『ウィルソン病闘病雑記』

その四「肝生検・準備」

入院約十日後の十一月十三日に肝生検の手術を受けた。肝生検とは、肝細胞を少量摘出し、病理検査をしたりグラム当たりの含有銅を調べたりする事である。その値によりウィルソン病の確定診断が下されるのである。つまり、肝生検を受けるまでの私は“ウィルソン病の患者?”であった。
肝生検には、部分麻酔をかけ超音波で中の様子を見ながら針を差し、針の空洞によって細胞片を取る針生検と、全身麻酔をかけ開腹しダイレクトに細胞片を取る開放生検があり、開放生検のほうがより多くの細胞片が取れる。私は後者であった。

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青木教授が肝生検を行うことを急いだので入院当日から準備のために、着の身着のままでレントゲンやなにやらの検査に回った。私は病院特有の雰囲気や検査が好きなので別に構わないが(それにしたって胸部レントゲンを取るのに服を全て脱いで着替えなければいけないのには閉口したが)、即日入院をした患者がストッキングをはいたまま、レントゲンなどの検査に回らなければいけないというのは、患者の負担が大きすぎると思う。
当然、肝生検は外科手術になるので、その日は外科外来にも行った。
病院の外来受診ならどこも同じだが、まず廊下にソファがありカルテを提出するとそこで待つ。しかし入院患者は病棟があらかじめ連絡を取っているので、そこは飛ばして一足飛びに診察室内のソファに座れる。(このとき外部の患者さん達が一斉に羨望の眼{ryby;まなこ}をおくってくるので優越感に浸れる)。そこで外科外来の診察室の中に入りソファに腰掛けていると、カーテンの後ろの医師が電話で話している。聞くと意識しなくても聞こえてくる内容を聞いていると、どうやら私のことを話しているらしい。当然耳はダンボになった。
「うーん。この子は大きいし(どうせ私は169cmもある大女よ)、この体重だからね、(悪かったわね)大丈夫じゃないのぉ。…」その他にもいろいろ話していたが、気分を害していたので聞こえなかった。
「やあやあ、待たせて悪かったねえ(どう致しまして。とっても楽しませていただきましたわよ)。君は肝臓の検査をしなければならないので、お腹を開けて肝臓を一cm四方位切り取るからね。全身麻酔をかけるから全然痛くないよ。ちょっとそこに寝てくれるかな」
腹部の触診しながら、その失礼な医師は独り言のように言った。
「ふーん。そんなに太っているわけじゃないんだな」
この一言が私に対するサービスなのか、本音なのかは今だに疑問なのだが、私の心証を変えるのにこの一言で足りたのは明白である。

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その翌日から、私の検査漬けの日々が始まった。私は以前に一度入院を経験しているし(十二才・右下腿部骨折のため)、医学に興味もあり幼い頃には医者に憧れたくらいだから、いろいろな検査を受けられたのは面白かった。後に肝生検が無事に終了し検査も少なくなり、暇を持て余すようになった頃、もっと検査やりましょう、と言って主治医を困らせたほどである。
まず、毎日のように行ったのが、採血である。私が入院していたのは小児科病棟だったので採血針も小児用のトンボ(トンボの羽のような持手がついている)という細い針であったし、何より私自身が注射は怖くないので、採血は楽勝であった。しかし、最初の花クリニックから通算何十本かの採血をこなした頃、とうとう私の右手の肘の内側はどす黒くなってしまった。そこで、麻薬中毒患者だよと言って、採血にくる看護婦さんを苦笑させていたのだが、ある看護婦さんが本物はもっと凄いわよ、と言ったので、それからは何も言えなくなった。
腹部エコーはウヒャな検査である。エコーと言うのは超音波の反射で内臓の様子を見る検査である(私の場合は脾臓肥大や腎結石を確認した)。変形マウス(コンピューターの器具)のような物にヌメヌメしたゼリーを塗り、それでお腹を押し付け、動かす。(そのゼリーの感触がウヒァなのだ)。そうすると、横のモニターに内臓の様子がレーダーのように写り、拡大や一時停止ができ、印刷もできるのである。自分ではその画面を見ることができないのが残念であった(が、肝生検後、産婦人科や泌尿器科で受けたエコーはモニターの向きが良く、見れた。医師が変形マウスを動かす通りに内臓の様子が四角いモニター内の扇形に影のような画像として写り、非常に面白いのである)。
退院までの三ヵ月半の間に山ほど受けた検査のほとんどは“痛く”ないもので、ただ横たわっているだけなので(時には熟睡もした)ラクチンだったが、その中で唯二つだけ嫌だったのは、悪名高い内視鏡と耳慣れない名前の筋電図である。
心電図ではない、筋電図である。これは脳から神経に送られる命令を伝える速度に問題が無いかどうかを調べる検査であり(幸いに、私は何も問題がなかった)、手足の指の一本一本や二の腕などに弱い電流を流し、その様子をモニターで見るのである。いくら弱いとはいえ、電極を皮膚に直接テープでくっつけ、「流すよ」の声と共にビリビリビリとくるのであるのだから、これは痛い。
痛い痛い、と騒いでいたら、そこのおじさん技師が、おねえちゃん、OLさんかい? とか、おねえちゃん、彼氏が見舞いに沢山来るだろう? とか聞いてきたので、喋っていた。すると、突然、強烈なのが襲ってきたので、まいった。
帰るときに、すっかり仲良しになったおじさんにありがとうございました、と言ったが、全然有り難くない検査であった。もう二度と受けたくなかったが、その二日後、頭部の筋電図を受ける羽目になってしまった。しかし、全然痛くなかったので助かった。
筋電図は確かに痛いが内視鏡ほどではない。後に受けた内視鏡はほとんど拷問である。これこそもう二度と受けたくないが、肝臓が悪い以上、数十年後にはもう一度受けることが決まっているので、今から憂欝である。
その他にも心電図、脳波、肺活量などの検査を受けた。

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慌ただしいが変化があって面白い日々が終わり、とうとう肝生検当日になってしまった。

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