|
20030628:one-thouthand and one-hundred and forty-sixth day
|
|
出国365日目。写真は成田空港へと向かう飛行機の窓からの光景。
This picture is taken through a window of the airplane to Narita airport. In this morning, I finally returned to my home in Tokyo. Today is the 365th day since I have left Japan the last summer. When the flight arrived at Narita airport, it was raining and very humid. Actually, I prefer summer in Sweden to in Japan, but, this is my home country. My days in Sweden have finished but my diary will be countinued on the new site.
今朝09:38@JST(02:38@CET)に、飛行機は無事に成田空港に着陸し、私の1年間の休暇は終了した。留学ではあるけれど、仕事をせずに勉強にだけ集中していられる時間は、私にとって最高に充実した幸せな"休暇"だった。実は、スウェーデンから帰りたくないと思ったのも、スウェーデンでの住み心地の良さという理由とともに、休暇の終わりに"休暇がもっと続けばいいのにな"と思うのに近い。
無事にスウェーデンでの修士を取得し、しかも論文は高く評価をしてもらい、さらには密かに目指していた野望まで達成できた。自分自身に満足して帰国できたことは、素晴らしく幸せなことである。"もう一度最初から繰り返したいな"という気持ちはあるけれど、後悔は一切ない。そう断言できることが、何よりも嬉しい。
どこで生活していても同じだけど、特にこの1年間は、多くのみなさんに支えられて過ごしてきた。自分で納得のいく結果を出して帰国できたのは、決して決して私ひとりの力ではない。多くの貴重な情報を教えて下さった諸先生方やスウェーデン在住の友人知人、1年間で出会ってきた全ての人々、勤務先法人のみなさん、助成金を認めてくれた2団体、"スウェーデンの両親"ことhost family、日本から折に触れて励ましのmailや息抜用宝箱を送ってくれた友人たち、そして誰よりも応援してくれた両親と兄、おそらく天空から見護ってくれている祖母に、心からの感謝を!!
本当にありがとうございました。
8年前にとある視察旅行に母とともに参加し、初めてスウェーデンに出会って以来、"いつか長期滞在して、できることならスウェーデンで社会福祉について学びたい"というのは、私の夢、というか、目標であった。今回の留学が決定し、その長年の野望がついに実現することになったとき、もちろんとても嬉しかった反面、"でも実現したら、目標がなくなってしまうなあ"という不安もあった。ところが、留学を終えた現在、正確には論文を完成した頃から、新たな野望というか目標が、むくむくと見えてきたのである。しかも幾つも。不安は杞憂だったのだ(笑)
諸般の事情から、新たな目標群の方が実現の難易度は高いし、そもそも仕事と勉強の二足のわらじに戻った際に、両方とも半端にならずに持続できるのかという大きな課題がある。それでも、あきらめたらその場で終りになってしまうし、あきらめずに進んでいけば、そこで得た経験が何であれ、無駄になることはない。だからあせらず、ゆっくり、のんびりと、時にはスウェーデン人のように公園でひなたぼっこしつつ、あえてまわり道をしながら、少しでも目標に近づくことができるようにしたいと思う。
365日間にわたる留学記録としての日記は今日で終わりになるけれど、この場所はこのままにしておくので、少しでもみなさんの参考にしていただいたり、楽しんでいただければ、とても嬉しい。自分自身の日記自体は、コチラにて続けるので、引き続きおつきあいをいただければ幸い。ご愛読いただき、ありがとうございました。そして、今後ともよろしくお願いいたします。
|
|
|
20030627:one-thouthand and one-hundred and forty-fifth day
|
|
出国364日目。写真は今回の滞在で最後に見たスウェーデンの光景。
This picture is the last view in Sweden. In this morning, I woke up at host family's home. Kindly, they took me to the Landvetter airport and we said "see you!" to each other. The flight left Göteborg at 12:30 and arrived at København in Danmark. Then, I transfered the flight to Narita airport in Japan. Today, I spend almost the whole day in airplane.
今日はほぼ終日、機内で過ごす。昨夜はぐっすりと眠ったために、予定通りの時刻に目覚め、朝食をいただく。その後、host familyに車で送っていただき、Landvetter空港へと向かう。青い空と白い雲、爽やかな空気の美しいスウェーデンの初夏。これから湿度が高く蒸し暑い東京の夏に帰るのかと思うと、少々憂鬱な気持ちになる。でも、来年か再来年には、少なくとも旅行者として、また戻ってくる予定なので、別に"これが最後だなあ"という感傷はない。
1年openの航空券をfaxを通じて確定しておいたので、少々不安だったけれど、無事にcheck inを済ませ、ほっとする。ついに、host familyにお礼と当面のお別れの挨拶をするときとなり、再会することは確実としても胸は一杯。先日もスイス旅行の際に来たばかりだけど、今度はここには帰ってこないと思うと寂しい。それでも写真の光景を眺めていると、いよいよ帰国するのだという実感が沸いてくる。ここまで来ると、さすがに嬉しい気持ちの方が、帰りたくない気持ちよりも大きくなってきた。
København(Copenhagen)までは、わずか50分の飛行なので、あっという間に到着。両親に電話をし、少しだけ買い物をした後に、搭乗口へと向かう。Københavnの空港ではさすがに日本人が多く、日本語が耳に入るたびに、英語が抜け落ちていくような感覚に捕らわれる。搭乗口前にて、通路をふさいでいる日本人の男性がいた際に、思わず"ursäkta(excuse me)"と最も頻繁に使用していたスウェーデン語が口から出てしまい、"あ、違うのだった"と気づいて出てきたコトバは、"失礼します"。とりあえず避けてくれた男性の横を通りつつ、"なんか変だな〜"と考えて、ようやく日本語では"すみません"というコトバが適切であることを思い出した。どうやら私は英語表現を直訳して、"失礼します"という日本語表現を選んだらしい。人間の頭脳は、本当に不思議だ。
搭乗の際に最も嬉しかったのは、日本語の新聞があったことで、気づいたときには、思わず"わ〜いっ!!"と声に出してしまった。日本から送られてきた宝箱には、日本語の新聞も入れてもらっており、internet上では新聞記事を読んではいたけれど、当日分の新聞を紙媒体で読むことができるのは衛星版でも契約していない限りは不可能なので、大感激であった。ところが、見つけたときには嬉しかったのだけど、どちらかというと読んでいて憂鬱になる内容ばかりなので、結局英字新聞を読むことになる。英字新聞だって、読んでいて楽しい記事ばかりではないけれど、英語というクッションがはさまるためなのか、英語という言語の特性なのか、記事の"乾燥度"ともいうべきモノが高いように感じる。
機内では、check in counterの担当の女性の配慮だったのか extra economyという通常のeconomyよりも広い空間の席だったこともあり、特に問題もなく快適に時間は過ぎていった。眠ることはあまりできなかったけれど、"daredevil"を観たり、音楽を聴いたり、新聞を読んだりしながら、久しぶりにのんびりとした時間を過ごすことができて、実はとても嬉しかった。余談になるけど、"daredevil"は"spider-man"との違いが全く分からず、機内上映で観るのが丁度良いくらいの出来だと個人的には思う。
|
|
|
20030626:one-thouthand and one-hundred and forty-fourth day
|
|
出国363日目。写真は本日退去した学生アパートの光景。
This picture is the house where I have lived until today. Since last night, I have been working with packing and cleaning without sleeping. There were too much things to do and I was too tired, I was nearly crying. In this afternoon, my host family came to help me. It was really "manna from heaven" for me. Thaks to them, I finished cleaning my flat and moved to their house at 21:00 at night.
明日の出発の前に、学生アパートの管理をしている学生専用不動産管理組合(SGS)から借りている食器等や鍵を返却しなくてはならないので、host familyのご好意により、本日の13:00に車で迎えに来てもらい、1泊だけお世話になることになっていた。予測していたこととはいえ、昨日の午後には荷造り関係を一切行うことができなかったので、仕方なく完全徹夜にて進める。ところが、おそらく寝不足と疲労で機能低下を起こしていたためだと思うけれど、どんなに頑張ってもなかなか終わりが見えてこない。半泣きのような気持ちになりつつ、嘆いていても仕方がないので、とにかく進める。
昨夜20:00過ぎに帰宅以降、休憩すら入れずに作業を続けていたにも関わらず、約束の13:00にhost familyが到着したときにもまだ終わらず。ところが、彼らは荷物の移動だけではなく、その他の作業も手伝ってくれるつもりで来てくれた様子で、"食器の返却などは自分たちがするから、シノは片づけと掃除を続けなさい"といってくれた。そして、完全徹夜であることを話すと、"それでは昼食もまだなのでしょ?後で何か買ってきてあげるから"という。"地獄に仏"とはまさしくこのことである。昨夜からほとんど何も食べていなかったので、その後、彼らが差し入れてくれたMcDonaldのハンバーガーほどに、美味しいご馳走はなかった。
その後も紆余曲折がありつつも、何とか21:00過ぎに全て終了。20020822に初めて訪れ、20020829から住み続けたFridhemsgatan56の学生アパートに別れを告げ、後にする。実は、自室が地上階に割り振られており、しかも窓の外は墓地公園という日本人としては複雑な気持ちになる部屋ではあったけれど、墓地ではなく公園と思えば、緑も多く、春には小鳥のさえずりがたくさん聴くことのできた良い環境であった。
host familyのおうちに向かう途中、最後の荷物を日本に発送するために郵便局業務を行っているスーパーに寄る。国際便とともに、スウェーデン国内に住む知人2人にあてて郵便物を発送。レジの担当のお姉さんは、切手はきちんと貼ってくれたのに、請求時にはすっかり国内便について忘れていた様子で、請求額と領収書には国際便の分しか記載されていない。指摘しよう思って、領収書を指して"あの…"といいかけたところ、"ここに何を送ったかは書いてあるから"ときっぱりいわれ、新たな接客へと向かってしまった。留学中は日ごろから郵便サービスを始終利用していたし、Postenというか郵便サービスには最も貢いだので、"まあ、幸運だったということにしておこう"と思い、そのまま退散。その後、host motherに話したところ、"(業務委託開始以前の)Posten時代には、そんなこと考えられなかったのにね"と笑っていた。
host family宅は現在大改修中なので台所が使えず、彼らはそのことについて非常に恐縮をしてくれたけれど、自分にとっては寝る場所とシャワーを貸していただけるだけで、十分であった。特に今日は彼らの助けがなかったら、2晩目の徹夜に突入していたと思うので、感謝感謝大感謝である。そして留学生活最後の夜は、疲れ果てていたために、寝つきの悪い私にしては珍しく、枕に頭がついたと同時に深い眠りに落ちていったのだった。
後から振り返ってみると、どうしてあんなに引越しに時間がかかってしまったのか、非常に疑問を感じる。確かに元々書籍や資料などモノの多い部屋ではあったけれど、昨日までにそれなりに片付けてあったので、本来ならもっと短時間で順調に終わったはずなのだ。おそらく、ひとつには寝不足と蓄積されていた疲労から、自分の能力の半分程度に落ちていたような感じであったことがある。この点について、反省するべきなのは、期間限定の海外滞在の場合には、不要になったモノはその場で送り返すことが重要であったのだということ。ただ、文献や資料などは、いつ必要になるか予測がつかないという事情もあるために、"云うは易し行なうは難し"である。
そして次の理由としては、掃除が予想外に大変だったことがある。これは、自分が汚く利用していたためではなく、学生アパートの床の素材に細かい凹凸があり、非常に汚れやすく、また汚れが落ち難い、さらに模様なのか汚れなのかが分かり難いという問題があったためである。もちろん、これも常日頃からマメに掃除をしておけば最善なのだろうけれど、床材については、同級生のなかでも不平が高かった。自分は、確か"Mr.mascle"という名の強力洗剤を利用して何とか汚れを落としたけれど、"SGSが悪いのだから、文句を言われたら、そう言い返す"と断言して、床の汚れはあまり気にせずに退去していった同級生もいる。従って、同じ型の学生アパートに住んでいる場合には、床の扱いには、要注意なのだ。スウェーデンでは、退去時の清掃に関して日本ほどには厳しくない様子だけど、私たちの場合には、課程責任者と教務担当者より"必ず入居時と同じように復元しておくこと。さもなければ、SGSより掃除費用を請求する"という強い指示が出されていた。
host familyの助力のおかげで何とか無事に終了したとはいえ、まさか留学最後の日をこんな風に過ごすなんて、予想もしていなかった。とにかく当分の間、引越しはしたくないというのが現在の率直な心境なのだ(笑)
|
|
|
20030625:one-thouthand and one-hundred and forty-third day
|
|
出国362日目。写真はとある通りの光景。
This picture is taken on a street in Göteborg. Today, I had lots of things to do. In this morning, I struggled with packing my belongings. Then, I visit my field supervisors to say "good bye". Actually, I do not like to say it and prefer "see you". They are interested in the elderly care in Japan. Therefore, they eager to visit my country and the organisation where I work. In this evening, my Swedish friends invited me to their home and we had a dinner together. I really hope that I can see both the field supervisors and the Swedish friends again in Sweden or in Japan. After coming back to my flat, I restarted to pack my belongings and clean my flat. I had to continue it throughout all night and could not sleep at all.
昨年の日本出国直前も慌しかったけれど、帰国直前も結局慌しく過ごす。午前中は、早起きして荷造りを続行する。既にスーツケースに入れて、余ったなかで必要なモノを送付し、不要なモノは処分すれば良いだけのはずが、予想外にスーツケースに荷物が入らなかったので、大いに予定がずれ込むことになる。今日の午後には、実習先で指導してくれたCさんとIさん、そして実習先のその他のみなさんに帰国のご挨拶をすることになっていたので、荷造りは途中のままに、実習先に出かける。
20030605のパーティの際に、CさんとIさんから"シノの論文を是非読ませて欲しい"といわれていたし、2人と交わした議論を多く活用させていただいたからには差し上げるのが礼儀だと思っていたので、学部から受け取ったコピーを2人分持参する。彼女たちは、私が得た論文の評価をとても喜んでくれて、早速興味深そうに"要旨(abstract)"部分などを読み始めた。そしてCさんは、うんうんと頷きながら目を通し、通路を通りかかる他の職員たちにも"これはシノが書いた論文なのよ。是非みんなで読まなくちゃ"といってくれたので、赤面するほど恥ずかしかったけれど、同時にその心遣いがとてもとても嬉しかった。彼女たちに、"読んでもらえたら、是非厳しいコメントを教えて下さいね"と頼んでおく。"厳しい"のところを強調したところ、何故か一同に爆笑される。一体何がおかしかったのだろう?
彼女たちの午後の珈琲休憩時間が終わるまで共に過ごし、最後にhugをして退散する。私が実習生として5週間滞在し、日本文化や社会制度、高齢者福祉について話したことにより、彼女たちは日本に対する関心を非常に高めており、"いつか絶対に行くわ"といっているので、おそらく実現するだろうと思う。私自身もまたスウェーデンに来るつもりなので、彼女たちとはそれほど遠くない将来にきっと再会するだろうと確信している。
夕方からは、いつもお世話になっているスウェーデン人の知人一家に夕食を招待されていたので、実習先の近くに車で迎えに来てもらう。待ち合わせの場所に行くと、既に車椅子に乗った知人自身と彼の息子がいたので、"遅れてごめんなさい"というと、彼は"何でごめんなの?まだ3分前だよ"と笑う。
車中で、"もうすぐ帰国する気持ちはどう?"と訊かれたので、"東京は現在梅雨だし、少なくとも今の時期には帰りたくないわ"というと、"スウェーデンの夏が終わるまで残ればいいじゃないか"と彼はいう。そこで"私もそうしたいし、本当は8月末まででvisaを申請したのだけど、大学院の授業が終わる6月末までしか認められなかったから、帰らないと移民局に捕まってしまうわ"と笑いながら答える。すると彼も"シノが投獄されたら大変だけど、面会にいってあげるよ"と冗談をいいながら、"でもvisaが6月末までしか認められなかったのは何故だろうね?"と不思議そうに訊くので、"分からないけれど、私のは学生visaだから学校が終わったら帰国するべきということで、移民局は移民や難民が増えることを懸念しているのではないかしら"と返事をする。
実は、数時間前にCさんやIさんとも同様の会話をしており、そのときにはここで彼女たちは納得した様子だった。ところが、彼は、"それはおかしいよ。だって労働人口が減っているから、移民を奨励しているはずだよ"というので、吃驚。思わず、"え?そうなの?それはどういう職種に関して?移民や難民の側からいえば、自国で高教育を受けていて、例えば医師の資格を持っていてもスウェーデンでは使えないから、掃除人などをしなくてはならないと聞いたけど"というと、"うん。それはどこの国の出身かによるし、スウェーデン語ができるかどうかにもよるんだ"と、私が失念していた当然のことを彼は指摘してくれた。そして、彼は"以前に僕らの家で掃除を頼んでいた女性は、ロシア出身だったのだけど、ロシアでは医師だったのだと聞いて、僕らもとても驚いたんだ。だけどノルウェーやデンマークで医師の資格を持っているヒトは、たくさんスウェーデンで(医師として)働いているよ"と続ける。そこで、"…ということは、移民局が望んでいるのは、やはりスウェーデンと同じくらいの教育制度を持つ国から来た、高教育を受けたヒトといことになるのかしら?だって公的扶助に依存している移民や難民に対しては、批判が多いでしょ?"と意地悪な質問だと知りつつもあえて訊くと、彼は"うん。それはそうかもしれないけれど、でも一番の問題はスウェーデン語ができるかどうかではないかと思うよ。そして公的扶助に依存している移民や難民は、注目されるから批判が集中するけれど、実際にはそれほど大きな割合ではないのだよ"という。
この話題はここで終りになったのだけど、非常に興味深い話だった。実は、様々な機会にスウェーデン人と知り合うごとに、この微妙な問題に触れて相手に受け入れられるかどうかを見極めたうえで、移民難民についての個人個人の意見を訊いてきた。当然のように、それぞれに意見は異なるのだけど、彼のように公的扶助に依存している移民は実際は多くないと断言するヒトは、初めてであった。20030106に書いたTapio Solonen"Margins of Welfare"(1993, hällestad press)をはじめ、スウェーデンの"公的扶助受給者において移民難民の割合は多い"という調査研究結果はたくさんあるけれど、"移民難民全体においての公的扶助受給者の割合"に関する情報は、自分自身は寡聞にして知らない。我ながら迂闊なことに、見過ごしていた視点だったので、今度調べてみようと思う。
ちなみに、便宜上"移民"というコトバを使っているし、授業中なども"refugees(難民)"ではなく、"immigtrants(移民)"という表現がとられていたのだけど、公式的にはスウェーデンが現在受け入れているのは"政治的難民"だけだと理解している。ただし、最初の1人は"政治的難民"であっても、その家族親戚一同が呼び寄せられたときに、それでも全員を"政治的難民"といえるのだろうか、ということは授業中も時々議論になっていたのであり、実際には"移民"と"難民"の違いというのはそれほどに明確になっているわけではないような印象である。
|
|
|
20030624:one-thouthand and one-hundred and forty-second day
|
|
出国361日目。写真は本日22:00頃の空の様子。
This picture is taken at 22:00pm today. In this afternoon, I visited my Japanese friends and have a fun together. I hope that I can see them again in Japan or in Sweden.
今日も、引き続き荷造りに勤しむ。昨夜寝たのは今朝の3:30過ぎだったのに、やらなくてはならないことが多くて、気が急いているためか、目覚ましが鳴る前に目が覚める。論文執筆時と変わらない慌しさである。泥棒が入ってきて荒らしても分からないのではないかと思うほどに散らかった自室を眺めて、"どこからこんなにモノが出てくるのだろう?"と思わずため息。
夜には、市内に住む日本人の友人たちから誘われて、夕食を共にする。彼女たちは妊婦さんであり、ひとりは数日後に予定日を控えているので、私にとっては未知の世界についての話を色々と聞くことができて、楽しいひとときを過ごす。日本でもスウェーデンでも同じだけど、生活していても自分がその立場に関係のないことについては、なかなか知る機会が少ない。彼女たちの話を聞いていて、スウェーデンの出産状況などについて知ることができたのは、非常に貴重な機会であった。
日本では、10ヶ月で出産というのが常識だけど、何とスウェーデンでは9ヶ月目が臨月となるのだそうだ。驚愕の新知識。これは決してスウェーデン人の体質が日本人と異なるわけではなくて、単にどの時点を1ヶ月目とするかの違いによるという。説明をしてもらって理解したのだけど、妊娠前の最後の月経初日が起点となるのはスウェーデンでも日本でも同じ。
ただし、日本ではそのときから妊娠1ヶ月目と数えるのに対し、スウェーデンでは実際に妊娠(着床)したと推定される日を基点としているので、4週目からを第1ヶ月と数えるのだそうだ。確かによく考えてみると、日本の数え方は、現実には胎児は存在しない第0〜3週を、妊娠1ヶ月と表現しているので不思議。
|
|
|
20030623:one-thouthand and one-hundred and forty-first day
|
|
出国360日目。写真はGenéveの"Jardin Anglais(イギリス公園)"の光景。
This picture is taken on "Jardin Anglais(the English park)" in Genéve. Today, I sent four boxs to my home in Tokyo and continued to pack belongings.
スイスから帰国して以来、荷造りと格闘し、郵便業務を行う雑貨店やスーパーを往復する日々。今年の冬に帰国した知人が、"離瑞前は荷造りと送迎会の招待で大忙し"と話していたけれど、まさしくその通りの状況。知人友人や実習先で知り合った方から、"帰国前に食事でも"というお誘いを頂戴しており、大変贅沢なコトながら全ては受けられない。"申し訳ないけど…"といいつつ、せっかくのお誘いを断らなくてはならないのは、何とも残念。帰国してからも連絡を絶たないように心がけて、できれば今度スウェーデンに来るときには、再会したいと思う。
全荷物を航空便で送ると費用が高くなるので、船会社に問い合わせの電話をする。DHL(旧Danzas)は企業専門とのことだけど、Kungsholmという会社が個人も対象にしているというので一瞬喜ぶ。ところが、Kungsholmの担当者に荷物の大きさや個数などを聞かれて答えたところ、"そのくらいの荷物だったら、航空会社にお金を払ってでも頼んだ方が良い。日本の税関と日本の国内輸送費用の高さのために、ドアからドアだと10,000-50,000sek(*15円)程度かかる"といわれる。つまりは船便を頼むのであれば、引越しを丸ごと依頼するべきだということであり、単独の荷物を送ることは非効率的だということなのだろう。もしくは"自分も帰るのか?"と聞かれたときに、素直に"そう"と答えずに、"単に荷物を送りたいのだ"といえば、話は異なっていたのかもしれない。
そのような事情にて、結局引越しは全て通常郵便のサービスを用いて行っている。上限が10kgで385sekの"katong med porto"に本を詰めると、専門書は重いので、すぐに10kgを越してしまう。当初は、軽いモノと組み合わせていたのだけど、軽いモノの在庫が無くなってしまったので、日本からの宝箱であった"ゆうパック"の箱を利用して、書籍を送る。書籍のみの場合は割引があると数人の方から教えてもらったけれど、どこの窓口で確認しても"そのような割引は無い"といわれている。普通の箱の場合には、20kgが上限となり1,262sekである。高いけれど、背に腹は変えられない。基本的には"katong med porto"に限度一杯に詰めるのが効率的だと思うけど、冬物衣類などは、"katong med porto"よりも、普通の大きめの箱を利用した方が良いと思う。私の場合は、衣類圧縮袋を利用して、"ゆうパック"の最大の箱に詰めたところ、"katong med porto"3箱分の量が入り、送料は1.5箱分以下で済んだ。
昨日host familyから体重計をお借りしたのでかなり楽になったけれど、それまでは自分で"katong med porto"を持った感覚にて10kg以下かどうかを確認していた。日本のお米10kgの感覚を思い出すと、かなりぎりぎりにて制限内に収まるのだ。"ゆうパック"は厚手で頑丈だけど、"katong med porto"の箱は、へろへろなので、自分はビニールテープで相当に補強している。今までも何度もその方法で送っているけれど、一度も壊れたことはない。知人には、万が一壊れたときのために、中身を各々ビニール袋にいれて、それぞれに宛名を書いているという方もいる。
スーツケース1つで帰国していく同級生たちを見ていると、自分は何でこんなにモノの多い生活をしているのだろうと恥ずかしくなる。とはいえ同級生たちは、授業中に使用した教材や論文の参考資料などを全て廃棄しているのに対し、自分にとってはそれらこそが宝の山のようなものなので仕方がないのかもしれない。荷物は、ほとんど書籍と紙類ばかり。必然的に重いので、発送のために荷物を持って数回往復すると、腕がだるくなるのだ(笑)
|
|
|
20030622:one-thouthand and one-hundred and fortieth day
|
|
出国359日目。写真は市内で最も高い岩山から見た光景。
This picture is taken on the highest mountain in Göteborg. In this afternoon, I went to IKEA and bought some gifts for my friends and colleagues in Japan. After that, my host family invited me and had a dinner together.
今日の午前中はまず郵便業務を行っている雑貨店に行き、荷物を発送する。その後で、IKEAに行き、日本の友人知人向けのお土産などを購入する。さすがに日曜日だけあって混雑していたけれど、既に来るのは4回目なので、売場の配置も把握しており、予想外に短時間で予定の買物を終了。ところが帰りのバスがなかなか来なくて、20分以上も待つことになる。このバス停で日本語で会話をしている自分と同年代の夫妻を見かけ、何となく声をかけてみた。
見かけたときからの予測どおり、ダンナさんがSahlgrenska Sjukhusetに研究に来ている医師の方であり、私と同時期に来瑞し、今秋に帰国されるのだそうである。奥さまが以前に、私の日本での勤務先のある市に住んでいたということで、スウェーデンのバスの中で東京の某市の地名が飛び交うというシュールな光景が展開する。ちなみに、私はスウェーデンに来てから知り合い、非常にお世話になっている方と、ものすごい奇遇な縁を持つことが発覚し、お互いに驚愕したことがある。"ネットは広大"かもしれないけれど、現実世界は狭いのだ。
件のご夫妻がバスを下車して別れた後、荷物を置くために一旦帰宅。再び外出し、文字通り"スウェーデンの両親"となってくれているhost familyの招待にて、夕食をご馳走になる。"修了のお祝いにシノが一番喜ぶものを"とのことで、Socialstyrelsen"Socialtjänsten i Sverige: En översikt 2003"(Socialstyrelsen, 2003)を頂く。5月に発行されたばかりの最新刊をわざわざ取り寄せてくれた様子。まさしく私が"一番喜ぶモノ"であり、何よりも嬉しいお祝いだった。感涙。host familyをはじめ、お世話になったみなさんには何もお返しができないけれど、せめて今後も精一杯勉強を続けていきたいと思う。
話題転換。昨日と今日の2日間に渡り、Bruce Springsteenが市内の"Ullevi"というスタジアムで公演を行っており、中心街は大変な混雑だった。今日だけで55,000人の観客数であり、合計では115,751人だったとのこと。この2日間は、自室にていつもかけているラジオ局もBruce Springsteen一色になっており、まさしくお祭りのようであった。host familyのおうちからの帰路に少しだけ唄声と音楽が聴こえてきて、何となく得した気持ちになる(笑)
|
|
|
20030621:one-thouthand and one-hundred and thirty-ninth day
|
|
出国358日目。写真は"Enandergården"隣接の湖の様子。
This picture is a lake in Landvetter. In this afternoon, I came back to my flat and rushed to pack my belongings. Some of my colleagues have already left Sweden. I really miss them.
"Enandergården"というのが、Landvetterにある教会所有の小屋の名称。今朝少しゆっくりと寝坊をして、湖の見えるベランダでのんびりと朝食をいただく。昨夜早くに就寝した人々の多くは、朝早くから湖で泳いでいた。ところが水温が低く、さすがのスウェーデン人にも冷たかった様子ですぐに湖から出てきてしまい、"冷たくて泳げないよ。17度くらいしかないよ""いや、あれは15度程度だよ"などと話している。朝食の片付けや小屋の掃除などを手伝ったけれど、人数が多いのとみんな慣れているので、すぐにすることがなくなってしまう。せっかくなのでベランダでのんびりとお話しながら、日光浴をさせてもらった。文字通り、命の洗濯の時間。
小屋は24時間の貸切となっており、Iさん一家は夕方まで過ごすというので、正午過ぎに先に帰ることにする。公共交通機関で帰ろうと思っていたら、Iさんが車で先に帰る方に頼んでくれて、学生アパート前まで送ってもらうことになる。壮年のご夫妻だったけれど、やはりこのダンスサークルで知り合ったという。私がもうすぐ帰国することを知っているので、わざわざHisingenの方に廻ってくれて、Göteborg市内にて最も高い(岩)山に連れて行ってくれた。そこからは市内のほぼ全てが一望できて、とてもとても気持ちが良かった。
早めに帰って来たのは、荷造りが気になっているためと、中国人の友人が今日帰国することになっていたからなのだけど、私が帰宅したときには既に出発してしまっていた後だった。昨日も一昨日も会えなかったので、きちんと挨拶をできなかったことが心残り。昨日の出かける前に、彼女の郵便ポストにカードと日本からの小さなお土産を入れておいたら、彼女からもカードと小さな贈り物が入っていた。それは彼女が自室に飾っていた中国製のお守りと、手袋。その手袋は彼女のお母さんの手編みで、2ペアを片方ずつ組み合わせて1ペアにしてある。"自分がもう1ペアを持つから、これを使う度にシノのことを思うよ"とカードには書いてあって、不覚にも泣きそうになってしまった。フィリピン人の友人は、既に帰国してしまっているし、他のコースに在籍している隣人の韓国人も引っ越してしまった。学生アパートとはいえ、ほとんど学生寮のように過ごした親しい仲間、もしくは共に励ましあいながら苦闘した戦友と会えなくなってしまうのは、本当に寂しい。それでも世界はそれほど広くはないし、会おうと思えばまた会えるのだと信じている。
|
|
|
20030620:one-thouthand and one-hundred and thirty-eighth day
|
|
出国357日目。写真は"majstång(メイポール)"の光景。
This picture is a "majstång(maypole)". Today, they had the midsommer festival and dance around "majstång" in the whole Sweden. My field supervisor is the member of the traditional dance circle and she invited me for their party.
スウェーデンでは明日が"midsommerdagen(夏至)"なので、今日は全国各地にて夏至祭が行われる。自分で冬を越して、スウェーデン人がどうしてあのように日光を愛するのかを理解できたように思うけれど、夏至祭はスウェーデン人にとってはクリスマスと同様、もしくはそれ以上に重要な日である。夏至祭には、写真の"majstång(メイポール)"の周囲で伝統的なダンスを踊り、ゆでたジャガイモとニシンなどを食べ、夜遅くまで屋外で過ごすのである。ゆでたジャガイモとニシンという組み合わせはクリスマスと同じだけど、重要なのは新ジャガであることと、ニシンも瓶詰めではなく、自分たちで切って、みじん切りのたまねぎなどとともにサワークリームと併せて食すことである。つまり冬季は保存食で過ごし、春夏季は新鮮な食品を存分に楽しむという意味があるのではないかと思う。
実習先で指導を担当してくれたIさんは、"Göteborgs National Dans Sällskap"という伝統ダンスサークルの一員で、これまでもワッフルパーティや復活祭などの伝統行事に誘ってくれたけど、今回も親切に招待してくれた。彼女の属するサークルは、今日は各地の夏至祭の会場を廻り、伝統衣装を身につけて踊るのだ。その内の2ヶ所は、福祉施設であり、いわゆる慰問のような形である。1つは高齢者福祉施設と障碍者福祉施設の複合施設であったが、きちんと庭に"majstång(メイポール)"を立ててある。一見してかなり重度の機能障碍を持つヒトが多かったけれど、庭を取り囲むように車椅子やベンチに座り、ある人々はとても楽しそうに、ある人々は疲れたように、眺めていた。風は強かったけれど、晴天だったので、雨が降らなくて良かったと思ったのだ。
その後で、小さなサマーハウスがたくさん建てられている地区に移動する。こちらはかなり広い広場に大きな"majstång(メイポール)"が立てられており、続々と家族連れや若い友人グループ、カップルなどが集まってくる。こちらの会場では、サークルによるダンスの終了後に会場一体となって夏至祭のためのダンスを踊る。Iさんが手招きしてくれたので、私も参加。ダンスのなかでは、象やかえるの真似をしたり、ヴァイオリンやフルートを演奏する真似をしたり、大忙しだった。かなり小さいけれど、Iさんたちのダンスの動画をコチラに掲載する(midsummer2003.mpg[247KB,11秒])。
夕方からはLandvetterにある教会所有の湖畔の小屋を貸切り、パーティ。かなり歴史の古い建物だけど、清潔だったし、気持ちよく過ごすことができた。このサークルに混ぜてもらうのも既に3回目なので、顔見知りも増えており、さらに今回は1泊したので、色々な人たちと話すことができた。サークルは1915年に設立された非常に長い歴史を持っており、家族数代に渡り参加しているヒトもいるという。20030417に、"このようなフォークダンスはお祭りで踊られることが多かったことを考えても、おそらく昔は男女の出会い及び見定めの手段として重要だったのだろうなあと想像する"と書いたけれど、実際にこのサークルを通じて知り合い結婚している夫妻が多い。Iさん自身もそうだというし、なかには両親も自分たちもこのサークルで知り合ったというヒトもいた。
夏至祭のパーティは、本来は夜通しで過ごすことになっているというけれど、さすがに疲れが出てきて25:00過ぎに脱落。階下からは、いつまでもバイオリンとアコーディオンの音が聴こえてきたのであった。
|
|
|
20030619:one-thouthand and one-hundred and thirty-seventh day
|
|
出国356日目。写真はUniversitität Zurich(チューリッヒ大学)の建物内の様子。
This picture is taken on Universität Zurich(the university of Zurich). In this morning, I corrected on some Engilish mistakes of the degree report and hand in the final vison. I obtained the result on the report and it was high-pass. I feel happy and relieved.
今日の午前中は、論文の英語に関して最終修正を行う。本当は内容についても修正したい箇所があるのだけど、時間的頁数制限的に不可能なので、あきらめる。試験事態は20030602に提出した原稿で行われるけれど、この最終原稿が図書館に所蔵されることになる。学校に行き、教務担当者の事務室に向かうと"20030714まで夏季休暇"と書かれている。途方にくれて、隣の事務室の女性に尋ねると、印刷担当者の事務室を教えてくれたので無事に提出完了。執筆者分として10部をもらえることになる。
休暇に突入してしまった教務担当者の事務室の扉には私宛の封筒が貼り付けてあり、なかには成績表が入っていた。日本の学校とは異なり、このような成績表は自分で希望しない限りは発行してくれない様子である。この成績表は課程責任者のサインにより発行されており、大学からの正式な証明書と学位記は数ヵ月後に郵送されることになる。この成績表と修了証明書について、問い合わせに訪れたとき、教務担当の女性はあろうことか"あらっ。そうよね。忘れてたわ。申込書への記入が必要になるのよ"といったのである。さすがに内心"'忘れていたわ'はないよな〜"と思ったのであった。
おまけの話題。封筒を発見した後に緊張しながら、成績表をとりだしてみると、論文が"high pass"となっている。私のコースでは、いくつかの科目は"pass/fail"の2段階評価で、その他の科目は"high pass/pass/fail"の3段階評価である。まさか論文で最高評価を得ることができるとは思ってもみなかったので、心中快哉。自分で納得した内容が、きちんと評価してもらえるのは最高に幸せ。既に確保してあった分と併せて合計40単位中20単位を"high pass"にて合格したので、学位記自体にその旨記載されることになる。応援して下さった皆様に感謝。とりあえず、これで胸を張って帰国できるかな(笑)
|
|
|
20030618:one-thouthand and one-hundred and thirty-sixth day
|
|
出国355日目。写真は"Fraumünster(聖母寺院)"のステンドグラスの様子。
This picture is the stained glasses of "Fraumünster" in Zurich. In this afternoon, my friends and I went for a sightseeing in the old town of Zurich. However, there are so many interesting things that I could not see everything there.
今日の午前中は滞在先の夫妻と彼らの娘とその子どもたちとともにゆっくりと朝食をとり、Zurichへと向かう。子どもたちが小さいので、娘さん一家は一緒には来られなかったけれど、夫妻が案内をしてくれた。Zurichでは旧市街を中心に観光をしたのだけど、とりわけ印象的だったのが写真のステンドグラスと"Medizinhistorisches Museum(医学歴史博物館)"である。"Fraumünster(聖母寺院)"には、Marc Chagallが製作したステンドグラスが数点あり、写真のステンドグラスもその一部。
"Medizinhistorisches Museum(医学歴史博物館)"は"Universität Zurich(チューリッヒ大学)"に付属している博物館で、名前の通り医学に関する歴史的な資料を見学することができる。ペストや梅毒、ポリオなどの各時代において甚大な影響を及ぼした疫病については、当時活用された医療道具を見ることができ、非常に興味深い。20030525にちょうどConnie Willis"ドゥームズデイ・ブック:上巻"(ハヤカワ文庫,2003)を読了したばかりであったので、ペストに関する展示が最も印象が強い。ペストの対応として用いられた防護服はまるでTVで見た毒ガスの防護服のようで、見るからに禍々しい。展示の背景に描かれていた死体が転がっている当時の街の様子は、衝撃的であった。その他にも"これはどのように使用するのだろう?"と思わず悩んでしまうような器具もあり、知人が説明を読んでも分からない。元々医学には強い関心があることもあり、小さい博物館ながら何時間あっても足りないくらいであった。
今回のスイス旅行で感じたのは、第一に、スウェーデンは歴史的には欧州の郊外なのだなあということ。現在のトップ写真であるLundの"Domkyrkan(大聖堂)"は、スウェーデン国内ではかなり大きな教会であり、北欧で初めてローマ教会直属の司教会となったという由緒ある歴史を持つけれど、スイスで見かけた教会から比べると街の教会程度でしかない。
第二に、20030614に触れたことだけど、スウェーデンはやはり福祉国家なのだなあということ。私が理解した範囲では、スイスという国は教育などについてはスウェーデンに似ているけれど、多くの点においてスウェーデンよりも日本に近い面があり、かなり保守的な国である。例えば、Zurichでお世話になった夫妻の娘さんは、Einsteinも学び教鞭をとったという"Eidgenössche Technische Hochschule(連邦工科大学)"を卒業しているけれど、現在は2人の小さな子どもを育てているために働いていない。ふと思いついて訊ねてみたところ、スイスには保育園がないというので吃驚。そこで"母親はいつまで家にいなくてはならないの?"と聞くと、"子どもたちが小学校に上がるまで"という答え。就学前教育も実験的に開始されているらしいけれど、あくまで実験的な試みであり、また利用可能時間も終日ではないので、結局は母親が自宅にいる必要があるのだそうだ。
その他にも、スイスは全人口における移民難民率が約20%、スウェーデンは10%であるので、当然街中で"移民難民ではないかな?"と思う人々を見かける率も高い。さらに多いのは、住居不定生活者の姿や、明らかに移民難民の第二、第三世代と思われる子どもたちが楽器を弾いて稼いでいる姿もGöteborgの比ではないほどに見かけた。スウェーデン社会も良い点と問題とを含んでおり、その意味においてはごく普通の国であると思うけれど、やはり普遍的社会福祉政策の徹底という点においては、かなり特殊な国といえるであろう。帰国の直前に、短期間とはいえ他の欧州の国を垣間見ることができて、実は非常に良い反芻を行ったことになる。
どの国にもいえることなのだろうけど、スイスとスウェーデンと日本では、それぞれに似ている点があり、全体的にはスイスとスウェーデンよりもは、スイスと日本の方が似ていると思ったけれど、大きく異なることがある。それは市街地や列車のなかで、高齢者や障碍者を見かける頻度である。スイスやスウェーデンにおいては、どこであれ高齢者が元気に闊歩する姿、もしくは杖をつきながらゆっくり歩く姿などを非常に度々見かける。昨日の登山列車など、スイスではまだ夏期休暇が始まっていないために、私たち以外の乗客は全員白髪の年金生活者だった。都市でも郊外でも、彼らは当たり前に過ごす。振り返って、日本では郊外部や市部ではともかく、例えば新宿などの繁華街で杖をついた高齢者をみかけることはほとんどないだろう。"ノーマリゼーション"がいわれ、"ハートビル法"が成立していても、日本の社会、特に都市部は、元気のある健康な若者〜壮年世代を対象にしているのであり、心身機能の低下している高齢者や障碍者は"特殊な存在"なのだ。Zurichでお世話になった夫妻は、日本に度々来たことがあるので、"最初に日本に行ったときに、'あら?お年寄りはどこにいるの?'と不思議に思ったのよ"といっていた。
後10日ほどで帰国となるけれど、1年間を外国で過ごし、ほんの少しとはいえ外側からの眼を持つことになった自分が、帰国後に日本の社会をどのように受け止め、理解するだろうかということは、自分自身にとって非常に関心のあることなのだ。
|
|
|
20030617:one-thouthand and one-hundred and thirty-fifth day
|
|
出国354日目。写真は登山列車の車窓からの光景。
This picture is taken through the window of a mountain traint from Viznau to Rigi Kulm. It was a fine day but
there were still clouds and so I could not see the high Alps at all. It was a little unfortunate for me but I enjoyed the sight from the mountain train and the top of Rigi Kulm.
今日は、まず列車にてLuzernに向かい、ボートに乗り換えてViznau到着。ボートの発着場のすぐ側に登山列車の駅があり、そこから"Rigi Kulm(リギ山)"の頂上まで登る。歯車列車という方式とのことで、2本の線路の間に細い1本の筋がある。"え!?ここを登るの!?"と吃驚するほどの急勾配のアルプスの一角を列車はぐんぐん登っていき、眼下に湖や街が広がっていく。まさしく"アルプスの少女ハイジ"の世界である。
景色を堪能しながら頂上に到着する。少し登ると本当の頂上になるので、歩いていく。相変わらず入道雲が垂れ込めており、アルプスの高い山々は見えないけれど、Luzernやその他の村や街、湖、低い山々が360度のパノラマで展開する光景は圧巻。自分がアルプスの一角の頂上に立っているのだなあと思うと、何ともいえない感激で胸が一杯になってしまった。
|
|
|
20030616:one-thouthand and one-hundred and thirty-fourth day
|
|
出国353日目。写真は"Thuner see(トゥーン湖)"からの光景。
This picture is "Thuner see(the lake of Thun)". In this morning my friend and I had a short trip by boat from Spiez to Thun where my friend works. We said good-bye to each other at the central station in Thun and I took a train to Zurich.
今日の午後には、Bernを去りZurich近郊に住む父の知人夫妻のおうちに移動することになっていたので、スイス人の友人と相談をして、予定を決める。またまた快晴だったので、列車でSpiezまで行き、そこからボートにてThunに向かうことになる。彼女の勤務先はThunにあり、午後から仕事だというので、Thunの駅で別れることに決める。
昨夜夕食を食べた後で、機内で受け取ったHerald Tribune紙に掲載されていた東京都三鷹市の"三鷹の森ジブリ美術館"の話をし、記事を見せる。すると彼女自身は宮崎駿監督もジブリ作品も全く知らなかったのだけど、20歳になる彼女の息子は知っており、ひとしきり話に花を咲かせる。彼は以前に"たまごっち"を捜し求めて、非常に苦労した末に手に入れた体験をしていたり、日本のゲーム機もいくつか持っているとのこと。スウェーデンのちびっこたちに大人気のポケットモンスターといい、書店で普通に売っているドラゴンボールといい、日本の現代文化に関しては確実に若者の方が親しみを持っていると思う。彼が、母親である私の友人に、"いつもテレビを見過ぎるなというけれど、見ていた方がよいこともあるでしょ"と笑いながらいっていたので、思わず笑ってしまった。ちなみにスイスでは住宅費用が高いので、成人しても親と同居していることは一般的とのこと。
"Thuner see(トゥーン湖)"のボートは午前中は空いているとのことで、他にお客さんがほとんどいないデッキに座り景色を堪能する。晴天だけど、低い入道雲が出ており、アルプスの高山を見ることができなかったのが残念。それでも前衛アルプスは見ることができたり、湖の周囲にある城跡を眺めたり、楽しいひとときを過ごした。
彼女とは年は離れているものの、色々なことについて話し合ったり質問をお互いにしたりと、何故かとても気が合うので、Thunの駅で別れるときにはとても寂しくなったけれど、また会えると信じている。
彼女と別れた後、ひとりでBernの駅まで戻り、列車を乗り換えZurich近郊の駅へと向かう。無事に待ち合わせの駅にて、父の知人夫妻に会うことができ、ほっとする。彼らのおうちにて、スウェーデンでの生活について話をしたり、彼らの孫たちと子ども用プールで遊んだりする。基本的に子どもとお年寄りには好かれる体質なので、コトバは通じなくても子どもたちとすぐに仲良くなれたのが嬉しかった。最後の方では"シノ"と名前を呼んでくれたのが感激(笑)
|
|