チャリはチャリ屋 (その3) 結局、僕は神金で「サスペンション無しの、ロードレーサーよりタイヤが少し太い自転車」を購入することにした。店頭に置いてあるその機種は僕にはサイズが小さかったので、フレーム、ハンドルといった個々の部品を注文するところから始めることになった。――そう、店頭に置いてある自転車はあくまで「見本」であり、サイズがたまたまピタリと合えばそれを購入することも出来ないこともないが、基本的にはオーダーして自分一人のために自転車を組んで貰うという買い方をする、神金はそういう自転車屋だったのだ。
どうやら、こういう販売方法は小規模店では珍しくはないらしい。量販店の場合は、パーツを大量に一括で仕入れて、それを組んだものを店頭に出し、それを売るというやりかたをすることで価格を下げている。だから、店頭にあるもの以外を手に入れようとすると高くついてしまう。体型が一般的な日本人に準拠している人はそれでもいいかもしれないが、背の高い人、逆に低い人は苦労することになる。
僕の場合は背が高い方に属するため、量販店で購入した自転車は大抵の場合サイズが小さすぎるということになる。とはいえ、「サイズの合った自転車」というものに乗ったこと自体が無いのだから、店に並んでいるその自転車が自分のサイズに合っているか、いないかなんてことすら分かるはずもない。何となく小さくて乗りづらい…ということくらいはわかるので、サドルやハンドルの高さを調整して乗りやすくしようとするのだが、それにも限界がある。サドルを限界以上まで上げても調整できるのは足とサドルまでの距離のみで、サドルとハンドルの距離は調整できないからだ。結果、腰を曲げて縮こまるような姿勢になり、「自転車に乗ると腰が痛くて痛くて…」ということになってしまうのだ。神金では注文するフレームのサイズを決めるために、体のサイズを計る。スポーツクラブとかに置いてあるエアロバイクを質素にしたような器械に腰掛け、サドルの高さやハンドルの位置などを微調整しつつ、適正なフレームサイズを導きだすのだ。「よし、このくらいですね」と店長が言ったその時、僕はちょっと感動していた。サイズがきちんと合った自転車とはこういうものなのか、ということを始めて知ったからだ。まったく腰に負担がかからない。上半身は空を飛ぶように軽く、足はそれが独立したマシンのようにペダルに力を伝えられる。こんな自転車だったら、何百km走っても平気かもしれない…。そんなふうに思えた。部品を取り寄せ組み立てるのには3〜4日かかるということだった。そんなに急いでいるわけではないので、納車(というのかどうかは知らないが…)は、次の週の土曜日ということにした。
さて、1週間後の土曜日。
「残金を払って自転車を受け取るだけ」のつもりで神金を訪れた僕を待ち受けていたのは、延々30分以上にわたる「タイヤ取り外し/取り付け講習」だった。
ある程度、ちゃんとした自転車はメンテナンスのために簡単にタイヤの着脱が出来る。だがやりかたを間違えてしまってはもちろんの事、締め付け具合が足りなかったり逆に強すぎたり、あるいはタイヤが斜めについた状態で締め付けてしまったりすると、自転車の走行そのものに支障をきたす。ちょっとしたコツが必要なのだ――本当に、ちょっとしたコツにすぎないのだが。
幸い、その日は会社が休みだったので助かったが、もし午後からの仕事があったら遅刻するところだった。――もし本当にそうだったらそう話して開放してもらっただろうが。
後日、この「タイヤ着脱講習」の話を友人にしたところ、「その自転車屋は本物だよ」というコメントを頂いた。量販店で、吊しの自転車を「あれ下さい」で買う方法。
専門店で、雑談まじり脱線しまくりの説明と解説を聞きながら、使用目的やライフスタイルに合った自転車を選び、体のサイズに合わせて購入する方法。
期せずして、「モノの買い方」としては両極端の方法を短期間に両方とも経験してみて思ったことは――。「他のモノはともかく、チャリはやっぱチャリ屋で買うべきだなぁ」
というものだった。確かに、価格は高い。「自転車なんかに2万円以上出したくない」というような考え方を持っている人は、迷わず量販店で自転車を購入するべきだろう。量販店で売っている自転車の質は決して悪いわけではないし(高価な自転車に比べたらお話にならないレベルだというのも確かだが)、自分が「欲しい」と思っているものにピタリと合う自転車が安価に手に入るなら、ディスカウントの自転車を選ぶのは賢い選択の一つだと思う。だが、少なくても僕の場合は、量販店の自転車は(実際に使ってみて初めて分かったことだが)自分の「欲しい」自転車ではなかった。そもそも、僕の体に合う自転車は、量販店では手に入らないことすら知らなかった(ちなみに僕の身長は約180cm。長身の部類に入るとは思うが、人並み外れたノッポというわけでもない)。
量販店で売られる自転車は、サイズもデザインも画一化されている。その画一化がコストを下げ、ヨーロッパやアメリカのように自転車を「ごく一部の『自転車好き』だけの趣味的乗り物」ではなく、ごく一般的な移動手段として普及してきたという一面も確かにあるだろう。だがその一方で、本来の自転車の「気持ちよさ」を多くの人が知らないままでいることは、とても残念なことだと心から思う。
<おわり>