アニメーションの力 ひとはばかりなく公言するようになって久しいが、僕はアニメオタクだ。
その道を極めているみたいなディープな方々に比べればヌルいことこの上ないが、それでも世間一般からすれば十分「オタク」の部類にカテゴライズされてしまうと思う。現に今だって、「とっとこハム太郎」や「魔法陣グルグル」を喜んで毎週見ている以上、立派に現在進行形のアニメオタクであると名乗る資格はあるんじゃないだろうか。
アニメーションというのは、本来動かない物を動かしてしまう技術…と定義される。その技術をもってすれば、本来あり得ないものを画面上に出現させることも、もちろんその逆も可能となる。これはアニメーションの最大の武器である。「ぼくらの仲間 プルトくん」
という動燃が作ったアニメーションがあった。まるでアンパンマンにでも出てきそうなデザインのマスコット的キャラクター「プルトくん」が、「プルトニウムはいかに安全なものか」ということを分かりやすく子供達に説明してくれる、というものだ。
「もし、わるものがプルトニウムを盗み出してダムに投げ込んだりしても大丈夫。プルトニウムが混じった水は飲んでも平気」
と、にこやかに笑って言いながら子供にプルトニウム入りの水を飲ませるという無責任きわまりないシーンが大問題となり、新聞報道でも取り上げられたことがあるのでご存じの方も多いかも知れない。ちょうど当時、被験者に無断でプルトニウムを人体に注射して影響を見る実験がアメリカで行なわれていたことが発覚して大騒ぎになっていたこともあり、かなり大々的な報道だった。
マントにブーツ、親しみやすい笑顔を振りまく「プルトくん」は、見るからに正義の味方だ。一方、プルトニウムを盗み出してダムに投げ込む「わるもの」は、黒服にサングラスという、いかにも悪者の風貌をしている。これを見た子供達はきっと、「プルトニウムは危険だと標榜する者=悪者」というイメージが植え付けられることだろう。その点でも、この作品は非常に良く出来たアニメーションだった(皮肉を込めた意味で、である。念のため)。さて、このアニメには続編がある。「プルトくんとウランくんの熱い友情」というアニメだ。再処理施設のしくみを分かりやすく解説したものだ。
再処理とは、使用済み核燃料から再利用可能なウランを取り出す技術で、地下資源が決定的に不足している日本では必須の技術であるとして巨額の費用をつぎ込まれているものだが、同時に数多くの問題をはらんだ技術でもある。その過程で排出される高濃度放射性廃棄物も、その一つだ。
僕はこのアニメを見たときに、たまたまそのことを知っていた。だから、「高濃度放射性廃棄物についての扱いはどうなるのだろう」と気を付けながら見ていたのだが…。
再処理仮定が、わかりやすいアニメーションで順を追って説明されていく。一つ一つの施設でどのような処理がされているのか、そしてどのようなものが排出され、どこへ向かうのか。ウラン君にプルト君が丁寧に説明しながら、次々と画面が切り替わっていく。
そして、僕は自分の目を疑うことになった。なんと問題の高濃度放射性廃棄物は、画面の切り替わりの隙を付く形で、画面の外に消えていってしまったのだ。いつか戻ってくんじゃないだろうか――という期待も空しく、画面は反対側にどんどん移動していってしまい、処理施設から高濃度放射性廃棄物が排出されたということそのものが、「なかったことにされた」のである。実はこれらのアニメは、あるアニメ系BBSのオフ会の一環として、そういう類の映像資料を無料公開している施設に見に行ったものだ。だから僕は一人でそのアニメを見ていたわけではなく、数人で画面を見ていた。そのシーンが映った直後、その場にいた全員が一瞬固まった。言葉を失った。そしてその後、全員が大爆笑した。
「そうだよ、これこそアニメーション技術の真髄だよ」
「凄い、これは勇者合体よりも凄い」
当時、「勇者シリーズ」と呼ばれるロボットアニメが最盛期を迎えていた。新幹線やジャンボジェット機などの「乗り物」がロボットに変形するアニメだったが、偏執狂的に複雑なその変形合体は、あまりにも複雑になりすぎたため合体の過程で部品のひとつやふたつが余るなんてことは当たり前だった。実際にオモチャを買って試してみると、出来上がったロボットそのものより余った部品の方が量が多い…なんてことすら珍しくはなかった。だが、実際にアニメーション動いているところを見ると、激しいエフェクト、軽快な音楽、巧妙なカメラワークといった趣向を凝らした演出により、それらの部品は画面外に消え失せてしまったにもかかわらず、気を付けて見ない限りそのことに気付かないように工夫されていた。そう、あるものをないように見せ、ないものをあるように見せる。実写映像では難しい映像トリックも、アニメーションを使って行えばいとも容易く実現できる。これは、確かにアニメーション技術の真髄に違いない。「プルトくんとウランくんの熱い友情」における演出は見事だった。視聴者の目を「これから処理されるウラン」の方に向けさせ、高濃度放射性廃棄物はその隙に画面外に消え、その後カメラワークにより「処理ルートから高濃度放射性廃棄物が出ていることそのもの」を視聴者の目から隠蔽してしまうというその演出は、ロボットアニメの変形合体に迫る見事な演出だった。
「アニメの力ってのは、凄いもんだよなあ」
というのが、この2作品を含めたいくつかの「トンデモ」アニメをそのライブラリーで見た感想だった。もちろんこれは、あまりありがたくない意味での「力」だが……。