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【 少子高齢化問題を年金問題に置きかえるな! 】 最近の何かと話題の年金問題だが、ちょっとこの問題、皆、論点がずれて議論していると思う。 誰もかれも、'高齢者になったときいくらもらえるのか'とか、'年金制度が崩壊の危機だ'とか、金の問題に置き換えてばかりだ。 いいか覚えておけ。 この問題は、金の問題ではなく、少子高齢化問題だ。 支える労働者人口と支えられる高齢者人口の問題で、労働力不足の問題だ。 将来、年金制度が崩壊しないよう、今からたくさん金を集めておこうというのは、根本的に間違いだ。 なぜなら、労働力というものは電気の'今使っている電気は今作っている電気'と同じで、今日の労働力を何年後、何十年後には持って行けないからだ。 労働力を'金'という形で収めることになっているため未来に持って行けると錯覚しているに過ぎない。 結局、金という紙っぺらなんかあったって、人がいなければ、支えてもらえないのだ。 無人島に大枚持って行っても意味ないのと同じだ。 では、どうすれば良いかとということを、3つ上げてみる。 1.子供を増やす。 2.介護など高齢者を支えるのにかかる労力を減らす。 (効率化を図るための工夫や研究を今から始める。) 3.将来必要になる施設を、労働力に余裕がある今のうちに作っておく。 (病院・介護施設など) 1は個人の問題なので、現実的には、国家の政策としては難しいが、2や3は未来に持って行くことができ、また可能なことだ。 2は、必ず将来大きな効果が得られるはずだし、3も多少施設が老朽化したとしても、無いよりはましだろう。 もちろん、これだけの政策で十分などとは思わないが、金の議論ばかりよりはましだ。 徴収や支給額を変える議論は、誰かが得をして誰かが損をするだけで、トータルでは何も変わらず、まるで、100人でトーナメントを戦うとき、誰をシードにするかを議論するようなものなのだ。 100人でトーナメントをしたら、どんなシードを作ろうが、対戦数は99、そう固定で変わらないのだ。 参員選間近だが、私が思っていることを言っている党なんか、ないなぁ〜。 早く、建設的な議論になって欲しいものである。 2004.07.03 |
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【 解明されたゲームに見え隠れする将棋が解明される朝 】 現在のコンピュータ将棋は、何手か先の局面を評価関数というもので評価し最も評価の高い手を最善手としている。 そしてコンピュータ将棋は優秀な評価関数を得、いつの日にかプロ棋士をも負かすかもしれない。 しかし、たとえそんな日がやって来たとしても、所詮恐ろしく強いということだけで将棋を解明したとは言えない。 そして、そんな日がやって来た日も、私はふと思ってしまうのだ。 皆、同じ向きの望遠鏡を覗いていると。別の方向を見ようよと。 私の考えはこうだ。 何手も先を読むこともなく、また何の評価もせずに勝ちか負けか引き分けかを計算し、その答えを導き出すことが出来るのではないかということだ。 そしてそんな疑問を思いおこさせてしまうのは、極々単純なゲームの場合それが可能であるからでもあるためだ。 ひょっとして将棋もそうなのではないか? 将棋だって解明できるのではないか? 将棋は、取った駒が使えるなどそのゲームの複雑さは恐ろしいほどだ。 そしてその複雑すぎる性質ゆえ、だれもその公式を導き出すことが出来ないだけではないだろうか。 偶然性や隠された情報がなくかつ局面の数が有限である将棋は、結論があることが証明されている。 その結論が、先手勝ちか後手勝ちか引き分けかは分かっていないが…。 これから紹介するゲームは、ゲームとしては将棋に比べ比較にならない程極々単純なゲームだ。 また、ご存知の方も多いゲームだと思う。 ゲーム名 753(しちごさん) or 三山(みやま)くずし 3 ||| 5 ||||| 7 ||||||| このゲームは、2人で行うゲームで、7本、5本、3本のいずれかの山から交互に数本取り合い、最後の1本を取らされた方が負けというゲームだ。 結論から言うとこのゲームの結論は先手必勝なのだがこのゲームの場合、何手か先を読むこともなくまた何の(形勢の)評価をすることもなく計算で最善手を導き出すことが出来るのだ。 少し、ややこしい点もあるが、お付き合いできれば幸いだ。 先手になった方は、初手に採りうることのできる手は15通りあるが、初手はいずれかの山から1本取るのが最善手だ。 実はこのゲームの初形は最善手が3通りある珍しい局面で、最善手を計算する手順を紹介するにはあまり都合のよい局面とは言えないため、別の局面を使いたいと思う。 3 ||| 4 |||| 5 ||||| という局面がある。 そしてこの局面から最善手を計算する手順は次のようになる。 1.まず、3つの山から2つを選び本数を2進数に置き換える。 2.2進数に置換された2つの数値の排他的論理和を計算する。 参考までに、 0と0の排他的論理和は、0 0と1の排他的論理和は、1 1と0の排他的論理和は、1 1と1の排他的論理和は、0 になる。 3.計算した値を10進数に戻す。 4.残った山から数本取り先の計算した数と同じにすることができればそれが最善手になる。 数本とる以前にすでにその本数になっているときは、勝ちのない局面だ。 また、これ以外の場合は、1.に戻り、別の山を選び直すことになる。 最善手計算例 3→011、4→100 011と100の排他的論理和は、111 111→7 残りの山の5本を7本に増やすることはできない。 別の山を選び直す。 3→011、5→101 011と101の排他的論理和は、110 110→6 残りの山の4本を6本に増やすることはできない。 別の山を選び直す。 4→100、5→101 100と101の排他的論理和は、001 001→1本 3本を1本にすることはできる。 ということで最善手は、3本の山から2本取り残り1本とすることだ。 何故この方法を採ると最善手が導けるか、私には分からない。 でも、極々単純なこのようなゲームだと形勢判断も何もいらないことの例だ。 そして、どんなに複雑なゲームでも最善手を導き出すその計算式や手順が必ずあると信じている。 それを証明することはできないが…。 もし、これを証明することができれば、将棋のみならず偶然性や隠された情報がなくかつ局面の数が有限であるゲームは、どんなに局面の数が天文的な数になろうとも解明可能なことを証明できるのだ。 個人的にはいつの日にか将棋が解明される朝が訪れるのではないかと思う。 そしてそれを解明したのは羽生さんでもなく名人でもなくきっと数学者だろう…。 (注意:文中「最善手」と表現している箇所は、正確には勝つことが可能な手です。勝つことが可能な手が複数ある場合のその中の最善ということではありません。) |
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【 詰なければ必ず引き分けになる入玉将棋 】 競技におけるルールとは、誰かがずるいことをできなくしたり、また勝敗を明確にするためには必要不可欠なものだ。 そして将棋においても同様であるはず。 しかし、何故かずっと前から曖昧になっているものがある。 表題から、あぁ、あれのことかとピンと来る人も多いだろう。 そう、双方入玉しお互いの玉が捕まらなくなった場合のことだ。 現行ルールでは、24点に満たないと負けとされている。 がしかし、仮に明らかに24点に満たない一方が、故意に入玉を拒むといつまでたっても終局に至らないということだ。 そんなの知っているよーという人も多いだろう。なにをいまさらと言う人も多いだろう。 でも、このことについて、もっと突っ込んで記述したものを読んだ覚えがない。 そんなの深く考えたって、引き分けになっちゃうという話だろーと言われれば、たしかにそうなのだが、訴えたいのは、ニュアンスが少し違うのだ。 たぶん皆が思っているのは、いつまでたっても終わらない。 いつまでたっても終わらせられないから、引き分けになってしまうだろうということだろう。 がしかし、本当に終わらないのだろうか? そこでちょっと深く考えれば、その答えが出てくるだろう。 そう、将棋の局面は有限。 一方の玉が詰んだり一方が禁じ手を指さない限り、やがて同一局面が4回出現し、千日手になってしまうのだ。 そして、あろうことか、現行ルール上、何一つ禁じ手に抵触していないのだ。 いつの日か、竜王戦7番勝負最終局とかで負けそうになった一方がこの手段を採ったらどういうことになるのだろう…。 「点数不足なのにずるいぞ!」に「でもルール上千日手だ!」と。 |
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