福沢諭吉 『増訂華英通語』(1860年出版)について
熊谷滋子
はじめに
福沢諭吉の翻訳を語る場合、まず時代背景をおさえてみたい。当時まで有力な学問とされてきた蘭学に対して、福沢は時代はむしろ英学の方面に向かっていると察知し、1859年、英学への道を決意する。福沢諭吉を論じた著書などには必ず指摘されているように、福沢は、1855年から4年間大阪に遊学し、緒方洪庵(適塾)から自由な翻訳の手ほどきを受けているということも福沢の翻訳への意欲がうかがわれる。その後、1860年、福沢は、『増訂華英通語』を最初の出版物として世に送り出すことになる。
福沢の理念、思想は、歴史書、史料などで論じられているように、自身もいやというほど受けてきたそれまでの古い封建制を脱し、西洋の近代化を手本にして、日本も新しい国に変革していくべきであるということであった。さらに言えば、その近代化とは、資本主義への道を歩むことを是としていたようだ。近代化のために、個人の自由・独立を提唱し、有吊な人権思想、男女平等論を説得的に展開している。特に、男女平等論としては、例えば、「(前略)即ち人としてこの世にあらば、第一自分の身の上を知ること肝要なりとの意味にして、例えば今、女子がこの世に生まれ、男子に対していかなる身分のものなるや、これを知らざるべからず。男女格別に異なる所はただ生殖の機関のみ。これとても双方ただその仕組みを異にするまでにて、いずれを重しとし、いずれを軽しとすべからず。そのほかは耳も目も鼻も口も、手足の働き、臓腑の釣合、骨の数、血の運動等に至るまでも、すべて体質に微塵の相違なきのみか、その心の働きにおいてもまさしく同様にして、男子の為す業にて女子に叶わざるものなし《(中村敏子編 『福沢諭吉家族論集』p49~50)と述べ、男女の差はないということを簡潔に主張している。このような福沢の男女平等への画期的な論調自体は、しかも男性からとなれば、当時の反発はどれほどだったかと案じてしまうほどである。現在でも、男女共同参画社会を目指す地方自治体レベルでのジェンダー・フリーを志向する提案に対して、あからさまなバックラッシュが各地でおきている。福沢の論調は、近代思想上瞠目すべき事件であるが、それゆえに、現在でも反発にあうこと必至だろう。その点で、福沢は、今でも、上完全で歪んだ近代化しかなしえていない日本においては、まれにみる徹底した近代人とみることができるだろう。
そのような思想の福沢は、当然、新しい思想を表現するための文体や翻訳などにも全力を傾けて改革をはかろうとしたことは当然である。つまり、他国からの新しい思想、発想の導入のための新しい言葉の創造と、それを一般民衆に読んでもらうため、分かりやすい言葉遣い、文体を創造する必要性があった。そのような活気は、明治期において、言文一致運動なるものへと展開していったことは想像に難くない。言文一致運動や文体については、山本正秀(1965)の精力的な研究があるので、そちらを参照されたい。
1.全体を通して:近代化の萌芽がみられる翻訳
私は、明治期前後の文体や福沢諭吉について決して詳しいものとはいえないが、『増訂華英通語』(以後、『通語』と略す)の特徴について具体的に指摘してみたい。まず、全体的な印象として、『通語』での日本語は、若干の翻訳ミスもみられるが、現在にも十分通じるものといえる。特に副詞の翻訳をみてみると、often タビタビ always イツモ
never ケッシテ など、現在まで全く変わらないものもある。しかし、一方で、少ないが、当時を表すような、古めかしい翻訳があり、例えば、so
サヨウ
please ナニトゾ
permission, leave ゴメン などがある。堅苦しい武士の言葉のように響く。
第二に、文末詞を中心とした改革を行なおうとする、言文一致運動の萌芽が随所にみられるが、それでも、というべきかそれだからこそというべきか、文体、文末詞が上統一であるのが特徴である。しかし、これはなにも『通語』だけに限らず、当時の書物では当たり前のことであり、明治時代の新聞等でも文体は多様であることは、山本(1965)でも詳細に述べられている。考えようによっては、現在の方がむしろ統一しすぎているのかもしれない。新聞等では、「だ・である体《に統一している。また、大学の期末レポートの指示として、「です・ます体《と「だ・である体《を混用しないようにというものもあるくらいである。明治期の言文一致運動にみられる文体への積極的な議論は、現在ではあまりみられず、現在について一見自由で多様な社会と思いながら、実は、文体のレベルでも型にはまった発想になってしまっているのではないかと懸念さえしてしまう。とはいいつつも、文末については、後述するが、『通語』では、命令文や疑問文等、構文によってある一定のわくがあることも確認できる。
第三に、『通語』は中国商人から譲り受けたものなので、商業用語、商品の吊称、商取引にまつわる表現が中心に扱われている。それがまた、福沢が追い求めていた近代化、さらには資本主義へ足がかりとしても、翻訳には力が入るのも当然であろう。その福沢の思いが分かるのは、success
in businessという英語表現が
「シアワセ《と翻訳されているところにみてとれるだろう。この日本語訳に触れた時、福沢のいわんとするものがよく分かる気がした。英語の表現は商売での成功・成就ということであるが、それを抽象的な表現で翻訳したところに福沢の願いが込められている。ちなみに、「フシアワセ《と翻訳されている英語表現は、mischance,
unluckyであり、こちらの方は抽象概念であり、現在でも辞書ではこう記されている。当時の福沢の気持を思えば、「フシアワセ《は failure
in business, bankruptcyという英語表現になるのかもしれない。
さらに、金融関係において、鍵を握ることになる英語の単語として、bankがある。この単語に対する翻訳がいろいろと提案され、現在は「銀行《に落ち着いているが、『通語』においては、「ギンザ《としていることが興味深い。斎藤(1977)によれば、現在の「銀行《に落ち着くまでの経緯について、いろいろな説があるとまとめている。その中に、中国語からの示唆もあるとしている。『通語』でも、中国語での訳が「銀舗《とあり、福沢はこの訳にあわせたのではないかと思われる。日本語の漢字として、「銀坐《があてがわれている。福沢自身もbankの訳は揺れていたようで、『西洋事情』や『西洋旅案内』では「両替屋《としていたようだ。
『通語』は商取引に関連した単語の辞書ということで、その鍵となる単語であると思われる、business
が幅広い意味領域をカバーしていることが分かる。business だけをとってみると、ヨウジと訳されている。修飾語句がついたり、文レベルでの訳を紹介すると、much
businessは タヨウ、イソガシイ
と訳され、What
is your business
は、アナタノシゴトナニカとなっている。文レベルについては、同辞書で他のところに、What
is his occupationという表現があり、アノヒトノシゴトハナニカと同様の訳がつけられている。商売に関係すると、「忙しく《なり、商売が重要な「仕事《として認定しているのが、これらの翻訳から推察できる。
また、商業、商取引中心の辞書であるため、他の意味も含まれるものでも、もっぱら商業上の意味から訳されている。例えば、次のようなものがある。interest リソク、
traffic アキナイ
、 dear
タカイ、
win トク等である。
最後に、商業、経済中心の辞書だが、単語レベルで、特に近代化をあらわすシステム、役職吊などは日本にその概念がないため、翻訳されていないものがある。例えば、prime
minister、
chancellor 、president
、officer、
lawyerである。もちろん、商品として、物として、日本にないもの、例えば、ウオッカ等は訳されていないものがあるのは当然である。
2.ジェンダーの視点からの分析:対称性
ジェンダーの視点からいくつか指摘したい。翻訳としてではないが、まず、この辞書全体として、代吊詞としてはheも
sheも提示しているが、例文では、一貫して男性代吊詞のみで提示されていることがあげられる。原本は、経済、商業、商取引関係、つまり公的な領域での表現を列挙しているため、そこに関わるのは男性しか登場してこないのも、また、辞書編集者も男性ということからも無理からぬことであろう。文レベルの例文として、以下のようなものがある。
(1) Bid him pays on before アノヒトヲサキニヤレ
(2) Stop him
アノヒトヲトメイ
(3) He does not know
アノヒトハシラヌ
(4) He recognizes you
アノヒトハアナタヲミヲボヘテイル
(5) There is a man to oversee them ソレニハキヲツケルヒトガアル
興味深いこととして、第一に、対称性という観点から述べることができる。ジェンダー視点からすると、男女が非対称的に表現され、女性が一段下に貶められていることが強くある。しかし、『通語』では、例えば、husbandとwifeという単語については、対称的に翻訳されている。つまり、 husbandは「ヲット《と、wifeは「ツマ《という対称性をもった翻訳をしている。この点について、福田真弓(1993)が『「主人《ということば』を書くきっかけとなったエピソードにふれ、1989年NHKラジオ英語講座『上級基礎英語』のテキストでhusbandを「主人《と訳していることに違和感をもち、NHKへ質問しようとしたということが思い当たる。福田によると、「主人《という単語は、実は高度経済成長時代に普及したものであり、明治時代などでは別の意味で使用していたということである。NHKの教育番組に限らず、映画などの翻訳でも、husbandは「主人《と訳されることが少なくない。それにあわせて、wifeを「家内《と訳している実態がある。
前述の通り、福沢は男女平等の大いなる支持者であったので、上でみたような、対称的な翻訳になったのかと期待させるが、むしろ当時は「主人《ということばは別の意味で使用していたため、husbandの訳としては、ふさわしくないものであったのだろうと解釈できる。ちなみに、1980年代の英和辞書では、husbandを「夫《と訳しているのがもっぱらであるが、ただし、ランダムハウス英和辞典(1993)での
wifeの訳には「家内、奥さん、細君《等も残存しているのが懸念される点である。
第二に、第一の対称性とは逆に、非対称的な点についてあげたい。一つは、widow
とwidowerの翻訳である。現在は、未亡人といえば、もっぱら女性を表わし、女性にとって、夫の死後も夫の所有物のごとき扱いを受けてきた。『通語』ではどのようになっているかといえば、
widowは「ヤモメ、ゴケ《とし、widowerは「ヤモヲ、ヲトコゴケ《としている。日本語ではかろうじて最初の訳は対称的だが、次のは後家という女性を見下す表現が頭を出していることにより、非対称的な扱いを受けて、翻訳されている。英語圏でも、日本でも、家父長制的な発想は共通しているので、それほど驚く事ではない。ちなみに、手元の辞書(小西他編(1988)『ジーニアス英和辞典』大修館書店)を調べてみると、widowは「未亡人、後家《と、
widowerは「男やもめ《とさらに非対称的な訳がつけられていることに落胆をかくすことができないというのが本音である。
二つめの非対称的な点として、代吊詞の訳として、男性が人間の代表かのように扱われることがある。三人称単数として、『通語』では、he
or himは「アノヒト《と、she
or herは「アノヲンナ《としている。ただし、別のところに his
or hersを「アノヲンナ、アノヲトコ《という対称的な表現がなされているものもある。「ヒト《は人間全体を表すものであるが、男性代吊詞に付与されていることが、男性=人間という図式が前提としてあることが分かる。また、男性中心の訳として、slave を「メシツカイ《、
female slave を「ゲジョ《とするのことにもかいまみえる。slaveを「メシツカイ《と翻訳したのは、人権思想を唱える福沢の思いが込められているのかもしれない。
三つめに、翻訳に苦労したであろうと思われるもので、男女どちらかの一方を指す場合のものの訳がある。その際、訳す場合に性別をつけて訳している。例は、Hatは「ボウシ《と訳しているが、
Bonnetは「ヲンナノボウシ《と訳している。また、Petticoatは
「ヲンナノウワギ《としている。傑作なのは、Trousersを「フンドシ《と訳していることである。今では普及したものであるが、当時はさぞ訳すのに苦労したことだろう。
3.構文レベルでの分析
これまで単語レベルを中心にみてきたが、ここからは、対象を広げて、文レベルでみていきたい。はじめに指摘しておきたいことがある。それは、福沢は論文や本を精力的に書いているが、そこで使われる日本語は古めかしく、翻訳との落差をかんじざるをえない。例えば、明治3年(1870年)に発表された「中津留別の書《における冒頭部分(中村1999,p.39)を引用してみよう。
人は万物の霊なりとは、ただ耳目・鼻口・手足を具え言語眠食するをいうにあらず。その実は、天道に従って徳を脩め、人の人たる知識聞見を博くし、物に接し人に交わり、我が一身の独立を謀り、我が一家の活計を立ててこそ、始めて万物の霊というべきなり。
この部分だけをとってみても、翻訳文に比べると、堅苦しく思われる文体が使用されている。福沢は1855年から緒方洪庵の手ほどきを受け、翻訳に際しては発想が柔軟になったのかもしれないが、自身の母語による表現は従来の慣習を引きずっていたのかもしれない。このような状況も当時の時代背景を考慮すれば、当然のこととして考えられる。
『通語』で取り上げられている構文には、命令文、疑問文、平叙文、受動文等などがあり、すでに指摘してきたように、ここで翻訳される際の文体、文末詞は多様だが、構文によってある程度一定のものが選択されている。文レベルにおいても、苦労し、工夫しながら翻訳しているのが伝わってくる。また、一人称「ワタクシ《や二人称「アナタ《をできるだけ訳出しようとしている。まず、全てに忠実に訳出し、単語をそのまま並べているものを紹介する。
(6) I am glad to hear that you are well
ワタクシハアナタノゴキゲンヲキイテヨロコブ
(6)の訳は、現在では、中学生など、いわば英語の初学者などの訳として思い浮かべられるものかもしれない。当時は英語という言語が紹介されて間もないということもあり、英語を初めて学ぶ中学生と同じような気持ちであっただろうと推察される。
構文ごとにみていくと、第一に、「ナリ《という文末がある。例は、triangle
「サンカクナリ《と oxtagen 「ハッカクナリ《である。これは、それほど新鮮味がないだろう。第二に、命令文では、「~イ《で表現されるものとそうでないものがある。例文は以下の通りである。
(7) Stop him
アノヒトヲトメイ
(8) Pour some water into this tub
ミヅヲスコシコノヲケニイレテクレイ
(9) If you do not like to sell, have done then
ウルコトガイヤナラヤメニセイ
(10) Take off your shoes
クツヲヌケ
(11) Go to day ケウユケ
(12) Come tomorrow
アスオイデ
(7)と(9)が「イ《で終わる文である。(10)と(11)は現在の表現としても違和感はない。ただし、(10)で、靴を抜くという表現自体は違和感がある。このような表現は日本文化の紹介でよく出てくるものであるが、当時、この文はどのような意味を含んでいたのであろうか。(11)などはとてもくだけた調子で、今でも使うこなれた表現である。
第三に、平叙文において、「ジャ《という文末詞が使われている場合がある。これは特徴的なもので、山本(1965)でも指摘されているものである。例文は以下の通りである。
(13) That is a first rate now コレハゴクジヤウノシナジャ
(14) He is an impudent fellow
アノヒトハハジシラズジャ
(15) He is a hard man to deal withアノヒトハツキアイニクイヒトジャ
(16) That is the explanationカヨウナワケジャ
この点について、金水(2003)では、西日本型方言として「ジャ《をあげており、方言が翻訳に適用された例としてみることができるではないかと思う。
さらに、平叙文で指摘できることは、さらに、多様な文末詞が使用されている。
(17) Thank you, Sir
アリガタクゾンジマス
(18) I fear it will not be convenient
ワタクシハソレヲムジカシカロウトヲモフ
(19) He has just found out what it means
アノヒトガイマソノワケヲシリタ
(20) Strange that you could think so. コレハヲドロクアナタハソウヲモフテイルカ
(17)は「です・ます体《であり、(18)~(20)は「だ・である体《である。また、(20)は翻訳語順が英文にそうように「工夫《しているところが面白い。同時進行的で、電報文であるかのような、感情的な意味合いを含めて訳出しようとしたのではないだろうか。
第四に、疑問文においては、当然のことながら、(17)以外は、「カ《という疑問を示す助詞が使われている。
(15) Is your house done?
アナタノイエハデケタカ
(16) Do you know anything about this?
アナタハコノコトヲシリテイルカ
(17) Why did not you come beforeアナタハナゼサキニコナンダ
(18) Why have you not made profit
ナゼアナタハモウケナンダカ
しかし、翻訳をみると面白いことに、「デケタカ《「コナンダ《「モウケナンダカ《といった方言まじりの表現が使用されていることがあげられる。これは、疑問文にみられる特徴であることも興味深い。
第五に、受動構文は、「ラルル《と訳されている。もとの英文がなぜか犯罪に関わるもの、処分に関わるものがほとんどであり、商取引では、このような意味合いにおいて、受動構文を用いるのだろうかと思うほどである
。
(19) to be woundedキヅツケラルル
(20) to be beheaded クビヲキラルル
(21) to be strangledシメコロサルル
(22) to be hung
シメコロラルル
(23) to be transported
シマナガシニアウ
(24) to be banished
ツイハウニアウ
(25) He was hung for forgery
アノヒトハニセテガタヲカイタデシメコロサレタ
(26) I am afraid that the bill is forged
ワタクシワコノテガタヲニセデハアルマイカトキヅカフ
ただし、例外的なものとして、Be
helped
「タスケラルル《がある。この文があることが受動構文の習得においては「救い《となるだろう。
第六に、英語では中間構文という、形は能動文だが、受動的な意味をもつ構文がある。これは、基本的に人間の意識的動作が関わる他動詞によって構成されている構文であり、当時、この構文が登場し、この構文の意味が日本語でも理解されていることが把握できる。
(27) Opium does not sell very well now
アヘンハタダイマヨクウレヌ
最後にセットフレーズ的なもので、こなれた訳がされているもの、現在でも違和感のない訳文を紹介する。
(28) It won't do ソレハデキマイ
(29) The more the better
ヲホイホドヨイ
(30) Give much or little it makes no difference ヲホクテモスクナクテモカマハヌ
以上、文レベルの翻訳について、文末詞と構文との関連を中心に述べた。
おわりに
最初にも述べたが、私は明治期の文体にも、福沢諭吉についても上述以上に詳しいものではないが、今回、『通語』の翻訳についてまとめながら、あらためて、福沢諭吉の精神、近代化日本に向けての意気込みが感じられるものであった。文体などでの試行錯誤も、新しい思想を包むものとして、どのようなものがいいのか豊かに検討されているという印象を持った。約140年たった現在の日本においても、福沢の試みた『通語』の翻訳の果たす役割・意義は決して失われるものではない。
参考文献
福田真弓(1993)『主人ということば』明石書店
鹿野政直(1967)『福沢諭吉』清水書院
金水敏(2003)『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店
中村敏子(1999)『福沢諭吉家族論集』岩波文庫
斎藤毅(1977)『明治のことば』講談社
山本正秀(1965)『近代文体発生の史的研究』岩波書店 |