A+B=C
絵は通常平面に描かれる2次元の世界である。3次元を表現することに遠近法やら陰影をその中に工夫して取り入れられている。3次元のモチーフを2次元の画面に表現するために画家は工夫している訳だ。だがそれらを無視した表現法が一方ではあるのも事実である。前者は一般に具象画に、後者は抽象画に採り入れられていると言っても間違いはないだろう。だからと言って抽象と具象を2次元に対する取り扱いだけと考えることは早計である。
奇妙と思える題名が付けられているが、何のことかと訝る諸兄がいるかと思う。表現形態について整理してみたいと思ってのことである。
2次元のキャンバスの絵の成立する要素Aをイマージュ、Bをオブジェと考える。そうすれば、1枚の絵CというのはA、Bの和である。即ち、夫々の重みによりA≧B、A=B、A≦Bがあって当然である。私の描く絵はどちらだと問われたらA≒Bと意志が働くように思うのだが後述するように実際は違うような気がする。
Aを完全に無視したBのみの前衛的な絵もある。逆に、Bを無視したAのみの絵もある。ピカソの絵がこれであろう(Bを無視したというより解体即ち現実に忠実な再現から遠ざかる)。
デパートに陳列された絵はA≦B に極近い。写真のようで、しかも名勝地や花など単に美しさを扱ったものが多いため殺風景な壁にはそれなりによいのかも知れないが、作者の内面が表現され、心に響くようなものは少ないと思っている。その一つは単に心地良いイマージュ(イメージ)に限られているからに他ならない。それでも絵は絵である。A,Bそれぞれの中身を吟味すれば様々な要素が考えられ、それ故、A(x)+B(y)=C(z)と表記すべきかも知れない。A、B、Cはいろいろな要素を包含すると捉えることが正しいのかもしれないが、複雑過ぎるので単純化して表記したものである。
何時であったか既に3,4年経っていると思うが、ある有名な公募団体の展示会に行ったときキャンバス(F100くらい?)の前、即ち会場の床に何やら金属製の廃材が置いてある。当然キャンバスの中も恐ろしく奇妙な絵が描かれている。このような絵も美術の範疇なら上に述べた等式は狭い領域を述べたに過ぎないであろう(但し、廃材は絵のモチーフとして好材料である)。いろいろな表現方法が採りうるように拡張しなければならないが、しかし、なぜ自分のキャンバスの前に限っておいたのか、隣の作者に気兼ねをしてのことか。他の制約のもとに制作したのなら本意ではないだろうなとその時思った。言ってみれば彫刻があり、その背景にキャンバスありとしたほうが理解しやすい。だが2次元表現が絵の超えてはならない制限であるならば自ずとその絵は絵とは言えない。
アクションペインティングというのもある。キャンバスに向かって体当たりして偶然できる造形も面白い(中国オリンピック入場式に行われた)がAでもなければBでもないように思うが、A,Bを無視した空とか無の世界とも思える東洋的な感じを覚えた。そう言えば前衛書道の一部にあることを思い出した。差し当たりA+B=0としよう。A+B=Cは、全ての領域を一応カバーできるものと言えそうである。一般に、異なるA,Bの重みは作者の姿勢である。少なくとも私はいつもAとBの挟間に彷徨うように煩悩に悩まされ続けて定まらないのだが、芸術家と認められた人はこれを乗り越えた者を指していうのではないだろうか。H20.8.14

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