《 徐楽吾氏 と 局・半会・方 》
『滴天髄』はそれまで当たり前とされてきていた『神殺』を一気に排除して命を語りました。そして今「命理の聖典」といわれています。
しかし、『神殺』の発明と同じころ(2000年前か)に考え出され当たり前と思われていた『局や方や半会』などは、それに変わる理論(旺相死囚休や土の二極性)が弱かったために、一気に排除というわけにはいきませんでした。四年ごとや十二年ごとに同じような事象が起こるわけではなく、いろいろデータも集められる現在そろそろ次の革命に入ってもおかしくはないと思います。
と言いますのは、まだ半世紀少し前のかの高名な徐楽吾氏すらご自分の命を以下の様に解命しておられますが、このような会や冲の見方は今ではどなたもされておられません。それほど曖昧で信頼性の薄い『半会や局や方』を後生大事にしていては真の発展はないとは思いますが。
徐氏の命とご自身の解命
丙 戌
壬 辰(木旺) 癸巳
甲午
丙 申 乙未
丙申
丙 申 丁酉
「申辰會局而透壬水。丙火雖通根戌庫。究嫌殺重身輕。喜得生在清明後一日。
乙木餘気可用。、、、、、、」
頁の関係もあって、以下は省略いたしますが、辰戌の冲は言わず、(天干に壬
透ろうが)生支と庫支にて「水局」とは、現在では考えられません。これがた
った5・60年前の、それも「命理の大家も大家のかた」の自己解命なのです。
湿土辰は生申金して二申は生壬し、丙とも剋の関係です。(辰戌冲を無視す
れば)それでいいことなのです。
寅木はよく生午火します。戌は水気あれば納水します。金気は生むど
ころか埋金に向かいます。三支とも命を燥に暖にせしめます。辰湿土
は生申金、申金は生子水です。巳火生丑土丑土生酉金ですし、亥水生
卯木(まあ未土も亥水あれば湿土で養木、木には味方ですし、もとも
と金木の局は陰支ばかりで「極めれば水火」とは当然差あってもおか
しくはありません。土と較べていただければ五行平等でないのは歴然
としています。)
因みにこの命は木旺の生まれです。辰戌は冲で、燥土と湿土は相打っています。
乙木の気が少し残ります。土の気は皆無に近く、丙壬も相打っていてこのまま
では殺重とはいえません。
(日干を年月干と同じに見ては命ははかれません。主体(S)である
日干のみの力量は別にはかり、さて客体(O)はどうなっているか、
日干はそれらに任じ得るかをはかるのですから、個の月干と個の日
干の関係などを最初に見ては、時に日干の力量をまず半分などとみ
る不合理が起こることとなってしまいます。)
『格』 は 木旺ですが本気は戊土です。「食神格」
『用神』は 二申に対抗する「丙」
『喜神』は 「木・火」
『忌神』は 「湿土・金・水」
『閑神』は 「燥土(水来て湿土は忌)」
『調候・ほか』は 湿木湿土月ゆえ「丙」
第一・二運、身は強。やや喜運。
第三運・乙未運、やや忌の運。
第四運・丙申運は四丙一壬ですが金旺の三申は強い。やや忌運。年により損財。
第五運・丁酉運に多くの書を発刊されて名は永久に命学界にとどろくでしょう。
丁壬は干合してともに極弱となり天干三丙、支は戌辰の冲を解いて
一見「辰剋戌」か「辰生酉」に見えますが、三丙により辰は燥土に、
乙木も燥となり生火、日干丙火は金旺の酉や二申に対抗充分できます。
やや喜の運。
第六運・戊戌運は戌辰の冲を解いています。丁亥・戊子年と続き、壬水は弱く
なりますが、辰とともに金旺の戌は湿となり、生金激しい、『食傷生
財』と身を洩らし乙木の『印』も湿で生火不能、根のない丙火は晦火
を最も嫌います。子年心臓病にて死亡されています。
【戌月は寒暖の観点からは丙火を、燥湿の観点からは壬水を要します。
八字で戌月に壬水・亥・子あれば、金旺は特にですが、土旺であっ
ても燥湿からの「調候」は適切なのですが、それは少し湿になった
戌中には辛金があるゆえなのです。湿土が金を活き活きさせ、金は
生水します。水また湿土に、と「転々と湿土金水」が起こるからな
のです。この命も戌運(月支の延長)金旺に入り、亥・子と続き、
湿が過ぎました。】


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