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20030131:nine-hundred and seventieth day

出国217日目。写真は凍結した"Stora Hamn kanalar"と路面電車の光景。

This picture is frozen "Stora Hamn kanalen(the large habour canal)" and a tram beside it. In this afternoon, I went to the centre to see my hostmother. We had a lunch together and talked a lot.

数日前まで雨が続いており暖かかったけれど、天気の回復とともに寒さが戻ってきた。昨日は日暮れ後に歩いていたら、頬が痛くなるほどだった。そして今日は、予想通りに市内の河が完全に凍結していた。寒いと路面電車を待っている間は辛いのだけど、息を吸うたびに冷たい空気が体内に流れ込み、気持ちが引き締まる。昨夜に続き今夜も外気温は-11度。

休憩時間と食事時間に読んでいたSebastian Faulks"シャーロット・グレイ"(2002,扶桑社セレクト)を巻ともに読了したので、続いて藤井威"スウェーデン・スペシャル[1]−高福祉高負担の背景と現状"(2002,新評論)を読み始める。Faulks(2002)は映画化され、昨年末に日本でも公開されていたらしい。小説についてどの程度まであらすじを書くことが"ネタバレでない"と許容されるのかが分からないので、あらすじは書かないけれど、個人的には欧州にいて第二次世界大戦に関して読むと、迫ってくるものが違うように思う。いずれ映画もDVDで見たいと思う。

藤井(2002)は政治経済を中心とした歴史的考察を行っているので、先日読了したばかりの宮本太郎"福祉国家という戦略−スウェーデンモデルの政治経済学"(1999,法律文化社)と重複する部分が多い。Stig Hadenius"スウェーデン現代政治史−対立とコンセンサスの20世紀"(2000,早稲田大学出版部)を読んだのは1年以上前のことだけど、さすがに3冊読んだのでスウェーデン近代政治史の流れについては、概ね把握できた様子。

宮本(1999)が研究者の立場から学術書として書いているのに対して、藤井(2002)は大蔵官僚出身の駐スウェーデン特命全権大使の立場から一般書として書いているので、細部の詰めに関しては宮本(1999)の方が勝っているように思う。特にMyrdal夫妻の"人口の危機"とGustav Möllerの政策との関係などは、藤井(2002)ではそれぞれ個別に記述されているので、その関連性が見えなくなってしまっている。他には一般書なので仕方がないのかもしれないけど、人名や地名がカタカナ表記されており、もう少し細かく調べたいと思っても調べられない。またおそらくスウェーデン語の資料などにもあたったと思うのに、参考文献が邦語だけに限られており少なすぎる。現在自分の論文のための資料を捜し求めているので、最近になって一般書と学術書の大きな違いのひとつは参考文献の掲載方法にあるのではないかと気が付いた。あ、藤井(2002)を読んでいて一番気になるのは"スウェーデン・スペシャル"というコトバの頻出度である(笑)

一方で、藤井(2002)はさすがに大蔵官僚だけあって経済政策と経済状況に関する分析は宮本(1999)よりも細かく行われており、とても勉強になる。また福祉政策の各論についての言及があるのは、この1冊だけを読んで歴史的背景から現状の制度までスウェーデンの全体像をある程度まで把握できるという点で非常に優れている本だと思う。すでに昨秋続巻が発売されているとのことなので、購入の予定。

photo of 20030131
20030130:nine-hundred and sixty-ninth day

出国216日目。写真はVäxjöの中央駅前の無料地図自動販売機。

This picture is the free map-vending machine in front of the central station in Växjö. In this afternoon, I met a Japanese artist and feel glad to know him very much. After my seeking of a few weeks, at last I got one CD called "scandinavian connection: at ease" which is categorised into Scandinavian jazz. When I came back to my flat, I imidiately started to listen this CD. It already became my favorite.

無料なので自動"販売"機というコトバが正しいのかどうかは疑問だが、ボタンを押すとするするとVäxjöの市内地図が出てくる。写真の後ろの建物はtourist infomation centreなのだけど、閉まっていたので、この無料地図販売機があって大いに助かったのであった。結果的には、駅のすぐ後ろにあった"Svenska Emigrantinstitutet"に直行し、帰りの列車の時間まで過ごしたので、この地図は使わなかったのだけど。

某所で知った"scandinavian connection: at ease"というCDを数週間に渡って探していたのだけど、最終的にproducerでもありcontrabass奏者として演奏されている森泰人氏のお力を得て、ついに入手するとができた。大感謝!!

jazzは10代の終わりの頃に少しだけハマリかけ、Sarah Vaughanの唄声が大好きだったことを覚えている。今でもその頃購入したCDは実家にあるし、彼女の声を聞きたくなることはあるのだけど、それは同時に当時のあまり楽しくない想い出も思い出してしまうことになるので、聴き返すことはほとんどなくなっていた。率直なところ、私にはjazzの世界はあまりに奥が深すぎて、もう少し分かりやすい音楽に流れていったのだ。

日本を出国する少し前くらいから、音楽に対する興味や関心は薄れており、20枚以上のCDを持参したにも関わらず、最近はずっとラジオをかけておくことが多かった。ラジオからは十数曲余が繰り返し流れてくるので、聞き流しておくには丁度良いのである。余談だけど、the clashの"London calling"が始終流れているのは何故なのだろうと思っていたのだが、20030103"007 die another day"を観て、劇中で用いられているためであることを知ったのであった。しかしLondon到着の場面でこの曲を流すのは、あまりに安直過ぎるように思うのだ。

ところが、20030118に購入した3枚のCD、特にGarmarna"Hildegard von Bingen"のために、再び自分内の音楽熱が高まっていたのであった。そのような状況で、探していた"scandinavian connection: at ease"を手に入れることが出来たので、帰宅後早速にかけてみる。

私は音楽は好きだけど、詳しくはない。このCDがどのような種類のjazzに分類されるのかも知らない。随分以前に、写真家である父は"芸術(鑑賞)は分かるか/分からないかではなく、好きか/嫌いかでいいのだよ"と言ってくれて、音楽にしても写真にしても、私は好きか/嫌いかでしか鑑賞できないのだけど、とにかくこのCDを聴き始めてすぐに私は大好きだと感じ、"生で聴きた〜い!!せめてもう少し良い音響機器で聴きた〜い!!"と痛切に思った。森氏御本人がこの日記を見るかも知れないからこう書くのではないので、為念(笑)

北欧jazzという音楽を聴いたのは、Sweet Jazz Trio"Very Swedish"と併せて唯2枚なのだけど、何というかロウソクの灯りのような優しい印象がする。ただ"Very Swedish"がかなり静かな曲調、実際のところ私は寝る前に良く聴いているのだけど、なのに対して、"scandinavian connection: at ease"はライブ録音のためなのか、もう少し勢いというか動きがあって、好き。写真も静かな写真よりも動きが感じられる写真が好きなので、きっとそれが自分の好みなのだろうな。

自分のなかの音楽に対する関心はさらに高まりつつあり、"北欧jazzをもう少し聴いてみたいな"とか"GarmarnaやSamla Mammas Mammaの他のCDも欲しいな"などと思っており、それはそれで自分の生活を楽しくしてくれるのだけど、問題がある。現在の資料/文献収集という趣味(?)に加えて、CD収集を再開すると、お金と部屋の空間がいくらあっても足りなくなるのだ。やれやれ(笑)

photo of 20030130
20030129:nine-hundred and sixty-eighth day

出国215日目。写真は自室食卓上の"semla"の様子。

This picture is "semla(a cream bun)" on my table. Usually, Swede eat "semla" before Easter. Today, we had no class and I stayed in my flat almost the whole day.

"semla"というのは、写真の通りパンを半分に切り、アーモンドクリームと生クリームをはさんだモノである。スウェーデンでは復活祭の前にだけ食べる特別な食べ物なのだそうだ。在瑞歴9年のヨルダン人の友人からは、"semla"を食べる特定の1日が決まっているとも聞いたけど、彼女はそれが何日だか思い出せなかったので、残念。七草粥みたいなモノなのかな?

ミカ氏のAllt om Sverigeの表紙で見て以来ずっと気になっていたので、校舎の近くのHagaにあるパン屋さんで購入。生クリームよりもはバニラクリームの方が好きなので、食べきれるかと心配になりつつ挑戦するも、意外に美味しくてペロリと食べてしまった。パン屋の売り子のお姉さんは"自分はこれが大好きで、数年前に毎日食べていたら太ってしまって困ったわ"と話しながら、包んでくれた。また食べて見たいかな、とも思うけど、これ以上太るのは避けたいので自粛するのだ。

"sveriges radio"の英語ニュースによると、以前に公表されたポテトチップスと類似食品と発がんの危険性の関係を否定する研究結果が発表されたとのこと。もともとは昨春に、スウェーデン政府によってポテトチップスなどが含む発がん性物質の危険性が公表されており、"アエラ"no.49(20021118号)の"ポテチ「発癌性」は排ガス並み"というタイトルの記事によると、スウェーデン政府のこの発表に基づき日本の厚生労働省が行った研究でも"発がん性が指摘されるアクリルアミドがポテトチップスやフライドポテト(フレンチフライ)などから比較的高濃度で検出された"(p.84)という結果が公表されているとのことである。ところが、Karolinska InstituteとHarvard Universityによる新たな共同研究により、人体に対する危険性はないという結果が公表されたという。

個人的には、"発ガン性物質が恐かったら、東京都内で生活はできないよな〜"と思っているので、 "アエラ"の記事を読んだときにも気にはしていなかったのだけど、ポテト料理は大好きなので興味深い。特にスウェーデンでは甘いお菓子はたくさんあっても、塩味のお菓子はあまり見かけないので、この半年間でポテトチップスを食べる機会は確実に増加中なのだ。

今日は"イェーテボリ留学雑記"vol.4でも"食生活"についてまとめたので、食べ物のことばかり書いているような気がする(笑)

photo of 20030129
20030128:nine-hundred and sixty-seventh day

出国214日目。写真は"Svenska Emigrantinstitutet"近辺の光景。

This picture is taken in front of "Svenska Emigrantinstitutet(the Swedish emigrants institute)" in Växjö. In this mortning, we had the class, but the lecturer talks a lot about traffic accidents in this course, which is his field, and so the most of us complain it.

今回のコースは"Theoretical Framework"ということでスウェーデンの福祉国家の全体像を理解することになっているのだけど、担当の男性講師は自分の専門である交通事故を中心に授業を進めているので、同級生のほとんどが不満を感じている。現在のクラスには交通事故に興味がある学生はおろか、障害者福祉をテーマにしている学生もいない。特に私にとって問題なのは、内容というよりも授業方法で、彼が提示するOHPの内容をノートにひたすらに書き写さなくてはならないので、彼の説明を聞いたり、内容について考えたりすることができないということなのだ。どのような内容であれ知識として身につけていきたいと思うけれど、それを実践することが難しい状況。担当している先生の人柄は印象が良いだけに、授業に対して不満を感じてしまうというのはとてもとても悲しい。

何となく授業に参加している手ごたえの感じられない不完全燃焼のまま帰宅し、突然襲ってきた眠気に耐えられず爆睡。気が付いたら4時間後にtime slipしていた。昼寝をするのは稀なことので吃驚。予定していた勉強はできなかったけれど、頭も身体もすっきりしたので良しとする。

夜には学生アパートの共同台所において、課程全体の責任者であるTorunという先生と教務担当の先生を招いてお茶会。Torunは20021213の"Lucia"に自宅へ私たち全員を招いてくれたので、そのお礼を兼ねて南アフリカ人の同級生によって企画されたのであった。現在のクラスでこのような企画を提案してくれるのは、南アフリカ人やルーマニア人なのである。私やフィリピン人の友人は自室で静かに過ごすことを好み、中国人の友人は自室で友だちとおしゃべりするのは好きなのでよく誘われるけど、全体でのパーティなどは企画しない。ラトヴィア人とアルメニア人の友人は、ロシア語圏内同士で集まるのが好き、と文化差なのか個人差なのか分からないけど、とにかくそれぞれに傾向がある。件の南アフリカ人やルーマニア人の友人、そしてキューバ人の友人はディスコやバーなどに行くのも大好きなので、やはり大勢で賑やかに楽しむことが好きなのだろう。

20030111に行われた前回のパーティは試験前だったので、あまり楽しむ気持ちになれなかったけれど、今回は気持ちに余裕があるので、とても楽しい時間を過ごすことができた。スウェーデンのスーパーでは何故かあられの詰め合わせみたいなお煎餅が売られており、それを差し入れとして持参したところ、予想外に大人気で最後には結構大きな袋が空になった。自分も大好きな自国の文化を同級生に喜んでもらえるのはとても嬉しい。教務担当の先生によると、例年に比べて今期のクラスはとてもまとまっており仲が良いとのことなので、良い仲間に恵まれたことに感謝。

業務連絡。今月から半月ごとに日記ファイルを分割することを決意したので、20030101-0115の日記をご覧になりたい方はpastからどうぞ。

photo of 20030128
20030127:nine-hundred and sixty-sixth day

出国213日目。写真はVäxjöの中央駅前にあるレストランの看板。

This picture is the sign of a restaurant in front of the central station in Växjö. In this afternoon, I met my supervisor of the degree report. She is a Ph.D of social work and a expert of the elderly care. It was the first time for us to meet. Before I went to her office at the Department, I felt very nervous. However, she is very kind and gave me some usefull suggestion. In addtion, I can borrow one book and some articles from her. I felt satisfied and relieved after the meeting.

Växjöの中央駅を出た瞬間に写真の看板が目に入り、知人とともに吃驚。店内に個室があって、山手線の名前や区市町村の名前になっていたら楽しいのにと思ってしまった。日本語といえば、20030124の夕方には知人に日本食材店に連れて行ってもらったのだけど、そのお店では日本語の文庫や新書なども売っており、久々に本棚に並んだ日本語の背表紙を眺めながら"何か興味深い本はあるかな〜?"と考えるという至福のときを過ごした。結局買いたい本はなかったけれど、代わりに(?)大好物の沢庵とお漬物を1袋ずつと日本産のお煎餅を購入したのであった。

今日の午後は、数ヵ月後に提出する修士論文の指導担当の先生に会う。彼女は教授ではないけれど、"En omsorgstriad: om relationer mellan omsorgsmottagare, vårdbiträden och hemtjänstassistenter(A home care triad: about relationships between home care recipients, home care workers and home care managers)"という論文で博士号を取っており、Göteborg Universityの社会福祉学部のなかで高齢者福祉に最も詳しいという。 事前にメールで自分のテーマについては伝えており、好意的な返事をもらっているものの約束した時間が近づくに従い緊張が高まる。

会議があったとのことで少し遅れて現れた彼女は私の姿を認めると"あなたがシノね?遅れてごめんなさい"と声をかけてくれる。彼女の研究室で話をするうちに、彼女が非常に優秀な先生で、学生の意見を尊重しながらも適切な助言や提案をくれることに気が付く。さらには、私の論文の基礎になりそうな文献や参考資料を惜しみなく貸してくれた。指導担当の先生は学生が選ぶわけではないので、同級生のなかには、自分のテーマとは離れた専門の先生に配属され困っているヒトもいるので、そのことを伝えたうえで、"私はあなたに配属されることができてとても嬉しい"と感謝する。すると彼女は、"そのことは教師の側にとっても重要で、問題となっている。なぜなら全学部の学生の論文を私たちは指導しなくてはならないうえに、ときには他学部の論文も指導しなくてはならない。自分の専門領域と同じ学生の論文を指導することは、私たち教師自身にとっても楽しいことなのよ"と言ってくれた。

論文のテーマに限っても自分の興味関心が拡散していることは自覚しており、話しながら"全部に取り組むのは不可能だよなあ"と内心思っていたところ、案の定、次回までにもう少し煮詰めて、さらに明確な研究課題を設定してくることを課される。最終的に研究室を出たときには1時間30分以上も経過していた。スウェーデンの大学における高齢者福祉の専門の先生と面識を持つことは私の将来にわたる大きな財産になると思うので、彼女と良い関係を築くことができそうな予感がするのは、とてもとても有難いことなのだ。何より彼女が私の乏しい英会話力について何も指摘せずに、きちんと耳を傾けてくれたことにほっとした。

帰宅後、昨日書き上げることの出来なかった要旨と格闘し、締切時間直前にメールで提出。ぎりぎりで間に合ったので一安心(笑)

photo of 20030127
20030126:nine-hundred and sixty-fifth day

出国212日目。写真はアメリカ行きの船に乗る人々を模した人形の様子。

This picture is the dolls which imitate Swedish emigrants to U.S.A. at "Svenska Emigrantinstitutet(the Swedish emigrants institute)". Today, I felt tired and ill and stayed in my flat the whole day.

"Svenska Emigrantinstitutet(スウェーデン移民協会)"で読んだ説明によると、アメリカ行きの船に乗り込むときに、人々は自分の持っている洋服のなかで一張羅を身にまとったとのことである。いかに彼らが移住に夢をかけていたかを表していると思う。

20030121に書いたように、今回のコースの試験としてのレポートの要旨というか執筆計画の提出が明日に迫っている。列車の中で参考資料を読もうと思っていて叶わなかったこともあり、なかなか頭の中が整理できない。書きたいテーマはたくさんあるのに、却ってひとつに絞れないという状態で、捗らず。加えて、どうやら少し風邪気味の模様。20021104に書いたように、前回Stockholmから帰った後も風邪をひいたので、もしかしてストックホルムの都会の空気に弱いのかなと思うけど、そのようなことでは帰国後に新宿などに行かれなくなってしまうではないか。そもそも路面電車で座れないと"混んでいる"と感じてしまうようでは、都内の電車の混雑に耐えられるのかな。

件の要旨の提出締切は明日中なので、格闘するのはあきらめ、薬を飲んで早く休むことにする。

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20030125:nine-hundred and sixty-fourth day

出国211日目。写真は"Svenska emigrantinstitutet"の外観。

This picture is the building of "Svenska Emigrantinstitutet(the Swedish emigrants institute)" in Växjö. Today, my friends and I visited to "Svenska Emigrantinstitutet". This instutitut was founded in 1965 to promote emigration research at all levels and to facilitate the contacts between Sweden and its emigrants and their descendants. We could study a lot of about the background, development and consequences of Swedish emigration.

今日は早起きをして、知人とともにVäxjöにある"Svenska Emigrantinstitutet(スウェーデン移民協会)"に列車で向かう。近年でこそ移民難民の受入国となっているスウェーデンは、1800年代後半にアメリカに大量の移民を送り出した。そのことは福祉国家の成立のひとつの背景になっているので、もう少し詳しく知りたいと思っていたときに、知人が誘ってくれたので渡りに船である。博物館なのかと思っていたら、実は研究所に近い様子。館内の展示コーナーは一見したところは、実物の展示がほとんどなかったので期待はずれかと思いきや、写真や模型、年表と併せて詳細な説明文が掲示してあり、膨大な情報量。博物館を第一義的に教育研究機関として位置づけるならば、今まで見学してきた博物館の内で最高だろう。

スウェーデンからアメリカに移民が開始したのは1638年とのことで、大量移民が行われたのは農業が不作で飢饉が生じた1860年以降のことだそうだ。展示の説明をメモしてきたところによると、18世紀のスウェーデンは非常に貧しく、1組のカップルは平均して8人の子どもを産んだけど、4割はチフスなどの伝染病により15歳までに死亡したとのこと。1818年にKarl XIV Johanという王さまが"平和、ワクチン、そしてジャガイモ(peace, vaccine and the potato)"という政策をとったために、死亡率は著しく改善したが、今度は人口の爆発に対応できなくなり貧困はさらに進んだ。

Göteborgの"Göteborg Konstmuseet(イェーテボリ美術館)"には、1800年代後半から1900年代前半の非常に貧しく暗い農家の様子を描いた重厚な油絵があり、思い出しながら"Svenska Emigrantinstitutet"の展示と説明を読み進めていった。1890年頃の農業危機により頂点を迎えたアメリカへの移民は、社会状況に応じた変動を繰り返しながら、1920年代から30年代にかけてのアメリカによる移民制限政策により激減し、最終的には第2次世界大戦の頃にほとんど皆無に近くなる。1840年から1930年までの間に約1,300,000人がスウェーデンからアメリカに移住していったという。

アメリカへ向かう船はGöteborgから出発していたとのことで、スウェーデン全土から列車で到着した人々が船の出港を待つ間に泊まっていたのが現在の"Postgatan"で、駅と港を真っ直ぐにつなぐ利便の良さによるそうである。この通りは市庁舎の裏にあたり、現在でも公的な機関の建物が多い。今度、時間の余裕のあるときに当時のホテルがあった番地は現在何になっているのかを確かめに行く予定。

移民していったスウェーデン人は主にイリノイ州やミネソタ州の開拓者となったとのこと。知人は以前から"大草原の小さな家"に出てくるような西部開拓民の生活はスウェーデンの生活様式に近いし、おそらく多くはスウェーデンからの移民者だったのではないか、と教えてくれていた。これが見事に実証されたことになる。さすが!!

閉館時間ぎりぎりまで見学し、列車に乗り込む。Stockholmに帰っていく知人と途中の駅で別れ、3度乗り換えた後にGöteborg中央駅に到着。帰りの列車で音楽を聴きながらJan Paulsson"新しい高齢者住宅と環境−スウェーデンの歴史と事例に学ぶ"(2000,鹿島出版会)を読んでいたら、向かいに座っていたスウェーデン人の男性に再び声をかけられる。読んでいた本の表紙に昔の住宅の写真が掲載されているので、建築学を学んでいるのだと思われた様子。偶然にもGöteborg Universityの社会学部の卒業生とのことで吃驚。

photo of 20030125
20030124:nine-hundred and sixty-third day

出国210日目。写真は戦艦ヴァーサ号の船尾の彫刻。

This picture is the stern of the warship Vasa at Vasamuseet(The Vasa Museum) in Stockholm. In this afternoon after the class, I took the express called "x2000" to Stockholm and visited Vasamuseet with my Japanese friend. Since I read about the warship Vasa on a guid book, I wanted to see her, and so I feel very happy in front of her.

今日は授業後にStockholmに向かう。Göteborg中央駅からx2000という特急列車に乗り、指定席に辿り着くと隣はスウェーデン人の年配の男性。列車が動くか動かないかの間に、その男性が話しかけてきたので吃驚。何故なら、一般的にスウェーデン人は他人に関して興味のない様子で、こちらから頼まない限りは他人に対して干渉しない。今までの半年間に何度かひとりで列車の旅を体験してきたけど、私が乗換駅などのことで質問しない場合は、隣客に話しかけられたことはなかったのだ。その男性は、市内で企業に対するpc販売をしているそうで、Stockholmで仕事をしている奥さんのところで週末を過ごすという。私にまず出身国を聞き、そして日本のこと、勉強のこと、Göteborgや天候のの印象などなどについて質問を浴びせてきた後で、自分の仕事や家族、生まれ育ったStockholmのことなどなどについて話してくれた。特に彼が関わっているという医療系の基金の話題について少し質問をしたり、興味と関心を示しながら聞いていたら、最後には何と名刺を渡してくれた。

知人や学校関係者以外のスウェーデン人と話す機会は少ないので、社会経験豊かな年配の男性とのおしゃべりは楽しかったのだけど、昨夜が寝不足で今夜も遅くなる見込みなので、実は列車の中の時間は半分を睡眠にあて、半分を勉強にあてる予定だった。ところがその男性は非常にお話好きだったらしく、一向に止まる気配がない。仕方がないので、失礼だとは自覚しつつ、"お話しするのはとても楽しいし、大変に申し訳ないけれど、少し体調が悪いので休ませて欲しい"と意を決してお願いする。そこで1度は終わりそうだったのだけど、何故かまた再開。結局数十分後に、私の睡魔が限界に来て、彼は珈琲を飲みに行ったのであった。

睡眠は多少確保したものの、勉強は全く出来ないまま、Stockholm中央駅に到着。迎えに来てくれた日本人の友人とともに、Vasamuseet(ヴァーサ博物館)を訪れる。7年前に初めてスウェーデンに来たときにガイドブックで知り、それ以来ずっと来て見に来たかったものの実現できなかったので、やっと願望が達成できて幸せ。リンク先の公式サイトに詳しいけれど、戦艦ヴァーサ号は、1625年に当時の王であるGustav II Adolfの命令によって建造を開始された非常に巨大な軍艦である。ところが、3年後の16280810に処女航海に出発したヴァーサ号は哀れなことに、出発したばかりのStockholm港内で数分後に沈没してしまう。この博物館では、333年後の19610424に引き上げられたヴァーサ号の実物がそのまま展示されているので、処女航海開始から数分後で沈んでしまう船とは一体如何なるものかを見たかったのである。

館内に1歩足を踏み入れると、目の前にその巨大な船はあった。吃驚するほど大きくて、吃驚するほど多くの見事な彫刻が施されている。まず最初に、上映室に入る。映画は途中からしか見られなかったのが残念だったけれど、発掘の様子や復元の方法などの実際の様子を見ることができて、非常に興味深い。遺跡の復元は度々ジグソーパズルに例えられるけど、そのビデオの中で"それは世界最大のジグソーパズルであった"と説明されていて、思わず笑ってしまった。長い年月に渡り海水のなかにいたために洗っても洗ってもカビ(?)が表面に吹き出てくる状態であり、その度に丁寧に落として、"polyethylenglycol(PEG)"という保存用の薬剤を塗り、ドライヤーでゆっくり乾かすという作業が繰り返された。ジグソーパズルの完成後も、上からシャワーを浴びせて同じ作業を繰り返し、徐々に間隔を長くしていったとのことである。思わず大学時代に履修していた美術品保存技術に関する授業を思い出す。

"本当によくもまあ復元したものだなあ"と心から感嘆し、賞賛を送りたい。展示方法として興味深かったのは、第一に、復元時に加えられた部分の木材はオリジナルの部分と異なる色にしてあることである。このことでどの部分がオリジナルなのかということを容易に判別できると同時に非常に多くのオリジナルが残されていたことを知ることが出来る。同時にどのようにして復元時に加えた部分の彫刻などを想像したかの過程も推測することができる。第二に、館内は中央のヴァーサ号が展示してある空間は吹き抜けになっており、周囲の壁を巡る回廊にその他の展示が行われている。このことにより、異なる高さと様々な角度からヴァーサ号本体を見ることができるのである。スウェーデン(ヨーロッパ?)の博物館は大きなところと小さなところの展示の質の格差が激しいと経験上感じており、平均的な内容で考えると日本の博物館は決して負けていないと思うけれど、このような"どう見学者に観てもらうか/魅せるか"という展示方法に関する工夫の点では日本の博物館はもう少し検討の余地があるように感じる。

ちなみに現在は濃い茶色の渋い外見の戦艦ヴァーサ号は、建造時は彫刻に華やかな彩色を施した美しい軍艦だった様子。写真の船尾は全面金色だったということである。

photo of 20030124
20030123:nine-hundred and sixty-second day

出国209日目。写真はとある子ども用品店の店頭の光景。

This picture is the show window of a toy shop in Göteborg. Today, we had only the short lecture on library information in the class. The librarian told us how to use databases and e-journals. It was very usefull for our degree paper, but I have known all of it. It was like a revision for me, actually.

市内にいくつかある子ども用品店や玩具店を見かけるたびに、足を止めてしまう。時間があるときには、用もないのに店内を物色してしまうほど。日本にいたときにはデパートの玩具売場に心惹かれることはなかったので、何故だろうと思っていて気が付いた。要するに、プラスティック製品があまり好きではなく、木や布の素材感に魅力を感じているのであった。

昨日読了した宮本太郎"福祉国家という戦略−スウェーデンモデルの政治経済学"(1999,法律文化社)は、研究の視角と課題や理論的背景に関して書かれている序章が際立って難しく、第二章以降は"スウェーデンという福祉国家はいかにして成立したのか?"という謎解きを、社会民主党をはじめとする各政党、主な首相や政治家、政策を理論的に支えることとなった研究者、そして労働運動という登場人物の関係をもとに行っているのであり、まるで極上の推理小説を読んでいるかのように楽しかった。

宮本(1999)からは、論文の構成や、1つの研究における見解に対して別の理論を取り上げて議論することでより"客観的"な視点を確保できることなどから始まり、どのようにして社会民主党が中流層をも取り込んでいったのか、現在のスウェーデン社会にいたるまでのマクロ的視点での成立過程などなど、とてもまとめられないほど色々なことを学んだ。同時に、例えば、スウェーデンと日本の社会保障制度で最も異なるのは、おそらく制度が目指している目標だろうと感じていて、それは第一にスウェーデンでは社会保障制度による最低保障ラインが"生活最低限"ではなく"一般的な生活"にあること、第二に障碍者や高齢者、児童などの"違い"は事実としながら、彼らも含めて全員にできるだけ多くの選択肢を保障することではないかと考えていた。

第一の点について、宮本(1999)では1970年代に"スウェーデン福祉国家は、すべての市民に対する最低限の保障からその現行所得の保障へ転換し"また""補償水準が中間層の所得水準を指標とするものとなった"(p.160)とある。さらに第二の点に関しては、スウェーデンが経済成長と福祉国家の充実という両立を可能にする基盤となったthe Rehn-Meidner Modelにおいて、すでにRehnは"自由選択社会"、つまり"レーンがイメージしている福祉政策とは、完全雇用によって人々が経済的に自立した社会の上に構築されるものである。レーンはそのような社会における福祉政策の目標を、いわゆる救貧(貧困それ自体は選択的な経済政策が克服するべきものである)ではなく、人々の自己決定権を拡大していくことにおいた。教育、出産、老齢化など、人生において不可避のさまざまな問題に人々が主体的に対処することが可能になること、このことが福祉政策の課題となる"(p.127)社会を支えるモノとして、このモデルを位置づけていたのである。the Rehn-Meidner Modelが導入されたのは1950年代末期から1960年代のこと。200211に受けていた"Welfare System"のコースのレポートを書いていたときに、このモデルについて初めて理解したときにはその精巧さに感動したのだけど、今回いかにこのモデルがその後の政策に影響を与えていったのかを理解して改めて感動したのであった。

ちなみに"アエラ"no.2(20030113号)の特集"スウェーデンに学べ"の中では"教育訓練と就労促進で福祉を図る「ワークフェア」"と書かれていたけど、教育訓練を通じて就労を促進し福祉の充実を図る仕組みの始まりがthe Rehn-Meidner Modelなのだと理解している。ちなみに宮本(1999)でも指摘されていたけど、主に"ワークフェア(workfare)"とはアメリカ型の"働かざる者食うべからず"のことを指すので、スウェーデンについてこのコトバが使われることには激しく違和感を感じる。

Rehnが目指した"自由選択社会"を見てもわかるように、スウェーデン型の福祉国家は"完全雇用"を前提としているので、1980年代末から1990年代にかけて不況に陥り失業率が上昇したことが、"転換"の原因と"Welfare System"のコースでも学んだし、Esping-Andersenも書いている。ただ、どうしてそのときに不況が起こり、失業率が上昇したのかという背景については、あまり説明を受けていなかったので知りたいと思っていたら、宮本(1999)がきちんと述べていてくれたので、ようやく理解できた。また読んでいるうちに、日本の社会政策に関しての政治経済的な要因からの分析についての論文を読んでみたいなと思っていたら、最後に簡潔にまとめてある。何と言うか、痛し痒しに手が届く印象の文献。時機的には20030120にGøsta Esping-Andersen"After the Golden Age? Welfare State Dilemmas in a Global Economy" in Gøsta Esping-Andersen ed. "Welfare States in Transition; National Adaptation in Global Economies" (1996, sage publications)を読んで、Esping-Andersenの理論は分析枠組としては非常に有効だけど、将来予測としては理想論過ぎて、それをどう実現するかの具体性に欠けるのでは、と感じていたのだけど、同じようなことが書かれていたので嬉しかった。

できれば政治面での詳細を補足するためにStig Hadenius"スウェーデン現代政治史−対立とコンセンサスの20世紀"(2000,早稲田大学出版部)を、そして日本の状況との時期的な対応を把握するためには田多英範"現代日本社会保障論"(1994,光生館)などを手元に置きながら読み進めるとより深く理解できるのだろうなと思いつつ、今回は実践できなかったのが残念。いずれ再読するときには忘れずに一緒に持ち歩くことにしよう。

最後に業務連絡。明日の授業後の列車にて少々外出するので、次の更新は20030126になる予定。

photo of 20030123
20030122:nine-hundred and sixty-first day

出国208日目。写真はとある通りの光景。

This picture is taken on a street. In this morning, our lecturer showed us one video, which title was "Hela resan!!(All the way!!)" and we could learn the social policy for barrier free on traffics in Sweden. In one municipality, some handicaped were concerned with the cityplanning from the begining.

今日の授業では、アルコールに関係する問題を解決するために作成された計画である"National Action Plan for preventing Alcohol-Related Harm"の概略についての講義を受けた後、"Hela resan!!(全ての道を!!)"というビデオを見る。授業の中でビデオが使用されるのは、半年間で初めてのこと。内容は、障碍者や高齢者がひとりでどこにでも出かけることができるように、自治体におけるバリアフリー政策がどのように進められているかに関する紹介と説明である。簡単にまとめると、街づくりにおいて配慮すべきなのは、歩道と車道の段差は視覚障碍者のために少しだけ残してできるだけ失くすこと、建物への入り口の段差は失くすこと、歩道の電灯、公共のトイレ、ベンチ、駐輪場、手すりなどの設置、バスや路面電車の停留所の表示の分かりやすさ、電光掲示板による正確な運行時刻の表示、バス停には屋根をつけベンチを設置すること、低床バスの導入などについてが挙げられる。

ほとんどは日本で言われていることと同じだけど、"駐輪場が不足すると歩道などへの駐輪が増え、通行の邪魔になるので、駐輪場の設置は重要"という箇所は、異なるように思う。"駅前の勝手な駐輪が通行の邪魔"という認識までは同じでも、日本では"だから止めましょう"というだけで、違法駐輪を失くすために実行力を持つ解決策が提示されていないのではないだろうか。人口密度と地価の違いがあるから、一概にはその状況を責められないけど、問題が生じているときにモラルの要因に還元してしまう日本と、実行力のある解決策を模索するスウェーデンの違いは端的に現れているような気がする。

ビデオでは先進的な取り組みをしている自治体について事例的に紹介されている。そのうちのひとつは、郊外に新たな商業地域を開発するときに、開発計画作成の初めから、視覚障碍者団体を中心に当事者が参加して街を作った、というモノだった。最近では日本ではバリアフリー計画などの作成において、当事者の意見を取り入れる自治体も多いと思うけど、全面的に協議した計画をもとに新たな地域の全体を作り上げるということは、少なくとも私は聞いたことがない。まあ、スウェーデンでもあまりないことだから、先進的事例としてビデオに取り上げられるのだろうけど。

とはいえ、とあるメーリングリストで流れてくる情報などを見ていると、実際の側面での両国の違いは明らかに感じられる。日本で今年4月から障碍者福祉領域に導入される"支援費支給制度"において、厚生労働省はホームヘルプサービスの支給対象を1日4時間の利用までとする上限を定めるという。現状では1日20時間の利用にて在宅での生活を維持している重度の心身障碍者がいるなかで、言うまでもなく各当事者団体は申し入れを繰り返している様子だけど、これに対し厚生労働省側は"あくまで国の上限であって、各自治体が上乗せすることは制限していない"と、介護保険制度の上乗せ横出しサービスと同じことを言っているらしい。介護保険制度導入後、どれだけ多くの自治体において介護保険制度で規定されたサービス以外の提供に関して後退もしくは放棄されていったことかを考えると、"支援費支給制度"について知ったときから職場の上司や大学院の教授や友人たちと話していたように、障碍者福祉領域においても高齢者福祉と同じことがおそらく起こるのであろう。

各国から集まってきている同級生たちに日本の良い点も伝えていかなくてはと、日本の現状に対してできるだけ積極的な見方をしようと心がけているのだけど、やはりどうしても悲しく情けない気持ちになってしまうのは否めない。とほほ。

photo of 20030122
20030121:nine-hundred and sixtieth day

出国207日目。写真はとあるカフェの店内の光景。

This picture is taken in a cafe. In this early morning, our new course, called "Theoretical Framework", started. After the class, I went to the department library and looked for some literatures which could be references for my degree thesis.

今日から"Theoretical Framework"という新しいコースが始まる。最後の講義のコースであり、来月末にこのコースが終了すると、次は実習、続いて修士論文執筆、と全課程修了に向けて一直線なのである。これからの半年間はあっという間に過ぎていくであろうことを考えると、焦燥感が膨らむ。

今回のコースでは、スウェーデンという福祉国家の歴史的な背景や、発展過程、現在の制度などについて具体的に学ぶことになる。もともとスウェーデンの社会保障/社会福祉制度とその実践を学びたいというのが留学の最大の理由である私にとっては、非常に期待したい授業なのだけど、担当の先生の専門が"交通事故による被害者"なので、障碍者福祉が中心になる様子。高齢者福祉については修士論文のsupervisorの先生から話を聞くことができるとしても、児童福祉や家族福祉などの具体的な制度や現状における問題点などを授業として学ぶ機会は持てないままに課程が終了してしまいそうなのが、とってもとっても残念なのである。

今日の授業は導入だけなので、先生が自己紹介を兼ねて自分の研究について少し話をしてくれる。スウェーデンでは交通事故による死者が年間350-500人であり、傷者は20,000人なのだそうである。死亡事故の原因は、"スピードの出し過ぎ"と"飲酒"が多いとのことだけど、先生曰くその背景にはストレスなどがあるので社会問題化できるのだそうである。

続いて、今後の授業展開や試験などについての説明がある。どのコースにおいても、最初の授業で試験についての説明が必ずあったけれど、これは目的意識を持ちながら日々の授業に挑むという点で素晴らしいと思う。試験の課題が、コース全体の授業に対する理解度を測るモノとして提示されるので、なおさらである。今回のコースにおける試験は、明らかに修士論文の執筆に向けての準備として位置づけられており、"スウェーデンの福祉国家"や"スウェーデンにおける社会保険と社会政策"など"授業の枠内でテーマを決め、修士論文のsupervisorと相談しながら書くこと"という課題となっている。加えて、"論文の要旨をまとめる練習"という目的にて、20030127までに今回の試験用のレポートの要旨を書いて提出すること"が課されている。

この要旨の提出が6日後と目前なので、教室中騒然。ヨルダン人の友人による"要旨とは論文を書き終わってからまとめるもので、事前に書くのは執筆計画なのではないか?"という見解に、私も賛成するのだけど、どちらにしても取り組まなくてはならない内容には変わりがない。せっかくだから修士論文にも繋げられるテーマにしたいと思い、授業終了後に社会学部併設の図書館に向かう。

久しぶりにdatabaseの中ではなく、自分の目と足で図書館の中を歩き回ったので楽しい。けれども、自分のテーマにうまく適合する資料が見つからない。否、スウェーデン語の文献は1冊発見し、題名は意味が分かるので読んでみたいと切望するものの、本文を読むだけのスウェーデン語の力はないのが悲しい。

図書館散策の過程で出会ったBertil Ohlin ed."Social Problem and Policies in Sweden"(1938, the American Academy of Political and Social Science)という文献では、宮本太郎"福祉国家という戦略−スウェーデンモデルの政治経済学"(1999,法律文化社)において、1920年代後半から1940年代の"スウェーデンモデルの形成期"における大立者のひとりとして描かれている当時の社会相であったGustav Möllerが"失業政策"について、また"人口の危機"で著名なGunnar Myrdalがまさしく"人口問題と政策"について、そしてAlva Myrdalが"工業と家庭におけるスウェーデンの女性"というテーマで論文を書いている。他にも、この本では、生活水準の問題から、貧困政策、社会保険、出産と児童福祉、住宅政策、成人教育まで、現在のスウェーデンの社会政策に脈々とつながるまさしく"楚"の問題について知ることができるので、非常に貴重な資料だと思う。こういう古い資料は日本では手に入れることが極めて困難だと思うので、コピーにてしっかりと確保。

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20030120:nine-hundred and fifty-ninth day

出国206日目。写真は久しぶりに降った昨夜の雪。

This picture is snowing at the midnight. It must have changed raining in the early morning and snow has completely melted when I woke up. In this aftenoon, I went to a cafe and read Gøsta Esping-Andersen"After the Golden Age? Welfare State Dilemmas in a Global Economy" in Gøsta Esping-Andersen ed. "Welfare States in Transition; National Adaptation in Global Economies" (1996, sage publications).

最近2週間くらいに渡り、零度以上の日が続いており、20030105に降った大雪は影も形もなくなった。昨夜遅くにふと窓を開けてみると、外は雪が降っており地面にも薄っすらと積もっている。また寒さが戻ってきたかと喜んでいたら、目覚めたときにはすっかり溶けてしまっていた。20021018初雪の様子と比べると、今回の雪には勢いがないことが明らか。"このまま春になってしまうのだろうか"と思うと寂しくなる。

今日は雑用を片付けた後、カフェに行き、Gøsta Esping-Andersen ed. "Welfare States in Transition; National Adaptation in Global Economies" (1996, sage publications)に所収のGøsta Esping-Andersen"After the Golden Age? Welfare State Dilemmas in a Global Economy"を5時間かけて読破。Esping-Andersenの英語は単語も難しいし、構文も入り組んでいるので、読むのにとても時間がかかる。この論文では、所謂"福祉国家の危機"の内容について彼自身の福祉国家3類型の各代表国、スウェーデンを初めとする北欧諸国、アメリカなどのアングロ・サクソン諸国、ドイツなどの大陸欧州各国のそれぞれについて分析している。ここでは"福祉国家の危機"を"平等性と完全雇用の関係"(が両立しなくなったこと)に位置づけられているので、必然的に経済学的な言及が多くなり、理解するのが難しい。世界各国の経済状況についての知識の乏しさ、経済の基礎知識の欠如をまたまた痛感する。

Esping-Andersenは、基本的にスウェーデンに代表される"社会民主型福祉国家"を理想モデルとしているので、スウェーデンが直面している問題、例えば若者や移民・難民、また母子世帯の母親などがパートタイム雇用や低賃金の仕事に就いていることが多いことを指摘する一方で、積極的労働市場政策(aktiv arbetsmarknadspolitiken, active labour market policy)"に基づく教育や職業訓練によって、フルタイムの高賃金の仕事に移動できる点を評価している。そして"福祉国家"の解体を進めるよりも制度の再構築を通じて、現在の"危機"を脱することを推奨している。

一方、新自由主義に基づくアメリカの現在の政策については、失業率は低く維持している面については一定の評価を与えつつ、賃金の自由化と規制緩和がいかに所得の不平等を促進しているかを説く。アメリカに関しては、賃金自由化が積極的な教育制度と体系的に結びつければ、その欠点はかなり少なく出来るとしている。また大陸欧州各国に関しては、早期退職制度が進められていることについて、元々各世帯において男性1名の稼ぎ手を想定していることとからも、雇用と社会保障制度の内側にいる人々と外側の人々の格差が広がることを懸念している。

Esping-Andersenは、最終的に"市場は配分に関しては非常に効率の良い機構となるかもしれないが、社会の団結の機構とはならない"と延べ、"経済効率の背後にある信頼のできる原理だけが(社会全体の)福祉を産み出す"のであり、従って"社会市民権の概念は、引き続き21世紀も追求していって構わないだろう"とまとめている。

20021031頃に、同じEsping-Andersenの"福祉国家の可能性"(2001, 桜井書店)を読んでいた頃には、全面的に共感していたのだけど、今は"そんなに上手く行くのだろうか?"という疑問を感じている。スウェーデンという福祉国家の将来が彼の予測通りに行き、すなわちそれが他の国のモデルになり得ることを期待したい気持ちはあるし、彼の論理に全面的に依存してしまいたい魅力は強く誘うものの、"あまりにも理想論過ぎないかな?"という印象が否めない。どちらにせよ、もしくは、自分の立ち位置を明らかにするためにも、もう少し理解を深める必要があることには変わりがないのだ。

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20030119:nine-hundred and fifty-eighth day

出国205日目。写真は学生アパートの共同洗濯室。

This picture is the common laudry room in our house. Today, I stayed in my flat the whole day and did the domestic works, such as cleaning up my room and laundry.

今日は、家事の日。部屋の片付けと掃除から始めて、予約しておいた洗濯を終えたら、一日が終わっていた。スウェーデンの共同住宅では、洗濯室は共同になっており、事前予約が必要。TOMOkucing氏が20021215付日記で書かれているように、洗濯は日本での生活と比べて最も負担の大きい家事である。

スウェーデン人は家族の人数の変化やライフスタイルに合わせて引越しを繰り返していくと聞いているけれど、このスウェーデン人の住まいに対する考え方、つまり住まいが不動産ではなく動産であることから、家具付の住まいが多かったり、洗濯機が共同の洗濯室となっているのではないかと思っている。私の住んでいる学生アパートは、写真の洗濯室が各階に1つずつ設置されており、各洗濯室にはドラム式の洗濯機と乾燥機が2台ずつ、ぶら下げ式の乾燥機が1台あるので、予約競争はそれほど激しくはない。それでも予約していないのに使用しているヒトがいたり、予約時間を超過して利用するヒトも多いので、なかなか大変なのだ。

洗濯機と乾燥機の機種は比較的新型だと思うのだけど、何故か時間が日本の洗濯機の数倍はかかるのが謎。設定にもよるけど、洗濯1回が約1時間20分、乾燥1回が2時間30分なので、色モノと白モノを分けて、寝具を別に洗濯しようとすると、2台両方を使っても半日仕事になってしまうのである。しかもその度毎に洗濯室と自分の部屋を往復しなくてはならない。日本で最初に1人暮らしをした建物も1階に共同のコインランドリーがあったことを思い出す。それを考えれば、同じ階の平行移動だけで済むのは助かるけれど。やれやれ。

掃除をしながら、20030115に届いた新年福袋に入っていた"robocop: special edition"のDVDを流しておく。以前に見たことがあるので音だけ聞くつもりが、予想外の面白さに掃除の手が止まりがち。前には全然気にしていなかった会社内の抗争の部分などが興味深かった。主人公のrobocopが小学校を訪問し、"子どもたちに一言!"と求められたときに、"マジメにやれよ!!"と答えるのだけど、これは英語では"stay out of trouble!!"なのである。なるほど。"trouble"に巻き込まれ続けている当人の状況を考えると、非常に本音的だと思うのは考えすぎかな(笑)

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20030118:nine-hundred and fifty-seventh day

出国204日目。写真はライトアップされた"Domkyrkan"の様子。

This picture is "Domkyrkan(the Cathedral of Göteborg)" which is lighted up. In this afternoon, I bought some compact disks in the Centre and read Japanese books about the Swedish welfare state at a cafe.

スウェーデン人の同級生によると、"Domkyrkan"は特定の宗派に属さない市民一般のための教会なのだそうである。だからもしクリスチャンではない私がどこかの教会に行きたいと思ったら、一番適しているのがこの教会なのだそうだ。 この"Domkyrkan"では、毎週金曜日と時には土曜日にも、正午から"lunch music"というコンサートを開いている。聴きに行ってみたいと思いつつ、つい週末は遅寝遅起になるために、未だ実現していない。

ところで、スウェーデン人の友人は"Domkyrkan"のことを"Dom church"と英語に直訳していたけど、手元の英瑞瑞英辞書によると"domkyrkan"自体が"cathedral"という意味を持つことになっている。さてこの"Domkyrkan"はどちらの意味なのだろう?後者で"市民大聖堂"みたいな位置付けなのかな、と推測しているのだけど。ご存知の方は是非ご一報を

夕方からカフェで、宮本太郎"福祉国家という戦略−スウェーデンモデルの政治経済学"(1999,法律文化社)を読む。発売された当初に購入し、修士1年目のときに読みかけて、あまりの難しさに挫折した記憶がある。来週から始まる"Theoretical Framework"のコースにてスウェーデンの社会保障制度の各論的な内容を学ぶための準備として、また最近自分が感じている疑問や印象についての答えがこの本のなかに書かれているような気がしたので、再度挑戦。相変わらず難しいことは難しいと思うけれど、前回のように全く歯が立たないという訳ではなく、一応は自分なりに理解しながら読み進めていくことができるのでほっとする。この3年間で多少なりとも身に付いたモノがあるということなのかな(笑)

カフェに行く途中でCD店を発見したので、立ち寄る。予想外に広い売り場面積で、探していたCDを数枚発見する。全部は買えないので、悩んだ末にとりあえず3枚だけ。購入したのは、Garmarna"Hildegard von Bingen"とSamla Mammas Mamma"Kaka"Sweet Jazz Trio"Very Swedish"なのだけど、3枚とも大当たりで嬉しい。しかし始終行ってる"Nordstan"内の"Åhlens"の中にあんなに大きなCD店があるのに気が付かなかったとは、迂闊だった…。

photo of 20030118
20030117:nine-hundred and fifty-sixth day

出国203日目。写真はとある通りの光景。

This picture is taken on the street in Göteborg. In this afternoon, I met my Japanese friend from Skåne, where is the southern part of Sweden. I knew her on the internet and it was the first meeting for us. We talked lots and it was a nice time at least for me.

今日の午後は、スウェーデンの南部の街からGöteborgに来た友人と会う。internet上で知り合ったので、初対面。"はじめまして、いつもお世話になっています"という挨拶は、毎度のことながら口にしていて矛盾を感じる。中央駅の近くのhotel eggersのカフェ兼レストランにてお昼を食べつつ、のんびりとお喋りを楽しむ。たまたまお客さんが少なかったせいなのか、このカフェは静かでさらに落ち着いた雰囲気があり、ゆっくりと過ごすには丁度良かった。ランチセットは79sekで、今日のメニューはスウェーデンの伝統料理である肉団子とリンゴンベリー、ゆでたポテトであった。最初に知ったときには、"肉団子にジャムなんて!!"と信じられなかったこの組み合わせにもすっかり慣れてしまい、日本に帰国後にリンゴンベリーの付いていない肉団子を食べるときには物足りなく感じるかもしれない(笑)

店員さんが何も言わなかったことと、なかなか居心地が良いお店だったので、結局夕方に他の友人に会うために路面電車に乗る彼女を見送るまで、そのカフェに落ち着いてしまった。彼女がどう感じたかは分からないけど、スウェーデンに数年間住んでいて、異なる分野で頑張っている彼女とゆっくりと話ができたことは、私にとってはとても楽しい時間だったし、やはり自分のスウェーデン社会に対する理解は半年間の経験分でしかないことを実感した。

彼女を見送った後で、昨日修理(?)したpcを返しに知人宅へ向かう。他のpcにて発生していた問題の対応やプロバイダから届いていた通知に基づく設定の変更などを行い、退去。とりあえず昨日以前に問題となっていた点は全て解決できたので、ほっとする。

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20030116:nine-hundred and fifty-fifth day

出国202日目。写真はとある通りの光景。

This picture is taken on the street in Göteborg. In this evening,I tried to fix my friend's laptop pc and finally I could succeed it.

最近1週間ほど、比較的お天気が良くて温かい日が続いているので、何だか落ち着かない。Göteborg特有の冷たく強い風は吹いているものの以前と同じ服装で外に出ると、暑く感じてしまうほどである。雪もすっかり溶けてしまった。とはいえ油断していると、日中は溶けている雪が日暮れ後に凍るので、気をつけて歩かなくては危険なのだ。

今日は夕方から、pcと格闘。知人から"調子が悪いので見て欲しい"と言われたpcが、私の知識では手に負えずosの再インストールを行った方が早そうなので、一式まとめて預かってきていたのだ。trendmicroウイルスバスターオンラインスキャンをかけると、予想通りvirusの感染も見つかり、駆除。ドライブのイメージをバックアップしたり、再インストールに辿り着くまでが大変だった。windows98seは少しネットワークの設定を変更すると再起動、ドライバを入れると再起動になるので、分かっていたこととはいえ手がかかる。USBメモリにまでドライバのインストールを要求されるに至り、"なるほどwindows xpは進化したのだなあ"と珍しくmicrosoftを評価する気持ちになる。

作業の合間に、昨夜から読み始めた小林信彦"極東セレナーデ"(1990,新潮文庫)の上巻と下巻を一気に読了。確か新聞小説で読んだはずだと思っていたら、下巻の"あとがきに代えて"にて19860120から19870117の朝日新聞において連載していたことが判明。そんな昔から新聞小説を読む習慣があったのかと、何だか自分の年齢を実感してしまったのだ。確か最初に読み通した新聞小説は干刈あがた"黄色い髪"(1987,朝日新聞社)だと記憶している。ところでスウェーデンの新聞でも連載小説ってあるのだろうか?少なくとも無料広告新聞の"metro"には掲載されていないように思うけど。

photo of 20030116