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20030430:one-thouthand and fifty-eighth day

出国306日目。写真はとある通りで見かけた美しい庭の光景。

This picture is a beautiful garden taken on a street. In this afternoon, I read Magnus Tideman"Normalisering och kategorisering(Normalization and categorisation)"(Johansson and Skyttmo förlag, 2000), which I borrow from my supervisor.

今日は"Valborgsmässoafton(the eve of May Day, Walpurgis night)"ということで、お店や図書館は早閉まりとなり、夕方から市内では山車(?)が出ていたらしい。毎年5月1日は"春の始まる日"であり、その前日である4月30日の夜からドイツのブロッケン山(Blockenberg)にて、魔女と悪魔が集まるというのが、"Walpurgis night"の意味。さらに明日は"Valborg"といい祝日である。ちなみに今日はスウェーデン現国王の誕生日でもある。

カレンダーに国旗の印がついているのには気が付いていたのだけど、上記のような"Valborgsmässoafton"の意味を知ったのは今日の夜になってからで、午後に学部図書館に文献資料を探しに出かけたら、閉まっていたので当てがはずれてしまう。仕方がないので、昨日指導教官からお借りしたMagnus Tideman"Normalisering och kategorisering(Normalization and categorisation)"(Johansson and Skyttmo förlag, 2000)の目次と文献リスト、英語要約部分などをコピー屋さんで複写し、カフェで読む。Tideman(2000)はGöteborg Universityにおける彼の博士論文であり、学部校舎内の博士論文や大学関係出版物の展示されているガラスケースにて見かけて図書館で借りようと思っていたら、参考文献について話しているときに指導教官が"それなら持っているから貸してあげるわよ、はい"と渡してくれたのだった。

日本では"普遍化"という訳語よりも、もはや"ノーマライゼーション"というカタカナ語で通用している、英語でいう"normalization"という概念思想は、歴史的に知的障碍者を中心とした障碍者福祉領域で普及しており、大学の学部生時代に所属していたゼミで行っていた討論の影響からか、"ノーマライゼーション"について真正面から勉強したことはなかった。ところが、今回の論文のために行ったインタビュー調査のなかで、"それはノーマルではない(It's not normal)"という発言があり、では"normal"って何だろう?という問題について取り組むことになった。どちらにしても、おそらく1940年代の昔からスウェーデンの社会福祉と社会保障は、政策と実践の両面において、時代により表現は違えども"normalization"という概念に包括できる方向性を持っていると考えられるし、丁度良い機会なので少し調べてみるに決めたのである。

夜にはhost familyのおうちを訪問。数日前にhost motherから電話をもらい、"テレビで日本映画を放映するようだから、たまには来たら"と誘っていただいたのだ。"canal+"というcatvで放映されたその映画は今村昌平監督の"赤い橋の下のぬるい水"だったのだけど、題名から深刻路線を想像していたら、予想外に爆笑爆笑の連続だった。設定が面白すぎ。隣に並んでいたhost motherも時折大笑いしていたけど、スウェーデン人はおそらく大いに面白がったことと思う。役所広司も清水美砂も好きな役者さんだし、何よりも日本語の台詞だったのが最高だった。あと、日本語台詞にスウェーデン語字幕だと非常に良いスウェーデン語の勉強になることを認識。

その後、さらに国営放送の"SVT2"にて放映された"Sliding doors"を続けて見る。岩井俊二監督の"打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?"と同様に分岐した2つの物語が同時並行で進んでいく。主演のJohn Hannahは可愛かったし、物語もなかなか飽きさせずに見ていて楽しかった。映画2本を堪能した後の帰路では、テレビがあると無料で映画が見られて良いなあと思った次第。

photo of 20030430
20030429:one-thouthand and fifty-seventh day

出国305日目。写真はほぼ満開の桜(?)の様子。

This picture is the cherry tree in full blossom. In this afternoon, I had a meeting with my supervisor. She gave me some useful suggestions to me as well as in the previous meetings.

丁度1年前の今日に祖母が亡くなった。実家では法事(?)が行われたので、一時期は私も論文用資料収集を兼ねて数日間だけ帰国しようかと悩んだ。最終的には、"1年間の留学を貫いた方が祖母も喜ぶだろう"ということで、一時帰国しないことに決めたのだけど、この選択は正解だったと思う。ただ、何せ様々な意味で存在感の大きなヒトであり、祖母逝去の2ヵ月後には出国してしまったので、本当の喪失感が襲ってくるのは帰国後ではないかと少々不安。今でも"どうしてもっと会いに行ってあげなかったのだろう"と思うことはあるけれど、それは考えても仕方のないこと。今出来ることは、胸を張って彼女に報告できるような論文を書き上げることだけである。まあ、報告する間でもなく、高い所から見護ってくれているようにも思うけれど。結局、この論文を書くことは、彼女が意識的無意識的に伝えてくれた教えを自分なりに引き継いでいくことと、彼女が残したモノに対して自分のできることをすることに繋がっていくのだと信じている。

今日の午後は、指導教官のGerd Gustafsson博士に論文指導を受ける。インタビューのまとめ部分を送ったときに、"自分では満足していないので、助言を受けて修正していきたい"と書き添えておいたので、彼女に"どんな部分で満足していないの?"と訊かれる。そこで理由を説明をしたところ、それに対する彼女の見解と"細かい修正は必要だけど、よくまとめられていると思うし、私は満足しているわよ。だからシノも満足して大丈夫よ"といわれたので、涙が出るほど嬉しかった。

昨夜遅くに送った導入部分に関しては、"今日の午前中に会議が入っていて、まだ読んでいないのよ"といいつつ、彼女はその場で簡単に目を通してくれた。彼女の意見を緊張しながら待っていると、"こちらも英語の文法など細かい直しは必要だと思うから、次回までにきちんと読んでおくけど、ざっと見た限りではこれで良いと思うわよ"という感想で、一気に安堵。論文は、まず中間を書き上げてから、導入部分に取り組む方が良いというのは、日本語でも英語でも変わらないのだなあと再認識。

来週は彼女が多忙というので、次回の論文指導は20030512の予定。それまでに"先行研究(earlier research in the area)"部分と"理論的枠組(theoretical framework)"部分、"研究方法論(method)"部分を書き上げなくてはならない。この部分はどれもまずは文献資料を読み込まねばならないので、時間配分に気をつけないと、あっという間に2週間が経過してしまいそうだ。頑張らねば。

photo of 20030429
20030428:one-thouthand and fifty-sixth day

出国304日目。写真は今日の回復傾向の空の様子。

This picture is the clouded sky in this afternoon. Today, I stayed in my flat and struggled to write the draft of the introdution part. Finally, I finished writing the draft and sent it to my supervisor by e-mail.

今日は終日部屋に籠もり、論文の導入部分と格闘。手元の他の論文の導入部分を参考にしつつ、自分の勉強不足を痛感しながら、兎にも角にも書き進める。"う〜ん""う〜ん"と唸りつつ、数時間の試行錯誤と生みの苦しみを経た後に、何とか書き上げることに成功する。校正した後に、メールにて指導教官に送る。インタビューのまとめに関しては昨夜送信したし、20030423に行った前回の論文指導のときに約束していた分は、出来はともかく、一応達成したことになる。一安心。

試行錯誤の過程のなかで、自分が以前に書いたレポートなどを読み返したのだけど、如何に自分がしつこくこの課題にこだわってきたのかに改めて気づく。一番最初にスウェーデンのことについて書こうとしたのは大学の学部時代の卒論で、結局直接は取り上げなかったけれど、スウェーデンのことを想定しながら"安心して老いるために"という題目にて書いた。その後、文献資料で"特別な住まい(särskilda boendeformer, the special accommodation)"という"入居施設"のあり方に衝撃を受け、大学院に入った時には"特別な住まい"について修士論文を書く予定が、諸般の事情により実現できなかった。振り返ってみると、スウェーデンを真正面から論文で取り上げるのは、留学中のレポートを除けば、初めてのことだったのだ。吃驚。

久しぶりにGöteborg Universityへの出願時に提出した研究計画書もどきを見て、実際の調査課題はもう少し狭めたけれど、基本的には研究計画書に沿った論文となることを確認し、嬉しくなる。何となく1年半前の自分との約束を果たせるかな、という気持ち。英語に煮詰まることは多いし、文字通りの"苦闘"ではあるけれど、ずっとこだわり続けていた課題に一旦答えを出せるということは、非常に幸せなことなのだと、少しだけわくわくする。とはいえ、わくわくしただけでは論文は捗らないので、頑張らないと。

おまけの話題。休憩時間に"msn messenger"を接続したら、英国の語学学校で知り合った日本人の男のコから呼びかけがある。彼は、丁度コロンビア人のコと話している最中で、3人でしばらくお喋りを楽しむ。英国で数週間を共に過ごした日本人2名とコロンビア人が、日本とアルゼンチンとスウェーデンで会話するというのは、感動的。彼女が私のことを覚えていてくれたのが、何よりも嬉しかった。

photo of 20030428
20030427:one-thouthand and fifty-fifth day

出国303日目。写真は今日の荒れ模様の空と"Domkyrkan"の様子。

This picture is "Domkyrkan(the cathedral)" and the clouded sky. Today, I struggled to write the inteviews discriptions and did laundry.

今日は洗濯をしつつ、自室でインタビューのまとめの校正を行う。2日間連続で自室に籠もっているためか集中力が途切れるので、洗濯終了後、カフェに出かける。出かける前に、先日指導教官から借りたLillemr R-M Hallberg ed. "Qualitative methods in public health research; theoretical foundations and practical examples"(Studentlitteratur, 2002) に例として紹介されていたAnders Broström et al."Patients with congestive heart failure and their conseptions of their sleep situation" in "Journal of advanced nursing"34(4)(2001, pp.520-529)を、Göteborg University Libraryのe-journalにて入手する。カフェでBroström et al(2001)に目を通した後で、自分のまとめた分を読むと、落差の激しさに泣きたくなった。それでもいくつかのヒントを得ることができたので、再校正時には参考にしつつ修正する予定。

正午過ぎに、部屋のドアをノックする音がしたので開けたところ、ルーマニア人の同級生が立っていた。"ルーマニアの文化を知って欲しくて"と彼女が差し入れてくれたのは、復活祭に食べるという甘いブドウパンと色を塗ったゆで卵。"復活祭は先週では?"と話を聞くと、ルーマニアの宗教(おそらくルーマニア正教)では、復活祭は今週末とのことで、何故かスウェーデンで圧倒的多数のプロテスタントとは1週間のズレがあるのだそうだ。当然のごとく私の頭の中は"?"で一杯だったのだけど、彼女も"重要な日なのだから、統一すれば良いのにね"という。中国人とフィリピン人の友人が留守のようなので、"後で渡してくれない?"と頼まれた2人分を夜に渡したところ、基本的に中国料理以外はあまり好きではない中国人の友人は今ひとつの様子だったのに対し、フィリピン人の友人はやはりキリスト教の習慣だからなのか、パンが好きなのか、喜色満面。

カフェの往復にて、青山南"翻訳家という楽天家たち"(ちくま文庫,1998)を読了。総計数時間で一気に読み終えてしまった。面白い本というのはなかなか難しくて、一気に読んでしまいたいという欲求と読み終わると楽しみが終わってしまうからじっくり読みたいという欲望がせめぎあう。私の場合は、前者が勝つのが常であり、後者の欲求が強い場合にはそのまま再読に入るという手で解消する。

私の読書習慣はさておき、青山(1998)の後半で最も面白かったのは、原文と翻訳語の違いについてである。つまり、イェーテボリ留学雑記vol.4に書いた"日本語の'きゅうり'と英語の'cucumber'は同じモノか否か?"という問題である。"タイヘンな日本野球"と題されたコラムにおいて、彼はRobert Whiting"和をもって日本となす"上/巻(角川文庫,1992)を引き合いに出しながら、このことについて言及している。あ、厳密に言えば、時期的に考えて、文庫化される前の単行本について言及している。彼は、この本の訳者である玉木正之氏の訳者あとがきを引用しており、孫引きになるけれど、以下に紹介する。

本書のように、日米の"文化摩擦"を主題とする文章を翻訳するのは、正直にいってかなり骨が折れた。たとえば"game"(ゲーム)を『試合』、"player"(プレイヤー)を『選手』、"penant race"(ペナント・レース)を『公式戦の戦い』、"national pastime"(ナショナル・パスタイム=国民的娯楽)を『国技』などと、日常翻訳されている訳語を用いることが、そもそも不適切といえるのだ("baseball"を『野球』と訳すことも、本書では不適切だろう)。

この文章を読んだとき、路面電車の停留所だというのに思わず激しく頷いてしまった。一旦、"きゅうり"と"cucumber"で意識して以来、ありとあらゆる場面で、日本語で訳語と言われているコトバと英語で表現されているコトバとの間に挟まっている"何か"を違和感として感じ続けている。さらに私と同級生、私とスウェーデン人の場合には、お互い英語が母国語ではないので、例えば私がある英語の単語から連想する日本語と、中国人の友人がある英語の単語から連想する中国語は果たしてどれだけの差があるのだろう?果たして、それでもお互い理解している、といえるのだろうか?と疑問は次々生じるのであり、あまりそこに捕らわれると日常生活が営めなくなるので、できるだけ意識しないようにして誤魔化しているのだ。

それでも時折"世界"と"world"は同じ概念を指しているのだろうか、などととりとめもない考えに浸ってしまう。現代の私たちが意識しているとしていないとに関わらず、"世界"には仏教的な意味が含まれているのであり、少なくとも"world"には含まれていない。これらの違いは、手元の電子辞書に搭載された"広辞苑第5版"で"世界"を引いたときの説明と、"新和英中辞典(第4版)"で引いたとき、"リーダース英和辞典(第2版)"で"world"を調べたときにそれぞれ出てくるコトバをざっと見ただけでも明らかなのであり、だとするならば、やはり日本語を使って構築される私たちの周囲の環境("世界")と、英語によって構築されるソレは同じとはいえないのではないだろうか?

とりあえず"野球"にも"base ball"にも全く興味はないけれど、玉木氏の訳者あとがきは全文を読んでみたいと思う。

photo of 20030427
20030426:one-thouthand and fifty-fourth day

出国302日目。写真は市内のとある建物で見かけた装飾の様子。

This picture is taken at an old house in Göteborg. In this afternoon, my friends and I would visit to our colleague's home outside of Göteborg, but it was too cold to go far. Then, after some discussions, we decided to stay in the flat.

今日の夕方には、同級生の南アフリカ人の女のコが居候している友人のサマーハウス(?)で彼女の誕生日パーティをするということで、いつもの私たち東アジア3人組も招待されていた。といっても、実際に彼女が連絡を寄越したのは中国人の友人にであり、私がそれを聞いたのは一昨日の夜に中国人の友人からである。彼女は"私たち3人が招待されているから、行くと返事しておいたよ。シノも行くよね?"というほとんど事後承諾状態で説明をしてくれたのだった。本当はこの週末は自室で静かに過ごしたかったのだけど、数ヵ月後にはこのような機会はなくなってしまうので、"いいよ。行くよ"と答えた。

ところが今朝ベッドの中でノックの音を聞き、寝ぼけ眼で出て行くと、件の中国人の彼女が立っており、"今日の件なんだけど…。ここから1時間半もかかる場所で遠いの。どうしよう?"と言う。一緒に行く予定のフィリピン人の友人も廊下に顔を出し、"どう思う、シノ?"と訊いてくる。2人のその様子から"なるほど。遠くと聞いて行くのが面倒になったのだなあ"と思い、今日は天気も悪いし体調も今ひとつなので私も同感だったけれど、"どうしようといっても、約束したのだから行くべきでしょう?"と返事をし、予定通りとなった。

今日は久しぶりに雨が終日降っており、風もあるために体感気温はかなり低かった。久しぶりに冬用の厚手のコートを着ても寒いほどで、外に出た途端に寒気がしてきた。それでもと待ち合わせ場所に行くと、先に来ていた中国人の友人が"調子が悪いから、私は行かない"という。フィリピン人の友人が説得を試みるも、彼女は決意を変えない。雨の中の立ち話なので、どんどん寒くなってくる。フィリピン人の友人が"どうしよう、シノ?"と朝に続き再び訊いてくるので、"あなたはどうしたいの?"と訊き返すと、彼女は"市外だと定期券以外のお金がかかるし、そんなに遠くには行きたくない"という。そこで"私もこの雨の中歩いて風邪を引きそうだし、では行くのはやめてこのまま帰る?"と提案すると、彼女は"そうしよう"と頷いたのだった。せっかくの機会を欠席してしまって少々残念だったなあと思う反面、無理をして出かけてこの時期に風邪をひいたら洒落にならないので、まあ正解の判断だったかな、と思う。

話題転換。最近の移動時と就寝前の読書は、父からの差し入れの青山南"翻訳家という楽天家たち"(ちくま文庫,1998)である。青山氏はアメリカ文学の翻訳家で、この本は彼が"本の雑誌"などに書いたコラムをまとめたモノ。当然、翻訳や出版関係の話題がほとんどなのだけど、さらに単行本化にあたり、当時のコラムの内容で取り上げた作家の現状について、そしてさらに文庫化に際してその補足をしてあるのが、面白い。彼の表現と文章のリズムが、妙にツボにはまり、路面電車で読んでいてあやうく笑い声を立てるところだった。前半を読んだ限りで最も興味深かったのは"作家の名前をどのようにカタカナで表記するか"という問題。例に挙がっているのは、Paul TherouxやTruman CapoteやAnn Beattieなどなのだけど、最終的には本人に会ったときに発音してもらい確認するのだそうである。そこで青山氏は、"名前の表記論争が本人に訊くことで終結されたと考えるのはあまりにものん気なんではないか、とも思う"(p.45)と書いているのである。

外国語の名称をカタカナでどのように表記するかというのは非常に身近な問題で、最も身近なのはGöteborgは"イェーテボリ"なのか"ヨーテボリ"なのかという議論である。ガイドブックが採用しているためか多数派なのは"ヨーテボリ"だけど、私の耳には"ヨェーテボリ"のように聞こえるし、ö音はo音とは異なるので、個人的にはその違いに敬意を表して"イェーテボリ"を採用している。でも"ヨーテボリ"派の人々にはそのように聞こえているのだろうし、実際にこの論争が起こったときにとある掲示板で"ヨーテボリと聞こえるから、ヨーテボリだよ!!"と強く主張するヒトも見かけた。つまり同じ発音でも、聞くヒトが違えば異なって聞こえる可能性がある、ということである。さらに、作家の名前は本人の発音が"正しい"といえるけれど、地名の場合には現地の人々も個人個人で微妙に異なっていたりするので、さらに話はややこしくなるのだ。

photo of 20030426
20030425:one-thouthand and fifty-third day

出国301日目。写真は市内西部のMajorna地区で見かけた光景。

This picture is taken on a street at Majorna in Göteborg. Today, I struggled to describe the latter half of the interviews answers, again.

Majorna地区には、1階部分が石造りで2階以上が木造という家屋がたくさん存在しており、この写真の建物も1階部分は煉瓦造りである。見かける度に"建築デザイン上の理由かな?"と思っていたのだけど、スウェーデン人の知人から"これらは1850年代から1900年代にかけて建てられた古い建物で、火事の延焼を防ぐためだったのだよ"と教えてもらい合点がいったのだった。その知人は、そのような建築様式を指すスウェーデン語の用語を教えてくれたのだけど、口頭で教えてもらっただけなので、失念してしまった。

今日も終日部屋に籠もり、テープ起こしした原稿を基にインタビューのまとめを行う。一応、今日までの目標にしていた分を終わらせてほっとする。ただ予想外に長くなってしまったので、最終的には再整理が必要になる見込みだけど、当面は細部を気にせず、どんどん書き進めていく予定。

数日前にようやくPaul Krugman"クルーグマン教授の経済入門"(メディアファクトリー,1998)を読了する。昨年の秋頃には寝る前に1章ずつ読み進めており、最初は順調だったものの途中で内容が難しくなり1章どころか1節ずつに遅れていき、ほとんど馴染みのないファイナンス編に入ったところで停滞していたのだった。内容をどこまで理解したのかは甚だ怪しいところだけど、"コレについてはこの本に書いてある"ということは把握できたので良しとする。否、本当は、"もしかしたらこの本はマクロ経済の基本をほぼ網羅しているもの凄い本なのでは?"という印象があるので、丸ごと全部理解できたらどんなに良いかと思うのだけど。数年後に再度読み直したら、もう少し理解できるようになっているかな。

おまけの話題。20030423に続いて、再び宝箱が届く。今度は、趣味系の雑誌書籍が満載だったので、早速堪能する。多謝。

photo of 20030425
20030424:one-thouthand and fifty-second day

出国300日目。写真はとある通りで見かけた光景。

This picture is taken on a street in Göteborg. Today is the 300th day since I left my country on 20020629. I struggled to describe the latter half of the interviews answers, again.

20020629に日本を出国してから300日が経過した本日、帰国便の航空券を確定する。1年オープンの航空券なので、"航空会社の事務所に行くように"といわれていたのだけど、事務所がある空港まで行くのは面倒なので、事務所が市内にないかと思い、問い合わせの電話をかけたところ、そのままFAXでのやりとりで手続きが終了してしまった。予想外の展開に吃驚。しかも大抵の業務が16:00頃に終了するスウェーデンで19:00過ぎに手続終了のFAXが入るなんて、信じられない。何はともあれ、20030628に成田空港着の予定がとりあえず確定した。留学生活も残り69日。哀しいな。せめて納得のいく論文を書いて、帰りたいと思う。

Jaber F. Gubrium et al. ed. "Qualitative methodos in aging research"(sage,1994)が読みにくい上に、私の求めることが明確に書かれていないので、昨日指導教官のGerd Gustafsson博士に相談をしたところ、すぐに研究室の本棚から"英語の本、英語の本"とつぶやきながら数冊の文献を取り出してくれ、"たくさん読むより1冊の丁度合う本を読んだ方が良いから"と貸してくれたのが Lillemr R-M Hallberg ed. "Qualitative methods in public health research; theoretical foundations and practical examples"(Studentlitteratur, 2002)だった。早速昨日から読み出したところ、元々が教材用の文献なので読みやすい英語と体裁になっており、さらにまさしく求める内容が書いてあったので、大喜び。実際、彼女がいなかったら今回の論文は書けないだろうなあと思う。

求めていたのは、今回のインタビュー調査という質的調査を分析し議論するにあたり、多々ある質的調査の理論のどれに則れば良いのかということ、つまり狭義の研究方法論である。本来は、調査を設計する時点から考えるべきことなので、質問票を作成する前に相談をしたのだけど、彼女が"私が確認をしていて、私がOKを出したのだから大丈夫"といって、そのままインタビューに突入してしまったのだ。日本で書いた修士論文ではこの研究方法論に対する認識が甘くて、悔やみきれない後悔をしたので、同じ失敗だけはしたくないと思っていた。とりあえずその最低限目標は達成できそうなので、内心安堵。

Hallberg(2002)にはいくつかの質的調査の理論と特徴が掲載されており、そのうちのひとつが"現象学的方法論(phenomenological methods)"である。これは1970年代にGöteborg Universityの教育学の研究にて発展してきたという。最初に行われた研究は、"人々の学びと彼らの周囲の世界に対する認識(の変化)"を対象としており、これは"どれだけの量を学んだか?"ではなく"何を学んだか?"というまさしく質的な内容に着目していた。…と、ここまで読んで、"これはまさしく日本の教育とスウェーデン(欧州?)の教育の違いではないだろうか"と思った私である。つまり日本の教育はあくまで量的な学習を主眼としており、スウェーデンやおそらく欧州全体の教育は質的な学習を目的に据えているのではないかと思った次第。

私の理解しているところでは、質的調査は"結局、ヒトは自分の経験や知識や社会的・文化的・歴史的背景の内でしか、周囲の現実(世界)を理解できない"ということ、端的にいえば"ヒトはいかなるときも自分の色眼鏡を外せない"という認識に基づいている。この300日間で、欧州各国からアフリカ・アジア諸国まで文字通り世界各国の知人友人と知り合い、自分とは圧倒的に異なる考え方と直面してきたなかで、このことをつくづくと実感している私には、従って質的調査は非常に魅力的に写るのである。

ただし、当然のことながら質的調査は"一般性(generability)"が弱くなりがちなので、その背景となる状況をあわせて述べることが必要になる。そのことにより、どのような状況なら一般化できるのか、ということが明確になるからである。さらには、統計数値などを用いることで量的調査も併用して、研究全体としての議論を展開することが必要となる。このような点を理解して思い返してみると、日本でお世話になっている指導教授が行っていた"1次調査で量的調査を、2次調査でインタビュー調査を"という方法は理想的な手法だったのだなあと、遅まきながら理解したのであった。帰国したら、改めて調査方法論の基礎についての指導をお願いしようと決心。

photo of 20030424
20030423:one-thouthand and fifty-first day

出国299日目。写真はとある通りで見かけた桜(?)の様子。

This picture is taken on a street in Göteborg. In this morning, I had a meeting with the supervisor and she gave me some usefull advices and suggestions.

今日の午前中は、指導教官のGerd Gustafsson博士に論文指導を受ける。英語の問題について相談すると、課程責任者のTorunから全指導教官に対し"英語も含めて指導すること"という依頼が来ているそうで、ほっとする。どちらにしても全体を書いてみないことには、校正は行えないし用語上の問題も話し合えないので、とにかく書き進めることで方針を確認する。

とりあえず今回まとめていったインタビューの結果については、少々の修正が必要だけど"この調子で進めていきましょう"といわれたので、残りのインタビュー結果と論文の導入部分を次回までに書いてくることになった。いつものように"いつまでに書けそう?"と彼女が聞くので、"1週間で書きます"と答える。この2週間で再度認識したのは、自分の"追い込まれないと動かない"という欠点であり、やらなくてはならないことがあるのにやっていないと精神衛生上も良くないので、その欠点を逆手にとってあえて追い込む状況を作ることにする。彼女は"え?1週間で?"と聞き返してきたので、改めて頷く。

そのような事情で、この先しばらくは論文に力を入れる生活になるので、日記ではまとまったことを書く余裕がなくなり、単なる"論文格闘日記"になる見込み。メールの返事も遅れがちで失礼を重ねているのだけど、お許しをいただければ幸い。あ、急ぎの仕事関係の作業は従来通り行うのでご安心を。

おまけの話題。本日、日本からの"宝箱"が届く。中身を取り出すたびに、ひとりで歓声を挙げて喜ぶ。感謝。ようやく入手できた椎名林檎"加爾基精液栗ノ花"を聴く。Copy Contorol CDのためにPC再生専用の圧縮音源なので、私ですら分かるほど音質が悪い。さらに読込時に不穏な音を立てるのが耳障りだし、故障の原因になりそうで恐い。立腹。今更だけど、CCCD反対に1票。

photo of 20030423
20030422:one-thouthand and fiftieth day

出国298日目。写真はとある通りで見かけた三色スミレの様子。

This picture is taken on a street in Göteborg. In this morning, I revised the descriptions of the interview results for the degree report and sent it to my supervisor by e-mail.

最近はとても暖かい日が続いており、2週間前には雪が降ったとはとても信じられない。ほとんどのカフェでは路上にテーブルを出しており、それらの席から埋まっていくようになった。ほとんどのスウェーデン人は半袖に薄手の上着という服装になり、私も厚手のコートを着なくても外出できるようになったので、非常に身軽な気持ち。たった1回といえ、スウェーデンで冬を過ごして、どうして彼らがあのように日光に執着するのかを実感として理解する。"青空、太陽、気持ちいい〜"という感じ。あの寒い冬とこの美しい春と夏、東京よりもずっとメリハリのある季節を送ったように思う。6月末というスウェーデンが一番美しいといわれる時期に去らなくてはならないのは、かなり残念。しかもその頃の東京の湿度の多さと過ごし難さを考えただけで、少々憂鬱になる。

昨日書き上げた部分を校正した後、指導教官にメールで提出する。明日の論文指導の前に送るという約束を達成できて、少し肩の荷が降りる。その後、カフェに行き、読書する。質的調査のまとめ方と分析方法がどうしても掴めないので、Jaber F. Gubrium and Andrea Sankar ed. "Qualitative methodos in aging research"(sage, 1994)に目を通した後に、Erving Goffman "Asylums"(Anchor Books, 1961) を読み進める。Gubrium et al. ed.(1994)は活字の書体が何故か非常に読み難く、Goffman(1961)は英語が結構難しいために、両方とも時間がかかる。1杯で結局4時間以上も居座ってしまった。

帰宅後、急ぎで返事をかかなくてはならない仕事関係のメールを書き、本日の業務は終了。少しずつ復調気味の模様。

photo of 20030422
20030421:one-thouthand and forty-ninth day

出国297日目。写真はGöteborg市内の郊外地区の光景。

This picture is taken on the outskirts of Göteborg. Today, I stayed in my flat the whole day and struggled to write the degree report, again.

この写真のような光景の中を歩いていると、日本の田園風景を彷彿とする。自分にとって最も身近な"田舎"は、長野県蓼科地方だけど、白樺などの植生が近いためか、特に似ているような印象がある。以前に実習先で蓼科で撮った写真を見せたら、"日本にも白樺があるのか?"と驚いていた。ただ大きく異なるのは、Göteborgでは中央駅からバスで15分の距離にこのような光景があることで、東京ではおそらく2〜3時間かかるということだろう。おそらく欧州のヒトが日本を訪れて最初に驚くのは、都市や街がそれぞれ隣接している、ということではないだろうか。

スウェーデン人に東京の混雑の様子を話すと、当然みんな目を丸くして驚くのだけど、アジア地域の各国出身の友人たちとこのような話をすると、いつの間にか出身国の混雑度の激しさの自慢大会になるのが可笑しい。とりあえず仲良しの東アジア組では、東京<マニラ<上海の順番で混雑度が高いということで落ち着いている。さて、実際にこの3都市を訪問された方はどのように思うのだろうか(笑)

今日も、再び終日自室に籠もり、論文と格闘。とりあえず明日、指導教官にメールにて送ることになっている箇所までは書き上げる。全く満足できない出来ではあるけれど、とりあえず書いてみないことには指導も受けられないのだ。

photo of 20030421
20030420:one-thouthand and forty-eighth day

出国296日目。写真は"Sjöfartsmuseet"の光景。

This picture is "Sjöfartsmuseet". Today, I stayed in my flat the whole day and struggled to write the degree report. Then, I did some domestic worsks, such as cooking and laundry.

今日は、終日自室に籠もり、論文と格闘。書けば書くほど、自分の英語力の未熟さを痛感する。"小説家になりたかったら、小説を100本読むこと"というコトバをどこかで読んだことがあるけれど、おそらくこれは論文でも同じで、"論文を書きたかったら、論文を100本読むこと"が最良の道なのだろうなと痛感する。ましてや、外国語で書く場合には言うまでもない。

数日前に、柴田正良"ロボットの心−7つの哲学物語"(講談社現代新書,2001)を読了。路面電車の中などで移動中に読んでいた時には、G.P.S."the answer"(新風舎,2002)と比較して、色々と考えていたように思っていたのだけど、読み終わったらすっかり頭から抜け落ちていた。柴田(2001)はモリスの記号論一般に関する3分類の点で、G.P.S.(2001)はソシュールの言語論の点で、両者ともに記号言語論に触れており、さらには異なる論理展開からとはいえ、"ロボットが心を持つことは可能である"という結論に至っているのが面白い。もう少し余裕がある時に、改めて読み直した上で、内容について考えてみたい。

photo of 20030420
20030419:one-thouthand and forty-seventh day

出国295日目。写真はGöteborg市内の郊外地区の光景。

This picture is taken on the outskirts of Göteborg. In this afternoon, I visited my colleague's home with other friends.

今日は、"復活祭"の当日。以前からの約束どおりに、中国人とフィリピン人の友人と共にヨルダン出身の友人の家庭を訪問する。"Nils Erikson Terminal"から出ている郊外向けのバスに乗り、15分くらいで到着。交通の便は少々悪いけれど、自然が沢山残っているとても住み心地の良さそうな地域であった。

彼女はスウェーデン人の男性と結婚し、9歳の男のコと6歳の女のコとの4人家族。住まいは、ダイニングキッチン+広いリビング+主寝室+客用寝室+子ども部屋2室+バスルーム兼トイレ+客用トイレという充実状況。集合住宅の地域内は車両通行禁止で、中庭の遊具を中心に子どもたちが思う存分駆け巡って遊んでいる。合計で1000戸あるというその集合住宅の地域には子どもが多く住んでいるので、何と"保育園(daghem, day care centre for the children)"は9箇所もあるとのこと。彼女は、"学校が遠くてバスと路面電車で40分かかるのが少々難だけど、職場も近いし、通勤途中で子どもを保育園に送っていけるのが楽だわ〜。上の男のコが通っている小学校は、あそこに見えるあの建物よ"と隣接する建物を指差す。

保育園では児童5人に対して1人の先生がつくことになっており、それでも仕事量が多すぎるということで、20030415に書いた地方自治体に勤める現場職員が加入している労働組合のストライキが来週から始まると、彼女はいう。そして"ヨルダンにいる自分の母親なんて、6人の子どもを育てたけど、無償だったわよ"と憤慨していた。ちなみに彼女の小さな娘が通う保育園は、13人の子どもが通っており、先生は3人なのだそうだ。こういう話を聞くたびに、"子育て"をめぐる状況の違いに嘆息するしかないのだ。

ヨルダン料理の軽い昼食をいただいた後、1時間程度の散歩に行くことになる。近くの森の中には、写真の川が流れており、子どもたちは喜んで石や木の枝を投げ入れる。それを見て、母親であるヨルダン人の友人は"私が何も教えないのに、ああいうことをするのよね。水に何かを投げ入れたくなるというのは、人類に共通の習慣のように思うわ。そうじゃない、シノ?"という。それは、20030417に書いた"踊る"という行為の共通性に私が感じたのと同じ疑問であり、非常に興味深い。

散歩から戻ってくると、その間に彼女の夫が準備していてくれたスウェーデン料理が待っていた。彼はかなり博学なヒトで、様々な知識と情報を持っており、質問をしたり議論するのが非常に面白かった。そのうちに、宗教観の話題になったので、20030404に書いた談笑以来、気になっていたこと、つまりヨルダン人の彼女の宗教観について質問してみる。"ねえ、ヨルダン人の多くはイスラム教徒よね?ではあなた自身の宗教は何なの?"と聞くと、彼女は笑いながら"え?私はキリスト教徒よ"と答えてくれる。隣に座っていた中国人の友人は、"ええ〜!?イスラム教徒じゃないの〜?"と大声を上げて驚いていたけど、同じくキリスト教徒であるフィリピン人の友人は知っていたらしく、にこにこしながら頷いている。続けて、"いつ、どうしてキリスト教徒になったの?"と尋ねると、"いつ、というか…。私の両親は元々パキスタン人で、パキスタンのなかのキリスト教徒の地区からヨルダンに移住したのよ。だから私も元々からキリスト教徒なの"と教えてくれた。

その後、彼女の夫と彼女によるパキスタンの歴史講座が開始して、知らないことばかりで非常に勉強になったけれど、彼女自身の宗教観を聞くことはできなかったのが、残念。いつか機会があったら、彼女自身が"神"の存在についてどのように思っているのかどうか、また国民の97%がイスラム教徒であるというヨルダンに長く住んでいて、彼女自身の宗教観に何らかの影響はなかったのかについて、尋ねてみたいなと思う。宗教と政治の話題は、かなり微妙なので最初は避けていたのだけど、不躾な質問をしても普通に答えてもらえるくらいに親しい関係になりつつあるし、そのことが非常に嬉しい。

photo of 20030419
20030418:one-thouthand and forty-sixth day

出国294日目。写真は"Chapman"氏の胸像の様子。

This picture is the bust of Chapman. Today, I went to a cafe and read Erving Goffman "Asylums"(Anchor Books, 1961).

今日は午前中からカフェに行き、Erving Goffman "Asylums"(Anchor Books, 1961)を読む。今日から、スウェーデン社会は"復活祭"の休暇に突入したので、ほとんどのお店は休んでおり、街も閑散としている。始終利用するカフェが開いていたので、窓際のカウンターに席を確保する。数人のスウェーデン人が、路上に設けられたテーブルで談笑している。しかもそのうちのひとりは、何とタンクトップ姿の女性であった。ちなみに今日の午前中の気温は6〜10度程度。

Goffman(1961)では、"toatl institution"の代表例として精神科閉鎖病棟を取り上げているのだけど、実習先でのインタビューの最中の派生的な質問において"最も施設的なモノ"として言及されることが多かったのは、"心臓病患者の入院している病棟"などいわゆる急性期治療を行う病院であった。スウェーデンにも精神科閉鎖病棟があり、一人当たりの空間は広いし、おそらく長期の入院にはならないのだろうけれど、"なぜ閉鎖病棟について触れる回答者がいなかったのかな?"とふと疑問に思い、その点に関して質問をしなかったことを後悔する。

スウェーデンでは、身体・精神・知的障碍者を対象とする大規模入居施設は1999年に全て"解体"された。以前に、これらの"施設"に生活していた人々のためにはグループホーム等が整備された、というのが多くの日本語文献に見られる説明だと思うし、私自身もそのように理解していた。けれども、昨年の夏にスウェーデンに到着して気が付いた、7年前の訪問時よりも増加しているホームレスの背景には、もしかしてこの施設解体により行き場のなくなった人々の存在があるのではないかな、と内心思っている。もちろん経済状況の悪化や失業率の増加という要因が大きいことは承知しているけれども。

実習の最中に、"高齢者担当ニーズ査定員(biståndabedömare, need's assessment officer)"のCさんとともにとある精神科閉鎖病棟に強制入院していた高齢女性を訪れたときに、強制入院や精神障碍者に対する相談援助の難しさなどについて話したことがある。その際に、Cさんが"この病院の敷地には、以前は精神障碍者のための大きな施設があったのよ。シノは、数年前に全ての大規模入所施設がなくされたことは知っているわよね?"と聞いてきた。そこで、"ええ。知っているわ。そして、以前に施設に暮らしていた人々のためには、グループホームが準備されたのよね?"と答えると、彼女は"うん。ある程度は準備されたのだけど、全く足りていないのよ。街を歩いて、気が付かない?アパートに住めなくなって、ホームレスになっている人たちも多いわよ"といったのだった。

色々と伝え聞いていると、日本では"施設サービスの見直し"が大きな流れになっているようだけど、その"施設"が果たしてきた機能の肯定的側面と否定的側面の双方をきちんと評価し、肯定的機能を補足していく環境を整備しなければ、新たな問題を生み出すだけになりかねない。Cさんが続けて述べたとおり、"施設解体という理念は素晴らしいけど、現実的な対応策が十分ではないのよね"という状況は、至極簡単に起こりうるのだ。

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20030417:one-thouthand and forty-fifth day

出国293日目。写真は今夜21:00過ぎの"Slottsskogsparken"の光景。

This picture is taken on "Slottsskogsparken" in this evening. Today, I stayed in my flat and described the answers of the formal interviews for the degree report, again.

今日は引き続き自室に籠もり、インタビューのまとめを行う。質的調査のまとめは初めてのことで、しかも英語なので、本当に自分の行っていることが適切なのかどうかが今ひとつ分からずに、少々不安。とはいえ、手探りであっても、指導教官のGerd Gustafsson博士の指示に従って進めるしかないのだ。

20030419が"復活祭"とのことで、実習先にて指導を担当してくれた"高齢者担当ニーズ査定員(biståndabedömare, need's assessment officer)"のIさんが、パーティに招待してくれた。20030327に参加させてもらったワッフルパーティと同様に、彼女が活動している伝統的ダンスサークルが主催する"復活祭"のパーティだったので、前回会ったヒトたちが覚えていてくれたのが、とっても嬉しかった。

大量のゆで卵の殻を剥くのを手伝い、"クリスマスの食卓(julbord, the Christmas table)"ならぬ"復活祭の食卓(påskbord, the Easter table)"の準備ができると、まずはダンス。最初は壁際で見ていたのだけど、誘われて自分も参加することに。文字通りのフォークダンスであり、ステップやパートナーとの入れ替わりの方法が英国の語学学校で体験したScottish danceに似ている。特定のパートナーと最初から最後まで組んで踊るモノもあるけれど、次々とパートナーをチェンジしながら踊るモノも多く、このようなフォークダンスはお祭りで踊られることが多かったことを考えても、おそらく昔は男女の出会い及び見定めの手段として重要だったのだろうなあと想像する。この点は、日本の夏祭りなども共通していると思うけど。それにしても、方法は違えども"踊る"という行為が、多く(おそらく全て)の人間の文化に含まれているのは何故なのだろう?

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20030416:one-thouthand and forty-fourth day

出国292日目。写真は"Systembolaget"の店頭の光景。

This picture is the show window of "Systembolaget". Today, I stayed in my flat and described the answers of the formal interviews for the degree report.

スウェーデンではアルコール度の高い(ビール3.5%以上、その他2.8%以上)アルコール類は、"Systembolaget"という国営酒店でのみ売っている。基本的にアルコール類を飲まないので、今までに1回しか入ったことがないのだけど、市内のあちこちに点在しており、緑色の専用の袋を手にしているヒトも始終見かける。毎週金曜日の夕方には、大混雑のために入場制限が行われ、入り口に長い行列ができている店舗もある。

今日の午後、とある"Systembolaget"の前を通りかかって、一瞬"へっ?"と立ち止まったのが、この写真の光景。ワインが数本置かれた後ろには"ワイン"と日本語で書かれており、下にはスウェーデン語で"寿司にワイン?(Vin till sushi?)"とある。ちなみに左隣には、漢字で"酒"、下にスウェーデン語で"炒めモノに酒?(Vin till wok?)"とあり、右隣にはおそらくヒンディ語で"ビール"、下にスウェーデン語で"グリーンカレーにビール?(Öl till grön curry?)"と書かれたポスターがある。20030314に書いたように、漢字を含むデザインは流行っているし、さらには"父親"とタトゥを入れた女のコにも会ったけれど、正しい用法でこのように大きく用いられいることは少ないので、何だか少し嬉しくなったのだった。

今日の日中はずっと自室にて、先日行ったインタビューのまとめ作業。論文の中間部分に入る予定なので、内容については書かない。ただまとめていると、其々の回答が彼女たちの立場や業務内容に非常に大きな影響を受けていることを、改めて気が付く。ちなみにインタビューの質問には、過去の職業経験と教育背景を尋ねる質問があるのだけど、この質問はスウェーデンの状況では不適切だったことに後から気が付いた。

日本的感覚だと、"あなたの教育背景は何ですか?"という質問をすると、最終学歴としての何らかの学校名もしくは学部名などが出てくると思う。ところがスウェーデンでは、職業に関連して業務の一環として受ける短期間の研修まで、"教育"と認識されている様子。しかも"教育"と"職業"を、同時並行もしくは行ったり来たりするリカレント制度が一般的なので、大学を卒業して以来20〜30年の期間があるベテランのインタビュー回答者の場合、"どういう順番で変遷していったのか?"を年代を追ってきちんと質問しないと把握できなかったのである。おそらくあまり細かく論文内で触れることは枚数の制限上できないと思うけど、それでも実際には教育背景が現在の仕事への取り組み方や、インタビューにて明らかになった彼女たちの考え方に大きな影響を与えていることは明白である。教育の内容が職業上の範囲(権限)に直接関係しているスウェーデンの方が、日本に比べて、教育が業務上の取り組みや考え方に与える影響力は大きいような気がする。

photo of 20030416