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20030615:one-thouthand and one-hundred and thirty-third day
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出国352日目。写真はBernの旧市街の様子。
This picture is the old town in Bern. Today, my friend and I went for a sightseeing in Bern. It is not so big city and looks like a town in a fairy tale.
昨夜は遅くまでスイス人の友人と話し込んでいたので、今朝は比較的ゆっくりと活動開始。彼女は高校で心理学と教育学を教えているので、スイスとスウェーデンと日本の教育の違いなどについて話していると、とても面白いし勉強になる。スイスでもスウェーデンでも"自分で考えること"が最も重視されているけれど、するとそれをどのように評価するのかということが最大の問題になる。彼女も丁度最終試験の採点の最中なので、その点でかなり頭を悩ませているとのことだった。その他に、最近の社会状況について話していて、スイスでも突然街中で若者が"キレ"て暴力事件を起こしたり、時には殺人に至ることもあるとのこと。また教室では私語が絶えず、自分の席に座っていられない生徒も多く、いわゆる教室崩壊も生じているという。スウェーデンでは聞いたことがないけれど、どのような状況なのだろう?
Bernは、首都とは思えないほど小さな街で、まるで童話から抜け出してきたような光景である。彼女の家からBernに向かう途中で"とても申し訳ないのだけど、スイスの首都はZurichだと思っていたのよ"というと、彼女は一瞬むっとした様子で"え〜!?違うわよ"といった後に、"でも確かにBernは政治的な首都で、Zurichは経済的な首都ともいえるわね"と教えてくれた。
快晴だったので、旧市街を中心に案内してもらうことにして、まずは"Naturhistorishes Museum(自然史博物館)"に向かう。ここには雪山遭難者の救助で大活躍を遂げた"Barry"という名のセントバーナード犬の剥製があり、英国にいた頃から彼女がこの犬の話をしてくれていた。その際から"シノがスイスに来るのなら、是非見せてあげるわよ"と度々いってくれていたので、今回希望を聞かれたときに"Barryを見たいわ"とお願いしたのだけど、当の彼女は自分が見せるといったことはすっかり忘れており、"単なる犬の死体よ"とにべにもなくいいながら連れて行ってくれた。"Barry"の剥製は、入り口近くにあるので、入場はせずに一見だけ済まして退散。実際のところ、彼女のいうように"単なる犬の死体"なのだけど、疑問なのは1800年代に死んだ犬をどのように剥製にして、現在まで保存されているのかということである。剥製保存の技術はそのように昔から発達していたのだろうか?
その後は、街の歴史に関する彼女の説明を聞きながら、"Bärngraben(熊公園)"や"Zeitglockenturm(時計塔)"などを見て歩く。個人的な最大の関心であった"Münster(大聖堂)"では、細い螺旋階段を登り、高い塔の頂上まで到達。元来運動不足なので、階段を登るのはかなりしんどかったけれど、バルコニーからの景色を見た瞬間に疲れも吹き飛ぶ。青空の下、Bernの街が一望でき、最高の気分。さらには、彼女が見える主要な建物について説明を加えてくれるので、非常に楽しい。今回の旅行を通じて、現地に住む友人に案内をしてもらうことの付加価値の高さを実感。心残りだったのは、Einsteinが下宿をして、その間に相対性理論を生み出したという家の前を通ったのに、休館で入ることができなかったこと。彼女は"ただ1部屋くらい展示してあるだけだと思うわよ"といい、多分その通りだろうとは思うのだけど、それでも彼が生活した部屋に立ち、同じ光景を目にしたかったのだ。そうできたのなら、Einsteinを大好きなごく親しい知人にとても良いお土産話ができたのにな、と思うと残念。
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20030614:one-thouthand and one-hundred and thirty-second day
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出国351日目。写真はGenéveの"Jet d'eau(大噴水)"の光景。
This picture is "Jet d'eau(the big fountain)" in Genéve. In this early morning, I went to Genéve by air. I have a short holiday in Switzerland until 20030618.
以前からの予定で、帰国前の休暇としてスイスの友人を訪ねる。Bern近郊に住む友人宅と、Zurich近郊に住む父の知人宅にそれぞれ2泊する予定になっている。07:00発という早朝の飛行機にて、まずはGenéveに向かい、半日ひとりで観光をした後に、列車でBernに向かう。
昨夜就寝前に、空港までの交通手段を確認していたときに、"Nils Ericson Terminalen"から発車している空港バスは運行しているけれど、学生アパートから"Nils Ericson Terminalen"までの路面電車は運行時間外であることに気づき、急いでタクシーを予約する。今朝惰眠を貪っているときに電話が鳴り、寝ぼけ眼で受話器をとると、何とタクシーの運転手さんからであった。"待っているのだけど、どこにいるのだ?"といわれ、一気に目が覚めて時計を見ると、信じられないことに予約した時間を数分過ぎている。目覚まし時計の設定を誤ったらしい。"すぐ行くから待っていて〜"と運転手さんに頼み、大慌てで仕度をする。超過料金を加算されたものの、無事に空港に到着することができ、一安心。タクシーを予約していなかったら、休暇旅行が水泡に帰するところであった。やれやれ。
機内では熟睡している間に、Genéveに到着。スイスは涼しいという思い込みがあったのだけど、Genéveの街での第一印象は"暑いっ!!"であった。考えてみればスウェーデンよりもかなり南に位置するのだから、当たり前である。とはいえ、湿度が高く、まるで東京の真夏の様子で、寝不足であったら貧血で倒れていたと思う。間一髪ではあったものの寝坊したために、睡眠時間を最大限に確保できたことは怪我の功名である。
Genéveで行きたいと思っていたところは数多くあったのだけど、あまりの暑さに欲張るのは不可能と判断し、レマン湖の方へ向かう。140mにも達するという"Jet d'eau(大噴水)"が遠くからでも見えるので、分かりやすい。通りを歩いていたときに、建物の間からこの巨大な噴水が見えたときには吃驚した。レマン湖のほとりを少しだけ周り、"Cathédrale St.Pierre(サンピエール寺院)"へと向かう。正面玄関から大聖堂の内部へ入ろうとしたところ、正装した男性から呼び止められ"今日は結婚式だから立入禁止だよ"といわれる。残念。大聖堂の地下にある博物館は開館していたので、階段を降りていくと、ひんやりと冷たい空気が心地よい。この博物館は、20年間以上も続いている4世紀から歴史が始まる大聖堂の昔の遺構を発掘している現場をそのまま公開している。何代にも渡って改築や改修を重ねられて現在の建物になった大聖堂の変遷を、非常に分かりやすく、しかも実際の遺跡をそのままに展示してあるので、個人的には非常に興味深く面白かった。
大聖堂の博物館を堪能した後、街の建物や店頭、公園を眺めつつ駅に向かってゆっくり歩いていく。基本的に欧州の街並みを見るのが大好きなので、観光らしい観光はしなかったけれど、満足。バスに乗ればもっと広範囲に動けるのだろうけれど、歩いているからこその発見もある。空港から感じていたのだけど、さすがに国際機関の多い都市だけあり、Genéveはスウェーデンで訪れたどの街よりも多国籍の人々がいて、色々な国のコトバが聞こえてくる。また住居不定生活者の姿も圧倒的に多い。実は今回の休暇旅行の折々を通じて、スイスという欧州の他の1国を垣間見ることで、"スウェーデンという国はやはり福祉国家なのだなあ"と改めて認識することになるのであるが、この話題は、後日。
当然のことながら駅における各種表示方法がスウェーデンとは異なるので、実は空港からGenéveに向かうときには駅員さんに尋ねる羽目になったのだけど、2度目のGenéveからBernに向かうときには、自力で列車に乗り込む。今日に至って、自分がいかにスウェーデン仕様になっているのかを知る。車内は指定席と自由席が分かれておらず、指定予約がある場合には座席に札がかかっているのはスウェーデンと同じ。とはいえ、今回の旅行中一度も指定予約など行わずに、席を確保することができた。
Bernの中央駅にて、去年の夏に英国の語学学校で親しくなり、昨秋にはGöteborgに遊びに来てくれたスイス人の友人と再会を果たす。ローカル列車に乗り換え、彼女の自宅へ向かう。郊外とはいえ、Bernから15分の交通の便の良いところ。そしてスウェーデンと同様に、広いおうち。天気の良いときには居間の窓と庭からアルプスの峰々が見えるとのこと。滞在中は晴天ではあったものの入道雲のような低い雲が出ていたので、見ることは叶わなかった。
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20030613:one-thouthand and one-hundred and thirty-first day
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出国350日目。写真はとある建物からの光景。
This picture is taken on a house in Göteborg. Today, all the couses were over. We had a party in our house in this evening. Some of my colleagues will return to their home country in this weekend. I will miss them.
今日は、最終試験(口頭試問)の最終日。ついにInternational Master of Science in Social Work2002/2003の全課程が終了した。夕方に、学生アパートの共同台所にて持ち寄りパーティが開かれたので、簡単に手巻き寿司の用意をして持っていく。作り方を説明しようと思っていたのに、海苔を取りに自室に戻り数分間席を外していた間に、みんな勝手に食べ始めてしまい、戻ってきたときにはほとんど残っていなかった。がっかり。それでも美味しいと喜んでくれて、わずかに残っていた寿司飯で手巻き寿司を作ってあげたら、次々"自分にも作って〜"と依頼され、大好評だった。
今週末に出身国に帰国してしまう友人もおり、来週には同級生の多くがスウェーデンを去ってしまう。私たちの課程は終了が遅く、学部や他のコースはすでに終了しているので、学生アパートの住人もかなりの人数が入れ替わっている。私自身も残すところ15日間となった。残りの日々は、ゆっくりと思う存分楽しみたい。
業務連絡。休暇のために、しばらく更新ができない見込み。次回更新は、20030618か0619になる予定。
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20030612:one-thouthand and one-hundred and thirtieth day
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出国349日目。写真はとある通りの光景。
This picture is taken on a street in Göteborg. In this morning, I had the final examination and I hope that it succeeded. Ahter that, I visited the supervisor and tell her my gratitude.
今日は、最終試験(口頭試問)の3日目。緊張のためにあまり眠れないままに朝を迎え、ついに自分の試験の日となる。少し早めに会場である教室に行き、自分でうまく説明できないある用語について資料を読み、最後の準備を行う。誤綴の訂正は紙面にて配布したので、省略。論敵であるヨルダン出身の友人が要約を始めたところで、私が論敵を担当したルーマニア人の友人が"みんな、おはよう!!"と大きな声で挨拶しながら教室に入ってきたので、一旦流れが途切れた以外は滞りなく進行される。隣に座っていてくれた中国人の友人が、小声で"試験開始時刻を10分も過ぎているのに、教室に入る前に気が付かないのかなあ"とつぶやいていたけど、内心は私も同感であった。個人差なのか文化的背景なのか分からないけど、とにかくルーマニア人の友人はマイペースである。
20030610に論敵であるヨルダン出身の友人と打ち合わせをしていたので、彼女からの批判的質問に対する回答の準備が可能であったために、私自身は緊張はしつつも楽しみながら議論をすることができた。審査官である先生も満足した様子で、展開された議論について評価してくれた。また審査官は、私の論文の良い点として"研究課題から一切逸れずにまとめられていること"を挙げてくれ、さらに"分析(analysis)"部分で提示したとあるモデルを賞賛してくれたので、とてもとても感激である。
終了後に借りていた参考文献を返却するためとお礼を伝えるために指導教官を訪れ、試験の報告を行う。論敵から指摘され、自分自身はその指摘に従って修正しても良いかなと思った箇所について相談をする。すると、指導教官は"その必要はないわ。このままの方が的確だと思うわよ"というので、板ばさみの気持ちになりつつも指導教官に従うことにする。しばらく帰国後のことなども含めて話した後に、退室しようとすると、彼女の方からhugを求めてくれたので、彼女が本当に私のことを大切にしていてくれたことを改めて実感し、泣きそうになる。
論敵からの指摘は、研究の結果や分析に関してではなく、ほぼ研究方法論的な問題に終始していた。同一の研究課題であっても結果を導くための方法論は数限りなくあるので、つまり彼女のいう方法でもできるけれど、私が行った方法もある。どれかが絶対に正しいわけではないので、修正は必然ではない。実際、彼女からの指摘は、もちろん今後の参考にはするけれども、それほど根本的な指摘ではなかったというのが率直な感想。自分自身では、もっと根本的な批判を受ける余地にも気が付いており、そこを指摘されたら防御することは難しかっただろう。とにかく今回痛切に感じたのは、研究や論文に"完璧な完成"などはありえないということである。ただできるのは、"それを目指すこと"だけなのだ。
最終試験自体も明日1日を残すだけとなり、私自身の留学生生活は今日で終了した。去年の今頃に抱えていた不安の大きさを思うと、"よくここまで辿りついたなあ"という達成感があり、素晴らしい環境で勉強だけに集中することができた幸せな1年間を考えると、"ああ、終わってしまったなあ"という寂寥感がある。複雑な心境ではあるけれど、それを考えても仕方がない。どうやら帰国後は再び慌しい日々戦闘のような生活が待っているようなので、残りの数週間はせめてのんびりと休暇を楽しむつもりである。これまで応援してくれた皆さんに、心からの感謝を!!
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20030611:one-thouthand and one-hundred and twenty-nineth day
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出国348日目。写真はLundのとある通りで見かけた光景。
This picture is taken on a street in Lund. Today, I attended the final examination of my colleagues. I will have it tomorrow and am nervouse with it.
今日は、最終試験(口頭試問)の2日目。聴衆としての参加だったので、気楽である。昨日の出席分で、求められている5つの試験への参加という要件は満たしているのだけど、各国から集まってきた同級生の論文について学ぶ機会は貴重なので、出来る限り出席するようにしている。今朝は雨が降っていたこともあり、自分を含めてたったの3人しか聴衆がいなかった。
昨日の昼食時に、数人の友人たちとカフェにて話をしていたときに、夫の都合にてハワイに移住することになっており、現地にて実習を行ったスウェーデン人の同級生が私の方を向いて、"そういえば、シノ。この間、日本の母子関係に関する論文を読んだの。そこには、日本では母と子はとても近い関係を持っており、密着していると書いてあったわ"という。私が、"う〜ん、そうね。特に子どもが小さい頃は、そういえると思うわ"と述べると、彼女からは"そうなの。私たちの文化とは随分違うわね"という感想。すると、別のスウェーデン人の友人が、"うん、全くだわ。もしスウェーデンで母と子が特別に近い関係を持ったら、父親が嫉妬するわよね"とコメントしたので、非常に面白かった。
先日、日本人の友人と公園を歩いたときに、ベビーカーを押して歩いているのは父親ばかりであり、その友人と"一体、母親はどこにいるのだろうね?"と話していたことを思い出したので、その話題を紹介すると、スウェーデン人の同級生たちも含めて、大笑いとなった。本当は、職場での拘束時間の違いなどについて説明して、日本ではたとえ父親が子どもと一緒の時間を多く持ちたいと思っても、勤務環境が許さない場合が多いことについてなども触れたかったのだけど、時間がなくて残念。ちなみに、実習先で似たような話題になったときには、サービス残業などについても説明したので、"そんなの人生じゃないわ!!"という感想を受けたのであった。
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20030610:one-thouthand and one-hundred and twenty-eighth day
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出国347日目。写真はLundのとある通りで見かけた光景。
This picture is taken on a street in Lund. In this morning, the final examination started. I was an opponent of a colleague's report and it could be said to succeed.
今日の午前中から、ついに最終試験(口頭試問)が開始した。形式としては、審査を担当する教官(examinator)が座長となり、まず最初に論文の著者が綴りの誤りなどを訂正する(約5分)。そして次に、論敵(opponent)が簡単な要約を述べ、質問とそれに対する筆者からの回答という形で議論が進んでいく(約30分)。さらに、議論は会場全体に開かれ、聴衆からの質問と筆者からの回答が行われる(約15分)。最後に、審査官からのコメントが述べられ(約10分)、試験は終了となる。
議論に対する介入の方法や最後のコメントの内容は、審査を担当する教官によって大きく異なる。なかには、黒板を用いて半ば講義状態にしてしまう審査官もいるので吃驚。最終的に合否が決定されるのは、教官たち全員による円卓会議によるのだけど、基本的には審査官が判断する。従って、最後のコメント部分で合否を述べる審査官もいた。
私が論敵となったルーマニア人の友人の試験は、今日の午後に行われた。当初は、彼女は英語も得意であり、数ヶ月間をともにした授業中も鋭い質問やコメントを述べていたので、果たして専門も大きく異なる自分に批判できるのだろうか、と不安を感じていた。ところが、彼女は指導教官と行き違いがあり、ほとんど指導を受けずに書き進めたとのことで、確かに疑問を感じる点が多い。批判を述べるときには、まず批判の前に良い点を評価すること、また批判はできるだけ疑問の形に変えること、というのが"Academic Writing"のコースにて身につけた注意点なので、留意して進める。余談になるけれど、この注意点は日常生活でも有効なように思えるし、これを身につけることができただけでも、今回の留学の意義はあったかもしれない。実際に自分自身が、日常生活で実行できるのかどうかは別にせよ(笑)
自分では強すぎる批判になってしまったかな、と危惧していたけれど、結果的には彼女自身からも"細かく読んでくれてありがとう"といってもらい、周囲の同級生からも"とても良かったよ"といわれたので、それが社交辞令としての慣習だと分かっていても嬉しかった。
自分自身の試験は、明後日の20030612の午前に予定されている。今日の試験終了後に、論敵であるヨルダン人の友人と打ち合わせを行う。彼女からの質問や指摘を聞いていて、異なる視点からは実に異なる指摘がなされるものだと痛感する。特に、彼女からの指摘は、指導教官からの指示に従った部分が多かった。20030528に書いたように、英語の修正指導を行ってくれたhost familyも、やはり指導教官からの指示に沿っている部分に対する疑問を多く提示していたので、不思議。host familyは研究者ではないし、ヨルダン人の友人も全く異なる領域を専門としているのだけど、これはもしかして研究的視点が強くなるほどに、一般的な視点からは離れるということなのだろうか?
とはいえ、20030528にも書いたように、たとえ指導教官の指示に従っていたとしても、その指示を採用したのは私自身の判断なのだから、全ては自分の責任である。従って、きちんと自分のコトバにて彼女からの質問に答えられるように準備をしなくてはならないのだ。
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20030609:one-thouthand and one-hundred and twenty-seventh day
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出国346日目。写真はLundのとある通りで見かけた光景。
This picture is taken on a street in Lund. In this afternoon, I prepared some transparencies for the final examination tomorrow, which I have to have a presentation as an opponent. However, the author gave me the final draft at the night.
今日は、終日自室に籠もり、明日論敵(opponent)として発表することになっているルーマニア人の同級生の論文と格闘し、OHP用の原稿を準備する。夜に、彼女と打ち合わせをすることになっていたので、約束した時間に彼女の部屋を訪れると、"まだ指導教授から了承を得ていないし、未完成だけど、これが当面の最終版"と、原稿を渡される。事前に受け取っていた原稿と大差ないとはいいつつも、章の番号や研究課題(research questions)自体も新たに1つ加えられているなどの修正が行われている。結局、打ち合わせの後、OHP用の原稿を修正しなくてはならない羽目になり、就寝時間が大幅に遅くなってしまった。
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20030608:one-thouthand and one-hundred and twenty-sixth day
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出国345日目。写真はとある公園で見かけたコガモの様子。
This picture is ducklings at a park near my friend's house. In this morning, my friend and I went for a walk around her house and then I came back to Göteborg.
今日の午前中は、友人のおうちの近くにある公園に散歩に行く。コガモがたくさんいて、しかもスウェーデンの野鳥はあまり人間を警戒しないので、平気で近づいてくる。1匹などは私の足元に来て、靴をつついて行ったほど。今日は快晴だったためか、池で泳いでいる水鳥よりも芝生で日光浴や散歩をしている水鳥が多かった。
美味しい昼食をご馳走になった後、正午過ぎの列車でGöteborgに戻る。平原のSkåneから、Göteborgに近づくと急に丘や岩が多くなっていく景色の変化を眺めていると飽きない。Stockholmにせよ、LundやMolmöにせよ、それぞれにとても良い街だと思うし、"一度は住んでみたいな"とも思うのだけど、Göteborgの中央駅に到着するといつも"ああ、帰ってきたな"とほっとする。東京で数年間一人暮らしをしている街にはあまりこの感覚はなくて、数十年間を過ごした実家のある街の駅に到着したときの感覚に近いのが不思議。3週間後の週末には、日本に帰国しており、Göteborgは私の住む街ではなくなるのだなあと思うと感慨深い。
晴天だったにも関わらず、夕方から雷雨。雷は苦手なのだけど、学生アパートは防寒のため壁が厚く気密性が高いので、防音もしっかりしており、雷音があまり聞こえずに助かる。去年の夏にも夕方の雷雨が多かったことを思い出し、つくづく夏になったのだと思う。
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20030607:one-thouthand and one-hundred and twenty-fifth day
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出国344日目。写真は"Lund Universitetshuset"の様子。
This picture is "Lund Universitetshuset(the house of Lund University)". Today, we went sightseeing in Lund.
今日は、友人とともにLundに行き、観光をする。GöteborgやStockholmと比べると、Lundは小さな街なので、徒歩で移動できるのが便利。市内を歩いていると至る所に、Lund Universityの校舎や建物があり、町全体が大学の様子である。Göteborg Universityの各学部校舎も分散しているけれど、Göteborgは市内に大学が点在しているのに対し、Lundは街自体が大学のなかにあるような印象。写真の建物は、Lund Universityの講堂であり、内部が美しいとのことだったので入りたいと思ったのだけど、何かの式典を行っている様子で建物の正面で写真撮影などが行われていたので、内部を見ることは叶わなかった。
友人の友人の説明では、Lund Universityは元々当時の王様の別宅(?)のような宮殿を寄付されたことから始まったのだそうだ。その宮殿は今でも哲学部の校舎として利用されており、入り口から覗いてみたところ、いかにも歴史のありそうな黒光りする螺旋階段が印象的であった。
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20030606:one-thouthand and one-hundred and twenty-fourth day
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出国343日目。写真は世界の車窓から@Göteborg-Molmöの光景。
This picture is taken through the window of a train from Göteborg to Molmö. In this afternoon, I took the train to Skåne to spend this weekend with my Japanese friend living there.
今週末は、スウェーデン南部の地方であるSkåneに住む友人を訪れる約束をしていたので、今日の午後は列車にて南へ向かう。風は冷たいけれど、快晴の空の下を、列車にて旅をするのは、とても気持ちが良い。とある駅まで迎えに来てくれた友人と無事に再会を果たし、彼女のおうちへと向かう。
到着したのがすでに夕方近くだったので、観光などはせずに、彼女とお喋りに花を咲かせ、美味しい食事をご馳走になる。出国以来、世界各国に友人知人ができて、多くの方に"いつでも遊びに来て"といっていただいていることに感謝。
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20030605:one-thouthand and one-hundred and twenty-third day
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出国342日目。写真は社会福祉学部校舎の学食の様子。
This picture is the cafetelia at the Deparment of Social Work at Göteborg University. In this evening, we had the soon-farewel party at the balcony of the Department. Some lecturers and some supervisors of the field study came. We had lots of food, drinks and talking. It was really a nice party.
今日の午後、私が論敵(opponent)を担当するルーマニア人の友人がようやく論文を渡してくれたので、カフェに行き目を通す。彼女は、"まだ草稿だから、最終原稿は週末に渡すわね"といっており、文献リスト(references)も表紙もついていない本文と目次のみの原稿のみである。貧困と社会的排除と保健サービスに関するスウェーデンとルーマニアの比較研究論文で、非常に興味深いのだけど、スウェーデンに関してはともかく、ルーマニアの部分については全く知識がないのでどうやって批判すればよいのだろう、と頭を悩ませる。
他人の論文の発表をするのは自分の論文の発表をするよりも難しいけれど、ルーマニア人の彼女が、いかに私とは異なる視点をもっているかについて、実感することができるのは、非常に面白い。最後の最後までしっかりと学んで帰国したいと思う。
今日の夕方には、課程責任者と実習責任者の主催による"もうすぐお別れパーティ"が行われた。課程の一番最初の科目であり20020828から20020911に受講した"Academic Writing"の担当教授も来ており、数ヶ月ぶりの再会を果たす。彼はきちんと全員のことを覚えており、"何もかも順調かい?"と訊かれたときに、私が"ええ。でも英語は未だに難しいわ"と答えたところ、"おや、未だにかい?"と笑いながら、"でも日本語とは西欧の言語とは随分異なるからね。自分が日本語や中国語で勉強することを考えたら気が遠くなるよ"といってくれた。
各同級生の論文の指導教官や実習先での指導担当者も大勢集まり、かなり盛大なパーティであった。晴天だったので、学部のベランダで行われ、典型的なスウェーデンのパーティである。私の論文指導を担当してくれたGerd Gustafsson博士は残念ながら欠席だったけれど、実習先で指導を担当してくれたCさんとIさんが来てくれた。Cさんが色々なヒトに一昨日の手巻き寿司のことを話してくれたので、スウェーデン人の友人や教官から"自分にも教えてくれ"といわれ、光栄な気持ち。またCさんとIさんは、私の実習期間中から何とか資金を得て日本に視察に来たいといっており、実は私の実習先の地区議員でもありCさんとIさんの上司の上司である実習責任者とともに、"いつか皆で行くから"と再三いってくれた。本当にそんな日が実現するといいな、と願う。
久しぶりにCさんとIさんとゆっくり話をしたり、数週間ぶり会う同級生とお互いの実習や論文について話したり、とても楽しい時間を過ごす。ただ、一方では終わりに向かって、急速に収束しているような感覚に捕らわれ、痛切な寂しさを感じる。でも、会おうと思えば再会できるし、どちらにしてもまたスウェーデンには、期間はともかくとして、戻って来るつもりなので、この国と彼女たちから遠くへ離れてしまう寂しさに思いを馳せるよりも、今回の出会いに感謝したい。
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20030604:one-thouthand and one-hundred and twenty-second day
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出国341日目。写真は社会福祉学部校舎の一部の様子。
This picture is the building of the Deparment of Social Work at Göteborg University. In this afternoon, we had the distributions of the degree report. However, some colleagues did not submit their reports and so I could not obtain a class mate whose opponent is me. I hope that she will give it to me tomorrow.
今日の午後には、来週の最終試験(口頭試問)に向けて論文が配布されることになっていたので、学校へ向かう。指定された時間の10分前に到着すると、課程責任者のTorunが準備をしているところだった。"お手伝いしましょうか?"と訊ねると、"もう終わるから大丈夫よ"といわれたので、そのまま脇に座り雑談を続ける。昨日の手巻き寿司の件を話すと、"あら。うちにこそ来て作って欲しいわ。寿司は、自分の娘の一番の大好物なのよ"という。彼女の娘とは数回あったことがあるけれど、まだ保育園に通っている年齢なので吃驚。
肝心要の論文の配布は、私が論敵(opponent)となるルーマニア人の友人が未提出のために受け取ることができなかった。週末は予定があるので、今日明日で準備をしておこうと思っていた計画が崩れる。それでも友人たちの論文を4つまで得ることができ、また海外で実習を行っていたスウェーデン人の同級生と数ヶ月ぶりに再会でき、楽しい時間を過ごす。
昨日、Vasagatanの"akademibokhandeln"にて注文書籍を受け取る際に、発見し購入したColin Moon"Sweden the secret files"(Today Press, 2003)という小冊子のような本が非常に面白い。スウェーデンに長く住んでいるらしい、おそらく英国人の著者が、ユーモアに満ちた表現でスウェーデンについてコラムを書いている。路面電車のなかで読んでいて、思わず噴出してしまったのは"スウェーデンの政治"と名づけられた以下の部分。
スウェーデン人は自由主義(liberal)である。しかし、彼らは社会民主党(social democtrats)に投票する。それは、彼らが非常に保守的(conservative)であるためである。もしくは、よく言われているように、スウェーデン人は色とりどりの人々である。彼らは、青く考え、赤に投票し、緑を食べる。
ちなみに昨日Cさんのおうちを訪問した際に、上述の一節を紹介したところ、彼らは大爆笑していた。その他には、以下のような文章もある。タイトルは、スウェーデンの発明。
スウェーデンは世界に、ボール・ベアリングと安全マッチ、モンキースパナ、テトラパック、volvoやsaabを与えた。(中略)もちろん、ikeaもスウェーデン産である。もしスウェーデンの社会民主党が一般的に"国民の家"といわれる福祉国家を建設したのだとすると、ikeaはそこに家具を置く。
"国民の家(folkhemmet, the home of the people/all people's home)"というのは、スウェーデンにおいて福祉国家の基礎を作ったといわれているP. A. Hansson首相が、1928年の議会演説において国全体をひとつの家庭としてみなし、普遍的福祉国家を表現したコトバである。
そしておそらく何らかのikea製品を持たないスウェーデン家庭というのは、非常に稀だと思われる(笑)
ちなみにMoon(2003)には続編もあり、"Sweden more secret files"という。こちらは場面ごとのスウェーデン人の英語による会話が書かれており、それぞれについて著者自身のコメントがついている。スウェーデン人の使用する英語表現は、ときにスウェーデン語からの直訳であり、ここではそれが実際の英語表現ではどのような真の意味を持つかということが紹介されている。英語の勉強にもなるので、個人的には一石二鳥なのだ。
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20030603:one-thouthand and one-hundred and twenty-first day
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出国340日目。写真は手巻き寿司パーティの光景。
This picture is taken at my field supervisor's home. In this evening, she and her husband invited me to their home and we made sushi together. I was very glad that they enjoyed sushi very much.
論文を提出し、6月に突入したので、何だか一気に帰国の日が近づいてきたことを実感する。一段落したので、今日は久しぶりに長時間の睡眠を満喫し、休養をとる。以前からの約束で、今夜は実習先で指導を担当してくれたCさんのおうちで手巻き寿司を作ることになっていたので、中心街まで買い物に出かけた。Göteborgはすっかり夏になっており、気温も20度以上ある。何というか、実はスウェーデンには冬と夏の2つの季節しかないのではないかと思う。
昨日の夕方、南アフリカ人の友人2人が学生アパートの前の芝生で日光浴をしていたので、しばらく一緒に話していたときに聞いたのだけど、南アフリカは現在冬なのだそうだ。南半球だから考えてみれば当然だけど、"暑い国"という印象のある南アフリカから来ている友人が、"寒い国"であるスウェーデンで日光を堪能して、冬の南アフリカに帰国するというのは、何となく可笑しい。
Cさんは夫と2人暮らし。Cさん自身はお寿司はあまり食べたことが無いとのことだけど、夫氏が大好物で、実習中から"寿司を作りに来てくれ"と頼まれていたのだった。事前に"材料は教えてくれれば用意しておくから"といわれていたので、料理上手なミカ氏の助言を仰いだ上で、サーモンとまぐろ、小エビ、キュウリ、レタス、アボガドの購入を依頼する。自分自身では、お米(gröt ris)と海苔、醤油、酢、わさびを用意し持参する。
スウェーデン人は"握り"を"sushi"と思っているので、手巻き寿司は認めてもらえないのではないかと危惧していたのだけど、事前に"寿司レストランで食べるのとは違う種類しか作れないよ"と伝えてあったためか、杞憂に終わる。2人にも手伝ってもらったので、予想外に時間がかからず用意ができ、まずは見本をみせる。夫氏がわさびをつけすぎて、日本人のいう"きく〜っ!!"という状態になった以外は特に問題もなく、Cさんも抵抗無く食べてくれて、夫氏も"これは寿司レストランで食べるのよりも美味しいね"といってくれたので、嬉しかった。とりあえず成功だった様子で、ほっとする。
スウェーデンの寿司レストランは一般的に中国人経営なので、私自身も今までスウェーデンで数回食べたときよりも美味しいと感じた。サーモンもまぐろも鮮度がかなり良かったので、"どこで購入したの?"と聞くと、"fiskkyrkan"というので、納得。なるほど、美味しいのは当然である。"fiskkyrkan"というのは、市内にある魚市場(feskköekan)のことで、20020927に写真を掲載しているように建物が教会に似ているので、"fiskkyrkan(魚教会)"と呼ばれる。値段もやや高めだけど、鮮度は確実に高く、美味しい。
夫氏はGöteborg Universityの教員であり、自身も歴史学の博士号を持っている。なので、スウェーデンの教育やGöteborg Universityについて色々な話を聞くことができ、楽しい時間を過ごす。来週に予定されている私たちの論文も最終審査も公開されているけれど、博士号の最終審査(口頭試問)も一般公開されて、彼のときには70〜80人が集まったのだそうだ。博士号の場合も論敵(opponent)との議論形式で行われ、立ち会う3人の審査官は試験の最中はほとんど口をはさまないのだそうである。論敵との議論が終了した後には、一般から参加している聴衆にも質問が許可され、さらなる議論が展開するのだそうだ。またGöteborg Universityには、78学部があると知り、吃驚。初めて聞いたことだけど、北欧で最大規模の総合大学なのだそうだ。夫氏に"日本にはいくつの大学があるの?"と訊かれたので、"ん〜、東京だけで短期大学も含めたら、100校以上あると思うわ"と答えたところ、目を丸くして驚いていた。"大学教育"の位置づけも、"教授"職の意味も、(少なくとも社会福祉学における)"博士号"の価値も、全てが日本とスウェーデンでは大きく異なることを併せて説明しなくては、誤解を生む回答だと思っていながら、時機を逸して説明し損ねてしまった。それでも続けて色々なことについて、質問を受けたり、話し合ったりしているうちに、何となくでも伝わっているといいなと思う。
私の理解によると、スウェーデンでは数年(?)前まで、"総合大学"というのはGöteborg Universityも含めた国立6大学しかなかったのだ。この6大学に、Charmers Tekniska HögskolanとKungl Tekniska Högskolanという2工科大学を加えた8大学が別格で、規模が小さい各県立大学が連なっている状況だったらしい、というのが私の理解である。数年前(?)の大学教育改革にて、6国立大学とその他の県立大学との差は小さくなったようだけど、それでも学位の価値は(気持ち的に?)多少異なるらしい。
おまけの話題。論文と格闘している間にずっとかけていたラジオで始終流れていたスウェーデン語の曲が気に入って、ようやく曲名を聞き取ることができたので購入する。Glenmark Eriksson Strömstedt"Den andra kvinnan"というのがその曲であり、20030529付Swedish singles chartにて17位である。ちなみにアルバムは"Den Andra Skivan"といい、同日付のSwedish albums chartにて5位。
ついでに、先日開催されてTVでも中継されたらしい欧州全体の選抜音楽祭である"Eurovision songs contest 2003"の参加曲を収録した公式アルバムも購入。音楽祭の結果は、1位がトルコで、スウェーデンは5位とのこと。
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20030602:one-thouthand and one-hundred and twentieth day
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出国339日目。写真はとある通りの光景。
This picture is taken on a street in Göteborg. After sleeping for two hours, I got up in this morning. I continued to revise the degree reort until the last moment, and then I finally submitted it to the Department. I am not completely satisfied with it, but I tried to do my best at least.
仮眠を2時間だけ確保した後、気合で起床し、論文との最後の格闘を再開する。細かい文法上の誤りがやはりまだ残っているのを発見したり、昨夜直したところをまた以前の表現に戻したり、見直しているとキリがない。今回の締切は時間厳守だと思っていたので、万が一路面電車が途中停止しても徒歩で間に合うだけの余裕を見て、修正を終了し、学校へ向かう。
路面電車のなかで、仲良しのフィリピン人の友人に会ったので"今から提出に行くの?"と訊くと、彼女は"ううん。私は明日提出するの"というので吃驚仰天。"明日提出って、締切は今日だよね?"と確認すると、"うん。だけど指導教官から修正を指示されたので、そこを加筆して明日提出するの"という。彼女によると、他に南アフリカ人の同級生が同じ理由で明日提出の予定で、ルーマニア人2人に至っては今週末に提出するという。率直な感想として、時間があればあるだけ論文の完成度は高まる可能性があるのであり、最初から締切が提示されている以上、それに合わせて指導教官の指示を受けるのが当然だと思うので、どうしても"不公平"ではないかなと感じてしまう。だけどそう思ってしまうのは自分の欠点の一部だと自覚しているので、"自分は自分"と自分に言い聞かせる(笑)
図書館へと向かうフィリピン人の友人と別れて、論文提出のために課程責任者のTorunの研究室へ向かう。彼女に"自分で満足している?"といわれたので、"英語の問題があるから完全には満足していないけど、少なくとも全力は尽くしたわ"と答えると、彼女は論文をぱらぱらとめくりながら"少なくともよく出来ているように見えるわよ、レイアウトはね"と笑う。"指導教官のGerdはどうだった?"と訊ねられたので、"ああ、彼女は最高だったわ。彼女なしにはこの論文は書けなったわ。彼女とは1〜2週に1回は会って指導を受けたの"というと、Torunは"それがあなたたちに求められていることなのよ。なかには最後まで指導教授に会わずに、結局今日の提出に間に合わない同級生もいるのよ"と半ば嘆いている。彼女の話によると、どうやらルーマニア人のひとりは、全部論文を書き終えるまで1度も指導教官の指導を受けなかった様子なので、思わず去年の自分を思い出す。
Göteborg Universityでは学部生も含めて、全ての学位論文が図書館に所蔵されるので、彼女に"この原稿が図書館に所蔵されるの?"と訊くと、"ううん。最終試験の後で、修正した原稿が図書館に送られるの。だって、試験官や論敵(opponent)に指摘された問題について、自分が納得したら、直したいでしょ?誰にだって修正の機会は与えられなくてはならないわ"というので、"もちろん。試験の後で修正できるのは有難いわ"と答えつつ、内心で日本とは随分と異なるなあと思っていた。正直なところ、自分が社会人兼業大学院生ではなく、研究者志望の博士課程の院生だったら、帰国せずにこのまま残り、どんなに大変でもスウェーデンでの教育を受け続けるだろうなと思う。どちらが自分の納得できる"勉強"ができるかという違い。ちなみにこれは、日本で在籍している大学院とGöteborg Universityの差ではなくて、日本とスウェーデンの教育における総体的な違いによる。為念。
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20030601:one-thouthand and one-hundred and nineteenth day
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出国338日目。写真は昨日の夕暮れの様子。
This picture is the sunset taken yesterday evening. In this morning, I got up earlier than usual, and rushed to revised the degree report the whole day. Since the deadline is tomorrow, I continued to struggle with it thourgh the night.
昨夜も帰宅後に論文と格闘していたので、就寝は遅かったのだけど、今朝は頑張っていつもより早起きする。終日自室に籠もり、引き続き論文と格闘する。泣いても笑っても、明日の午後には提出しなくてはならない。結局徹夜になり、就寝したのは朝の8:00を過ぎていた。
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