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20030228:nine-hundred and ninety-eighth day

出国245日目。写真は実習先の高齢者福祉部の入口の様子。

This picture is the door of "Äldreomsorgen(the department of elderly care) at my field placement. Today, my supervisor and I visited two elderly people in the old people's home and other two at thier own home. After that, I asked lots of quetstions to her.

昨日書いた"特別な住宅"の利用料について話を聞いていたときに、住宅手当は収入の少ないヒトに対するモノであるという説明をしてくれたCさんは、"自分は夫と2人で働いてそれなりの給料を得ているから、決してもらうことはできない"と付け加えた。これまでの実習でCさんは非常に率直な意見を述べてくれることを承知していたので、"あなたに対する個人的な質問なのだけど、たくさん稼いでたくさん税金を納めているのに、少ない見返りしかもらえないことは、公平でないと思う?"とある意味では非常に意地悪な質問をしてみた。すると彼女は"あ、痛っ"という表情を一瞬見せてから、"そうねぇ。自分やシノと同じ位の年齢で、働かずにドラッグなど依存症になっている人々に対して提供されるお金については、そう思うわ。だけど私が担当している年金が十分でない高齢の女性には、もっとたくさんの年金や手当てをあげたいと思う。なぜなら彼女たちは働かずに家族の世話をしてきた結果、低年金となっているのだから"と語ってくれた。その後、話を続けているうちに、"ホームヘルパーもショートステイも特別な住居への入居もみんなみんなお金がかかる。一体私たちはどうすればいいのかしら?"という非常に普遍的かつ根本的な問いかけを彼女は私にぶつけるのだけど、当然私に答えなどあるはずがない。

実際のところ、今回の実習で強く感じるのは、少なくとも高齢者福祉サービスに関しては"利用者にとっては非常にいたりつくせりで素晴らしい制度"といえるけど、サービス提供者である地区と市(kommun, municipality)の経済という観点からみれば"非常なる負担"となっていることである。これまでは私自身が前者の視点しか持っていなかったので自分のなかでは簡単に整理がついたのだけど、この半年間の留学生活で経済に対する視点を持つようになったので、とても大きなジレンマに陥っている。そしてこれこそがおそらく"福祉国家スウェーデン"がずっと闘い続けてきて、これからもおそらく直面しつづけるのであろうジレンマなのだろうと思う。つまりいかにして"人間性の尊重"と"経済効率の追求"を両立させるか、ということである。

Gøsta Esping-Andersen"After the Golden Age? Welfare State Dilemmas in a Global Economy" in Gøsta Esping-Andersen ed. "Welfare States in Transition; National Adaptation in Global Economies" (1996, sage publications)が書いているように、人口高齢化は常に経済成長との関係のなかで"福祉国家における問題"となるのであり、もしもスウェーデンが、人口の高齢化率、特に後期高齢者の増加率、とそれによって生じるサービスの必要性に対応できるだけの経済成長率を維持できるのなら、人口の高齢化は"問題"にはならない。そうではないからこそ、サービス提供の効率化や対象の特定化(client targeting)の方法などが模索されているのだ。…何だか、当たり前のことを書いているようにも思えてきたけど。

で、今日驚いたのは、ホームヘルプサービスに限り、利用開始から14日間以内に利用が終了した場合は利用料負担がないということである。15日以上になった場合に、初日から遡って請求されることになる。初めて聞くことだったのでいやはや吃驚。"それはつまり、例えば、在宅で2週間過ごし、ショートステイで2週間過ごすことを繰り返している高齢者がいる場合、彼女/彼は在宅で利用するホームヘルプ分の利用料は常に無料になる、ということなの?"と聞くと、"その通り"との返事。そしてCさんの担当にはこのような高齢者が数人いるのだ。ホームヘルパーの行うことは同じなのだし、Cさんの作業も同じなので、Cさんは"このようにお金にならない仕事はとっても多いのよ"と少々ぼやいていた。私自身も、どちらにしても応能負担なのだし、利用した分は負担してもらっても構わないように思う。この話を聞いたときに、上述の"いたりつくせり感"は非常に強くなったのである。

photo of 20030228
20030227:nine-hundred and ninety-seventh day

出国244日目。写真は昨日朝の見事な羊雲の様子。

This picture is the sky in the morning yesterday. In this afternoon, my supervisor and I visited two old people in the psychiatric ward. One of them was very sick and the doctor and police took her there, according to the law.

今日もまた大量の収穫があった日。最大の収穫は今まで視察先で度々質問をしても詳細の理解に至らなかった"特別な住まい"における利用料の算出方法について、実際の入居者のデータを見せてもらいながら説明を聞けたこと。介護保険制度の利用料計算方法ほどではないけれど、割引制度などが組み合わせになっているためにかなり複雑。未だ完全に把握できたとはいえないけど、とりあえず今日理解できたことをまとめてみる。

原則として、"特別な住まい"における利用料は、以下の4つに分かれる。

  1. 家賃(部屋+共用空間/利用人数)
  2. 食費
  3. 介護費用
  4. 日常生活費(洗濯、掃除、トイレットペーパーなど)
"家賃"には個人用の空間と共用台所や居間などの共用空間をそこを利用する居住者の人数で除算した費用が含まれる。例えば昨日の写真のグループホームの共用居間は9人が利用しているので、共用居間の家賃代を9人で負担することになる。個人用の空間に関しては、その部屋の広さや付属する室数によって各々設定されている。例えば、昨日の写真のグループホームの場合は、狭い方の部屋が4,685sek(*13〜14円)、広い方の部屋が4,838sekである。入居者にはどの部屋に入居するかを選ぶことはできないので、"広い部屋に入居できるとラッキーだ"とCさんはウィンク。

次の"食費"は、"特別な住まい"の種類や本人の状態に関わらず一律で、Göteborgの場合は2186sekとのこと。さらに"介護費用"については、念のために"介護の必要度に応じて異なるの?"と尋ねてみたところ、"ううん。収入に応じて異なるの。特別な住まいに入居するヒトは、みんな最も多くの介護を要するから"ということだった。その"最も多くの介護要する"高齢者が負担する介護費用は概ね500sekという。日本円にしておよそ6,500〜7,000円になる。ちなみに現行介護保険制度において"要支援"と認定され在宅にて介護サービスを給付上限まで利用した場合の負担額が、61,500円*10%で6,150円。最も多くの介護要する"要介護5"と認定された場合には、358,300円*10%で35,830円である。介護保険施設で比較しないのは、"施設"に対する報酬には介護以外の部分の費用が含まれているため。為念。

最後の"日常生活費"には上述のように洗濯や掃除、トイレットペーパーなどの消耗品の費用が含まれ、825sekとのこと。仮に、家賃を4,000sek、"介護費用"を500sekとして計算すると、合計で7,511sekになる。

利用者の負担額は、年金−税金+銀行の利子+住宅手当など全ての収入を合計した金額から、家賃+必ず残しておかなくてはならない金額(schablondelopp)などの必要経費の合計を減算し、その差額から上記4項目の家賃以外の分をあてることになるが、ほとんどの高齢者が利用料全額を支払えるだけの差額を持たない。最低限、"家賃"と"食費"を支払えば良くて、余裕がある高収入の場合にのみ"介護費用"や"日常生活費"を支払うことになるのだそうだ。さらに"食費"も割引制度があるので、実質的には"家賃"のみが必須で、"家賃"に対しては住宅手当があるというシステム。ちなみに生活の場所に関わらず高齢者の手元に"必ず残しておかなくてはならない金額"は、4,087sekだそうである。以上、全て月額計算。

photo of 20030227
20030226:nine-hundred and ninety-sixth day

出国243日目。写真はとあるグループホームの共用居間の一画の様子。

This picture is taken on a grouphome for the dementia in Göteborg. In this morning, my supervisor and I visited one old men who stays a short stay room in the grouphome for the dementia. Because his wife who took care of him at home passed away one month ago, and he needs to move in that grouphome. My supervisor had to confirm his and his families intention about it.

今日の午前中は訪問を1件同行した後で、Cさんが自分の担当地区にあるグループホームの職員と話をするのに同席。このグループホームはスウェーデンでは珍しく独立型で入居者9人ずつの2グループがコの字型の平屋に分かれている。その1グループを担当している職員と写真の居間で話をする。このような機会を定期的に持っているのかと思いきや、これはあくまでCさん個人の意図から今回初めて行われたモノとのこと。Cさんたち"高齢者担当ニーズ査定員(biståndabedömare, home help assistance)"は自分の地区のホームヘルパーのチームとは密接な関係を持っているが、"施設"の職員たちはCさんたちがどのような仕事をしているのかすらも知らない状態であるために、もう少し密接な協力関係を築くためにCさんは今回の話し合いを提案したのだそうだ。ちなみに次回は5月に行われるとのこと。

この話し合いは非常に興味深く、私自身の理解のためにとても有意義であった。1回の視察ではとてもとても分からない実際の様子を少しだけ知ることができたように思う。昨日、Cさんたちがサービス提供の決定をした場合には"システム内に含まれる専用の書式に入力し、該当部署に直接送る"と書いた。この決定が記された紙のことを"介入(utredning, investigation)"というのだけど、グループホームに新しい入居者が決定された場合もこの書類が届く。そして職員たちはこの書類に書いてある入居者の状態に関する情報が少なすぎる、とCさんに要望した。何というか自分の日本の職場でも聞こえてきそうな意見だな〜と思いつつ、英語で説明してくれるCさんの話を聞いていた。

話し合いが終了後にCさんが私に直接グループホーム職員に質問する機会をくれた。ここぞとばかりに大量の質問をさせてもらったのだけど、そのなかで"昼食(主要な食事)は外部からのケータリングとのことだけど、朝食と夕食を作るときに入居者が手伝うことはあるのか?"とあえて聞いてみる。すると答えは、"入居者のなかには入居当時は多少手伝えるヒトもいるけど、すぐにできなくなる。クッキーは一緒に作るけどね"ということであった。

日本では、痴呆症のグループホームは軽中度の痴呆症高齢者を対象としていて、一緒に料理をすることが非常に重要な機能のように言われているように理解しているけど、スウェーデンのグループホームはホームヘルプサービスを利用しても自宅では暮らせない重度の痴呆症高齢者を対象としていることが、今日の訪問を通じて判明した。つまり料理などの家事を職員とともにできるような高齢者は自宅での生活が可能なのだ。"施設"が本来の機能を果たすためには、やはり充実した在宅サービスが必要であることを確認。また私は日本のグループホームの現状に詳しくはないので、こうして原産国(?)において現状や機能を学ぶことができることを非常に貴重な機会だと感じている。

話題転換。経済理論学会社会政策学会の会員の諸先生方を中心に行われる意見広告"社会科学研究者は訴える。米国の対イラク先制攻撃に反対します。日本のイラク攻撃加担に反対します"に参加。自分が"研究者"といえるのかどうかは甚だしく疑問だし、非常に率直なところ日本で平和運動的なモノに参加する場合に貼られる変なレッテルも気になったけど、海外にいて家族や友人たちと離れているときに、自国が戦争行為にまきこまれるかも…と考えることはとてもとても恐いことだし、せっかく機会があるのに何も言わないのは許容することになってしまうと考えたため、社会政策学会の一員として参加する。名古屋地区以外は20030227付の朝日新聞朝刊に掲載されるとのこと。最終的に1500人以上の参加者があった様子。

photo of 20030226
20030225:nine-hundred and ninety-fifth day

出国242日目。写真はとある通りの光景。

This picture is taken on a street in Göteborg. In this morning, I heard about the education system of social worker in Sweden from the Swedish student who has the field study at my field placement. Ahter the lunch, my supervisor told me what she did in the morning.

昨日は実習の後、昨日から再開した合気道に行ったので、身体のあちこちが筋肉痛。昨日の帰り道から痛かったので、まだそれほどには身体が老化していないということかな。どちらにしても運動不足は否めないので、週2回の合気道は丁度良い機会なのだ。帰路、移動時間中に読んでいた神林長平"永久帰還装置"(2002,ソノラマ文庫)を読了。前半は非常に哲学的で、社会福祉の専門書よりも難しく感じたけれど、後半は一気に小説世界に取り込まれていき、路面電車の停留所を乗り過ごしたほどに熱中してしまった。神林長平の作品はやはりこの"哲学"が特徴だと思うので、それが一切払拭されているova版の"戦闘妖精雪風"はあまり評価できない。

閑話休題。今日の午前中は、まず指導担当のCさんから昨日の訪問の背景について説明を受ける。さらに高齢者の自宅を訪問した後に、どのような処理を行うのかを実際に見せてもらう。全ての記録は各自が持つPCによって専用のシステムに入力される。訪問によってサービス提供の決定が行われた場合には、システム内に含まれる専用の書式に入力し、該当部署に直接送る。但しホームヘルプサービスの場合には、地区社会福祉事務所内の職員運営の担当者に渡し、彼女からホームヘルパーの主任に渡ることになる。書類には援助の具体的な内容も記載されており、職員運営の担当者がシステムに入力をする。ホームヘルパーの詰所でも同じシステムを閲覧することが可能なため、書類に記載された事項はPC上で知ることができる。このシステムはなかなか興味深いので、それぞれにシステム上のどのような権限が与えられており、どの程度の規模でネットワーク化が図られているのか、どのように活用されているのかなどについて、今後理解していきたいと思っている。

CさんもIさんも私のどのような質問にも答えてくれ、自分が分からないときには分かるヒトに聞きに行ってくれ、時には後日改めてその担当者から直接説明を聞く機会を設定してくれる。おそらく私が現在知りたいと思っていることについてのほとんど全ての部分は知ることができるような手応えを感じている。後はここでのフィールドスタディを如何に理論的に組み立てるかの問題になるので、その知識を得るために佐藤郁哉"組織と経営について知るための実践フィールドワーク入門"(2002, 有斐閣)を読み始める。この本を知ったのは確か稲葉振一郎先生"インタラクティヴ読書ノート・新本館"においてだったのだけど、現在の私には丁度良い本で非常に嬉しい。

photo of 20030225
20030224:nine-hundred and ninety-fourth day

出国241日目。写真は本日17:09の日没の光景。

This picture is the sunset in this evening. Today, the field study was started and I went to my field placement at 9:30 in this morning. The staffes are very kind for me and my supervisor took me to aroud the district and the special accommodations, such as a the old people's home and the group homes for dementia. After that, I visited with them to the elderly's ordinary house.

今日から実習開始。指定された9:30に実習先である某地区の社会福祉事務所へ行く。まずは指導担当のCさんから今週の実習予定を説明してもらう。基本的には彼女かもうひとりの指導担当者であるIさんのどちらかに同行することになる。この地区には5人の"高齢者担当ニーズ査定員(biståndabedömare, home help assistance)"がいる。もちろん全員が同じ階で働いており、私の職場では4〜6人が働いている広さの個室の事務所を各自が持っている。この人口密度の少なさと住宅環境や職場環境の基準の高さは、おそらくスウェーデンと日本のかなり根本的な違いを構成していると感じている。

その5人のうち4人は地区をさらに区分けした小地区ごとに担当を持っており、残りの1人は全体を担当しているとのこと。毎週月曜日の午前中は、その5人と高齢者福祉のボスが全員集まり、ショートステイの入退所予定の相談・管理とその他の打ち合わせを行うことになっているとのことで、私も同席することになる。スウェーデン語が分からないこともあり、その相談の内容の細部は理解できないけれど、私の職場で介護支援専門員(ケアマネージャー)さんたちが各自の担当している利用者からの希望にもとづきショートステイ利用の調整を行っている様子と何も変わりはないように見える。この打ち合わせだけでなく、例えば階の中央にある共通空間で全員が集まって雑談をしながらお昼を食べているとき、また午後に高齢者の自宅を訪問したときなど、ほとんど既視感のような、まるで自分の職場にいるような感覚であった。昨年の夏の視察のときにも思ったことだけど、おそらく日本とスウェーデンの実践レベルや内容、抱えている問題はあまり違いはないのだろう。大きく異なるのは、その実践がより効率的に機能するための環境や制度の違いなのだろうと思う。

今日は、午前中はそのショートステイの打ち合わせだけだったけれど、午後にはCさんが車でまで地区内を一周してくれて様子を説明してくれ、さらに各小地区内にあるホームヘルパーの詰所に寄り挨拶をし、24室という非常に小規模の"老人ホーム(ålderdomshem)"と、48室+ショートステイ用6室という痴呆症高齢者用の"グループホーム(groupboende)"、さらにスウェーデンでは珍しい独立型で18室の痴呆症高齢者用の"グループホーム(groupboende)"を見学し、さらに2軒の高齢者の自宅訪問を行ったので、初日から非常に充実した一日。

たくさんある書いておきたいことのなかでも特に印象的だったのは、前述の"実践を支える制度の違い"に関係すること。2軒目にIさんと同行して訪問したおうちは、78歳のご主人と83歳の奥さんの二人暮し。ご主人の方が病気で、足元がおぼつかなく、おそらくひとりでの外出は困難な様子。奥さんは比較的元気だけど、買い物などにでかけてご主人がひとりで自宅にいるときのことを不安に感じて、"安全アラーム"を希望している。このご夫妻がサービスを利用するのは初めてで、地区を担当するIさんにとっても初回訪問であり、ご夫妻に会うのは初めてのこと。もちろん自宅に入って、すぐに本題を切り出すことなどせず、部屋に飾ってある絵や窓から見える光景などについておしゃべりして、打ち解ける。このあたりはスウェーデン語が分からなくても、理解できる。その後、話を聞いていくうちに、ご主人が現在飲んでいる薬の効果を確認するための検査を行わなくてはならないのだけど、病院まで行くのが非常に大変という話が出た。するとIさんはその場で訪問看護婦さんに電話をかけ、翌日訪問に来てもらいその検査を自宅で行えるように手配した。もちろんご夫妻が大いに安堵の表情を見せたのは言うまでもない。その後、安全アラームの仕組や緊急時のために予備の鍵を預かることなどを説明して、希望を再度確認。親族などの連絡先を聞き、Iさん自身が話を聞きながら状況をまとめた紙を作成。約1時間後に終了。

この地区の"安全アラームセンター"は私の実習先の上の階にあるので、地区事務所に戻ってから、Iさんはご夫妻の自宅で作成した紙を持って、"安全アラームセンター"のある階へ行く。一見したところ、規模は小さいけれど、構造は20021002に見学した"安全アラームセンター"と全く同じ。夜間休日対応のヘルパーセンターが併設されている点も同じ。Iさんは紙をコピーし、"安全アラームセンター"の担当者に渡し少し話をする。で、明日には件のご夫妻の自宅に安全アラームが設置されるそうな。

それを聞いた私が"ええっ!!明日から使えるようになるのですか?"と信じられないでいると、Iさんには何故私がそんなに驚くのかが理解できない様子。さて、現在の介護保険制度下で介護認定員の初回訪問から、実際のサービス提供まで何日かかっているのだろう?もちろん暫定保険証などでの対応は行えているにしても、要介護認定という過程がある故の時間と経費の損出は大きいのではないだろうか?

photo of 20030224
20030223:nine-hundred and ninety-third day

出国240日目。写真は"Västra Begravningsplatsen"の正門脇にある墓石屋さんの様子。

This picture is the gravestone shop in front of "Västra Begravningsplatsen(the west burial park)" in Göteborg. Whenever I see it, I think that it is the common all over the world to have gravestone shops near a cemetary.

写真のお店の向かいにはお花屋さんもあるので、墓地の近くに墓石屋さんとお花屋さんがあるのは世界中共通なのだなあと、この通りを通るたびに思う。

今日はお世話になっているスウェーデン人の知人一家から夕食に招待されていた。彼らの家は近隣市で公共交通を使っていくのは不便なので、夕方に車で迎えに来てくれる。知人である一家のお父さんは、病気のために現在では車椅子を必要としているけれど、改造したvolvoに乗っていつでも気軽に迎えに来てくれるし、もちろん仕事も続けている。2歳、4歳、6歳の3人の子どもがおり、彼らは車椅子の父親の膝に上ったり、車椅子の後部の横棒に紐をまきつけてソリ代わりにしたりする。知人は自分の病気について大きな不安を感じている胸の裡を話してくれたし、おそらく子どもたちにしてあげられないことを思って胸を痛めているだろう。でも彼らの家庭には、父親が障碍者であるという悲愴感や覚悟は全くなくて、ごく普通に自然に暮らしている。スウェーデン社会に色々な問題点があることも、制度と現実の間に時には大きな差があることももちろん知っているけれど、この一家のおうちを訪れるたびに、"スウェーデンという福祉国家"の持つ威力を実感するのだ。日本において、自分が進行性の疾患で車椅子が必要になってから、3人の子どもを作ろうという気持ちになれるだろうか?

話題転換。日本ではすでに人気が薄れているらしいポケモンが、スウェーデンでは子どもたちに大々人気。英国でもスペインでも人気があったから、欧州ではといえるのかもしれない。その知人一家の3人の子どもたちも大好きで、20021114に共通の知人である日本から来た知人とともに訪れたときに日本人の知人が持参したポケモンの砂絵やカード、シールなどのお土産に大喜びで部屋のなかを駆け回っていた。そこで今回も何かポケモングッズをと思い、"pokemon center online"にて購入し持参する。

残念ながら今回はシールなどの遊べるモノがなかったため前回ほどの大喜びの興奮状態にはならなかったけれど、それでもやはりお互いのモノを見せ合ったり、大騒ぎ。ここまで喜んでもらえると、プレンゼントする甲斐を非常に感じることができて、こちらが嬉しくなる。その後、"同じモノを3セットあげてもなあ"と思って、3人でわけてもらうように彼らのお母さんに渡した4つ入りのバッジを巡って、兄弟の口論が始まってしまった。何とか話し合いによって解決がついた数分後、今度はお菓子の入っていた箱を巡って大論争が勃発。このときはお母さんが箱自体を台所の高い戸棚の上に乗せてしまった。

この口論のように兄弟間でトラブルが起こったときや普段の遊びに対する両親のかかわり方を観ていると、スウェーデン人の躾の方針が見えてきて非常に興味深い。例えば、兄弟間で起こったバッジを巡る今回の口論では、結局お父さんが仲裁に入ったのだけど、基本的には子どもたち同士の話し合いで結論が出るのを待つ。お父さんが仲裁するときも"お兄ちゃんなのだから我慢しなさい"などとは決して言わない。まだ普段の遊びにおいて両親が声を荒げるのは、子どもたちが自分自身か他の誰かに対して危害を与える可能性があるなど"危険"な行為をしているときだけだ。両親のどちらかがそのような場面を目にしたときには、彼らは容赦なく厳しく威厳のある声と態度で注意を浴びせるし、子どもが泣こうが喚こうが気にしない。また子どもたちはまだ英語が分からないので、両親が私と英語で話していると面白くなくて、自分の話を聞いてもらおうとする。そのようなとき、私は子どもを優先してもらって構わないというのだけど、両親は子どもを無視して私との話を続ける。それでもまだ子どもが彼らに話しかけると、"今、自分はシノと話しているのだから、少し待っていなさい"と説く。

今日、あらためて感じたことは、要するに他人との関わり方を教えているのだな〜ということである。こんなことは日本でも世界中でも共通なことなのかもしれないし、きっと家庭によって大きく異なることなのかもしれないけど、このような場面をあまり見たことがない私にとっては非常に面白かった。

知人の招待もあったために、今週末は非常に週末らしい週末を過ごすことができたので、明日からの実習に頑張ろうと思う。

photo of 20030223
20030222:nine-hundred and ninety-second day

出国239日目。写真はとある通りの光景。

This picture is taken on a street in Göteborg. In this afternoon, I went to see the movie of "Sagen om två tornen(The two towers)". I love that story and enjoyed it very much.

写真の建物は"Domkyrkan"の並びにあり、角にメモリのようなモノがついている。洋服店の店舗が入っているので、てっきりメジャーの目盛を模しているのだと思っていたのだけど、実は温度計だと今日の午後に気が付いたのだった。ちなみに撮影したときは0度と1度の間を指していた。

今日の午後は、"Sagen om två tornen"という映画をひとりで見に行く。いわずと知れたJ.R.R. Tolkienの"指輪物語"の第2部"2つの塔"の映画化である。20030103に友人と観ようとしたときには翌週分まで完売していたけど、さすがに波は収まっている様子。それでも土曜日の夜だけあり、満席御礼。左隣が10代後半の女のコの3人連れで、特に隣のコが肘掛を越境してくるので迷惑極まりない。さらに右隣は家族連れで、仕方のないこととはいえ、チビッコがお父さんに質問をするものだから、これまた落ち着かない。

ということで環境的には最悪に近かったけれど、映画の内容は大満足。20020309に日本で第1部"旅の仲間"の映画を観たときには、原作を再読した直後だったので、細かいところが色々と気になったけれど、今回は原作の細部は曖昧になっているので、独立した映画として堪能する。"2つの塔"では"旅の仲間"たちが分散して行動しているので、原作を読まずに外国語版で観たらきっと理解が困難だっただろう。分散行動故に原作では回顧場面として登場する逸話が、映画版では時空列にそって描かれていたり、小説と映画の表現方法の違いを感じた。この映画が成功している理由のひとつはおそらく、ニュージーランド等における実際の撮影が多用されていることだろう。もちろんCGもたくさん使われていると思うけど、でもあの雄大さと迫力は実写の力が支えているのだと思う。

日本語字幕で訳がもめているらしい(?)ゴクリは私の想定とは姿が少々異なったものの、観ている間に"これこそがゴクリ"という印象になるのが不思議。また、"ゴクリvsスメアゴル"の描き方に映像という表現手段の力は最も発揮されているのかもしれない。もともと原作でも"2つの塔"では主人公のはずのフロドは情けないのだけど、この映画では少々可哀想になるくらい情けない。反比例的に、従者のサムが格好良くなっていく。コトバの問題になるけど、"Mr.Frodo"と耳で聴きつつ、"Herr Frodo"と字幕で読んで、"フロドの旦那"と脳内変換していると、"Mr.Frodo"もしくは"Herr Frodo"と"フロドの旦那"では、何だか随分と印象が違う人物のように思えるし、そう呼びかけるサムのコトバ遣いが表す社会的な位置付けも大きく異なってくるように思った。 後はスウェーデン語字幕を見て思ったのだけど、なんで英語の"hobit"の複数形は、"hobiter"ではなくて"hober"なのだろう?語呂の問題なのかな?その他、今回の映画の主役はフロドではなく、アラゴルンとレゴラスなのだ。レゴラスのとある騎乗場面では、場内に感嘆のため息と拍手が起こったほど(笑)

何せ"指輪物語"は一番大好きな物語といえるかもしれないくらい好きなので、書き始めるとキリがないのだけど、とりあえずこの辺りで自粛。日本でも今日からロードショー公開とのことなので、ご覧になったら感想を是非

photo of 20030222
20030221:nine-hundred and ninety-first day

出国238日目。写真はGöteborg市内の某地区役所の様子。

This picture is one of the district offices in Göteborg. In this morning, I went there to see "biståndabedömare(home help assistance)", who is my supervisor of the field placement. They welcomed me very much and I feel thank them. After the meeting at the district office, I visited to my supervisor of the degree report. Today was a long day for me.

今日の午前中は、実習先となる某地区の社会福祉事務所に行き、実習指導担当の"高齢者担当ニーズ査定員(biståndabedömare, home help assistance)"と初めて会う。何でも高齢者福祉部門に外国人の実習生を受け入れるのは初めてとのことで、熱烈大歓迎を受け、感激する。今回の実習指導を担当してくれる"高齢者担当ニーズ査定員"2人のどちらかに毎日付いて来てね、と言われるほどの歓迎。実習指導というのはどうしても通常の仕事に加えて負担が増えることになるので、コトバも不自由だし、迷惑をかけてしまうのではないかと不安だったのだけど、安堵に変わる。最大の不安だった英会話力に関しては、先方も"英語を話すのは久しぶり"ということで、ほっとする。今日はあくまで事前の顔合わせなので、簡単な自己紹介や実習内容の希望について、また同じ階で働いている高齢者福祉と障碍者福祉の担当職員に挨拶を行って、打ち合わせは終わりとなる。

実習内容の希望を伝えるためにも、実習中に学びたいと思っている質問を7個にまとめていった。そのうちのいくつかには既に簡単なコメントをもらうことができたのだけど、"高齢者のニーズに対し、サービスの量が不足している場合の優先順位はどのようにして決めるのか?"という質問について尋ねたときに、"私たちはそれを気にしないでいいの"と言われ、"ほへ?"と文字通り目が点になる。

詳しく聞いていくと、つまりは彼女たちは高齢者のニーズの判定のみを行い、おそらく必要なサービスを見極めプランを作成する。そしてその後で、実際のサービスを提供するホームヘルパーの業務調整は、別の担当者が行うのである。従って、サービスの量が不足しているかどうかは一切気にしなくて良いのだそうだ。この分業方式はスウェーデン全国で共通ではないが、Göteborgをはじめ多くの自治体にて採用されているのだそうだ。私の指導担当者によれば、"高齢者のニーズだけを考えれば良いから、非常にうまくいっていると思う"とのことであった。…とはいえ、予算という制約はあると思うので、"サービスの量が不足しているときにどうするのか?"という問いについては、職員管理を行っている担当者に聞く予定。

彼女たち自身やホームヘルパー他の全てのサービスを提供を行う職員が基本的に全員公務員であることが大きな背景になっていると思うけれど、利用料も所得比例型の応能負担であり、また年金や各種手当てにより原則的には所得も保障されている。ということは、彼女たちはサービスの量も、利用者負担も考えずに、"目の前の高齢者が何を必要としているか?"ということだけを考えてサービスプランを作成することができる、ということになる。私の職場、そして日本全国各地で、利用者の自己負担を考えつつサービス計画を作成し、さらに各事業所との調整に四苦八苦している介護支援専門員(ケアマネージャー)のことを考えたら泣きたくなる。

久しぶりにスウェーデンの制度に打ちのめされながら大学へ行き、図書館で少し勉強をした後に、午後からは論文指導を受ける。20030127に行われた前回の指導で指示された通り、具体的な研究課題をまとめていく。事前にメールで考え直した課題を伝えてあったので、スムーズに指導は進み無事に終了。相変わらず熱心に相談に乗ってくれて、拙い英語で次々と繰り出す私の質問にも嫌な表情ひとつ見せずに応えてくれる。実習先での打ち合わせの話から、上記の"ニーズの判定/プラン作成"と"サービス供給管理"の役割分業のことを話したところ、"確かにそれを最善だというヒトもいるけれど、自分はそうは思わない"と意外な反応。

その論文指導担当の先生曰く、"もちろん良い面もあるし、ニーズ査定員と職員管理の担当者との間がうまくいっている場合は問題はない。でも1人が両方を担当する場合には生じない欠点もある。そのひとつは高齢者のニーズを直接聞くヒトと、職員に指示を出すヒトが違うことによって生じる通訳という過程である"ということである。"なるほど"と思い聞いていると、彼女は"…と自分は思っているけれど、シノが実習を経てどう考えるかについてとても興味があるから、是非聞かせてね"と微笑んだのだった。さてさて。実習終了後、私はどのように考えるようになっているのだろう?

photo of 20030221
20030220:nine-hundred and ninetieth day

出国237日目。写真はまだ残っている雪と澄み切った青空の様子。

This picture is taken on a street in Göteborg. In this morning, I attended at the seminar on "Spatial Differences in Labor Participation of Elderly. The Romanian Case" by Romanian Ph.D. After I came back to my flat, I prepared for the meeting with my supervisor of the degree report. I will see her tomorrow.

今日の午前中はルーマニア人の博士が自分の論文について発表を行う特別講義に参加する。これは経済商学部で行われたもので、授業の一環ではなく、私の専門領域を知っているルーマニア人の同級生が教えてくれたのだった。タイトルは"Spatial Differences in Labor Participation of Elderly. The Romanian Case"という。いわゆる"少子高齢化"による労働力の減少に対応するためには、高齢者の労働市場への参加は1つの解決策だろうと思っているので、今日の特別講義の内容を期待していた。

ところが実際の内容は、一言でまとめてしまえば、"2000年における都市部の労働参加は男性7%、女性7.5%であり、田舎部だと男性47%、女性28.9%になるが、この違いは田舎部では農業従事者がほとんどであるためである。今後もルーマニアでは高齢者人口は増加すると思われるので、この比率は変わらないだろう"というもので、率直なところ"え?それで博士論文になるの?"という印象。常識的に考えて、工業やサービス産業に比べて、農業における高齢者の参加が容易なことは明白だし、日本だって第一次産業が主要であった頃には高齢者の労働参加は現在より格段に高かったはずなのだ。現在の日本でも、おそらくは都市部よりも農業人口の多い田舎部の方が高齢者労働率は高いと思う。まあ、日本の場合は過疎化によりやむを得ず、という側面はあるかもしれないけど。ともあれ、一般的に定年制度が高齢者を労働市場から締め出しているのだから、定年がない職種の場合は、心身機能が対応可能かつ本人が希望する限りは、働き続けることができるはずである。

参加者が私とルーマニア人の2人の同級生を含めて計6人しかいなかったために、最後に名指しで"質問はないか?"と尋ねられたので、"工業化の進展など産業構造の変化がその結論に与える影響に関してはどのように考えますか?"と尋ねる。すると、"確かに産業構造の変化は考慮に入れなくてはならないかもしれないけれど、現在ルーマニアでは工業化と都市化は進んでいない。人口の流れは近年都市から田舎へと逆行している"とのことだった。

隣に座っていたルーマニアでは保健福祉省で働く友人が補足してくれたところによると、ルーマニアでは1993年から1994年の間のインフレーション率は300%であり、都市部での生活は非常に厳しく、自給自足するために農業人口が多くなるのだそうだ。300%のインフレということは単純に考えて、100円のモノが1年間で30,000円になるということであると理解している。そんな状況でどのように生活しているのだろう?

日本にいたころに、東欧の状況などを新聞で読んでいたときには、遠い国の話だったけれども、今では大切な友人たちの国の話である。今更ながら、同級生たちの出身国の状況についてもっと知りたいと関心が湧き上がってきたので、残りの数ヶ月の間はできるだけ色々な話を聞いてみたいなと思っている。

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20030219:nine-hundred and eighty-ninth day

出国236日目。写真は"Skansen"のとある建物でたなびく国旗の様子。

This picture is the Swedish national flag at the top of a house at "Skansen" in Stockholm. Today, we had the presentation as the examination of the course called "Theoretical Framework" from 8:00 to 16:30. It was very hard but finally we finished the whole course. The field placement study will start next Monday.

今日は早朝から夕方まで終日、20030216の深夜(というより翌早朝)に提出したレポートの発表があり、とうとう最後に全員分の発表が無事に終了した。繰り返し書いているように、今回のコースをもって授業形式のコースが全て終了し、残るは実習と論文執筆のみとなる。"遂にここまで来たか…"という達成感がある一方で、過ぎてしまえばあっという間で、非常に複雑かつ不思議な気持ち。

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20030218:nine-hundred and eighty-eighth day

出国235日目。写真は本日17:15の日暮れの様子。

This picture is the sunset at 17:15 in this evening. Compaired with a month ago, hours of sunlight are much longer and I feel that spring is really near.

数ヶ月前から考えると、17:00を過ぎても明るいことに吃驚してしまう。日照時間は毎日数分ごと長くなっているし、空の青さと陽射しは力強くなっており、明らかに春がすぐそこまで来ていることを実感する。まだ大量の雪は残っているし、気温も連日零下だけど(笑)

昨夜は久しぶりに寝つきが非常に悪くて悪戦苦闘。頭も身体も眠いのに、肩凝りと背中凝りが激しくて、体制を維持できない。加えて、何故か思考が暴走を始めて、"何も今そんなことを考えなくても…"と思っているのに、考えることを止めてくれない。元々から寝つきが悪いし、以前は度々あったことだけど、スウェーデンに来て以来、あまりなかった状況。英文でも読めば眠くなるかと、受け取ってきたコピーから同級生たちのレポートを読み始める。ついついうっかり自分のレポートを読み返すと、いくつかの英語文法上の些細なミスに気が付いてしまう。ますます眠れなくなり、すっかり逆効果。何故かこういう間違いは印刷された紙面で見ればすぐに目につくのにモニタ上だと気付き難いので、やはりプリンタが壊れて印刷ができなかったのが、痛い

結局予定時間の半分以下の睡眠時間を何とか確保した後に起床し、久しぶりに日本語の文章を作成する。内容や表現に苦闘するのは同じでも、少なくとも辞書を使わずに書けるのが非常に楽。その後で、明日の発表にて"討論者(opponent)"を担当することになっている中国人の友人のレポートを読了。"積極的労働市場政策(aktiv arbetsmarknadspolitiken, active labour market policy)"をテーマにしている彼女の論文は、政策の内容についてまとめて、政策の効果に関する既存の研究を紹介してあるだけで、彼女自身の分析はほとんど述べられていないに等しいので、どうコメントしていいものやらと悩んでいる最中。

ところで同じ"times new roman"を利用しているのに、何故か私のレポートのフォントだけ同級生たちのフォントと違う。しかもサイズも11pなのに同級生たちの10pと同じ位の大きさになっている。もしかして同じ"word"でも英語/瑞語版と日本語版でフォントが異なるというのだろうか?それとも私のが"office xp"で学校のpc/macに入っているのは古いバージョンだからなのか?おかげで学生アパート内で出会う同級生たち全員から"シノはレポートのフォントに何を使ったの?"もしくは"フォントが小さいね(だからちょっと読みにくいよ)"と言われる始末。

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20030217:nine-hundred and eighty-seventh day

出国234日目。写真は"Skansen"で見かけたアザラシの様子。

This picture is the phoca vitulina at "Skansen" in Stockholm. I went to the bed at 8:00 in this morning and got up at 13:00. I wanted to sleep more but I had to go to the lecturer's office in order to get copies of my colleagues' reports.

睡眠不足が続いていた上に、レポートを提出して緊張が解けたために、今日はひたすらに眠い一日である。"safe mode"で起動中のpcみたいな感じ。15:00から16:00の間に担当の先生の研究室に行き、先生がコピーしてくれた全員分のレポートを受け取りにいかねばならないので、気合で身体だけ起こし思考はほぼ活動を停止した状態で校舎に行く。こういうときに怪我をしやすいのは自覚済みなので、その点だけは気をつける。20030219に予定されている発表では、まず自分のレポートの簡単な要約説明をした後に、既に決められている"討論者(opponent)"からの質問や批判を受けることになっている。従って自分が討論者となる同級生のレポートを読み込まなくてはならない。

先生は研究室に居なかったので、ドアの前に置かれた箱の中に積まれていたレポートのコピーを受け取り、自分のレポートが無事に含まれていることを確認する。図書館にてフィリピン人の友人と出会ったので、少し立ち話。今日の10:00が提出の締切だったのだけど、彼女は10:30に手渡しで提出したとのこと。彼女は締め切りに間に合わなかったことについて、一切悪びれた様子もなく話している。その他、受け取ったコピーの中にレポートが見当たらない同級生もあり、噂によると後から提出する予定らしい。

もちろんpcが自室にあることは私の非常に大きな利点だけど、逆にレポートが掲載されていない同級生3人は英語がほぼ母国語といえるくらい堪能である。また英語がそれほど堪能でなくて、pcが自室にない友人たちの多くはきちんと締切までに提出しているので、彼らが遅れている理由が謎。今回に限らず、世界各国から来ている友人たちと過ごしているとときどき思うことだけど、"締切"や"時間"に関する考え方が大きく異なることを実感する。

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20030216:nine-hundred and eighty-sixth day

出国233日目。写真はStockholmのとある通りの様子。

This picture is taken on a street in Stockholm. Today, I struggled to revise the report the whole day. At the last, I finished it and sent the report to the lecturer by e-mail.

昨夜は寝たのが今朝だったので正午頃に起床。途中で1時間の仮眠を挟み、ひたすらにレポートの校正を行う。途中で追加の資料として、S.O. Daatland,"Welfare Policies for elder people in transition? Emerging trends and comparative perspectives"(1997, in "Scandinavian Journal of Social Welfare", 6)などを読む。前回のコースだった"Social Work Research and Researcg Method"で調査結果を表すときには、3つ以上の他の類似調査の結果と比較して検証すること、つまり"triangulation"を強く推奨されたけど、ある関心にそって論文を読んでいくと3つ以上の論文で同様の見解が提示されているコトと意見がそれぞれに分かれるコトなどがあり、興味深い。おそらく3つ以上の論文で見解が一致しているコトは、ある程度確立された意見として受け止めて大丈夫なのだろう。ちなみに、"triangulation"について習ったとき、英語/中国語の電子辞書で意味を調べていた中国人の友人と英語/日本語の電子辞書で調べた私はそれぞれノートに"三角測量"と全く同じコトバを書いていたのであった(笑)

突貫工事ではあったけれど、先ほど30:45にレポートを無事にメールにて担当の先生に提出することが出来てほっとする。昨日の段階では何となく手抜きの印象だったけれど、今日の修正で一応自分なりに納得のいく内容にまとめることができた。担当の先生の求めているモノが今ひとつ把握できないままなので、どのような評価が与えられるかは皆目検討がつかないけれど、とりあえず今日のところは無事に提出できただけで満足。

今回のレポートとの格闘中に一番焦ったのは、昨日の午前中にプリンタ(canon, bjc-35v)が突然故障したこと。明らかにハード的なエラーで、対応方法をinternetで調べたら、悪い予感の通り"修理が必要なエラー"とのこと。サービスセンターの電話窓口が休日も空いているのを幸いに、今朝就寝直前に国際電話で問い合わせたところ、案の定、要修理と言われる。このプリンタは私が一番最初にpcを購入したときに一緒に買ったモノで、そのときに買ったsharp mebius a-335が既に数年前に使えなくなっていることを考えてみれば、今まで一度も故障しなかったことが幸運なのかなとも思う。少なくとも、この後の修士論文との格闘中でなかったのは不幸中の幸いなのだ。

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