世界観と人物の描写

Witch Hunter ROBIN
(木曜・テレビ東京系 深夜25:25〜 ※放映終了)

 超常の力である「クラフト」を持つ人間「ウィッチ」を捕獲する組織「STN」の日本支部に配属された15才の少女、ロビン。自身が火を操るクラフト能力者であるロビンは、その仕事を通じて様々なウィッチの生き様に触れていく。


派手さを排除した精密な描写

 「アニメ的な演出」という言葉があるほどに、アニメにおける「お約束の描写」というものは多い。例えば表情が変わる時に、星が舞ったり電子音が鳴ったりなどといった演出は実によく見る。いつから、柔らかいものを変形させるときの音が「プニュプニュ」になり、点光源が輝くときの音が「キラーン」になったのかは分からないが、それらの音は効果音として完全に定着しており、なんの疑問も持たずに使用され続けている。
 この作品では、それらの「アニメ的お約束効果音」は一切使われていない。効果音そのものが使われていないわけではない。むしろ逆で、細かい動作一つ一つにリアルな音が付けられており、足音ひとつ取っても、アスファルトの上を歩く音、石畳の上を歩く音、乾いた硬い土の上を歩く音、カーペットの上を歩く音……とそれぞれ違う音が聞けるほどだ。細かい日常の音にここまでこだわるアニメも最近珍しい。また、聴覚だけでなく、視覚に訴える方面も充実している。舞台となる建物を始めとして、登場するありとあらゆる場所――例えばホームレスが寝床にしているダンボールハウスの中だとか――は非常に細かく描写されている。
 そして秀逸なのが、光の使い方である。実写の映像の場合、画面に映し出される風景は全て光によって照らし出された「もののすがた」であるのに対し、アニメにおけるそれは全て「ひとが描いた絵」である。暗い場所も明るい場所も、全て人間がそうあれかしと意図してそう描かれたものである。
 かつて、アニメーションの絵の全てが手作業で描かれていた時代は、背景も人物も描いた絵をそのまま使うしか無かった。同じ場所を描くのでも、その時そこが明るいという設定ならば明るく、暗いというなら暗く、別々に描くしか無かった。だがデジタル技術が発達し、同じ絵でも明るさや色合いを調整したり、霧をたちこめさせたり煙にいぶされたり、差し込む光に一部分だけが明るく照らし出されたりといくつものバリエーションが作り出せるようになった。背景がその場限りのありきたりな風景として描かれたものではなく、時の移り変わりによって刻一刻と佇まいを変えていくその様子は、物語が進行するその世界がまるで現実に存在するかのような実体感をもって視聴者に訴えかけてくる。


濃密に演出された世界観

 いわゆる、「世界観がしっかりと確立している」という言葉は、物語作品の良否を判断するときの基準として良く使われるものの一つだ。架空のファンタジー世界や未来を舞台としたSF作品などにおいて特に重要視されることが多い。なにをもって「世界観」というのかは難しいが、ただ設定が細かく定められているというだけでは不十分であり、描かれる世界はどういう世界なのかとか、そこに生きる人達はどういう常識を持っているのかといったことが相互に矛盾無く描かれていて、かつそれが視聴者に自然に伝わるように演出されているかどうか?といったことが重要な要素となるのは確かだ。
 この作品が舞台としている世界は、時代的には近未来ではあるものの町並みや人々の生活はほとんど現在と変わらない時代として描かれる。そして物語の核となる「超常の能力を操る人種」の存在は、SF的なものとしてではなく古典的な「魔女の使う魔法」と同様の描かれ方をしている。そういった旧い世界と未来世界が入り混じった独特の世界観を演出していたのが、背景として描かれる独特の建築デザインの数々である。細部まで描き込まれた背景、小道具の数々。建築デザインを始めとして、ビジュアルの美しさには圧倒される。ゴシック風味を加えた現代建築としてデザインされる「STNJ」の建物といい、行きつけの喫茶店といい、そのエクステリア、インテリア共に非常に凝ったデザインが施されている。そしてそれが先に述べた光の使い方と合わせて、嫌みにならずに自然に世界に溶け込んでいる。見事なものだ。
 全話を通して見た感想では、この建築デザインを軸として世界観を演出するという試みは概ね成功していたと思う。


けれど、生活臭の感じられない登場人物たち

 キャラクター(人物)のデザインは、リアル系の――言い方を変えれば地味なものである。動きや演出は淡々としており、光が舞い踊るような派手な演出や、体を一杯に使うアクションもほとんどない。そもそも、「叫ぶシーン」というものがほとんど存在しないというのは、こと「戦い」をメインテーマにおいた昨今のアニメ作品においては希有なのではないだろうか。
 そして肝心の、物語で描かれているテーマそのものである。設定を見る限りでは、「新しい力を持った新人類と旧人類の戦い」ということになるのだろうが、実際に作品を見ればそれは表面上のものに過ぎないことはすぐに見えてくる。実際に作品がメインのテーマに据えているのはもっとパーソナルな部分、ヒロインである15才の少女、ロビンの細やかな心情の移り変わりである。
 この「ロビン」というキャラクター、デザイン的には他のキャラクターと同様リアル系に統一されている。極端に目が大きいこともなく、髪の色も普通。髪型は……一風変わってはいるものの、重力を無視した派手な髪型というわけでもない。体型も頭が小さく手足が小さく、他作品での「15才の少女」と比べると随分と大人っぽい体型だ。
 口を開けば、やる気があるのだかないのか分からない、抑揚に乏しいセリフをぽつぽつと喋るだけ。いわゆる「萌えキャラ」としてのフォーマットに従ったありがちなデザインではないのだが、実際にストーリー内で動いてみると、これが妙に可愛らしく見えてくるのが面白い。ソファーの上で眠ってしまい、物音に起きあがり首を傾げたり、所在なさげに渡された眼鏡を指先でつついてみたり。抑揚に乏しいセリフも、その表情と併せると、その時の彼女の拗ねたり意地を張っていたりする感情がダイレクトに表れていることが分かる。
 ただ一つ気になるのは、この作品においては登場人物が皆、まるで冷たいマネキンであるかのような空々しい印象をどこか持っていることだ。体温や匂いといった生身の人間から感じる泥臭い要素が感じられない。具体的には、「浮浪者が拾ってきたパンをかじる様子」が、「ファションショーの舞台でモデルがポーズを取る姿」と同じくらいに「作り物」めいて見える――と表現すると分かりやすいだろうか。多分、意図的に生活臭を感じさせないような演出をしているのだと思うのだが、それがまるで人物まで重厚に描かれた背景の一部であるかのような奇妙な感覚を与える結果となっている。暑さや寒さ、痛みや苦しみといった感情があまり伝わってこないのだ。
 本作品、世界観を演出し、その中で生きる人間達のドラマを描くという部分では非常に成功していると思う。傑作であると言っても良い。けれども、私はもっと登場人物が生き生きとしている作品の方が好きだ。ここでいう「生き生き」というのは何も元気はつらつとしていて欲しいということではなく、泥臭くみっともない人生を一生懸命生きている、等身大の「人間」であって欲しいということだ。これは、単純に私の好みの問題なのだろうけれど……。



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