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20030115:nine-hundred and fifty-fourth day
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出国201日目。写真は"Svenska Mässan"の正面入口の様子。
This picture is the main entrance of "Svenska Mässan". Today, I felt quite tired. Then, I decieded to stay in my room and did not study at all. I watched a movie on DVD and read a novel, which my brother sent me from Japan.
昨日は寝たのが遅かったのでゆっくりと惰眠を貪るつもりが、朝の7:00に電話が鳴る。寝ぼけたまま受話器をとると、件の運送会社であるdanzas asg eurocargo ABであった。今回は実際の配達部門らしく、英語が苦手な様子の年配の男性の声で、"今日届けようと思うのだけど、ひとつ問題があるのだ。それは僕たちには君の家の住所がどこにあるのか分からないということなのだ"という。実はこの質問を、私は度々受けていて、その度に"何だかなあ"と思わざるをえないのだけど…。
おそらくスウェーデン全土で同様だと思うのだけど、Göteborgの街並みというのは、通りの片側に奇数番号の番地、反対側に偶数番号となっており、日本の住所のように"番地"や"丁目"というモノは存在しない。住所が通りの名前と番号から構成されているので、地図が手元にあれば、大抵の住所はすぐに見つけることができる。もし複数の通りが建物の周囲に面している場合には、正面入り口が面している通りの住所となっている。ところが、私の住む学生アパートの住所はかなり変則的なのだ。
まず第一に通り自体の名前のつながり方が原則からはずれている。途中で分岐している場合、そのまま真っ直ぐつながる方がその名前を継続し、分岐した方の通りが別の名前となるが原則なのに、この通りは分岐している狭い通りの方が継続した名前となっている。第ニに、この通りの番号の振られ方が非常に分かり難い。入居前に、この通りの他の住所を探したことがあるのだけど、そのときにどのように番号が繋がっていくのかが変則的で非常に苦労したのだ。第三に、入り口が向いている通りでなく、横を接している通りの名前になっている。私の理解では、建物の周囲が複数の通りに面している場合には、正面入り口が面している通りの住所となっているのが原則のはずなのだけど。第四に、おそらく最大の要因として、再開発地区に新しく建設された建物のため、地図上に番号が掲載されていない。
このようなわけで、私は以前にもdanzasの配達員から"場所が分からない"と電話をもらい、Göteborg近郊に在住のスウェーデン人の知人が迎えに来てくれたときにも路上から"その住所はどこだい?"と電話をもらい、ということが続いているのである。この建物に住み始めて以来、住所だけでこの建物まで辿り着けたヒトは、郵便屋さん以外にいないのである。市当局が決めたのか、管理会社であるSGSが決めたのか、郵便局が決めたのか、誰が決めたのか知らないけど、"何故この住所になったのか?"と尋ねてみたくなる。
寝ぼけながらでも英語で対応ができるようになったのは半年間のひとつの成果なのかと思いつつ、一応場所の説明をして電話を切る。20030112に書いたように、今回のEMS便は一番最初に配達の予定となっていた日に来なかったのだけど、これは場所が分からずそのまま引き返してしまったことが理由の様子だったので、"分からなかったら、私に電話をくれるように配達員に伝えて"と付け加えておいた。
結論としては、本日の15:30に配達員からやはり場所確認の電話があった後で、かなり箱がぼろぼろになった"新年福袋"が届いたのであった。ああ、ほっとした(笑)
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20030114:nine-hundred and fifty-third day
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出国200日目。写真は街ではためく"COMDEX Scandinavia 2003"の広告。
This picture is a advatisement flag of "COMDEX Scandinavia 2003". In this afternoon, I went to "Svenska Mässan" where they have "COMDEX Scandinavia 2003" now. I could get many informations about network, security and new technologies. Especially, I was interested in IP-phone and Tablet PCs there. By the way, today is the 200th anniversary of my days outside Japan since I left my country on 20020629.
今日から"COMDEX Scandinavia 2003"が"Svenska Mässan"で開始するので、せっかく近くに住んでいるので行くことにする。 先週末には同様の(?)コンピュータ関係の大規模展示会である2003 International CESがアメリカで開かれたばかりなので、今回北欧でどのような展示が行われるのだろうと思っていた。ところが会場に入ると、ほとんど実物の展示はなく各ブースにはスタッフと紙の説明があるばかり。新製品が数多く発表されたCESとは異なり、今回のCOMDEXは完全に商談の場と化している。
そのようなわけで当初は期待をはずされて少々がっかりしたのだけど、アジア人の訪問者はさすがにほとんどいないので目立つのか、ブースで少しパンフレットを見ていると、すぐに"どこから来たの?"などと声をかけられる。そこで"東京で働いているのだけど、今はGöteborg Universityに留学中なの"などと答えると、さらに"どういうこと?"もしくは"何の勉強をしているの?"などと話が自然に展開していくことに気が付く。さすがに商談ベースの展示会は話のうまいスタッフが揃っているなあと感心しつつ、商品の説明を求めるともちろん詳細な説明を聞くことができて、なかなか面白かった。
今日でちょうど日本を出国して200日が経つ。出国以来、コンピュータ関係の情報に対する関心が低下しているので、実際はどういう状況なのかが分からないのだけど、今回の"COMDEX Scandinavia 2003"を見た限りでは、指紋による認証システムの利用とtablet pcの画面上に専用のペンで文字を書いたときの認識率は格段に飛躍しているように思う。前者については、様々な製品の説明が行われていたけれど、とあるスウェーデンのソフト会社によるホテル用の退勤管理システムがIDカードではなく、指紋での認証を利用していたので少々吃驚した。ちなみにこのシステムは、画面のデザインや事前の勤務状況の登録などの点で、日本で私が見てきた同様のシステムより使いやすそうだと感じた。後者については、windows xp tablet pc editionが貢献しているのだろうか?指紋認証も手書文字認識もともに、接面の認識の問題なのだと思うのだけど、この分野で特に技術革新が起こったのかな?
話題転換にて、20030112に書いたdanzasから今日の午前中に電話があり、"明日届ける"とのこと。果たして、今度こそ本当に届くのだろうか?明日をお楽しみに(笑)
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20030113:nine-hundred and fifty-second day
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出国199日目。写真はIKEAの店内に設けられた子ども部屋のモデルルーム。
This picture is a model room for children in IKEA. Today, I submited my paper to the professor and had the group presentation about Tapio Solonen"Margins of Welfare"(1993, hällestad press). The professor did not appear on the time, and she was still at home when we called her. She told us that she thought all presentations would have tomorrow, though the classroom was booked for us by her. We lost 1.5 hours because of her late.
今日は午前中にグループによる発表が行われる予定になっていたので、久しぶりに登校。通学時間に外が既に明るくなっていたので、冬至を過ぎたことを実感する。授業終了後に日本の友人に依頼された品物を買いにIKEAに行ったのだけど、16:30を過ぎても明るさが残っていたので、再び実感。しばらく自室に篭っていたから気が付かなかった。気温はこれからも下がるだろうし、雪もまだ降ると思うけれど、確実に春に近づいているのだ。
登校時に路面電車を待っていると一緒に発表を行うキューバ人の同級生が来たので、雑談をしながら学校へ向かう。予定された時刻の9:00になって来ていたのは、件のキューバ人、事情により個人で発表を行うヨルダン人の同級生と私の3人だけ。今日は3グループ計6人の発表が行われるはずで、私とヨルダン人の友だちはその全てに出席することが求められていると思っていたのだけど、キューバ人の友人によると自分のグループの発表だけ出席すればよいとのこと。仕事と家庭を持っているそのヨルダン人の女性が嘆いていたのは言うまでもない。とすると他の同級生が来ないのはとりあえず理解できるとしても、担当である女性の教授が来ないのは何故?
9:30になったところで、私以外の2人が痺れを切らし、彼女の研究室に行く。予測どおりだけど、不在。ドアにメモを残し、教務を担当している先生のところへ向かい、事情を聞くが"知らない"という。教務担当の彼女が"万が一のために"と女性の教授の自宅に電話をすると、何と彼女はまた自宅にいたのであった。"どういうこと?"と顔を見合わせる私たち3人。
その担当の女性教授の話によると、彼女は、全員の発表が明日行われる予定になっていると考えていたとのこと。ヨルダン人とキューバ人の同級生はその電話で"レポートを教務担当の先生に渡して、このまま帰っても良いか?"と尋ねたけれど、"すぐに行くからそのまま待つように"との指示。それが日本人的なのか東アジア人的なのかそれとも個人の性格によるのかは分からないけど、私は自分がするべき発表を行わずに帰ることは、いくら先生のミス故とはいえ、避けたかったので、彼女の指示は個人的に嬉しかった。
後から来た他のグループの仲間とともに学食で待っていたところ、教授が現れたのは10:30であった。彼女の勘違いの原因は、自宅にある手帳と研究室にある予定表が異なっていたこと。どうやら自分では予定を変更したと信じていたらしい。私たちは1.5時間を失ったのだけど、結果的には良い議論を出来たと思うし、他の課題図書に関する発表も聞くことが出来たので満足。毎回のことだけど、発表の後には必ず自分のレポートについて"こう書けばもっと自分の伝えたいことは伝わったのかも"と思う点に気が付いてしまうので、それだけが悔やまれる。要するに表現方法について、もう少ししっかりと考えなくてはならないということなのだろう。
ちなみにヨルダン人の友だちと私が理解していた通り、教授は今日発表予定の6人全員が全てのグループの発表に参加することを求めていた。このことが明らかになったときに、そのヨルダン人の彼女が勝ち誇ったように"自分とシノだけがそう理解していた!!"と表明していたのは、彼女の個人の性格によるものなのだろうか?それともヨルダン人もしくはイスラム文化によるものなのだろうか(笑)
それぞれの国における社会福祉領域における経験という共通項を持ちつつ、様々な文化的社会的背景を持った同級生たちとスウェーデンにおいて社会福祉というひとつのテーマを学ぶことは、非常に面白くて、まさしく教室の内外における瞬間瞬間にそれぞれの視点の違いが表明される。最近はそのような異なる価値観と出会うこと、それを知ることがとても楽しくて、"International Master"という形式で留学する機会を持てたことに非常に感謝している。そしてこのこと、"相互理解"と言ってしまえば簡単だけど実はとてもとても難しいこと、は社会福祉だけでなくありとあらゆる対人業務の実践における基礎なのだと、強く強く感じる今日この頃である。
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20030112:nine-hundred and fifty-first day
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出国198日目。写真はまだ雪の残るとある通りの光景。
This picture is taken on a street in Göteborg. Today, I revised and evaluated my report about Tapio Solonen"Margins of Welfare"(1993, hällestad press). I have to submit it to the professor and have a presentation of it in the early morning tomorrow.
今日は3度と暖かい日だった。久しぶりに出かけた市の中心部では雪が溶けて汚くなっていたが、日当たりの悪く人通りの少ない道ではまだ雪が残っている。まさかこのまま春になることはないと思うけれど、あの気持ちの引き締まる冷たい空気が恋しい。
明日の午前中に件のレポートに関する発表をしなくてはならず、その際にレポート自体も提出になるので、校正作業を進める。Tapio Solonen"Margins of Welfare"(1993, hällestad press)は非常に勉強になる本だけど、疑問や批判を提示しようと思えばいくらでも出てくる。限られた頁の制限内では、それらの全てを網羅することは不可能なので、ごく一部だけを選んでまとめたのだけど、選択しなかった疑問や批判の方が重要に思えてきて悩む。結局は時間もないし、おそらくどれを選んでも悩みは尽きないので、当初案通りで行くことにする。
20030108から20030111までの4日間を部屋に篭っていたのは、もちろん第一には勉強のためだったのだけど、その他の理由に日本から届く予定の荷物を待っていたという事情がある。日本から送られる普通航空便とSAL便は郵便局が取り扱っているけれど、何故かEMS便はdanzas asg eurocargo ABという運送会社が運んでくる。
今回はこの運送会社から20030107に電話があり、翌日届けてもらうことになっていたので、20030108はずっと待っていたのに、誰も来なかった。遅すぎると気が付いたときには営業時間終了後だったので、夜中にFAXで"20030109に届けて欲しい。不可能なら連絡を欲しい"と送信し、20030109も再び待った。本当はカフェで読書する方が集中できるので捗るのに、ずっとずっと部屋で待っていた。なのにやはり来なかった。業を煮やして電話をすると"届けられると思ったので連絡しなかったのだけど、明日でもいい?"と聞かれたので、仕方なく承諾した。そしてそのまた翌日の20030110もずっと待っていた。それでもやはり届かないので、再び電話をすると"そうそう。昨日は今日届けると言ったのよね。これからどうなっているか探すから、何か分かったら電話するわ"と言われたので"もう3日間も待っているのだからできるだけ早く連絡を欲しい"と念を押したものの、内心は"金曜日の営業終了時間直前では何も連絡はないだろうな"と諦観。予想通り、何の連絡もなかったのが週末前までの状況。
今までの経験では、danzasが届けてくれるといった日に届かなかったことはないので、何故今回に限ってこのような状況になっているのか不思議。クリスマスから新年の休暇をはさんで溜まっている荷物が多いのだろうか。電話で名前と地区名を名乗ると、担当の女性に繋いでもらえるようになってしまい、何だか自分が相手会社には迷惑なclaimerになっているような哀しい気持ちになってしまう。それでも、これまでのスウェーデンにおける経験からこの状況で何も言わないと何も対応してくれないことは明白なので、頑張らなくてはならない。送り主に申し訳ない気持ちで一杯なのだ。それにしても20021227にdanzasに届いたらしいその荷物は、果たしていつ私の手元に届くのだろう?
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20030111:nine-hundred and fiftieth day
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出国197日目。写真は典型的な冬の空@Göteborg。
This picture is the typical sky in Göteborg in winter. Today, I stayed in my flat and studyed the whole day, too. Finally, I could finish writing the report about Tapio Solonen"Margins of Welfare"(1993, hällestad press).
写真は決して夕方ではなく、今日の正午頃の空。この数日間晴天が続いていたので、久しぶりに戻ってきた一面を雲に覆われてどんよりとしたお馴染みの空に思わず懐かしさを感じる。そのまま呆然と散歩に出かけたい気持ちを抑えて、部屋に戻りレポート執筆との格闘を続ける。
調子が出てきた頃にドアがノックされたので開けると、休暇で行っていた英国の親戚のところから帰って来た中国人の友人が挨拶にきてくれたのだった。今回のレポートの件も含めて、立ち話で盛り上がる。レポートの件について明日また話し合うことを約束し、勉強に復帰。すると再び、ノックの音。今度はルーマニア人の同級生で、里帰りから帰って来た挨拶とパーティのお誘い。"レポートがまだ終わっていないから"と断りかけるも、"10分だけで良いから顔を出して"とせがまれ行くことになる。
会場である上階の共同台所にはすでにルーマニア料理の数々が並べられているが、誰もいない。件の中国人の友だちと共に待つ。ほぼ30分後に開始。久しぶりに会う同級生たちとおしゃべりするのは楽しかったし、ルーマニア料理は美味しかったのだけど、何せレポートのことが気になって落ち着かないので、早々に退去。おそらくこのような態度が友だちを制限する原因なのだろうなと思いつつも、やらなくてはならないことを放棄しては遊べないので、仕方がない。しかも発表の日程上、その場にいた全員より私の締め切りは1日早いのだ。
苦闘の末、28:30に一応無事にレポートを書き上げる。後は明日の校正と発表用のOHP作成のみ。とりあえずほっとしている瞬間(笑)
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20030110:nine-hundred and forty-ninth day
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出国196日目。写真は日暮れの光景。
This picture is the sunset taken near my flat. Today, I stayed in my flat and studyed the whole day, too. I could finish reading Tapio Solonen"Margins of Welfare"(1993, hällestad press) in this afternoon. I write my report of it, now.
今日も終日自室に籠もり、ようやくTapio Solonen"Margins of Welfare"(1993, hällestad press)を読了する。日本出国以来の半年でそれまでの人生で読んだ全ての英文を超えるだけの英文を読んだと思うけれど、英語の論文がほとんどだったので、実際に英語の専門書を最初から最後まで余さず読み通すのは初めてである。"今更"という感じもあり、我ながら情けないことだけど、感慨深い。何はともあれ今年の読書記録は英語文献で開始することが出来たので嬉しい。この勢いで英語の文献を次々掲載していかれたらいいのだけど(笑)
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20030109:nine-hundred and forty-eighth day
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出国195日目。写真は雪が降り積もったままの"Göta Älv"の支流周辺の光景。
This picture taken from the bridge over "Göta Älv". Today, I stayed in my flat and studyed the whole day, too. I could not finish reading Tapio Solonen"Margins of Welfare"(1993, hällestad press) until this moment. I decide to go bed earlier tonight and get up in the early morning tomorrow.
今日も終日自室に籠もり、Tapio Solonen"Margins of Welfare"(1993, hällestad press)と格闘。予想以上に興味深い内容なので、じっくりノートを取りながら読んでいると、予測以上の時間がかかってしまうのが悩みどころ。今日読んだ箇所で面白かったのは、社会扶助の視点について検討した部分。特に、その中で用いられていたDean"Social Security and Social Control"(1991, Rountledge)の考察が興味深い。
該当箇所においてSolonen(1993)は、多くの調査では社会扶助の受給期間が長いことが特徴的であるとされているが、これはそれらの調査が1年間程度の短期間における調査であるためであり、調査期間を長期にすればするほど社会扶助の受給は短期間の一時的であることが明らかにされると指摘している。そして"社会扶助の受給期間は長い"という正しくない情報が、社会扶助の受給者を"特別な層である"と印象付け、また受給の原因を個人的な要因としている、と指摘している。
Solonen(1993)の要約によると、Dean(1991)は貧困政策(poverty relief)における制御的な側面を、従来の目的である社会的再配分と労働への意欲付けに関する理解だけではなく、人々が貧困や資産調査付の扶助を受けている受給者に対してどのように考えたり話したりしているのかということについての理解に応用している。Dean(1991)によると、社会制御のレベルは、合意形成を行う"政治的なレベル"、裁可制度を作る"組織的なレベル"そして"個人的なレベル"の3つに分類される。
最後の"個人的なレベル"においては、さらに3つの異なる型の矯正的な技術(disciplinary techniques)がある。まず、"ケース・アプローチ(the case approach)"により、個人を介入の対象として見てしまう。次に、"法的見地の適応(legalization)"により、個人を法律に定められた基準の対象として見てしまう。最後に、"分離/隔絶(segregation)"があり、これにより個人を"普通"からは外れていると見なし、さらに特別な範疇に位置づけてしまうことになる。
この部分を読みながら思ったことは、Dean(1991)の社会制御の理論を日本の状況、特に介護保険制度などに当てはめたら、自分自身にとって新たな視点からの分析が可能になるかもしれないな、ということと、確かに彼の理論は納得できるけれども、制度化するためにはどこかで基準を決定し、対象の切り分けをする必要があるので、この問題を乗り越えることは可能なのだろうか、ということである。当然のことながら、前者については何の言及もされていないけれども、後者について、Solonen(1993)は"社会扶助は選別的な制度であり、誰がその利益を受けられるのかに関しての基準を伴っているので、分離とさらに社会制御に対する必要性がつくられる"と述べている。さらに、最も必要な人々を援助することを目指すことは、同時にそれらの人々に刻印を押す(stigmatize)ことになるのである、と続けている。この問題は、社会扶助のみならず社会福祉自体が内包するかなり本質的な課題だと思うので、できればDean(1991)も自分自身で読んで、もう少しじっくりと考えていきたい。
こうして考えていきたいことや取り組みたいことばかりが増えていって、実際には何も進んでいないような気がしている今日この頃。とりあえず、種だけでも増やしておくことも意味があると信じて、自分を慰めておく(笑)
話題転換。"Sveriges Radio"にて、"デンマークで自分で購入した音楽CDからmp3を作成することを違法とする法律が年初から施行された"というニュースを読んで吃驚。私的利用まで規制するのは、無茶苦茶だと思う。スウェーデンでも同様の規制を行う法律が考えられているらしいけれど、こちらは個人利用ならば複製を認める方向のようである。数日前のニュースでは、ノルウェーで"DeCSS"という名のDVDのコピーガードを外すツールを開発したノルウェー人の10代の少年がオスロの裁判所で無罪とされたという内容を読んだばかりなので、同じ北欧でも姿勢に大きな差があるのだと実感。ちなみに後者のノルウェーのニュースに関しては、私が時々読んでいる"zdnet japan"でも取り上げられており、該当記事を読んで詳細を理解した次第。
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20030108:nine-hundred and forty-seventh day
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出国194日目。写真は市内のとある通りの光景。
This picture taken on a street in Göteborg. Today, I stayed in my flat and studyed the whole day. I will finish reading
Tapio Solonen"Margins of Welfare"(1993, hällestad press) tomorrow.
今日は終日自室に籠もり、勉強に勤しむ。Tapio Solonen"Margins of Welfare"(1993, hällestad press)はさすがに調査方法論のコースの課題図書だけあり、調査方法論に関する考察が充実している。博士課程に在籍しているのにも関わらず情けないことに、いわゆる研究の方法論についての理解が浅い私にとっては、非常に良い参考となる。今日読んだ範囲の内容で興味深かったのは、Solonen(1993)が社会扶助がどのように配分されているかを、"ライフサイクル"、"性差(ジェンダー)"、"移民/難民"、"空間"の4つの局面において考察している部分である。
彼はそれぞれについて、"福祉国家"成立の以前と以後における変化について検討しているのだけど、結果は次のようになる。まずライフサイクルにおいて社会扶助の受給者の年齢については、福祉国家成立以前は高齢者、つまり勤労年齢ではない層が多かったのが、成立以後には若者、つまり勤労年齢が増加している。成立以後におけるライフサイクルの詳細の考察からは、独身女性、特に学齢期以下の子どもをもつ母親が最も社会扶助を必要としている層とされている。この層については、1960年代以降で約3倍の増加が見られる。男性については、若者を除くと、中年独居男性が多い。この理由として、彼は社会扶助への長期依存とアルコール依存及び家族との絆の弱さの複合を仮説として述べている。また高齢者に関しては、スウェーデンの退職者年金が適応されない移民難民の高齢者を除くと、独居女性が多くなっている。
"性差(ジェンダー)"については、学齢期以下の子どもをもつ母親が最も社会扶助を必要としている層であることからも、男性よりも女性が多く受給していることが容易に分かる。ちなみに家族形態に関する考察からは、"福祉国家"成立以前は2人以上の子どもがいる大家族が受給の中心だったのに対して、現在は母子家庭となっていることが明らかにされている。
"移民/難民"である外国人世帯に関しては、1960年代以降に多くなっている。特に1980年代の社会扶助の急増は、"移民/難民"とその他を区別して考察すると原因が明確に判明するとSolonen(1993)は述べている。確かに彼が提示しているグラフにおいて、1980年代に"移民/難民"以外の受給者は横ばいなのに、"移民/難民"は右肩上がりになっていることが分かる。ただし、1990年代に入ると、"移民/難民"は停滞し、その他の受給者が増加している。
"空間"については、1900年代の前半までは地方(rural)に受給者が多かったが、1950年に地方と都市(urban)部が拮抗し、1970年代以降は都市(urban)部に圧倒的と変化している。特に大都市の周辺部に集中しているとのことである。
直感的には日本も同様の傾向を持つように思うけれども、実際にはどうなるのであろうか。前述の通り、Solonen(1993)には彼が用いた研究の方法論が詳細に掲載されているので、もし機会があったら日本の数値を用いて同じ方法で調査を行ってみたいものだと思う。
細かい点では、一時的な社会扶助の受給の例として、所得に余裕がない高齢者世帯で冷蔵庫が壊れた場合や子どものいる家庭で子どもが夏のキャンプに参加する費用がない場合などが挙げられていたけれど、日本で元々生活保護を受給していない高齢者世帯で冷蔵庫が壊れたから一時的に扶助を受給することなど、私の経験上は考えられない。おそらく扶助の基準が日本とスウェーデンでは異なるのではないかと思う。今までのところ、Solonen(1993)ではスウェーデンの生活扶助基準の具体的な額については何も述べていないので、最後まで到達しても発見できなければ、近日中に調べてみる予定。20030106に書いたように、資産調査付の社会扶助はその社会における最終的なsafty netだといえるので、その受給基準額はその社会制度における"貧困"の具体的な線を表すといわれているからである。そのような比較調査自体もきっと既に行われていることだろうけれども(笑)
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20030107:nine-hundred and forty-sixth day
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出国193日目。写真は本日の夕焼けと赤く染まる飛行機雲。
This picture is the sunset in this afternoon. I went to bed at 4:30am in this morning, but a telephone call wake me up at 9:00. It was from my hostmother. She had some trouble with her pc and want me to help. Then, I visited to her house in this evening and had a nice dinner with hostfamily. It is always a nice time for me to talk with them but I feel quite behind on my study and have to catch up tomorrow.
昨日寝たのが遅かったので惰眠を貪っていた9:00amに電話が鳴り、起こされる。それはクリスマス休暇で海外に行っていたはずのhostmotherからの電話で、昨夜帰ってきたのだがpcに問題が発生しており、見に来てくれないかとのこと。率直なところ、今日は終日勉強していたかったのだけど、hostmotherには大変にお世話になっているので、夕方訪問。結局はhostfatherの美味しい手料理をご馳走になり、挙げくに差し入れまで頂く始末。サポートに行って、サポートされて帰宅とはこれ如何に?
スウェーデン国内のニュースが英語で読めると知人から教えてもらった"Sveriges Radio"のサイトを最近は毎日読んでいるのだが、やはり20030105の大雪は各地にかなりの影響を及ぼしたらしく、Copenhagenの国際空港である"Kastrup airport"では100便以上が欠航になったとのこと。hostfamilyはまさしくこの被害を受け、滞在先からCopenhagen経由で帰国する予定が、急遽別の空港を経由する航空会社に振替となったらしい。Göteborgの空港である"Landvetter airport"は少し内陸だけど、"Kastrup airport"はさらに沿岸に近いと記憶しているので、雪のためだけではなく強風の影響が大きかったのかもしれない。
同じく"Sveriges Radio"で読んだニュースには、"スウェーデンの警察官の高齢化が進んでおり、シフト勤務が脅かされている"という記事があり、調査によると警察官の40%は50歳以上なのだそうだ。とはいえ、これが全数調査なのかどうかは書かれていないので、どれほどの一般化が可能なのかは不明。それでも"特に都市部での新しい警察官(男女問わず)を鋭意募集中"という警察官僚の談話も掲載されているので、深刻な問題なのだろう。同じく警察官僚の談話として、"高齢の警察官はシフト勤務免除のための医師の証明を持っているために、夜間の勤務を埋めるのが困難になっている"とある。日本だとそのような場合、"自分が多少無理をしても"と買って出るヒトが現れてくるか、職場の無言の圧力でそのような医師の証明など提示できないような状況が想像されるけど、"自分は自分、他人は他人"もしくは"仕事のために自分の健康や休暇を犠牲にするなんてとんでもない"、そして一方では"自分も尊重して欲しいから、相手も尊重する"というのが良くも悪しくもスウェーデン(欧州全体?)の社会の気質なのだと感じている今日この頃である。
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20030106:nine-hundred and forty-fifth day
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出国192日目。写真は私の部屋の窓から見た光景。
This picture is taken thorough the window of my flat. Today, it was a clear day and we had a blue sky. But, I stayed in my flat and read Tapio Solonen"Margins of Welfare"(1993, hällestad press) because I have to write the report based on this book and have a presentation on 13 January. This book is his dissertation for Ph.D. at Lund University. He studies the modern function of social assistance("socialhjälp") in Sweden as a welfare state.
休暇は昨日で終了し、今日から日常の再開。昨日とは対照的に今日は良いお天気になったけれども、終日部屋に籠もり勉強に勤しむ。2週間に渡り一切の勉強を放棄して遊び呆けていたので、新鮮な気持ちで取り組むことができる。去年最後のコースだった"Social Work Reserch and Research Method"の最後の授業かつ試験である発表が20030113に予定されているので、1週間で課題図書であるTapio Solonen"Margins of Welfare"(1993, hällestad press)を読み、レポートをまとめなくてはならないのだ。この本は彼のLund Universityでの博士論文なのだけど、260頁もある大作で本当に間に合うのか不安。課題図書は3冊の中から自分で1冊を選ぶことができ、内1冊は160頁とかなり薄かったのだけど、内容にどうしても興味が持てなかったので、どうせ読むなら自分の関心の持てる内容を、と決めたのだった。
この論文は、"福祉国家スウェーデンにおいて資産調査(means-test)を要求される社会扶助("socialhjälp")がどのような機能を持っているのか"というテーマについて研究している。読み終えた範囲でとても面白かったのが、Esping-Andersenの福祉国家3類型論においてスウェーデンが"社会民主型福祉国家"の典型として扱われていることに対する反論について述べた箇所である。Solonen(1993)の反論は、Markland and Svallfons "Dual Welfare-segmentation and work enforcement in the Swedish welfare system" in "Research Report no.94"(1987, department of sociology, University of Umeå)に基づいているのだけど、Solonen(1993)の要約によると、彼らは"労働市場との関係を持つ利益(labour-maket-related benefits)が強調された福祉国家では、結果的に社会政策は労働市場における不平等な状況を反映するのである"と述べており、"福祉(welfare)はそれ自身に二重構造を持つ;片方は、労働市場に確とした立場を持ち、失業や疾病、出産などの事態に対して十分な社会的保護を持つ人々である。他方は、労働市場に弱い地位か全く属しておらず、従って福祉国家の様々な保障制度から排除されてしまうか、望ましくない保障しか受けられない集団である"と続けている。つまりスウェーデンに代表される北欧型福祉国家においても他の国と同様に、労働市場に属している人々が社会保障制度の中心(core)となっており、労働市場の外にいる人々は社会保障の辺縁(marginal)に位置している、と述べているのである。そしてSolonen(1993)によると、この中心集団と辺縁集団の分離が社会扶助の増大に帰結しているとのことである。
Solonen(1993)はさらにLødemel"European Poverty Regimes"(1992, paper presented at the Multidiscipinary Research Conference on Poverty and Distribution, central bureau of statistics of Norway)などを参考にしながら、"福祉政策に高い普遍性を持つ国々では、非常に残余的な社会扶助制度を持つ。一方で、高い残余性を福祉政策に持つ国では、権利概念の要素を強く伴う社会扶助制度を持つ"と一般化している。
20021129に書いたように、前回のコースである"Welfare Systems"のレポートを書く過程で、少なくとも最近の状況を見る限りではスウェーデンを総体として"社会民主型福祉国家"の典型ということは難しくなっているのではないかということに気が付いた私にとっては、Markland and Svallfons(1987)やLødemel(1992)の要約自体は非常に興味深い。"福祉政策に高い普遍性を持つ国々では、非常に残余的な社会扶助制度を持つ"というこの部分におけるSolonen(1993)自身のまとめについても、それが福祉"資本主義"の限界の表れなのだろうなと納得する。資本主義である以上、労働により自分の生活を護れる人々が社会の基本的な中心集団となってしまうのは逃れられないことであり、だからこそ社会福祉というのは本来的に労働の代替策として登場したのである。そして社会扶助制度というのは、どこの国においても最終的なsafty netなのであり、従ってそれ以外の社会保障制度が普遍化し、その対象を広げれば広げるほど、代替策の最終手段である社会扶助制度は残余的になるのであろう。だけど、Solonen(1993)自身のもう1つのまとめである"福祉政策全体における残余性と社会扶助制度における権利性"の関係については、どうにも納得ができないのだ。例えば、日本における資産調査付の社会扶助である生活保護の権利性が高いとは、とてもとても言い難い。それは日本における福祉政策全体の残余性が低いためだと言うのならば、"残余的福祉国家"の代表であるアメリカにおける"Aid to Families with Dependent Children(AFDC)"はどうなのだろう?権利性が高いと言えるのか?
後半の章において、Solonen(1993)はMarkland and Svallfons(1987)が行った調査方法を最近のデータに摘要して検討しているとのことなので、そこでさらに詳細な考察と説明が得られることを期待して読み進めることにする。
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20030105:nine-hundred and forty-fouth day
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出国191日目。写真は今日の吹雪で埋もれた駐車場の車の様子。
This picture is the cars coverd by snow at a car parking. Today, we had heavy snow storm in Göteborg. Trams were nearly
stopped and made long long queues. Although snowplows were working very hard, snow covered all over the road. In such weather, my friend has left to Japan. We were afraid if the plane could not fly, however it managed to depature on time. Then, my holidays have finished. It is the time for me to study hard.
今日のGöteborgは、私がスウェーデンに来て以来最大の大雪。細かい雪がかなりの勢いで降り積もり、吹雪みたいになっていた。私の住まいの周辺では今日1日の積雪量は20cm以上だと思う。写真の2台の車は土曜日の日中には止まっていなかったので、昨晩から今日にかけての雪だけが積もった状態。おそらく今日の雪などスウェーデンでは大した大雪ではないのだろうけれど、私にとってはまさしく吹雪のようだった。特にその最中を歩いているときには。
このような悪天候のなか、日本から来ていた友人が帰国するので空港まで見送りに行く。ところが路面電車を待っていても全く来ない。やっと来た車両に乗り込むと、途中で止まってしまう。しばらく動き出すのを待っていたけれど、全く再開の気配がない。しびれを切らして運転手さんに聞きに行くと、"空港に行くのならタクシーを使った方が良い。タクシー代のレシートをvästtrafik(路面電車の会社)に送れば払い戻してくれる"と言う。払い戻しの件は本当かどうか分からないけど、仕方ないのでその場で下車し、公衆電話を求めて、雪中行軍。乗っていた車両の前に3台の路面電車が列を作っており、先頭の電車が坂道で立ち往生している様子。日本と同様、携帯電話の普及と同時に公衆電話は少なくなっているのか、なかなか見つからない。やっとの思いで発見し、タクシー会社に電話をかけるも、"空車はない"とすげなく断られる。どうしたものかと困っていると、立ち往生していた電車が動き出したので、次の路面電車の駅へ再び雪中行軍。横をスキーで滑り行くスウェーデン人が何とも恨めしい。買物袋や子どもをそりにて引きずっている女性もいる。
空港の方が市内よりも内陸で雪が深いので、飛行機が予定通り運行しているのか心配だったのだけど、必死の思いで到着すると無事にチェックインが開始していた。友人の乗った便はほぼ定刻通りに離陸。一方、正午頃に出発予定の便は概ね6時間以上の遅れだった模様で、例えば12:45発予定のSwiss Airは18:00出発見込みになっていた。"Göteborgs-Posten"には"Landvetter airportでは通常の遅延以外は何の問題も発生していない"と書かれているが、半日待たされたヒトが読んだら怒るのではないかと思うのだ。
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20030104:nine-hundred and forty-third day
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出国190日目。写真は流氷が流れていく"Göta Älv"の本流。
This picture is "Göta Älv(the Göta canal)" with floating ice. Today was a clear but really cold day. It is -18 degrees centigrade outside now. When we went to the postoffice, we were nearly freezing.
小さな写真では分かりづらいと思うけれど、手前に波のように見えているのが流氷。今日は雲ひとつない快晴だったけれども、とても寒い日で、日暮れ以降の気温は-18度。さらに北の地方ではどのくらい冷え込んでいることだろう。薄着で風邪をひいてはつまらないので、Kiruna対応の装備の一部である保温下着を出して身につける。それでも路面電車を待っている間には、足先からしんしんと寒さが上ってきて、久しぶりに凍えそうになった。昨日のように雪が降る日は雪が顔に当たって痛いけれど、それほど寒さは感じず、今日のように晴れた日の方が寒いのは、放射冷却のためだろうと分かっていても、実感としては不思議な気持ち。
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20030103:nine-hundred and forty-second day
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出国189日目。写真は凍結して雪が降り積もっている"Göta Älv"の支流。
This picture is the branch of "Göta Älv(the Göta canal)" in the Centre. Today, I attended my friend's shopping again. In this evening, we would have liked to see the movie of "sagen om de två tornen(the two towers)" that is the second story of "The Load of Rings" by J.R.R. Tolkien. Because I love his stories, I eager to see this movie. However, the cinema was full of people and any ticket was not available, so we could not see it. Instead, we saw "007 die another day". It was the first time for us to see the series of "007" in cinema but we enjoyed it very much because it was quite stupid and funny.
今日は東京でも雪が降ったようだけど、Göteborgも午後から雪となり、市の中心部を通っている"Göta Älv"の支流に雪が降り積もっていた。東京に生まれて育った私は、最初に河が凍る様子を見たときには非常に吃驚したけれども、最近は慣れてきたので部屋を出るときの体感気温で凍っているか溶けかけているかが分かるようになっている。それでも未だに"Göta Älv"の大きな本流を流氷が漂っていくのを目にすると、何とも不思議な気持ちになる。夏のスウェーデンは確かに美しいけれど、実はこの寒くて暗い冬の風情のある情景の方が気に入っている。これは私が期間限定の短期滞在者のためなのかもしれないけれども。
今日は再び友人の希望にて買い物に行く。ついでに"指輪物語"の映画化第2作目である"sagen om de två tornen(2つの塔)"を見る予定で映画館に行くと、外にまでヒトが溢れている大混雑。スウェーデンの映画館は全席指定なので立ち見などはない。行列に並んで、チケットを購入しようとすると、来週まで売り切れているとのこと。他の映画館も回ってみたけれど、全て売り切れ。J.R.R. Tolkienの作品はどれも大好きで、今日の夕方にこの映画を見るのを楽しみにしていたので、落胆。それでもどうしても映画を見たい気持ちだったので、仕方がなく"007 die another day"に変更する。
久しぶりに全く前情報のないままに映画を見たのだけど、敵側の設定が北朝鮮なのにまず度肝を抜かれる。日本における様々なニュースは耳にしているだけに、この微妙な時期に良いのだろうかと余計な心配を感じてしまう。007シリーズを映画館で見るのは初めてだったけれど、爽快なほどに無茶苦茶なので、当初の期待を裏切って意外に楽しめた。お正月休みに見る娯楽作品としてはなかなか良かったのかもしれない。劇中に登場する同級生の出身国に興味を感じたり、日本地図が映し出された場面で嬉しくなるなどの感想は日本で見たら感じなかったことだろう。
基本的な物語は非常に簡単なので、理解は難しくなかったけれど、最初の部分で気を抜いていたために細かい人物関係などが把握できず、悔しい。スウェーデン語字幕が理解できないのはともかくとして、英語を聞く能力の乏しさは何とかしなくてはならないと痛感した。休暇も残り数日となったので、また気合を入れなおして取り組みたいと思う。
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20030102:nine-hundred and forty-first day
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出国188日目。写真は年越しの時に周囲で上がっていた花火の様子。
This picture is the fireworks at the midnight of new year's day. (fireworks2003.mpg[1.16MB,6seconds]). In this afternoon, we went to shopping the city centre because my friend wanted to buy some souvenirs.
せっかくの機会なので年越しの花火の撮影に挑戦したのだけど、静止画だと次々と打ち上げられる臨場感に乏しい。友人から動画を提供してもらったのでコチラに掲載する(fireworks2003.mpg[1.16MB,6秒])。
秋の初めに知人から差し入れてもらった小豆と切り餅を使って、お汁粉を作成する。internetで発見したレシピ通りに作成したのが良かったのか、それなりに成功。豆類もお餅も元々はあまり好きではないのだけど、久しぶりの味はなかなか美味しかった。残った分はそのまま煮詰めて、餡子にする。まさしく粒餡。餡子がこんなに簡単に出来るなんて初めて知ったのだ(笑)
スウェーデンに限らず海外生活はどこでも同様だと思うけれど、GöteborgにはStockholmにあるような日本食材店もないし、特にお正月料理のような日本独自の食材を必要とする料理をしようと思うと、"あれもない、これもない"と"ないない尽くし"になる。お節料理には関係ないけど、例えば、個人的に大好きなお豆腐は、日本ではどこでも手に入るような絹ごしの柔らかいのなぞはない。中国食材店においてあるのは、かなり固いモノだけだ。生で食べるには一抹の不安すら感じてしまう。このような場合に"ない"面に囚われてしまうか、"ある"ことに幸運を感じることをできるかは、海外生活を乗り切れるかどうかの大きな境目だと思う。大げさに聞こえるかもしれないけれど、実際に大きなストレスを感じるのは、日常的なほんの些細な側面の積み重ねにおいてなのだ。
自分自身のことを振り返ってみれば、とりあえず"美味しいものがあれば幸せ"というお手軽な性格なので、代用品を工夫していくこと自体を楽しんでいるように思う。今回のお汁粉の場合は、いわば正反対の状況で、日本にいたら自分で小豆を買うことなどないし、お汁粉を自作することなど思いつきもしないけれど、差し入れが残っていてもったいなかったので、自分自身の時間がある休暇のうちに作成したのだ(笑)
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20030101:nine-hundred and fortieth day
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出国187日目。写真はNab Cottageの裏山にいた羊。
This picture is the sheep taken near Nab Cottage last July. In Chinese and Japanese, we have a special animal every year called "Eto". Eto consists of 12 animals and the Eto of this year is sheep.
スウェーデンでは今までに羊を見かけなかったので、英国での羊を掲載してみる。喪中なので新年の挨拶は省略。とはいえ、世界各国の友人知人にお礼の気持ちを伝えたかったし、喪中欠礼の説明をするのは荷が重かったので、クリスマスカードは大量に発送してしまった。祖母に怒られるかなと思いつつも、賑やかなことが好きだったから許してくれるだろうと信じておく。もしくは英語とスウェーデン語の挨拶なら許容範囲かな。
除夜の鐘は聞こえないのはもちろん分かっていたけれど、せめて外でカウントダウンをしようと友人とともに大晦日の23:55に屋外に出る。防音がしっかりしている建物なので部屋のなかにいたときには気が付かなかったのだけど、周囲では四方八方から花火があがっており、吃驚。20021231に書いたように夕方の"Göteborgs-posten"主催の花火はあまりきちんと見られなかったので残念だったけれども、日本の花火大会で見られるくらい大きな花火が次々と打上げられており、時にはすぐ隣の空き地からも打ち上がる。聞くところによると、日本では資格がいる大きさの花火でもスウェーデンでは個人で打ち上げることができるとのことで、スウェーデン人がこんなに花宴Eェーデン人がこんなに花火好きであることを初めて知る。ほぼ360度の空に咲く花火を見ながら、賑やかに新年を迎えることとなった。
日本ではクリスマスはお祭り騒ぎになって、新年は厳かに迎える。対照的に、スウェーデン(ヨーロッパ全体?)ではクリスマスは厳粛に過ごし、新年は大騒ぎのうちに迎える、ということは、もちろんクリスマスが宗教儀式であることもあると思うけれど、この違いはそれぞれの国の文化にとって、より伝統的な日を大切にする態度の表れなのだろうと思う。
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