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20030315:one-thouthand and fourteenth day
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出国260日目。写真はとある通りで見かけた光景。
This picture is taken on a street in Göteborg. Today, I wake up at noon, washed cloths and cleaned my flat. I know I must study but it is not possible.
今週はとても疲労感を感じたので、今日は思い切り寝坊をする。正午過ぎに起床し、予約しておいた洗濯を行いつつ、部屋の掃除をする。勉強しなくてはならない論文は山積みになっているのだけど、無理をして心身を壊しては何もならないので、今日は忘れることにする(笑)
実習中に高齢者の住まいを訪問していてつくづく感じることは、住環境の良さなのである。私の体験では、一人暮らしの高齢女性の平均的な住まいは、ダイニングキッチン+リビング+ベッドルーム+バスルームであり、時には予備のベッドルームが加わる。日本での私の経験では、アパート暮らしをしている独居高齢女性は、小さな台所と小さなお風呂場+トイレを除くと、1部屋しかない住まいに生活している。このような住まいの基準の差は、おそらく"入居施設"の住環境基準に反映しているのであり、スウェーデンの施設を見学して、その広さや基準の高さにだけ目を向け、日本の施設の現状を批判することは、あまり意味がないように思う。
ところで、昨日の午前中にIさんと一緒に同行訪問した男性は、アルコール依存症であり、部屋に入るなり煙草とお酒の匂いがつんと鼻にきた。部屋は一見して散乱しており、それまでに訪問をしてきたきちんと整えられ、絵画や小物で綺麗に飾られた他の高齢者の住まいとは明らかに異なる様子である。普段は必ず靴を脱ぐIさんも、このときには靴を履いたまま室内に入っていった。
後からIさんに確認したところ、案の定Iさんの担当している中で"最も汚い"住まいであり、ヘルパーさんたちも援助に行くことに抵抗を感じているとのことであった。うん、確かにスウェーデンの基準から考えたら、それは当然だろうな、と理解できる。
ただ日本の基準で彼の部屋を見ると、それほど汚れているわけではないのだ。確かに衣類などが散乱はしているけど、ごく普通の高齢独居の男性の部屋と同じくらいの汚れ方でしかない。社会福祉士養成校に在籍していたときの実習で、某市の生活保護担当職員と一緒に訪れたアルコール依存症の高齢男性の小さなアパートの部屋は、得体の知れない小さな虫が一杯いて、非常なる勇気を振り絞って靴を脱いで室内にあがったことを今でも覚えている。ちなみに就職してから知ったことであるが畳は失禁を吸いやすいので、一歩部屋に踏み込んだ途端に"ぐちゃ"などということは、時々あった。また、これは高齢者家庭に限ったことではないけど、日本にはスウェーデンでは見かけないゴキブリという存在があるので、特に清潔保持が難しくなった痴呆独居高齢者の住まいでは始終見かけることになる。
このような日本での経験から、昨日訪問した"最も汚い"といわれる男性の住まいを見ると、"う〜ん、これのどこが'最も'なのだろう?"と思ってしまう。スウェーデンと日本では住まいの広さだけでなくて、このような全体的な基準が違うように思うのだけど、それはどこから来ているのだろう?制度の違いだけで説明できるのだろうか?それとも文化差なのだろうか?
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20030314:one-thouthand and thirteenth day
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出国259日目。写真はとあるスーパーマーケットで見かけた光景。
This picture is taken on a supermarket. In this morning, my supervisor and I visited an old lady and an old man, and she told me that the old man's flat was one of the dirtiest flat in her area. I know she is right when we compair with the Swedish standard, however it is not when we compair with the standard in Japan.
スウェーデンに限らず欧州において、漢字はデザインとして人気がある様子。今日立ち寄った"billhälls"というスーパーマーケットで売っていたサボテンの鉢には、写真のように"夏"と書かれていて、見かけた瞬間に思わず笑ってしまった。20030312に実習した老人ホームの若い女性職員は背中に漢字のタトゥを入れているというので見せてもらったところ、シャツを捲りあげた腰のところに"父親"と書かれていて、吃驚。とりあえず彼女は正しい意味の漢字が彫られていることに安心していた(笑)
朝日新聞朝刊20030314付の"天声人語"欄で、スウェーデンの医療制度がとりあげられたということで、複数の方から連絡をいただく。"北極圏にあるスウェーデンの国立研究所でオーロラ研究を続ける山内正敏さんが、全身の筋肉が動かなくなる難病に襲われた"という一文で始まるその文章を読むと、スウェーデンの"病人を支える制度"は薔薇色のように思える。
曰く"入院中に医療費はかからない。部屋代などとして集中治療室にいるとき月約1万円、リハビリ病棟で約4万円で済んだ。給料は病気になっても9割が無期限に出る。一般的には8割だという"。また、"まだ全身麻痺状態なので、5人の介護者が交代で24時間つく必要性を行政が認めた"などと書かれている。
私の理解では、最初の費用の部分は医療制度の範疇だけど、給与8割保障は医療制度ではないと思うし、後半の介護者についてはLSS法によるパーソナルアシスタント制度のことを指しているのだろう。スウェーデンは確かにこのような制度ごとを組み合わせて、生活の全般を保障するシステムが非常に良く構築されている。所得保障制度を中心とした社会保障制度全体の設計や、障碍者や高齢者の生活を護るシステムのあり方においては、日本の比ではないと認識している。
ただ医療制度を単体で見たときの評価はどうなるのだろうか?特に制度ではなくて、その実践を見た場合は?…というのは、私はスウェーデンに在住する日本人の知人からも、スウェーデン人の友人からも、Göteborg Universtyの先生方からも、誰からもスウェーデンの医療制度について良い評価を聞いたことがない。曰く、"心臓発作を起こした友人が急患で駆けつけた大学病院の待合室で7時間待たされた"、もしくは"手術を終えて翌日に退院を命じられた"などなど。かなりのスウェーデン贔屓と思われる藤井威"スウェーデン・スペシャル[1]−高福祉高負担の背景と現状"(新評論,2002)のなかでさえも、藤井氏自身及び彼の妻の体験談としてスウェーデンの医療制度についての批判というか、問題点の指摘が行われている(pp.178-194)。
先週から病院に入院している高齢者への訪問が続いていることもあり、偶然のことながら今日Cさんとスウェーデンの医療制度について話していたばかりである。お粗末ながら初めて知ったことには、市内の各地区には"地区診療所(vårdcentral, district health care centre)"という外来のみの病院があるが、手術を行うことができる病院は"Sahlgrenska Sjukhuset(Sahlgrenska hospital)"を筆頭に、全部で3箇所しかないのだそうである。しかもそれらの専門病院には、原則的に地区診療所の医師からの紹介状がないと診察を受けることができないのだそうだ。
市内に3箇所しか手術できる病院がないと聞いて、とにかく吃驚。Cさんに、"平均で、手術が必要なヒトたちが実際に手術を受けるまでにどのくらいかかるのですか?"と尋ねると、彼女は"う〜ん。心臓病はかなり早く受けられるの。心臓病以外は、疾患の状態や部位にもよるけど、例えば、急患でない腰部の手術の場合には2〜3年かしら"という。そのコトバを聞き呆然としていると、"あ。でもそれはGöteborgの場合であって、Malmöなどでは半年〜1年で受けられると思うわ"と彼女は続けた。また彼女は、彼女が担当している85歳の女性が急患で14:00に病院に到着し、実際に診察を受けたのは12時間後の深夜2:00であったこと、そして付き添っていた息子が激怒した話などを聞かせてくれた。
スウェーデンの医療制度の現状を聞くたびに常々思っていた疑問、"どうしてこのように社会保障制度が発達した福祉国家スウェーデンで、医療制度だけはそのように問題が多いのか?"について尋ねると、6年前まで看護婦として医療分野で働いていたCさんは、しばらく考えた後で"この数年医療は赤字を続けていて、病院はこれ以上ベッドを増やそうとしないの。そのためにベッドが不足しているし、また医師も不足しているからだと思うわ。5〜6年前まではこんなではなかったのよ"という。さらに"どうしてこの数年で変わってしまったの?"と質問を続けると、再び少し考えた後で、Cさんは"個人的な意見だけど、部分的には、EUに加盟したことが影響していると思うわ"と答えてくれた。
Wilson病という慢性疾患を持っているためにお世話になっている日本の医療制度にも、薬価基準と高齢者医療の利用者負担を中心に山ほど文句はあるけれど、それでも手術を受けるために数年も待つ制度が良いとは思えない。実際のところ、この医療制度の問題点の多さは、スウェーデンの社会保障制度全体のなかで非常に不釣合いな印象を受ける。"どうしてそのような状況が生じているのか?"という疑問は、Cさんの回答でもすっきり解決しなかったので、やはり今後も考えていきたいと思う。
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20030313:one-thouthand and twelefth day
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出国258日目。写真はとある通りの光景。
This picture is taken on a street. In this morning, my supervisor and I visited to the yonger old lady at a big hospital. After the lunch, I came back to my flat, because they had no plan for me and I feel exhausted today.
つい先日まで大量に雪が残っていたのに、数日前に降った雨のために日陰の雪もほとんど全て溶けてしまった。残念。東京に生まれて育った私は、雪は日光で溶けるものだと思っていたけど、北国の雪は雨で溶けるのだと初めて知る。晴天の日は逆に気温が下がるので、日向の雪は多少溶けても、日陰の雪は全く溶けないのである。今日は風も無くて、ぽかぽかととても気持ちの良い一日。春の訪れを感じるけれど、痛いほどの寒さが去っていってしまったのは寂しい。
実習先では、昨日の老人ホームでの実習について感想を聞かれる。最も衝撃的であった就寝時の服装について話すと、CさんもIさんも"理由を質問したの?"と聞くので、"いいえ〜。あまりに吃驚して質問することを忘れてしまったのです…"と答えると、Iさんが"私の夫はトランクス1枚で寝ているし、私自身もナイトガウンで寝ているから、パジャマのズボンは履かないの。でも老人ホームでのその様子は、やはり夜間の職員がオムツ交換をしやすいためなのだと思うわ"と話してくれた。昨日担当してくれたKさんとは、何故か私のことを気に入ってくれた様子で連絡先を教えてくれたので、機会があったら尋ねてみたいと思う。
ところで私自身は小さい頃からの習慣でパジャマ派なのだけど、ナイトガウンで寝る女性や下着1枚で寝る男性というのは一般的なのだろうか?ううむ、気になる(笑)
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20030312:one-thouthand and eleventh day
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出国257日目。写真は今朝6:25の夜明けの光景。
This picture is taken on a street at 6:25 in this morning. Today, I had the field study at "ålderdomshem (the old people's home)". I worked there from 6:50 to 14:20 with a part time staff who speaks English very well. Because I had to wake up at 5:00 in the morning, I feel very sleepy now.
この写真は出勤(?)途中で路面電車を乗り換えた駅から撮影したのだけど、見ている間に明るくなって、数分後には夜明けを迎えたのだった。12月頃には8:00を過ぎてもこの程度の暗さだったので、夜明けが早くなったことを実感する。ちなみに写真右下に写っているのは、月ではなく、単なる電灯の明かり(笑)
今日は事前に希望しておいた通り、地区内のある老人ホーム"ålderdomshem (the old people's home)"にて実習。6:50から14:20までのパートタイムの介護職員であるKさんと終日行動を共にする。食事介助以外のほとんど全ての業務を一緒に行った。食事介助は、お年寄りのコトバが分からないために、危険性が高くて恐かったので遠慮したのだった。先月末の実習開始以来、お年寄りと片言のスウェーデン語で話したり直接接する機会が多くて、楽しい。お年寄りと一緒にいることが大好きで、この仕事を選んだ最初の記憶を思い出す今日この頃。
Kさんはパートタイムなので休憩30分を除き、7時間勤務だけど、フルタイムの場合は6:50-15:20(休憩30分間)、7:20-19:20(同2時間)、12:40-21:10(同30分間)という3シフト体制になっている。実習を行った階には6人のフルタイムと6人のパートタイム職員が働いており、原則的にこのシフトに従い、4週間のパターンを決めている。この他に、21:00-7:00の夜間を担当する職員がいる。利用者数は、8人ずつのユニットが2組で計16人。ユニットの間には、公共空間だが実質的には職員が使用する広いダイニングキッチンがあり、相互の行き来が禁止されているわけではないけど、本日の実習ではユニットの違う利用者同士が接している場面は見かけなかった。
6:50からまずは珈琲を飲みながら、雑談兼打ち合わせを行った後に、7:30頃から各居室を廻り起床援助を行う。声掛けを行い、"まだ寝ていたい"という入居者はそのままに、居室のブラインドだけ開ける。個室の最大の利点は、おそらくこのように自分の選択を生活のなかに反映させやすいということなのではないかと思う。また同室者を気遣わずに済むために、介護者自身も落ち着いた気持ちで介護できるように思う。
今日の実習先の入居者では、独力で歩けるヒトは皆無で、全員車椅子か歩行器を利用していた。その様子は、まさしく私の勤務先の特別養護老人ホーム入居者のうち痴呆症でなく、身体的機能の低下による必要性で入居してきたお年寄りの様子と重なって見えた。Kさんと行動を共にしながら、また他の介護職員の様子を見ながら気が付いたことは、まず第一に、リフターの利用や2人介護、また介護時のベッドの高さ調整など、"介護者の腰などを痛めない介護方法"をきちんと行う余裕があることである。何というか、社会福祉士養成校の"介護概論"の授業で習ったとおりのことが実施されているのである。
日本の施設介護の現場で感じられる"慌しさ"がないのは何故なのだろう?と思ったのだけど、別にこれは介護だけの話ではなくて、社会全体の時間の流れ方が、日本とスウェーデンでは全く異なることを思い出した。個人的に、スウェーデンでの生活が暮らしやすいなと最も思うのは、"時間がゆったりと流れていること"である。先日知りあった長期間欧州での生活を続けている方が、日本に一時帰国したときに"電話の呼び出し音の間隔が短くて、何だか急かされいるみたいに感じたわ"と言っていたけど、まさしくそのような小さなところに、社会に流れる時間の違いは現れている。
それが社会全体の問題だとしても、誰でも外部から急かされるのは嫌なことだし、おそらく"介護職員がゆとりを持って利用者と接するようにできる環境を整えること"は、今後の日本において"介護の質"を高め、高齢者の"生活の質(QOL)"を高めていくために重要なのではないかと思う。介護者がゆとりを持つことによって、初めて、介護される高齢者自身の意見に耳を傾け、本人の希望に基づく介護を行っていくことが可能になるのではないだろうか。
半面、今日の実習で"ぎょぎょっ!!"と驚いてしまったのは、起床介助を手伝った高齢者全員が就寝時には下半身に衣服を身につけていなかったことである。つまりシャツとオムツ(テーナ)だけを身につけて、下半身は裸で寝(かせられ)ているのである。就寝中に、着ていた服を脱いでしまったという形跡はない。確かにパジャマのズボンの着脱という手間は省けるけど、日本の特別養護老人ホームでこれを行ったら、問題となるだろう。あまりに予想外だったので、Kさんに質問することも忘れてしまった。それとも、まさか、スウェーデン人は就寝時に下半身は下着だけでベッドに入る、という習慣でもあるのかしらん??
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20030311:one-thouthand and tenth day
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出国256日目。写真は実習先の廊下に設置された共通休憩空間の様子。
This picture is taken at the common space at the first floor in the district office where I have the field study now. We have a coffee brake and lunce at this space.
今日は、Iさんの地区を担当しているホームヘルパーチームのところで実習。ヘルパーのMさんと同行訪問を行う。Mさんは8:00-14:00の6時間ずつ週に3日間勤務するパートタイムである。従って20030305の同行訪問より件数が少なく、本日の訪問は3軒3名となる。援助内容は以下の通り。
- 朝食準備+服薬介助+買い物+配食
- シャワー援助
- 掃除
8:00からの打ち合わせに同席し、11:45までに1さんの配食以外の援助を終えて、ステーションに帰還。その後、2時間の長〜い休憩時間をはさんで13:30に1さんの配食を行い、13:45にステーションに戻ったところで、Mさんから"今日はもう終わりだから、地区役所に戻っていいわよ"と言われる。
今日訪問した3人の高齢者のなかで、1さんはともかく、後の2人の援助が妥当なのかどうか、正直なところ疑問を感じる。2さんは多少痴呆があるとのことだったけど、自分で着替えもできて、手すりにつかまりながら浴槽をまたぎ、浴槽に渡したベンチ型の椅子に腰掛けることができるので、何故シャワー援助が必要なのか、今日の訪問では把握できなかった。2さんはパーキンソン病の夫と同居しており、室内移動に杖、屋外で電動3輪車の必要な彼の方が、よほどニーズが高いのではないかと思った。そこで移動時にMさんに尋ねたところ、"実は自分もそう思うのだけど、彼は自分でできるというから…"ということであった。
3さん宅では掃除の援助であり、Mさんが掃除機をかけている間に、私は棚などの拭き掃除を行った。実習先の地区では、掃除と買物、洗濯の援助は週に1回だけと決まっているのだけど、3さんのおうちに一歩入って、あまりの綺麗さに吃驚。とても週に1回だけしか掃除をしていない住まいとは思えない。パン屑ひとつ落ちていないのだ。普段Mさんが行わないような棚の奥の方の拭き掃除をしていても、雑巾が汚れるなどということはなく、かすかに埃がつく程度。飾り棚のガラスも全く曇ったり汚れたりしていない。帰り道、またまたMさんに"お部屋は随分綺麗だったのだけど、3さんは本当に掃除の援助が必要なの?"と尋ねると、Mさんは"うん。私も彼女が自分で毎日少しずつ掃除をしているのではないかと思っているわ。あんなに綺麗な部屋を掃除するのはつまらないけど、彼女がお金を払うことを気にしないのだからいいのよ"という。私は、さらに"Mさんが掃除の援助は必要だと思わないということを、Iさんに伝えないの?"と少々意地悪な質問をあえてすると、Mさんは"う〜ん。そうねえ。でも彼女は掃除の援助しか利用していないから、きっと掃除をするために週に1回私が訪問するのを楽しみにしているのよね。彼女は子どももいないし、話し相手が欲しいのよ"という。
私の論文の指導教官であるGerd Gustafsson博士は、博士論文である"En omsorgtriad; om relationer mellan omsorgmottagare, vårdbiträden och hemtjänsassistenter(A home care triad; about realtionship betweem home care recipients, home care workers and home care managers)"(Göteborgs Universitet, Institutionen f&oum;r social arbete Skriftserien 1999:2)において、ホームヘルプサービス利用者とホームヘルパーとニーズ査定員の関係を調査し分析している。英語要旨によると、彼女はホームヘルパーの"援助(omsorg, care)"には以下の3つが含まれるとしている。
- 実際的な援助(practical assistance):掃除、料理、身体的介護などの活動
- 社会的な援助(social care):社会的関係を推進するための活動
- 実存的な援助(existential care):孤独や不安などの感情に対応するための活動
この区分に従うと、現在の日本では、"実際的な援助"、特に身体的介護ばかりがホームヘルパーの仕事であるかのように強調されて過ぎており、ホームヘルパーの役割が矮小化されているように思うので、それはそれで疑問を感じる。だけど、今日訪問した3さんのように、"実存的な援助"のために、本来は必要がないかもしれない"実際的な援助"を行うことについても、どこか本末転倒のように思える。
今回の実習で気が付いたことのひとつだけど、実習先の地区及び周辺地区には、日本で一般的なデイサービスというのがないのである。これは、Göteborgもしくは私の実習先の地区近辺だけの特徴なのかもしれないけど、痴呆性高齢者のためのデイサービスとリハビリ中心のナーシングホームでのデイケア、また健康な老人のための自発的な活動場所はあっても、痴呆はないけど身体的機能が低下しつつある高齢者のためのデイサービスがない。また、日本で在宅介護支援センターに勤務していたときに高齢者の多い団地を訪問すると、その高齢者の友人が遊びにきているところに遭遇することが多々あった。一方、今回の実習期間中の訪問では、そのような場面に出会ったことは、未だない。つまり、独居で外出が困難な高齢者は、家族とホームヘルパー以外に社会的な接点がないに等しいといえるだろうし、従ってホームヘルパーが"実存的な援助"を行わなくてはならない必然性が生じているといえる。
というわけで、地区役所に戻ってからCさんに3さんの話をした後に、"痴呆症でない高齢者のためのデイサービスが必要だと思うのだけど、どう思いますか?"と質問したところ、本日の午前中は市庁舎で行われた高齢者福祉の講演会に出席していたCさんは"その通りだと思うわ。まさしくその話を今日の午前中に私たちは話し合ってきたのよ"といっていた。
"寂しいから"という理由で老人ホームへの入居を希望する高齢者も多く、Cさんがどんなに"自宅にいた方が良い"と説明しても入居を希望した利用者が、実際に入居してみると職員数が少ないために本人が期待していたほどの援助は受けられず、また他の入居者は身体的機能が非常に低下していて話相手にもなってもらえず、"自宅にいれば良かった。あなたが正しかったわ"とCさんに嘆いた、という話も聞いた。この利用者の場合も、もしかしたらデイサービスがあれば対応できたのかも知れないとも思う。一方で、20030303付の"Göteborgs-Posten"紙には、市内のとある地区で"'特別な住まい'の代わりに、デイサービスとホームヘルパーを増加して対応する"という方針を採っているという記事が掲載されていた。これは従来のデイサービスの少なさを見直し、寂しさのために入居する高齢者を減らす、という意味なのかもしれないけど、とはいえデイサービスとホームヘルパーで"特別な住まい"の対象者を全て対応できるのか、ということについては大きな疑問を感じるし、今後の展開が非常に興味深い。
おまけの話題。今日で出国してから256日目とのことで、何となくキリが良いような気がする(笑)
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20030310:one-thouthand and ninth day
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出国255日目。写真はとある老人ホームの転落防止柵付きの階段の様子。
This picture is taken at "ålderdomshem (the old people's home)". In this morning, I attended at a meetin about short stays. After lunch, I visited to my supervisor's office at Göteborg University and got lots of advices for my degree report.
今日の午前中は、実習先の"高齢者担当ニーズ査定員(biståndabedömare, need's assessment officer)"が毎週月曜に行っている恒例のショートステイについての打ち合わせに同席する。今日は、Cさんが"歯医者の予約を入れてきたの"ということで時間を少し早めての開催。Cさんは途中で抜けていき、昼休みに戻ってきた。昼食時に、Iさんに"今、Cさんは歯医者に行ってるのよね?それは有給の休みなの?"と尋ねると、Iさんは"うん。そうよ"と、何故そんなことをわざわざ聞くのだろうと怪訝そうな様子で答えてくれた。先週のことだけど、Iさん自身も"一番小さい子どもが熱を出してるので、昼食だけ一緒に食べてくる"と昼休み+1時間だけ帰宅した。こうして、スウェーデン人の"働き方"を実際に見ることができるのも、今回の実習の収穫だと思っている。スウェーデン人と一緒に働く日本人の方から"スウェーデン人はあまり働かない(さぼる)"と聞くことが度々あるけれど、確かに日本人の仕事観で一緒に働いていたら、自分もそう感じるだろう。どちらが良いという問題ではなく、"仕事観"が全く違うのだと思う。
打ち合わせのなかで、高齢者福祉部長から"先月のショートステイ利用者が前月より増えていた"という報告があった。どのサービスでも同じことだけど、利用者が多いということは市の負担も増えるということで、特に他地区から購入しているショートステイは非常に費用がかかるらしく、"ショートステイのコストをいかに押さえるか"ということが実習先の高齢者福祉部の目下の最大の懸念となっている。
20030306の部署全体の会議でも話題になっていたので、Cさんに"何故そんなにショートステイに対するニーズが高くなっているの?"と聞いたところ、彼女は"現在他の部門でそれを分析しているのだけど、ひとつには病院が入院期間を短期化していることが大きいと思うわ"と教えてくれた。Cさんの解説によると、"5〜6年前まではリハビリ部門などに1月以上入院してから自宅に帰ることが可能だったのだけど、最近は2〜3週間で退院させられてしまうため、直接帰宅することができずにショートステイへのニーズが増大しているの"とのことだった。Cさんは"関係ない"と言っていたけど、これは1992年の"エーデル改革(Ädelreformen, the Ädel reform)"にて"治療が終了した後の入院患者の費用は県(lansting, conty)ではなく市(kommun, municipality)が負担する"、そしてそのことによって社会的入院を減らすという方針がとられた影響のひとつではないかと思う。
実習先の地区でいう"ショートステイ"とは、普通の老人ホームのショートステイ専用室と痴呆性グループホームのなかのショートステイ専用ブロックの他に、他地区にあるナーシングホームと別の他地区にある病院敷地内の高齢者専用ショートステイ専用棟がある。全て見学に連れて行ってもらったけれど、後の2者は2〜3人部屋であり、前2者とは全く雰囲気が異なる。病院のショートステイ専用棟は、まさしく前述の"病院を退院はしたけど、一般の住宅では生活が不可能な高齢者"が対象であり、ナーシングホームのショートステイは一般の在宅で生活をしていて24時間に近い介護が必要で、事情により介護者である家族が介護できない高齢者や、病院から帰宅したけどやはり一般の在宅では生活が困難な高齢者などを対象としている。
打ち合わせのときに見せてもらうリストには場所ごとに、氏名と担当の"高齢者担当ニーズ査定員"の氏名、ショートステイ開始年月日などが記載されているのだけど、病院のショートステイ専用棟で最も長く利用している高齢者は昨年の11月中旬から、全リスト掲載者のなかでは昨年の5月下旬から他地区の老人ホームを利用しているヒトが最も長い。痴呆性グループホームのなかのショートステイ専用ブロックにも昨年の12月中旬から利用している高齢者がおり、最早"ショートステイ"とはいえない状態。"どうして入居にしないの?"とCさんに尋ねたところ、"このヒトたちはあまりに具合が悪過ぎて、(ショートステイ用の部屋から入居用の部屋へ)移動できないのよ"ということであった。
おまけの話題。昨日偏頭痛のことについて書いたので、思いがけず数人の方からお見舞いのコトバを頂く。お気遣いに感謝。そして親からは"気持ちは分かるが、20通もメールを書かないように"という指導が届いたのであった。こちらは予想通りだったりして(笑)
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20030309:one-thouthand and eighth day
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出国254日目。写真はとある通りの光景。
This picture is taken on a street in Göteborg. Today, I have a headache and wanted to sleep the whole day. However, I had to study and do landry, because I will have a meeting with my supervisor of the degree report tomorrow.
週末で気が抜けて疲れが出てきたのか、久しぶりに偏頭痛と共に起床。日本にいたときはお馴染みだった"孫悟空の輪"ともしばらく疎遠だったのだけど、昨夜仕事の夢を見たためなのか、はたまた溜まっていたメールの返事を一気に20通近くも書いたためなのか、こめかみを中心にぎゅ〜っとくる痛み。とほほ。
明日の午後には論文の指導教官との打ち合わせが予定されているので、その準備をしなくてはならず、頑張って机に向かう。洗濯室の予約を入れおいたので、途中で洗濯室との数往復。現在は実習先で行う予定の面接調査の質問票を作成及び修正しているのだけど、面接方式による質的調査の質問票など作るのは初体験なので、指導教官の博士論文に掲載されている質問を参考にする。ところが質問は瑞語でしか掲載されていないので、辞書を引きながら格闘。構文がほとんど同じなので、瑞語を英語に訳す方が、日本語に訳すよりも簡単であることを再認識。とはいえ英文を読むより辞書を引く回数が圧倒的に多くなるので、時間がかかることこの上ないのだ。会話はともかくとして、もう少し瑞語を読めるようになりたいものだと思う。
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20030308:one-thouthand and seventh day
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出国253日目。写真はとある通りの小さな公園の光景。
This picture is a small playpark on the street. Today is the international women's day and my friend and I went to the party for only women.
Göteborgに限らず、おそらくスウェーデンの都市部ではどこでも集合住宅が非常に多い。それらのほとんどは住宅政策のなかで建設されたモノであり、見ようによっては"おもちゃの街"のように区画整備がなされている。そしてそのような集合住宅の谷間では、写真のような小さな公園を数多く見かけることができる。
日本ではどのくらい報道されているか知らないし、私自身も恥ずかしながら数日前まで知らなかったのだけど、今日は"国際女性デー"なのだ。夜には、"国際女性デー"にちなんだ集会が複数の女性及び家族関係に従事する団体により、市の北側にある"Angereds torg"のとある建物にて開催され、私も参加する。主催者である団体のひとつに、スウェーデン永住者であるヨルダン人の同級生が勤務しており、彼女が誘ってくれたのだった。
フィリピン人と中国人の友だちとともに出かけ、途中でルーマニア人の友人2人と出会い、さらに遅れてきたのラトヴィア人とアルメニア人の友人と会場で会う。実習期間中はクラスで集まる機会がないので、久しぶりに複数の同級生たちと再会。会場は、ほとんどがアラブ系の女性と子ども、また少数の男性で一杯。一見したところ、アジア勢は私たち3人だけであった。
"パーティ"と聞いて思い浮かんだのは立食パーティみたいなモノだったのだけど、実際には本義である"集まり"であった。私の拙い瑞語の知識で理解したところによると、一番最初に挨拶をした主催者代表の女性は"アメリカのイラク攻撃に反対し、イラクの女性たちを支持する"というような内容を述べていた。その後は、アフリカ人の女のコの踊りから始まって、主催各団体からの挨拶と出し物が交互に続いていったのだけど、スウェーデンの昔の音楽の弾き語りやパキスタンの民族衣装を身につけた女のコたちのグループによる踊りなど、普段接する機会のほとんどない種々様々な音楽と踊りに触れることができて面白かった。
その中で一番印象的だったのは、主催者団体のなかのいくつかが行った"演説"によって、鼓舞されていく聴衆の様子である。コトバがほとんど分からないので、内容は理解できなかったけど、何と言うか"アジテーション"とはこういうものなのか、と思った。件のヨルダン人の友人が以前に、"アラブの話し方は、普通に話していても攻撃的に聞こえてしまう(ので、誤解されやすい)"と話してくれたけど、まさしくそれを実感したのである。
この8ヶ月の経験では、アラブの文化というのはかなり特有で、各種文化の融合が行われている日本の文化に最も取り入れられていない部分なのではないかという印象がある。異質なモノに対する恐れというのはかなり根源的であると思うし、率直なところ私自身も、例えば夜間に路面電車に乗るときにひとつの車両にアラブ系の若者が大勢乗っていたらそちらの車両を避けてしまう、というような"偏見"があることを自覚している。ただ決して忘れてはならないのは、どのように異質な存在であれ、相手には相手の論理や価値があるということだ。それが理解できるか、納得できるかはともかくとして、自分とは異なる価値観の存在は認めなくてはならない。これは国家や民族、文化という大きなレベルだけではなく、個人と個人における人間関係においても重要なことなのだと、自分を省みて強く思う。
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20030307:one-thouthand and sixth day
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出国252日目。写真はとある老人ホームの内部の様子。
This picture is taken at "ålderdomshem (the old people's home)". In this afternoon, my supervisors had a meeting with medical doctors in a hospital. I am very interested in the relation between social workers and medical doctors. Unfortunately, they spoke in Swedish. When I said "Jag förstår inte svenska!!", they were laughing, because it means "I do not understand Swedish!!" in Swedish.
写真は、20030303に見学した市内の他の地区にある老人ホームの廊下の一画。大げさに図書室などを作らなくても、このようにさりげなく書籍のある空間って良いなと思う。本棚の前に置いてある椅子は安定していて、座り心地が良さそう。この日は生憎のお天気だったけれど、きっと晴れた日には窓から日光が入って、明るく暖かな空間になるのだろう。この建物は窓をとても大きくとっていて、2つの建物を繋ぐ渡り廊下は両側共にガラス張りであった。その廊下の山側にはテラスを兼ねた庭が設置されており、どちらの建物からも行かれるようになっている。
実習に入る前に、今度執筆予定の修士論文の指導担当教員であるGerd Gustafsson博士に施設における施錠の問題について尋ねたことがある。そのとき彼女は非常に言い難そうにしながら、"法律では、少数の例外を除いて、誰も他人を閉じ込めてはいけないことになっているの。だけど実際には、特に痴呆性高齢者のためのグループホームの場合、外に通じるドアには電子コードがあり、コードを覚えている場合は出られるけど、痴呆性の高齢者はもちろん覚えていられないから、結果的にひとりでは外に出られないようになっているの。"と答えてくれた。
実習が始まってからその点に注意して観察していると、例えば実習先の地区が誇る小規模独立型のグループホームではまず庭から外に出る門には、外側にバネ式の錠がかかっており、よほど器用に力を入れないと開かない。さらに建物から庭にでる扉には、通常の錠前の他に、高い位置にチェーンがついている。さらに建物と建物の間には電子コードがついている。その他の場所では、痴呆性高齢者対象のショートステイ棟の出口に、それを回しながら開けるべき出っ張りの部分に蓋がついていて、さらにドアの天井近くにチェーンがついていた。
20030303に、実習先で指導してくれている"高齢者担当ニーズ査定員(biståndabedömare, need's assessment officer)"のCさんと共に見学をしている際、Cさんが私のために特別に立ち寄ってくれた他の地区の老人ホームで階段から居住棟に入ろうとしたときに、鍵がかかっていて開けられないということがあった。通常は、施錠されていても、良く見れば開け方がわかる形式になっていたり、周囲に電子キーの番号が掲示されている。つまり認識能力のあるヒトは自由に出入りができるようになっている。ところがこの時には、Cさんにも私にも開けることができなかった。
そこでCさんは"う〜ん。ここはきっと痴呆性高齢者のグループホームの部署なのよ。上の階に行って見ましょう"と言い、2人で階段を上った。ところがそこも同じ状況であった。そこでCさんは"う〜ん。この棟はきっと痴呆性高齢者のグループホームの建物なのよ。向こうの建物に行って見ましょう"と2人で移動した。そこでようやく開け方が表示されているドアに出会い、居住領域に入ることができたのだが、見るからにそこは痴呆性高齢者のグループホーム。思わず、私がCさんに"ねえ?この建物にはそんなにたくさんのグループホームがあるの?ここは老人ホームではないの?"と聞くと、Cさんは"他の地区だし、ここのことはあまり詳しくないので、あそこにいる職員に聞いてみましょう"と応じて、質問をしてくれた。
戻ってきたCさんが少々渋い顔をしながら話してくれたことは、つまり最初に鍵が開けられなかった方の建物が一般の老人ホームで、鍵の開け方の表示されている建物が痴呆性高齢者のグループホームということであった。"え?でも…"と私が口にしかけてコトバを探していると、彼女は真顔で"うん。シノが言いたいことは良く分かるよ。ちょっと問題よね。何か事情があるのかもしれないけど"と言う。
視察で色々な施設を見学しているときには、大抵案内の職員が先に立って歩いてくれるので、ほとんど気にしていなかったのだけど、意識しながら見ていると、"特別な住まい"における施錠の利用率は非常に高いことを意識する。もちろん入居者が出たいといえば職員が外に付き添って行くのだろうけど、それでもおそらく同じコトを日本の特別養護老人ホームで行ったら、まず間違いなく"拘束"と指導が入ると思う。私の把握している限り、日本ではこの数年で"拘束抑制の禁止"が非常に重視されるようになっており、"ベランダの非常用のスロープに車椅子が落ちると危険だから、手前に植木鉢を置いた"というだけで"拘束"と見なされてしまうらしい。
もちろん"拘束抑制の禁止"には賛成であるし、特に入居施設では不要な拘束や抑制が起こりやすいことも理解している。ただ、どこの国にしても十分ではない職員体制において、入居者全員の"安全"を考える場合、最低限の必要悪が生じざるを得ないのではないかとも思う。理念と現実の間には常に乖離が生じるのであるし、理念を現実にするためには、この場合には例えば職員の増員などの現実的な実現手段が必要なのだ。20030122に駐輪場の件で書いたように、日本では"理念"や"モラル"だけで、"現実"を変えられるとする風潮が強いのではないか、と思う。"理念"や"モラル"は、もちろん重要だけど、あくまで現実的実行力を持つ手段を考え、選択する際の"モノサシ"に過ぎない、といったら過言だろうか?
おそらくスウェーデンでは、日本よりも少ない職員体制のなかで、施錠ではないけど施錠になりうるという"必要悪"を、入居者全員の安全を護るための現実的手段を選んだのだといえるかも知れない。
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20030306:one-thouthand and fifth day
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出国251日目。写真はとある私立の老人ホームの内部の様子。
This picture is "ålderdomshem (the old people's home)" which is managed by a private company. In this morning, I attended at the meeting, which all staffs of "Äldreomsorgen(the department of the eldelry care)" at the district office must attend at. After the lunch time, we had another meeting. Today, my supervisors could not visit any old person and they complained about it.
今日の午前中は実習先の高齢者福祉部全体の会議があり、出席する。この会議は毎月1度行われており、前回の会議からの動きや、現在の問題点、収支状況、今後の計画などについての情報交換と共有を図る。新鮮だったのは、外部の研修に参加したヒトはこの場で研修内容に関する報告を行わなくてはならない点である。昨年の夏の視察時にも気が付いたことであるが、スウェーデンの場合、研修に参加したヒトはそのことを誇りに思っているように見受けられ、さらにそれを自分の職場にて共有し、反映できるような体制になっている。おそらく"研修"が"教育"として位置づけられているからであり、20021202に書いたように"教育"の位置付けと内容が日本と異なるスウェーデンにおいては、"研修"の意義も大き異なってくるのであろう。
さて。昨日のホームヘルパー同行訪問の話題を続けると、私が同行したMさんは既述のように8:00−16:00が勤務時間で、打ち合わせの時間を除き、一度も詰所に戻らずに援助を続けたのだけど、実際に援助をした人数は6軒7人(1軒は高齢者夫婦世帯)だけである。援助内容をまとめると、以下の通りになる。
- 高血圧(?)治療用のストッキングを履く援助+洗濯
- 服薬援助(薬は詰所にて管理)+配食
- 服薬援助(薬は詰所にて管理)+配食
- 洗濯+買物+配食
- 換気+ゴミ捨て+買物
- ベッドメーキング+朝食後の皿洗い+トイレのゴミ捨て+配食
- 配食
まず気が付くのは、身体的介護の少なさである。統計的なデータでは"スウェーデンでは近年家事援助から身体的(個人的)援助へと移行している"という研究結果が出ているが、指導担当のCさんに確認したところ"まだまだ家事援助が中心"とのことであった。昨日の訪問では、枕元に"テーナ"というおむつが置かれている家庭が3軒あったのだけど、排泄援助はなかった。この件については、また後日。
"配食"というのは、ケータリング会社が詰所まで届けてきた昼食を、詰所の電子レンジで暖めて保温バッグに入れて各家庭に配達する。昨日述べたように、各ヘルパー基本的に特定の高齢者を担当しているので、午前中の援助を行った同じ家庭に昼食を届けに再び訪問することになる。食事介助が必要な高齢者はほとんどいないので、単に玄関先で渡すだけ。ちなみに同じ昼食が地区内の全ての"特別な住まい"にも届けられているのであるが、綺麗な器などではなくぺらぺらのプラスティックの容器に入っており、まさしく日本のコンビニエンスストアで売られているお弁当である。そのお弁当を見た瞬間に私が思ったのは、彼女たちが日本の私の勤務先で栄養士さんと調理師さんを中心に工夫を凝らして行っている配食サービスの様子を見たら、さぞや驚くだろうな、ということであった。
このお弁当に関しては20030226に行われたCさんとグループホーム職員の打ち合わせで"お肉が固くて美味しくないし、利用者はあまり食べないで残している"という報告があった。介護保険制度の導入以降、日本の高齢者福祉施設でも経費削減のために調理部門の外注化などが進んでいると思うけど、火を通す食事をほぼ1日に1回(昼食時)にしかしないスウェーデンと違い、日本は伝統的に"豊かな"食生活の習慣を持っているし、お年寄りの生活における食事の大切さを考えた場合、調理部門の効率化は細心の注意を払わないと、非常に大きな問題となり得るのではないかと思う。
昨日の"配食"援助の様子を見ていて感じたのは、"将来的に食事介助が必要な高齢者が増えてきたらどうするのだろう?"ということである。また、配食援助だけしか利用していない7さん以外は、ヘルパーさんがわざわざ何度も訪問する必要があるのかな、という疑問を持った。
次に問題に感じたのは、"洗濯"である。スウェーデンでは洗濯機は各家庭にあるのではなく、建物の地下にあるのが一般的である。ということで、足腰の弱くなった高齢者がまず必要になるのが、買物と洗濯の援助なのである。日本で問題となる入浴は、シャワー中心のために必要度が低い。さらに日本では信じられないことに、スウェーデンの洗濯機は1〜2時間かかる。さらに乾燥機に移して1〜2時間である。そして高齢者の住む古い建物にある洗濯機&乾燥機は当然古い。故に、壊れやすい。結果として、どのような状況かというと、例えば昨日Mさんは出勤直後に1さんと4さん宅にて洗濯物と洗濯室の鍵を預かり、洗濯機2台ずつに投入。さらに朝の援助時に、私も手伝って、洗濯物を乾燥機2台ずつに移動。他の援助を済ませた後、時間を見計らって、乾燥機から洗濯物を取りに行く。ところが、1さんの分の乾燥機は1台止まっていたので、再度乾燥せざるをえなかった。乾いた分だけを、1さん宅に届ける。次に4さんの分の乾燥機を見に行くと、こちらも1台止まっていたので、再度乾燥となる。乾いた分だけを、4さん宅に届ける。時間を見計らって、双方の乾燥機を見に行き、再度2軒に届ける。
ということで、何とMさんは洗濯援助のために、1さんと4さんの各々の洗濯室を4回ずつ計8回訪れているのだ。いやはや、吃驚。ちなみに4さんは買物と配食の援助もあったので、Mさんは昨日4さん宅を6回訪問しているのだ。確かに木目細かい援助といえばその通りかもしれないけど、何と言うかもう少し組織的に効率的に行う方法があるように思うのだ。
その他にも、特別な事項がない限り、一切の訪問記録を残さないことにも驚く。施設における記録の少なさは知っていたのだけど、単独訪問するホームヘルパーが記録を残さなかったら、訪問したのかどうかが本人以外に全く分からない。また、担当者が欠勤した場合などには大きな不都合が起こっているだろう。これについては、Mさんは同意見であり、改善したいそうであるが、まだ勤務年数が短いために言い出しにくいのだそうだ。Cさんたちが地区役所で使用している個人情報管理/記録システムはヘルパーの詰め所にもあるので、てっきり援助記録も入力されているのだろうと期待(?)していたのだけど、そんなことは全くなかった。聞くところによると、数日前の新聞には携帯型のコンピューターをヘルパー各自に持参させる試みが別の市で開始されたらしい。記録は重視されすぎると援助時間を圧迫するという大きな欠点があるので、良し悪しはともかくだけど、この領域では日本が先んじているといえるのかもしれない。
昨日の全体的な印象としては、Cさんたち"高齢者担当ニーズ査定員(biståndabedömare, need's assessment officer)"のレベルでは非常に組織化されているのに対し、ホームヘルパーチームの動きは、良く言えば"のどか"、悪く言えば"原始的"な様子に見えた。たった1日、たった1チームの実習であったけど、上記全ての感想を質問の形式にして、本日Cさんに話したところ、"とても良い質問だわ。是非同じことをヘルパーの人事管理担当者のVさんに話して、その回答を私に聞かせて"といわれたので、あながちはずれてもいないようである。来週は"高齢者担当ニーズ査定員"Iさんの担当地区のヘルパーさんとの同行訪問があるので、相違点をよく見てきたい。
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20030305:one-thouthand and fourth day
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出国250日目。写真はホームヘルパーの詰所のある建物の様子。
This picture is the house where a homehelp station is located. Today, I attended one of the home helpers the whole day. I found lots of similarities with my own work place in Japan, while there are many differences.
20030221に行った事前打ち合わせの際に希望しておいたので、今回の実習ではホームヘルパーと訪問看護婦への同行訪問、老人ホームでの勤務体験を組み込んでもらうことになっている。というわけで、今日はCさんの地区を担当しているホームヘルプチームの中から、英語ができるヘルパーのMさんに同行することになる。いつもより早く7:45に地区役所に行き、Cさんが車で詰所まで送ってくれる。昨日書いたように日中担当のヘルパーさんの勤務時間は、8:00-16:00なので、本日はその間ずっとMさんと行動を共にするのだ。
事前打ち合わせのときにCさんから説明を聞き、既に驚いていたことなのだけど、1つのヘルパーチームが担当する地域は非常に狭い。Göteborgという"市(kommun, municiparity)"は21地区に分割されており、他の一般的な"市"が受け持つ責任は各地区が負っていることは20020925に書いた通りである。ちなみに、日本の私の勤務先がある市は高齢者の保健福祉に関して市を6地区に分けている。もちろん各地区毎に役所があるわけではなく、あくまで"原則的な計画"なのだろうと理解している。位置づけはかなり違うけれど、丁度良いので簡単に比較を試みると、以下のようになる。仮に実習先をG市A地区、勤務先のある自治体と地区をB市C地区としておく(数値はスウェーデンが2001年、日本が2001年度末)。
人口−G市:471,461−B市:224,866
人口−G市A地区:12,384−B市C地区:46,726
高齢化率−G市:17%−B市:15%
高齢化率−G市A地区:31%−B市C地区:13%
上記により一目瞭然のように、高齢化率は相当に高いながら絶対的数値としては日本のB市C地区より格段に少ない人数の高齢者が住んでいる実習先のA地区はさらに4分割され、それぞれをひとりの"高齢者担当ニーズ査定員(biståndabedömare, home help assistance)"と各々のホームヘルプチームが担当しているわけである。面積に関するデータが不足していて比較できないのが残念。
本日実習に行ったCさんの地区のホームヘルプチームは、1日あたり12人が出勤することになっている。日中のホームヘルパーは12人で4分の1地区ずつ受け持つのだから、単純に12,384を4で除算すると、3,096人に対し12人となり、0.38%分確保されていることになる。もちろん高齢者が全員在宅サービスを必要なわけではないので、本来であれば何人の利用者があるのかの補足率を調べたいところ。ちなみに介護保険制度になって以来、種々様々な事業所が参入しているので、比較はできないのだけど、B市C地区にある私の勤務先の常勤ヘルパー数は、私の記憶によると、8人である。この他に登録ヘルパーさんもいる上に、全員が毎日出勤するわけではないので、あくまで参考数値。さらに職場関係者から削除依頼があれば、速攻削除の予定なので、問題があれば請う連絡。
ついでに書いておくと、A地区にあるA地区の高齢者を原則として対象とした"特別な住まい"は、"老人ホーム"が88人分、"痴呆症グループホーム"が66人分である(越境して、他の地区から購入している分は除く)。A地区の高齢者人口は、12,384*31%で約3,839人となるから、地区内高齢者人口の約4%分の"特別な住まい"が地区内に確保されていることになる。
スウェーデンにおける高齢者福祉サービスの種類や内容を見ていくと、日本と大差がないように思える。圧倒的に違うのは、量なのである。サービスの量が多いから、身近なところでサービスを利用できる。もしくは、小地域に権限と責任が下ろされている結果ともいえる。具体的には、各ヘルパーチームの場合は、担当地域が狭くなる。さらにヘルパーに関していえば、日中、夕方〜夜間、深夜〜早朝の担当はそれぞれの時間帯によって雇用されているのであり、曜日のシフトはあっても時間のシフトはない。これはどういうことかというと、特に日中のヘルプサービスの場合、同じヘルパーが毎日同じ高齢者を担当することができる、ということだ。何事万事同様だけど、これには良い面と悪い面があり、欠点としては数年〜数十年の長期間に渡り、1対1の関係を続けていくと、おそらく親戚や家族のような関係に近づいていき、"馴れ合い"が生じる危険性がある、ということである。スウェーデンではどのように対応しているのか聞き忘れてしまったが、この問題はおそらく1〜2年ごとに担当者の見直しを行えば回避が可能であろう。良い面としては、高齢者は毎日異なるヘルパーさんに訪問されるよりも、顔見知りのヘルパーさんに来てもらいたがる傾向ので、それを可能にするということである。各家庭には細かい事柄に関して、それぞれの習慣やしきたりがあるので、特に買物や掃除、洗濯などの家事援助の場合には、1人のヘルパーさんが訪問することが、援助をスムーズに行うために大きな要因となるといえる。
以上のように、元々ヘルパーチームの担当地域は狭い上に、本日私が同行したMさんの担当は詰所の近くの1本の通りに沿っていたので、何とMさんの訪問は全て徒歩で行われている。Göteborgに限らず、スウェーデンの都市部では一般的に集合住宅がほとんどで、市内では一戸建ての住宅はごく稀である。私が今日の実習で理解したのは、要するに日本でいう1つの団地群を各々のヘルパーチームが担当しており、その各棟をひとりのヘルパーが担当している感じなのである。そしてCさんの地区のヘルパーチームの詰所はその団地の1室にあるのだ。
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20030304:one-thouthand and third day
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出国249日目。写真は昨日と同じ私立の老人ホームの廊下の様子。
This picture is the corridor in the same "ålderdomshem (the old people's home)" as the picture of yesterday. In this morning, my supervisor had a meeting with the staffs of the evening patrol. They have two team on each area and my supervisor will meet another team next month.
この写真は昨日と同じ老人ホームの居住部分の内廊下である。つまりこの外側(写真左側)を昨日の写真の外廊下が取り囲んでいることになる。壁に埋め込まれている照明は間接照明となっており、お洒落ではあるけれど、足元を照らさないので高齢者には歩きづらいのではないかと思う。
今日の午前中はCさんが夕方担当の巡回ヘルパーさん(the evening patrol)と打ち合わせをするのに同席。疲れが出てきたのか、スウェーデン語が子守唄のように聞こえてしまい、眠気に襲われて苦闘する。先週から気が付いていたのだけど、ほとんど全く理解できないコトバをじっと座って聞いているのというのは、想像以上に辛いモノである。表現は悪いけど、ほとんど拷問に近い。苦闘の甲斐あって、さすがに居眠りはしなかったけれど、終了後、Cさんの表情が苦そうに見えたのは気のせいだろうか?大いに反省。
終了後にCさんに質問を浴びせて理解したところによると、日中のヘルパーは8:00から16:00まで、夕方が17:00から22:00まで、夜間が22:00から翌朝7:00までなのだそうだ。日本と同様に、日中は掃除や買い物、洗濯から起床、食事、シャワー介助などを含む滞在型になり、夕方は夕食、就寝、排泄介助など短時間の巡回型、夜間はほとんどがオムツ交換だけで数分間のみの巡回型とのことである。夕方のヘルプ利用者には、電話をかけて安否確認を行い、必要なときにだけ訪れる利用者も数人いるとのことである。Cさんの担当地区は比較的落ち着いているヒトが多いので、夕方の巡回を利用しているヒトが約20人、夜間は1〜2人とのことである。
20030221に書いたように、Göteborgでは高齢者のニーズの判定のみを行い、必要なサービスを見極めプランを作成する担当者と、ホームヘルパーの人員調整を行う担当者が分かれているのだけど、前者の担当であるCさんたち"高齢者担当ニーズ査定員(biståndabedömare, need's assessment officer)"は、ヘルパーさんたちとの連絡を非常に密接にとっており、情報共有をしお互いに助け合うために、このような打ち合わせを持つように心がけている様子。心がけていても時間的に一杯一杯で実現が難しい日本と、"またミーティングだわ"と言いつつも楽しそうに1時間を確保できるスウェーデン。この違いは、やはり制度に起因するものだと思うのだ。この件だけではなく、実習先での様子を見ていて、気持ちにゆとりをもちつつ仕事をすることは、もちろん"怠け"にもなりうるけれど、本来的な方法で目的を達成するために必要なのではないかと考えている。
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20030303:one-thouthand and second day
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出国248日目。写真はとある私立の老人ホームの内部の様子。
This picture is "ålderdomshem (the old people's home)" which is managed by a private company. In this morning, we had a regular meeting. My supervisor did not have any visiting today, and she took me to three different old people's homes. It was very interesting for me.
今日の午前中は毎週月曜日に予定されている打ち合わせ。20030224に書いたように、この打ち合わせではショートステイの調整と変動についての情報交換が中心である。先週一週間で出てくる施設名と実際の施設の状況が把握でき、またCさんやIさんの担当している高齢者の数人には実際に会っているので、前回より内容が理解できるようになった。それぞれの"ニーズ査定員"が担当している百数十人の高齢者のうち、実際に"動いている"のは一部であることも、日本の在宅支援センターにおける相談の状況とよく似ていると思う。…と考えると、介護保険制度で毎月毎月全員の介護計画(ケアプラン)を確認して印刷し、各事業所に送らなくてはならない介護支援専門員とそれを受ける事業所側の労力は、つくづく途方もないことだな〜と再認識。
今日は珍しくCさんの訪問予定がなかったので、希望して実習先の地区役所全体の組織を説明してもらう。親切なことに、どこからか組織図を入手してきてくれる。紙面でもらえると後から資料として使えるので、非常に有難い。高齢者福祉部の組織図は、先日自分で作成し、Cさんに確認を受けていたので、今日もらった全体の組織図の高齢者福祉部の下に、私のノートを置いて、"ほら。シノが作った図は、このように繋がるのよ"と嬉しそうに言ってくれた。CさんやIさんとの関係が非常に良好なことは、今回の実習で何よりも嬉しい。
午前中の打ち合わせのときに、リスト上に知らない施設名があり、"これはどこにあるの?"と質問。すると"そこは市内の別の地区にある私立の老人ホームなの。あ、そうだ。シノは行ったことがなかったわね。では、今日の午後に連れて行ってあげるわよ"とCさんが言ってくれて、いきなり地区外の施設訪問が実現。何せ"ニーズ査定員"との同行なので、訪問予約も何もなしに建物の中まで見学できるのは、非常なる役得。その施設へ行く途中にある施設も含めて、3つの老人ホームを簡単に見学することができた。これで今回の実習で、既に7箇所の"特別な住まい"に訪れたことになる。
海岸沿いにある件の私立の"老人ホーム(ålderdomshem, the old people's home)"のなかに一歩足を踏み入れて、吃驚。高級ホテルかと思うような玄関ホール。一見して高価なソファセット。壁には、大きな美しいタペストリーがいくつも飾られている。写真は、分かり難いけれど、玄関ホールから続く吹き抜けで、写っているのは2階と3階の外廊下。記憶している限り、私がスウェーデンで見たなかで一番豪華な"特別な住まい"である。
…というわけで、最初はその"豪華さ"に目を奪われて、呆気にとらわれていたのだけど、しばらくするとふと疑問が沸いてくる。そこで声を潜めつつ、Cさんに"あの〜。確かにものすごく豪華だと思うし、素晴らしいと思うのだけど、この豪華さはお年寄りにとっても'嬉しい'ことなのかしら?"と質問をする。するとCさんは頷き、"うん。良い質問ね。私もそう思うわ。この施設は特に1階は雰囲気を出すために、照明が暗すぎるし、職員も口数が少ないの。グループホームは他よりも職員数が多いから'良い'とは思うけど。ほら(と廊下の片隅にある高級そうな椅子とテーブルを指差して)、この椅子を御覧なさい。普段、誰かが座っている感じでは無いわよね?"と言う。日本でもスウェーデンでも入居施設を見学していると、大抵数人の入居者に出会うものだけど、この施設の場合は居住部門の廊下を歩いている数分間、職員にも入居者にも誰にも会わなかった。全体として生活感が薄く、高級マンションのモデルルームを見学しているような印象。
その印象を口にしたところ、Cさんは"この施設がある地区も他の(Cさんの勤務する)地区も、まずは公立の施設から利用するのが基本方針なの。だから、この豪華な施設は空室が多くなっているのよ"と説明してくれる。私立"といえども、利用の際には同じように"ニーズ査定員"の"入居決定"が必要だし、入居者が支払う家賃も他の公立の"特別な住まい"と変わらない。その差額は地区の負担分に跳ね返ってくることになる。この施設の"売り"は、ほとんどの部屋の窓から海が見えることで、それ故にこの施設を好む高齢者や家族も多いそうである。実習先の地区から越境して、ミドルステイしている高齢者の1人を地区内のショートステイ施設に移動しようとしたら、その"ニーズ査定員"の"決定"を本人が拒否し、裁判所に申し立てを行ったそうである。ただ裁判所は、"ニーズ査定員の決定が正しい"と判決したので、近日中に移動が行われるとのこと。入居の場合でもショートステイの場合でも、同市内でも地区を越境して施設を利用すると元々の居住地区が費用を負担するので高くつくのだそうで、Cさんは"つまりはお金の問題なのよ"と呟いていた。
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20030302:one-thouthand and first day
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出国247日目。写真は数日前の夕暮れの様子。
This picture is the sunset a few days ago. Today, I stayed in my flat the whole day and cleaned the kitchen, washing cloths and studied.
今日は終日部屋に籠もり、気になっていた部屋の掃除を一部だけ済ませ、1週間分の洗濯を行う。今週末は何となく"ぼ〜っ"と無駄に時間を費やすことが多く、勉強はあまり捗らなかったし、溜まっているメールの返事もほとんど書けなかった。最低限しなくてはならないと思っていた実習中につけているノートの清書だけは片付いたので、良いことにする。
20030225に読み始めた佐藤郁哉"組織と経営について知るための実践フィールドワーク入門"(2002, 有斐閣)を一昨日読了する。非常に良いタイミングで読めたのが有難い。実習とは単なる現場体験だけではなく、短期間とはいえまさしく"フィールドワーク"なのだから。"フィールドワーク"として自覚した上で取り組むことで、今後の論文に少しでも"論理的"に生かせるようにしたい。ただ問題なのは、本書でも指摘されているように、日本では質的調査(定性調査)が"科学的"と認められない風潮があることだ。20021209に書いているように、この件は先日の"Social work research and research method"のコースでつくづく感じたことだったので、強く頷きながら佐藤(2002)の該当箇所を読んだのだった。
おまけの話題。プリンタが壊れたために、急遽送ってもらった兄のお下がりのcanon bjc-80vを設定。ようやく印刷可能な環境に戻れて、嬉しい。canonのサイトからドライバを落としてインストールしたのだけど、microsoftのWHQLを取得していないらしく途中で"ロゴが云々"の注意が表示される。どうでもいいけど、知らない場合にはここで素直に"キャンセル"して結局インストールできない場合があるのではないのだろうか?いや、本当にどうでもいい話だけど(笑)
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20030301:one-thouthandth day
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出国246日目。写真は"Hagakyrukan(ハガ教会)"の様子。
This picture is "Hagakyrukan(the Haga church)". Today, I went to cut my hair. It had been longer and irritated me when I studied.
先週は寒いけれど晴天が続いていて春の訪れを感じていたけど、昨日からまた真冬のような曇天。しかも気温は−5〜−7度と冷え込んでいる。今日などは風花のような雪が散らついていた。20030202頃に降った大雪が未だ溶けずに大量に残っているし、運河の支流も完全凍結。相変わらず寒さを楽しめるのが嬉しい。
今日は2ヶ月前から予約していた美容院に行き、髪を切る。さっぱり。その後で、ようやく本屋さんのセール(bokrea)に行くことができた。ミカ氏に掲示板教えてもらってから、"Akademibokhandeln"と"Wettergrens"と"Bokia"と"Åhlens"のカタログだけは抜け目なく全部集めて、眺めて楽しんでいたものの、先週はとても行く余裕がなかった。何店舗がぐるぐる廻り、書店巡りを堪能。探している本は見つからなかったし、最大の狙い目だった学術専門書専門のVasagatanの"Akademibokhandeln"が到着時には閉店していたため、色々悩みはしたけど購入には至らず。再販制度がないために、書店によって書籍の値段が異なるのも驚きだけど、この本のセールも嬉しい吃驚。美容院や床屋の値段も一律の取り決めなどなく店舗によって大幅に異なるし、その点ではスウェーデンの方が日本より資本主義の原則に忠実ともいえる。
閑話休題。今回の実習で改めて実感したことのひとつは、予想外に家族介護の重要性が高いということ。日本のいわゆる"北欧礼賛派"の人々は"公共部門が全てのサービスを提供しており、家族介護は必要ない"というような表現をとることがあるし、逆に"北欧批判派"の決まり文句のひとつには"福祉国家の発展は家族の絆を脆くする"というのがあると理解しているけど、私が実習で見ている限り、両方とも実態と異なる。
家族介護の負担増は近年の"福祉国家の変節""高齢者福祉政策の転換"の象徴として、多くの研究者から批判されているし、おそらくそれは事実なのだろう。その評価はさておき、とにかく私が先週にCさんやIさんと同行訪問した限り、半数以上の場合には配偶者もしくは息子/娘が同席していた。また"家族介護手当(hemvårdsbidrag, home care allowance)"や、正式名称は未確認だけど、家族介護者を市が雇用する制度などを利用しているヒトも多いという。Gun-Britt Trydegård"Tradition, Change, and Varition: past and present trends in public old-age care"(2000, Stockholm University Department of Social Work)の調査によれば、当然のことながら"特別な住宅"の入居者より一般住宅の高齢者の方が多くの家族介護を受けているという結果が出ている。また家族介護の担い手のほとんどが女性であることは、数々の研究が明らかにしており、私が先週目にした現実もその通りだ。これらの特徴は、日本と共通していると思う。
日本と異なるのは、第1に、家族介護の場合でも配偶者以外との同居率は圧倒的に少ないということ。つまり、息子や娘が介護者となる場合には通いで介護するということである。これはおそらく親子の良好な関係を維持するために、重要だと思う。可能にしている背景としては、もちろん高齢者の独居を支える様々な政策とサービスの他に、仕事と介護を両立する政策があるといえる。例えば、私自身の経験や勤務先の介護支援専門員(ケアマネージャー)さんたちを見ている限りでは、介護者やキーパーソンである息子や娘が働いていて同席を求める/希望される場合は、彼らが仕事を休めないために、夕方か夜間もしくは週末の訪問にならざるを得ないことが多い。一方、CさんやIさんが訪問するのは平日の10:00−16:00であり、その際の訪問に息子や娘が同席しているのである。昨日の午前中にCさんとともに、全く介護を必要としない独居高齢女性が"安全アラーム"だけを希望したので訪問したときに、Göteborgからかなり離れたところに住む息子と娘の両方が同席していたので、内心吃驚した。家族介護休暇は、単に、ニーズ査定員の訪問を受ける際にも利用可能なのだろうか?それとも有給休暇を使っているのだろうか?
第2に、息子の妻が主要介護者となることは少ないということである。先週の訪問では一度も息子の妻の同席がなかったので、Cさんに"スウェーデンでは息子の妻が介護をすることはないの?"と尋ねたところ、"ごく稀だけどあるわよ"という返事。"Cさんの担当のなかには、息子の妻が主要な介護者になっている高齢者が何人いる?"と聞くと、"う〜ん、そうねえ。1人かしら?"という。重ねて"そのヒトって生粋のスウェーデン人?移民じゃなくて?"と聞くと、"うん。生粋のスウェーデン人よ。ただその家庭は、息子が小さい頃にその母親が辛くあたったみたいで、息子との関係がものすごく悪いのね。それで息子は'絶対に自分は面倒は見ない'と言っているの。さらにその介護者である息子の奥さんは看護婦なので、とても上手に介護をしているわよ"という。"どこでも家族問題が複雑なのは同じだな〜"と思いつつ、ついでに"その奥さんって市に雇用されてるの?それとも自分で働いているの?"と質問をすると、Cさんは"介護者としてではなく、看護婦として他所で働いているわよ"ということであった。
私の知る限りで、日本と比べた場合、スウェーデンでは家族の有無や家族の勤務状況が介護を必要とする高齢者の生活状況に与える影響は少ない、といえるとは思う。ただ"どれだけ長く一般の住宅で暮らし続けられるか?"という点になると、やはり家族の有無や家族介護の状況が大きな要因になることも間違いなさそうな印象である。さて、この辺りの"印象"をどのように論理的に入れ込んでいけるかな?
おまけの話題。ところで今日で私が他所でweb日記を開始してから1000日目になる模様。空白の4日間があるにしても、一応毎日書き通してきたので、まさしく"塵も積もれば山となる"な感じ。当初から読んでくれている数人の親しい友人たちの皆さん、ありがとう。ただ、計算が間違っている可能性は高いのだけどね(笑)
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