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父の日特集・かくて私と父は2000畳へ
21歳の誕生日に、母から「おめでとうメール」が届きました。母は滅多に手紙を書かない人です。パソコンにも馴れていません。
それまでは、人の役に立つために生きようと思っていましたが、きれい事でしかなかったのだとわかりました。
両親に、どうご恩返しをしたらいいか、ずっと考えてきました。そして今、何の間違いか真実の仏法に出会うことができたのです。
親の目から離れたという開放感から、学校にもほとんど行かず、昼と夜が逆転するような生活が続きました。
仏法と出会ったおかげで、親に感謝できるようになったことがうれしくてなりませんでした。
そんな事思ってはならないという気持ちと、生きているのが辛いという気持ちがいつも葛藤していました。生きる意味が知りたくてどうしようもありませんでした。
大学生活をするために必要なお金はここにちゃんと取ってあるから。お前は何の心配もせずに大学で好きなことをやってくれ。
母の手がガサガサでひび割れていたこと、いつも長靴をはいているため、父の足が岩のようになっていたこと、髪に溶ける白が年々増えていたこと…。
どのように生きようと自分自身で決めれば良い。お前が幸せになるのが一番だからな。だからあの本も返そうと思うんや。
おいしいものを持って帰っても、親が病気で倒れたとき寝ずに看病しても、それだけでは親の恩に報いたことにならない。
本来なら、今すぐに学校をやめて、働いてもいいものを、母も父も、大学だけは何としても出すといってくれたのです。
父親として、家族のため、子供のために、自分に都合の悪いことでも必死で我慢していることが分かったのです。
電話の前ではいつも元気、テストの結果はいつもいい。たまに「あんたの元気は空元気に聞こえるんだけどなあ。」といわれる事もありましたが・・・。
翌朝、母から電話がありました。「これなら間違いない。大丈夫だ。あんたのほうが正しいわ。
」
普通の人以上に勉強を頑張ってきたのも、就職活動をしてきたのも、親に仏法を伝えたいという思いからでした。
母の子に対する思いはいかなる時でも変わらないんだな、と親から受けている御恩の大きさが知らされます。
親がゼミを聞いた反応はというと、父はあまり多くを語ってくれませんでしたし、母は、まさか大学でこんなことをやっているとはなあ、というものでした。
最近、帰省した時や、ともに御法話に参詣したときに、父の後姿をみて、白髪が多くなったなあと思いました。
お釈迦様は「遠行憶念の恩」と教えられていますが、今振り返って、永い間この恩を受けていたということが知らされます。
父は成績がよかったのに、家の都合で大学にいけず、私に代わりに学生生活を満喫してもらいたかったのでした。
両親がどれだけ、子どもの幸せを願っていることか
何か嫌な事があると母親に八つ当たりするようになってしまいました。そんな私が親鸞聖人の教えとご縁を結ばせて頂きました。
お金も時間も健康も、自分のことは顧みずに子供たちのためにかけてくれました。
「わかっている私がわからない両親に伝える」知らず知らずのうちに自惚れていたようです。
こんな世界になんか生まれてこなければ良かった。心の中には、両親と世間に対する恨みしかありませんでした。
母は仕事を辞めたいと言った後に「でも、あんたが大学出るまでは頑張るわ」と優しく微笑んでいました。
「お父さんとお母さんの結論ができたよ。続けていいよ。ゆり子のプラスになるのなら。だけど、お父さんと3つ約束してほしい・・・
たった1時間いつもより帰りが遅くなっただけなのに、なんでこんなに心配するんだろうと思っていました。
「痛い?寒い?もうちょっとで病院へつくからね。」母の焦った涙声とフロントガラスに叩き付けれらる雪だけは、妙に鮮明に覚えています。
帰省をすると母は「ちょっと痩せたんじゃない?」と言います。上京前と変わらないのですが、母にはそう見えるみたいです。
「お前は大学生になって変わったなぁ。無理したけれど東京へやって良かった。」
ここにどれだけの母の愛情がこもっていたのか。惨めな思いをさせたくないという母の気持ち、この時初めて知りました。
大学で、親鸞聖人のみ教えと出会い、初めて、親の大恩十種を聞かせて頂いたときは、本当に衝撃的でした。
電話先ではいつも通りの明るい声で、私に感付かせないように、両親は気遣い続けてくれたのです。
その電話が母からだったと知ったのはそれから3年後でした。
仏法を聞き始めの私は説かれる内容がわからず、よく先輩に文句を言っていました。
父の頬に、流れる涙を私は見た。「お父さんは、子供らが幸せになってくれたらそれだけいいと思ってるんやっ・・」
感情をぶつけてしまったことに対する悔しさと、心配で来た親を思いやることができなかった申し訳なさを強く感じました。
今から振り返ると、そのとき親に仏法を聞いてもらおうと親子部会に誘ったときの心境は、大変お粗末なものでした。
母のおなかをみると、子供ながらに、申し訳なさで胸がいっぱいになったことを覚えています。
10日に1回くらいづつ、はがきを書きました。今日何食べたとか、学校でこんなことあったとか、とりとめのないことを書きました。
「私のサークルの先生のお話があるんだよ」と言うと「きっと尊いお話なんだろうねぇ」と返してきた。
「あんたなんか産まなきゃよかった」
「誰も産んでくれなんて頼んだ覚えないよ」
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