浄土真宗親鸞会 親子ネット
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お父さん、お母さんに「ありがとう」
両親が親鸞会の会員という環境に育ち、大学にいきました。そこで、両親にありがとうといいたいです。
両親が親鸞会とご縁があってよかった
親鸞会の会員の両親の元に生まれ、一番年下だった私は母に連れられ、親鸞会のご法話会場に行くことがありました。
親子3代親鸞会、社会人になって両親を支えたい
私の家は、祖父から始まり、親子3代親鸞会の会員です。いろいろ迷惑をかけてきた両親を、社会人になって支えて行きたいと思います。
仏法で一家団らん味わった
親鸞会で仏法を聞くほど、自身の家族に対しての考え方、接し方を変えていこうと思いました。帰省中は、出来るだけ家族一人一人のことを大切に思おうと、縁を見つけ色々な話をしました。
すると、家族全体の雰囲気は、大変わりしていました。
この世で最も不幸な人は感謝の心のない人である
「やってくれるのが当たり前」ではなく、「本当は自分がやらなければいけないこと、どうしてやってくれるのだろうか」と考えたとき、父も母も祖母も、みな私の幸せを念じてくれているからではないかと知らされました。
最高の親孝行を
親鸞会で仏法に出あうことがなかったならば、親の恩をまったく気にとめることなく、すれ違いのまま、一生を終えていたことでしょう。これほど寂しく悲しいことはありません。
育まれた、親、思う心
もし、仏法に出あうことがなかったならば、親の恩をまったく気にとめることなく、すれ違いのまま、一生を終えていたことでしょう。
家族が皆 生き生きと
「帰ったらただいまくらい言いなさい」「うるさい!勉強しているんだから静かにして」大学に入るまでは、両親とはこんな会話ばかりでした。
伝えてくれた家族に感謝
仏法を聞かせていただくことができなかったら、自分に悪い結果がきても、いつもだれかのせいにして、自分は悪くないのだと恨み呪いの人生だったと思います。
仏法を伝えてくれた両親に感謝せずにはおれません。
幸福と不幸は隣り合わせ
一番大切なものを手に入れたその時から、一番の不幸が隣り合わせになってしまうのではないか、もしこれが正しいなら大事なものを求めることにどれだけの価値があるのか。そう考えるように成りました。
この父なればこそ
「別に……」父に対して、こんなことしか言わなかった私が、親鸞会で仏法と出遇い、父に話をしました。
大恩ある両親に
虐めを逃れるために、勉強し、大学にまで行きましたが、自殺の気持ちは無くなりませんでした。
兄からのプレゼント
最先端の哲学を学びましたが、出た結論は「人生の目的は分からない」ということでした。
家族みんなで仏法を
なぜ姉がこんなに変わったのか。私自身も、仏法を聞かなかったら、親に感謝せず、恨みのろって苦しみながら生きていたと思います。
親不孝な私の最高の恩返し
「お前なんか親じゃない!!」と母に向かって暴言をいい、親不孝を続けた私。そんな私が、最高の親孝行をすることができたのです。
父との会話に感謝
大学に行くとき父は私に「一つだけアドバイスする。大学に行ったら人間の死について考えるように。大事なことだから」と言いました。1人の青年が仏法を聞こうと決めるまでの体験記。読み応えがあります。
両親だけはいつも「お前の味方だ」と言ってくれました
大学に入ったら真面目になろうと猛勉強の末、希望大学に合格できました。そこで親鸞聖人の教えに出遇い、人生に目的があることを知ったのです。
「恵理、おかえり」優しかった母の声
私も父と一緒に病院へ向かい、母の手をぎゅっと握って、「お母さん、死なないで!こんなの、ウソに決まっている!目を開けて!もう一度、笑顔のお母さんに会いたい……!!」と心の中で叫び続けていました。
家族に仏法を
「おまえは騙されているんだ。早くやめろ」どれだけ違うと言っても、一向に分かってもらえない。そして最後には、「もし聞きたいなら家を出ていけ!おまえは家の子じゃない!」それから、両親との会話は無くなり、悩みました。
大好きだった父
仕事の疲れもあるのに、休日でも休まず、家族との時間を大切にしてくれた父が大好きでした。
父への手紙 心を込めて
私は、初めて父に手紙を書きました。
〈仕事は大事です。でも、もっと大切なことを私は知りました。私だけでなく、お父さんにとっても〉
両親の誤解を乗り越えて
祖父が新興宗教に迷っていたため、宗教=祖父のやっていることと同じ、という思いになり最初は反対を受けました。
大切な人に伝えたい
「家にいてもつらいだけ。何で私はこんな家に生まれてしまったんだろう」と思っていました。しかし、現在はここまで育て見守ってくれた大切な両親に、生死の一大事のあることを伝えたいと思っています。
出産 知らされた親のご恩
今年初めて出産の経験をしました。「自分の母も、こんなに大変な思いをして、私を生んでくれたのか」と思うと、花の存在が、本当にありがたく思われてなりませんでした。
両親へ書き続けた手紙150通
人生の目的の重さ、自分の命の重さを知らされると、生んで育ててもらったからこそ、この大切な目的に向かえるのだという気持ちになり、これまでの不孝を悔やまずにおれませんでした。
「何があなたを こう変えたの」
「仏法を聞いて我が子が変わった」
「父さん、母さんの子供に生まれることができてよかった。本当に有難う。」心からの喜びと感謝でいっぱいです。
居場所がなかった
親鸞会で仏法を聞かせていただいてから、親や兄弟とも会話するようになり、 家に帰っても、 以前のような居心地の悪さを感じなくなりました。
お母さん死なないで
母のうつろな表情を見て、 どうすることもできず、 ただ泣くしかありませんでした。
おばあちゃん一緒に聞こう
ご法話の帰り道、 「来てよかった、 ありがとう」 と言う祖母を見て喜ばずにおれませんでした。
知らされた親の大恩
すべて親が用意してくれなければ、 何もできないことが知らされたのです。 それなのに自分はそんな両親に対して何を思ってきたのか、 何と申し訳ないことをしていたのか、 と反省せずにはおれませんでした。
今しかいえない言葉 今だから言える言葉
去年の誕生日に母から、 『誕生日おめでとう。あなたが生まれてきて本当によかった!』というメールをもらいました。
父の手
手をもむのは毎日一時間、テレビを見ている父が眠りだすと、サボったりもしましたが。手をもむのは、受験時代も欠かしませんでした。
身近で大切な人に
祖父が突然切りだしてきたのです。 「よく、講演会に行ってるんだろ? 一緒に行ってもいいかな?」
母の大恩、身にしみて
卒業するまで毎月、寮には実家から小包が届けられました。私を信じてくれる母を、裏切ってはならないと思いました。
母にあらざれば育てられず
ずっと保育園に通わされ、母との思い出があまりなかった私が、母の存在を身近に感じることができたのは、小学校一年生の時、弟が生まれてからでした。
私を変えた父の一言
生徒会、勉強、部活動、どれだけ打ち込んでも物足りない。
「なぜだろう……」。むなしさが心を埋め尽くしました。
お前をここまで変えたのは
「人生の目的」が分からない私には、この世に生んで育ててくれた親に感謝する心が、ありませんでした。
もう、ひとくち
私が、食事の時に、「もうおなかいっぱいで食べられない」と言うと、
最後にもうひと口食べなさい」と、いつも父は言いました。
この母だけは・・・・
私の母は、何でもしてくれました。人が見たらうらやむような母だったと思います。しかし、時にそれを、疎ましく思う自分がいました。
こんな人生イヤや 転じて・・・
「もうこんな人生イヤや」 一年前の私はいったい幾度このような言葉を心の中で思ったことでしょう。
母の想い
私が帰省をして、母に『なぜ生きる』を初めて紹介した時のことでした。 母はその本を持っているというのです。
つづられていた僕の葉書
これまで嫌なことがあると、 すぐに、「どうせ僕なんていないほうがいいんだ」 と思っていた私でしたが・・・
絶対幸せになれるよ
その時教えていただいたことが、両親に仏法を伝えるには、私の日ごろの行いから正さねばならない、ということでした。
一番の支え
私は生まれたときから親と姉と、よく親鸞会のご法話に参詣させて頂いておりました。しかし、親に「行きたくない」と叫んだことがあり、しかられたこともありました。
