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■ 2003年12月30日(火)

 MOを購入。
ケチって安い製品を購入したためか、コピーが遅くてしびれる。
トータル600MB程度のファイルをコピーするのにおよそ20分ぐらいかかった。
USB接続だからだろうか?
いまさら、原因を突き止めても何の役にもたたないが…。
とりあえず、CD-RWと違い、ライティングソフトが不用でエクスプローラだけでコピーできるところは非常に便利。
まぁ、良しとするか。
ところで、そんなこんなで年賀状制作が、遅くなってしまった。あーあっ。


■ 2003年12月29日(月)

 PCのHDの残り容量が、18Mになり、ギョッとなる。
調べてみたら、システムディレクトリに全く使っていないと思われる600Mぐらいの巨大なファイルできていた。うーむ。
PhotoShop と筆ぐるめを同時に起動していて、あまりに重い処理をしていたためだろうか? いずれにしても、CD一枚分の余裕もなくなってしまい、CD-RWにバックアップもとれなくなる。 なんてこった。年賀状も途中だっちゅーのに…。
ところで CD-RやCD-RW は、ファイルのバックアップをとりたいときに使いたいのに、 HDの残り容量がCD一枚分ぐらいないと使えないとは不便だなぁ〜と思う。


■ 2003年12月27日(土)

 安食女流の指導対局があるということで写真を撮るため将棋会館へ。
写真を30枚ほど撮る。帰宅して写真を見ると、イマイチの写真が多い。(涙)

 夜、ハンゲームのサイトに。
普段、安食女流がネットで指導しているところを観戦する機会がないので観戦してみたのだが、ハンゲームの斬新さにビックリ。 なんと対局中、対局者と観戦者のあいだでチャットができてしまうのだ。 ひぇーっ助言できちゃうじゃん、と思ってしまったが、初級者にとっては、この方がけっこう楽しいのかもしれない。 有段者には気がつかない、斬新な発想だと思った。
ところで、「安食プロ、彼氏は?」とストレートな質問が飛んでるし…。(笑)
「秘密です。」だって。


ところで、昼間連盟道場側の掲示板に次のような案内がありました。
せっかくだから、載せておきます。
ちょっと見難いですが、ごかんべんのほどを。
詳細は、連盟道場課にお問い合わせください。















■ 2003年12月13日(土)

 このサイトのリニューアル開始。
通常、リニューアルは、終わってからアップするものだが、量が半端でないので、すこしづつ見せながらアップ。
主要な定跡をアップするまで、いつまでかかるかな。
Web将棋盤の開発は、ゆっくり行こう。


■ 2003年11月28日(金)

 飯島将棋盤の分岐に対応したもの(仮称飯島将棋研究盤)の開発がだいぶ進む。
来月上旬には完成させたい。
完成したら、「最新の定跡と研究」の大リニューアルだ。
ページ制作の効率も、比較にならないほど早くなる。
軽く10倍、20倍になるだろう。
早く、あらゆる定跡を入れたいなぁ。
今は我慢して早く開発を終わらせなければ...。


■ 2003年11月27日(木)

 帰りの新幹線の中から勝ちだとメールが届く。\(^o^)/
よかった。


■ 2003年11月19日(水)

 @niftyより、飯島将棋盤が売れたとメールが届く。素直に嬉しい。\(^o^)/
現バージョンは、そんなに売れるとは最初から思っていなかったけれど、それにしても、ほんとに売れないなぁ〜。(苦笑)
 ザ・将棋OB・OG会 第9回決勝戦棋譜のページのように使っていただければ、 シンプルでかなり見栄えのするページが制作できると思うのだが、あまり皆に伝わらないようだ。 ほとんど、宣伝をしていないこともあるだろう。
一時、少しだけ未承諾広告をいろんな将棋サイトに送ったけれど、疲れてしまった。 そもそも、宣伝より機能を上げるのが先決だし。 まぁ、ネット上で買い物をするのは、まだまだ抵抗があるのだろう。
勝田将棋盤など、他のWeb将棋盤もタダだしなぁ〜。
しかし、労働力から計算すると、原価100万円ぐらいになるんだけれど...。
トホホ。(涙)


■ 2003年10月18日(土)

 午後からザ・将棋OB・OG会へ出席。
トーナメント敗退後、「宵待」こと上川女流に早指しでお手合わせ願った。
 上川女流とは、かなり昔ではあるが西日暮里道場で過去2局指したことがある。 どれどれどのくらい強くなったかなぁ〜と思いながら指すも、よくわからなかった。(結果は私の勝ち) 感想で、終盤に入る頃の私が形勢良しの局面を、上川女流も良いと思っていたと言っていた。
形勢判断の誤りは、悪手より罪が重い。
頑張ってほしいものである。


■ 2003年10月14日(火)

 飯島将棋盤の分岐版の開発着手。
単に分岐できるだけではなく、「最新の定跡と研究」もどきの画面を出し、変化をクリックするとそれに応じ局面が動くものだ。 さらに、研究モードを設け、自由に分岐を追加できる構想だ。
これを称して「スーパー分岐版」としようかな。←まだぜんぜんできていないのに名前ばかり先行しておめでたいやつだ。(笑)
 Javaはローカルディスクにファイルを保存できないけれど、新たな<applet>〜</applet>をテキストで生成、これをコピー&ペーストをしてもらえば、新たな変化を追加したものも簡単に作ることができる。んーむ。名案だ。自画自賛。(笑)
 でもこの分岐版を提供すると「最新の定跡と研究」もどきのサイトが誰でも簡単に出来てしまうなぁ。うーむ。どうしよう。


■ 2003年10月11日(土)

 昼頃、友人から電話があり、夕方会う事に。
で、2人じゃつまらないので、少し声をかけたら、仕事で新宿に来ていた人間や、ギャモンの大会で中野に来ていた仲間も集まる。
待ち合わせが新宿だったのでので店は「京」を提案し、行くことになる。
このお店、棋士がよく来るということで一部では有名なのだが、私はそんなことを期待しているのではなく、ただスパゲッティ−が旨いからここに行きたかったのだ。
 今日のスパゲッティ−もめちゃおいしかった。確か、ロゼのなんとかといったな。忘れてしまったけれど…。
ところで、今日は、マジシャンの小林恵子さんのお弟子さんという綺麗な女性の方にマジックを披露してもらう。 さすがに、プロは手つきが違う。さらに一つ手品を教わり、その手品用に2枚トランプをいただく。 こんな展開、だれが予想しただろうか。サインでももらってくるんだったか。そう言えば、名前も訊いていない。しまった。


■ 2003年10月10日(金)

 先日「猟奇的な彼女」を見て以来挿入歌の「I believe」が気に入ってサントラを借りる。 何回聴いてもいい曲だ。ハングル読めたらもっといいのだがスミダ。


■ 2003年10月7日(火)

 マクロメディアより、いやなメールが届く。
どうやら、来年春出るIEの最新版で、FLASH や JavaApplet が影響するらしい。


■ 2003年10月1日(水)

 やっとこ、とりあえず飯島WebデザインWeb将棋盤 Ver1.00の販売開始。
もう!Macの文字化けにはまいった。
誰かMac用のまともなブラウザ作ってくれー!と言いたい。
Javaアプレットの環境は、とっくに整備されていると思っていたが、ことMacにおいてはまだまだ普及していないよう。
結局、文字化けがらみの調査と回避策作成に2週間。
マニュアル作成に1週間。
通常の試験に2週間。
開発時間のがよっぽど短いよ。(涙)

 昨今、ソフトは不具合があることが当然みたいな風潮がある。 とくに販売開始直後のバージョンはバグだらけというものがけっこうある。 昔いた会社の製品もろくに試験をせずバグがたくさんあったものがありむかついたものだ。 もちろん、不具合なしの完全な製品を開発するのは至難の技なのだが、最低限の線というものがあると思う。
 とりあえず、そういう風潮に流されるのはがまんがならないので、納得行くまで試験はした。 よって、簡単に不具合が見つかることはないと思う。
当然のことに過ぎないが…。


■ 2003年9月27日頃?

 北海道で起きた地震に、(アピールの)チャンス到来とばかりにほくそ笑みながらインタビューに応える鈴木宗男氏の顔にむかつく。 生卵ぶつけてぇー。##


■ 2003年9月14日(火)

 飯島将棋盤で角建逸さん著「詰将棋探検隊」を見ながらミクロコスモスを入れてみる。 ミクロコスモスは繰り返し手順が多いため、エディタを使ってコピーコピーで一気に入れられるところが多かったが、さすがに長かった。
こんな長い詰将棋、よくも作ったものだ。入力疲れたよ〜。
おまけに、本に誤植があり、自分で入力した手順のどこに間違いがあるのだろうとウロウロ。かんべんしてくれ〜。
参考
P217の【途中4図は(214)6二玉まで】の214は、238の誤り。

 ところで、これだけ繰り返し手順ばかりの詰将棋なら、頭の中で解けないこともなかったなぁ〜と思う。 駒を動かさずに解いた最長手数の詰将棋の更新を、みすみす逃した気がしてもったいなかったなぁと思う。 もっとも、解くまえから総手数を知っていたのでは、ヒントを訊いていたことと同じこととも言え、たとえ解いたとしても自力で解いたとは言えないかもしれないが…。


■ 2003年9月4日(木)

 もうすぐ、飯島WebデザインWeb将棋盤のVer1.0が完成だ。
いくらでネット販売しよう。
それより、モニターになってくれる方いないかなぁ。
Javaは環境に左右されないはずなのだが、将棋倶楽部24の久米さん曰く「理想と現実は違う」そうなのだ。
でもSwingとかも使ってないしなぁ。


■ 2003年9月3日(水)

 20年も前のテープ「中島みゆきのオールナイトニッポン」を聴く。

教習場に通っているときの話としてリスナーのはがきが読まれる。


50km制限の道路を60kmでゆうゆうと走っていると、
先生「おい、メーターを見ろ!」
私 「はい、満タンです!」と自信満々で言ったのでした。


面白すぎるよー。(笑)


■ 2003年8月30日(土)

 中倉(彰)女流初段と中座五段の婚約を知る。
以前から中倉初段にはお相手がいる類の話は小耳にはさんでいたが、お相手が中座五段だったとは…。知らんかったなぁ。 まぁ、あまり興味ないけれど。
○○○ちゃーん。良かったね〜。おねえちゃんの方で。(笑)


■ 2003年8月29日(金)〜9月1日(月)未明

 29日、Web将棋盤にHTMLから渡すパラメータを勝田将棋盤とほとんど同じにしてもよいか勝田氏にメールで問い合わせる。
 1日未明、了承のメールが届く。良かった。この場を借りて感謝致します。


■ 2003年8月28日(木)

 神崎先生のHPのデザインを少し修正。
今回のデザイン修正は、リニューアルオープン直前に、後でもう少し手を加えさせて欲しいと願い出ていたものが実現したもの。 少し良くなったかな。


■ 2003年8月26日(火)

 ニュースで「朱鷺メッセ」の近くの橋が落ちたことを知り、ドキっとする。
「朱鷺メッセ」といえば、今月初め頃JTのイベントで安食女流が訪問したところではないか。
もうほんと簡便して欲しい。4人も友人を亡くしているんだから…。


■ 2003年8月24日(日)

 NHK杯を見る。
島八段が1七の龍を4七に寄せた時だった。
「後手 4七龍左」の声が…。
おいおい、それは4七龍寄だろーって。
ほんとに怪しいじゃん。(笑)


■ 2003年8月23日(土)

 火星を撮る。
闇夜のタバコだった。
しかもぶれてるるるー。


■ 2003年8月21日(木)

 先日友人と話したとき、自分で髪を切ることがあると伺った。 でも○○さんは髪質が柔らかいから自分で出来るんだよねぇ〜と話していた。
 しかーし、人の心とは分からないもので、なにげなく鏡に映った髪を見ていたら、自分も切ってみたくなる。

で、前髪などを恐る恐る切る。
「おおー。できるじゃん。」

調子にのってまた切る。
「おおー。才能あるかも.o○」

でもって見えない後ろも切る!
気合を入れてもっと切る。
そして、鏡を使い後を見る。

「………。」時が止まる。

みなちゃん、慣れないことは止めマヒょー。


■ 2003年8月20日(水)

 女流棋士会のHPを見る。
正直、自前で(と言ってもたくさんの方が協力したようだけど)ここまでのHPを制作するとは思っていなかった。 さすがにたくさんの方が協力するとそれなりのものが出来るものだ。

 まあそれはそれとして、自分が提案した企画書の何が継承されて何が継承されていないか比べてみた。 ある意味、これを比較して見ることで女流棋士会の考え方が少し見えてくる。

 少し気になったのは、連盟HPにも掲載されているような重複した情報が多い点だ。 たくさんの方に助けてもらい、そうまでして、女流棋戦情報などまで手を広げる必要があったのだろうか。 重複した情報が多い点では、関西将棋会館HPにも言えることだが、あまり重複した情報が多いと何かちがくない〜と感じる。 連盟HPでは手が届かない情報を扱うことで意味のあるHPになると思うのだが…。

 個人的には、小さなイベントまで拾い揚げたイベント情報を中心としたホームページを提案していたつもりだったのだが…。
どうもあまり理解されなかったような気がして少しさびしい。
どんな情報が貴重であるか、何を掲載することが普及に効果的であるか、もう少し考えた方が良かったのではないかと思う。

 もう一つ言わせてもらえば、ページのデザインがやさしいため一見そう感じないのだが、良く見ると内容が固いのだ。 女流棋士の本当の姿を見せたいのなら、掲示板やリレーエッセイのページを作り、もっとくだけてはじけた方が良いと思う。 「どかんと関西」のHPも参考になると思う。

 まあ、まだ開設されたばかりでこれからページも追加されるだろう。
今後に期待しよう。
ところで、ロゴマークは土方さん(元将棋世界編集部員で「ヒジトン」と呼ばれ将棋世界のデザインのレベルを引き上げ、最近では島ノートをデザインした方)がデザインしたものらしいけど、他の部分は自分達でデザインしたものだろうか。 だとしたら驚きだ。センスあるなぁ。


 別段隠す必要もなくまた公開しても誰にも迷惑のかからないと思い今年初め頃提案した企画書を掲載させていただいた。 また、私は女流棋士会HPの制作には関わっていません。念のため。


■ 2003年8月19日(火)

 連盟のHPに、棋譜表記についてのページがあることに気づく。
あちゃー。余計な手間をとらせてしまった。 それにしても、現在の棋譜表記はややこしい。 ここをご覧になってるそこのあなた!連盟のページをご覧になってみそ! 安食女流も(表記がどうだったか)怪しいときは連盟で確認すると言っていたが見て納得だ。 こんなものを瞬間読み上げなければならないとは、結構たいへんな仕事をしているんだなぁと思う。
 最近(と言っても何年前か不明だが)表記方法が変わったらしいが、以前の方が簡単だったような気がする。 もっとも以前の表記方法の文書を確認したことがないので、実は以前からややこしかったのかなぁ〜。

嗚呼、Web将棋盤のプログラムを組むのが大変だよー。(涙)


■ 2003年8月18日(月)

 現在、HP上で使えるWeb将棋盤を開発している。
で、棋譜の自動表記機能を付加するため、棋譜表記に詳しい安食女流に何か資料を持っていないか訊いてみた。 すると、明日連盟に行く用事があるので確認してくれると。
ありがたい。持つべきものは友よ。


■ 2003年8月13、14日(水、木)

 13日夜、身近な人間からコンピュータウィルスに感染したと連絡を受ける。
あーなんてこったぁ。とりあえずウィルス駆除ソフトを購入してくるよう指示。

 明くる14日、買って来たと報告を受ける。
地元の販売店は皆売り切れで、15km離れた隣の県まで行って買って来たとか。
なんだかなぁ。あんたんところの地域の人たちは、皆感染したんかいな?はぁ。
まあそれはともかく、遠隔操作(と言っても電話で、あーせい、こーせいと言ってるだげなんだけど)でウィルスを駆除。
携帯で長距離電話&長電話で、きっと高くついただろう。 まぁでも、友人も感染したとかで、その友人は頼る人がいないため業者に頼んだらソフト代込みで3日後受け取りで14000円だとか。
それよりはましってことか。(笑)
それにしてもウィルス駆除するだけで10000円かぁ。私に依頼してくれりゃもっと安くやってあげるのに〜。ってまぁ商売だから適正価格ではあるけれど…。


■ 2003年8月11日(月)

 棋譜には想像性がないので著作権がないという議論が多々あるが、そういう斬り口からではなくまったく別の斬り口から(すでにあったりして(笑))「棋譜には著作権がある」という新たな見解を思いついた。

 文章には著作権が認められているので、観戦記も著作権が認められる。 そして、観戦記の中で度々解説に用いられる「▲xxx△xxx▲xxx」の部分も文章の一部なので、 これも著作権が認められるだろう。
そして、観戦記の中に出てくる

「第○図からの指して
▲xxx△xxx▲xxx△xxx
▲xxx△xxx▲xxx△xxx
    :
    :
▲xxx△xxx▲xxx△xxx
(第○図)」

の部分も、

「第○図からの指し手は、
▲xxx△xxx▲xxx△xxx
▲xxx△xxx▲xxx△xxx
    :
    :
▲xxx△xxx▲xxx△xxx
と進んで第○図となった。」

という文章と解釈すれば、著作権が認められるのではないかと思う。

 また、どこかで事件が起こったなどの「事実」には著作権がないというが、 「掲載や放映をする目的が先にありそれに基づいて作られたもの」は「事実」として認定されず「放映(掲載)上の単なる素材」なのではないかと思うのだがどうだろう。 「素材」と認定されれば著作物の一部だから著作権が認められることになると思うのだが…。

どうせなら、一度裁判をやって欲しいなぁ。
そうすりゃ結論が出る。

もっとも、文章ではなくて駒が動く形で提供された棋譜となったりすると話はやっかいだなぁ。


■ 2003年8月10日(日)

 新聞掲載の関係上、ここへの掲載をひかえていた経堂の解説会で紹介された王位戦第1局の件だが、島八段が鈴木八段から訊いた感想によると、図の局面での▲4八銀が悪手だという。 ひぇ〜、これが悪手なの〜と思ってしまうが、解説を訊くとなるほど〜と納得することなのだ。
 ▲4八銀は矢倉を目指した趣向であるが、▲6七銀を先にするべきだったという。 というのも図で▲6七銀とすることで、後手に△2四歩を強要できるそうなのだ。
 一瞬何故?と思うところだが、△2四歩以下▲5六銀△2五歩▲4五銀に△2四飛を用意したもので、仮に△2四歩で△4二銀のような手だと、以下▲5六銀△4四歩▲6五歩となり先手だけが伸び伸びとしたいい形になってしまうという。 そして、▲6七銀と△2四歩の交換をしてから▲4八銀とすれば、後の展開が違っていたようで、「大違いですね」と羽生四冠がコメントしたのはこのことについてなのだ。
 そして島八段によると、島八段も森下八段も知らなかった手順であり、プロでもほとんど知っている人がいないだろうということだそうだ。 でも、相振飛車を多用する純粋振飛車党だったら、けっこう知っているんじゃないのかなぁ〜などとも勘ぐってしまったりもするが、はたして真相はどうだろう…。
 明日は、東急百貨店東横店の将棋まつりで羽生四冠の出演があるそうだ。久しぶりに生羽生でも見に行こうかな〜。ミーハーか俺は。(笑)

 ところで王位戦第3局は、第1日目の時点で羽生四冠の大作戦負けと感じていた。 ところが、神崎先生の日記を読むとそうでもなかったのかなぁと感じる。 また、王位戦第1局もそんなにすばらしい将棋とは感じていなかったが、島八段によると、羽生−谷川戦の中でもかなりいい将棋だったそうで絶賛していた。
 将棋とは、ほんとプロの感想を訊いてみないと分からないものだとつくづく思う。 よく、棋譜に著作権があるか議論になるが、解説なき棋譜は、ほとんどのアマチュアにとって、実は「猫に小判」の状態だったり、「缶切りなき缶詰」状態だったりするのではないかと思う。 解説(缶切り)があって初めて食することができるように思う。 だからと言って勝手に棋譜全体を載せているサイトは容認できないが…。 そういうサイトを発見すると、将棋界全体の利益を考えて欲しいと思うし、新聞社などがスポンサーから降りてしまったら、結局巡り巡って将棋界全体の損失だと思う。

そういえば、その後女流王将戦はどうなったのだろう…と思う。


■ 2003年8月4日(月)

 将棋世界9月号を読む。
羽生善治竜王・名人就位記念として特別認定問題が掲載されていた。
要は、1回のチャレンジで六段までの免状が取得できるという。
一言。
邪道だー!


■ 2003年7月25日(金)

 久しぶりに経堂の島・森下両先生の順位戦解説会へ。 今日は「島ノート」の疑問点について訊こうと思い、Excelで作成した資料を持参しようと印刷をしていたら、すっかり到着が遅れてしまった。 結局30分しか聞けなかった。アホだなぁ。
 この解説会は順位戦解説会なので基本的に順位戦ネタが多いのだが、今日は先日行われた王位戦第1局についても触れてくれた。 しかも「プロでもこんなこと知っているプロ、いないんじゃないの〜」というネタを披露してくれた。 当日立会人だった島先生は、戦型が相振飛車になったということで、相振飛車に詳しい鈴木八段に1日目終了後指し手について見解を訊いたところ、なんと○○手目の▲○○○が悪手ではないかという思ってもみない答えが返ってきたという。 王位戦第1局の新聞掲載はまだ終わっていないと思うので本日の日記には掲載を避けるが、これはなるほどと思った。 (そもそもプロもほとんど知らないネタなのだからあたりまえだ。) そして、羽生先生もこれについては知らなかったらしくこのことを伝えると「大違いですね」と言ったそうだ。

 解説会が終了して、ここからが今日のメインイベントだ。 島ノートP193にある参考11図(ゴキゲン中飛車)について、「島ノートでは先手優勢とあるがそうでもないのではないか」という質問を島先生本人にぶつけてみた。 すると「書いた時点では先手優勢と思ったんだけどそれ怪しいんだ。すいません。」と、即認めた。 具体的手順は、立ち話ゆえ伺わなかったがどうも振飛車の良しなのかもしれない。 ただ、形勢判断が怪しいという主旨のことは言っていたが明確に振飛車良しとも言っていない。 この辺は微妙なところではある。 ところで、こういう類の質問をして指摘が当たっていたときというのは、以前鈴木八段もそうだったのだが、棋士は謝るものなんだと少し驚く。 別に、本に書いてあることが全て正しいなどとははなっから思っていない私にとって、別に謝らなくたっていいんじゃないと思うのだが、世間の人はそういう人ばんりではなくてそれを反映して謝っているのかもしれないとふと思った。

 会場を出て、今日もらった商品券を使おうと思い店を探したが、空いている店は飲食店ばかりで困った。 結局、右往左往した後諦めて駅で停車中の電車に乗ったら、目の前にさっきまでお手伝いをしていた北尾女流と鈴木女流らが居て、新宿までごいっしょすることに。 最初、鈴木2級のことをどっかで見たことがあるなぁと思い、育成会の子だったかなぁなどと思い巡らしていたが、そうだこの前(この前でもないか)2級に上がった子だと思いだし、「この前女流棋士になった子だよね?」と訊ねると、「何を今さら!」と北尾女流のツッコミが入る。(笑) 「最近、研究会の部類とか行っていないからわからんのだよー。」(笑) と自己弁護。実はただの記憶力低下だったりするけど。 でもって、いかにも女子高生という感じだったので「高校生?」と訊ねると「高一」だと返事が返って来た。 その回答に「高一かぁ。(ため息) 若いなぁ〜。いいねぇ〜。人生ばら色だよ〜。」と思わずのたまってしまった。 いつのまにか、自分はおっさんになってしまったなぁとしみじみ思ふ。(悲)

 前後するが、今日の解説会の最中特に印象に残る羽生語録が紹介された。 羽生先生曰く「将棋は手渡しだ!」そうな。 以前から羽生先生と谷川先生の僅かな差について、個人的には「間合い」だと思っていたので、先の羽生語録に納得。 そうか、「間合い」ではなく、「いかに手を渡すか」かと…。 これはいいことを聞いた気がして、ちょっと強くなったような気がする。 気がするだけか。(笑)


■ 2003年7月19日(土)

 「ザ・将棋OB・OG会」で将棋を指す。 久しぶりの将棋であったがなぜか金星を2つも拾い絶好調。 もう少しで賞金に手が届いたのに。うーっ悔しい。 アフターは、近くの居酒屋で一杯だけ飲み帰宅。 今回初参加の宵待日和こと上川香織女流も「一杯だけ」と言いながら飲み会に参加したが、その後は予想通りの展開になったそうな。(笑) しかも「一杯だけ」の一言にみんながいっせいに「いーぱいだけ?」とツッコミが入る。(笑)
 図は、今日の準決勝の将棋より。 図では、△6四歩が良かったよう。 △3二金右としたため▲2五桂を許してしまった。 しかしここで▲2五桂はなかなか見えないなぁ。


■ 2003年7月14日(月)

 連盟HPで、女流棋士会のHPが開設されることが正式に告知された。
私が提案した「イベント出演情報を中心とした女流棋士会のホームページ」という主旨が継承されていることを願う。


■ 2003年7月3日(木)

 「プロ失格」だと某サイトで書かれ凹む。
HPでどんな表現すると人を傷つけるか、私も注意せねばと思う。
一応、いつも配慮しながら書いているつもりだが…。
まあ、いろいろと調べるいいきっかけになったと思うことにしよう。


■ 2003年7月1日(火)

 数日前、連盟HPをみたら鹿島杯の本戦トーナメント表が掲載されていた。 予選ダイジェストの放送前なのに…。結果が放送前に分かってしまっていいのかなぁ。 テレビ棋戦だと分かって掲載しているということは、テレビ局も承知しているということか。
 ところで今日発見したのだが、某女流棋士のサイトで予選の結果を掲載しているところがあった。 いいのかなぁ。ただでさえ、今期で打ち切りの危機があったというのに。 Official Web Site とうたっているけど、応援ページだから仕方がないのかなぁ。 あまり、納得できないけど…。


■ 2003年6月30日(月)

 作業を始めてから1ヶ月強、今日神崎七段のHPがリニューアルオープンの運びとなった。 何とか、6月末滑り込みセーフ。しかし時間かかったなぁ。かれこれ、150時間超になるとは…。 まあ、でも仕事がいただけてありがたかった。
 今年の初め頃、女流棋士会にHPの企画書と見積もり書を提出したのだが、予算が厳しいらしく、実際に役員の方にお会いすることすらできなくて少しがっかりしていた。 ということで、仕事がもらえて素直に嬉しい。 女流棋士会の方は、結局自前でHPを制作することになったようだ。 仕事がいただけなかったことは残念だが、HPを開設するきっかけを作っただけで良しとしよう。 ちょっとやせがまんかなぁ。(太ってるけど…)
 私の企画案のまま、他のWebデザイナーに発注していたら怒るけど…。(笑)
まぁ、それはないだろう。
(注:今回神崎先生のHPのリニューアルを担当させていただきましたが、管理は神崎先生本人が行っています。)


■ 2003年6月19日(木)

 数週間前の深夜、何気なく途中から観た「ジューンブライド」という映画がけっこう印象的で、今日ビデオ屋で見つけて借りてみた。 記憶喪失を繰り返すため、現在と過去のシーンが行ったり来たりして、うっかりすると頭が混乱しそうになるが、だんだん解き明かされていく過去の描き方が絶妙だった。
 夕食時、定食屋でスポーツ報知を見たら見覚えのある詰将棋が載っていた。 自宅に戻り確認してみると、近代将棋2002年11月号の野村量氏作の詰将棋と同一だった。 掲載された詰将棋はいつも伊藤果七段作のものと思っていたが、そうではないのだろうか?
あえて、図を載せておこう。


■ 2003年6月10日(火)〜19日(木)

 今日の赤魚の焼魚定食はかなり生臭かった。 でも大丈夫だろうとたかをくくったのが悪かった。 人生最大の食あたりを経験するとは…。 翌日夕方から腹痛が始まり、その翌日の晩からは下痢がはじまり一睡も出来ず朝を迎える。 たまらず病院で診てもらい、点滴・血液検査・レントゲン検査などを。 先生からは、「辛かったら入院してもいいですよ」と言われたが金欠だから自力でがんばることに。 それでも8000円もかかった。(涙) あーもうあの定食屋には二度と行かない! トイレットへーパーも2日で1ロールを使い切ってしまった。
今日は、もう19日だがまだ完全に直っていない。トホホ。


■ 2003年6月6日(金)

 神崎七段のHPをみたら、将棋パイナップルの「一日一題」の問題について紹介されていたのを見て興味が沸き、対抗して解いてみる。(笑)
自分なりの解答。
何回目だろうと6が出たら止める。←書く必要ないか。(笑)
何回目だろうと3以下だったらもう一回振る。
(1回振ったときの期待値は、3.5なので)

残り2回振れるときの期待値を計算する。
3回目3以下だったらもう一回振ることを考慮すると、
残り2回振れるときの期待値は、(6+5+4+3.5x3)/6=4.25になる。
従って、
2回目4のときは、もう一回振る方が期待値(4.25)が大きいのでもう一回振る。
2回目5のときは、もう一回振る方が期待値(4.25)が小さいので止める。

残り3回振れるときの期待値を計算する。
2回目4以下だったら3回目を振ることを考慮すると、
残り3回振れるときの期待値は、(6+5+4.25x4)/6=4.666…になる。
従って、
1回目4のときは、もう一回振る方が期待値(4.66…)が大きいのでもう一回振る。
1回目5のときは、もう一回振る方が期待値(4.66…)が小さいので止める。
これであってると思う。6/6 17:30記述。 


■ 2003年6月4、5日(水)、(木)

 4日、将棋世界に「第13回世界コンピュータ将棋選手権」のリポートが掲載されたことを受け、 安食女流本人のHPのEventのページでそのことを紹介することになる。 さらに、Eventのページに将棋世界の表紙画像があると尚良いので、連盟に将棋世界の表紙画像使用の許可を求めメールで連絡。 (表紙画像使用の許可をとるなどの作業は、デフォルトで私が担当ということになっている。)
5日、今回はご遠慮くださいという返信メールが来る。
「・・・・・」
固まる。(苦笑)


■ 2003年6月3日(火)夕

 某所にいるとき、安食女流より2連勝と連絡が入る。\(^o^)/
普段なら、メールなのに今日は電話だった。 B級リーグから降級して以来、あまり調子が良くなかったようなので、余程嬉しかったのかもしれない。


■ 2003年5月26日(月)

 18:30頃、その時鉄筋コンクリート造8階建ぐらいのビルの6階にいたのだが、久しぶりに怖かった。 後に、マグニチュード7.0だったと知った。

 関東の人間ゆえ地震にはそこそこなれているはずなのだが、今日の地震は久しぶりに身の危険を感じた。 地震があった時、その揺れ方はあまり経験のないものだった。
 初期微動の後大きな揺れが来るのが定跡だが、 今回のは初期微動が長く続きその後大きな揺れが来て少し揺れが小さくなりこのまま収まるのかなぁと思ったところに一番大きな揺れが来た。 そして一番大きな揺れを感じている中、 ふと「このビルって老朽化しているビルじゃなかったかなぁ」と勘違いをしてしまい、 「もっと揺れが激しくなるとビルがつぶれるかもしれない」という想像をし恐怖のスイッチが入ってしまっていた。 揺れが収まって来た時も、急いで玄関に走り、鉄の扉を空けて様子うかがっていた。
 地震が終わり、「大きかったねぇ」などと話をしながら、初期微動が長い割に揺れが大きかったことから、 震源に近いところではけっこう被害が出ているかもしれないとピンと来ていた。 「震源地までの距離=初期微動の秒数×8km」という大よその計算式を思いうかべながら、 「ここってテレビなかったよね」と話していると、ラジオならあるということで聴くことに。
 震度4ぐらいと思ったが、3だった。6階だということで、大きく感じたようだ。 ただ、震源地に近いところでは6弱だということで、懸念したことが当たってしまっていた。 被害が小さければいいけど…。

 そういえば数年前行われた将棋会館の耐震診断結果はあまり良くないらしく、特に関西将棋会館の結果は良くないらしい。 (どの程度かは知らないが…)
大きな地震が来たとき、そんなところには居たくないものだ。


■ 2003年5月24日(土)

 某先生とお会いする機会を得る。\(^o^)/
先生は、テレビで見たときのまんまだった。
いろいろな話が伺えて良かった。
でも、テレビや雑誌でしか見たことのない人にお会いするのって、なんか少し不思議な感覚がするものだ。


■ 2003年5月9日(金)

 先崎八段が大崎氏と同じ○×△□に住むことになったと訊き、たまげた。
ひぇーっ。ほんとかよー。みたいな。
ほんとにこのお二人は仲がいいのだなぁとしみじみ思う。 聞くところによれば、大崎氏は、先崎八段がまだ子供の頃新宿将棋センターで手合い係をしていて、その頃よく面倒を見ていたらしい。
 そう言えば、先崎八段による大盤解説会が行われた赤坂将棋ステーション最後の日の大崎氏の一言を思い出す。 解説会終了後、友人や大崎氏をはじめお世話になった連盟職員の方と飲んだのだが(先崎八段は不在)「先崎は俺に一生頭が上がらねぇー」とのたまった。 ひぇーなんちゅうことを、とそのとき思ったものだ。
でも、そんなことを言えるほどの仲のようだ。
こういうのをくされ縁というのかなぁ〜。違うかなぁ。


■ 2003年4月24日(木)

 最近、図の局面で△5六歩に代えて△3二金とするのも、相当有力だと感じている。 この数ヶ月間、△5六歩の急戦ばかりさんざん研究してきたが、仮にこれで後手良しだとしたらなんだったのだろうと思う。 でも、研究とはまたこんなものだとも思う。
 △3二金は、島先生が講談社刊「島ノート」P183で、(引用)
中飛車も妥協すると作戦負けに陥る確率が高い。 △5六歩のところ△3二金は▲4八銀△2三歩▲2八飛以下、居飛車に玉を6八〜7八とスムーズに囲われ、▲7八金と上がっていない利点を生かされて面白くない。 (引用終わり)
と解説されているように一見妥協ともとれるのだが、ひょっとすると本当はその後の展開を見越した好手なのかもしれないからだ。 居飛車党は、こんな手をみるとどうしても相手が妥協したと思ってしまいがちだ。 かくいう私もその一人だったのだが、最近考えが変わって来ている。 一見妥協に見える手だが妥協したふりなのかもしれない。 終盤、死んだふりをしてうっちゃりを狙うというのがあるけど、序盤の死んだふりだったりして。(笑) ま、それはともかく、先日先崎八段とお会いした折こんな話を伺った。
 昔の棋士(例えば2、30年前の棋士というニュアンス)と現在の棋士で戦ったとしたら、技術が進歩した現在の棋士の方が強いに決まっているという話だ。 昔ならこんな手は駄目だと言われる手でも、現在ではあたりまえのものがたくさんあり、そう言う意味でも、現在の棋士は柔軟に考えることができるようになり、それが進歩の証だというのだ。 そう考えると、この局面だってセオリーは、飛車先の歩の交換ができそれこそ居飛車よしに思える。 しかし、振り飛車側だって5筋の位をがっちり確保でき、本当は振り飛車十分なのかもしれない。 実際、歩の交換は出来ても、その後居飛車側から戦い起こすことも、玉形の整備を満足にすることができず、振り飛車側ばかり指せる手の多い局面になり易い。 そうなると、(歩の交換に)いったいなんの得があったのだろうと思うのだ。 もしかすると、ゴキゲン中飛車側すでに相当有利なのかもしれない。
 そう言えば、かつて田中(寅)九段が居飛車穴熊を指して勝ちまくっていた頃、居飛車穴熊の優秀さを認めたがらない風潮があったように思う。 ゴキゲン中飛車は、その頃の居飛車穴熊程ではないものの、どこかそれに近いものがあるように感じられる。 (最近ではだいぶ本格的戦法として認められて来ているが…。) 他のA級やB級棋士と比べ特別終盤が強いとは感じない鈴木(大)八段が(鈴木八段ごめんなさい。m(_ _)m。)この戦法でこれだけ活躍するということを考えると(もちろん四間飛車鈴木システムでの活躍もあるけど)、鈴木八段はもしかするとこの戦法の本当の優秀さに気がついている数少ない棋士なのかもしれない…。
 もしかすると、▲7六歩△3四歩に▲2六歩は疑問なのかなぁ。
少し飛躍し過ぎだろうか…。

ところで、13日の日記の図の局面での▲7七角だが、▲3六歩の方がより良いという意味では疑問手なのかもしれないけれど、悪手ではないような気がする。 (そもそも熊坂四段からは、悪手と言われたわけではなく振り飛車側からありがたい手といわれただけ。) 本当の悪手は、▲7七角△7三銀に▲6六歩と突いた手だと思う。 ▲6六銀とすれば、何事もなかったように思う。 ただ、先に▲7七角と上がってしまっていると△7三銀と来られると結局引き角にせざるを得なくなりそうで、そういう点から考えると▲7七角は得策と言えないように思う。 (どうせ引き角にするならば、▲7九に一手で引いた方が得だ。)
 今現在、個人的には図の局面で▲3六歩ではなく▲6六歩でどうかと思っている。 △7三銀なら▲6八銀上の要領で受かるし、△6四歩なら居飛車穴熊やミレニアムにする余地も残せて魅力的に感じるのだ。


■ 2003年4月23日(水)

 今月26日に閉鎖になる西日暮里道場のサイト「千鳥の銀」を訪問したら、すでに「家元に訊け」が削除されていた。 私が質問した質問もあったのだが、いつでも見れると思っていてログを保存していなかった。
トホホ。悲しい。(;_;)

 ところで西日暮里道場の加藤さんには、椅子を引き取ってもらったことを思い出す。 4年前、私が現在のマンションに引っ越すことになったとき、赤坂将棋ステーションで使った椅子を引き取ってもらったのだ。 以前住んでいたアパートには広いロフトがあり40個の椅子を保存しておくことが出来たのだが、現在のマンションにはロフトがなく途方に暮れていた。 もちろんリサイクル業者に売り払うという手段はあったのだが、買ったとき18万円ぐらいのものでも、せいぜい1万円ぐらいになりそうで馬鹿馬鹿しいことこのうえなかったのだ。 で、将棋界のどこかで有効利用ができないかなぁと思い、色違いの同じ椅子を使っていた西日暮里道場の加藤さんに引き取ってもらったのだ。 加藤さんと二人で、アパートの2階から椅子を降ろしたことがついこの前のことだったように感じられる。
このサイトは見ていないと思うけど、加藤さんお疲れさまでした。


■ 2003年4月14日(月)

 接続器具を替えようがどうしようがBSが映らないので調べてもらったら、建物付属のアンテナ自体が電波を受信できていなかった。 9世帯も入っているマンションだというのに4年もの間、誰も何も問い合わせをしていなかったなんて驚きだ。 そして、今日やっと映るようになるはずだったのだが、音声は出るが画像が映らない。 で、ついでに室内とテレビを調べてもらうと、チューナーが故障しているようだという。 以前住んでいたアパートもアンテナがなかったから持っているテレビでBSを見たことがなかった。 10年も過ぎた今ごろ不良と分かってもどうしようない。 そもそもこのテレビどこで買ったかなぁなんて始末だ。 内臓のチューナーを取り替えると3万円ぐらいかかるらしい。 BSチューナー付きのビデオが買えちゃう。 誰かアナログのBSチューナー余っていないかなぁ。 名人戦見られるようになると思い楽しみにしていたのに…。トホホ。 秋葉原の小さなパーツ屋みたいなところを廻ったら、BSチューナーくらい見つかるだろうか…。
パーツ屋で思い出したが、トロンがテーマの明日のプロジェクトXは見逃せない。楽しみ。


■ 2003年4月13日(日)

 「スパゲッティ料理店 京」主催のチャリティ十二社将棋まつりに参加することになっていたが、(友人より)会場設営の手伝いをしてくれないかという話があり、8:45頃「京」の前へ。 この種の手伝いは初めてだったのだが、なんだかんだとたくさんやることがあり主催者の大変さが分かる。 私自身はたいした手伝いはしていないが…。
 大会の方の個人成績は、2勝2敗で予想どおり奮わなかった。 弱いのもあるがやはり切れ負けは最も苦手とするところなのだ。 早指しでも、初手から30秒将棋の方がずっとましなのだ。
 大会後、熊坂学四段に指導対局を受ける。
図の局面で▲7七角としたのだが△7三銀〜△6四銀〜△7二飛とされ潰される。 局後、振り飛車側にとって▲7七角はありがたいそうで▲3六歩と急戦を見せておくのが有力だと教わる。 また、▲6六歩〜▲6七金〜穴熊を目指すのはどうかと訊くと、△5二金がまだ上がっていないので、△6二飛と振り戻す手があり、居飛車大変らしい。 うーむ。プロの序盤は緻密だ。 もっとも▲7七角はお粗末だったのだろうけど。 ▲7七角を指す瞬間、ほんの少しではあるが「危険かなぁ.o○」と脳裏をよぎったことだけが救いか。
 撤収作業後、再び「京」へ。 会場設営はボランティアのはずだったのだが、食事やお酒を振舞っていただくことになり結果ボランティアとは言えなくなってしまった。でも嬉しかった。 もっと嬉しかったのは、今日出演された先崎八段・藤井九段・鈴木八段・中井三冠など先生方は離れた席に居たのだが、先崎八段が我々の席(しかも私の隣)に来てくれたことだ。\(^o^)/ 先崎八段は、よくいろんなところでのいろんな発言が取り上げられる人だけど、しっかりとした自分の考えを持ってるのだと思っていたが、実際に会ってみて話しを聞いてみてもやはりそう感じる。 倶楽部24の話、NSNの話、昔の棋士と現代の棋士の話、技術が進歩した話、出版関係の話など、ほんとに気さくに話してくれた。 個人的には、人見知をしてなかなか話しかけることができず少し残念なところもあったけど、それでも赤坂将棋ステーションで大盤解説会をしてくださったことを9年越しにお礼が言えて良かった。 (当時将世編集長大崎氏が先崎八段を呼んでくれたのだが、お礼を言う機会がなくずっと胸につかえていたのだ。) また、奥さんと2歳になるお嬢さんも来ていたのだが、お嬢さんは笑うとほんとに先崎八段にそっくりで、微笑まずにはいられなかった。
ほんと今日は楽しい一日だった。


■ 2003年4月12日(土)




 角換わり腰掛け銀を久しぶりに更新。
それにしても、▲3三歩はなぜ指されなくなったのだろう…。

 ところで、連盟の平成8年頃36億円くらいあった収入が、32億円ぐらいまでに落ちたとのこと。だいぶ落ち込んでいるとは訊くいていたが不況の影響か…。
先月の29日Part.2
宏美ちゃん(うわさ話をするときは中倉宏美女流をこう呼ぶ)ファンのとある友人に、某女流棋士と某作家が(←誰のことかばればれだなぁ。(笑))、○○○○万円の○○○○○を買ったそうで○○○に住むんだってのような話をしたら、その手の話をどこまで知っているんだろうと思われた。 で、次に結婚する女流棋士だとか他にも知ってるネタがあるんだろうと追求するんで、「次は宏美ちゃんだよー」と言ったら、目が飛び出るくらいぶったまげていた。 嘘だっつーの。(笑)。


■ 2003年4月9日(水)

 24でやっと、四段に戻る。\(^o^)/
下げるのは簡単だけど、上げるのはほんと骨だとつくづく思ふ。


■ 2003年4月5日(土)

 新opening画面、何度も見ていると飽きてしまうような気が…。ということで、ボツになってしまった。(>_<)


■ 2003年4月1日(火)〜4月2日(水)

 Flash MX を導入したので、手始めに安食女流のOpeningを制作してみた。 今回は、凝ったものは制作していないが、後日すごーいと言われるようなものを作ってみたい。 安食女流の確認後、更新だ。


■ 2003年3月25日(火)〜4月2日(水)

 コンピュータウィルスに感染したわけではないが、日本語のフォントが基本的なものしか使えなくなるぅー。 で、3年以上もパソコンのリカバリー(工場出荷時に戻す)作業をしていなかったので、いい機会と思い実施してみた。 がしかし、思っていたより何倍も大変。 どれだけあるかわからないくらいソフトをインストールしていたため、いい加減疲れた。 (棋泉 for windows のデータも壊れるし…。トホホ。) おまけに、3月12日よりマイクロソフトサイトからの Internet Explorer 5.5 SP2のダウンロードができなくなっていて絶句。 IE6 はあまり使いたくないが、やむなくバージョンをあげることに。 そんでもって、Netscape も6.2がダウンロードできない。 あーあっ。こっちも7.0になっちまった。 しかも、まだリカバリーが完全に終わっていない。ふーっ。


■ 2003年3月29日(土)

 女流棋士との親睦将棋会2003に足を運ぶ。
いままで、一度も親睦会に足を運んだことがなかったが、安食女流のHPの管理人をしているんだからと思い、午後からだけでも行く事に。 で数日前、午後から行くと安食女流に連絡したところ、いつもお世話になっているからと、チケットをプレゼントしてくれた。 女流棋士会からの正式なご招待ではないので、たぶんお代は安食女流持ちだろう。対局料とて少ないだろうに、そんな心遣いが嬉しかった。
 会の方は、香田晋さんや囲碁の林芳美さんのゲスト出演などもあり楽しいひとときだった。ところで、船戸女流はほんとにユンソナさんに似てたなぁ。


■ 2003年3月26日(水)

 最後に解説会に足を運んだのはいつのことだっただろう。忘れるほどの久しぶりで解説会に足を運んだ。 今日はA級順位戦プレーオフということで、深浦・豊川ダブル解説。いつもダブル解説だといいなと思う。
 戦型は、現在流行形の相掛り▲2八飛型に。この戦型、まだ名前が付いていないそうだが、私は勝手に「相掛り、猿の腰掛け銀」(略称:猿の腰掛け)と呼んでいる。 まるで、店主(△8四飛)の目を盗んで、餌(△3四歩)を盗ろうと、隙を狙っている猿(▲3六銀)のようなので。 観戦記者の誰か使ってくれないかなぁ(笑)
 ところで、解説会に来なければ聞けないようなエピソードが2つ紹介された。 注目の一戦ということで、囲碁・将棋チャンネルが来ていたそうだが、振り駒で先手になった佐藤棋聖は、何か忘れ物をしたらしく(たぶん扇子)、一手も指さず下の販売部に降りていってしまったそうな。 で、テレビクルーは、ポカーン。 羽生さんは、その間笑っていたという。(笑) 一手でも指してくれれば、テレビクルーは引き揚げられるのに...。(笑)
 もうひとつ、最近、「羽生マジック」ならぬ「羽生マジックリン」とか云っている棋士がいるとかで、この前なんか「ひつこい粘りに羽生マジックリン♪〜」と歌っていた棋士がいたとか。(笑)
羽生先生「マジックリン」のCMに出ないかなぁ。(笑)


■ 2003年3月17日(月)





 久しぶりに詰め将棋を作ってみた。
玉方の応じ方により、収束が何種類にもなるのは気にいらないが、まいっか。
簡単だから、解いてみそ。
でも、類似作が確実にあるだろうし、人様に見せるようなものではないか。(笑)


■ 2003年3月14日(金)





 何日か前、千鳥の銀の「家元に訊け」に図の質問を出していた。
今日、その回答が掲載されていた。 プロの実戦例があるのを知らなかっただけにびっくり。 △3三歩もけっこう有力のようだ。
ところで、本家に直接回答をもらえるなんてうれしい。


■ 2003年3月12日(水)

 やっぱり脳みそがくさっていた。
森下八段による解説会が予定されていたのは、王将戦第5局だった。
あーあっ。(苦笑)

 ところで、連盟ホームページに女流名人位戦の新しいリーグ表ができていた。
別に島井女流のファンでもなんでもないのでどうでもいいと言ってしまえばそれまでなのだが、「女流1級」となっている。 確かに初段昇段は4月1日付ということなのでこれで正しいのだが、A級リーグ入りすると初段昇段という規定なのに1級のままだというのは、なんか違和感があるなぁ。4月1日付とする必要があるのかなぁ。

 またまたところでだが、先日近代将棋HPの最新号目次をみた。
すると、「安食女流1級」の文字が「羽生」竜王や「谷川」王位の文字よりでかかった。うーむ。るるるー。(笑)

 またまたまたところで、先日ドラマ「高校教師」を観ていたら、藤木直人さんが、私も持っている「ホーキング、宇宙を語る」という本を手に取るシーンが出てきた。どうでもいいことだが、ふーん、けっこう有名な本なのかなぁ〜などと思ってしまった。でふつふつと、また思ってしまった。
宇宙は膨張してなんかいねー。
それはきっとただの観測上の見かけだー
っと。
違うかなぁ。そう思うのだが。


■ 2003年3月6日(木)

 昨日の日記。なんのことはない、△8六飛に▲7九桂で簡単に切れていた。
あーあっ。あほくさ。(笑)


■ 2003年3月5日(水)

 記憶が正しければ棋王戦の解説は森下八段だったと思うのだが、連盟のHPをみたら鈴木(大)七段になっていた。あれー?。 ということで、角換わり腰掛け銀で鈴木七段の解説を訊いても仕方がないと思い、予定を変更してネットで最後まで観戦することに。
でも、羽生棋王の終盤での失速に口あんぐりだ。
推測にすぎないが、飛車を切って寄せに行く変化手順のどこかに錯覚があったように思う。
しかし、86手目の△7六金で△8六飛とすれば、以下▲7八歩△8七飛成▲同玉△7六金▲8八玉△8七銀▲9七玉△5八角成(△7八角成は▲8一飛以下詰み)▲8一飛△4二玉▲4三歩△同銀▲1五角△2四歩が予測されるがどうだろう。
後手少し足らないかなぁ。

ところで、打ち切りが危ぶまれていた鹿島杯は継続するようだ。
何はともあれ良かった。(放送は6月から)


■ 2003年3月4日(火)

 Macromedia の Flash MX を使って見る。
けっこう楽しい。はまりそう。
こりゃ、寝る時間がもったいないわ。(笑)


■ 2003年3月1日(土)

 衛星放送で「将棋界の一番長い日」を観る...はずだった。
しかし、映らない。最悪。(涙)


■ 2003年2月18日(火)

 将棋パイナップルの「宵待日和」をたびたび読ませてもらっている。 で最近では、○川女流のことをアル川(アル中○川)さんとのたまう人もいるようで、ここまでくるとアルコール依存症なんじゃないのって心配してしまう。
でも、面白すぎるから「アルコール挑む賞」をあげたい。(笑)


■ 2003年2月16日(日)

 NHK杯の谷川vs行方戦を観る。
NHK杯としては、かなり見ごたえがある将棋で満足。うれしい。

夜、鹿島杯がなくなってしまうかもしれないということを知る。
加えて、女流王将戦も危ないらしい。
早指し将棋選手権戦が今期で打ち切りになったばかりだというのに…。
何とか、継続できることを祈る。


■ 2003年2月14日(金)

 一週間ぐらい前からの体調不良が直らず。
経堂の解説会に行こうと思っていたのに…。(涙)


■ 2003年2月13日(木)

 王将戦第4局をネットで観戦。
佐藤王将のあまりの出来の悪さに、口あんぐり。
順位戦トップを走っているというのに、ほんとうに同一人物なのかと思ってしまう。
第5局の解説会は森下八段なので行こうと思っていたのに、なくなってしまった。(涙)


■ 2003年2月1日(土)

 また1歳、歳をとる。ちっとも嬉しくない。ていうか悲しい。
歳をとると頭の回転も記憶力も鈍ってくる。認めたくないがそれが事実だ。
同年代の棋士には、島八段などがいるが、大変だろうなぁ。


■ 2003年1月27日(月)〜28日(火)

 安食女流より(郵送で)写真が届く。
安食女流のホームページは、公式ページとはいえこれまで将棋を指している写真が少なかった。 で、せっかくリニューアルをするのだから表紙に将棋の指している写真を載せたいという安食女流の希望で、連盟から写真を提供してもらったのだ。 借りた写真は、かなり良く写っていて申し分なかった。が、服装が黒なのには参った。 写真に合わせる背景のデザインで全く浮かばないのだ。 写真を小さくすれば、背景にどんな色を持って来ようともあまり問題にならないのだが、せっかくの対局姿の写真だから小さくしたくない。
結局一晩(文字通り一晩で朝までだ。)悩みに悩んでオレンジ系にすることに。
デザイン力のなさに自分でも絶句。あーあっ。

朝 6:30 確認用として仮の場所にリニューアル版をアップし安食女流にメール。
朝 10:27 安食女流より確認のメールが届く。
昼頃 リニューアルオープン。
疲れた...。

ところでメールでは写真が送れないと言われたと訊いたが何でだろう?
察するに(連盟の)良く分からない人に頼んでしまったというところか。
貸してくれたのが生写真なのにはびっくりしたなぁ。(笑)


■ 2003年1月20日(月)

 夕方の時点で、近代将棋の詰将棋シアターの問題が3題残っていた。 ゲゲっ。やばい。今日の消印有効だからもう時間がない。 で、もう間にあわない、もうだめかと思いつつ「私はあきらめない」というタイトルを思いだし、根性で3題解く。 気合入れると解けるもんだなぁ。(笑) で、急いで解答のはがきを書き、チャリンコでポストに向かう。この時点で18:20。 でも、近所のポストは、最終集荷が終わっていた。えーん。(涙) で、また「私はあきらめない」を思い出し、駅前のポストなら間に合うかもしれないと思い目白駅に向かう。 でも、駅前にポストがない!えーん。(涙) で、またまた池袋の駅に向かう。でも、結局池袋駅前の集荷も最終便が行ってしまった後だった。(涙) どうしよう。 八重洲の中央郵便局まで行こうかとぼんやり考えながら家路に向かい走っていると、天使の郵便屋さんに遭遇。ラッキー。 で、手渡しで持っていってもらう。 今日の消印に、間にあうかどうかわからないと言っていたが、間に合いますように。(祈)


■ 2003年1月15日(水)

 夕方、王将戦第1局をネットで観戦。
あまりのすばらしい手順に感動。 △3七歩までは前例があるらしいが、先手はどこで変化すれば良かったのだろうと思ってしまう。 変化のできるところがほとんどなかったのではないだろうか。 一つの型の定跡になるかもしれない。 ところで、先日の王座戦第2局と同じカードで先後を入れ替えて戦っているなんて、なーんか不思議。


■ 2003年1月8日(水)

 竜王戦をネットで観戦。
封じ手の▲4八飛を見て、目が飛び出る。
そして、その後のいろんな書き込みを見ると、予想通りその手に対する評判の良い書き込みがあまり見られなかった。 がしかし不思議なことに、終盤までの間ずっと後手の羽生竜王側を持ちたいとは思えなかった。 ▲4八飛は、個人的には棋風に合わない手だが、でも一理ある手のようにも思う。 そして、いまの段階では何ともいえないが、もしかすると最善手なのかもしれない。 人が手を読むそのプロセスには、無意識に棋風が入ってしまうものだ。 羽生竜王とて例外ではないだろう。 もし、人がこの棋風から開放されれば、その羽生竜王でさえもっと強くなれるのではないだろうか。

なぜなら、「将棋の最善手には棋風がない」のだからだ。


■ 2003年1月7日(火)

 夕方、竜王戦をネットで観戦。
封じ手の局面は、脇システムの角交換後▲2六銀と出る型になっていた。
この型の現在の結論は、「先手を持ってやや自信なし」ということになっていると思っていただけにちょっと意外。
阿部七段がどんな手を用意しているか楽しみだ♪


■ 2003年1月6日(月)

 あーん。うんこふんじゃった。
しかも前輪も後輪も。
数日前からそこに転がっていたのを知っていたのに…。
うちのマンションの駐輪場の前でうんこさせるなー!もうっ!
でも、日がたっていて乾燥していてよかった。
もう今年は、初っ端からHな夢は見るわ、ポカはするわ、うんこはふむわ、波乱万丈の年になりそうだ。(笑)


■ 2003年1月4日(土)夜

 三茶の研究会の件で猫とメールのやり取り。
で、ついでにYomiuriWeeklyにでるそうじゃんと送ったら、
え゛
なあによみうりういーくりーって。
と返信が来る。
とここで青くなり、あじからのメールを再確認。
げげっ!猫と登場しますとあるが[北尾]という文字がない!
まちげーた!
本物の猫でした。
よーく読めば、ペットのコーナーと書いてある。
嗚呼!やってしまった。大ポカ。
急いで、先日更新した安食女流のHPを訂正する。
研究会がなかったら、いつまで気がつかなかったかぞっとするなぁ。(汗)


■ 2003年1月4日(土)





 ゴキゲン中飛車の▲5四銀型を久しぶりに更新。しかし、いつまで経っても結論が出ないものだ。詰むと分かっている詰将棋を解くよりずっと強い心がなければ続けられない。
でも、ときどき休み休みやらないと気持ちが持たない。
 ゆっくり行こう。



■ 2003年1月2日(木)

 石田ゆり子さんとキスをした。
二人とも酔ってもうろうとしているなかだった。
そんな意識のなかでも掌が胸のふくらみをさがしていた。
初夢だった。
またファンになってしまいそう…。ウルウル。


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