ママチャリという一つの“文化”

 乗り降りしやすいようにフレームの前三角が湾曲した1本ないし幅の狭い2本のパイプで作られている。チェーンは完全にカバーされていて裾がチェーンで汚れることは無い。もちろん前後とも泥よけが装備されており、荷台と前カゴは標準装備だ。頑丈なスタンドも忘れちゃいけない。
 こういった自転車が一般的に「ママチャリ」と呼ばれている、街を歩いていて最も良く見かける自転車だ。日本がほぼ人口1人あたり1台の驚異的な自転車普及率を誇る自転車王国であり続けることができるための、最大の貢献者と言っていいだろう。

 いわゆる「自転車乗り」の中には、このママチャリを敵視する人が少なからずいる。曰く、夜間に無灯火で走る、歩行者をベルで蹴散らしながら歩道を爆走する、道路の右側を逆走しながら左側通行をしている自転車を(まるでそちらが悪いと言わんばかりの目で)睨む、等々……。確かに僕自身、そういうママチャリにヒヤッとさせられた経験は何度もある。また、「気持ち良く走る」ためにタイヤ、フレーム、ブレーキ等々に工夫が凝らされ贅沢な素材を奢られた「本物の」自転車を知っている身としては、「人力で走る2つのタイヤを持つ乗り物」という以外に全く共通点が無いと言っても過言ではないママチャリを「同じ自転車」として認めたくない、という気持ちも分からないではない。
 だが、ママチャリとは、コストパフォーマンスを含めて考えた場合それ自体は実に良く出来た乗り物であることは否定しようがない事実だ。なんといっても、売れている数が何よりも雄弁に証明している。街を走っている自転車はそのほとんどがママチャリだし、どの自転車屋を覗いても表に出ているのはママチャリばかりだ。ロードバイクやMTBといった真っ当な自転車――そういう言い方が妥当かどうかは置いておいて――は、街でも店頭でも明らかに少数派だ。

 クソ重い、巡航速度にして12km/h程度で走るのが精一杯の自転車のどこが「優れた乗り物」だ?
 と、自転車乗りだったら思ってしまうかもしれない。12km/hなんて、真っ当な自転車だったらほんの漕ぎだしのスピードに過ぎない。特に鍛えた人間でなくても平均で20km/h程度、40km/h以上で走り続ける人でさえ珍しくない「自転車」の世界と、「歩くのよりはちょっと早い程度」のスピードでのんびりと移動する「ママチャリ」の世界とは、本質的に別の世界といっても過言ではない。
 公道における自転車事情を話題にするときに良く引き合いに出されるのが、ヨーロッパ諸国やアメリカ、オーストラリアなどの道路だ。それらの国では、おおむね専用の自転車道があって、老いも若きもヘルメットを被り、スピードの出るちゃんとした自転車で走っている。自動車でも歩行者でもない、自転車という交通手段がきちんと確立している。素晴らしい…! というものだ。
 確かにそれは素晴らしい環境だと思うが、そんな道路で、はたしてママチャリは走ることが出来るのだろうか? 逆に言えば、そういう環境は「ヘルメットを被り、気合いを入れなければ自転車に乗ることすら許されない貧しい環境である」とも言えるのではないだろうか…?

 何度も数字を出して申し訳ないが、12km/hというスピード。これは「遅い」と言い切ってしまえるスピードでは決してない。具体的な例として、子供を保育園に送り迎えする場合を考えてみよう。自宅から保育園までが4km離れていたとして、自転車を使えば約20分で着く計算になる。だが、歩きだったら? 4km/h(ちょっと早足で歩くスピード)で歩いたとしても1時間かかる。子供を連れていたりしたら倍はかかるだろう。歩いて2時間? 非現実的だ。車を使うということになるだろう。逆に言えば、車がなければ保育園への送り迎えは不可能ということになる。
 送り迎えに限った話ではない。買い物でもいい、駅への交通手段でもいい。12km/hという遅いスピードであっても、移動手段があるということは、それがないのと比べて計り知れない恩恵がある。
 たかが4kmの移動にいちいち車を使われたらどうなるだろうか? 路上には車が溢れ、渋滞は今よりずっと酷いことになるだろう。車を止める場所だって足りなくなる。街は駐車場だらけになるか、それが間に合わなければ路上駐車だらけになる。実際には、その両方になるだろう。想像したくもない風景だ。人が生活するべきスペースが、どんどん車を置くスペースに侵略されると言い換えてもいい。
 ママチャリの普及は、それをすんでのところで防止している…と考えることもできる。確かに、駅前には放置自転車が溢れ、著しく景観を損ねている。だが、あれが全部路上駐車に変わったらどうなる? 事態はさらに深刻になるだろう。

 もちろん、今の状態がベストである筈はない。だが、日本の道路は、その殆どがまず「車」ありきで作られている。余裕があるときには、「歩行者」の通るスペースもお情けで付け加えられている、といった感じだ。自転車のことを考えて作られている道路など皆無に等しい。
 自転車が本来走る場所とされているのは車道だ。歩道を自転車で走行するのは(特例として認められている場合を除いて)違法行為である。にも関わらず、今の日本の道路で車道を自転車で走ろうとするとかなりの覚悟がいる。少なくても、40km/hを任意に出すことができて、巡航速度でも30km/hは余裕で出るくらいでないと車と同じエリアで走るのは難しいだろう。悲しいかな僕はそれより10km/h分は遅いスピードしか出ないので、余裕が有るときは車道、そうでないときは歩道に緊急避難といった日和見走行を余儀なくされている。

 自転車と自動車、そしてもちろん歩行者を含めた全てが「道路」で安全に共存できるようにすることは、僕のような一般人がこんなところで言わずとも、行政だって十分に自覚して一つの目標として掲げていることだろう。
 だが日本の場合、それに加えて同じ自転車の中でも「真っ当な自転車」と「ママチャリ」をどうやって共存させるかというのも、大きな問題となってくるだろう。
 願わくは、その片方を道路から排除するという形にはならないで欲しいと切に願う。
 なぜなら、そうなれば排除されるのは圧倒的少数派である、僕らが「真っ当」と思っている方の自転車であることは明白だからだ……。



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