お世話になっている青木教授の著書を読んだり医学書で調べたりしたので、今の私はウィルソン病の正体を知っている。が、最初に、銅が溜まる病気、と花クリニックで言われたときは、何それ?銅?とキツネにつままれたようだった。そこで、花クリニックで紹介状を書いてもらった翌日に大百科事典でウィルソン病の項を調べた。
「病態はおもに脳と肝臓に過剰の銅が沈着することによって生じる。脳のレンズ核の神経細胞の変性により筋肉の緊張亢進や不随意運動が生じ、四肢の震え運動障害、言語障害が起こるが、知能低下は生じない。角膜に生じた銅沈着に寄る緑色の輪はカイザル=フライシャー輪とも呼ばれ、この病気に特徴的な所見である。治療は、Dーペニシラミンの長期投薬による」(文中省略あり)とあった。
もしかしたら本当に病気なのかな、と思い始めたのはこの時だ。当時の私はいくつかの『問題点』を抱えており、その中には「うまく喋れない(ロレツが回らない)」ということがあったので、ここにある「言語障害」というのに当てはまっていた。
青木教授に受診して初めて、言語障害だけでなく『問題点』すべてがウィルソン病の症状であることを知った。後に度々「どうして(もっと早くに)気付かなかったのか?」と言われたが、そうと知っていれば容易に納得できるが、私は怪我はしても病気といえば毎年十二月に一度扁桃腺が赤くなることと、後はオタフクやハシカなどだけという健康優良児なので、『問題点』を自覚していても、それを一つの病気にはつなげなかった。それでも、発覚直前の九二年九月頃からは母の知人の言語療法師に相談したり、その先生の勧めで脳神経外科に行こうかと言っていた。
言語障害(構音障害)と共に二大『問題点』であったのが、「字が書けない」事であった。
もともと私は字が綺麗なほうではなかったが、それにしても当時の私の字は汚いのを通り過ぎて、自分でも読めないほどであった。余りの酷さに九二年の春頃からNHK学園の通信教育で硬筆習字を習い出した。その頃は大して役には立たなかったが、入院中に練習を再開してからは字の書き方(力の入れ方)を思い出すことができたので、これはかなり有効であった。九三年一月頃からは手紙の宛名書きなど決まっている短文を写すことは可能になった。治療が進むにつれ、徐々に楽に書けるようになり、結局のところ、発症前より綺麗な字が書けるようになってしまった。
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九二年十一月四日に母がメモに書いた私の『問題点』は「字・口・よだれ・生理不順」(書字障害・講音障害・垂涎・生理不順)だけであったが、今思うと当時の私は『問題点』をもっとたくさん抱えていた。
精神状態が不安定である。集中力がない。疲れやすい。眠りが浅い、寝付けない。そのくせ、授業中寝てしまう。眼性疲労、肩凝り、偏頭痛。
ウィルソン病の症状は個人差が激しく、また遺伝性(常染色体伴劣性遺伝)の病気なので、どこまでが自分の本来の性質でどこまでが病気の影響なのかは分からないし、分かりたいとも思わない。ただ、退院後の私にはこういった『問題点』はないし、日毎に元気になっている。
あの日、青木教授に受診するまでは、本当に苦しく辛い日々であった。自分の中が狂っていくのが分かるので、これからどうやって生きていけばいいのだろう、とばかり思っていた。“一寸先は闇”という言葉があるが、まさしくそうであった。今だって先のことが分からいのは同じだが、理由の分からない不安感が無い分だけ心に余裕があり、“一寸先はバラ色”なのである。
もう二度と食べられない食物もあるし、三食食間の服薬は面倒臭いけれど、そんなことは問題ではないのだ。
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ウィルソン病は無名の病である。
これだけ医療が注目されているご時世であるのに、こんなに無名の難病があっていいのだろうかと思うほどである。第一、ウィルソン病の研究自体が東邦大学医学部小児科と北海道大学医学部でしかされていないそうである(北大の方はラットを使う研究中心なので、実質的な治療の研究は東邦医大だけである)。私の場合、たまたま検眼にいった病院の医師がベテランでカイザル=フラッシャー輪を見付けてくださり、東邦医大の青木教授を紹介していただけたから良かったが、もし、もっと別の形で発覚していたら、適切な治療を受けるまでに多大な時間とお金がかかっていただろうし、その間に失明や歩行不能、そして最悪の場合は死亡ということも有り得たわけで、考えるとゾッと悪寒が走る。
ウィルソン病の治療は体内に溜まってしまった大量の銅を排出することと銅を取り過ぎないことを中心に行われるから、投薬と食事療法が要である。薬は主にDーペニシラミンが使われるが、この薬は白血球値が下がるなどの副作用が強く使用に当たってのリスクが高いので、私の場合はトリエンチンという薬を使うことになった。
このトリエンチンという薬は新薬であり、研究こそ終了しているが厚生省の認可は降りていない。しかし、この薬は副作用がほとんど無く、銅のキレート(排出)効果もDーペニシラミンより高いと言う(私自身、使用してみてとても良い薬だと思う)。
Dーペニシラミンは服用したことはないし見たこともないので、どんな薬か見当も付かないが、トリエンチンは“柿の種”である。明るい茶色で直径0.5p、幅2p弱の少し大きめのカプセルである。非常に脆くすぐに割れてしまい、中の白い粉がこぼれてしまうのが難点である。あとはいずれ売薬となったとき、この“柿の種”のデザインがどう変わっていくかを楽しみにしている。
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このトリエンチンの件にしても病気が発覚した経緯にしても、つくづく思うのは、私は何て幸運なのだろうか、ということだ。