何も起こらない日常に潜む「面白さ」
●あずまんが大王(月曜・TV東京系 深夜25:25〜)
何の変哲もない学校に通う、ごく普通(?)の高校生達が送る、とくにこれといった事件も起こらない、どこにでもありそうな平穏な日常を、独特のテンポで淡々と描く。
●「事件」が起こらない作品現在放映中のアニメ作品で、超能力も魔法も巨大メカも天才スポーツマンも登場しない、あたりまえの日常を描いた作品なんて、これの他には「ちびまる子ちゃん」と「あたしンち」くらいしかないんじゃないだろうか。「サザエさん」は――あれはすでにファンタジーの世界に踏み込んでるような気がするし。
「普通の日常」を面白く描く。これは「めったに出来ない冒険」を面白く描くことより何倍も困難な作業である。「面白さ」をどう定義するかということは難しく、そもそもそれが簡単に説明できるようなものなら世のクリエイター諸氏は何も悩む必要は無いのだが、「面白さ」を構成する大きな要素として「ドラマ性」があるかどうかということが上げられる。物語の緊張感、先がどうなるかわからないハラハラ感といった要素がどれだけ物語に含まれているかどうかで、読者(あるいは視聴者)を作品に惹きつけることができる。
●「緊張」がドラマを作る日常生活における緊張の題材として古今東西もっとも普遍的に使われている題材に、恋愛がある。今でこそ数は少なくなったが、かつては「学園ラブコメ」というのは一大ジャンルを成しており、すれ違いのもどかしさや思い通りにならない自らの感情への苛立ちなど、激しく起伏する感情を題材にして多くの名作が作られた。もちろん現在放映中の作品においてもそれは例外ではないが、若年層での恋愛に対するタブーが消え去った現代においては単なる「ラブコメ」だけでは緊張感を演出できなくなったらしく、異星人との戦闘や近代兵器を使用しての戦争などのスペクタクル要素がほぼ間違いなく絡められている。魔法などのファンタジー要素が絡められることは昔から行われていたが、それらがあくまで物語への風味付けに過ぎない存在で留まっていたのに対し、現在の「ラブコメ」ではその風味付けの方がむしろ主役になっている感があるほどだ。
日常生活に潜む緊張の題材として恋愛以外に考えられるものとしては、学校生活を送るものにとっては学校内での、家族と暮らしているものにとっては家族との間の人間関係がある。それぞれ現在放映中のものでは、前者が「ちびまる子ちゃん」、後者が「あたしンち」に該当するだろうか。放映終了済みだが「あずきちゃん」などもある程度はそういう要素がある作品だった。――もっとも途中からすっかり恋愛がメインのテーマになってしまい、「色ボケ小学生」なんて陰口がたたかれるほどだったが。
●本当なら面白くなる筈のない作品さて、「あずまんが大王」である。これは、いままで挙げたどれにも当てはまらない。そもそも、物語に緊張感というものが全く無いのである。次はどうなるかというハラハラ感も、誤解によるすれ違いやもどかしさも、全くない。
だから本来、あずまんが大王は「面白くなるはずのない作品」である。だのに、なぜかこの作品は、面白い。何度も読み返したくなるし、見返したくなっていまう。理由は説明し辛い。この作品の魅力を書き表すのは難しい。
「なんとも言えない面白さ」
「ほのぼの感」
「個性あふれるキャラクター」
ここらへんがこの作品を形容する文句として良く出てくる代表例だろうか。
最初の2つは説明になっていないし(「なんとも言えない」とは「何も言っていない」に等しい)、最後の「個性的」というのもどうだろう。もちろんキャラ付けはしっかりしているが、それほど個性的というわけでもない。ちまたに溢れる人間離れした「個性」をもったキャラクター達と比べれば凡人もいいところである。しかもそれぞれ「誰々っぽい」と形容することがいくらでも出来るくらいに、ありふれた「個性」しかもっていない、ありふれたキャラクターといってしまってもそれほど間違いはいえないだろう。
この作品、相当に人気が高いのだが一方で嫌いな人間も少なからずいるようだ。もっとも、いわゆるアンチの存在はどんな人気作品にもいるものだが。彼らがこの作品を嫌う理由としては、
曰く、「何も起こらない」、「どこかで見たキャラばかり」、「どこが面白いのか分からない」
といったものがある。たしかにその通りである。何も起こらない、さして個性的というわけでもないキャラクター達の日常生活を描いた作品が、なんでこんなに面白いんだろう?
●普通っぽさが魅力?この作品は、マンガとして掲載された時点では4コマの体裁をとっていたが、一般の4コマとは異なり4つのコマだけで話が完結することはむしろまれで、次の4コマへ、そしてまた次の4コマへと話が繋がっていくという特徴を持っていた。
いわゆる起・承・転・結の枠組みにとらわれず、例えば起・承・承・承・承・承・承・転結などというような常識にはとらわれない展開をすることが良くある作品だった。そのことが一般のマンガとは異なる独特のテンポを生み、その意外性がギャグとして秀逸だったことがこの作品が売れた理由の一つとしてあげられるだろう。
だが、それだけではこれほどまでの人気作品とはなり得ないのは間違いない。常道を外すコマ運びの妙にプラスされる、この作品の魅力とはなんだろうか。
私はそれは「登場人物の普通っぽさ」だと思う。キャラクターは皆、ありがちな性格設定ながら普通にいそうな人間として描かれる。彼女達の友達付き合いもベタベタした友情や過剰な仲間意識などは無く、どちらかと言えば仲の悪い同士もいれば、逆に一方的な片思い状態の付き合いもある。ほどほどにリアルな集団として描かれている。
だからこそ読者は、彼女たちを身近な存在として感じ、あたかも自分自身が彼女たちと同じ学校に通う同級生であるかのような気分になって物語を読むことが出来る。
●「主役不在」の意味この作品に決まった主人公という存在はいない。メインとなる人物は数名いるが、エピソードごとに描かれる視点は異なる。主役不在ゆえに、一般的な物語の読み方、つまり登場人物に感情移入して見るという方法では物語に入り込むことはできない。「面白いとは思えない」と感じる人は、その多くがおそらく「感情移入できる対象がいない/誰かに感情移入しても面白くない」というのが理由なのではないだろうか。
この作品は特定の登場人物に感情移入して読むのではなく、「傍観者として登場人物たちを見つめる自分」を意識して読むと面白さが分かってくるはずだ。