斎藤拙堂研究会

  

斎藤拙堂像 (齋藤正和氏蔵)

幕末津藩の学者で、経世家として、また文人として高名のあった斎藤拙堂(正謙)について、地元三重での「斎藤拙堂研究会」の活動を中心に紹介します。

               平成13年4月16日

 

  1. 拙堂の生涯を知る(伝記等の紹介)
  2. 斎藤拙堂研究会と例会「鐵研餘滴」・「拙堂文集」輪読
  3. 主要著作「拙堂文話」

 

拙堂の生涯を知る

setudouhaka.jpg (14265 バイト)「斎藤拙堂」 諱は正謙、字は有終、拙堂または鉄研と号した。通称は徳蔵。次に伝記等、主要なものを紹介します。

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 四天王寺(津市)

 

斎藤拙堂研究会

平成13年度より、同好有志の研究会として再発足

 長年、三重県高等学校国語科研究会内に置かれてきた研究会でしたが、他教科の教員や大学の教官、さらに一般の研究者の参加が増え、逆に国語科教員が減少したため、平成13年度より、三重県高等学校国語科研究会より離れて、一般同好有志の自主的な研究会として再発足しました。年間七回ほど、すでに計百五十回をこえる例会を重ねて、主に拙堂の主要著作である『拙堂文話』・『拙堂文集』を輪読し、ここ数年は随筆集である『鐵研餘滴』に取り組んできましたが、平成12年度末に読了しました。平成13年度からは再び『拙堂文集』を選読していきます。

 なお、このページでの文責は、会員の私(青山雅樹)個人にあり、研究会の公式発表ではありません。間違いなどは、私個人の不勉強のせいです。

また、「三重県高等学校国語科研究会」の「会報」(年刊・会員配布)には、これまでの会での輪読の本文、読み下し、語釈が掲載されています。


百三十六回例会 平成10年1月30日(土)『鐵研餘滴』 巻三から

「松江鱸魚」「解體」「掩耳盗鐘」「神火」「不戮仇屍」の五編を講読

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百三十七回例会 平成10年4月18日(土)『鐵研餘滴』 巻三から

  「大哀賦序」の一編を講読

百三十八回例会 平成10年5月23日(土)『鐵研餘滴』 巻三から

  「花」「少陵海棠」「秋菊落英」「太閤」の四編を講読

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百三十九回例会 平成10年7月4日(土)『鐵研餘滴』 巻三から 

  「盗亦有道」「阿房宮賦有所本」の二編を講読

百四十回例会 平成10年9月19日(土)『鐵研餘滴』 巻三から

  「古韻」「權臣遷都」の二編を講読

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百四十一回例会 平成10年12月5日(土)『鐵研餘滴』 巻三から 

  「夜聲詩」「朱竹墨菊」「起頭白字」の三編を講読

百四十二回例会 平成11年1月30日(土)『鐵研餘滴』 巻三から

  「白打錢」「又起頭白字」の二編を講読  巻三読了

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百四十三回例会 平成11年5月8日(土)『鐵研餘滴』 巻四から

  「賀陽豐年」「日本後紀論大同改元」の二編を講読 

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百四十四回例会 平成11年6月26日(土)『鐵研餘滴』 巻四から 

  「京觀」「婦人代夫死」の二編を講読 

百四十五回例会 平成11年10月23日(土)『鐵研餘滴』 巻四から 

  「列士兵士」「屈原沈湘之疑」「子贍論東遷之謬」の三編を講読

百四十六回例会 平成11年12月18日(土)『鐵研餘滴』 巻四から 

  「父子同名」「諸侯以字爲謚」二編を講読

百四十七回例会 平成12年2月20日(土)『鐵研餘滴』 巻四から 

  「(諸侯以字爲謚)又」「尭讓天下於許由」の二編を講読

百四十八回例会 平成12年4月22日(土) 『鐵研餘滴』 巻四から 

  「虞舜」「皇國上世人亦食酪」の二編を講読

百四十九回例会 平成12年6月24日(土)『鐵研餘滴』 巻四から

  「之字助語」「周公營洛」の二編を講読

百五十回例会 平成12年9月30日(土)『鐵研餘滴』 巻四から 

  「朝鮮荒山碑」を講読

百五十一回例会 平成12年11月25日(土)『鐵研餘滴』 巻四から 

  「玄コ失箸」「鳬毛屏風銘」「小松内府像」の三編を講読  

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百五十二回例会 平成13年1月  日(土)『鐵研餘滴』 巻四から 

  「歐陽公朋黨論有所本」「滬涜」「跋扈」の三編を講読  巻四読了  (新)

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百五十三回例会 平成13年4月14日(土)『拙堂文集』 巻二から 

 

 拙堂文話

 拙堂の代表的著述。正続合せて十六巻。中国、日本の古今の学者、文人の文章を論じ批判し、唐宋の八家の古文から秦漢の古文に遡るべしとの主張を展開したもの。その博覧と共に、論断の正確なことは、他に類書なく、以後文章の歴史を学ぶ者をして必読の書とさせた。正編は、拙堂三十四歳の時に刊行されており、拙堂の名を広く天下に知らせるところとなった。

 

 

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