椿の散る

春も早くに咲く椿は散るのも早い。まだ花らしい花の無い時期の椿にしばしの潤いを感ずるものだ。佐倉市は緑が多く、その緑は冬場は濃いというより黒ずんだ緑だ。この緑が春になれば、吹き出した若芽が徐々に入れ替わって周囲は微妙な色合いを呈する。その時期までのしばらくの間は椿で楽しむ。地面は敷き詰められた椿で、一面真っ赤な絨毯となる。

佐倉市は畑も多く、ちょっと散歩がてら郊外に出ると畑の向こう側のこんもりした雑木林の片隅や農家の庭先、生垣に椿の咲く風景を目にすることがある。それも結構大木でしばらく足を止める。佐倉城址公園やその周辺は昔の街並みを装い、古い椿が多いが昔に比べたら恐らくそれも少なくなっていることだろう。


平成19年度サークル展に出品


女房のお下がりの古い自転車を漕いで佐倉市臼井地区八幡台の八幡様に行った。自宅から30分程度か、田圃伝いに途中2回ほど道を尋ねた。臼井の王子台側とは格別異なる緑の多いところ。古い神社、お寺が散在するところだ。露の束の間の好天に恵まれた道々田圃に稲が20cmほどに成長し、あたり一面に稲の香り(米糠の香り)漂う中の自転車は清々しい。

八幡様は住宅街の中に位置するが、鬱蒼とした樹木により境内は薄暗い。一寸寂しい佇まいである。社務所も古くこじんまりしているが立派な神殿を擁している。最初に真正面から神殿を配した絵を描き始めたが、やはり建物は難しい。とりわけ複雑な様式に加え、左右のバランスに矛盾が出てきて、早々に止めた。境内を探し回ると大楠の木が裏手にしかも薄暗い藪の中に見つけた。大人が45人でやっと抱えられるほどしかも画面をはみ出しそうな大樹である。しかし、この大樹も既に枯れてしまっている。木の裏を除くと中は大きな空洞となっていた。しめ縄が周囲に結ばれ、大切に「安置」されていることが伺われる。多くの年月を経て、その生命を全うした姿にしばし沈黙。あと何年か過ぎれば朽ち果ててしまうであろう。一つの存在記念として描いた。(08.06.07

鉛筆、水溶性ペン、木炭及び水彩(フィクサチーフ)


八幡台 大楠の故樹

「西の長崎東の佐倉」佐倉を描く第38回     


国木田独歩が随筆「武蔵野」に名勝地でもない武蔵野を文章で綴ったように、環境はその地域文化に影響する
佐倉は印旛沼と豊富な緑に恵まれた自然の豊かなところである。四季おりおりの佐倉の風景を描き続けている。