『ウィルソン病闘病雑記』

その六「内視鏡」

九三年一月二十一日に内視鏡(胃カメラ)で食道・胃・十二指腸の検査をした。肝臓が悪いと食道に静脈瘤ができることがあるので、その有無を調べようと言うのだ。もう一つ、その頃の私は食後になるとお腹がもやもやしていたので胃潰瘍の疑いもあり、確認の必要があった。結局はどちらもきれいであり問題はなかったのだが。

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日記抜粋
一月二十二日(金)
昨日の胃カメラの話。
まず、小さいコップに入った甘ったるい液体(胃内をきれいにする薬)を飲む。…はずだったのだが、予想外の味に体が拒否反応を示し、ピュッと吐き出してしまう。看護婦さんが「吐き出した人は初めてよ」と言う。二杯目をなんとか飲み干した後、小さい子に薬を溶かして飲ませる注射器のようなもので、これまたまずい薬を口にいれる。今度のは麻酔なので喉の奥に溜めて、五分間我慢しなくてはならない。私は喉の奥に溜めておくと吐きそうになってしまいどうしても出来ず、口中に含んでおくことになる。だから舌ばかりが麻痺してくるのが感じられ、ちっとも喉が麻痺しない。これはまずいかな、と思ったが、まあいいかと、そのまま口中に含んでおく。
最初の液体を飲干した頃、視線を感じて見ると久仁子先生が立っていた。先生が話しかけてくるので、しばらく話していた(口に麻酔をかけながらお喋りをする患者も珍しいだろうな。しかも主治医と)。すると咳き込んでしまったので、看護婦さんが「先生、患者さんが苦しんでいるじゃないですか。先生もやってみますか?」と言い、先生が一応同意したので、先生も麻酔だけやった(どうせなら最初の液体も飲んで、胃カメラもしてほしかった…)。そしてやっと五分が経った。
それからが本番である。
ベッドに寝ていると、若い男の技師(本当はれっきとした内科医であった)が来て、霧吹きで、喉の奥に青い液体をいれる。これも溜めておく。刺激的な液体なので、もがきまくる。技師氏が先生に「元気な患者さんですね。点滴のとき騒ぐでしょ」と言う。もがきながら、針は怖くないんだよぉと思う。液体を飲み干し、いよいよ胃カメラを入れる。直径一cm強の黒いケーブルの先が光っている。げーっ、と思うまもなく、その物体Xが入ってきた。
ぐおぇおえぇ、と苦しんでいると、技師氏が「麻酔が効いていないな」と呟いたので、やっぱりな、と思う。技師氏がケーブルをぐいぐい押し込むと、どこを通っているかが分かる。時々、おええぇとなる。優しい久仁子先生が肩をさすってくれた。技師氏が「本当に元気な子だなぁ」と嘆息した。先生が「モニターで見れませんか」と尋ねる。反射的に「私も見たーい!!」と胃カメラを突っ込まれたままで騒ぐ。モニターは無かったが、技師氏がサブ・ケーブルを接続してくれたので先生は覗き込んだ。
ぐおおぅおぅぇ。私の苦しみを無視して、技師氏と青木先生は専門用語で話している。私は苦しい。技師氏が「見せてあげるから我慢して」と無茶苦茶な励ましを言う。十五分位(実際は五分程度か)二人は話した後、技師氏は、「じゃ、先生。それを患者さんに渡してあげて」と言った。ケーブルを覗き込んだ途端、余りの面白さに苦しみを忘れてしまった。
『エイリアン』か。『リバイアサン』か。グニョグニョグニョ。ヌグヌグ。ピンク色の弾力のある道が見えた。所々突起がある。技師氏がなにか言ったが聞き取れない。そのうち十二指腸の入口が見え、胃に戻る。「きれいでしょ」と技師氏。最中、胃液を吸い出しているのだが、唾のような宇宙怪獣が急に迫ってきて、一瞬ビクッとする。「胃の空気を抜きますよ」技師氏が言うとすぐに、胃の空気が抜けていくのが感じられ、胃の中もシュウとしぼんでいき、左目ではお腹がへこむのが見えた。それから胃の入口を見せてもらい、先生と代わった。
「はい終り」との声でケーブルは引き抜かれた(抜くときも少し騒ぐ私)。
病棟に帰る途中で久仁子先生が言った。 「あぁ、大きな声だった」続けて「志乃ちゃんって外人みたい。日本人の女の人はみんな我慢して黙っているんだよ。でも外人の女性は大声を出して騒ぐんだって」
私は、苦しい時は多少外聞が悪くても騒ぐべきだし、おかしいときは笑うべきだと思う。そのほうがストレスもたまらないし、生きやすいではないか。十時四十分

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病棟に帰って来てからもずっと気持ち悪くて口が閉じられずにいたので、唾液垂れ流し状態で横になっていた。だんだん舌の痺れが取れてくるのを感じるのだが、それさえも気持ち悪い。二〜三回痰を吐き、最後に黄色の痰が出るとすっきりして、空腹を思い出した。

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胃カメラは噂通り苦しかったが、事前に言われていた通り前夜二十四時から食止め・水止めを厳守していたので、吐かずにすんだ。
苦しい体験ではあったが、喉元過ぎればなんとやらで、今となってはいい思い出である。

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