気まぐれ Diary     随時更新
2006.9.27
2006.9.25 日経新聞(夕)に、JT生命誌研究館館長の中村桂子氏のインタビュー記事が出ていた。大変興味深く、また、共感させられるところが沢山あったので、一部抜粋し、メモしておきたい。

生命の知を求めて――

中村桂子さんは日本の生命科学研究の先駆者だ。バイオテクノロジー(生命工学)の黎明期に三菱化成生命科学研究所の立ち上げに参加。その後、生命科学のあり方に疑問を抱き、「生命誌」という概念を提唱。ゲノム研究を軸にして自然科学にとどまらず、人文科学も包み込む新しい知の創造に情熱を燃やす〜中略〜

ゲノムを切り口にすれば、ヒトとしての「私」が見えてきます。一方、人生や歴史、社会の中にある人間としての「私」が存在します。この両方を合わせて、「生きていることを見つめる」のが「生命誌」です。

最近の生命科学研究は科学技術としての応用を目指し、生き物を機械として見ています。地球上のすべての生物は38億年という歴史を共有し、相互にかかわり合って生きています。生命誌では生き物を機械ではなく、生きている全体として見たいのです〜中略〜

現代は技術の進歩で便利な社会になりましたが、何でも速くすればいい、便利になればいいという効率追求がとどまるところを知りません。そのスピードは生き物がついていける限界を超えつつあります。

時間を紡ぎ、思いがけないことに出合うのが生きることなのに、利便性、スピードはそれを否定しがちです。いま、楽しい心豊かな社会になっているとは思えません。効率追求一辺倒ははどこかおかしいと多くの人が感じていますが、みんなどうしたらいいか分かりません。

生命誌研究館は「生きていることを見つめる」ことが仕事です。生き物が身近に少なくなって、日常生活からそういう機会が減っています。生命を見つめると、生きていく上で何が大事かも自然に見えてきます〜後略〜

私自身、20数年食に関するリサーチ等に関わりながら、また、子育ても20年ほどしてきたが、「食も子育ても効率を最優先すると何かどこかおかしくなる」ように感じていた。暮らし方を見直す中で新しい幸せ観が見えてくのではないだろうか。
2006.9.1
「食と生活」2006.5月号(財団法人食生活情報センター)野菜フォーラム(2006.2.6)第2部、武林享氏(慶應義塾大学医学部教授)の発言から――

最近の国民の傾向としてはサプリメント志向があるのではないかと思います(中略)予防効果があるかどうかという検証する疫学の立場から、欧米諸国のデータをいくつかまとめました。

緑黄色野菜を頻繁に摂っている方がそうでない方に比べて心疾患にかかるリスクがどれくらいかということを検証したところ、緑黄色野菜を日頃からたくさん摂っている人は心臓病になりにくいという結果が出ています。

緑黄色野菜の中ではベータカロテンが効いているそうだ。そこでベータカロテンだけを取り出して錠剤にして毎日飲んでいただく介入研究を行った結果、野菜全体として摂ると確かに予防効果があるけれども、栄養素を1つだけ取り出すとなかなか証明できない。

これは同じことがビタミンEでも起こっていて今のところ、サプリメントを1つだけ取り出して予防効果があるというのは、残念ながら医学的には証明されてないというのが現状です――

やっぱり、なんといっても「ふつうの食事が一番」だ。
2006.8.20
学校給食での地場産の活用が注目されている。食育推進基本法でも具体的な課題としてあげられているが、私の聞く範囲では、農業者のボランティアのような形で進んでいるものが多く、 きちんと採算がとれるようなものは少ないようだ。

このことについて、農政ジャーナリストの榊田みどり氏の印象をうかがったところ、丁寧な返信をいただいた。下記に要点をメモしておきたい。

○たしかに採算が合わないところは多い。納入しているのは、市場出荷をやめて自給農業をやっているじいちゃん・ばあちゃん世代が中心だったりすることが多い。

○地域流通システムを構築したところは、市場出荷よりもいい価格での取引をしているところもある。

地域流通システムを作っているところでは、学校側が「一般より安い」と言い、農家は「市場より手取りはいい」。たとえば、横浜市JA横浜の中の旧JA横浜南(横浜市泉区が管内)、はやくから「JA地場野菜流通センター」を設立し、「ハマっ子ブランド」として、地場野菜を地域のスーパーなどにも入れているそうだ。2000年から、この地域流通センターを物流拠点に使って、学校給食への野菜供給をスタートさせ、2002年には同区全17小学校に納入するようになった。総体的に食材コストを抑制できると学校側からの評価も高いようだ。 

こういう地場野菜流通センターを持っているところは、全国でも珍しい。ただ、各地に誕生した農産物直売所を、この地場野菜流通の拠点に活用しているケースは、かなり増えている。直売所に出荷する金額で取引できれば、農家にとってもデメリットはなく、学校にとっては「安い」。

大規模な物流・加工センターをそろえたところもある。岩手県のJA岩手中央は、学校給食物資のすべてを納入する契約を矢巾町と交わし、市内小学校あわせて3000食分をすべて担っている。

○実際に動き出したとき、もうひとつネックになるのは、既存納入業者の反発。地元の青果商さんがつぶれるのも困るし、ここは悩ましい問題なのだそうだ…。

学校給食でも、家庭でも、地場産を使いたいという潜在的なニーズは高いのではないか。地域流通システムの構築が、それぞれの地域で広まることを期待したい。
2006.8.16
先日公表された食料自給率について、北海道新聞の方からインタビューをいただいた。掲載記事は以下のようである。

北海道新聞2006.8.15、掲載記事より

8年連続40%、どう見る食料自給率〜専門家に聞く〜給食で食文化伝承を(大村直己コメント)

―― 国内でとれたもの、地域でとれた旬のものを大事に食べようという気持ちが、国民ぜんたいとして薄れてしまったのではないか。そのため、食料自給率はなかなか上向かないのだろうと思う。

日本の食を長年見てきて思うのは、豊かな食の「豊食」から、飽きる「飽食」、崩れた「崩食」、あきれる「呆食」に移ってきたということ。食べ物のグローバル化が進み、外食や中食産業が成長する中、食が簡単で便利なものになっていくのは消費社会の時代の流れだろう。

特に若い世代は旬の食材を知らないなど、そういう傾向が強い。家庭での日本の食文化の継承は途切れかけており、難しくなっている。

一方、最近の学校給食に地域でとれた食材を使う「地産地消」の動きが広がっている。教育現場を通じて日本の食文化を大切に思う子供が増えれば、その意識が家庭にも広がり、自給率向上にもつながるはずだ。自給率や食生活の大切さを意識する人の輪を広げていくことが重要だと思う――
2006.8.15
平成17年度の食料自給率が公表された。カロリーベースで前年度と同じ40%。

10年度以降8年連続の横ばいで、食料の6割を外国から輸入する状況は変わらない。

たんぱく質・脂質・糖質の熱量比率(PFCバランス)は、油脂類等の消費増加により、前年度に比べて、脂質の割合が0.3ポイント増加し、28.9%となった(これは平成27年度目標である望ましい食料消費の姿の比率27%に比べるとやや過剰)。

東北農政局のメルマガより、いくつか興味深い点について、メモを残しておきたい。

我が国の食料・農産物の輸入について。

@我が国の農産物の純輸入額(輸入額から輸出額を減じた額)は、396億ドル(平成16年)で、断トツの世界最大の農産物純輸入国である。因みに、第2位は中国で156億ドルなので、日本は中国の2.5倍となる。

Aまた、我が国の主な輸入農産物の生産に必要な海外の作付面積は1,200万haと試算され、これは我が国の耕地面積約470万haの2.5倍にも相当する。

Bさらに、我が国の輸入農産物の生産に必要な海外の水資源の量は627億m3(琵琶湖の貯水量の2.3倍の量)と試算され(平成12年)、これは我が国の総水資源使用量の7割に相当。

このように、我が国は突出した農産物輸入大国で、海外の膨大な資源に依存している。

次に、世界の食料需給について。

@世界の人口は平成16年で約64億人。16年後の32年には約76億人(約2割増加)、26年後の42年には約82億人(約3割増加)と予想されている(国連・将来推計人口の中位推計値(平成16年改訂))。

一方、食料供給面では、近年の世界の耕地面積は横ばい傾向であることから、今後も1人当たりの収穫面積は減少の見込となっている。

Aまた、過度の放牧、森林の過伐などにより、世界で年間500万ha以上の農地(我が国の耕地面積とほぼ同じ。)が砂漠化している。

世界の農業用水の使用量は、平成37年には平成7年に比べ26%の増加が見込まれているが、農業以外の生活分野などとの競合はさらに強まると見込まれている。

Bさらに、食料需要面では、経済発展の著しい中国、インドなどの新興諸国での食生活の変化に伴い、油脂用・飼料用の穀物需要が増加している。

このように、世界の食料需給については、中長期的にいくつかの不安定要因があることを考えておく必要があり、食料の安定供給を確保するために、食料自給率の向上に向けた様々な取組が必要とのこと。

因みに、東北の食料自給率は104%(平成16年度概算値)、全国に比べると、かなり高い水準となっているそうだ。ただし、米を除いた自給率は30%と、全国の23%とほぼ同じで、低い水準とのことだ。
2006.7.20
『日本教育』No.340 平成17年11月号に掲載された(財)日本青少年研究所所長千石保氏のお話から

日本の子どもは宵っ張りの朝寝坊――

イギリスではテレビは自律心を欠くことと同列にみられる。アメリカの中流家庭でも、イギリス的な気風があり、概して、早寝早起きだという。

アメリカ、中国の高校生たちの就寝時間は、午後10時から11時が最も多く4割。日本は夜中の12時から1時が多く35%で、もっと遅い子どもも15%。

授業中よく寝たりぼうっとする生徒が日本は73%なのに対し、アメリカは5割弱、中国は3割弱とのこと。

早寝早起きの当たり前の暮らしが、今の日本ではなかなかむずかしいようだが、大人たちの本気が求められているように思う。
2006.6.2
出生率最低1.25%――

1人の女性が生涯に産む子どもの平均数の推計値、合計特殊出生率が、5年連続で過去最低を更新し、、平成17年は1.25となった(厚生労働省)。昨年1年間に生まれた子どもの数も減少し、出生数から死亡数を引いた「自然増加数」はマイナス。平成17年に人口減少社会に突入したことを改めて裏付けることとなった。

内閣府の「少子化社会に関する国際意識調査」によると、自分の国が「子どもを産み育てやすい国だと思う」人は、スェーデン98%、米国78%に対し、日本は48%と半数にも満たない。

「今より子どもを増やしたい」では、スェーデン、米国で80%を上回ったが、日本は43%。

子どもを増やしたくない理由に「子育てや教育にお金がかかりすぎる」をあげた人が、日本では56%と一番であったが、フランスは13%で4番目に多くあげられた理由。スェーデンでは上位5番に入ってこない。

私の若い友人で、これからの出産を考えている人がいるが、マレーシアなど海外の子育てを見ていて、日本で子育てするのは“息苦しい”感じがすると言う。

なぜ日本での子育ては“息苦しい”のだろうか。単にお金の問題とは思えない。社会全体でおおらかな子育てに向けて、ギアチェンジが出来るといいな、と思う。食育のパワーに期待したい。
2006.6.1
2006年5月29日 日経新聞から

―― 小中学生の自然体験減少

国立オリンピック記念青少年総合センターが2005年に行った「青少年の自然体験活動等に関する実態調査」によると、海や川で貝を取ったり魚を釣ったりしたことが「何度もある」と答えた小中学生は26%で、1998年に文部省(当時)が実施した同様の調査から15ポイント減った。

逆に「ほとんどない」は40%と、98年調査から19ポイント増加。ロープウェーやリフトを使わずに高い山に登ったことが「ほとんどない」というのも15ポイント多い68%に上り、子どもが自然に触れる機会が減っていることがうかがえる――

子どもの運動能力や体力の低下が言われて久しいが、この調査結果が示している自然体験の減少もそのことと大きく関わっていると思われる。

それだけでなく、自然体験は子どもの心を育む。みずみずしい五感を育むことから考えると、子育てする大人の側が、自然体験の大切さについて、しっかりと理解を深めなければならない時期を迎えているように思う。

昔に比べて今は、ちょっと意識しないと、外遊びをしない。簡単に楽しく過ごせるゲームなどのツールがいっぱいあるからである。

都市部の子どもだけでなく、自然がいっぱいある地方の子どもたちも、自然のなかで過ごすよりも、家や部屋のなかで、バーチャルな時間を過ごす子が増えている。
2006.5.30
2006年5月29日 産経新聞から

―― 貧困家庭の子供 肥満比率高い 安価なファストフードに依存(米大調査)

「貧しい家庭の子供は肥満の比率が高い」―。米ジョンズ・ホプキンズ大学などの研究チームが米医療協会(AMA)機関紙の最新号で発表した研究報告でこんな傾向が明らかになった。

米国で深刻化する肥満は、貧困家庭の食生活が安価なファストフードに過度に依存していることも原因の1つという以前からの指摘を裏付けた形だ――

1971年から2004年までに行われた4回の調査結果からの分析で、99〜04年の調査では、貧困家庭の肥満比率は23.3%と高い。

80年ごろまでの調査では、貧困家庭とそうでない家庭との差は少なく、十数年前から違いが顕著になってきたという。

研究チームは、運動不足や甘いジュース類の過剰摂取、朝食抜きの習慣などが貧困家庭の子供の肥満増加につながっていると、推測している。食の文化がない、ということだろう。

日本でも子供の肥満が増加している。1997年文部省『学校保健統計調査』によると、11歳男児で11%。1クラスに3〜4人の肥満児がいるという勘定になる。

以前目にした山梨県のお医者さんの投稿によると(産経新聞2006.1.2)

――糖尿病専門クリニックを開業して8年、ここ1年間だけみても初診患者の3割は40歳以下で、3割が朝食をとる習慣がない。問診をとると、患者さんの話の中から一家団欒の風景が見えてこないことが多い。

治療しようにも、正しい食事の習慣のない若い患者さんを前にスタッフはどこから手をつけていいのか悪戦苦闘の毎日だ――

という。日本の素晴らしい食の文化や知恵を、改めてきちんと子供たちに伝えていくべき時期を迎えている。
2006.5.20
やれ不平等時代だ、やれ格差社会だ、と、世の中かまびすしい。

ホントかなぁ、と思いながら、耳を傾けていると――

収入の多い家庭の子どもはお稽古事や塾にもたくさん行けて高学歴を得られるが、収入の少ない家庭の子どもはお稽古も塾にも行かせてもらえず欲しい学歴が手に入らない――

というような有識者のコメントが聞こえてくる。

う〜ん、そうかなぁ。我が家の子どもたちは二人とも塾に行ったことがない(上の子の大学受験のための高3の最後の半年は別)。

上の子は今年から社会人、下の子は高2であるが、二人とも、小学校時代も中学校時代も塾には行かず、学校の勉強を中心に家での勉強を行っていた。

「塾に行ってない」というと「どうして?」と聞かれることも多い。収入が少ないというのも当てはまるが、我が家の場合、それより何より、塾に行って得るものと失うものを量りにかけたとき、私にはどうしても、塾に行かせることの意味がよくわからなかったからだ。

(もちろん子どもが自分から塾に行きたいと言ってきたら考えるつもりだったけれど、そんなことはなかった)

得るものは「(どちらかというと)受け身の勉強の仕方」〜点数は上がるだろうけれど〜、失うものは「家族で集う夕食の時間」。お金がないのもあるけれど、我が家はなるべくみなで食べる夕飯のひとときを大事にしたいと考えてきた。

地球の人口60数億人のうち、栄養不足の人たちが数億人、片方の数億人は二段弁当を持って食べ残す。私たち日本人はこちら側の数億人にすっぽり含まれる。おいしいものが周りにいっぱいあって、食べ過ぎて身体を壊す人が増えている飽食の日本。格差社会というのだろうか。

お金のあるなしに関わらず、考え方や暮らし方、意欲や意識の階層化の区分が広がっているような気がする。マスメディアの時代がそのことを促進する。
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