海外の食・子育て
フランスの各地で暮らした後、今はシアトル在住の古庄美智代さんに、
フランス時代の暮らしぶりや食生活の様子についてうかがいました。2回シリーズで紹介します。
        フランスから食のレポート・その1   2003.12.1  
シアトル在住 古庄美智世      
Q1 フランスでの生活の概要について
  いつ頃、どんなところに暮らしていましたか。
☆2000年6月〜11月末および2001年9月末〜11月末 ヌベール県サンレジェ村

フランス・ブルゴーニュー地方とオーベールニュ地方の間に位置する、モルヴァン自然国立公園内のサンレジェというバスも通っていない小さな村で庭作りの手伝いをしていました。

この地域はなだらかな丘陵地帯が続きとても美しく、高級牛で有名な白い牛"シャロレ"がたくさん放牧されており、酪農が盛んな地方でもあります。フランスではどんな小さな町でも、カフェとパン屋と教会はあるといいますが、私の滞在していたところは村でしたので、時間を告げてくれる小さな教会と午前中しか開いていない郵便局があるだけでした。

こんな小さな村ですが、昔は活気があり、カフェやパン屋もあったそうです。ちなみに、ここよりももっと田舎の方では、昔、各家にパンなどを焼いたりするための石の釜戸があったそうです。

今は、ほとんどが老人世帯ですが、みんなとても元気がよく、車を運転したり、家庭菜園でいろいろなものを育てたり、それにおしゃれも欠かしません。若い世帯のほとんどは酪農に従事しています。

この村に住んでいる子供達は、中学を卒業すると村を出て行き、寮などに入り、それぞれの道へ進んで行きます。普通科の高校へ進学する子供は比較的少なく、多くが商業系や農業系の高校へ進学しているようです。

この村にはスーパーマーケットが無いので、隣り町まで行かねばなりません。ですから時々、パンやお肉、そしてたまに魚の移動販売車が来たりしていました。

この地域は内陸で、輸送も不便なせいか、スーパーには魚売り場がありませんでした。でも2001年には大手スーパーに買収され、毎週一回金曜だけ魚売り場が姿を現すようになりました。それに加え、牡蠣のシーズンになると、しばしばブルターニュの牡蠣の露店が見られるようになりました。でも、このブルターニュの牡蠣の多くは、もともとは日本の熊本から来ているものらしいです。

私の滞在先は、3000坪の庭を持つ在仏日本人画家の家で、庭作りを手伝う代わりに食事と寝る場所を提供してくれるというもので、常時手伝いが2?5人来ていました。食事は一応三食当番制でしたが、みんなで和気あいあいと楽しく毎食作っていました。

☆2001年8月末〜9月末 ボルドー

言わずと知れたワインの産地で有名なボルドーは、大西洋に面し、比較的温暖な気候で、牡蠣などの海産物も豊富にあります。そして少し内陸に入ると、世界三大珍味の一つであるフォアグラの産地であるペリグー地方も近く、まさに食の都フランスを体感できるところです。

その一方、巨大なキャンパスを持つボルドー大学では1万6千人の学生が学び、学生の街でもあります。

私は一ヶ月、大学に併設してある語学学校の夏期講座を受講するためにやってきました。滞在先は、大学構内にある学生寮でした。

☆2002年1月〜6月末 パリ郊外 イル・ド・フランス

パリから郊外線の列車で20分のところに位置します。私はここで在仏日本人老夫婦宅にお世話になっていました。午前中は、パリのソルボンヌの文明講座でフランス語を学び、午後は、毎日何かしら家に出入りする庭師や大工などの職人さんの手伝いや家事をしていました。

この町には、いくつかスーパーもありますが、パン屋やお菓子屋、八百屋、肉屋、魚屋、チーズ屋が軒を連ねてあり、みんなそれぞれにお気に入りのお店があるようです。その上、教会の裏手にある広場では、週に二回市が立ち、そこでは産地直送の新鮮な野菜から衣類まで幅広い露店がでて、この朝市の活気に満ちた雰囲気は私の大好きなものの一つでもあります。

ここは、お店が多いので生活には困りませんが、これらのスーパーやお店は比較的早く閉まり、その上お昼と日曜日はお休みです。慣れてしまえば、なんということは無いのですが、年中無休のスーパーや24時間営業のコンビニに慣れていると、ついつい買い忘れたものなどがあり、慌てて年中無休で深夜まで営業のアラブ人のお店に飛び込んでいました。アラブ系の人が経営するお店はたいてい毎日夜遅くまで営業しています。
Q2 フランスでのふつうの日の1日の流れと、ふだんよく食べたメニューを
  お知らせください。
☆ヌベール県サンレジェ村での滞在

[一日の流れ]


7時30分:朝食
 8時〜10時まで庭仕事、10時半〜11時まで休憩。この間に洗濯物を干したり、長靴のまま走って郵便局に行ったりしていました。何も無ければ、紅茶を飲みながら前日に作ったお菓子を食べたりしていました。11時〜12時まで再び庭仕事。12時を知らせる教会の鐘で午前中の作業はお終いです。

すぐに昼食の準備を始めます。庭仕事で汗をかいたあとは、築200年の石造りの家のひんやりとした空気がとても心地よく、まさに自然の冷房です。午後は、その日の気温によって作業の開始時間が異なりますが、2時間庭仕事をします。作業が始まるまでは、木陰で本を読んだり昼寝をしたりして、のんびりと過ごし午後の作業に備え体力を蓄えていました。

夏は日が長く、お天気も良い日が多いので、
夕食は庭に食卓テーブルを運び出して食べることが多かったです。牛の鳴き声や鳥のさえずり、そして何よりも豊かな自然に囲まれての食事は、とても贅沢な時間でした。

だんだんと日も短くなってくると同時にお天気も崩れてきます。一日中霧に包まれているような日もよくありました。お天気の悪い日は、もっぱら家の改修工事をしていました。ちなみにフランスでは、玄関の位置や窓の位置を変える為には役所の許可を得なければなりません。

[ふだんの食事]

朝:バゲットやカンパーニュとよばれるパンにバターや前の年の秋に大量に作り置きしておいた自家製ジャムを塗り、そしてカフェオーレとヨーグルトというシンプルな朝食でした。

隣り(…といっても歩いて20分かかるのですが)の酪農家が夕方から、その日の絞り立ての牛乳や、予約して容器を預けておけば、フロマージュブラン(ヨーグルトのようなチーズ)や生クリームをとても安く分けてくれていました。

このフロマージュブランには、この地方産のアカシアの蜂蜜がとても良く合いました。そして、生クリームはとても濃厚な固形状のものだったので、バター代わりにパンに塗って食べていました。パンは食事前に買いに行くフランス人が多いのですが、近くにパン屋がないので大きくて日持ちのするずっしりと重いパンを買って、毎日トースターで焼いて食べていました。

足繁くパン屋に通うフランス人は、あまりトースターを使う習慣がなく(最近は変わってきていますが)、前の食事の残りのパンを食べる時は、コーヒーやカフェオーレに浸して柔らかくして食べているようです。私達は、どうしょうもないほど乾燥して硬くなってしまったパンは、すりおろしてパン粉として使っていました。

昼:毎日パスタとサラダでした。パスタは、トマトソース系、ホワイトソース系、和風、ペペロンチーノ、アンチョビ…などなど、バリエーションに富んでいたため、飽きることはなかったです。サラダは季節の野菜をふんだんに使い、ドレッシングは毎回手作りをしていました。

夜:お味噌汁にご飯にサラダが基本で、おかずは2品で、和食からフランスの田舎料理である煮込みなど幅広く作っていました。

☆ボルドーでの滞在

[一日の流れと食事]


朝:前日買ったパンとグレープフルーツジュースとプラムを寮の部屋で食べていました。

昼:学生食堂を利用していました。¥400位で大皿(付け合わせとメイン)とパンとヨーグルトがついています。付け合わせはフライドポテトかマッシュポテトかクスクスで、メインはお肉かお魚でした。オプションでサラダもつけることができるのですが、とてもボリュームがあるのでこれでお腹いっぱいになっていました。学食は校内やボルドーの街中にいくつもありましたが、どこもメニューは豊富でした。

夜:寮の共同キッチンで、同じ階の学生やクラスメートと一緒に調理をして食べていました。主にパスタとチーズとパンが多かったです。私の入っていた寮にはドイツ人が多かったのですが、男性がまめに料理をしたり、後片付けをしたりする姿がとても印象的でした。

☆パリ近郊での滞在

[一日の流れと食事]


朝:朝7時には家を出なければならないので、ドライフルーツのたっぷり入ったミュズリー(シリアル)を急いで食べるか、バスや電車に乗る前にパン屋さんでお気に入りのパン・オ・ショコラを買って、食べ歩きをしたり電車を待っている間に食べたりしていました。

授業が2コマある時は、30分の休み時間に小走りで20分かけて教室の移動をしなければならないのですが、5分でも余裕があると、クラスメートと教室の近くのカフェに入り、立ち飲みのカウンター席でカフェ・エクスプレス(エスプレッソ)を飲んだりして一息ついていました。

どうしてもお腹が空いてしまった時には、クロワッサンとカフェ・クレーム(カフェ・オ・レ)を注文していました。いつもコーヒーを飲む時、お砂糖は使わないのですが、このときばかりは、お砂糖をたっぷり入れて、クロワッサンを浸しながら食べていました。ちなみに、この立ち飲みのカウンター席は、椅子に座って飲むよりも料金が安いので、とってもお得です。

昼:家に帰って食べていました。バゲットと野菜のソテーやオムレツを食べることが多かったです。たいてい1種類、多くても2種類の野菜大きめに切って、野菜の味を殺してしまわないようシンプルに塩、コショウ、バター、ハーブでソテーしていました。

昼食後は、主に現地職人さんの手伝いをしていました。家がとても大きかった為、庭仕事、ペンキ塗り、壁紙貼りとすることはつきませんでした。

夜:パンを食べることが多かったです。夕方パン屋に行くと、バゲットを買う行列ができていて、焼きたてのバゲットを手にした瞬間の小さな幸せは忘れることができません。行列の中には、会社帰りのスーツ姿のサラリーマンもよく混じっていました。

おかずは、野菜のソテーやサラダ、メインにはお肉やサーモンのソテー、ヒラメのフライなどが多かったです。料理はマダムと一緒にしていましたが、料理上手なマダムから学ぶことはとても多く、マダムのラタトゥユは私のお気に入りでした。


*2004年1月に続きます
古庄美智世さんの紹介
こしょう みちよ

1973年 大分県大分市生まれ。
北里大学卒業後、旭メディカル(株)開発研究所で輸血用フィルターの開発に携わる。その傍ら、趣味で花束やブーケの制作活動を行う。
2000年 大好きなフランスで庭作りの手伝いを募集しているという情報を見つけ渡仏。
そこで、いろいろな縁があり、何度か渡仏を繰り返す。
2003年5月 結婚、6月に主人の留学に同行し、現在シアトル在住。
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