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20030331:one-thouthand and twenty-eighth day
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出国276日目。写真は徹夜明けにまぶしい朝日の様子。
This picture is the the morning sun in this morning. Today, I stayed in my flat the whole day, and struggled to write the assignment about the field study.
実習期間中は、もちろん英語を話してはいたけれど、英文の論文を読んだり書いたりする機会は少なかったので、"英文レポートを書く"という行為の感覚が取り戻せずに、激しく苦闘する。普段心がけていた"英文論文を読みながら、重要な箇所はノートに書き写す"ことが、如何に自分の助けになっていたかを実感。来週からは再開しなくては、と固く決意した所存。
苦しみながら書き連ねて、一応結論までたどり着いたものの、枚数が多すぎるし、内容もまとまりがない。あう。メールによる明日の提出までに修正を行わなくては…。結局徹夜し、24時間以上連続稼動したので、日にちの感覚が混乱の極み。2時間の仮眠後、所用により少しだけ外出したところ、夏のような青空と陽射しの強さに完敗(笑)
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20030330:one-thouthand and twenty-seventh day
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出国275日目。写真は"Liseberg"にある300年前の農家の様子。
This picture is the farmhouse which built 300 years ago at "Liseberg". In this early morning, it is shift to the summer time. I forget it until my friend told me on my bbs. I stayed in my flat the whole day, and struggled to write the assignment about the field study.
この農家は、元々はGöteborg から100kmくらい離れた場所にあった建物を、保存のために移築してきたのだそうだ。天井や戸口の高さが非常に低く、昔のスウェーデン人はおそらく小柄だったことが想像できる。現在は、特定のサークルのクラブハウスとして用いられているとのことで、自由に中に入ることは不可能だけど、外見だけなら誰でも見学可能。高台にあるので、景色もそれなりに良い感じなのだ。
欧州は、今日から夏時間に突入。村田先生のサイトにて掲載されている"デジタル佐藤メモ"によると、"午前2時から3時までの1時間が2回あることになる"とのこと。先週は"そろそろだなあ"と思っていたのに、肝心の今日はすっかり忘れていて、掲示板のミカさんの書き込みを読んで慌てる。使用している"vaio pcg-vx7/bd"の時計は自動的に変更済みであった。設定してあるので当然だけど、偉い。日本との時差は8時間から7時間になり、何となく少し近くなった気分になる(笑)
実習のレポート提出と発表が来週に予定されているので、終日部屋に籠もり格闘。さすがに疲れが出てきたのか、全く集中できずにただ時間だけが過ぎていく。効率悪いこと、この上ない。"いっそ今日は休みにして、気分転換を図れば良かった"と気づいたときには、既に夜になっていたのだった。とほほ。
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20030329:one-thouthand and twenty-sixth day
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出国274日目。写真は"Liseberg"にある風車の様子。
This picture is the windmill at "Liseberg". In this morning, I slept over untill the noon. Then, I went to shopping, did laundry and studied a little.
路面電車の3ヶ月定期券が昨日までだったので、昼過ぎに中心街まで外出し購入する。今日から3ヶ月で、ちょうど帰国予定日の20030628までになるので、少々感慨深い。帰国するときにもこの定期券を使って、空港バスの出ている中央駅まで向かいたいなと思う。
最近ときどき、上着やカバンに反戦バッジをつけて歩いているヒトを見かけることがあり、どこで入手できるのかなと思っていた。すると、"Brunnsparken"に学生たちが机を出して、Tシャツなどと共にそのバッジを売っているのを発見。"いくらなの?"と聞くと、"10sek"とのこと。購入決定。黄色の地に、赤い縁取り、中央にミサイルの絵があり、斜めに横切った赤い線のなかに"戦争を止めろ(Stoppa Kriget)"の文字。私が見ている間にも次々と買っていくヒトがいた。
基本的に今回の戦争反対派が主流のスウェーデンに対し、"North Atlantic Treaty Organisation(NATO)"加盟国であり、既に自軍を出兵しているデンマークではかなり状況が異なる模様。"Sveriges Radio"の英語ニュースを読んでいて目を疑ってしまったのだけど、Vagn Greve氏というコペンハーゲン大学(Københavns Universitet, the University of Copenhagen)の犯罪学の教授が、反戦のデモを行ったり、デンマークの報道機関が"敵"であるSaddam Husseinの演説を印刷したり、放送することは、法律に反するという見解を明らかにしたとのことである。つまりデンマーク政府が決定した戦争参加について反対するモノは、"敵"とみなされ16年の禁固刑になるのだそうだ。
確かに、選挙という"民主的"な手段で国民の代表として選ばれたのだから、政府決定が全国民の意思ということはできるだろう、理論的には。また、私にはデンマークの現状は分からないから、もしかするとアラブ系の移民や難民が危険なデモなどを行っており、無用な混乱を防ぐための発言なのかもしれない。さらに、デモ参加者が逮捕されるなどという事件は報道されていないから、実際には適用されていないのだろう。それでも、他国よりも"民主的"だと理解していた"北欧"の国でこのような言論統制が生じることは、あまりに予想外で吃驚。"北欧諸国"と一括りにされていても、良し悪しは別にして、実際のところは国によって随分と異なるのだと改めて認識する。
ところで、ふと疑問に思ったのだけど、私がデンマークに留学しており、反戦の意思を自サイトで表明した場合、それはやはり違法になるのだろうか?デンマーク人が同じことを行ったら、どうなるのだろう?internetと国籍って対照的な概念だけど、internet上のサイトの国籍って、どこにあるのかな。作成者の国籍?domainの国籍?まさかserverのある場所なんてことはないよね?
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20030328:one-thouthand and twenty-fifth day
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出国273日目。写真は霧に包まれたとある通りの様子。
This picture is taken on a street in this morning. Today was the last day for me in the field placement. My super visors and other staffs were very kind for me and I thank them very much. I will never forget these 5 weeks and hope to see them again.
今日は、実習最後の日だった。午前中はある"老人ホーム(ålderdomshem, the old people's home)"の運営責任者にインタビューを行う。6人中5人のインタビューを実習期間中に終了できたのは、何よりもCさんとIさんが調整してくれたおかげなので、とても幸運だったと思う。その後で、Iさんと共に最後の同行訪問。"訪問看護センター(hemsjuk vården, the home medical care)"からの依頼で、癌を患っている一人暮らしの男性の自宅への初回訪問である。当面は"安全アラーム(trygghetstelefon, security alarm)"のみの申請を希望するとのこと。まだきちんと整理していないけど、5週間の実習期間中に行ったCさんとIさんとの同行訪問のうち、"安全アラーム"の申請希望が占めている割合はかなり大きいように思う。
午後は、ホームヘルパーチームの職員管理責任者に質問をする機会に恵まれる。20030306と20030311に行ったヘルパーさんとの同行訪問で気になっていた洗濯援助、食事援助、記録などの点などについて、話を聞く。実際の業務上の調整はヘルパーチーム毎のリーダーが責任を負うので、彼女は主にチームでは解決できない問題の調整や、病欠時の代わりの職員の手配、チームに対する教育やsuper visingなどを担当する。彼女にはインタビューを行う予定はなかったのだけど、インタビュー用の質問の中からいくつかを尋ねてみたところ、非常に興味深い回答を得ることができた。
彼女は、実習先の全チーム合計90人以上のホームヘルパーを担当しているので、スウェーデンの基準では、かなり業務過剰の様子。業務過剰になると、体調を崩すことになり、結局非効率になる、というのがスウェーデン式三段論法であることを今回の実習で発見したのだけど、彼女の業務を2人で担当することが現在検討中らしい。個人の生活における"仕事"の位置づけは、日本とスウェーデンで非常に大きく異なると実感している。
ちなみに昨日のワッフルパーティのときに、ひとりの男性が中心になってワッフルを料理していた。Iさんが、"シノ、日本でも男性が料理をするのは普通のコト?"と聞いてきたので、"若い世代は変わりつつあるけど、一般的には、やはり女性が料理やその他の家事を行っていると思うわ"と答えたところ、Iさんは"では子どもの世話は誰がするの?"と聞いてきたので、"うん、それも女性が中心だわ"と答えた。すると当然Iさんは"う〜ん。それでは女性の負担が大きすぎるわね。日本の女性は可哀相だわ"と全く納得できない様子。そこで私が"でもね、男性も可哀相なのよ。何故なら、彼らは夜中の22:00〜23:00まで会社で働かなくてはならないことが多いし、時には24:00過ぎになることもあるのよ"と伝える。するとIさんは"そんなの人生じゃないわ!!(It's not a life!!)"と、ほとんど悲鳴に近い声で言ったのである。
実習最終日の最後の時間は、CさんとIさんと話して終わりにしたいと希望してあったので、3人で話し合う。20030221の事前打合せのときに持参した7項目の質問を手に、自分が得た回答が正しいかどうか、またさらに疑問に感じたことなどの確認を行わせてもらう。あの日、Cさんに"とにかく沢山質問してね"と言われたのに安心して、この5週間に私が彼らにぶつけた細々とした質問は数百に上がると思う。それらの全てに丁寧に説明してくれた2人の親切には感謝してもしきれない。当面知りたいことは全て聞いた後で、2人から"何か質問を思いついたら、メールでも電話でもすぐに頂戴ね"という有難いコトバを貰い、"ああ、終わってしまったなあ"と思っていたら、"はい、コレは私たちから"とカードとöbarna med Taube"Vals och ballader"というCDを頂いてしまった。危うく泣きそうになりながら、私も用意していった手ぬぐいとカードを渡す。テキスタイル好きなスウェーデン人に手ぬぐいを贈ると、大抵喜んでもらえるのだけど、彼らもとても感激してくれて"え?これがタオルなの?私は机に敷いて飾るわ"と言ってくれた。
その後、15:00の珈琲ブレイクまで一緒に過ごさせてもらって、実習先を後にした。珈琲ブレイクのときには、CさんとIさん以外のヒトからも暖かいコトバをかけてもらって、感激。たった5週間、たった1地区だけ見ただけでどれだけ理解できたのかは自信ないけれど、それでも今後の勉強と仕事上の両方における重要な知識と視点を得ることができたことには、疑いはない。実習先でお世話になった皆さんに報いるためには、今回の経験をどのように活かし、さらに他のヒトたちにどのように伝えていくかが次の課題になる。
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20030327:one-thouthand and twenty-fourth day
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出国272日目。写真は山のように積まれたワッフルの様子。
This picture is the piles of waffles. Today, my sypervisor invited me to the small party with her friends. They are the members of the Swedish taraditional dance club. They were very kind for me and I enjoyed it very much.
今日は、"訪問看護センター(hemsjuk vården, the home medical care)"での実習。午前中は、通院ができない成人の自宅を訪問する看護士(distriktssköterska, district nurse)のAさんと同行訪問を行う。スウェーデンの看護士は3段階に分かれており、最も基本となるのが"undersköterska, assistant nurse"であり、高校レベルでの3年間の教育が必要になる。彼らは、採血以外の医療行為を行うことができない。また例えば"今日は具合が良さそうだから、この薬は不要"などと判断してはならず、医師や上級看護士の指示によって看護を行わなくてはならない。"特別な住宅(särskilda boendeformer, special accomodations)"の介護職員やホームヘルパーの多くはこの教育を受けているが、必須ではない。このために高齢者対象の介護職員は低い社会的地位と見なされており、給与レベルも低いために人材が集まらず、実習先の地区では大きな問題となっている。一方、今日の実習先である"訪問看護センター"でも多くの"undersköterska"が訪問看護士として働いている。同じ教育を受けていても"特別な住宅"の介護職員やホームヘルパーさんとは、随分と印象が異なっていたので"それは何故なのかしら?"とAさんに質問したところ、"'訪問看護センター'では経験豊かな'undersköterska'だけを雇っているし、加えて短期の研修や教育を受けている場合が多いのよ"と教えてくれた。
"undersköterska"の教育を終了し、さらに大学で3年間の教育を受けると"sjuksköteska, nurse"となることができる。これが最も一般的な"看護士"である。"特別な住宅"の運営責任者はこの教育を受けた後で、組織運営論やリーダシップ論などの科目を履修している場合が多い様子。"sjuksköteska"が行うことができる医療行為は、もちろん"undersköterska"よりも多く、例えば筋肉注射以外の注射を行うことが許されているとのこと。
"sjuksköteska"の教育の後は、専門的な看護士になるための教育があり、例えば"distriktssköterska, district nurse"や、手術室担当の看護士、助産士などのコースに分かれている。この教育は1.5年間とのことである。"訪問看護センター"には多くの"瑞語不明, district nurse"が働いており、Aさんもそのうちの1人ということになる。彼らは、筋肉注射などの深い注射も行うことができ、限定された範囲において自分自身で必要な薬を判断すること、また下位の看護士に指示を与えることができる。この教育を受けたAさんたちは、"訪問看護センター"やその他の医療機関や、学校などで働くことができるとのことである。
そのAさんとともに5軒の訪問を行い、内4軒が糖尿病治療関係。甘いものの好きなスウェーデン人はやはり糖尿病が多いらしい。高齢者だけではなく、"通院不可能な成人"を対象としているために、40代の患者さんにも会う。彼は、多発性硬化症(MS)であり、週に1度注射を受けている。妻と他に1人のパーソナルアシスタントを雇っており、訪問時にも全員が揃っていた。スウェーデン人が英語に堪能とはいえ、主要第2外国語が独語であった時代の教育を受けている高齢者はほとんど英語を話せない。ところがこの男性と妻は英語を話すことができたので、私が日本で高齢者のための社会福祉職だと自己紹介すると、日本の状況やスウェーデンの高齢者福祉に関する質問をたくさん聞いてきた。正直な印象などを話した後で、少々意地悪な質問だよな〜と自覚しつつ、"家族の雇用が認められていることで、家族に介護を強要しているという意見も聞きましたがどう思いますか?"とパーソナルアシスタントである彼の妻に聞いてみた。すると彼女は、"いいえ、私はそうは思わないわ。何故って、私は以前にvolvoに勤めていたけど、そのときには仕事と帰宅後の彼の介護で大変だったわ。だけど今は彼と一緒にいることで仕事になるから、とても良い制度だと思うわ"と話してくれた。
午後は、"理学療法士(PAT, PT)"のPさんと2軒の同行訪問。1軒目は"作業療法士(AT, OT)"を経由した依頼で"自転車型の訓練機で訓練したい"という希望のあった女性に、自転車のペダル部分だけの訓練機を持参する。彼女の自宅にある椅子で、実際に彼女に試してもらいながら高さやペダルの廻り方の固さなどを調整する。書類に書名を受けて1枚は彼女に預ける。不要になったら、この用紙とともに返却してもらう。2軒目は、外出時の杖が欲しいという高齢の女性に、杖を持参する。室内で簡単に高さ調整をした後で、一緒に屋外に行き、道路や土の上など実際に歩いてもらう。その場で高さを再調整。室内に戻り、同じく用紙にサインをしてもらう。
日本では時々高さの合っていない杖をついている高齢者を見かけることがあるのだけど、スウェーデンではそのようなことがないのは何故だろうと思っていた。今日のPさんとの同行訪問でその謎が解けたことになる。つまり必要なときには電話一本で理学療法士に自宅訪問を依頼でき、彼らがきちんと適切な種類の機器を選び、高さなどを調整するのだから、当然なのだ。使っている途中で不都合が生じた場合にも、また電話すれば良いだけ。しかも住宅改造も、車両改造も、このような機器の貸出も一切自己負担なしである。
ちなみに自宅の場合も、"特別な住宅"の場合も、オムツの種類やサイズは"distriktssköterska, district nurse"が判断することになっているそうである。さらにこれは20030312の実習で聞いたことだけど、転落防止のためにベッド柵をあげるためには、医師の指示が必要とのこと。細かいことだけど、日本には全くない発想である。
実習の後は、Iさんの招待により彼女が属している伝統ダンスのサークルのワッフルパーティに参加。Iさん夫妻が車で自宅まで迎えに来てくれ、どこに行くのかと思っていたら、"Liseberg"へ。"Liseberg"の正面入口右手にある風車の横には300年前の農家が移築されたという建物があり、特別なサークルのクラブハウスとなっているのだそうだ。早めに到着したので、ダンスサークルの年配の男性たちとともに会場設営を手伝いながら、話をしたり。host fatherにいつも感じていることだけど、スウェーデンの知的階層の年配の男性は、ユーモアとウィットに満ちていて、穏やかでとても素敵だなあと思う。大学関係者や社会福祉関係者以外のスウェーデン人と会う機会は少ないので、とても楽しい時間を過ごすことが出来た。ワッフルにはジャムや生クリームをたっぷりつけて食べているので、Iさんに"何でスウェーデンで糖尿病が多いか分かったわ"と耳元で囁くと、彼女は大爆笑していた(笑)
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20030326:one-thouthand and twenty-third day
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出国271日目。写真はとある老人ホームの内部の光景。
This picture is taken at an old people's home. In this morning, my supervisor and I visited an old man who is alcholic. He fell down at home on the last sunday and did not call by the security alarm.
今日の午後はCさんの調整により、写真を撮影した"老人ホーム(ålderdomshem, the old people's home)"の運営責任者にインタビューを行う。最上階にある彼女のオフィスに行くためにエレベーターに乗ったのだけど、折りたたみ式の小さな椅子が備わっている。他の老人ホームでも見かけたことがあり、そのときも名案だと思ったのだ。
例えば、下りのエレベータでバランスを崩す可能性のある入居者や、外出から帰って来て、エレベーターの中で座りたい場合などにも便利なのではないだろうか。また職員が荷物を運ぶときにも、床に置かずにこの椅子に置くことができると、上げ下げが楽だろう。折りたたみ式のために、不要なときには場所もとらない。
この類の件で特に印象深いのは、トイレに設置されている非常用ボタンの配置である。日本でも車椅子用トイレを中心に、公共建築物のトイレには具合が悪くなった際の非常用のボタンが設置されているけど、ほとんどの場合、腰高の位置に1箇所だけである。ところが、スウェーデンの場合は、設置してある場合には必ず、腰高と床上約10cmの高さの2箇所に設置されている。時には、3箇所以上に設置されいる場合もある。知人に教えてもらったところによると、転倒時に押すことを可能にするため、また杖などでも押すことができるようにするために、床上約10cmの高さに設置されているのだという。
エレベーター内の椅子にせよ、非常用ボタンにせよ、実際にどのくらいの利用があるのかは不明だけど、このような細かい設備面での工夫については、スウェーデンは日本に比べて格段に充実していると思う。
設備面の充実は、"他人の手を借りる"機会を減らすことを可能にするのであり、その背景には、人口密度の低さと人件費の高さ、人手不足などがあるかもしれない。ただ街で見かけたり、実習中に出会うスウェーデンの高齢者は、非常に独立心が高く、"出来る限り自分の手で自分の生活を維持すること"に誇りを持って過ごしているように感じる。その独立心の強さは、一方で他人との関わりの機会を減らし、"寂しさ"という別の問題に繋がっていくのだけど、これはまた別の対応により解決されなくてはならない問題である。"他人の手を借りる"という行為は、本人の行動の範囲や生活上の選択の範囲を狭めることに帰結するので、"出来る限り自分の手で自分の生活を維持すること"を支える環境や設備の整備は、"生活の質(quality of life)"の向上を可能にするのだと思う。
おまけの話題。"nifty serve"時代から利用している"@nifty"がmail serverの仕様を変更して、会員種別の変更を迫ってくる。このままだと不都合が起こりそうなので、仕方なく種別変更を行った。ということで、"@nifty"で持っているmail addressは"@nifty.ne.jp"から"@nifty.com"に変更になった。ただし、"@nifty.ne.jp"宛に送信いただいても、ちゃんと転送されるので問題なし。当然、公開している"shino@s.design.co.jp"等の他のmail addressには一切関係なし。為念。それにしても昨年末に知人から相談を受けて対応した"so-net"のu-pageからu-page+への強制移行といい、プロバイダ側の事情による変更を半ば強制されるのは、何となく納得がいかないのだ。
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20030325:one-thouthand and twenty-third day
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出国270日目。写真はとある通りの光景。
This picture is taken on a street in Göteborg. In this morning, I attended with the nurse who takes care of an old people's home and two group home for the intellectual handicapped.
今日の午前中は、以前からの希望により、施設を巡回している看護士さんのひとりに同行訪問を行う。高齢者や障碍者の自宅を訪問する訪問看護士は近隣地区と合同のステーション(hemsjukvård, home medical care)に詰めており、Göteborg市(kommun, municipality )の管轄だけど、彼らは地区役所の管轄になっており地区役所内に詰め所を構えている。高齢者と障碍者を対象とする"特別な住宅(särskilda boendeformer, special accomodations)"のうち看護士が常駐している1施設を除き、150名以上の入居者全員を3人で担当しているという。
"社会福祉小六法2002"(ミネルヴァ書房, 2002)に掲載されている"特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準"第12条4項ロ(4)によると、"入所者の数が130を超える特別養護老人ホームに超える特別養護老人ホームにあっては、常勤換算で、3に、入所者の数が130を超えて50又はその端数を増すごとに1を加えて得た数以上"とあるので、担当している人数的には、日本の特別養護老人ホームの看護士の配置基準と同様といえる。ただ大きく異なるのは、特別養護老人ホームでは看護士が同じ建物内に勤務しているのに対し、彼らは週2日ごと数時間ずつ各施設を訪問し、介護職には行うことができない特別な処置を行ったり、希望に応じて本人や家族と話し合いを行うことである。
例えば、今日の同行訪問では、まず成人のダウン症患者を対象としたグループホームに行き、採血。次に、知的障碍者対象のグループホームに住んでおり日中はデイケアに通っている利用者のところへ行き、採血。さらに、ある"老人ホーム(ålderdomshem, the old people's home)"を訪れ、褥瘡(床ずれ)の処置。医師の指示に従い、既に処方されている薬の入れ替え。あまりゆっくりと質問を行う時間がなかったので、介護職が行えない医療行為について明確な線引きを把握できなかったのが残念。
老人ホームで褥瘡の処置を行った高齢者は、もともとパーキンソン病で先週高熱を出し急激に悪化したとのことであったが、肩に小さく1箇所、最も出来易い仙骨部に直径2cmくらいでかなり深いのが1箇所、踵に1箇所の計3箇所の褥瘡があり、見るからに痛々しかった。さすがに、エアーマット(横溝型)が敷かれていたし、体位交換も行われている様子だったけど、体位交換用のクッションなどはなくタオルを丸めて足にはさんでいる状態だったのは、予想外のことだった。
ここまでの実習の体験から、介護度の重い高齢者に対する対応はおそらくスウェーデンよりも日本の方が整っているような印象がある。もちろんスウェーデンの施設も色々だし、日本の施設も差は大きいので、一概には言えないことは重々承知しているけれど。
おまけの話題。本日、日本から宝箱が届く。久しぶりに堪能。気になっていた物語の結末を読むことができて、幸せ(笑)
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20030324:one-thouthand and twenty-second day
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出国269日目。写真はとある通りの光景。
This picture is taken on a street in Göteborg. In this morning, I would attend with the chief of an old people's home, but she was absent because of sick. Instead, I attended at the meeting about the short stays.
昨日までの晴天とは打って変わって晩秋のような曇天。三寒四温ではないけれど、周期的に天気が変わっているような印象。冬中愛用していた厚手のコートの裏地ははずしたものの、コート自体を手放せる日はいつ来るのだろう。気持ちが引き締まるので好きだった冬の厳しい寒さが去ってしまったので、次は春への移行を楽しんでいる(笑)
気が付いてみれば、あっという間に4週間が過ぎ、実習も最後の週となってしまった。今日の午前中は、とある"老人ホーム("åderdomshem, the old people's home)"の運営責任者と行動をともにする予定が、彼女が病気で欠勤してしまったので、通常通り月曜定例のショートステイに関する打ち合わせに同席。スウェーデンへの批判として度々指摘される、疾病保障が整っていることによる欠勤率の多さ("absentism")は"ない"とする調査結果を数ヶ月前にどこかの研究論文にて読んだけど、実習先での印象ではやはり欠勤は多いのではないか、と思う。
例えば、実習先の高齢者福祉部では約15名が勤務しているけど、各個室の入り口にあるホワイトボードの少なくとも1ヶ所には"病気(sjuk, sick)"と書かれているのを、ほとんど毎日のように目にする。また、とある"痴呆症高齢者対象グループホーム(gruppboende för ålderdomsdimenta, group home for the dementia)"の介護職員に勤務人数を聞いたときには、"日中は5人ということになっているけど、病欠のために大抵は4〜3人"という答えが返ってきたのである。これらが"疾病保障が整っていることによる"のか、もしくは他の要因によるのかは分からないけど、少なくとも日本と比べて、"調子の悪いときには休む"ことが気軽に行われている状況だとは言えるだろう。
ショートステイの打ち合わせのときに、夏期休暇の希望調査と調整が行われていた。"高齢者担当ニーズ査定員(biståndabedömare, need's assessment officer)"は業務の性質上、一斉に休暇をとることができないので、お互いの希望状況を見ながら、調整していく。丁度、夏期休暇の調整時期であるらしく、20030306に実習をさせてもらったCさんの地区担当のホームヘルプチームでも、20030311に実習を行ったIさんの地区担当のホームヘルプチームでも、20030312に実習を行った老人ホームでも、同様の希望調査と調整が図られていた。
私自身の勤務先でも同様の調整は行われているので、"どこでも同じようなのだなあ"と感じたのだけど、大きく違うのは私の職場では"○月×日から△日間"で希望を出すのに対し、彼らは"○週間"で希望を出していること。基本的には、第24週目から第35週目、つまり6月第2週から8月最終週までの間で、3〜5週間の休暇をとるのである。常勤の場合(?)は、土日を除く休暇として5週間(25日間)の休暇が保障されているので、多くの場合は夏期休暇に3〜4週間を当て、残りを病気やその他の事情のために確保しておくとのこと。
隣に座っていたニーズ査定員から"シノ、日本では夏期休暇は何週間取れるの?"と聞かれたので、"う〜ん。会社や組織にもよるけど、5日間から長くても2週間程度だと思うわ"と答えた。すると"え?他の時期に休みをとるということ?年間で何日間休暇があるの?"と重ねて質問を受けたので、"そうねえ。多くのヒトは年末年始に数日間の休みを取るわね。年間の休日日数は会社や組織、立場によってかなり異なると思うけど…。私の勤務先の組織の場合は、社会福祉の機関としてはかなり恵まれていて、土日の代わりに4週間に8日間の休日、祝日祭日の代わりの年間12日間の特別な休日、その他に勤務年数によって日数が異なる有給の休暇があるわ。この有給休暇は法律で最高20日間と定められているけれど、私の職場では病気や緊急の事情以外で利用するヒトは少ないし、一般的にも全日数を利用するヒトはあまりいないと思うわ"と、説明を試みる。
この会話の途中から出席していたニーズ査定員及び高齢者福祉部長の全員の関心を引いていたようで、みんな口々に"なんで休暇があるのに、休めないの〜?"と言っており、全く理解できない様子。"いやそんな、なんでと言われても…"と内心思いつつ、仕方がないので"う〜ん。私もはっきりとは分からないけど、それが慣習なのよ"と、とりあえずぼやかしておいた。
ちなみに数週間前に、Cさんに1日の就業時間に関して質問をされて、サービス残業について説明したときも、全く理解の範疇にないという表情で"信じられない"とつぶやかれたのであった(笑)
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20030323:one-thouthand and twenty-first day
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出国268日目。写真は運河の支流に落ちたチラシを拾う警察官の様子。
This picture is the police who is taking up fliers. Today, I woke up at noon and stayed at my flat the all day. In the evening, I tryed audio-typing with the cassette which was recorded the formal interview on the last Friday.
昨夜は、同じ学生アパートの斜め向かいの部屋に住む中国人の友人とその隣室に住むフィリピン人の友人とともに、餃子を作成した。中国人の友人が皮を作り、私たちが具を詰める。私がいつも使う市販の皮と違い、彼女の手作りの皮は非常に柔らかくて、なかなか扱いが難しい。フィリピン人の友人に至っては、餃子を作ること自体が初めてなので、粉だらけになりながら悪戦苦闘。
途中で、"小林サッカー"に登場するとある場面のことが頭に浮かんだので、中国人の友人に"見たことある?"と尋ねてみる。すると"題名は知っているけど、見たことはない"という。ちょうど手元にはDVDがあるので、今度一緒に見ることにする。ただし中国語台詞の日本語字幕なので、彼女がフィリピン人の友人のために通訳をすることに。泣いても笑っても、このような生活はあと3ヶ月ちょっとの間だけなのだ。
一昨日に行ったIさんに対するインタビューのテープ起こしに取り組む。彼女の声が細いので、非常に聞き取り難く、苦闘を重ねる。やはり録音に頼らず、きちんと書き取りながらインタビューを行わなくては、と認識。ただ、それを実現することの難しさも、2回のインタビューを通して実感している。仕事として取材を行う人々の大変さを推察してみたり(笑)
おまけの話題。以前に使っていたプリンタ(canon BJC-35v)、host familyから借りているラジカセ(sony MHC-2800)のCDプレイヤー機能に続いて、持参したMD walkman(sony MZ-R900)のイヤフォンが壊れた。右耳のコードが断線するという中途半端な壊れ方で、左耳は利用可能。片耳だけで聞いていると、聴覚機能を痛めること必至なので、何とかしなくては…。ついでに、兄から送ってもらった代替用プリンタ(canon BJC-80v)まで調子が悪くなる。とほほ。
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20030322:one-thouthand and twenty-first day
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出国267日目。写真は"Gustav Adolfs torg"に集まったデモ参加者の様子。
This picture is people who joined to the demonstaration against the attacks in Iraq. After a fwew minutes, the demonstaration started to move towards "Göta platsen".
20030320に合気道のコースでスウェーデン人の女のコから話を聞いたデモ行進を、見学に行く。到着したのは開始時間の30分後だったので、"もう動き出してしまっていないかな"と思っていたのだけど、乗っていた路面電車が角を曲がった途端、"Gustav Adolfs torg"周辺がヒトで埋め尽くされているのが目に飛び込んできた。"Gustav Adolfs torg"は市の最も中心にある広場で、道を挟み写真右側には"Brunnsparken"という路面電車やバスの中心駅となっている別の広場がある。そして運河の両脇には道が通っているのだけど、"Gustav Adolfs torg"はもちろん、"Brunnsparken"も、運河沿いの道も、ヒトヒトヒト…。当然警官も20名くらい待機しているし、路面電車やバスの管理供給会社である"västtrafik"からも交通整理の職員が出ていた。
当初は見学だけのつもりで行ったのだけど、撮影しているうちに動き出し、周辺で見物していたヒトも次々と参加していったので、どういう風になっていくのかが知りたくなり、付いて行くことにする。手製のプラカードや国旗を持つヒトもいるけど、買物袋を手にしているヒトや、乳母車を押しながら、また自転車やバイクを押しながら、参加しているヒトも多い。国籍も年齢も様々。主催者団体側の呼びかけに応じてシュプレヒコールを挙げているヒトももちろん多いけど、お喋りしている家族連れや、道端に友達を見つけて誘っている様子の若い女のコもいる。何というか気軽な感じが非常に居心地が良くて、抜けるような青空のもと私自身はお散歩気分だった。
挙げられていたシュプレヒコールは"これから何をしようか?(Vad ska vi göra?)""戦争を止める!!
(Stoppa kriget!!)""いつ?(När?)""今!!(NU!!)""いつ、いつ、いつ?(När, när, när?)""今、今、今!!!(NU, NU, NU!!!)"というモノで、思わぬところで生きたスウェーデン語の勉強をすることになった。
"Gustav Adolfs torg"を出発した行進は、目抜き通りである"Kungsports-avenyn"を埋め尽くしながら通り、"Göta platsen"で止まった。比較的先頭付近にいたので、"Göta platsen"にある美術館の階段の上に設置された舞台の近くに陣取って、後続の行進を眺めていたのだけど、後から後から続いており、壮観な眺めであった。
舞台で演奏される音楽を聴きながら、人々の波が"Göta platsen"を埋め尽くし、"Kungsports-avenyn"の歩道に広がっていくのを眺めながら、"Göuteborgにはこんなに大勢のヒトがいたのだなあ"と変な感慨に浸る。デモの最後尾が到着するのを確認して、その場を離れた。…ところが、"Kungsports-avenyn"を途中まで戻ったところで、また新たな行進が向かってくるのに気が付き、吃驚。"Goteborgs-Posten"のサイトでは"20,000人の参加者"と報じられているけど、あれで20,000人なのかな。印象としてはもっと多いように感じたけど(笑)
なりゆきとはいえ、今回の"戦争"に反対をするデモに参加してしまったことになるけど、この瞬間も自分の生活に不可欠なものとして利用しているinternetだって歴史を遡れば、それこそアメリカの国防総省が中心となって設立した"The Defense Advanced Research Projects Agency(DARPA)"が開始した軍事目的のARPANETから始まったのだよなあ、などと考えると、"戦争はイヤだなあ"と考えること自体が非常に偽善的に思えてくる。
とはいえ、今回のアメリカの攻撃が問題になるのは、単なる「戦争反対」の観点ではなくて国連安保理の決議なしで攻撃を開始してしまったからだと理解している。アメリカ側は、200211の国連安保理決議1441号が攻撃の根拠となるとしているのだけど、全文を何回読んでも、やはりこの解釈に無理があると感じざるを得ない。例えば構成国の問題から国連安保理の決定の正当性などに疑問を提すことも可能だけど、このような枠組みが社会の秩序をかろうじて護っていると思うのだ。
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20030321:one-thouthand and twentieth day
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出国266日目。写真はとある通りで見上げた空の様子。
This picture is taken on a street in Göteborg. In this afternoon, my supervisor and I visited two old lady. One of them was crying even though her daughter take care of her very well and another lady was very happy at home even though she is alone.
今日の午前中は快晴だったので、部屋を出るときには暖かいと思っていたのだけど、一歩外に出たら強い風の吹く非常に寒い日であった。久しぶりに頬が痛くなるほどの、冷たい風であった。
午後にはIさんとともに2人の高齢女性のおうちを訪問する。最初の女性は独居だけど、近所に住んでいる娘2人が度々訪れて、彼女を助けている。彼女自身も歩行器を使用しながら歩けるし、部屋は2階だけど建物にはエレベータがあるので、おそらくひとりで外出することも可能なくらい健康的には問題がなく見える。部屋は綺麗に整えられて、きちんとセットした髪に、鮮やかなピンクのセーターを身につけ、お揃いのピンクのマニキュアで爪を飾っている。また、ペンダント型の安全アラームも首から下げており、朝食介助、ベッドメーキング、服薬援助、掃除、洗濯のホームヘルプサービスが組まれている。
日本の状況から比べれば言わずもがな、実習先で訪問した他の高齢女性と比べても、恵まれた生活環境にあると思われる彼女は、しかし自分の生活に全く満足していない。今日の訪問で、彼女は"ヘルパーが来ても服薬介助をするだけで何もしてくれない"と文句を言ったので、Iさんが"何故?"と聞くと、同席していた彼女の娘が"ヘルパーが来る前に彼女自身が行ってしまうから"と答え、彼女自身も"何故って自分でできるから…"と言ったという。彼女は"その後で必ず背中が痛くなる"とこぼしたので、Iさんが"無理をするから痛くなるのよ。ヘルパーさんにしてもらった方が良いわ"と話していた。また彼女の不平の矛先は2人の娘にも向き、"一緒に買い物に行ってくれない。あまり度々来てくれない"と嘆き、同席していた当人たちから反論の声が上がるという一幕もあった。
彼女は、おそらく自分の気持ちひとつでもっと満足して明るい気持ちで毎日を過ごすことができるだろうに、と思うのだけど、日本にもスウェーデンにもおそらく世界中のどこにでも彼女のようなヒトはいる。結局"自分を幸せにするのは自分自身でしかないのだ"と思うと同時に、彼女のようなヒトの視点を変える(契機を提供する)ことも"social work"の役割なのかな、とも考える。このことについてIさんとも話していて、"だけどヒトの気持ちを変えることは難しいことだよね…"と2人でうなってしまった。とりあえずIさんは、季節も良くなったので、ヘルパーさんたちに彼女と一緒に買い物に行くようにと連絡をする予定だということである。
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20030320:one-thouthand and nineteenth day
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出国265日目。写真は反戦デモを呼びかけるポスターの様子。
This picture is the posters which says "Stoppa kriget(Stop the war)". Here Göteborg, they seems to have demonstrations against the war almost everyday.
数ヶ月前から散発的に行われている対イラク攻撃反対デモ行進は、アメリカの攻撃開始によって頻度を増し、おそらく今週末は連日スウェーデン各地で行われることと思われる。このデモ行進の活発さというのは、日本では見られないなあと思う。良し悪しの問題ではなく、またデモ行進を行う人々が本当にそれで武力衝突を回避できると考えているかはいざ知らず、"自分の意見を表明する"ことに対する意識の違いを痛感する。今日は、路面電車の停留所で数人の小学生が"Bush=DUM"という手製のプラカードを持っているのを目にして、吃驚。ちなみに手持ちの辞書では、スウェーデン語で"dum"とは、英語の"stupid"を意味する。
おそらく日本の新聞も同様だと思うけれど、昨日から"metro"も"Goteborgs-Posten"も一面写真が、アメリカによるイラク攻撃関係のモノとなっている。今朝の実習先の珈琲ブレイクの時間の話題の中心ともなっており、あるヒトは"何故英国が参戦するのか理解できない"といい、また別のヒトは"Bushは、自分の父親が始めたことを終わらせようとしてるのよ"と憤慨していた。CさんもIさんも活発に議論に参加していたので、ほとんど通訳してもらえなかったのが残念。
また実習の後で行った合気道のコースで一緒のスウェーデン人の女のコと話していたら、"デモには行った?"と聞かれた。"ううん"と答えると、彼女は鞄から今日掲載した写真とは異なるポスターを出し、"主催者によると、土曜日の13:00から行われるこのデモは、スウェーデンで最も大きなモノにする予定なのですって。参加しなくても良いから、見にきたら?"と誘われる。"ありがとう。考えておくわ"と答えて、そのまま彼女と色々話すうちに、"自分は戦争に反対だけど、自分の友だちは空爆に賛成していて、先日大議論をしたの"と言う。"賛成"という意見は珍しいなと思い、"そのお友だちは何故賛成しているの?"と質問をすると、彼女は"あのね。彼はイラクの民主化のために空爆が必要だと考えているの"と教えてくれた。試しに、"スウェーデンの人々のなかでどちらの意見が多数だと思う?"と重ねて聞いてみると、"そうねぇ。反対しているヒトが大多数だと思うわ。私の周辺で賛成しているヒトは彼だけだから"と言っていた。
Sveriges Radioの英語ニュースによると、スウェーデン首相のGöran Persson氏は"今回の攻撃は国際法を脅かしている"と述べており、またバグダッドにおける"テロリスト・レジームの排除(the disarming of the terrorist regime)"は国連安全保障委員会に戻すべきだと言及しているとのこと。 藤井威"スウェーデンスペシャル[2]−民主中立国家への苦闘と成果"(2002,新評論)に書かれているように、スウェーデンは重武装中立国を貫いており、原則的に国連重視の姿勢をとり続けていることの表れだと理解できる。
ところが、左党と緑の党が米国と英国に対する制裁として求めている、対立状況にある国々に対する武器輸出中止の長期展望政策については、首相は拒否したと記事にはある。このあたりは種々様々な思惑が絡んでいるように思うけど、それを理解できるほどの知識がないのが残念。スウェーデン語の記事を読むことができたら、もっときちんと理解できるのだろう。悲しい。
英語ニュースのなかで続く記事では、本日ストックホルムで行われたデモについて触れられており、土曜日には30以上の都市でデモが開催される見込みとある。また労働組合は、明日の正午に平和と、国連、国際法のために"静かな時間(a silent minute)"を持つように呼びかけているそうである。
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20030319:one-thouthand and eighteenth day
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出国264日目。写真は未だ流氷が漂う運河の支流の様子。
This picture is taken on a street in Göteborg. Today, my supervisor had a special meeting in the other place and I studied at home. I tryed audio-typing with the cassette which was recorded the formal interview yesterday.
今日は、実習先の"高齢者担当ニーズ査定員(biståndabedömare, need's assessment officer)"の5人全員が高齢者福祉部長と共に終日会議を行うとのことで、自宅学習日となる。その会議では、今後の計画について話し合うとのこと。どうやら事業計画検討会議のようなモノらしい。日本のように年度末というわけでもないのに、"何故この時期に?"というのが疑問。もっとも日本でもこの時期に次年度の事業計画を検討しているようでは遅すぎるので、6月頃に何らかの切り替え時期があるのかな、などと推察している。
今回の真相は不明だけど、この推察のように、計画立案から実行までにある程度の時間を見込んでしまうのは、非常に日本的な習慣だなあと気づく。各地位(業務内容)に応じて業務に必要な決定権が配分(分権)されているスウェーデンでは、私が実習先で見ている限り、その日に決められたことが翌日から実行されたり、合意決定から驚くほどの迅速で実行に移されている場合がある。
自治体レベルだけでなく、個人レベルでも"分権"が進んでいることは、言うまでもなくスウェーデン社会のひとつの特色であろう。これはおそらく土地の広さと比較して人口が少ないために、"何かあるたびに離れたところにいる上司に聞いていたのでは仕事にならない"という背景があるのではないかな、などと思っている。この個人レベルでの分権は、一方で"業務の効率化"や"現場で判断ができる"という利点を持つけれども、他方ではスウェーデン社会において悪名高い"個人ごとの対応の差"という欠点を生み出している。"個人ごとの対応の差"というのは、例えば銀行に行き、日本円からスウェーデンクローネに換金及び口座入金を依頼したときに、限度額と指定される額が窓口職員によって異なることなど、ありとあらゆる局面で生じる可能性がある事態であり、その度にこちらは"え〜!?この間と違うじゃん!!"と思ってしまうのである。
日本でこのようなことが生じにくいのは、おそらく日本の組織が基本的にトップダウンであり、上からの指示や決められた規則に基づき業務が遂行されるからであるのではないだろうか。"分権"によって生じる"対応の違い"というのは、個人レベルに限ったことではなく、例えば社会福祉制度に関する自治体間格差として現れている。Gun-Britt Trydegård"Tradition, Change, and Varition: past and present trends in public old-age care"(2000, Stockholm University Department of Social Work)は、"スウェーデンは福祉国家(the welfare state)ではなく、福祉自治体(the welfare municipality)だ"と述べている。
そのような問題を認識しつつも、それでもやはり働く立場からすると、自分の業務に関する決定権を自分で持てる方が"より良い"システムだと思う。何故なら、それは仕事に積極的に向き合うための動機となると思うからである。また合意形成を行うときにも、より小さなユニットに責任がある方が議論も容易になるし、合意への到達も容易であろう。これはおそらく20030205に書いた"Learning Change Strategy(LCS)"に通じる方向性だと理解しているけど。
ただ日本においてこのような考え方を取り入れるときに、おそらく大きな問題になるのは教育である。何かを決定するということは、複数の選択肢からひとつを選ぶということであり、そのために必要となる教育をスウェーデンではきちんと位置づけている。だからこそ、受けてきた教育によって行うことのできる業務内容がかなり厳密に決められているのだ。ところが、日本では教育をそのような重要な戦略として位置づけておらず、教育の"価値"が明確になっていない。端的にいって、"自分で考えること"を重視しない教育を受けて、就職していきなり"自分で判断してね"と言っても、それはとても無理なことなのだ。
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20030318:one-thouthand and seventeenth day
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出国263日目。写真は"Östra Hamngatan"周辺の様子。
This picture is taken on "Östra Hamngatan". Today, my supervisor had no vusiting and she attended me to have the formal interview with the staff of "gruppboende (the group home)". I have to have the interview for my degree report.
今日は実習終了後に、久しぶりに市の中心街へ行く。乗り慣れた路線の路面電車でなく実習先の近くからバスを使ったので、いつもは見ることのない景色を楽しむ。運河のほとりでは、日光浴をしながらお喋りしている若者が結構いる。中には、上半身裸になっている男性もいた。どんよりと暗く寒い冬が終わり、一気に明るく暖かくなっているので、重いコートを脱いで、春を思いっきり享受したいという気持ちはよく分かる。ただそれにしても、数日前まで冬物の服装をしていた実習先のスウェーデン人女性の数人が、天候の変化と同時に半袖になったのには吃驚。
昨日からIさんが風邪で休んでおり、今日はCさんの訪問予定が全くない静かな一日であった。今回の実習は、単なる実践現場体験ではなく、実習後に取り掛からなくてはならない修士論文のための研究の一環でもある。研究なので、何らかの"調査"を行うことが求められるのであるが、私は論文指導担当のGerd Gustafsson博士と相談をし、面接調査による質的調査を行うことに決める。調査の対象は、"高齢者担当ニーズ査定員(biståndabedömare, need's assessment officer)"、"特別な住まい(särskilda boendeformer, the special accommodation")の運営責任者及び介護職員を各2名ずつ計6名となる予定。
日本で学んできた感覚だと、調査対象が6名というのはいかにも少なすぎるように思うので、Gerd Gustafsson博士にも確認をした。すると"論文の枚数自体が少なく、さらに質的調査なので十分"とのことであった。
"ニーズ査定員"に関してはCさんとIさんから快諾を受け、"特別な住まい"の運営責任者と介護職員についても20030312に実習を行った"老人ホーム("ålderdomshem, the old people's home)"にて1名ずつにお願いした。残りの2名をどうやって見つけようかと悩んでいたところ、Cさんから"他には誰にインタビューするの?"と聞かれたので、"いや、それが斯く斯く云々で、どうしようかと考えているの。おそらく英語が出来て答えてくれる時間のある介護職員をもう1人見つけるのは難しいと思うし…"と答えた。すると、Cさんは"あら。大丈夫よ。ちょっと待っててね"と、同じ階にオフィスを持つとある"痴呆症高齢者対象グループホーム(gruppboende för ålderdomsdimenta, group home for the dementia)"の運営管理者のところへ行き、私の希望通りグループホームの介護職員にインタビューする機会を設けてくれたのである。何というか、感謝感激雨あられなのだ。
これらの出来事があったのが先週末であり、今日の午前中が、そのCさんが話をつけてくれたグループホームの介護職員に対するインタビュー。予定がなかったCさんも一緒に来てくれたので、彼女の親切にお礼を伝えると、"シノはそれをするために、ここに来ているのだから、それはあなたがすべきことなのよ。それに私も自分が学生だったときにインタビューをしたことがあるし、その回答者を得ることの大切さをよ〜く知ってるのよ"と笑いながら、言ってくれた。
インタビューは事前に作成しておいた質問票に従いながら、私自身が英語で尋ね、回答者に口頭で答えてもらう形式(構造化オープンエンド方式)。Cさんは興味深そうに隣に座っていたのだけど、途中で回答者が英語表現を思い出せなかったときや、私の質問にある英語のニュアンスを彼女が把握できなかったときなどに、Cさんが横から助けを出してくれて、非常に有難かった。Gerd Gustafsson博士の助言に基づき修正を繰り返した今回の質問票のなかには、かなり答えるのに難しいと思われる質問が含まれており、今日のインタビュー終了後に、回答者から"私は職員数が何人などというような簡単な質問だと思っていたのだけどね"と笑いながらコメントを受けることとなった。また帰り道では、Cさんからは"ねえ、シノ、あれと同じ質問を私たちにも行うの?"と聞かれ、"うん。そのつもりよ"と答えると、"なかなか答えるのに難しい質問があるわね"とニヤリと笑われてしまった。
私にとっては、本当に生まれて初めての面接型の調査だったので非常に緊張する時間だったし、自分の作成した質問票が自分の問いに対してきちんと機能するのかが不安だったのだけど、今日のインタビューではほぼ自分の期待通りの回答が得られたので、とても嬉しくほっとしたのであった(笑)
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20030317:one-thouthand and sixteenth day
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出国262日目。写真はとある老人ホームの食堂の様子。
This picture is the dining room at "ålderdomshem (the old people's home)". In this afternoon, my supervisor and I vistited there in order to have a meeting with the relatives of a old lady who are dementia. She is too sick live there and it is better for her to move "gruppboende (the group home)" for the dementia in the same builiding.
今日の午前中は毎週月曜恒例のショートステイに関する打ち合わせ。午後の最初の訪問は、掃除のホームヘルプを希望している88歳の独居女性のおうちへ向かう。数ヶ月前まで痴呆症の夫と同居していた彼女は、"家族介護手当(hemvårdsbidrag, home care allowance)"を受給しながら夫の介護を続けていたという。Cさんの話では、数ヶ月前に亡くなる直前には夫の痴呆症はかなり進行し、彼女の負担も相当なモノであったとのことだけど、何と71年間も連れ添った夫のことに話が及ぶと、涙ぐんでいた。
日本で高齢者の自宅を訪問しても、子どもや孫の写真が部屋に飾られていることはあまりなく、飾ってある場合でも数枚である。ところが、スウェーデンの高齢者宅にはほとんど必ずといって良いほど自分の若い頃の写真や子どもや孫の写真が飾られており、棚一面が写真立てで埋め尽くされていることも少なくない。彼女の場合も、広いリビングに置かれた棚には所狭しと数十の写真立てが飾られている。
その中の1枚の少女の写真を指しながら、彼女が見せてくれたのはその写真に写っている12歳の孫が"お祖父ちゃん"である彼女の夫の永眠に際して書いたという1編の詩。私が見ただけでも韻を踏んでいることが分かるその詩の内容は、Cさんも"12歳の子が書いたとは思えない"というほどであった。その写真のなかの表情も非常に知的であったので、素直に"とても賢そうに見えますね"と英語で話しかけたのを、Cさんが通訳してくれたとき、それまで永眠した夫のことを思い出して沈んだ表情をしていた彼女がにっこりと、とても嬉しそうに微笑んだので、私が嬉しくなったのだった。
スウェーデンの高齢者と日本の高齢者では、文化や習慣、育ってきた歴史が大きく異なるので、"う〜ん、やはり違うものだなあ"と思う点も多い。でも一方では、孫や子どもを大切に思う気持ち、特に孫を可愛がる気持ちなどには、全く変わりはない。ちなみに、先日グループホームを訪問したときに、私の前髪が目にかかっていて、あるお年寄りが"目にささるから、ちゃんと耳にかけなさい"といって手を伸ばして直してくれた。それはまさしく私自身の祖母に会うたびにいわれ続けてきたことであったので、"こんなところまで、お年寄りというものは共通しているのだなあ"と非常に感慨深くなったのだった。
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20030316:one-thouthand and fifteenth day
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出国261日目。写真は夕暮れの空に浮かぶ見事な月の様子。
This picture is the moon in this evening. In this afternoon, my host family invited me to dinner. I enjoyed talking with them and eating very tasty dinner.
今日の午後は、host family宅での食事に招かれており、ついでにパソコンのトラブル対応も頼まれる。電話で状況を聞いたときから、"それは私にどうにかできる問題ではないよな〜"と思っていたそのトラブルが、やはりhost motherが利用しているプロバイダである"tele2"の仕様であることが判明したので、それに従って設定を変える。そのトラブルとは別問題なのだけど、"pop before smtp"に対応していなくて、自社アクセスポイント以外からはメールの受信はできても送信ができないプロバイダがi-passに加盟している理由ってあまりないような気がする。海外滞在中に必要になるのは、サイトの閲覧よりもメールの送受信だと思うのだけど。…とはいえこの件に関しては、私にできることは全くないので、host motherに状況の説明を行い、設定を変更した分のマニュアルを作成し、本日のサポートは終了(笑)
host motherに実習の様子を尋ねられたので、報告するついでに先日来の疑問である"どうしてこのように社会保障制度が発達した福祉国家スウェーデンで、医療制度だけはそのように問題が多いのか?"について質問する。すると彼女は、間髪いれずに"それは公共だからよ"という。彼女の意見によると、つまり高齢化が進んで医療を必要とする人々は増えており、さらに人々の意識も高くなっているために、病院での診察や治療を望むヒトは多くなっている。ところが財源には限度があり、それに対応できるだけの病院ベッド、医師などを確保できない。従って、20030314に書いたように、手術を受けるために数年待たなくてはならないような状況が生じている、ということである。
公立公営の病院の他にも私立の病院はあり、私立病院の場合には、数日から数週間で手術を受けることが可能だが、費用がかかる。そのために、多くのヒトは、たとえ支払えるだけの財産を持っている場合でも、私立病院にかかることを好まないのだそうだ。従って、私立病院はあまり増えない、という循環になっているらしい。
host motherとhost father、そして遊びに来ていた彼らの息子は、三人三様の見解を持っており、彼らの議論を聞いているのはとても楽しく、勉強になる。そこで、この問題に関する他の2人の意見も聞いて見たかったのだけど、host fatherは私たちの食事を料理中、その息子はTVでスポーツ観戦に夢中だったので、質問ができずに残念であった。
20030314に取り上げた"天声人語"に戻ると、"病人を支える制度"の一部である医療制度は、"福祉国家スウェーデン"が抱える最も大きな問題点だろうと思うので、この文章がそのような現実には一切触れていない点については、"薔薇色のスウェーデン社会"だけが誇張されていくような気がするので、疑問を感じる。けれども、文中で紹介されている"日本で発病しなくて幸せだった"という山内氏のコトバは全くその通りであろうし、そこに書かれていることに嘘がないのも事実である。"個人の状況に個人の生活レベルが左右されない"という点、つまり"障碍や加齢、失業などにより、自分自身の力だけで生活の維持が困難になった場合の生活保障のシステムのあり方"に関しては、やはりスウェーデンはものすごい力を持っているなあと改めて思ってしまうのだ。
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