チャリはチャリ屋 (その1)

 お店はどちらかというと小さいことが多い。住宅街の片隅に、または交通量の多い道路に面したところに良く見かける。
 軒先には、歩道を埋め尽くすようにして「特価品」の札が付いたママチャリが並べられ、店内には手に届きそうで届かないところに、ママチャリに付いているのとは桁が違う値札が付けられた自転車が、売る気もなさそうに飾られている。
 油で真っ黒に汚れたガラス戸の向こうにある小さな作業場の壁には、一面に工具がぶらさげられており、そこで店の親父が黙々と作業をしている。
 声をかけると、不機嫌そうにも見える表情でこちらをじろりと睨み、すぐに視線を戻して作業を再開する。どうしよう……と途方に暮れながら数分待つと、親父が手を拭きながら立ち上がり、「どうした?」と声をかけてくる……。

 ――というようなのが、一般的な「自転車屋」のイメージだと思う。ちょっと子供が一人で入っていけるような場所じゃない、そういう場所だ。

 一方、今ではすっかり珍しくはなくなった大型ディスカウント・ショップでも自転車は売られているが、こちらの雰囲気はこれまた打って変わって明るいことこの上ない。なにせ、靴や洗濯バサミやCDラジカセと並んで自転車が陳列されているのだ。しかも、表に出されている特売自転車の価格は、一般的な自転車屋のそれよりも数割は安い。
 店の明るさもあるが何より価格の点から、すっかり自転車はそういう場で買う物となってしまった感がある。――実際、僕も大学への通学チャリはそういう店で買った。何台か盗まれもしたが、なにせ価格が安い。それほど痛手でもなかった…実際、何ヶ月か経って盗まれた自転車が出てきても、それがいつ無くしたものだか思い出せないことすらあったくらいだ。

 自転車通勤をしよう、と思い立つにあたって新車の購入先として真っ先に検討したのも、やはりディスカウント・ショップだった。僕はそのころ、実家から持ってきた古い自転車(それは安売りではなく、ちゃんとした自転車屋で購入したそこそこいいものだった)に乗っていた。何度も自転車が盗まれ、安物とはいえそう何度も新しい自転車を買うわけにも行かなかったからだ。だがその古い自転車は、機械としての耐久限界にそろそろ達しようとしていた。近所のスーパーへ買い物に行ったりするのには十分だが、10km離れた職場へ毎日通うのはちょっと厳しかった。新しい自転車はどうしても必要だったのだ。

 通勤途中にあるディスカウント・ショップで、流行りの折り畳み自転車のそこそこ良さそうなものが5万円ちょっとで売っていた。リヤにサスペンションが付いた、小径タイヤのいなせなヤツだ。ちょうど予算と折り合いがついたこともあり、さほど迷わずに購入したのだが…。その折り畳み自転車がクセモノだった。
 まず最初に見舞われたトラブルは、ブレーキ・レバーの引きしろだった。レバーがハンドルとくっつくほどに握り込んでも、ろくにブレーキがかからないのだ。これについては購入前に既に気付いていたので、その場で調整してもらったのだが、それでもなおブレーキの利きは悪かった。
 そして致命的だったのが、ペダルの固定が甘かったことだ。折り畳み自転車なので、ペダルも畳むことができる。当然、漕いでいるときには折り畳まないようにロックされているのだが、走っているとそのロックが少しずつ外れてきて、突然ペダルがカクンと折れてしまうというトラブルが頻発したのだ。
 想像していただければ分かると思うが、非常に危険だ。前方の信号が変わりかけ、間に合おうと立ち漕ぎをした途端、ペダルが折れてしまいそのまま車道に放り出されそうになるに至って、返品を決意した。スタイルは気に入っていた自転車だったのだが、命の危険まで犯して乗り続けたくはない。

「もう、ディスカウント屋はこりごりだ…。ついでに、折り畳み自転車もこりごりだ…」

 得難い教訓を得る事ができた僕は、丸々返金してもらった5万なにがしかのお金を持って2回目の自転車探しを始めた。自宅近くの、できるだけ古くからやっている技術に信頼が置ける自転車屋はないだろうか…?

<つづく>



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