうちのどれに当てはまるのか、それは何故かを明らかにし"、"その国における男女間の平等に関して社会政策がどのように用いられているか"と"その国の社会政策と保険ににおいてグローバルな機関はどのような役割を果たしているか"について述べることである。"留学して自国のことを取り上げていたのでは留学の意味が無い"と思っているので、当初はスウェーデンについて取り上げる予定だったのだけど、福祉国家理論と社会保障の概念を習うにつれて、日本における社会政策の理念について自分なりに整理してみたくなっているのである。明日明後日中には、どちらを選ぶか決めなくてはならない。どちらを選ぶとしても、いずれ他方も整理してみたいと思うので、単に順序の問題なのだけど。同時進行で悩んでいたGöteborg Universityでの修士論文のテーマについてはほぼ決まり、担当の先生と相談をし了承を受けたの少々ほっとする。否、これからが大変なのだけど(笑)

日本語版はamazon.co.jpにて購入したのでまもなく届く予定だけど、どうせだったら原書も欲しいと思い、Esping-Andersen "The three worlds of welfare capitalism" (1990, Policy press) を探しに"Akademibokhandeln"という書店に立ち寄る。市内の至るところに店舗がある書店だけど、"Vasagatan"の店舗は教材専門なので専門書を探すには非常に良い。逆に言えば、専門書はこの店舗以外には置いていないに等しいということだ。店内を一周して見当たらなかったので店員さんに尋ねると、調べてくれた末にやはり"ない"と言われる。英国への注文は可能かどうかを尋ねると、"もちろん可能だけど、ちょっと待っていて…"と言う。しばらく待った末に"スウェーデン国内の他の書店にあったから、数日で届くよ"とのこと。吃驚。 "Akademibokhandeln"だけのネットワークなのか、他の書店も含めたネットワークなのかは分からないけど、それを思い出してくれた店員さんの親切心も含めて、素晴らしい!!

その店舗にないことが明らかになった時点で、"注文しても、どうせスウェーデンのことだからまた数ヶ月かかるのだろうな〜"とあきらめモードだった私は、この国内店舗間で融通しあうネットワークに甚く感動したのだけど、よく考えたらこれはスウェーデンに日本のような取次制度がないためなのだろうと気が付いた。それとも日本でも紀伊国屋書店などはこのような調整を行っているのかな?

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20021110:eight-hundred and ninetieth day

出国135日目。写真は"nordstan"の天井から吊るされたクリスマスの装飾。

This picture is the ornament for Christmas in "nordstan" which is the big shopping mall in Göteborg. Today, I would have like to finish reading Wil Arts and John Gelissen"Three worlds of welfare capitalism or more? A state-of-the-art report"(2002, in "Journal of European social policy"12(2)). However, I could not do it, because it needs much time for me to read. They reseach "the debate regarding Esping-Andersen's typology of welfare states" and "review the modified or alternative typologies ensuing from this debate." In short, this paper criticises the three types of welfare states by Esping-Andersen; "Liberal"(e.g. United States), "Conservative"(e.g. Germany) and "Social-democratic"(e.g. Sweden).

今週の授業に備えて、Wil Arts and John Gelissen"Three worlds of welfare capitalism or more? A state-of-the-art report"(2002, in "Journal of european social policy"12(2))と他に1本の論文を読み終える予定が、1本目すら読み終われずに反省。Arts and Gelissen(2002)は、Esping-Andersen"The three worlds of welfare capitalism"(1990, Policy press):邦訳"福祉資本主義の三つの世界" (2001,ミネルヴァ) において提唱された福祉国家の3類型に現実の福祉国家の全ては当てはまらないのではないかと批判している論文である。Esping-Andersenの3類型を知ったときに、"そんなにすっきり分けられるのか?""日本はどこに当てはまるのだろう?"と感じたので、非常に興味深く勉強になるのだけど、形容詞に慣れない単語が多くて最初の方を読むのに時間がかかったのが敗因。Arts and Gelissen(2002)の分析は、それまでに発表されているEsping-Andersenの3類型に対する批判的論文やそれ以外の福祉国家類型論に基づいているので、最近の福祉国家類型論の流れを知ることができて非常に有意義。当然のことながら、参考文献リスト(references)も充実して今後の勉強の大いに助けになる。Esping-Andersen自身が福祉国家"日本"について書いた論文があることも知らなかったのは、我ながら不勉強が情けなくなるけど、過去に勉強しなかったことを後悔してもどうにもならないので、今回知る機会を持てたことに感謝し、早速入手して読むつもり。

お気に入りのカフェで勉強をしようと、ほぼ半月振りに"nordstan"へ出かける。すると写真のようにクリスマス用の装飾が店内のあちこちに飾られてあったので吃驚。日本の百貨店もそろそろクリスマスモードに入っている頃かな。今後はおそらくさらに街が華やかになっていくのだろう。クリスマス当日には市内にいない予定なのだけど、やはり市内で過ごすことにした方が良かったかななどと思っている(笑)

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20021109:eight-hundred and eighty-ninth day

出国134日目。写真は市内で見かけた紅葉。

This picture is taken in Göteborg. After 4 days in school, I feel a little tired. So, I stayed in my flat all day and read books and see some sites in internet.

今日は、4日間連続で全力投球気味の勉強をした後のお休みなので、終日部屋に篭って、新居昭乃小島麻由美Lisa EkdahlなどのCDを聴きながら、趣味の本を読んだり、溜まってしまったmailの返事を書いたり、のんびりと過ごす。こういうときに思い出すのはScha Dara Parrの名曲"ヒマの過ごし方"という歌だ(歌詞全文はこの辺りのサイトを参照)。

"超忙しくて
もーヒマがなくて
とか言ってる人に限って
さらに忙しい休日を
過ごしていたりするのだろう"

先日とある方から頂いた文章の中に"スウェーデン人は忙しいとは言わない。仕事が増えると、ストレスだと言う"という指摘があり、それは全くその通りだと同級生のスウェーデン人たちを見ていて思う。スウェーデン人は"のんびりすること""自分のために時間を使うこと"を非常に重要視している。一方、日本では"忙しい"ことが美徳とされているように思う。

自分を省みて、日本で仕事と大学院の二足の草鞋を履いていたときに、それは自分で選んだことだから、どんなに大変であっても(たまに愚痴を言いつつも)本当のところは構わなかった。だけどそのような"忙しい"時間を過ごしていたことで、精神的な余裕をなくし、特に職場で周囲に迷惑や不快な思いをさせることは多かったと思う。そしてそのような際には必ず後で自己嫌悪を感じ、落ち込んでいた。スウェーデンに来て以来、やらなくてはいけない課題が山積みしていて、時間的に厳しいのは同じでも精神的に楽なのは、やはり二足の草鞋ではなく勉強だけをしていられるためであり、自分の時間を自分のためにだけ使えるという贅沢のためだろう。そして精神的に余裕があるから、他人に対して思いやることもできる。"忙しい"ということは、文字通り"心が亡くなる"ことなのだなあとしみじみと感じてしまうのである。

率直なところ、帰国後、あの生活に再び適応できるのだろうかと時々不安になる(笑)

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20021108:eight-hundred and eighty-eighth day

出国133日目。写真は"café opera"@Stockholmの美しい天井。

This picture is the ceiling of "café opera" in Stockholm. In this evening, I visited to one of my colleague's house. She invited all of us to the party at her house. Almost whole colleagues came and we had lots of food and drinks. After few hours, it was changed the dance party. I had very nice and happy time with them.

昨夜は、20021022の高校生視察ツアーを担当されていた通訳兼コーディネイターの方からの依頼で、今度は高知県から視察に来ている高校生たちの夕食に同席した。今回は2回目だったので、前回に比べたら多少は整理して話ができたような気がするのは希望的推測。昨日は冷たい雨が降り、冷たい風が強く吹く、とても寒い日だったので、風邪を皆さんにうつしたら悪いし、悪化するのも困るので、キャンセルしようかと思っていたほどだったのだけど、高校生の皆さんから刺激を受けることができたので、やはり行って良かったと思う。

今夜は同級生の1人が、"同居人が留守だから皆で遊びに来て"と招待してくれて、丁度今週は同級生2人の誕生日が重なっていたこともあり、パーティとなった。余裕で20人以上が集まることのできる広い住まいで、吃驚。同居しているのは男性らしいので"スウェーデンでは特別な関係でなくても男性と同居するのは一般的なの?"と質問すると、"StockholmやGöteborgなどは住宅難なので、最近は一般的になっている"とのことだった。かなり中心部からは離れた地域とはいえ、こんなに広い住まいにとても豪華なテーブルなどの備品を持ち、生活しているなんてその男性の年齢や職業はどのようなのだろうと思ったのだけど、あまり質問するのも失礼かと思い遠慮した。

今回の主役である今週に誕生日を迎えたのは、南アフリカとバングラディッシュから来ている両方男性の同級生。私とフィリピン人の友人は全員のために飲み物を持っていったのだけど、他の同級生のなかには誕生日の贈り物を持参している場合があった。そして驚いてしまったのは、南アフリカ人の同級生にだけ贈り物を持って来ている同級生が結構いたこと。確かに彼の方がクラスに溶け込んでいるけれど、私の感覚からすると、2人のための誕生日パーティで、しかも2人の目の前で片方にだけ贈り物を渡すというのは思いつきもしない。大体私が持参しなかったのは、今回のパーティで2人に何かを用意してしまったら、今後も行われるであろう全員の誕生日パーティでその都度用意しなくてはならなくなるのではないかと危惧したからなのだ。こういうのって日本人的な悪しき平等意識なのかな??

何はともあれ、沢山食べて、沢山おしゃべりをして、さらには沢山踊った楽しい夜だった(笑)

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20021107:eight-hundred and eighty-seventh day

出国132日目。写真は昨日受領したADSL modemと同梱の品々(除プリングルス)。

This picture is the ADSL modem, AC battery, lan cable and so on, which I got from telia today. It means I get broadband now. It is so usefull to download literatures from e-journal datebase of Göteborg University Library and search something in internet.

申し込みから約2ヶ月が経過し、ようやくTelia ADSLを利用できることになった。スウェーデンでは小包は最寄の郵便局に留め置きされ、通知を持って指定の郵便局取りに行くのだけど、その通知は一昨日の20021104に届いていた。ところが通知に指定されていたのは、郵便局ではなくて近所の小売店。そこで喜び勇んで指定されたお店まで出かけていくと"その業務は水曜から開始するからダメ"と言われてしまったのだ。確かにpostenからの広告チラシでは20021106からと書かれていたことを思い出しけど、通知が届いたから風邪ひいているのに冷たい風が吹く中わざわざ来たのだし、それならば通知に明記してくれれば良いのになあと思った。とはいえ言ってもこういう場合、英語もろくにできない外国人が何を言っても仕方が無いのでとぼとぼとまた寒い中帰宅する。日本の組織性が懐かしくなった瞬間だった。

そんなわけで今日は待ちに待った水曜日。学校帰りに足取りも軽く、小売店に行く。ををっ!!店の外には郵便局マークが掲示されている!!月曜日に来たときには工事をしていたカウンターの中に真新しいPCが設置されている!!しかしアラブ系と見られる店員のお兄さんは郵便業務もPCの操作にも全く慣れていないらしく、既に長い行列が。そして私の後ろにも次々と伸びていく列。レジが1箇所しかないために、ガム1つ、新聞1紙だけを購入したいお客さんもその列に並ばなくてはならないのだ。いちいちお店の奥に引っ込んでいる奥さん(?)に尋ねている店員のお兄さんを見ていて、"日本に何かを送るときには、もう少し時間が経って慣れた頃にしよう"と決意。結構な時間を待って、ようやく順番が来たので、通知を見せて"これを受け取りたいのだけど"というと、店員さんはすぐに奥さん(?)を呼び、その女性が郵便局マークのついた籠をごそごそと探して出してくれた。どうやら後ろのPCは郵便局のシステムとつながっているらしく、通知についたバーコードをピッと読み込んで、終了。と思いきや、奥さん(?)が後ろから首を出し、"通知にサインをしろ"と言う。私も忘れていたけど、店員のお兄さんにも忘れないで欲しかったのだ(笑)

郵便局ではなくて小売店が指定されたのは村田敬先生(該当箇所)や奥村芳孝氏(該当箇所)のサイトに詳しく書かれているように、今年からスウェーデンでは郵便局から郵便業務が切り離され、地区毎の小売店に委託されることになったのだ。Stockholmでは先に導入されていたようだけど、Göoteborgでは遅かったらしい。今日から新型のポストも目にするようになった。ちなみにこれは、日本でいうところの郵便民営化とは大きく異なることと認識している。配達は郵便局員さんが担当しているし、PCによる集中管理により責任は郵便局という公的部門が負っている。またもしかすると郵便業務に必要な改築に伴う費用やPCも公的部門からの資金援助が出されていることだろう。これもまた昨日書いた最終段落の論議につながる違いだと思う。

帰宅後、お茶も飲まずに早速開封。modemの機種は"zyxel prestige 645m"でサイズは写真に写っているプリングルスと比較のこと。"北限の205"(該当箇所)のたろ〜氏に届いたmodemと比べると半分程度に小さくなっているような印象。splitterはmodemに内臓されている。日本でADSLを使用していなかったので設定する際には"北限の205"の詳細な説明を参考に行おうと思っていたのだけど、予想以上に簡単で説明書も見ずに設定を終了する。しかもVAIO PCG-VX7/BDはLANケーブルを接続した途端に認識してくれた。初めてwindowsXPに感謝(笑)

速度の方は、たろ〜氏と同様のLos AngelsのlinkLineのserverにてテストしてみると、下り461kbps/上り528kbpsという結果になった。もちろんテスト結果には変動があるし、日本で持っていた環境に比べると格段に遅いのだけど、通常回線の56kbpsに泣いていた状況や接続口を捜して苦闘した英国での日々を思うと、ようやく手に入った常時接続環境に嬉しくて涙が出る。特にGöteborg University Libraryのe-journal datebaseは素晴らしくて、レポートの度に利用しているのだけど、たまに回線速度が重過ぎて読込の途中でvaioが固まってしまったりしていたので、そのような事態を回避できるのはとても嬉しい。そして何より課金を気にせずに、繋いだままレポートや論文を書けるのが素晴らしい点である。

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20021106:eight-hundred and eighty-sixth day

出国131日目。写真は一直線に吹き溜っている落ち葉。

This picture is taken near my flat. Today, we argued with "situation when the market will create problem" based on the text, Rebecca M. Blank"When can public policy makers rely on private markets? The effective provision of social services"(2000, in "The economic journal"110, March). Acording to this text, There are four fypes of the government involved provision;(a)"private ownership and management with government regulation"; (b)"private ownership with (perhaps) government regulation and government funding to subsidise low-income clients"; (c)"Government ownership, with contracts to the private sector for the management and operation of the service"; (d)"government ownership and government management." I think, "privatisation" means to transfer to type (c) from type (d) in Sweden and to transfer to type (b) from tipe (a) in Japan.

今日の授業は"市場が問題を生じるとき(situation when the market will create problem)"というテーマで行われた。主として、Rebecca M. Blank"When can public policy makers rely on private markets? The effective provision of social services "(2000, in "The economic journal"110, March)という論文が取り上げられる。この論文では、なぜ社会サービス(教育、保健福祉サービス等)の供給主体として市場が不適当かということを説明するために、まず"市場の欠点(market failure)"について述べている。

市場の欠点として挙げられているのは、第一に"予測できない影響(extrernatilities)"である。つまり社会サービスはその直接の受益者受けた以上のコストと効果を引き起こすのであり、それらのコストや効果を市場は含み入れることができない、というものである。ここで教授が提供してくれた例は、例えば教授がインフルエンザにかかり、そのまま教室にきたら同僚や学生にインフルエンザをうつしてしまう可能性がある。教授が仕事を休み、病院における治療という社会サービスを受けた場合、その危険性は低下する。それらの影響力を市場は計算できない(価格を設定できない)というものであった。第二の市場の欠点とは、"情報の不均衡(informational asymmentries)"で、最も効果的な市場は、十分に情報を持つ消費者が選択を行うことを仮定しているが、社会サービスについてはそれが難しいということを意味している。教授は、自分が昼食に食べに行くピザ屋は、自分が周辺のピザ屋全てを食べ比べた末に最も美味しいと判断して決めた店であるが、病院はそのように試すことが難しいし、虐待を受けた子どもにとっての養育家庭などはなおさらである、という例をあげて説明してくれた。さらに第三に、"代理人の問題(agency problems)"がある。これは多くの社会サービス利用においては、その受益者が直接の選択者にならないことが多いという問題である。この問題は現場で働く社会福祉専門職にとっては非常に身近だし、子どもや高齢者、知的障碍者に対するサービスを考えれば一目瞭然である。最後の第四として、"分配の関係(distribution concern)"が挙げられている。この問題はしばしば"何故社会サービスの領域では、市場の結果が不平等だと考えられるのか"の理由として根本的なものとみなされている、というBlank(2000)の指摘はまさしくその通りだと同意。つまり市場では金銭的収入によって購入できるかどうかが選別される。この問題は、"入手機会の平等"という視点から指摘されることがある。しかし一方では、医療・保健や教育などの生活必需品に関しては、収入に関わらず、等しく全体的に供給されることが望ましいという見解がある。

この論文では、これらの市場の欠陥による問題は往々にして重複して生じるので、社会サービスに関しては政府の介入が必要になってくると続けられており、政府の介入の型として次の4つが説明されている。

  1. 民有民営+公的規制
  2. 民有+公的規制+低所得者層への金銭的補足(バウチャー制)
  3. 公有+民間運営のための契約(公設民営)
  4. 公有公営

次に、それぞれがどのように上記の問題(1:"予測できない影響"、2:"情報の不均衡"、3:"代理人の問題"、4:"分配の関係")に対応しているのかについて、以下のように整理されている。
  1. 1:○ 2:× 3:× 4:×
  2. 1:○ 2:○ 3:× 4:×
  3. 1:○ 2:○ 3:○ 4:×
  4. 1:○ 2:○ 3:○ 4:○

Blank(2000)は、市場の欠陥の問題においてより深刻なのは"代理人の問題"と"分配の関係"であり、従って公的介入の型のなかでその両者に対応している公有公営を選ぶのが社会サービスの供給主体として最善であるという。市場の欠陥の問題と公的介入の4つの型の対応については、論文内でも述べられている"代理人の問題"において"公的部門が他の存在よりもより受益者当人に対してより良い選択を行うことは可能なのか"という課題以外にも、このようにすっきり整理できるものなのだろうかという疑問を感じたのだけど、非常に魅力的な議論ではある。

今まではこの論文における"分配の関係"からのみ、つまり極めて基本的生存権を保障するための社会福祉という視点から社会サービス供給における公的介入の必要性を考えてきたけど、多くの場合、社会福祉の領域において"社会福祉は市場原理に適さない"という主張があがる場合も"低所得層には購入はできない"という点にほとんどの焦点があてられていたように思う(少なくとも私はそのように理解していた)。 市場の原理に関する理論から、なぜ社会サービスが市場に適さないかということを検討するという視点は、"現場職員のレポート"から脱却した研究をしていくために非常に有意義に思われる。先日、Esping-Andersen"福祉国家の可能性"(2001, 桜井書店)を読了して以来、社会経済学に関する勉強の必要性をひしひしと感じている今日この頃。

この論文から学んだことはもう1つあり、それは"民営/民有化(privatisation)"には段階があるということである。この4類型を知ったことで、今後さらに一層進むであろう日本における"民営/民有化"の論議について考えるときに、どの段階のことを言っているのかということに注意することができる。さらに、日本で言われている"民営/民有化が進んでいる現状"とスウェーデンで言われている"民営/民有化が進んでいる現状"は一緒に論議できないと感じていたのだけど、これについても日本の社会福祉領域では主に"c"型から"b/a"型への移行であるのに対して、スウェーデンでは"d"型から"c"型への漸次的な移行であると整理することでその違いを説明できるのであると思う。

photo of 20021106
20021105:eight-hundred and eighty-fifth day

出国130日目。写真は"Anundshög"の近くで見かけた足の太い馬。

This picture is a horse near "Anundshög". When I was in bed at 8:30, some one knocked on my door. It was my friend who goes to school with me every morning. Our professor had changed schedules, so I told her that we had no class today, however she insisted to go to school. Then, I checked our schedules and I found we would have no class next Tuesday!! I was getting really unbalanced because our class would begin at 9:15 and it takes for more than 20 minutes to scool. I had had to ready to go as soon as possible, however I was late for class in 1 minutes. It was the first time for me to make such a stupid mistake.

朝ベッドのなかにいたときに、毎朝一緒に登校しているフィリピン人の友人が部屋のドアをノックした。今回のコースの担当教授が予定を変更したので、"今日の授業はないはずでしょう"と言うと、その友人は今日は授業があると主張する。嫌な予感がして予定表を確認すると、何と休講になっていたのは来週の火曜日だったのだ!!友人には先に行ってもらい、慌てふためいて支度をして出かける。結局1分の遅刻。粗忽者なので、職場で遅番なのに標準の時間で出勤したり、"Saariselkä"でトナカイそりの出発時間を勘違いして置いてきぼりされたりなどの失敗はあっても、自分が一番楽しみにしているコースの授業で予定の勘違いをするなんて、衝撃的で悲しい。

授業の内容は、コースの前半はNicholas Barr"The Economic of the Welfare State"(2000, Oxford University Press)を中心にその他に大量の論文を参照しつつ進められている。担当の教授は経済学部の所属で、社会福祉/社会保障論というよりも社会経済学の内容に近いような印象。予め参照される文献リストとほとんどのコピーが配布されており、どの授業でどの論文を言及するかもリストに記載されているので、前回のコースと異なり予習復習が非常に行いやすい。もちろん資料を読まずに授業に参加しても、理解できるように授業は展開されていくし、資料に書いてあることを質問されても教授はきちんと回答している。前回のレポートの教訓から、英文を書くときの表現方法を少しでも学びたいと思って、自分なりに要点をノートをまとめつつ論文を読んでいるのだけど、これは非常に有意義であることに気が付いた。当たり前のことかもしれないけど、要点がどこかを気にしつつ読書するようになるし、最初に読むときと書き写すときに2度読むことになるし、"書く"という能動的な行為が挟まるために読書中に眠くならない。もちろん時間はかかるし、そのためには帰宅後の時間や授業の無い半日分をほぼ全て費やすことになるけれど、"勉強している"という自己満足は十二分に得られる。英文の表現方法は身に付いたのかどうか自信がないが、始めて良かったと思っている。

もともとの出身はアイルランドとのことだけど、現在はスウェーデン国籍の教授からスウェーデンの大学院で"福祉国家論"について学べることの幸せを噛締めている。コースの最初の日である20021031に"今から自分は社会民主党の大使になるけど"と前置きして説明してくれた"スウェーデンモデル"の形成の歴史的背景について聞いていて、内容は日本で文献を読んで得た知識と同じであっても、やはりその社会に生活しながら授業で実際に聞くのでは距離が全く違うと感じた。そして"社会民主党の広報大使"と化した教授の説明を聞いていて、そこで目標とされている社会を素晴らしいと思っている自分を見つけ、"やはりまだスウェーデン社会を理想視しているのかなあ"などと反省したのだった。

photo of 20021105
20021104:eight-hundred and eighty-fourth day

出国129日目。写真は"Anundshög"の近辺の光景。

This picture is taken near "Anundshög". It was very very cold and fine day yesterday and very dry in the train, so I caught cold. My throat is completely red and sore and I had to stay at home all day.

夜の暖房のために部屋が乾燥し、Stockholmに行く以前から起床時に喉が痛くなっていた。昨日、晴天かつ非常に冷え込んだなかで屋外活動を楽しみ、さらに帰りの列車の車内が想像以上に乾燥していたので、帰宅した頃には喉が真っ赤にはれていた。不安は的中し、今日は完全に風邪状態。仕方が無いので、日本から持参した薬を服薬し、終日自室にておとなしく過ごす。日本では手軽に入手できる各種のど飴が、こちらでは貴重品である。Stockholmでは"Japan Food and Kitchen"などの日本食材店で売っているとのことだけど、残念ながらGöteborgでは見かけない。そしてスウェーデンの飴は甘い。

昨日の列車では、一般徴兵義務中らしい若い男性を大勢見かけた。おそらく"Alla helgons dag(万聖節)"で戻っていた帰郷先から、また軍役につく途中なのだろう。

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20021103:eight-hundred and eighty-third day

出国128日目。写真はヴァイキングの遺跡。

This picture is the stone-ship of Viking. Today, Dr.Murata, his friend, Prf.Matsubara and I visited to see the Vikings' heritages in "Västerås". It took for 2 hours from Stokholm by car and it was so cold, however, it was worth seeing. We could see the largest tumulus in Sweden, called "Anundshög" vid this stone-ship and, furthermore, we also saw the stone-laburinth. I was very impressed with these sights in the late autmun in Sweden.

様々な紆余曲折を経て、今日は20020929に一緒にTanumの遺跡を見に行った村田敬先生とお友達、松原先生と私の4人でStockholmから車で2時間程離れたVästeråsにあるヴァイキングの遺跡を見に行くことになった。当初の予定では、私は昨夕にGöteborgに帰るはずだったのだけど、遺跡の魅力に負けて予定を変更することにしたのだ。写真のような船形に石を置いたヴァイキングのお墓の遺跡は、Godlandにあることは有名で、私もガイドブックで見てその遺跡を見に行くためだけに"Godland"に行こうかと考えていたほどだったので、文字通り"渡りに船"の遺跡見学であった。

この船型遺跡の隣にはスウェーデン国内最大と言われている古墳があり、そこに上って見るとくっきりと船の形が見える。縦列に2隻がつながっている遺跡と1隻ずつのがいくつか付近にある。晩秋の傾きかけた陽の光のなか、長い影を落として佇む遺跡の石は、何とも言えない情緒があって、北風に晒される寒さに耐えられるのならばそのままいつまでも見ていたい気持ちになった。

その後、車で少し移動したところにある石でできた迷路の遺跡を見に行く。大きな石で造られた迷路を想像していたのだが、実際は小高い丘の頂上の地面に石を置いて道筋を造ってある迷路だった。入り口とされているところから入り、ぐるぐる歩いていると、スウェーデン人の一家がやってきて、2人の男の子が入ってきた。私はすぐに追いつかれてしまい、"避けた方が良いのかなあ"と思いつつも、何となく私を追いかけてくるのを楽しんでいるような雰囲気もあったので、そのまましばらく続けた後に避けた。すると2人のうちの1人の男の子がやめてしまったので、やはりあの子は怪しいアジア人と一緒に遊ぶことを楽しんでいたのかもしれない。

Stockholmでは皆さんにとても親切にしていただき、本当に楽しい週末だったので、名残惜しかったけど、 "Göteborg"の中央駅を降りて見慣れた光景を目にした瞬間、ほっとする。まるで実家のある地元の駅を降りた瞬間みたいな印象だった。それだけこの街に馴染んできたのだなあと感慨深くなる。

photo of 20021103
20021102:eight-hundred and eighty-second day

出国127日目。写真はとある教会のお墓の様子。

This picture is taken in a churchyard in Stockholm. Today is "Alla helgons dag(all saints day)" and most of Sweeds went to the churchyard to light candles or lamps for welcome their ancestors. Whend we visited to one church in this evening, it was very impressive and fantastic.

今日は"Alla helgons dag(万聖節)"というスウェーデンのお盆で、祭日。先祖崇拝と墓参はアジアの文化などと言われることがあるが、そんなことは決してないと知る。知人にワガママを言って、夜に教会まで連れて行ってもらう。お墓の前にろうそくかランプとお花が飾られており、とてもとても荘厳で幻想的な光景。写真を撮るのは失礼かと思ったのだけど、我慢できずにこっそりとヒトのいないお墓を撮影させてもらう。家族総出でお墓参りをしている家族が多く、自分が最後に墓参をしたのは何時だったかなあなどと省りみる。しんしんと冷え込む冷たい闇のなか、星のようにろうそくの灯りが揺らめくのを眺めていたら、とても静かなしんみりとした気持ちになった。

知人宅に帰宅後、外に出てみると何とオーロラを見ることができた!!大感激。一昨年にFinlandの"Saariselkä"では天頂から大地に降ってくるオーロラの全天カーテンを見た。もちろんそれに比べたら大きくも明るくもなかったけれど、動くカーテンを見ることができたし、予想外の機会だったので嬉しさもひとしお(笑)

photo of 20021102
20021101:eight-hundred and eighty-first day

出国126日目。写真は美しい朝焼け。

This picture is the red glow in the morning sky. Today, my professor and I visited a psychiatric clinic for children and youth in Stockholm. They think that the care for children as witnesses to the violences at home is important. The professor told me that it was differnce from Japan, because the care for childeren as victims of the violences at home was mainly talked about in Japan.

今日は松原教授の視察に同行させていただく。最初の視察先は、子どもと青少年を対象とした精神科クリニックで心理学者や精神科医、そして "socionom"と呼ばれる最も高度な専門教育を受けた"social worker"がチームを組んで"治療"を行っている。スウェーデンでは"social worker"が専門性によりいくつかに細分化されており、それぞれ教育内容が異なるのだが、どのように異なるのか、そして "socionom" はどうして"最も高度な専門教育"と言われているのかを知りたいので、色々なヒトに尋ねているのだが、それぞれに異なる答えが返ってくる。ヒトに尋ねるのではなく、一度きちんと文献資料を調べてみなくてはならないと考えている。

このクリニックでは、"虐待を目撃した子ども""性的虐待を受けた子ども""難民申請を行っている子ども"の3つの部門に分かれており、私たちが話を聞いたのは"虐待を目撃した子ども"を対象としている部門だった。ここの特色はグループによる活動を重視していることだ。対象となる0〜17歳までの子どもたちを年齢区分でグループを作り、そこに男女の職員が加わり、低年齢グループでは"遊び"を中心に、高年齢のグループでは"話すこと"を中心として治療が行われているとのことである。1週間に1回の活動が行われている間に、母親に対しても母親同士のグループによる活動が行われる。主な暴力の行為者である父親に対する働きかけを行うためのプロジェクトが現在進行中とのことだが、やはり父親をこのような活動に巻き込んでいくには難しいようである。

松原先生のお話や私の乏しい知識からは、"治療"の目的や方法論的な点については日本の状況と大きな違いはないのではないかと思う。ただ大きく異なる点は、日本での論議が"虐待を受けた子ども"に終始しているのに対し、スウェーデンでは"虐待を目撃した子ども"に対するケアを重視しているように思われることである。

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